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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
6/82

第六話 振り回される、二人の赤い男




「――やっぱりシミュレーションルームの黒い玉って、コクピットだけを抜き出して置いていたんだな!」

「はい、師匠の話だとあそこに置いてある玉、今でもウォーキャリアに嵌め込めば普通に機能するらしいでス。しかし精太さんの話を聞くと、ハガネマルにも同じ物を使っている可能性がありますネ」

「ウォーキャリアの黎明期からこっち、コクピットだけはほぼ変わっていないってのは聞いていたけれど、まさかヤマト級にまで使い回せる代物かもしれんとは……」

「刷新する必要もない程に完成されているんですかネ……人機間念・波動接合(アルコンユナイト)理論恐るべしですヨ」


 格納庫では、相変わらずチームハガネ号と整備班の雑談が続いていた。

 青海雄二は唯一のウォーキャリア、哲人の乗るナイツライズを見て、一つの疑問を口にする。


「教官が卓越したウォーキャリアのパイロットなのは白沢司令からも聞いているんですが……ヤマト級のパイロットを指導した経験は、やはりありませんよね」

「まぁな。大宮基地に来て長い人だし、そんな昔話は聞いたことないな」

「というよりも、ヤマト級を抱える他の基地で、今の哲人さんの立場にいる人は、過去を遡っても出てこないですネ。教官制を採用したのはウチだけですヨ」

「とっくに確認済みかよ情報通め、どっから仕入れてきてるんだか」


 経験者どころか教導官を置く事自体が初めての試みとなれば、実利の予測は難しい。

 ヤマト級の初稼働が十五年戦争末期の六年前、戦争に臨んだ当時のパイロットの殆どが搭乗機と運命を共にした。

 その後も送られてくる超機獣と戦う第二世代のパイロットは、皆が選りすぐりの強念奏者であり、例外なく年若い。

 世代交代は起きておらず、ヤマト級の勝手を知り、かつそれに拘束されない人物がいない以上、教官に引っ張るのはどうしても畑違いの役職からになるだろう。


「でもそれは偉い人たちが教官を、ヤマト級を知らなくても僕たちの為になるものを教えられる人だと考えたから、今の状況がある訳ですよね」

「そうなりますネ」

「ハガネマルの戦闘概況や戦闘詳報には目を通している筈だぜ。無知ってこともねぇだろうさ……不安か?」

「正直。人格を疑っているのではなくて、これからの指導に価値があるのかが」


 時間は有限ですので。あまりに子供らしくない物言いに、しかし大和も宗玄も笑わない。

 真剣で何が悪いのか。この子はハガネマルのパイロット、戦場に立つ一人の立派な兵士である。

 超機獣に圧倒的な優勢を維持する現状に甘えない、称えるべき心掛けだ。

 六ヶ月後に控えたイベント諸々、そういった今回の教官騒動に関する裏事情を知らない二人には、雄二の姿勢が単純に眩しかった。


「俺達も力になってやりてぇけど、ハガネマルがよく分からんのは一緒でなぁ……」

「あの、その件はじきに解決すると思います」


 碧が片手を挙げて発言する。

 どういう事だろうと周囲の視線が彼女に集まった。


「整備班の方たちの職務権限に不当な制限があるとの陳情がありまして、近々見直されることになりました」

「んん、不当な制限に、見直し、えっ?」

「実際には将来性を見据えた軍備拡張の一環という名目で、ハガネマルと整備班(みなさん)の間の禁止規定が相当数改定されるという事です。要約しますと、ハガネマルも整備対象の範疇に含まれます」

「……触れるようになるんですカ!?」

「とはいえ元々メンテナンスフリーなので保守点検は必要ありません、しかし新規定の範囲内でなら責任者とパイロットの許可を得た上で手を加える事も可能になるかと」

「マジかよ……」


 説明してくれた碧を、宗玄と大和は信じられないものを見るような目で見る。

 杉本始は聞いているのかいないのか、ただ遠くの一徹だけが複雑そうな顔をしていた。仕事が増えるからだろうか。


深見(ふかみ)さん、いらっしゃいますか」

「はい、ここに」

「それでは、そのように」

「畏まりました、お嬢様」


 ――信じられないものを見るような目が、信じられないものを見た。

 碧の呼び掛けに応じて、彼女の隣の何もなかった空間に、妙齢の女性が現れたのだ。

 折り目正しい黒スーツ、一切の乱れを排した佇まいはからは、人らしさというものを感じない。それが唐突に姿を見せて、一言二言で消えてしまった。

 宗玄達の視界にいたのは十秒にも満たない。誰だと声を掛ける暇さえなかった。

 主張の強い服装でなければ、幽鬼の類を疑い頬を抓っただろう。


「……お聞きしてモ?」

「えっ、あっ、今のは私の家の使用人で深見陸奥(ふかみむつ)と言います。人から認識されなくなる技能を持っていまして、普段から私の傍に控えているんですが、驚かせてしまいすみません。入門手続きは毎回行っていますよ」

