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国境の二人の兵士 ~敵対する兵同士に芽生えた友情~

 いがみ合う二つの国があった。

 エイ王国とヴィー王国。

 隣り合う二つの国は、長年小競り合いを繰り返しては、いつ本格的に衝突してもおかしくない緊張状態を保っていた。

 そんな中、両国間の国境に派遣された二人の兵士がいた。

 僻地であり、これといった任務はない。あまり使えなさそうな兵士が、それぞれどうでもいい場所に送られたという感じである。

 最初のうち、二人は会話をしなかった。いつ敵になるとも知れぬ相手だからだ。だが、そんな感情も退屈には勝てない。


「や、やあ」


「お、おう」


「暇……だね」


「まあ、な」


 これをきっかけに――


「僕はポールっていうんだ」


「俺はレオン。よろしくな」


「お互い辛いね……こんなところに配置されちゃってさ」


「ホントだぜ。しかも両国の関係がどうにかなるまではずっといなきゃならねえ。戦略上全く重要じゃない場所とはいえ、兵士は置かなきゃいけないからな」


「早く仲良くなればいいのにねえ。国同士の争いにこっちを巻き込まないで欲しいよ」


「ああ、いつになるやら……」


 エイ王国のポールとヴィー王国のレオン。二人は仲良くなっていった。


……


 槍を持ち、持ち場に立つポールとレオン。やることは喋ることしかない。

 ポールが言う。


「あ、そうだ。よかったらこれ食べる?」


「なんだこりゃ?」


「レドの実っていうんだ。ほのかに甘みがあるし、栄養あるよ」


「へえ、どれどれ」


 ブチュッ!

