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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
1/82

第一話 『古参兵』衛守哲人、二十九歳の転機




 けたたましいサイレンの鳴り響く中、大地が揺れた。

 轟音と共に公道は割れ、裂け目が街を2つに別つ。

 その隙間から覗くのは、鉄、鉄の塊。

 銃の弾丸をそのまま大きくした様な、何十メートルもある巨大な金属。

 それがゆっくりと、ゆっくりと迫り上がる。

 屋外に居るまばらな人の姿を、大きな影で呑み込んでいく。


「スクリーン出力上昇。四分類誤差修正、グリーン、グリーン、グリーン、グリーン」


 狭い機械の箱の中で、通信士の経過報告を聞く。

 問題はない。今回も、何も。

 もうそろそろだ。

 息を吸って、吐く。

 さあ、今日も元気良く始めよう。


「ハガネマル、出まぁす! 赤線の内側までお下がりくださぁぁぁい!」


 声は鉄の塊から、ではなかった。

 裂け目の脇で誘導棒を振る、金属の人形。

 十メートルを優に超える、これも十分に大きい人型。

 鉄塊の存在感に目を奪われる人々に、手に持った大きな棒で存在を示している。


「青線の中に居る方は、屈んで耳と目を塞ぎ、口を開けるようお願いします。カウントダウン、開始!」

「カウントダウン、開始。十、九、八」


 言い慣れた言葉に、続くのは通信士。たった一言の仕事を終えて、人型兵器のパイロットは自機の拡声器を切る。

 この街に住んでいるのなら、何度も聞いたであろうアナウンス。

 こんな光景だって、もう珍しいものではない。

 今も外に出ているのは、警報の物々しさに反して、ほぼほぼ危険など無い事を知っているからだろう。

 街全域を覆う防護スクリーンは、強靭な被膜として中身を守る。

 かつて絶滅寸前だった人類が手にした、文字通り異次元の盾があるのだから。


「……六、五、四」


 これから戦いが始まる。

 その前奏曲とも言えるこれら一連の流れに、もう人の心は動かない。

 習慣とは怖いものだ。

 数多の苦難を乗り越えた人間社会は、身も心も巨大兵器と共存している。


「三、二、一、どうぞ!」


 ばつんと裂ける様な音。街に広がる衝撃と同時に、カタパルトから弾が飛ぶ。

 向かう先にいるのは勿論敵だ。

 これから弾丸の中身は、戦地にて強大な敵と戦うだろう。

 そんな誇りある出陣の、勇ましき後ろ姿を見送って。


「ハガネマル、無事に発進致しました。住民の皆様には、ご協力を頂きましてありがとうございます……」


 定型文のアナウンスを聞いていると建物から人影が出て来る。出撃を外で見送った人達も素知らぬ顔で歩きだす。すぐにそれらは違いのない衆人となり、街の営みは元に戻った。

 すべて世は事もなしと、無数の背中達は語っている。


「ころころ変わる世の中だ、まったく」


 シートに寄り掛かり独り言つ。

 変化する世間に取り残される自分。それが良い事なのか悪い事なのか。

 今の自分がどんな顔をしているのかさえ、男には分からなかった。





 先ず初めに、射出された鉄の弾丸の中身、その正体について語りたい。

 あの中に居たのは、頭頂高五十メートル以上の人型機動兵器である。

 莫大な資金と魔法の如き最先端技術の結実、新たな時代を担う護国の要が一体、その名をハガネマルという。

 富士山麓に建設された富士大宮基地が誇る鋼鉄の巨人である。

 当然ハリボテなどではない。

 皮膚は堅牢で厚みのある特殊装甲、その内側には人工筋肉がみしりと詰まっている。

 ヤマト級と称される巨体に見合った重量を抱える、本来なら自重で自壊するだろうありえないロボットだ。

 荒唐無稽のロボットを超えるもの(スーパーロボット )