「あの黒い姉ちゃん、変な念波動の(あらわ)れ方してるみたいだけど、びびるよなぁ」


 顔くらいは知っているのだろう、精太はあっけらかんと話し、雄二はどうでも良さげだ。

 ウォーキャリアに携わる人で須崎の家名を知らない者はいない。

 金のある家は凄い人材を雇っているんだなぁと、宗玄と大和は深く考えるのを止めた。

 そもそも碧と深見の短い会話に何の意味があるのかさえ分からなかったのだが。


「でも、そうか……俺達がヤマト級に関わるのか、そんな日が本当に来るとは」

「故郷の家族にも良い手紙を書けそうでス」

「……二人とも大袈裟じゃないか?」

「これが普通の反応だろう。ハガネマルを預かる責任は重いんだ」


 ここで一昨日の会話を思い出し、精太は始の方を見るが、彼は哲人のナイツライズに繋がれたPCを見つめるだけで動かない。

 あの一機の為だけに整備班はあると言い切っていた始。彼はちゃんとハガネマルを診てくれるのだろうか、ナイツライズと同じく気に入ってくれるのだろうか。

 主任の力を借りたい自分に、周りに頼るばかりのスタンスを蔑む自分と、心は騒いで自身の平静さえままならない。

 多くの期待と不安が入り交じる、こんな動揺に振り回されているようでは、模擬戦で哲人に見た戦士の体現、泰然と観察し迅雷の如く剣を(ふる)う戦鬼に近付き、勝利するなど夢のまた夢の話だろう。


「お前も玩具扱いを続けていたら降ろ……精太?」

「ああ、ごめん、ぼうっとしていた」


 ――これだ、この顔を僕は知らない。

 先週までの精太からは見えなかった一面に、雄二は言葉を失う。

 ウォーキャリアを知りたくて格納庫に向かっていた少年。

 初めて乗った時からハガネマルを息するように動かし、超機獣が現れる度に身体でぶつかっていく向こう見ずな人間と同じには思えない。

 褒めれば喜び、叱られれば悪態をつき、挨拶にも悪口にもすぐさま鏡写しの口を利く。頭を捨て置いて反射で生きるのが、赤城精太のスタイルだった筈だ。

 それが考え込んでいる、自分には脳があったと思い出して、それを使い込み何かを得ようとしている。

 模擬戦で負けたのがそんなに悔しかったのか――そうさせる程に衛守教官の存在は、精太の中で大きくなっているのか。


「超機獣に殴り返されても、この野郎としか言わなかった癖に」

「なんだよ、なにか言いたいことでもあるのかよ」

「お前がそこまで入れ込む人なのか、教官は」


 聞いていた碧も、次の言葉を待つように精太の顔を見る。

 衛守哲人を知りたがる二人に、答えを持つ少年は両腕を組み、首を傾げて。


「なんだろう……まず最初があれじゃん? 草臥れたおっさんだと思ったんだけど、あれで案外格好良いところも、あるにはある、ぞ?」


 自分で言いながら、そうかなぁと疑いに掛かる精太に、欲しい確証を得られない二人は困惑の顔を浮かべる。

 ただ宗玄と大和はにやにやと笑って、顔を見合わせると無言で頷き合った。

 宗玄が精太の肩に腕を回す。その顔は悪戯を思い付いた子供のそれである。


「教えてやろう、兄さんな、今日の午前中はお前の両親に会いに行っていたんだよ」

「はぁ? 父ちゃんと母ちゃんにって、なんで?」

「昨日習い事をずる休みしたんだって? それでご家族に話をしにいったんだよ」

「――二人とも知っているし、昨日の内に怒られたって! 兄ちゃん蒸し返しにいったのかよ!?」

「兄ちゃん? ……ふぅん、まあいいや、最後まで聞きなって」


 思わず出た哲人への呼称に、思うところがあるのか宗玄は少し固まったが、すぐにそれまで以上の含みを持たせた笑顔を作った。溜めたものを炸裂させる間近のそれで。


「事情の説明と頭を下げにいったのさ。『私生活に悪影響を及ぼして申し訳ない――自分も精太くんとの時間が新鮮で、教官として未熟なばかりに私的に楽しみ熱が入りすぎてしまった。今回の件は素直な精太くんが、わたくしのそういった本心を察して先行した結果でもあるかと思います』」

