表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
2/82

第二話 赤城精太の整体指導と念波動




「――あれから三日だけどさ、特に何もないの、逆に気持ち悪くない?」


 緑茶の注がれた湯呑みを眺めながら、黄桜奏は呟いた。

 ハガネマルのパイロットに与えられた専用の休憩室には、彼女の他に二人。

 元々私語の少ない青海雄二の反応は期待していない。

 奏がこういった話を振るのは、幼馴染の赤城精太か友人の須崎碧なのが殆どだ。

 そしてこの場には、赤城精太の姿はない。


「でも精太くんはずっと見てないよね。カナちゃんはどう?」

「同じ。今日は学校もないから一日中教官に捕まってるみたい」

「衛守さん、だったよね。私達は一度も呼ばれていないのに、精太くんばかり……」

「……まっ、あれだけ派手にぶっ飛ばせば、目をつけられて当たり前だし!」


 奏はお茶を一気に飲み干すと、自分のバッグからお菓子の袋を掴んで開けるとテーブルに並べていく。その行動に碧は立ち上がると、電気ケトルに水を注いで電源台に乗せた。

 奏に二杯目のお茶を入れる為に。


「本日用意したお菓子はこれ! ほらどりみん、好きなの食べてせっせと太るんだよ!」

「半分はカナちゃんが食べる為の口実じゃない。それじゃあこれ」

「チョコレートよく選ぶよね、どりみんの肥えた舌に選ばれるって事は、高い安いで味あんまり変わらないって本当なの?」

「舌触りとか違うと思うけれど、それより市販の焼き菓子を家で褒めるとばあやが拗ねるんだよぉ」

「へぇ、あっ、これ美味しい。うーん大山さんには教えられない遊びだね!」


 何時もの様に仕事がない時間の暇潰しに興じる二人だったが、本を読み続ける青海雄二につい目を向けてしまう。

 邪魔者扱いではない、普段なら彼女達がだらけると彼はさっさと席を外してしまうからだ。同室に居続けるのが珍しかったのである。


「……雄二、帰らないって事は、この基地で用事でもあるの?」

「無いよ。教官からいきなり招集されない限り」

「大丈夫だと思うよ。訓練の予定があるなら、事前に伝えられると思うし」

「どうだか。奏さん、精太の奴は朝から教官に呼ばれているんだろう?」

「おばさんの話だとそうらしいけど」

「つまりあちらは休日なんてお構いなしって事だ。今は矛先が精太に向いているけれど、僕達も覚悟はしておいた方が良い」


 奏と碧は顔を見合わせる。

 ハガネマルのパイロットは全員が中学生であり、有事の際を除き、世間一般の子どもと同じく扱われ、同等の義務と権利を有している。

 敵が現れた時や定期健診等の用事が無ければ、そもそも大宮基地に顔を出す必要はない。

