第92話 馬車にて
数日後、僕とロミアちゃん、レイナさんはゆったりまた王都に向けて馬車の中にいた。
エルザさんは他五大賢人諸々の仕事をしているようだった。
「実はあたし初めて馬車に乗ったわ。こんなの遅すぎないか?」
「……まあ、レイナさんからしたらそうなんでしょうけど」
【皇帝】の言動に僕はため息を隠さない。
ロミアちゃんはレイナさんを前にしていると基本的に無口になっていることが多い気がする。
元々の性格上の問題かもしれないが、立場的な話もあるだろうか。
「僕はもう慣れちゃいましたよ、何回も往復させられたわけですし」
誰が原因かは知っているので、じろっと睨む。
レイナさんはどこ吹く風で全く反応しない。
その真っ赤な瞳は窓の外に向けられている。
別に何か警戒しているわけでもなく、何かを見ているようだ。
この人が見える景色は想像もできないので、実は世界の裏側を見ていても不思議ではなかったり。
「しっかし、遅いな。あたしのペットにひかせた方が早くないか?」
多分、それペガス君のことを言っているんだと思う。
「可哀想なんでやめてあげてくださいよ。自由に過ごしているのに、レイナさんにこき使われるなんて同情しますよ」
「つまり、ゼロちゃん。お前は自分が可哀想ってことか?」
「……何を今更言うんですか。もう周りの人からしたら同情を越えて哀れみですよ」
これは冗談だ。
別にレイナさんにこき使われて困った思いは……たくさんしてきたけれど、それについて同情されていない。
僕以外には意外とまともな対応をしているらしいし。
それに、僕自身がそういうのを嫌ではない。
「ところで、このまますぐに魔王城に行くんですか?」
「あん? それこそ何を今更って感じじゃねぇか」
ロミアちゃんは隣でくすりと小さく笑っている。
いや、だって僕はあくまでも中継役というか、あまり当事者意識ではないし。
レイナさんはその長い綺麗な脚を組み替える。
「本格的に魔神が復活する前に叩き潰す算段だからな。早い行動のほうがいいだろ」
僕は心の中で反論する。
それであればもっと機会はいくらでもあったはずなのだ。
というかそれなら僕が強制的に賢人に加わる前にやってほしかった。
「……まったく、当事者意識の欠落には困ったもんだね。いや、お前だよ」
僕がロミアちゃんの顔をちらっと確認しようと視線を横に動かそうとすると、師匠は僕の顔面を鷲掴みにする。
多分力が加わると僕の頭は血飛沫とともに崩れるのだろうが、流石にそこまで狂気じみたことをする人ではないから抵抗はしない。
「僕ですか?」
「あの女が何を考えているかは知らんが、お前が完治するのを待ってたんだろ」
……僕が思っていたこととは少し違うけれど、僕の心を読めないレイナさんが間違っているわけではない。
でも、そういう勘違いがあると少し安心してしまう。この人でも万能ではないんだとわかって。
「流石にリイランさんも僕のことを勘違いはしていなかったんですね」
「いえ、私を送り込んだ時点では恐らく把握されていなかったと思われます」
お、おう。
僕の魔力を奪った張本人なわけだけど、加害者は意外と覚えていないってことだろうか。
自意識過剰とかではなく、僕のことくらい知ってそうだけど。
「魔力がなくて生きていけると思ってなかったんだよ」
ロミアちゃんがどこまで事情を知っているかわからないから、ざっくりそう言われる。
「でも途中で気が付いたんですね、良かったですよ」
魔王から勘違いされて重要な役割にでもさせられた日には地獄だ。
ただでさえ世界最強の【皇帝】の弟子というだけで力不足なのに、僕は一体いつから世界の中心人物になったんだかって思ってしまう。
「ということで、僕はメッセンジャーとして頑張りますよ」
「……だと、いいが」
少し歯切れが悪そうに答えるレイナさん。
恐らくリイランさんが何を考えているかわからないからだろう。
最強の娘は母親の企みを勘ぐっているだろうけれど、多分そこまで考えていないはずだ。
「ゼロ」
「はい」
僕を掴んでいた手を放し、唐突に真面目な顔で声をかけられる。
ドキッとするからそういうのは本当にやめてほしい。
「あの女とあたしだったら絶対にあたしの味方をしろよ?」
なんかよくわからないことを言われる。
この人の中でどういう感情が渦巻いているのかはわからないけれど、正直それは悩む必要のないくらいには答えは決まっている。
「何を言っているんですか? 僕がレイナさん以外を優先したことなんてないんですから」
これは完全に事実だ。
そもそも受け身主体の僕が自分から動くのはレイナさんに言われたときだけだ。1回は騙されて動いたけれど。
「弟子は師匠の為に死ねますし、あなた以外が全て敵でもずっと味方ですよ」
レイナさん対世界でも、多分レイナさんが勝ってしまうとは思うけれど。
彼女は少しだけ、嬉しそうに苦笑している。
「ゼロちゃんって随分恥ずかしいセリフを言えるんだな」
「そうですか?」
事実だし。
「あ、そろそろ着きますよ」
駐車場には人影がちらほらとある。
それが賢人の姿だったり、その護衛であったりと視認できる距離になっていく。
「まったく、集合時間より早く集まるなんて真面目なやつらだよなぁ」
「……レイナさん、そもそも僕らが集合時間に遅れているので時間通りだと思いますよ」
「あたしが来る時間が集合時間だろ?」
……一度くらい、少し痛い目にあってもらってもいいでしょうか。




