第2話 兎と蛇
道を進む。
大通り辺に出ないだろうか、なんて淡い期待を抱いたがあっさりとそれは打ち砕かれる。
なんなら、人っ子一人いない町外れに出てしまった。
この辺には任務でもあまり来たことがなかったのが仇となったか。
周りには、壊れかけの住宅があり身を隠すのには持ってこいだと思われる。
____身を隠すのには持ってこい?
ハッとする。
誰かに見られてる気がする。
冷たい、冷たい視線。
殺意だ。殺意を感じる。
来た道を慌てて戻ろうとすれば、銃声が響く。
足元には、弾丸。
…嵌められた。
元々、プリュネ達は俺をここに誘導していたって事だろう。
そうじゃなきゃ、お誂え向きに狙撃手はあの壊れた住宅の中に身を潜めてなんていない。
頭がよかったら、と思わずにはいられない。
とりあえず、遮蔽物に隠れねえと!
辺りを見回すが、狙撃手から実を隠せるような物はない。
逆に言うと、これを知っていたからここまで誘導したのか!
トランクから煙玉を取り出すと、今度は狙撃手が隠れているであろう住宅へと投げる。
そして俺もその住宅の中へと入る。
視界を奪ってしまえばこっちのものだ。
煙であまり見えない視界の中、狙撃手を探せば、俺が入ってきたことに慌てたのか棚の方から人影が動くのが目に入る。
逃がす訳ねえだろ……!
外へと逃げる狙撃手を追い掛けて同じ様に外へと出る。
このままだと狙撃手を逃しかねない。吐くとは思えないが、貴重な情報源ではある。
そう思い、ナイフを狙撃手の足元に向かって投げれば、ナイフは見事に狙撃手___確か、レンクというコードネームだったはずだ、の一歩前の地に刺さり、足を止めることとなる。
そのまま、狙撃手に近付こうとすれば、狙撃手は素早く振り返ると、そのいつの間にやら取り出したのか拳銃を俺へと向ける。
「……狙撃銃だけが得物ではない。残念だったな、コーネイン。」
恐らく、少しでも動けばレンクは引き金を引くだろう。
「くっ……。」
ここまでなのか?
親と同じ仕事をして、碌な楽しみも見つけず、ただ何もせずに終わる人生だなんて。
いや、まだだ。殺されてやる訳にはいかない。
諦めるつもりはないが、現状を打破する手がないのも事実。
どうすれば、どうすれば…!
彼を悔しげに見ていれば、背後からなにかが、彼へと忍び寄る。
その小さな影は、まるで獲物を狙うかのように静かに忍び寄ると、レンクに飛びつきその首元に噛み付いた。
「あッッがッッッ!!!??」
その首元に噛み付いたのは、一人の少女だ。
黄色い髪に水色のメッシュ、インナーカラーは青く、服は見たところ良いところの出のように見える。
だがその見た目に似合わず、少女の水色の目は喜々としていた。
「こんにちは!お話を聞いていたのだけれど、真っ昼間からお仕事?大人って大変なのね!」
少女は口元に付いた血を拭いながらそう笑う。
幼いながら人を殺すことに、なんの躊躇いもない。
寧ろ、それを愉しんでいるような節も見える。
この少女は一体なんなんだ……?
少女が、レンクを殺そうとしている状況に理解が追いつかない。
逆に何故レンクは抵抗しない?
そう思ってレンクの表情を見て、全てを悟った。
抵抗しないんじゃない、抵抗出来ないのだ。
呼吸困難に陥っているレンク。彼を見て、少女は毒の使い手、しかも神経毒の類を使うものだと分かる。
唯、彼女は一切毒を使う様子を見せなかったのが気掛かりだ。毒が入った小瓶を投げたり、毒の球体を打ち出したり等はしていない。
噛み付きか!