「……?」

「こちらも再発防止に務めるべく、自分を律し彼にも指導致しますが、彼の見識と可能性を広める為に誠心誠意努力致しますので、どうか――今後とも彼を教導する立場にある事を、お許し頂きたく思います」

「む、難しくてよく分からない、つまり何をしたかったんだ、に――教官は?」

「ずる休みのせいで苦情入れられて教官職降ろされるかもと焦ったようデ、先手を打って直談判しにいったんですヨ――精太さんの親に、これからも一緒にいさせて下さいト」

「新人教官らしい拙い言葉だったって――だよな、不安で無理矢理付いて行ったおやっさん!?」

「……終始そわそわして落ち着かないもんだから、最後には親の方があいつの心配をしていたぜ。義両親に挨拶しに行く新郎かっての」

「あの兄さんからこんな言葉が出てくるなんて、想像するだけで腹が痛いと思わねぇ?」


 自分の知らない所で、随分と濃いやり取りがあったのだなと他人事ながら雄二は思った。しかし新郎はないだろうと思いつつ精太の顔を覗き見て――雄二は固まった。

 赤い。耳まで。照れている。

 誰とも視線を合わせずに長い後ろ髪を弄る仕草からは、謎の艶やかさまで感じられる。

 その有り余る行動力で印象が薄れているが、密かに学校の女子――僅かながら男子にも評判の中性的な美貌が、突如として目を焼く様な開花を遂げていた。

 小さな体躯に長距離走者を思わせる細身の彼は、持ち前の抜群の運動神経に飽き足らず――妖しげな魅力まで放ち始める。

 これが女生徒の目を奪い駆り立てる、赤城精太の真価だとでもいうのか。


「ばっ、ばっかじゃねぇの! オレがやったんだから、オレが怒られて終わりじゃん」

「せ、精太……?」

「ここで教官辞めさせられるとか、そんなんこっちが認めねぇよ……ばか……」


 とはいえ中身は猿を連想する赤城精太だと、今まで気にしたこともなかった青海雄二にさえ――どきりと胸を刺すような含羞(がんしゅう)の色があった。

 蛹の羽化と喩えてもいい変わり様。

 これまで散々馬鹿にしてきた脳筋と同じ人物だとは思えない。

 仮に教官が新郎なら、まさか精太は……思わず出たその発想に、雄二は芯から震え上がった。冗談ではないのに、否定しきれない。否定しきれないレベルで、かわい――違う、僕にはそういった倒錯的な感情はないと、(かぶり)を振って否定する。

 そうだ、先に疑うべきは、こんな顔をする精太の方ではないのか。


「お前、もしかしてそっちの趣味が……?」

「はぁ、趣味? 何を言ってるんだよ、お前まで……」


 趣味。その意味を正しく理解していない精太の不思議そうな顔に、雄二は何と続けていいのか分からなかった。

 ……彼の中で、衛守哲人の人物像がより恐ろしいものになる。今までとは別の意味で。

 その隣で須崎碧が、カナちゃんカナちゃんと連呼しながら、通信デバイスを全力で稼働させていた。


「な、なんか思っていた反応と違った、な」

「一瞬精太さんの性別が迷子になったんですが、気の所為ですよネ……」


 混乱の原因となる話を切り出した二人も、異様な雰囲気に呑まれかけていた。

 そんな哲人の家庭訪問から始まった事件。当事者の一人である男は、依然としてロボットに籠もったまま語らない……。






 電子模擬戦。シミュレーションで繰り広げられる戦いの在処(ありか)を問うのはナンセンスだが、操縦者の片方は富士大宮基地の格納庫で、信頼する相棒に背中を預けながら、情報の世界で剣に没頭していた。

 その相手については分からない。この星の何処に身を置き、こうして剣を交わしているのか。

 哲人との付き合いは長いが、その時間は全て電子模擬戦でのものだ。生身での接触はおろか、向こうからフェイスプットが開かれた事もない。正体を窺い知れる要素を何も得られずに早五年、謎の人物との尋常ならざる手合いは週に一度、月曜日に必ず行われている。

