第97話 不可視の役割
まず、魔神を倒すためにやらなければならないことは2つ。
一に、魔神に憑依された依り代の心臓を潰すこと。ただし亜空間に隠されており、その空間には魔神の魔力が充満しており、足を踏み入れると精神系魔法で攻撃される。
二に、魔神本体の魔力を枯渇させること。これは、魔神と相対した時に行われることで、現状枯らすことができるのは勇者エルノーと同じ技術を持っているレイナさんのみ。
「なるほどね、あんたが対魔力について研究していたのはこのためだったのか」
「そうなのよ。あそこの亜空間を突破するには並大抵の魔術師では無理。これはレイナちゃんでも無理でしょうね」
「んなもん、やってみないとわからねえだろ」
子供のようにムスッとしているレイナさん。
「流石に無理よ。レイナちゃん、あなたにかなりの数の魔力を入れた。でもね、何百年もの間魔力を溜め続けている魔神と直接魔力対決をしたら勝てないわよ」
依り代との戦いであれば、あくまでも依り代という中継を介しているから最大限魔力を発揮することはできない。
ただ、亜空間で魔力が充満している場所であれば、存分に全開で精神干渉されているらしい。
多分、試してみたリイランさんが言っているのだから本当なのだろう。
「そのためにあたしは世界樹の葉を大量に生産してんだよ。これを使い続けていれば、何とかなるだろ。正直あんたが何を企んでいたのかは知らなかったが、ちょうどよかったわ」
「大量に増やしていたのは僕ですけどね」
リイランさんは少なからず驚いているようだった。
多分、魔王は紅茶を飲んでいるから効能については知っていたのだろう。ただ、レイナさんがそこまで考えて増やしていたとは思っていなかったようだ。
実際僕も使用用途までは知らなかったし。
単純に紅茶がおいしいから淹れていたのに。
……僕が世界樹の葉をとる前から紅茶にしていたのだが、もしかしたらどう扱ったら一番効果がでやすいか色々調べていたのかもしれない。
その結果が紅茶という形かは知らないが。
「あたしの魔力耐性があって、世界樹による精神系魔法解除があればなんとかなるだろ。他の奴には任せられないし」
……レイナさんは言い切る。
僕はちらりと周りを見回すのだが、恐らく彼女以外が同じ発想だったみたいだ。
でも、誰も何も言わない。
確かに、レイナさんであれば魔神の魔力でも世界樹の葉の力を借りれば防げるかもしれないのだが。
「禁呪は流石にあたしでも使いたくないから、その辺は魔族でも犠牲にしておけ」
「そうねぇ……うちのロミアは身体も切り離せるから禁呪を使わせてもいいのだけれど」
リイランさんも多分気が付いている。
僕と目が合うのだが、困ったように目を細める。その小さな機微にレイナさんは気が付いていない。
「つまりこういうことだ。あたしが先に依り代の心臓を潰す。それが終わったら魔神を現界させて賢人や魔皇帝の幹部でぶったたく。それでいけんだろ」
「あの、レイナさん」
僕は少し躊躇しながら、彼女に声をかける。
このあたりで漸く、何故この時期になったのかがわかった気がする。
何故リイランさんがロミアちゃんを寄越したのか、何故僕が完治するのを待っていたのか。当初はロミアちゃんで代用できるならそうするつもりだったのか。
「……リイランさんはですね。その心臓を潰すのを僕にさせようとしているんですよ」
レイナさんが本気でそんな当たり前の事実に気付いていないとは思わない。
だって、僕は魔力がないから亜空間にさえ入れれば全く精神系魔法の効果を受けない。
であれば、レイナさんに影響を与える可能性があるならそれを避けて、魔神戦に臨んでもらうことが一番妥当な判断だ。
そして、恐らくリイランさんは事前にそれも試しているのだろう。
そもそも収納魔法でいろんなものを仕舞える時点で、魔力のない無機物を入れることは可能であるはずだ。
「…………は?」
レイナさんは全く予想していなかったように驚いた表情をした。
その表情に、僕は思考停止した。
この人は、本当に気が付いていなかったのか?
「ゼロ、それはダメだ。お前にそんな場所に行かせられない」
「レイナちゃん」
諭すように、リイランさんは静かに声を発する。
この空間で話すことができる人は今、リイランさんとレイナさんだけだ。
「レイナちゃん、ゼロ君が大切なのはわかるわ。でもね、この世界を守るために最善を尽くしなさい」
「あたしは認めない。ゼロには行かせない」
「……レイナちゃん」
駄々っ子のように、レイナさんは繰り返す。
「ゼロは行かせない」
「……レイナさん」
「ゼロ、お前は黙ってろ」
レイナさんらしくない。
……いや、それを言ってしまうとリイランさんと関わってからはかなりおかしい。でも、それにしても今はよりおかしい。
「あたしは認めないからな。ゼロを行かせるなら、あたしはこの話を降りる」
レイナさんは立ち上がって、足早に出ていった。
残された空気感は非常に気まずいものだった。
「……はぁ、困ったわね」
リイランさんは本当に困惑しているようだった。
そして、一旦解散となり、僕たちは宿泊できるような部屋に通されることになった。
他の賢人たちは少しだけ警戒していたものの、素直に従って一泊することとなる。
僕は窓の外をちらりと見ると、空は変わらず赤かった。