 しかし四人の内の誰が言い出して始めたのか、例え来る用件が無くても週に一度、僅かな時間でも土曜日にはここへと顔を出す様にしていた。

 今日集まっている理由もそれである。

 大人と子ども、その狭間の立場なりに考えた曖昧で、だけど自由な生活サイクル。

 それが侵食される可能性を提示されて、奏は唸り声を上げた。


「うええ、いや、アタシにだって予定あるし、拒否ぐらいできるでしょ流石に……」

「困ったら白沢司令に相談しよう。そういうのに気を遣ってくれる人だよ」

「そりゃ気を遣うだろうさ、ここで僕達に逃げられたら堪らないだろう」

「アンタねぇ、あのイベントの話聞いてから神経質過ぎよ」

「神経質? 今になって教官を付けた理由も、あからさまにそれの為じゃないか。この機会に白沢司令も僕達の不甲斐ない点を矯正したいんだよ」


 場が凍ったのを碧は感じた。

 冷えた空気とは反対に奏の中に火が入る。


「珍しく口を開けば沢ちゃんの悪口とか、喧嘩売ってんの!?」


 カッとなった、分かり易い一例だ。

 こうなった彼女を止める術が碧にはない。あっても実行できる胆力を持たない。

 しかし相対する雄二は目も合わせない、ずっと本の虫のままだ。


「どうして悪口になる。あの人はこの基地の司令だぞ、中学生に飴を与えるだけが仕事じゃないんだ」

「適当言うなっ、沢ちゃんから飴なんて貰った事ないし!」

「流石奏さん、精太の幼馴染なだけある頭の悪さだ。ご機嫌取りという意味だよ」


 溜息一つ、雄二は本を閉じると眉を寄せて馬鹿にする目を奏に向けた。

 よくこれだけ(しゃく)に障る顔を作れるものだ。案の定挑発と受け取った奏の青筋を見て碧はほとほと困り果てる。

 睨み合う奏と雄二に碧はおろおろとするばかり。

 ――そこに突然ドアが開き、何事かと三人の視線が集まった。

 ぐらぐらと、足場の悪そうな赤城精太が、汗びっしょりでそこに居た。


「おっ、やっぱり居た、うおぉ、悪いみんなっ、伝言忘れてた!」


 精太の身体は度々ぐらつき、その都度扉の縁に手を掛けそうになりつつも、触らない。

 ただならぬ様子に奏は思わず駆け寄ろうとして、しかし彼の足元の違和感に踏み止まる。

 ……これは下駄、なのだろうか。

 どうやら立つだけなのにも苦戦している理由は、その足に履いた不思議な形の履物が関係しているらしい。


「……精太、その足のは、何?」

「これっ、一本下駄! ……よし、ドア開けた時に重心ズレてやばかったけど、落ち着けば立つだけなんてもう楽勝だぜ……じゃなくて教官の伝言! みんなは一週間っ、あと四日は訓練とか無いから、自由に過ごせってさ。三日も遅刻しちまって悪いな、じゃ!」