 一昔前なら架空兵器の一言で片付けられるそれは、現代において地球人類から見た敵性存在(インベーダー)、その尖兵である侵略兵器達と日夜戦い続けている。

 ――そしてこの物語は、そんなハガネマルの華々しい活躍を追うもの、ではない。


「おう、今日も大勝利か。安泰安泰」


 富士大宮基地の格納庫に寝かされた十八メートルのロボット。

 ハガネマルの出撃整理で誘導棒を振っていた人型兵器である。

 そのコクピットに籠もって、パイロットスーツを着たままダンベルでのベンチプレスを行っているのは、同ロボットのパイロットを務める衛守哲人(えもりあきひと)という男である。

 彼は筋トレと並行しながら、自分の眼鏡に映し出される情報を確認する。先程見送ったハガネマルの戦闘概況だ。


「開始二分で右ストレートの一発KOって、映像の編集楽そう……くあー、EMSと加圧の最大乗算は、やばい、スーツに殺されるわ」


 ダンベルを静かに置くと、眼鏡を外して手首の操作盤を指で叩く。

 同時にスーツのエクササイズ機能が解かれ、電気刺激等々の負荷から解放された。

 この男、空いた時間を筋肉トレーニングに費やすのには理由がある。

 哲人は、ハガネマルの台頭により仕事を無くした兵士の一人だ。

 今の戦場に彼の居場所は無く、かといって他の仕事に就く技能も希望も持たず、ほぼほぼ用のない兵士の立場にしがみつき、かろうじて交通整理の仕事を回して貰う身分である。

 それでも一軍人として国から俸給を受け取る身分である。身体を鈍らせておく訳にはいかない、まだ役に立てる事がある筈だと、有事に動ける兵士(じぶん)の維持に努めていた。