 どちらも紛うことなき達人、長ければ半日にも及ぶ無数の対局は、哲人にとって心躍るひと時であるが、常人には狂気の沙汰としか思えないだろう。


「――参ります」


 背中から、或いは相手の慮外から踏み込む際に、二人は必ずその言葉を先に告げる。

 昔の侍の流儀に則った振る舞いであるが、現代の戦場では時代錯誤の一声、この場だけのお遊びに過ぎない行いである。

 しかし不思議な事に、この二人の勝負に於いてのみ、この声が有ろうと無かろうとその後の一切が変化しない。

 確かな奇襲が奇襲に成らず、不意の一撃でお互いを打倒した試しがない。

 剣闘の敗者と化すのは何時だって、技量と胆力の(せめ)ぎ合いで先に屈した方、技の応酬の果てに擦り切れて、正面の相手を投げ出した者となる。

 培った技巧の手数と練度、目の前のたった一人に対する誠実さが、自分を勝者へと押し上げる。

 最後まで、剣を揮った者の勝ち。

 少なくとも哲人にとって、六日間の研鑽はこの一日の為にあり、一日の結果は次の六日間を走る先の道標となった。

 これまで腐らずにこれたのも、顔も知らないこの剣客に依るものが大きい。

 辿る結果が一つならば意味のない奇襲前の掛け声を続けるのも、大恩ある相手との剣舞以外での繋がりを求めての、ささやかな抵抗の一つだった。

 これがなければ、無言のまま立ち会い、無言のまま別れる仕合も珍しくはない。


(声を掛ける為に奇襲をするなんて、本末転倒も良いところだけど)


 今日の幾度目か、今回の奇襲(あいさつ)も防がれて、相手に届く事はない。

 そんな哲人に対して、相手は本日一度も奇襲を掛けてこない。普段ならば、数時間の逢瀬の中で重ねる言葉は、両者とも同じ数程度に上るというのに。

 正体を隠すべく手を加えられた声色であっても、声を発したくない日があるのだろうか。


 ――仕切り直しと剣を向け合う最中に、ひやりと首を冷気が撫でた。

 刀気で首を落とさんとする気概に、哲人は思う。もうそんな時間なのか。

 待ち望んだ月曜日の終わりを告げるのは、その日の集大成とも言うべき全力の勝負、ここまで残り研ぎ澄まされた剣気と精魂を尽くして彩る剣華の花道になる。

 これで、終わり。

 次に会える保証もない、それを胸に刻み臨む闘いは、相対する気迫の激しさに反して、毎度の事ながら決着まで一瞬、それまでの長い時間が泡と消える様な儚い一戦になるのが常である。