 あまり余裕がないのか、(まく)し立てる様にそう告げると、戸も閉めずに一歩一歩を歩き出てその場を離れる。

 色々と予想外だった精太の登場に毒気を抜かれたのか、奏と雄二はそれ以上口論を続けず、碧にはありがたい結末になったが。

 廊下からは『おっさんどこまでいったんだよぉ』と、遠くなった声が聞こえていた。






 赤城精太は、ハガネマルの身体を操る正操縦士である。

黄桜奏、青海雄二、須崎碧を含めた『チームハガネ号』の四人の中で、最大の念波動(アルコン)と最も優れた運動神経を有している。

 故にその重要性は無視できるものではなく、彼の一挙手一投足がハガネマルの未来に直結すると言っても過言ではない。

 そんな精太であるが、見た目は未だ幼く、身長も百五十センチに届かない。

 少し伸びた後ろ髪をゴムで縛った、身軽で快活そうなどこにでも居る少年であった。


「ほぉ、土曜日はお喋り会って仲が良いんだなぁ」

「別に、奏と碧がよく喋るだけで、オレ達は別に」

「仲良くしとけって。女の子との縁は大事にしとかないと大人になって後悔するぞ」

「なんだよ、大人って」

「えっ、それって哲学的な質問? なら歳取ってから後悔にしとくわ」


 一本下駄でたんたんと軽快にステップを踏む近衛哲人を、精太は座りながら睨む。

 体幹を鍛える為、軸骨格がどうこうと言われて始めた修練であるが、どうにも精太には難しい。バランス感覚には自信があったのだが、原因は何なのだろうか。


「幾ら見ても膝曲げて平衡保ってないだろ? 中腰は駄目だぞ」

「えっと、重心を下? にすると走るのも割と余裕なんだけど、膝も腰も曲げるなって言われると、途端に難易度高くなるんだよなぁ。あと何故か関係ない脇腹も痛いし」

「お前にとっては姿勢矯正の面が大きいな。雑に言うと骨で立つのさ。腹筋が疲れているのは体の一部に力を込めて強引にバランスを保った結果だよ」

「オレさ、猿に似てるとか言われるんだ。正直普段から前傾姿勢の方が楽なくらい」

「お前は人間だよ。それに腰や膝への負担は怖いぞぉ。一度壊れたら前には戻れん」


 精太は基地の中を歩かされた時、平気で階段を上り下りする哲人に閉口させられたのを思い出す。

 それも自分が追い付くのを待つ暇潰しの感覚でだ。このままではいけないと、自身に発破を掛ける様に頬を叩く。


「見くびるなよおっさん、こんくらいすぐに慣れてやるさ」

「おいおい、慣れてない(・・・・・)から良いんじゃないか」

「は?」

「怒るな、馬鹿にしているんじゃないぞ。慣れたらトレーニングじゃないって言葉、結構有名だろ」

「そりゃあ聞いた事はあるけど」

「お前は運動が出来た。今までの動き方も、その体格に見合った方法の一つで、ちゃんと優秀な結果を残していたから、周囲は見守っていたんだろうな」


 この言葉は、哲人の憶測だけで語っていない。

 教官権限で取り寄せた、四人の学業成績や教員の評価もそれを裏付けていた。

 それでも、若い身空で腰を痛めて半生をコルセットのお世話になったり、打ち込んでいたスポーツを諦めなければいけなくなったという話も、昔からよく聞くものだ。

 だから姿勢の矯正は絶対に必要――と、精太の周りの大人達が言い切れなかった所に、今回の悲劇はある。

 何百万、何千万に一人の念波動の逸材を目にしていたのだ、それはもう彼らにとって新人類と言ってもおかしくなかったのだろう。

 念波動の台頭によって、昨日までの是非が、明日ひっくり返るとも限らなくなった。

 旧人類の培った常識の枠に嵌め込もうとするのが、成長の枷になる可能性を恐れても仕方のない話だ。

 その上で哲人は決断した。自らが若者の足を引く老害となり得る覚悟を(もっ)て、先人達が研鑽してきた教育の施行を。


「体幹の強化、姿勢矯正はお前にとって未開拓の分野だ。下手から上手になった時の振り幅が大きい様に、強くなる余地はでかい。これから目に見えて成長するだろうさ、きっと実感できる規模でな」


 先達の教えで軸骨格を知り、骨の構造の強さを感じた時の震えは今も忘れていない。

 本人に自覚はないが、精太は伸び代の塊だと哲人は考えている。

 この三日間を付き合って、見せつけられた身体操作能力には目を見張った。

 加えて一見細い体に見合わない筋力、これは過度な肉主骨従を経て歪な体勢を彼に良しとさせる原因にもなってしまったが、正す事ができればその恩恵は計り知れない。

 そして強い向上心、これこそ身体と念波動の成長に欠かせないものである。


「勿論今日や明日でスーパーマンになれる訳はない。でも俺が知る限り武術と姿勢は切り離せない。先ずは姿勢だ、一歩一歩着実に、毎日の鍛錬を自分に積んでいくぞ」

「……半年後には、成果出るかな」


 半年。司令の話にもあった六ヶ月間というワードに、悩む哲人。

 つまり半年後に何かがある……いや、辞令の場で説明してくれても良くないか? 

