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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
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第八話 碧と哲人の心の持ちよう




「精太くんは大丈夫でしたか?」

「ああ、交渉の材料はあったからな」


 哲人と碧は、無機質な基地の中を連れ立って歩いていた。

 二人きりで話せる場所に行きたい、とは碧の要望だ。

 その上で行く先を任された哲人には当てがあるのだろう、特に悩まず碧を先導する。


「精太くんの手綱を握れるのは凄いですね。まだお会いして一週間も経っていないのに」

「あいつの親御さんに古い写真を沢山貰ったんだが、その中にお可愛い(・・・・)やつが何枚かあってな。それの消去を条件にしたのさ」

「精太くんのですか? 貴重なカードを切らせてしまってすみません」

「いんや丁度良かった。こういうのは扱いに困るんだ、無断で消しても角が立ったりするから、あいつの希望通り(・・・・)に対価を頂いて消したって事実が欲しかったんだよ」

「……角、立ちますか? 精太くんには悩みの種ですよね」

「精太の家族にな。あいつの事溺愛してるみたいだからな」

「ご家族にまで気を配るとは、長い付き合いになると考えているんですね」

「考えているよ。お前らの機嫌を損ねなければな」


 碧は小さく笑う。その顔の裏に油断できないものを感るのは、哲人の杞憂ではないだろう。

 須崎家の一人娘、金と権力の坩堝の中で彼女が過ごした十二年間は、不良軍人に察せられるものではない。


「と、そろそろだぜ。準備運動をしとけとは言わんが、多少疲れるのは覚悟してくれよ」

「……疲れるとは、何をする所なんでしょう」

「何をする所というか、ま、若いしそんな苦でもないだろ」


 哲人の言葉に少し身構えたが、そろそろと言われてもここは碧の見知った基地の中、この先にあるのは――


「よう裕子ちゃん、俺たち二人が後片付けの手伝いに来たぜ」

「はぁ? って、哲人に碧ちゃんじゃないの」


 食堂だ。当然貸し切りなどではなく、ちらほらと利用者の姿もある。


「……教官、二人きりの話は」

「大丈夫、覚えてるよ。しかし夕飯前なのに思ったより人少ないな」

「こうも平和ならみんな残業せず帰るだろうに。平気で一日居座るあんたがおかしいんだよ。ハガネマルの腕白小僧も夜遅くまで付き合わせてるって聞いたよ」

「その辺りの話もあいつの家族としてきたよ、心配しなさんな」

「本当かい……手から肘まで洗ったらキャップとマスクにエプロン、手袋つけな、料理はさせないから厨房奥に入るんじゃないよ」

「えっと、必要な備品の場所は」

「俺が知ってる。一通り身に付けたらエプロンの左胸にある小さなボタン二秒押して。衛生用スクリーンが張られるから」


 腕を洗って裏方の装備を身に着ける。

 バックルームでの仕事は、食洗機で乾燥まで済んだ食器の整理と、残った洗い物を手洗い拭き取りで片付けるのが主な作業だ。

 その前にと、哲人は作業台に設置された何かのスイッチを押す。

 するとそれまで聞こえていた食堂内の喧騒が消えた。


「片付けの音が客に聞こえないように、って名目で付けられた消音設備、まぁパートさん達の雑談ルームだ。奥の裕子ちゃんにも聞こえないし、向こうも察してくれているから盗み聞きはされないよ」