 相手をより深く読み切った理解者の一答が、今日の雌雄を決するのだ。

 哲人は言う。相手が過去に一度だけ告げた、自身の名前を。


月乃間(つきのま)さん、勝負です」


 ――答えは終ぞ返らなかった。

 二機のナイツライズが、同じ念波動の刀を手に対峙する。

 哲人も月乃間も、同じ正眼、同じ高さ切っ先を置いた。

 合わせ鏡の両者は、ゆっくりとした運歩(あしどり)で近寄っていく。

 地面を引き摺るのではと思える高さで運ばれる脚。

 切っ先は上下しない、ただ歩くような早さで相手との距離を詰めるだけだ。

 重力解放理念式による舞空も、念波推進スラスタを応用した縮地もしない。

 お互いの前にあった数百メートルの空間は、静かな歩みだけで踏破された。

 必然、揃えられた切っ先がぶつかる――刹那に、動く。


 割る。二本の刀のふくらを合わせて、突き出す動きでふくらから続く僅かな厚みを相手の刀に伝える事で、外側に弾く技術の名である。


 どちらも同時に動いた。それでも現実に、明暗は別れた。

 ――逸れたのは哲人の剣。

 割るを成した月乃間は、その成功を確信していたのだろう、迷いなく間を詰めた。

 振りかぶらない以上、続くのは小手裂きか突きか、受け手は回避を迫られる。

 哲人は瞬時に右足を退げて刀を上段に。死地を抜ける。

 しかしそれをみすみすと見逃す月乃間ではない。

 左足を踏み込み空けられた間合いを詰めて、その刃圏から逃さない。

 半身になった哲人に突きでコクピットを撃つのは難しくなったが、月乃間は迷いなく介者剣法に則り左手首を内側から斬りつけ――


 悪寒が定めた狙いを変えた。

 無理を承知で月之間は、腕の隙間から哲人の頭部を狙う。

 目的は一撃必殺。ここで決めなければ――その予感通りに、哲人は顎を開いた。

 彼の右腕が、まるでそれ自体で独立した獣、蛇のようにしなり、弧を描く。

 その延長線上、切っ先に乗るのは、無理な姿勢からでは有り得ない剣速――


 それはずうっと昔に、嘲られる道化(みせもの)の剣士が編み出した体捌き。

 兵法空隙基礎之事ひょうほうくうげききそのこと邪剣発足之構じゃけんはっそくのかまえ

 体幹を、軸骨格を、正中線を自ら崩す(・・・・)邪法、業の名前を雪崩(なだ)れと呼んだ。


 雪崩れより一閃、片手大袈裟が放たれる。

 次の瞬間、月乃間の胴体は脇の下から斜めに、一刀のもと断ち切られた。






「――まるであれが、真の不意打ちだと言わんばかりだった」


 月乃間は今日初めて、言葉らしい言葉を口にした。

 敵が手練であればある程に、敵に認められれば認められる程に。

 考えもつかない動きから飛び出す剣。不意を見つけるのでも待つのでも、突くのでもない、創る――いや、育て上げる技術とは。

 一つ傷が致命に繋がる刀法に於いては、多くが如何に相手の攻撃を受けずこちらの攻撃を与えるかに理想を置く。

 それを鑑みてみれば、邪剣、邪法の業であるのは月乃間も察するところだ。

 長丁場、同じ人物との連続の仕合、これらを積み重ねて初めて完成する奥義など、根本からして王道より外れている。


「結局相打ちでしたけれどね。頭を突くのではなく引き斬る選択、お見事です」

「無茶をしたけれど。手首()りそうだった」


 哲人は笑う。月乃間も笑った。

 哲人は自ら語らないが、月乃間は気付いていた。

 最後の大袈裟は、姿勢を崩して技を撃つなんて矛盾の様な修練をしてきた人間であろうとも、あそこまでの疾きに達する事は適わなかっただろう。

 つまり――最初の割りで弾かれた時に、大袈裟に至る推力を得ていたのだ。

 最後の仕合は、初手から運びの理解において哲人が上回った。

 月乃間の悪足掻きは、それが悔しかったから――心根だけでも負けたくなかったのだ。

 だって自分の方が、彼の事をずっと――


「他に、考え事をしていたね」


 哲人はぎょっとした。

 その仕草がウォーキャリア越しでも可愛らしくて、月乃間はつい苛めたくなってしまう。


「最後の勝負は、誓って月乃間さんしか見ていませんでしたよ」

「そうだね。余所見されてあの結果なら自刃も止む無しだった」

「冗談ですよね……」


 哲人は変えられた声だけで察するしかないのだが、月乃間はおそらく女性なのではと推測していた。

 しかし問い質すことはしないし、事実を探る理由もない。

 それだけ月乃間に受けた恩は計り知れず、それを蔑ろにするつもりもないからだ。

 性別などどうでもいい。月乃間が月乃間であるだけで、哲人は頭が上がらない。


「……本当は今日、貴方に紹介したい子がいたんです」

「未遂で良かった。部外者が居たら現れなかった」

「でしたか……」

「ですです」


 これまでもない訳ではなかったが、今日はとりわけよく喋る日であるらしい。

 前半こそ無言だったが、今は機嫌が良いのだろうか。

 でも他人には会いたくないという……そんな予感はしていたが、哲人は肩を落とした。


「少し元気が過ぎるところもありますが、良い子なんですよ、話してみると」

「その子がどういう子なのかと、わたしが会えない理由は別の話」


 的確に哲人の説得を封じてくる。これでは取り付く島もない。


「月乃間さんって、俺にしか見えない幻覚とかないですよね」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」

「……この時間が、負担になっていたりはしませんか?」


 電子模擬戦の利は、実戦とほぼ変わらない環境で経験を積めるところにある。

 ならば蓄積される疲労も本物のそれなのは当然で。

 それを何時間も、刀だけを振り回す相手に付き合うのはもう、拷問に近いだろう。

 自分に甘える精太を見て、哲人は己を省みた。

 衛守哲人もまた、月乃間の無言の優しさに甘えてきていたのだと。

 それも五年も、教官でもない相手に、大の大人がである。あまり笑える話ではない。


「月曜日の午後は、俺にとって禍福に過ぎる時間でした。でもそれは――」


 月乃間が動く。哲人のすぐ近くまで。

 姿形は同じナイツライズ。なのに動作一つでこうまで違って見えるのは何故だろう。

 哲人には今、月乃間が本から飛び出した妖精のように見える。

 おとぎ話(フェアリーテイル)の住人が、いまだ大人になれない男を哀れんで迎えに来たのではないかと。


「わたしは、この時間を愛しています」

「…………」

「来週もまた、日が暮れるまで」


 一方的な約束をして、妖精は帰っていった。

 一人残された哲人は、月乃間の消えた場所を見つめながら。


「……やっぱり、女性かどうかだけでも、知りたいかなぁ……」


 性別なんてと言っていたのはどこの誰だったのか。

 自分の意志の薄弱さに、哲人は無言で頭を掻くのだった。





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