レンクの首元に噛み付いていた少女が笑ったときに見えた牙…恐らくは毒牙と言われるものじゃないのだろうか。
いまいち状況は読めないが、助かったと言うべきか悪くなったと言うべきなのか…。
すっかり虫の息となったレンクを見た少女はまた笑う。
「あなたってとっても美味しそうね!
ありがとう、捕まってくれて!」
そう言って少女は、
レンクを丸呑みした。
多分、そこには蛇がいた。
黄色い体に水色の鱗、瞳を持った蛇がいた。
多分って言い方なのは、気付けば少女は元の姿で、少し眠たそうな顔をしていたから。
どうやってあの体の中に人が入ったんだろうな……。
そう思わずにはいられなかった。
少女は欠伸をしたあと、目の前の俺を見てハッとしたような表情をする。
「あなたはさっきのを見てたわよね?それなら殺さなくちゃいけないわ!」
少女が、俺の首元に噛み付こうとしたのをすんでのところで避ける。
「ちょ、ちょっと待て!」
「なによ?今から殺す人の話すことに興味は無いのだけれど……。」
少女は避けられたことが不満なのか、頬を膨らませながらそう言う。
確かに、今から殺す奴の話すことなんて全て無駄だろう、殺すのだから。
だが、俺は死にたくなんてないんだ。
「なあ、取引をしないか?」
俺の言葉に、少女は不思議そうな顔をする。
「取引?一体何の?」
「俺はお前に、護衛のようなものを頼みたい。
組織の刺客を殺す手伝いをするだけで構わない。
お前は手慣れてるんだろ?人殺し。」
俺がそう言えば、少女は驚いたような顔をした。
「そんな事を言う人初めて見たわ!あなたって面白いのね!
うーん、そうね……じゃあ、私のご飯を用意してよ!勿論、ご飯と言えば人間とか獣人とかよ?それが条件ね!」
少し考え込んだあと、にこにことした顔を崩さずにそう言う少女。
正直言うのはなんだが、人が目の前で食べられる瞬間というのは見ていて楽しみものとは言えない。が、これも仕方無しということだろう。
「……分かった、それで良い。」
こくりと頷けば、少女は愉しそうに交渉成立ね!と笑っていた。
だが少女はあ、と呟くとどこからか透明な液体が入った小瓶を取り出す。
「この小瓶にはね、私の毒が入ってるの。私ね、巷ではちょっと噂話がある位には有名人みたいなのよね。顔はバレてないけれど……もしあなたが裏切ったら大変でしょ?だから、この小瓶の中身、飲み干して?
裏切ったら、この毒があなたのことを蝕んでいくの!」
素敵でしょ?なんて笑う少女。
確かに、俺が同じ立場だったら同じことをするだろう。
「裏切らないと約束してやる……その小瓶、寄越せ。飲んでやるよ。」
手を出せば、置かれる小瓶。
毒を自ら飲むというのは些か気が引けるが、やむなしだ。
小瓶の中身の液体を思いっきり飲み干す。
毒が効果をしていない影響なのか、特に味も匂いも感じかった。
飲んでやったぞ、と言わんばかりの視線を少女に寄越せば、少女は満足そうな顔をしていた。
「いいわ、交渉は成立よ!
私の名前はスラング。毒蛇の亜人スラングよ!
その辺で噂になってる、御茶会食人の食人鬼は私よ?
よろしくね!」
スラング、彼女の名前はスラングというらしい。
というか、御茶会の殺人って確か誘われた奴は戻って来ないっていう内容の噂じゃなかっただろうか。
あれ本当にあったんだな…というか、それが噂になるってことは相当な人を食べているな…。
どうも俺は、中々に恐ろしい奴を味方にしたらしい。
「俺はコーネイン………いや、ズイだ。
スラング、宜しく頼む。」
コーネイン、その名前は組織を追い出されてしまったのだからもう意味など無い。
捨ててしまおう。
俺はもう、コーネインじゃなくてズイなんだ。
手を差し出せば、スラングは笑ってその手を握り返す。
「宜しくね!ズイ。」