 拭く時はこの乾いた布巾を使ってくれと指示して、哲人は洗い物を始める。

 碧も周囲を一度見回して食器棚に見当をつけると、食洗機から乾いた食器を取り出して仕舞い始めた。


「それで俺を訪ねた理由は何だ? 言うのも聞くのも自由だぜ」

「話が早いんですね」

「快刀乱麻を断つのに大事なのは勢いさ。勿体ぶらずに言っちまえ」

「……教官は、すぐに辞めると思っていました」

「初日の精太のノリで叩き出されてか、それとも俺がギブアップして、か?」

「ギブアップじゃなくて、精太くんを多少苛めて気を済ませるのかと」

「もう教官職どころか司令に基地から叩き出されそうだな」


 笑いながらスポンジ片手に皿を回す手付きは手慣れたものだ。

 隣に溜められた水の中に、洗い終わった物が次々と入れられていく。

 哲人がこの一室を使うのも、一度や二度あった話ではないのだろう。


「短い関わり合いで終わらないのなら、私も教官を知っておきたいと思ったんです」

「一週間暇出したんだから、何も考えずに遊んでいればいいのに」

「連絡の行き違いで最初の数日はおっかなびっくりでしたけど」

「行き違いってか、精太のど忘れな。任せきりにした俺の責任なんだけど」

「だから、今後の為に教えて下さい、教官の事を」


 ……帰ってくる言葉がない。碧が哲人を見ると、大男は値踏みする視線を向けていた。

 手元の泡の中には、何があるのか分からない。

 調理場には色々な物があるだろう。ではあの中で握っている物は何だ。

 生躰変の効果、それも碧ほどの強念奏者ならかすり傷を負わせるのも難しい。

 しかし念波動の熟達者が、相応の凶器にそれを通した時、宿る攻撃力は――

 我知らず、碧は哲人に対して半身に構えた。


「――怖がらせて悪かった。変な事はしないから、そっちの人も身構えないでくれ」


 哲人はまず碧に、次いで何もない場所――碧に付き添う深見のいる場所に向けて言った。


「やっぱり覚えがあるんだな、武術(こういうの)に」

「彼女の事を、何時からご存知でしたか」

「女性なのか。最初から、って言えたら格好良かったんだけどな。ここに来る道中で何をする所か聞いてきただろ、あそこで敵意を感じたから。名前聞いてもいいかい?」

「……深見(ふかみ)陸奥(むつ)。私の家の――いえ、私の使用人です。護衛も兼ねているので、剣呑な空気に緊張したんでしょう」

「それは脅すの駄目だよな。ん、最初の敵意の時も剣呑だったか?」

「そこはかとなくいやらしい空気に緊張したんでしょう」

「えっ、いやらしい、えっ?」


 構えを解いた碧が手の指を動かすと、それが合図だったのだろう、深見が姿を見せる。

 目が合った哲人と二人、無言で会釈をすると、また姿を消してしまった。

 必要最低限の挨拶であったが、哲人は深見の佇まいに感心した様子を見せる。


「また凄そうな人だなぁ。さては師匠かい?」

「いいえ。でも私にできてこの人にできない事はないかと思います」

「精太が聞いたらまた焦りそうな情報だ」


 哲人の挑発に乗ってからここまで、努めて感情を表に出さなかった碧だったが、この言葉には眉をひそめた。

 その様子に、哲人は自分のしたい話を先に片付けようと決める。精太の心配と碧の心配の齟齬を察したからだ。


「精太くんは……私について、何か言っていましたか?」

「何も。良いも悪いも無し。友達の友達、くらいの話しかされていない」

「…………」

「信じなくてもいいぞ。ただ俺の勝手ながら、意識はしていると感じたね」

「――それはどういう」

「同年代では中々持ち得ない気品があるし――冗談です。まぁライバル意識、とまでは言わんけれど、もしかしたらこいつに背中刺されるんじゃないか、みたいなね」


 碧は一度大きく息をすると、感情を含めて、隠し事をするのを諦めた。

 哲人の踏み込みは想定以上に深く、心を切り開かれる。それは衝撃と共に少なからぬ痛みを伴うものだ。

 この人は本心を見せない駆け引きを好まない、もしくは、チームハガネ号に対してだけは、愚直なまでに正面からぶつかろうとしているのか。

 こっちは遠慮をしないから、お前も遠慮をする必要はないと、態度で碧に物語っている。


「パイロットの座を奪うつもりなんてない。寧ろ私は、そんな状況を想像もしたくないというのに」


 十五年戦争中に失われたヤマト級は五体、現在稼働しているものは八体になるが、その内からハガネマルを除くヤマト級のパイロットは、一体につき一人から三人が用意されている。