 思わせぶりな謎に見せかけているが、精太が平気で匂わせている点から見て機密事項でもないのだろう。緘口令(かんこうれい)を敷くなら徹底的にやる筈だ。

 司令の怠慢に心の中で減点を付けつつ下駄を脱ぐ。

 久し振りの一本下駄だったが、脱力まで問題はなかった。かつて身に付けたものは鈍っていない。いや、鈍らせてはいけない心持ちで居なければ。

 教官をやるという事は、これまでの半コクピット生活を終わらせるのと同義なのだ。

 あの慣れ親しんた密室、気楽で自由な――常在戦場の二十年を終わらせるという。


「精太も一本下駄脱ぎな、ここからは姿勢が中々直らない原因の一つ、念波動の勉強だ」






 哲人と精太は、先程まで一本下駄で歩き回った区画を通り、格納庫を目指して進む。

 ずっとあの下駄でいればいいのにと精太は言ったが、哲人曰くそれも違うらしい。


「お前の場合、筋肉の性能が良過ぎておかしな部分をカバーしてしまっている。さっき慣れの話をしたが、あのまま履き続けてすぐさま一本下駄に慣れても、それはお利口な筋肉により負担を強いるだけだ。正しい姿勢を意識する、体で覚える、一時的にではなく時間を掛けて恒久的に。これは本来下駄がなくても出来る事だろう」


 整体が成されないまま一本下駄に慣れても意味が無い。

 道具で利を得ようと焦ったが為に、道具が無ければ立ち行かなくなるのも困る。

 そんな哲人の説明を聞いた精太は、成る程と小さく呟いた。


「一本下駄はあくまで取っ掛かりの一つって訳か。確かに前屈みで顎上げるの止めただけでも首周りがすっきりした気がするよ」

「但し日課にはするけどな。後でストレッチを合わせたメニューを伝える。あの下駄もやるから基地に来ない日もやるように」

「うへぇ。でもそうか、昨日は突然で分からなかったけれど、オレの足のサイズに合わせて選んだんだしオレ用の下駄だよな。言ってくれればあの時金出したのに」

「あそこは俺の行き付け、いい店だったろ。安くして貰ったから気にしなくて宜しい。家に全身を映せる鏡あるか? 姿勢確認に必要だから無ければそれも買ってやるぞ」

「姿見だろ、あるけどあんま見栄を張るなよ、おっさんの給料オレより少ないじゃん」

「えっ、そうなの!? ああいや、少尉殿だもんな」

「そそ、しかも特別手当ってのが凄いんだぜ。母ちゃんも泡吹いてたんだ」


 ヘヘヘと得意そうに笑う顔は、幼さも相俟って少女と見紛うばかりだ。

 もっとも哲人も本人を前に口には出さない。重要なのは教え子がそれほどに年若い年少者である事実だ。

 ――彼らを戦場に出さない為の、十五年戦争ではなかったのか。

 そう言ったのは誰だったか。メディアに出て、消えていった言葉。

 哲人には耳の痛い話だ。本当に、色々な意味で。


「そういや言い忘れていた。この基地で一本下駄を履くのは今日歩いた範囲だけにするように。正確にはチームハガネ号の半プライベート区画のみだな、この辺は許可貰っているから」

「他の働いている人が危ないもんな」

「で、ようやく念波動の話になるんだが」

「身体動かす方が良いんだよぉ、勉強は嫌なんだぁ」

「妙に話を振ってくると思っていたが、話題を逸らしていたんかい」


 子どもらしさを隠さない素直な言葉に、呆れながらも笑ってしまう。

 難しい話じゃないさと哲人は続けた。


「お前の筋肉が強くて賢いのは、お前自身が発する念波動の影響だ。旧来の超能力における超感覚や念力にない分類、『生躰変(せいたいへん)』の効果――生体強化の一環だな」

「それは学校で習ったぞ、超能力者じゃない、『念奏者(キャリィ)』特有の現象だってな」

「おうおう知ってる事になると水を得た魚だな。その辺を大雑把に話すと、二十年以上前に起きた『月の涙』を浴びて目覚めた超能力を念波動、これの保有者を念奏者と呼ぶ訳だが」