 噛むと、真っ赤な液が出た。


「うわっ!」


「ああ、レドの実は一口で口の中に放り込まないと」


「そういうのは先に言ってくれよ。血を吐いた病人みたいになっちゃった」


「アハハ、ごめん」


「にしても、こんな木の実初めて見たぜ」


「うん、僕が暮らすエイ王国のごく一部でしか採れないからね。知らないのも無理ないよ。保存がきくから沢山持って来たんだ」


「お前もしかして植物に詳しいのか?」


「うん、将来は植物学者になりたくて……勉強してたんだ」


「へえ、ご立派だな」


「だけど徴兵されちゃって……これじゃだいぶ勉強が遅れちゃうよ」


「だな……。まさか勉強道具持って兵役につく、なんてわけにはいかないしな……」


 気まずい沈黙。が、それを破ったのはヴィー王国のレオン。


「いや……お前ならきっとなれるさ! 立派な学者に!」


「うん、ありがとう!」


 早くいがみ合いが終わってくれれば……ポールはそう願いながらレドの実を食べるのだった。


……


 昼下がり、ポールが話しかける。


「そういえば聞いてなかったね。レオン、君は何かなりたい夢ってあるのかい?」


「俺は役者になりたかったんだ」


「役者? 演劇とかをする?」


「ああ、専門の学校にも通ってたんだけど……招集が来ちまって」


「ここに送られちゃったのか」


「そうさ。かつての仲間とも別れちまって、劇の稽古もできやしねえ。それにもし戦争が始まっちまったら、役者どころじゃないしな」


「戦争なんて起きないよ……きっと」


「だといいよな」


 ポールもレオンも互いに国の事情で夢を奪われた者同士だった。友情を育みつつも、不安を抱える日々は続く。


……


 ある日――


「ねえレオン」


「なんだ?」


「前、劇の稽古も出来ないって言ってたよね」


「ああ」


「出来ると思うよ」


「えっ?」


「ここでやればいいじゃない! 劇場も台本も観客もなにもないけど、体はあるんだから!」


「あ……」


 ハッとするレオン。


「もちろん、僕も相手役として協力する。僕じゃ力不足かもしれないけど、やろうよ! このままじゃ二人とも気が滅入っちゃうしさ!」


「そうだな……やってみるか!」


 二人は話し合い、さっそくエイ・ヴィー両王国に伝わる物語の一場面を再現することにした。

 ポールが花束を捧げる。


「麗しの姫よ……これはあなたへの愛を込めた花束です!」


「嬉しいわ、王子! このお花、大切にいたします!」


「光栄だよ、姫!」


「ああっ、王子様!」


「……」


「……」


 気まずくなる二人。


「やっぱ男同士で恋愛ものは……ちょっとな」


「うん、やめとこう」


……


 しばらくして、二人の願いも空しく、ついに二国の戦争が始まってしまった。

 両軍は毎日のように激突し、かつ戦力は拮抗していた。激しい戦いが繰り返されるが、決着はつきそうにない。

 僻地の二人にはなんの命令も下されなかったが、いつ本格的に戦争に呑み込まれるかもしれない。当然よそよそしくなる。何日も会話しない日々が続いた。

 そんな状態を打開したのはポールだった。


「これ、飲むかい?」


「え?」


「お茶だよ。そこらの草を煎じて作ったんだ」


 今や敵兵であるポールから茶を受け取り、飲んでみるレオン。


「お、うめえ!」


「よかった!」


「さすが学者志望だな。そこらの草からこんなうまい茶を作れるなんて」


「ここらには、ギョロック草やズオカ草が自生してたのに気づいたんだよ」


「ふーん、俺にはどの草がどうなのかなんて全然分からねえや。すげえよ」


 レオンはお茶を飲み干すと、頭を下げる。


「すまないな。戦争が始まったからってよそよそしくして」


「いいんだよ。こっちだって同じだもの」


「さっさと終わればいいな。戦争なんて」


「うん……両国の力は五分五分だ。長引けば長引くほど犠牲者が増えるだけだ……」


「よーし、戦争終結を祈願して、二人で戦って仲直りする演劇でもやろうぜ!」


「いいね! やろうやろう!」


 たとえ国が敵同士でも、二人の友情は変わらなかった。


……


 ――やがて、戦争は終わった。

 結局、決着はつかず、疲弊しきった両国は和睦を結ぶことになったのだ。近く両国の王が正式に会談するという。

 血は流れたが、平和が戻るのだ。ポールもレオンも当然喜んだ。


「やったな!」


「うん!」


 だが、そんな二人に残酷な運命が待ち受けていた。

 終戦を喜ぶ二人のもとに、使者がやってきた。使者は両国国王の王命だと断ってから、こう告げた。


「エイ王国とヴィー王国はこのたび和解することとなった。だが、その和解の印に……お前たち二人が決闘することになった」


 寝耳に水とはこのことだ。


「なんでだよ!?」


「どういうことです!? なんで僕とレオンが……」


 二人の仲の良さは、実は兵士たちの間でも知れ渡っていた。

 それを知った両国の王が、こう提案したのだ。「ただ和睦するだけでは戦争をやったかいがない。二人を戦わせ、ケジメとして一応の決着をつけようではないか」と。


「決闘は明日の正午だ。しっかり準備しておくように」


 逆らえば死しかない。逃げることもできないだろう。従うしかなかった。

 うなだれるポールとレオン。


「……」


「……」


「どうしよう……なんでこんなことに……」


「戦争に一応の決着をなんて言ってるけど、戦争が引き分けになっちまった腹いせに、両軍ともに娯楽が欲しいんだろうさ。仲良しこよししてた敵兵同士が殺し合うなんて最高の娯楽だ」