 そして複数人のパイロットを有する所には、必ず正操縦士と副操縦士(・・・・・・・・・)がいるのだ。旅客機のそれと同じで、何らかのトラブルの際に、戦闘中であろうとも足を止めない為にである。

 そしてハガネマルの副操縦士が彼女、須崎碧なのである。

 これが実は、他所と違いうちの公開情報には載せられていない。

 公には、ハガネマルに副操縦士はいないのだ。

 但し実際には、赤城精太が操縦できない状態に陥った際に、碧に交代するという対応措置をちゃんと用意していたのだろう。これは複数パイロットの利点である、勝利に万全を期するのなら置いて然るべしだ。

 緊急事態に交代する役割である碧は当然知っていた。

 話を聞かなかったのか聞かされていなかったのか、交代される側の精太は知らなかった、しかし。


「六ヶ月後のイベント情報と前後して、副操縦士(じぶんのかわり)がお前だと知ってしまったと」

「カナちゃんが言うには、友だちとの会話で、他のヤマト級の話題から察してしまったそうです。副操縦士がいるとなると、他の二人よりは動ける私だろうと」

「加えて雄二は発言にネガティブな面があるって担任の評価を聞いたんだけど、パイロット交代の可能性とかも匂わせたんじゃないの。例えば、『今度のイベントの成績が良くないと、僕たちもどうなるか分からないぞ』とか」

「それはもうその通りです。『逆にイベント開催がほぼ決まりなら、六ヶ月後までは逃げられないだろう』や『全国に恥を晒す日になるかもね』とか言ったり……本当にあの子はもう……!」


 思い出して辟易と呟く碧であるが、雄二ばかりが悪いのではないと哲人は思う。

 彼女の、精太が察してしまったという発言から、なんとなく裏が読めてきたのだ。

 おそらく精太は意図的に知らされていなかった、その理由である。

 元々複数人を乗せるからには、副操縦士の用意も決定事項だったのだろう。

 しかし正操縦士に据えられた精太が、その特別な椅子に大層喜んだ。

 ハガネマルを動かす立場、動かせる権利にそれはもう大はしゃぎ。

 ここで真実を告げて機嫌を損ねるのを嫌がり、内密に碧へ副操縦士の話を通した。

 つまりはまた、あの子煩悩な司令のやらかしだ。

 今まで司令に良い印象のない哲人の私怨混じりな推測であるが、そう大きく間違っていないのではという予感がある。

 そしてこれは後日知る話なのだが、悲しいかな、やはり間違ってはいないのだった。


「正操縦士と副操縦士の交替まで想像したのか。話を聞くに、色んなやつが思い詰めて空回りした結果に思えるなぁ」

「……それは私もですか?」

「ああ、一番は精太だけどな。明け透けなのが美点だろうに何で溜め込んだんだか。誰かに格好つけたかったのかねぇ」


 そもそもだ、ヤマト級のパイロットはいずれも全国屈指の強念奏者、パイロットでなくても貴重な存在、国の宝なのである。

 精太との話から推測して、仮に六ヶ月後のイベントが他ヤマト級との競い合いだとする。

 そこでの成績を精太は非常に気にしていたが、この成績が悪かったからといって、はい降ろしますという単純な話になるとは哲人には思えない。

 チームハガネ号を蔑ろにする筈がないという、白沢司令への厚い信頼もあるが。

 付けたり外したり、そんなパーツの一部のように扱えるほど、ヤマト級を動かせるパイロットはその辺りに生えているものではない。


「この件における俺の見解はこう。交代劇は起きない。精太の心配は杞憂。精太は他のヤマト級にお前も含めて負けないようやる気を出しているが、腫れ物扱いはしていない。お前の心配も杞憂だ。ついでに雄二の言動もな。終わり!」