 彼の半生を注いだ戦争は、もう終わって久しいというのに。


「……身の振り方、考えないとだよなぁ」

「哲人さん、独り言してないでこっちの話聞いてくださいヨ。宗玄先輩熱入っちゃって」


 閉じられたハッチの向こう側から、通信デバイスを通して声が掛かった。

 別に押入れに籠もる子どもでもない、コクピットを開けると天井の照明に目を焼かれる。

 戦傷ででこぼこの身体を支えてくれる感知補助インプラントは今日も働きものだった。


「機密情報を盾に触らせないの一点張りだぞ、せっかくの巨大ロボなのに!」

「気持ちは分かります、でも無茶したら師匠に迷惑が……哲人さん聞いてまス?」


 外では、長い金髪の軽そうな男がスパナを掴みながら文句を垂れていた。

 それに応じていた小柄な男は、(ようや)く顔を出した哲人に話を振る。内容はよく聞く愚痴である。故に何時もの様にはいよと生返事を返した。


「あれでもハガネマルはお国からの預かり物だぞ若人どもよ。手を出すつもりなら二人だけで、先行きの暗いおっさんの首まで巻き込まんでくれ」

「あれでもか、本当にあれでもだわな。きっと司令サマは子どもの玩具だと思ってんだ」

「預かり物と言いますけれど、哲人さんがベッドにしてるコレだって国のもんでショ」

宗玄(そうげん)大和(やまと)も何かあった? 今日は随分楽しそうだけど」

「なにもないから仕事に精を出してるんだろぉ」


 金髪の男、小中宗玄(こなかそうげん)は情けない声で自らの哀れさを演出すると、隣の坊主頭、暮石大和(くれいしやまと)もそれに追従する。

 二人が息を合わせる理由に察しの付いた哲人は、苦い顔を隠す様に基地案内のパンフレットと被るとシートに深々と体を預けた。


「リナさんの話ですヨ、一体何時になったら紹介してくれるんですか」

「合コン! 合コン!」

「……俺だって仕事で声を聞くだけだぞ、期待寄せ過ぎじゃねぇかなぁ」

「こちとら遠くから手を振って貰えるのが関の山なんすヨォ。一介の整備士如きが花形通信士とお近付きになるには哲人さんが必要なんでス!」

「合コン! 合コン!」

「他に適任者が居るだろ……とりあえず大和は隣の壊れたスピーカーを黙らせて」


 遠野(とおの)リナ。二人の意中の女性は、富士大宮基地に勤務する有名な美人職員である。

 以前にその入れ込み様を面食いとからかった事があったが、女性と話す機会も無いのに面食いで悪いのかと反論されて何も言えなくなってしまった。

 顔も一つの判断基準、決して悪い事ではない。つまり哲人に非があるのだが。

 あの時の二人は、思わず冷や汗を掻く迫力だった。


「大した事件もない中で仕事熱心だと感心してたのに、(すぎ)さんが見たら泣いちまうぞ」

「師匠はともかく、プライベートの充実が図れないのなら仕事やるしかないですし。具体的には哲人さんの相棒を魔改造しまス」

「やめて、俺にはこいつしかいないんだ」


 目を離したらデコトラにでもされかねない勢いだ。しょうがない。

 大和の凄みに以前の迫力を思い出し、哲人は何度目かも分からないこのやり取りが笑い話で済む内に終わらせる事にした。

 起き上がりコクピットから身体を出す。手でどいておくれとジェスチャーすると、空いた二人の間を抜けて人型兵器の胸部からハンガーに降り立った。

 それなりの広さを有するそこは、しかし哲人の愛機が一体しか見えない、少し寂しい場所である。


「ご、合コン!」

「宗玄先輩そろそろしつこい。哲人さん、逃げるんでスか?」

「遠野リナの件な、暫く待っててくれ」


 え、マジ……? そんな呟きが背中に聞こえたが無視をする。

 今日は一日コクピットに籠もるつもりだったが、血気盛んな宗玄と大和に当てられて眠気も何もかも吹き飛んでしまった。

 もう開き直って要件を済ませてしまおう。

 哲人と入れ替わる様にドローン型パーマネントロボットが邪魔者の消えたコクピットに殺到し、その近くで固まっていた二人(しょうがいぶつ)を小突く。