「そうそれ、『月の涙』ってやつの所為で地球に住む人全員が念奏者なんだよな。おっさんみたいに超弱いやつでもさ!」

「これでも中央値をちょっと下回るくらいだわい。まぁその通りだよ。大小はあっても有無は無い、念波動を持たない特別な人間(・・・・・)は今やこの世にいないのさ」


 一応過去の超能力と区別する為に念波動の名を与えられてはいるものの、つまりはこの時代、人類皆エスパーなのである。

 と、精太がどこまで知識を得ているのか分からない為に全部説明しようとしていた自身に気付き、哲人は咳払い。知っている事に得意になっているのは自分の方だったと戒める。

 今回精太に必要な情報は念波動の一部分についてだけだ。一度に多くを詰め込む事が良い学びになるとは限らない。


「生躰変の効力は念力等と同じで、念波動の量と思念の具体性で決まる。運動好きの精太ならとんでもない事になっているだろうな」

「さっきから筋肉の話ばかりだけど、オレの場合、姿勢に重要なその、骨の方は強くなってないのか?」

「なってるよ、でないと筋力で骨がやられるし、疲労骨折の経験も無いんだろ? でも人間は骨だけじゃ動けない、身体を動かしているのは筋肉の縮みと緩みの作用だからな。骨を強くしただけで姿勢は良くならん」

「むう、お化け屋敷みたいに骨だけで動いたりしてくれればなぁ」


 勉強は嫌いと(のたま)いながら、実際は聞いた事をちゃんと噛み砕こうとしている。

 今の中学生の学習範囲は分からないが、ここまで哲人が説明した中で、知らない単語も特に無い様だ。

 無知を恥じて黙り込まない精太の性格に助けられていると、新任教官は改めて実感した。

 身体操作だけではない、何でも口に入れようとする学習意欲、教え方さえ間違えなければこいつの成長は確実だ、とも。


「そんでおっさん、どうやったら生躰変を抑えられるんだ?」

「抑える必要はないぞ」

「ええ、そういう話の流れだったじゃん。オレの念入り筋肉で姿勢がやばいんだろ?」

「素晴らしい要約だが、お前に覚えて貰うのは念波動の意識的な操作だ。これができればたちまち念波動は敵から味方に、姿勢の矯正補助もしてくれるって寸法よ」

「ふぅん、今まで勝手に筋肉強化していた念波動に、オレが命令して良い姿勢維持の手伝いをさせようって腹か」

「なので、先ずはその筋肉にこびり付いた残留思念(・・・・)引っ剥(ひ ぺ)がすぞ」






 二人が格納庫に着くと、金髪男、小中宗玄が近寄って来た。

 これまで格納庫に入り浸りだった哲人が三日も空けたのだ、気にもなるだろう。


「心配したぜ兄さん! 放送で名前挙がってからこっちに顔見せないんだもんよ」

「クビにでもなったと思ったか? 今日は杉さん居るよな、こいつを紹介したい」

「ハガネマルのパイロットだろ、そんなん連れてどうしたって……おい兄さん、今日はパイロットスーツじゃないのか!?」

「よく分かったな、光学迷彩じゃないちゃんとしたスポーツウェアだよ」

「馬鹿な……パイロットスーツしか着れるもんないんじゃなかったのかよ……」


 んな訳無いだろ失礼なと思いつつ、このスポーツウェアは心機一転にと三日前に奮発した新品なので強くは出ない。

 ちなみに哲人はパイロットスーツを三着所持し、格納庫ではこれを着回していた。光学迷彩の投影パターンで見た目こそ自由に変えていたが、その辺りを知る宗玄からしたら服がないからだと勘違いしても責められないだろう。