「……それならいいんですが、希望的観測が過ぎるというか」

「事実がどうあれ、問題に対して悩んでいるだけなら何も変わらんよ。悩んでも悩まなくても変わらんなら悩むだけ損だろう。馬鹿になれ」

「…………」

「それでも杞憂じゃないと確信して、この問題を解決する手段を思いついたのなら、相談と協力はしてやるから」


 洗い物を終えた哲人は、水に漬けた食器をすすぎながら、別の作業台に散らばったバランを見て、あれ使うメニューはお子様ランチくらいだよなと首を傾げる。

 今日は平日、年齢的に適切なチームハガネ号の面々は、学校で昼食をとっている筈である。碧も今日食堂に来るのは初めてだった

 確かに、何の目的で使われたバランなのだろう?

 そんな本当にどうでもいい事を思って、自分の悩みもそんなものなのだろうかと考えた。

 ……今は、とてもそうは思えない。

 でも時間が経てば、もう少し冷静になって、あの時は自意識過剰だったかもとか、そんな思い出に変わるのだろうか。

 そうだ、あの精太くんが誰かを憎々しげに感じているなんて、あまりにらしくない話じゃないか。

 ならこれは、須崎碧が自分を責めたくて、精太の幻影を利用しているだけなのでは。

 行動も、性格も、家族も、裏表ばかりで。

 友達に全てをさらけ出せない自分が嫌で、怒って欲しくて、罰が欲しくて。


「……教官」

「おう、なんだ」

「ありがとうございます。本当かどうかは分かりませんが、納得できる気持ちの説明を見つけた気がします」

「……碧が自分で解決したようにしか思えんけれど、納得か。納得は大事だよな」

「根拠がなくても自信がある人って、答えがなくて迷ってる時には助かりますね。こういうのも格好良さなのかな」


 碧のそんな言葉を受けて、哲人は大いに笑った。冗談だと思ったらしい。


「おいおい、俺をのせようとしても、子供受けするお菓子なんて知らないぞ」

「お菓子欲しさじゃないですよ。私の心の中に、教官の場所ができた気がします」

「……歳を取るとあからさまなお世辞でも嬉しくなるもんだな。言葉の真偽がどうかよりも、場が明るくなるよう努めてくれる気遣いに心が温かくなる。スーパーで働くパートのおばちゃんになった気分だわ」

「よくわからない喩えですね」

「もーやだーって言いながら肩を(はた)きたい気分ってこと」

「あ、分かった、照れ隠しだ」


 碧も笑う。哲人はそれを嬉しそうに見つめる。

 暫く笑って、ようやく視線に気付いた少女は、気恥ずかしさから目を背けた。


「こういう時にジロジロ見るのってマナー違反です」

「いいや、マナー違反じゃないね。寧ろ皆の目が向くもんさ。何故か分かるかい」

「……変な顔、してるから?」

「十五年戦争で文明が吹っ飛んで、歴史的資料も、価値があるとされる物もまとめて壊されて、戦えるやつは外でドンパチ、戦えない人は地下に籠もって、まぁ酷い時代だったけど、それでも一つだけ、ずっと生まれ続ける宝があったんだ」

「生まれ続ける、宝ですか?」

「――子どもだよ。それが笑顔ともなれば、他に並ぶものはない」


 碧は哲人の顔を見た。

 とびきり恥ずかしいことを言った男は、何ら恥じ入ることなく碧を見ている。

 碧はそこに強さを見た。動かせないものを見た。

 自分が大事だと思うものを、偽らず大事だと言える強さを。

 大事なそれを、かつて守ったものの一つを、今も愛おしそうに見守る目を。

 周囲の目に、大衆の言動に、うつろう価値観に、自分を曲げず、正しさを胸に戦った一人の人間が持ち得るもの。時間を掛けて育まれた、流れることのない心の芯。

 これが誇りというものだろうかと、碧の何かが呟いた。





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