 自分が不在の間にコクピット内の整備を終わらせたいのだろう。ドローンに悪意などないのは当然だが、自宅から追い出された気分になる。


「はぁ、こうなったら久し振りの裕子ちゃんも楽しまないとな」


 百八十センチを超える身の丈に頑強な筋肉を纏いながら、どこか居心地が悪そうに。

 大男は少し背を丸めつつ食堂に足を向けた。






「うん、美味い! これを何時でも食べられるよっちゃんが羨ましいぜ」

「調子の良い事言ってるじゃない。滅多に来ない癖してさ」

「裕子ちゃんが常駐してくれたら毎日通うって、本当だよ」


 世辞ではないのだが、哲人に褒められた女性は軽く流して洗い物の皿を片付ける。

 彼女の名前は大山裕子(おおやまゆうこ)。恰幅も姿勢も笑顔も良い、朗らかな態度に大人の落ち着きと自信を覗かせる好人物である。

 加えてこの基地屈指の料理人であり、本職は別ながら時々食堂を手伝いに来てくれる。 哲人は彼女の夫の大山洋二(おおやまようじ)とも知り合いで、二人と懇意にしていた。


「巨大兵器同士の格闘戦。敵さんが攻め方を変えてから、こっちまで気の抜けた空気になっちまったねぇ」

「今やメディアもほぼエンタメ扱いだし、一般の人は巨人と怪獣がプロレスやってらぁとしか思ってないんじゃない。味噌汁のおかわり、大根多めで下さいな」

「聞いたよあんた、コクピットの中で眼鏡掛けたまま重い物振り回してるって。危ないから外しときなよ」

「筋肉トレーニングね。古いけど眼鏡(こいつ)も軍の支給品さ。半分にしたって割れるもんか」

「それこそ軍縮でリストラされたらどうするんだい。返さなくちゃならないだろうに」

「型落ちして払い下げられた時に買取済み。付き合い長いからね、胸ポケットに入れとけば銃弾だって止めてくれるよ。このパイロットスーツも私物だぜ」


 米粒一つ残さず、日替わり定食を綺麗に平らげる。ごちそうさまでしたと一言。

 哲人は裕子が食堂に居る事を知っていた。通信士である彼女はハガネマルの戦闘が早く終わると早々に仕事を切り上げてここに来るのだ。ハガネマルのパイロット達に好評のカレーライスを作る為に。

 世間話もこれくらいに。

 彼女を独り占めできる内に、哲人は用事を済ませなければならない。


「裕子ちゃんさ、同僚にリナって娘いるじゃん。遠野リナさん」


 ……返事がない。

 見ると彼女は固まっていた。信じられないものを見る目で哲人を見つめながら。


「嘘……あんた、やっと女性に興味を」

「おおい誤解があるし誤解を招く! とりあえず紹介して欲しいんだ、相手は俺じゃないんだけど」


 大きな溜息。合点が行ったのだろう、裕子は呆れながら続いた。


「整備班の子かい。はぁ、あたしにはよく話し掛けてくる癖に、自分で頼みに来れないもんかね」

「それな。裕子ちゃんに取り次いで貰うのも尻込みしてんだよね。こういう依頼結構多かったりする?」

「三回目だね。なんだい、ハンガーまで連れていけば良いのかい」

「いきなり対面はハードル高そう。コンパ企画するからお誘い頂けると」


 好感触に流石の裕子様と両手を合わせる。

 この件を頼まれた時にはどうなる事かと思ったが、明るい兆しが見えてきた。

 俺達の面目も立ちそうだぞ相棒と、心の中で愛機に報告する。


「でもコンパに女一人だけはないだろう、他の子はどうするのさ」

「あと一人同僚さんいたでしょ。その子と裕子ちゃんも来ればいいさ。タダ酒だぜ」

「あたしみたいな六十近いおばちゃん呼んでも呑むばかりだよ。それに茉莉花(まつりか)は……リナの件は了承したけれど、どうなっても知らないよ」

「先天性の超能力者(サイキッカー)だっけ。今日日(きょうび)珍しくもないじゃん」

「問題は性格というか、まぁ、覚悟しときな」

「えぇ……」


 コミュ力に難有りの通信士とかいるの……?