「……とりあえず今日も筋トレしていくんだろ? 今コクピット開けるから……」

「話を聞けよ、最初にこいつの紹介だって。そしたらシミュレーションルームに行くから、ここで筋トレはしないぞ」

「偽者め、貴様は誰だ!」

「うるせぇぞお前ら!」


 野太い怒声と共に、格納庫の上方から二本のスパナが投下された。

 一本は金髪頭に吸い込まれ、もう一本は哲人の手に収まる。

 堪らず頭を抱える宗玄を尻目に、哲人は上を仰ぎ見る。

 そこには、傷と皺だらけの顔で眼光鋭く哲人達を見据える男がいた。

 名を杉本始(すぎもとはじめ)――整備班主任、この格納庫の主である。


「相変わらず危ねぇなぁ、ほんと、俺ら以外にやったら駄目だぞ杉さん」

「ふん、超能力サマで優しく包んでいるんだ、ハリセンよりも痛かねえよ」

「嘘だ……ガッて、やべぇ音がした……」

「嘘じゃないぞ。あのじいさん、スパナを中心に念波動をゴムボールみたいに……あんな事できるんだ」

「強い念奏者だからできる芸当か、俺がスパナ掴んだ時にはもう金属の感触だったぜ」

「お前には(はな)から当たんねぇからそのまま投げたわ」


 話しながら始は三人の所まで降りて来た。

 頭をさする宗玄、口を尖らせる哲人、最後に精太をとっくりと見る。


「精太、金髪が小中宗玄で、俺よりもおっさんなおっさんが主任の杉本始、一昨日話した俺が世話になってる整備班四人の内の二人だ。他の紹介はまた今度な」

「オレは赤城精太って言うんだ、ハガネマルのパイロットさ。これからよろしく」

「んー、兄さんどういう事だい。仲良さそうだけど知り合いだったん?」

「三日前の呼び出してハガネマルのガキどもの訓練教官任されたんだよ」

「マジで!? 窓際ならぬ壁際パイロットだった癖に大出世じゃん!」        「おうよ、って杉さん、反応無いけれどさては知ってたな」

「昨日、日向のジジイと一緒の所をうちの司令に捕まってな。おめぇが間抜け面で吹っ飛ばされた話も聞いたぜ」


 哲人は目眩(めまい)がした。

 白沢司令が個人的な悪感情を自分に向けているのは確定したが、理由にまるで見当がつかないからだ。

 こんな話を広めてどうする。ハガネマルのパイロットはこの基地の花形である。それが同僚を念波動で放り投げたなんて話、外部に伝われば格好の的だというのに!

 三日前には捨て置いた司令の考えも、指導に悪影響が出るのなら放置できない。

 しかし目先の解決策――取り除くべき悪感情の原因が分からない、手詰まり故の焦燥。

 あの司令も、俺の何がそんなに気に入らないのか。

 チームハガネ号が大事ならもっと考えて動いてくれと、祈りにも似た心地で念じた。


「ああうん……杉さんも面白がって吹聴しないでくれよ」

「なんでぇ哲坊(あきぼう)、気持ちの良い話じゃねぇか。ロボの中で管を巻いていた奴の尻を叩いてくれたんだぞ」

「そりゃあ気合は入ったけれどさ……」


 ……もしやあの司令も、本気で赤城精太の武勇伝になると思ったのではあるまいか。

 新時代を背負う若きパイロットが、草臥(くたび)れた不良職員に活を入れた、みたいな。

 ふとそんな発想に至り、哲人の背筋が凍った。

 これで実際にマスコミのネタにでもされたら、精太を守る大義名分を得た司令に世紀の大悪人役を(なす)り付けられてもおかしくない。


「おいおい兄さん、何がそんなに面白いんだい?」

「何も面白くねぇよ。それより宗玄、合コンの計画早めに立てろよ」

「合コン、合コンって、え?」

「そんな事だろうと思ったわ。大和には宗玄にも伝えとけって言ったんだけどなぁ」

「……おやっさん、休憩入るわ」


 言うや否や、宗玄はこちらに背を向けて通信デバイスを弄り始めた。

 あのまま会話に参加させておくと、ハガネマルに触らせてくれと精太に交渉しかねない。 そう考えた哲人による体のいい追い払いである。目論見通り、宗玄は通話先に食って掛かる勢いだ。


