第88話 初対面
「……見つけた」
そう言った彼女は泣いていた。
なんで泣いているのか、僕にはわからなかった。
でもその泣き顔を見て、僕の瞳からは自然と液体が滴っていた。
「……あ、なたは?」
「あたしは……レイナ。お前を助けに来た」
助けに来た。
そのことを僕が理解するのには少し時間がかかった。
「……何故?」
「何故って、助けるのに理由が必要?」
違う。僕が言いたいのはそういうことではない。
何故こんな下水道まで来て、ここにいる僕を助けてくれるのか。
僕の体質を、知識を、何が欲しいんだろう。
「何が、欲しいんですか?」
声は掠れている。
聞こえにくいからか、彼女は僕の近くしゃがみ込む。
……レイナと名乗った女性のキレイな身体が下水道のせいで汚れている。
「何もいらない。逆に、お前は何が欲しい?」
不可解なことを聞いてきた。
何が欲しい? 何が欲しいとは?
「お金でもいい、家族でもいい、知識でもいい。なんでもいい。あたしが与えられるものであれば何でもいいんだ」
「…………なんでも、いい?」
何も思いつかない。
僕は何も持っていないのだから。
魔力。
そう一瞬思い浮かんだけれど、ちがう。
「国王にでもなるか?」
痩せ細った僕を、下水道で汚れた僕をやさしく抱きしめてくれた。
こんな美人が、僕の為に汚れるのか。
必死に彼女が汚れないように暴れるが、こんなに細い身体なのに僕じゃ全く抵抗ができなかった。
「冗談だぞ?」
ウインクされる。
当たり前だろ、と思いつつ僕は彼女の、人らしい温もりを感じた。
人に抱きしめられたのなんて、いつ振りだろうか。
……いや、初めてなのだろうか。
僕の記憶がある限り、誰かにこうやって温もりを与えられたことはない。
「……汚れてます」
「別にいい。お前が生きてくれててよかった、本当に」
温かい。
人ってこんなに温かいんだ。
「あの……」
「どうした、何が欲しいか決まったか?」
どうしよう。
誰かに何かを欲しいといった経験がほとんどなかった。
だって、誰も僕のことを人間扱いしなかったから。
僕は普通の人からしたら、人間ではないのだから。
「…………やっぱりいいです」
……やめよう。
何かを求めることは、この僕には許されていない。
この僕如きが、何かを許されているとは思えない。
「言いなさい」
ずいと顔が更に近付いた。
逃れようと藻掻くが全く梃子でも動かない。
「言うまで離さない。さあ、何か言いなさい」
「…………は、離れたら言います」
こんな、女神のような女性が近過ぎる。
今までゴミくずのように扱われてきた僕には、言わないよりもつらかった。
まともに人間のように扱われて、泣きそうだった。
「……本当に何でもいいんですか」
「勿論だ。どうやってでも実現させる」
「…………そしたら、僕を、あなたの傍に置いてください。僕を一人にしないでください」
生まれて初めて人間扱いしてくれた人。
生まれて初めて誰かと一緒にいたいと思った。
「……約束するよ」
初めて出会ったとき、レイナさんはまるで僕を探していたような反応をしていた。
そして、まるで罪悪感のように何でも欲しいものを与えてくれた。
僕がレイナさんと一緒にいたいから、そんな要求だけで10年近く彼女の隣にいた。
絶対にこの人は約束を守っている。
だから、拷問されたときにもレイナさんが来てくれると信じていた。
今にして思えば、それについて不審に思うべきだったのかもしれない。