 出撃時に時々声を聞くけれど、そんなにおかしかったかなぁ。哲人ははてと首を傾げるが、当初の目的は達成したので良しとした。

 旦那のよっちゃんには別口で酒をあげれば、快く裕子ちゃんを貸してくれるだろう。


「まあいいや。本題のリナさんとやらが来てくれれば後の問題はあいつらに丸投げだ。送迎用のタクシーも用意するから気楽に参加してよ。今度都合の良い日教えて」

「はいはい。にしても遅いねぇ。もう来てもおかしくないんだけれど」


 裕子は時計を見ながら呟く。

 彼女にとって哲人は前座であり、待ち人はあくまで別にいる。

 哲人からすれば邪魔が入らないまま問題を片付けられたのは有り難いが、何かあったのだろうか。


「――司令部より伝達。衛守哲人曹長、十分後に第二会議室まで来られたし。繰り返す、衛守哲人曹長、十分後に――」

「……呼ばれてるよ」

「あれ。最近やらかした事あったっけ」


 呼び出し。この声の主こそ(くだん)の遠野リナであったが、それはどうでもよい話で。

 基地内放送で指名された哲人は、使っていたカウンター席を立つと空の食器を片付けた。

 流石にこれを無視する程の不良公務員ではない。

 パイロットスーツの光学迷彩機能で軍服を映像投影すると、紙ナプキンで口を拭った。


「だから眼鏡は外しとけって言ったのに」

「ところでその話、裕子ちゃんにチクったのどっち?」

「小さいほう。それからこの食堂ね、あたしが居なくても良いもの作ってるんだから毎日食べに来なよ」

「ありがとう、それじゃあ行くよ」


 今やその関心の大半を新世代のパイロット達に奪われてしまったが、未だに自分の様な不行状(ふぎょうじょう)者に対しても気配りを見せてくれる。

 リナの同僚でなかったとしても、きっと最初に頼ったのは彼女だ。

 天涯孤独の哲人が、かつての家族を重ねる存在は、食堂を出て行く背中に告げた。


「少しは肩の力抜きなよ。毎日必死だった戦争は、あたし達で終わらせたんだ」






 第二会議室は第一会議室と違い、普段使われる事がない部屋である。

 哲人からして大宮基地に配属された初日以降、掃除目的以外で入室した記憶がない。

 風の噂では偉い人達だけで使っているらしいが、真偽の程は分からない。

 人の匂いがしないのだ。掃除の時も埃が目立ち誰かが立ち入った跡も窺えない。

 それも相俟っていよいよ居場所がない感じが強まり、哲人にとっては苦手な場所だ。

 緊張を胸に、戸を二回叩く。


「衛守哲人曹長です。入ります」

「どうぞ、入って下さい」

「失礼します」


 入室後、戸を閉めて敬礼する。

 室内に居たのは年若そうな女性が一人。特別顧問、浦原朱花(うらはらべにか)

 我らが裕子女子の談によると、富士大宮基地の責任者である白沢(しらさわ)司令の補佐を主な仕事にしており、似た立場にいるものの知命を迎えた男性の日向(ひむかい)副司令と違い、白沢司令とは同性で年齢も近いのでプライペートの付き合いもあるらしい。