「そんな! そんな下らない理由で君と戦うなんて嫌だ!」


「俺だって嫌だよ……反吐が出る」


「だったらいっそ、僕が自殺を……」


「やめろ! それにそんなことしたって無駄さ。きっと他の奴がやらされるはめになるだけだ」


「うう……」


「もう……やるしかないんだよ」


「……」


「お前と出会えて楽しかったよ。最後に……二人で思い出でも語ろう。そういや最初に話しかけてくれたのはお前だったよな」


「そうだったね……」


 二人は自分たちが出会ってから何をしてきたか、語り合った。

 夜は更けていく……。


……


 翌日の正午、国境には両軍の王と大勢の兵士が集まっていた。

 むろん、ポールとレオンの決闘を見守るためだ。


「エイ王国の名誉のため、勝つのだぞ」


「ヴィー王国の兵士なら、あんな者に負けるでないぞ」


 国王直々に剣を手渡され、向かい合う二人。

 まもなく開戦の合図がなされる。

 二人は吼えた。


「行くぞっ!」


「来いっ!」


 二人が剣をぶつけ合う。

 が、どこか腰が引けている。遠慮している。それを察して周囲も煽る。


「どうしたー!」


「やれーっ!」


「もっと踏み込めよ! もっと!」


 煽りに乗せられたのか、剣のスピードは速くなる。元々二人とも使えない兵士だ。戦いのレベルは全く大したことがない。

 しかし、必死さは凄まじいものがあった。周囲の息を飲ませるほどに。


「でやああああっ!」


「だあああああっ!」


 敵同士でありながら親友同士となった二人が殺し合う。レオンの言う通り、これほど戦争の終結に相応しい娯楽はあるまい。

 戦争によって生じた不幸は全部こいつらに被ってもらおうとばかりに、場は盛り上がっていく。

 決着の時は来た。


「だあっ!」


 ポールの一撃がレオンの胸元を切り裂いた。


「ぐああっ……!」


 胸を真っ赤に染め、レオンが崩れ落ちる。うつ伏せになった体は、そのまま起き上がることはなかった。


 ワァァァァ……!


 エイ王国陣営は大いに沸き、ヴィー王国陣営は大いに失望した。

 とはいえこの戦いの結果で、何か情勢が変わることはない。あくまでただの娯楽。

 これで和睦が結ばれるのだ。


 エイ王国の王が、ポールに言う。


「よくやった。褒美をやろう」


「いえ……それより彼を弔ってあげたいのです。私の手で葬らせてくれませんか」


「よかろう」


 もはや両陣営ともに、ポールにもレオンにも興味はなかった。

 悲しむポールを置き去りに、両軍とも引き上げていった。


……


 ポールは誰もいないところまでレオンを運ぶと、


「もういいよ」


「ふぅー……」


 レオンは起き上がった。


「大成功だな!」


「うん!」


「これもお前が持ってたレドの実のおかげだ!」


「いやいや、君と散々演劇をやったからだよ。でなきゃあんな芝居は打てなかった」


 全ては作戦だった。

 二人で思い出を語り合ううちに思いついた作戦。

 決闘の際、レオンは服の下にレドの実を仕込んでいた。それをポールが切り裂いた。胸から血が流れるように見える。レオンは死んだふりをし、ポールは悲しむふりをする。

 もしバレれば両国の誇りを汚したということで、死罪は免れなかっただろう。綱渡りのような作戦だった。が、二人は賭けに勝った。


「二人とも……生き残れたね」


「ホント……よくやったよ、俺ら」


 絶体絶命の死地を乗り越えた二人は握手を交わした。


……


 それから一年後、二人は遠く離れたエッフ王国にいた。

 二人とも自分たちに決闘をさせた祖国に未練はなかった。あの決闘でレオンは死んだことになってしまったし、いっそ新天地を探した方がいいと判断したためだ。


 幸い、エッフ王国には二人の求める環境があった。

 他国から来た人間にも寛容な国風で、役者と植物学者を目指せる道が開けていたのだ。

異国での生活にも慣れ始めた二人は、酒場で酒を酌み交わす。


「劇団に入ったんだって?」


「ああ、稽古稽古の毎日よ。周囲のレベルは高いが、やりがいあるよ。だけど俺も、剣で斬られて倒れる演技は褒められたよ。まるで死んだことがあるようだ、ってさ」


 レオンが笑う。


「そっちこそどうだ?」


「植物学者目指してバリバリ勉強してるよ。エイ王国やヴィー王国にはなかった植物も多いし、新しい発見の連続で退屈しないよ。例えば、このロガンの実は胃薬になって……」


 エッフ王国で見つけた面白い植物について語り始めるポール。

 お互い話題は尽きない。


「お前と出会えて……よかったよ」


「僕もだよ」


 グラスを合わせる。

 二人の友情はこれからも続く――






ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  二人で過ごした時間にヒントがあったのですね。  土地より人間を選んだ、彼らが幸せに過ごせますように。
[気になる点] 戦争の終結に相応しい娯楽が国境の衛兵同士の殺し合い… むしろ再燃しそう [一言] くっそ愚王で草 でもエンディングはハッピーだと分かってるから楽しんで読めました
[良い点] シンプルな話だが清涼なところもあり男の友情が明快に描かれていると思う。 [気になる点] 強いて言うなら人となり、つまり人間性をもう少し丁寧に描いてほしい。
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