「女の話か。あの様子だと今日は仕事にならんだろうな、いい歳して浮かれやがって」

「言ってやるなよ杉さん。それより頼みがあるんだけれどさ」

「模擬戦やりたいんだろ」

「話が早い。機兵情報のアップデート確認その他諸々お願いするわ」

「シミュレーションルームなら何時だって問題無く使える。それも仕事だからな」

「愛してるよ」


 これぞ杉さんに頭が上がらない理由なんだよなぁと、哲人は脳内で手を叩いた。

 善は急げと精太の手を引っ張るが、肝心の少年の足は重い。


「どうした精太、シミュレーションルームに行くぞ」

「おっさん、オレ、杉本のじいさんに念波動を習いたい」

「ぶははっ、この教官、いきなり振られてやがる!」

「はん。お生憎様、そんなん慣れっこだわ」


 とはいえこのままにもしておけない。

 哲人が元気盛りの中学生を上手く釣る言葉を思案していると、その間に始は精太の前まで来て、上から覗き込む様に大きな顔を近付けた。


「精太よう、てめぇはロボットを弄りたいのかい?」


 そう言って視線を向けた先には、哲人の愛機があった。

 この格納庫には八つの空けた空間があり、その一つに納まっているのがそれである。

 逆に言えば、それ以外にとりわけ目立つ物はない。

 格納庫とは名ばかりに、ハガネマルの姿もここには無かった。


「昔は数で戦場を威張ってた、十五から二十メートルの人型量産機を『ウォーキャリア』って言うんだが、いや、名前はくらいは知ってるか」

「その、詳しくはないけど、授業でも習ったから」

「ワシ等整備班はな、言っちまえばあそこにある一機の為だけにここに居るのさ」


 始は噛み締める様に言う。

 それを聞いた精太は、我が意を得たりと提案した。


「分かった、ハガネマルも弄りたいんだろ! オレから沢ねぇに頼んでみるからさ、代わりに念波動の使い方を教えてくれよ!」


 合コン企画にかまけていた宗玄でさえも、驚きで振り向く内容である。

 これは予想外の展開だと、哲人も暫く黙って見守る選択をした。

 精太の陳情がどれ程の効力を持つのかは不明だが、彼を溺愛する白沢司令が取り計らえば、ハガネマルと整備班の邂逅も現実味を帯びるのではないだろうか。

 現状、ハガネマルは国家機密の兵器として、普段置かれている場所さえ定かではない。

 メンテナンスフリーとも公表されており、専用の整備班が出入りする様子もなかった。

 保守整備に携わる人員の希薄さから、パイロット以外にハガネマルと接触できる人間はいないのではとさえ噂されている。

 製造に使われた材質やカタログスペックも、実際にどこまでが本当なのか。

 同じ基地で寝食を共にしていようとも、国が許可を出した情報以上にハガネマルを知る事は許されないのだ。

 だが今回の提案は、それに一石を投じるのでは――


「ワシはこの仕事に誇りを持っているよ」


 そんな外野の目論見を、杉本始は一蹴した。

 思わず黙る精太の頭に諭すように手を乗せる姿は、人に向かってスパナを投げていた男とは思えない。


「もしおめぇがワシの下でロボットに触りたいというのなら、何時でも歓迎してやる。でもな、ワシはそれしか知らん。それ以外に教えられるものはない」

「そっ、そんな事ないって、じいさんの念波動は凄いぞ!」

「じゃが哲坊は、念波動で戦う(すべ)を知っているぞ。ワシの知る誰よりもよう」


 精太の頭越しに、蛇も逃げ出すだろう始の視線に当てられて、哲人も諭された。

 仕事に誇りを持つ整備班主任が、仕事に誇りを持てと新任教官を叱ったのだ。

 この状況に黙っているな、お前の教え子だろうがと。

 哲人の情けない面を知り尽くした男が、それでも適任はこいつであると考えて。

 精太が哲人を見る、未だ不安の混じる目で。


「精太、念波動なら俺が教える」

「……おっさん、でもさ」

念波動(アルコン)弱者ならではの処世術さ。強い側のお前だからこそ、目を丸くすること請け合いだぜ」


 哲人は胸の内で、自らに言い聞かせる。

 思えばこの少年には、格好の悪い所ばかり見せてきた気がする。

 そろそろ格好の良い所の一つも見せなければ、教官としての面目も立つまい、と。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