 哲人からすると、作戦行動時は発令所に居る、それ以上の所感を持ち得なかった。

 声もろくに聞いていないとあっては、縁の無さで通信士の遠野リナを上回る相手になる。


「今日お呼びした件については白沢司令本人より説明があります。ただ今席を外しておりますので少しお待ち下さい」

「はっ」

「そう正しい礼式に拘らなくても大丈夫ですよ。近年は軍事基地も、廊下に出れば子どもたちが走り回る様な場所ですからね」

「……」

「貴方の出方を試しているのではありません、本心です。義務教育を受ける歳の子を戦場の主役に置いた以上、彼らを預かる私達軍人も教育の一部を担わなくてはなりません」

「と、言いますと」

「未来ある少年少女に対して、厳格な礼式、上下関係の明確化を強いるのは、今の人類が生き残る上(・・・・・・・・・・)で得策とは言い難いと思いませんか」


 案外よく喋る人なのか。

 その目はただ静かに、しかし視線で縫い付ける様に哲人から逸らさない。

 値踏みをされているのか定かではないが、今は黙って受け止めるしかない。


「私としては、その事を踏まえて司令の話を聞いて頂きたいのです」


 大事な話をされていると分かってはいた。なのに集中できないのは、侮れない手練れだと彼女を認識してしまったからだろう。

 一対一で、この近さまできて、予感は確信に変わり、骨身に染みる。

 只者ではないと思ってはいたが、ここまでとは。

 自分より若いだろう、見目好い女性であるというのに、まるで虎の前に立つ気分だ。

 強い。旧い機兵使いとして、恐らくは自分の上を往く。

 現行の軍事組織における特別顧問は、大抵が一線を退いた英雄の就く席になる。

 軍が手放せない、或いは手放しては置けない功績を持つ人物。

 表立った勇士ならある程度は把握している哲人であるが、例え知らない人物であっても、きっと過去の戦争で活躍した傑物なのだろうと、朱花を探る様に見てしまう――


「ごめん朱花、遅くなったわ!」


 突然戸を開けて入って来たのは、富士大宮基地の総責任者、白沢司令だった。

 急いで来たのか別の理由か、息を切らしながらの登場である。

 その勢い、声量、重い責任を伴う役職に就きながらも落ち着きのない、活力に溢れた女性だ。てかこんな人なのか。


「待ったのは衛守さん。謝る相手が違うよ」

「んん? あ、はい。すみませんでした衛守曹長」


 投げやり、棒読み、どころか目さえ合わせていない、これが総責任者。

 流石に哲人も分かる。彼女は自分に良い感情を持っていないと。

 仕事上でのやり取りのみで、私生活での付き合いが無いのは朱花、司令とも共通だが、この差、露骨さはなんなのだろうか。

 そこまで考えて、思い出した。

 ロボットに籠もり筋トレをするおっさん。自分に立つ噂話なんてそんなものだ。

 そんな男が相手なら、司令の態度こそ正しいのではないだろうか。

 この職場への自分の貢献度を考えると、無駄飯喰らいと後ろ指を指されていてもおかしくはなかった。


「はいみんな、入った入った。このおじさんだよ」


 司令は戸の方を向くと、打って変わっての猫撫で声で新たな人物を部屋に招き入れる。


「なー、それより日向のおっちゃんどこ? 話したいことあるんだけど」

「いい加減にしなさい! こんな所で副司令の立場を損ねる呼び方して、偉い人が居たらどうするの!」

「二人とも静かにしろ。僕達は仕事中なんだぞ」

「…………」


 子どもたちが四人、ぞろぞろと現れて正面に並ぶ。

 男女がそれぞれ二人、いずれも十代前半、なにせ中学校に上がったばかりの若者である。


「わたくしは――俺は、曹長、衛守哲人と言います。どうぞよろしく」


 階級で言うなら、彼らは皆上官にあたる。

 しかし朱花の話は、この状況に於いての対応を改めろ――先ず大人として、目の前の子どもにどう接するかを考えろ、という事だったのだろう。

 だが、難しい。従来の軍隊の縦社会に甘んじていたツケが回ったのだ。

 そうして出た第一声は、軍人としても大人としてもどっちつかずになってしまった。

 ロートル、古い人間だと自らに(うそぶ)いて、新しい時代の在り方から目を逸らしてきた結果の、自業自得だった。

 四人の視線が、不出来な大人に降り注ぐ。恥じ入る、自分に。


「前にも確認したけれど、衛守曹長とは今までにお話をした事はないんだよね。こっちも自己紹介、せ―君から順番にお願いできるかな」

「その呼び方やめろよ沢ねぇ……結局おっちゃんも居ないし」


 不服そうにしながらも、司令の言葉通りに少年が一歩、前に出た。

 背は四人の中で一番小さい。こちらに向き直った顔の、力強い瞳が印象的だった。


「オレは赤城精太(あかぎせいた)。おっさんデカイな、身長体重どんくらい?」

「余計な事を聞かないでよ精太、大山さん待たせてるんだよ!?」


 少年の腕を引き後ろに引っ込めた少女は、その位置のまま前に出ずに口を開いた。

 哲人にも、この小さな集会にも興味が無いのだろう。素っ気なく短いツインテールを一度揺らして。


「アタシは黄桜奏(きざくらかなで)です。よろしく」


 次は自分がと、隣の眼鏡を掛けた少年が軽く手を挙げる。

 先の二人より背は高い。美少年と呼んでも差し支えない、端正な顔立ちをしていた。


「僕は青海雄二(あおみゆうじ)と言います。運動神経は悪いので、軍人さんとは話が合わないかもしれませんが」


 最後に残った少女が、おずおずと口を開く。

 彼女が最も上背がある。彼女の家名は有名であり、その所為かどうか、自分とは縁のない品があった。


「あの、私の名前は須崎碧(すざきみどり)です。どうぞよろしく、お願いします」


 挨拶が終わった。とはいえ哲人は、以前から四人の名前を知っている。

 この基地で最年少の、ハガネマルのパイロット達。

 少なくとも戦闘の経過や、報告書の類いには全て目を通している。

 無視できる筈がない。

 今、前線で体を張っているのは、紛れもない彼らなのだから。


「さて衛守曹長。今日から貴方には、彼らの訓練教官を務めて頂きます」


 うん?

