第9話 ラスボスが降臨しました
なんか物置の掃除は取り越し苦労の杞憂であったみたいだ。
……ネーカも明らかに安心したように尾を僕の足に絡みついてくる。
「セリカちゃんがいて本当に助かったよ」
「いえいえご謙遜を。私の修業の為にわざとあんなに脅してくださったんですよね!」
「……ま、まあね。ぼぼ僕もセリカちゃんの実力がどれくらいかわかっていなかったし?」
やめよう、話せば話すほどボロが出る気がしてくる。
「うわ、中は全然違うんですね」
「…………あれ?」
扉を開けたのはいいが、僕は首を傾げなくてはならなかった。
物置は綺麗だ。
いや、それはいいことなんだけど、師匠が片付け命令がきてこんなに綺麗なんてことがあるのか?
とりあえず扉を閉めてランプを地面に置く。
「ネーカ、人の気配は?」
「ナイ」
完全に僕に巻き付いて邪魔してくるネーカに一応確認はするが、そもそも警戒状態では僕に巻き付いてこないんだから当たり前か。
物置とはよくいったもので、使い方としては普段から師匠が適当にものをぶち込み続けて定期的に僕が整理する、そのサイクルのはずだ。掃除の指示が来るときは決まってその前に師匠がぶちまけている時だ。
……もしかして、騙された?
武器や防具などの装備一式と雑貨品で分けられているわけだが、近寄って確認してみると埃一つないしこの前僕が掃除した時と全く同じだ。
「……やりやがったな、あの女」
「どうしましたか、師匠?」
「……い、いや、なんでもないよ」
思わず本音でラフな言葉が出てしまい、慌てて取り繕う。こんな美少女の前で言葉遣いを荒げる必要性もない。
これは嫌がらせだ。つまり、彼女は何も片付けさせる必要がない場所に、リスクがある状態で呼び寄せたのだ、これを嫌がらせと言わずに何と言う?
「誰があの女だって? ゼロちゃん」
不意に上から声が聞こえた。
僕は冷や汗が全身から噴き出ると同時に、自分の軽率な発言を呪わざるを得なかった。
…………そうだ、この人はそういうことをする人間だった。
「おやおや、ネーカ。随分いい音で威嚇してくるんじゃない?」
ふわりと、空中に浮いていた彼女は地面に音もなく着地する。ネーカがすぐさま僕を守るように彼女との間に入って尾を叩きつけるように威嚇音を出すが、既に目の前の彼女に気圧されている。
真紅の髪に好戦的な真っ赤な瞳に道端ですれ違えば振り返ってしまうような美しい顔立ち、男性のみならず女性をも虜にしそうな凹凸にメリハリを持った抜群なスタイル。胸元をあけて、更に背中の開いた漆黒のドレスでご自慢のプロポーションを堂々と見せつけていくスタイル。
いたずらっ子のようににやにやと常に微笑を浮かべている女性、僕の師匠レイナさんが僕らの前に姿を現した。
「ねえ、ゼロちゃん。わざわざ師匠であるあたしが様子を見に来てあげたっていうのにそういうことを言っちゃっていいの? いいのか、おい」
裏稼業の人たちでも逃げ出しそうな凄みのある威圧感ですね。ネーカはじりじりと僕の後ろに隠れちゃうし、セリカちゃんは突然の登場に思考停止しつつ泣き出しそうだ、というか既に涙目だし。
「ゼロちゃん、おいで?」
拒否できない。
拒否した途端どうなるかわからない。僕だけこの物置に取り残されるとかありそう。つまり死ね、ということだ。
僕は拒否したくなる衝動に駆られるけれど、意を決してレイナさんの方に近づく。
正直そもそも僕より身長が高い時点で怖い。
「まったく、困った子だこと」
「いだいいだいいだい!」
無理矢理強制的に外力によって僕の頭がレイナさんの胸元に埋まる。彼女の放漫なボディを感じる余裕もなく、万力のように頭が締め上げられていて滅茶苦茶痛い、痛い!
「な、師匠が美人なお姉さんに抱きしめられてます!?」
あ、これ外から見たら抱きしめられてるのか。事実としては殺されかけてるんだけど!
頭が痛すぎて思考が回らなくなる。とりあえずレイナさんいい匂いだなとか胸が柔らかいな……うん、そろそろやめてもらわないと死ぬ。
「ギブ……です、レイナさん」
腕をタップしながら降伏する。
「ふーん、ま、今回はこれくらいで許してやるか」
あー、地面は平らでひんやりしていて気持ちいい……って解放されて地面に崩れ落ちていたのか。
「し、師匠! 誰ですかこの美人なお姉さんは!?」
セリカちゃんが抱き着きながら後ろに下がるにしてレイナさんから取ろうとしてくれる。
セリカちゃん、君初対面じゃないよね。
……あとごめん、君の柔らかさは控えめだった。
「ああ、この前の時は認識阻害の魔法使ってたから気づかないのか。あたしだよ、あ・た・し」
「え、【皇帝】様の秘書のお姉さん!?」
「いや、普通に【皇帝】様だから。ネーカ、いい加減五月蠅いからそろそろ威嚇音やめて」
大蛇はしゅんとしながら威嚇音をやめて代わりに僕の足にくるくると巻き付いていく。
「あたしを二つ名で呼ぶな、気持ち悪い」
「すみません、レイナさん。嫌がらせの仕返しにわざと言ってみました」
「なるほど、そんなに抱きしめられたかったか、ゼロちゃんはえっちだな」
両手を広げて、来いとでも言うようにアピールするが、全力でセリカちゃんが後ろに引っ張る。話は進まなさそうなので僕は軌道修正に入る。
「で、どうしてレイナさんがここに?」
「ん? そりゃあ、ゼロちゃんが弟子をとったから、その出来を見ようと思ってな」
……お前のせいだと言いたかったが、黙っておいた。
レイナさんは精神系の魔法も自由に扱うことができるので、こういう時だけ思考を読まれない僕の無力が唯一役に立つのだ。
「あ、あの!」
「セリカだろ? 父親から聞いてるよ。ゼロちゃんに従っていれば最低限一端の魔術師にはなれるだろうから頑張るように」
勝手にハードルを上げてくる師匠。
今までのらりくらりやっていたけど、まだまだ苛め継続ですか。
レイナさんは虚空に手を伸ばして、そこから宝石が散りばめられたブレスレットを取り出してセリカちゃんに放り投げる。
「それ、孫弟子祝いってことで受け取っとけ」
「え、あの、ありがとうございます! でもこんなに高価なものいいのでしょうか?」
これは魔力の漏出を防ぐブレスレットだ。
……もしかして、これを渡すためにわざわざここで待っていたのかな?
「あたしからの命令だ。それは肌身離さずつけておけ。わかったな?」
「はい!」
「よし、じゃあ帰るか」
帰りはものすごく簡単で、レイナさんが『軽く』魔力を周囲に放出するだけで全ての生物は恐れ慄き全く出てこなかった。
僕らの努力がなんだったんだと思わされるような力業だが、世界最強だから許されることなのだろう。
……はぁ、何もしてないのに疲れたな。