第93話 魔王城
職員による護衛は殆ど周囲にはいなさそうだったけれど、そもそもこの建物自体の往来が今日は止められているみたいだ。
というのも、馬車乗り場に魔導評議会全員が揃ってしまうわけで注目を浴びることは必至だ。
「よぉ、随分はえーじゃん」
「……あなた、ね」
【猛吹雪】は少し苛立ったような声を出した。多分僕だって同じ立場ならもっと苛々したような声に言葉を投げつけていた気はする
「全員護衛まで連れていく感じですか?」
「別に構いませんよ。流石にこちらが信用されているとは思いませんし」
僕の質問に対してロミアちゃんが答える。
確かに普通の人からしたら魔族というのは恐れ敵対するものだから最大限の警戒か。
「【支配者】以外は置いていくようだぞ。そっちの【皇帝】は知らんが」
【粉砕者】が答える。
意外だ。
「我々に何かあった時のためだよ。評議会のトップが全滅するときの対応などだな」
「……ああ、なるほど。その可能性もあるんですもんね」
「……【不可視】」
ひどく呆れたように彼は力なく笑う。
後々に聞いた話だが、一応他の賢人たちは既に遺書や身辺整理を済ませていたらしい。
……そっか、レイナさんが負けるなんて想定していなかったからそういうの忘れていた。
まあ別に僕に何かを引き継がないといけないこともないし、どうせレイナさんが負けた時には世界が終わるわけだしどうでもいいか。
それに、レイナさんは僕を一人にしないと約束した。生きるも死ぬも同じだ。
「まったく、これだからうちの弟子は」
とかいいつつ、すごくご機嫌なレイナさん。
頭をがしがし撫でてくれるんだけど、流石に人前だから恥ずかしい。
なんか僕も全く疑っていなかったという事実を知ってから顔が赤くなった自覚はある。
「エルザ、お前は来るか?」
「……ええ、勿論」
緊張した面持ちで眼鏡を直すエルザさん。
つまり、魔王城に訪問するのはレイナさんに僕ら五大賢人、エルザさんとアル君の8名ということだ。ロミアちゃんは帰宅というのが正しいだろう。
「アル君も来るんだね」
「ええ、モカ様を一人にするとすぐ泣いてしまうので」
「え、ちょっとひどくない? ねぇ、モカの扱いひどくない?」
いつもより少しテンションは高い。
……そうか、それだけ緊張しているのか。なんか僕の周りとそれ以外の雰囲気で温度差が随分と違うようだ。
僕は普通の人よりも多少修羅場を潜っているからそのあたりの感覚が麻痺している。
「よし、いくか」
パチン、とレイナさんは指を鳴らす。
そして瞬きをする間もなく景色が変わる。
……この世界に空が真っ赤な場所なんてあるのか。
というか、多分僕以外の人は根性の別れになるのかもしれなかったのに、随分あっさりした移動だ。
「ここが魔界だ。で、目の前に見えるのが魔王城」
魔界。
草木が少なく肌色が多い世界で、崖が切り立つ土地の高低差が激しい大地。
真っ赤な空からは、時折雷鳴が鳴り響いている。
空にはワイバーンかドラゴンかわからないが、何やら翼で飛翔している生物も時折見られる。
僕は王城というのを近くで見たことはないが、人間界よりも豪勢だが不気味な城が少し先に見える
「魔界ってどこにあるんですか?」
僕が知っている地図の中では魔界なんて知らない。
「まあ世の中広いんだよ」
なるほど、これ以上聞く気にはなれない。
僕の理解を越えているならば別に知らなくていいか。僕は全てを知りたいわけでもないし。突然戦争でも怒らないなら魔族だろうが何だろうがどうでもいいわけだ。
「しかし、相変わらず化け物級の魔法じゃのぅ」
僕はレイナさんの魔法をよく見ているから感情を少しでも動かすのはあり得ないが、他のメンバーからしたらやはり驚愕のようだ。
「この人数を別空間に飛ばすなど」
「はん、お前らが弱すぎるだけだ」
師匠はすたすたと歩き始める。
魔界に来ていることに興味が向いている僕ら全員は慌てて彼女についていく。
まるで、我が家にでも帰るような足取りで進み、金属で固く閉ざされているであろう城門を蹴り飛ばす。
「……レイナ様、多少は手加減を」
「あん? 手加減してなかったら蹴っ飛ばしてあの女まで直撃させてるぞ」
冗談には聞こえない。
でも、流石に魔王城に乗り込んで城門を蹴りで蝶番を破壊するというのは聊か失礼ではないだろうか。
でも、僕はレイナさんの味方だから別に気にしない。
「ゼロ君、ゼロ君」
モカちゃんが隣から小声で話しかけてくる。
「ゼロ君はきたことあるの?」
可能なら逆向きから話しかけてくれると見えやすいんだけど立ち位置的に見えない方向から、聴覚だけで反応している。
「ないよ、初めてで結構戸惑ってるよ」
「……そんな風には全然見えないけど」
きょろきょろしていたほうがいいんだろうか。
確かに観光客なわけだが、あまり人の家を無遠慮に眺めるのはどうかと思ってしまう。
「ロミアちゃん、リイランさんに知らせなくてもいいの?」
「大丈夫です、魔皇帝は魔界に来た時点で把握されていますので」
それもそうか。
レイナさんが世界最強とはいえ、魔王も滅茶苦茶強いんだ。
それくらいできるはずだ。
だからこそ、魔王城には全く魔族の姿が見られない。
これが廃城と言われても僕は特段不自然さを感じないレベルだ。
ただ、掃除や整頓などされていて異常に綺麗だから違和感はある。
「敵対しているわけではないですが、一応他魔族は接触しないようにされています。こちらへ」
レイナさんが奥にずんずんと進むのを制して、ロミアちゃんは廊下を先導する。
「あ? 謁見の間じゃないのか?」
「はい、人数も少ないのでそこまでの広間である必要がないようですわ」
何回か右に曲がったり左に曲がったり、多分一人ではこの魔王城から出られないような広さだから迷いそうだ。
「あら、いらっしゃい。待ちくたびれちゃった」
部屋の中は会議室で、10人以上は囲うことのできるテーブルの上にはティーカップが置かれていた。中には多分高級な紅茶が入っている。
紅茶マスターの僕は少しわくわくする。
「私、魔皇帝……いえ、人間族に合わせると魔王の方がいいのかしら。魔皇帝のリイランって言います。そこにいるレイナちゃんの母親です」
初対面からいきなりぶちこんできた。
……五大賢人の度肝の抜かれ方は流石に面白かった。
部屋に入って数秒、人間サイドが大混乱になっていることは言うまでもない。