 司令の言葉が、頭に入らなかった。

 上官の指示を無視する訳にはいかないと、哲人は慌てて反芻する。

 訓練、教官?


「わたくしが、訓練教官でありますか」


 口ではそう返したが、頭の中は混乱し、冷静さを欠いていた。

 そもそもこの四人は、ハガネマルのパイロット――操者になった時に、少尉に任じられている筈である。つまり上官に対しての教官を務める事になるのだが、そんな状況が在り得るのだろうか。


「彼らは少尉候補生として教育を受けていませんが、曹長にはその補填を求めているのではありません。先ずは六ヶ月間、四人の教程に対して権限を与えます。教官の立場でこの子たちが現在必要としているものを見極めて、立派な念奏者(キャリィ)へと導いてあげて下さい」


 ……なんだそのあやふやな命令は!

 もしやこれは、柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しろと言われているのだろうか。

 司令の狙いも、目的とする成果も、自分に求められている事も分からない。

 後輩への指導程度の経験しかない哲人には、当然教官としての実績などありはしない。

 教職の素人、まるきり素人だというのにだ。

 怖いのは、四人が動揺をまるで見せない点である。

 つまりこの無茶苦茶な話が初耳ではない、この場の思い付きでもないのなら。。

 哲人が今の今まで聞かされていなかっただけで、最早覆らない決定事項である可能性が高くなる。

 本気なのか。

 いっそ今からでもドッキリ企画と言われたなら、どれだけ安心できるだろう。


「司令、わたくしには――」


 この時の自分は、荷が重すぎます、とでも続けたかったのだろうか。

 口をついて出た言葉の途中で、足を見えない何か(・・・・・・)に掬われる。

 腰から落ちそうになったが転倒はしない、いや、できなかった。

 倒れかけた背部にはゴムを思わせる弾力が伝わり、哲人の身体を持ち上げる様に宙へと浮かせる。

 大の大人が大の字で浮遊する異様な光景。

 そして哲人は、後方に吹き飛んだ。

 前から押し出されると言うよりは、背中を掴まれて引っ張られる感覚の中で、進路上の机や椅子を蹴散らし数メートル、途中で床に落ちて転がる。

 ここで我に返り受け身を取ったが、不可視の力はもう働いていなかった。

 翻弄された全身が、漸く落ち着く。

 色々な物にぶつかったものの、床に受けた擦り傷以外は不思議と痛まない。

 周囲は呆気に取られている。

 巻き込まれた備品の一つが、がらんと倒れる音がした。


「あれ。おっさん、念波動(アルコン)全然強くないのに教官やんの?」


 あっけらかんと犯人、赤城精太は言う。

 その声色に嫌みはない。彼は純粋に、力を持つ者が持たざる者に指導を仰ぐ、この状況を疑問に思ったのだろう。


「あ、アンタいきなり何してんの!?」

「奏、だってさ、んー。この人朱花さんどころか沢ねえより弱いぞ、オレ達は何を教わればいいんだ?」

「……野蛮人が。試さなくても分かるだろうが」

「二人とも落ち着いて、雄二くんも口が悪いよ……!」


 若い四人は言い募り、司令と朱花は何も語らない。

 各々の振る舞いを見ながら、しかし哲人は、心の内と向き合っていた。

 肉体は静止しても、内側に落ち着かない箇所がある。

 心臓が、空中に放り投げられた時の様に、否、それ以上に震えている。

 脳味噌に血が巡って思考が駆ける。考える、頭を使って。

 ――何というやんちゃ振りだ。念波動の申し子ならば、傍若無人も許されるのか。

 有り余っているのは果たして力か衝動か、若さを失った自分には判断ができない。

