居候編10 終わり良ければ全て良し?
あれからショーンは無事マドレーヌの元に戻された。
彼女はトレースには戻らず、そのまま王都で働くことが決まったという。
親子連れでよく働き口が見つかったものだとラーニャは驚いたが、どうやらマドイが就職先を斡旋したらしい。
まさに一件落着と行った所だったが、ラーニャの心には何故か消化し切れ無いものが残っていた。
居候を始めて三回目の休日、ラーニャがどこへも行く気になれずベットに横たわっていると、ミカエルが部屋を訪ねてきた。
彼は沈みこむラーニャとは対象的に、秋晴れの空のような晴れやかな顔をしている。
「ラーニャ元気? ボクはスッゴク元気だよっ!」
「……そいつぁ良かったな」
「事件も無事解決したし、徹夜で調べ込んだかいがあったよねっ」
ラーニャは返事をせず、顔だけをミカエルに向ける。
先日ローズマリーたちは国外追放処分になり、事件の全てが決着したかに思われた。
だがマドイは真実が明らかになった日から落ち込みっぱなしで、今日も部屋から出て来ない。
ラーニャにとって手放しで喜べる状況ではなかった。
「あれ~? ラーニャ元気ないよ。どうしたの?」
「……」
マドイが落ち込んでいる原因は本人から直接聞いた。
最初ラーニャはてっきりローズマリーに騙されたせいで沈んでいるのだと思っていたが、マドイはなんと、ショーンが息子でなかったことにショックを受けているという。
彼そっくりの姿をしていたショーン。
それ故にマドイの中には、彼に対する父性のようなものが芽生えてしまっていたのだ。
「本当は少し嬉しかったんです」と、寂しげな顔をして語るマドイの姿は、今でもラーニャの目に焼き付いている。
「オレってさ、自分が思ってるより酷いヤツかもしれねぇ」
「は? 何言ってるの?」
「マドイは今、ショーンが息子じゃなかったことで傷ついてる。なのにオレ、ショーンがアイツの息子じゃなかったことを喜んでるんだ。な? サイテーだろ?」
ミカエルの顔が晴れから曇りに変わった。
横たわるラーニャの姿を、じっと黙って見守っている。
「今回は違ったけど、もし本当にショーンがマドイの息子だったら、オレはどうすりゃ良かったんだろう」
マドイがローズマリーの元へ行くのを黙って見守るべきだったのか。
それともローズマリーと赤ん坊を引き離せと言うべきだったのか。
いや、息子の存在を否定するようマドイを説得する選択肢もある。
ラーニャは未だに、あの時自分がどうすべきだったのか全くもって分からなかった。
突っ伏したまま微動だにしないラーニャに、ミカエルが半分呆れたように呟く。
「結局ショーンは、マドレーヌの子供だったんだよ。考えてもしょうがないことじゃないっ?」
「まぁ、それもそうなんだけどよ……」
「ラーニャは真っ直ぐだよねー。ボクが今のラーニャだったら、何も考えずに喜ぶのにっ。ま、それが君の良い所かもしれないけどねっ」
ミカエルはラーニャを励ましてくれているらしかった。
良い友人を持てたことを、ラーニャは改めて有難く思う。
「……ありがとな。ミカエル」
「兄上も兄上だよねっ。せっかく全部上手く行ったのにさっ」
ミカエルは渋面を作ってマドイの部屋の方を向く。
すると、次の瞬間とんでもないことを言い放った。
「そんなに子供が欲しいなら、ラーニャに産んでもらえばいいのにっ」
一瞬、ラーニャはミカエルが何を言ったのか理解できなかった。
数秒して、奇怪な悲鳴をあげながらラーニャは叫ぶ。
「ミカエル! テメッ、何言ってんだ!?」
「え? だってそうでしょ? ラーニャが産んであげればいいんだよっ」
「ああぁ!? 何の義理でオレがっ? いや、そういう問題じゃなくて!」
「問題なら何もないじゃんっ。二人とも愛し合ってるんだから!」
ラーニャは身体中から物凄く嫌な汗が流れ出てくるのを感じた。
顔は真っ赤になり、全身の血液が急回転している錯覚を覚える。
「な、な、な。ミカエルテメェ……」
「今更恥ずかしがらないでよっ。白々しいな~」
「今更も何も、オレとマドイはそういう関係じゃねえぇぇ!!」
ラーニャが絶叫すると、ミカエルはポカンと口を開けていた。
「へ? 兄上とラーニャって、恋人同士じゃないの?」
「当たり前だボケェ! 何を根拠にほざいてやがる!」
「だって、同棲してるのにっ?」
「してねーよ! オレはただの居候だ!!」
散々耳元で叫ばれえ、ミカエルは目を白黒させていた。
このマセガキ、末恐ろしいことを言うにも程がある。
「一体どこのどいつだ! 同棲とか言い出しやがったのは」
「一緒に住んでれば誰だってそう思うよっ。ボクやっと二人のことを祝福しようって決意したのにっ」
「しゅ、祝福ぅ?」
「父上も母上も、いつ婚約の申し出に来るのか楽しみにしてたんだよっ?」
ラーニャは眩暈と頭痛が同時にやってくるのを感じた。
魔導庁でのミカエルの態度。
秘密を聞いたときの侍女たちの不自然な様子も、「そういう誤解」を受けていたのだと考えれば合点が行く。
(な、なんてこった……)
ラーニャは文字通り頭を抱えた。
いつの間にか周囲の人間に、マドイと恋人同士だと勘違いされていたなんて。
「とにかく! オレとマドイは単なる居候とその家主だ。周りにもそう言っといてくれ」
「えー」
「『えー』じゃない。これはオレの名誉の問題だ!」
ラーニャはベットからばねの様に飛び上がると、急いで身支度を始める。
「ラーニャ、どこ行くの?」
「下宿探すんだよ。このままじゃ『婚約者同士』なんて言われかねないからな!」
そんなの真っ平ゴメンである。
もちろんマドイも同じ気持ちだろう。
(どんな所でもいいから、とにかくここから出て行ってやる――!)
ラーニャは硬く決心すると、ミカエルを残して部屋を飛び出した。