 彼は子どもなのだと、やっと理解できた。心が理解してくれた。

 大人には出来ない事をやれる、この子は翼を折っていないのだ。

 そんな自由の体現者に、上官は教官を与えようとする。

 こんな不自由な軍人に、上官は教官をやれと指示した。

 朱花と司令の言葉を思い返し、すぐに頭を通り過ぎていく。

 煩い、彼女達の目的を探るな。見えない第三者の真意を推し測るな。

 自分如きの頭で分かる訳がないだろうに、無駄だと分かるリソースを使うな。

 そうだ、知るべきなのは、この翼だけは一丁前のひよこどもの事だ。


「元気一杯だなぁ、お前」


 立ち上がりながら言う。もう体裁を取り(つくろ)う気はなかった。

 こうなってから振り返ると、猫を被ろうにも司令が提示したのは六ヶ月間である。我ながらぞっとした。そんなの襤褸(ぼろ)が出るに決まっているじゃないか。

 着飾ろうとするから言葉に詰まるのだ。

 軍人の皮を脱げば、うだつの上がらない不良男、それが衛守哲人という人間なのに。


「おっさん怒ったのか? 悪かったよ、オレはてっきり」

「いいや、良い意味でだよ。こういう向こう見ずさは懐かしいな。眩しいもんだ、こんな跳ね返りを好きにしていいってんだから、機嫌も良くなるってもんさ」


 雰囲気が変わった。黄桜奏と青海雄二は顔を(しか)めて、須崎碧は後退(あとずさ)る。

 白沢司令は何か言いたげに前に出ようとした所を、隣の朱花に止められた。

 しかし哲人は、外野を気にしていない。

 ただ目の前の赤城精太を、自分から目を逸らさない少年を、それだけを見つめ返す。


「脅したいのか挑発したいのか分からないけど、逃げたりはしねぇよ。むしろそれ位でビビる根性無しだと思われてる方がムカつく」

「お前の名誉の為に言うが、逃げるだなんて思っていない。お前みたいなのは、上官にも部下にも居たさ、どいつもこいつも良い男だったよ」

「過去形ってか。オレも過去に居た一人になるって言うのかよ」

「思った以上に察しも良いな。だからそうならない様に、俺が手を貸してやる」


 精太の目の色が変わる。

 無様に吹き飛び失望させてしまったが、多少は興味を持ってくれたらしい。

 哲人は思う。でかい口を叩いたと。

 仲間達を死なせてきた俺が、何を根拠に死なせない手伝いをするというのか。

 自分のキャパシティを超えていないか。

 できもしない事を安請け合いするのは不誠実ではないのか。

 それら全てがどうでもいい。

 六ヶ月間、教官をやれ?

 上等だ。


「改めて、今日から教官を任された衛守哲人だ。先ずは宜しくな、はなたれ小僧さま」


 アドレナリンが、早鐘を打つ心臓が、血の巡りが、凝り固まっていた老兵に火を点ける。

 それは暗い未来に怯えていた男が、若者の勢いに感化されて、年甲斐もなく張り切りたくなった結果なだけで。

 ただ渡された松明に喜ぶ自分を省みて苦笑するけれど。

 悪い気分ではなかった。この数年で一番空気が美味かったのだ。

 それはまるで、人生に光明が差した気分で。

 こうなれば教官の役を課した司令には感謝するしかない。

 ありがとうと、息を吹き返した心持ちで。






 念波動――超能力で物理法則を無視し、巨大ロボットさえ意のままにする未知の力の申し子達。

 彼らとの邂逅により、哲人の運命は転がり始めた。

 その切っ掛けとなった一陣の風、それが長い嵐に続くものだとしても、この時の哲人は胸を躍らせていた。失った少年時代を取り戻したかの様に。





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