第87話 誰の話
「あ、先に一ついいですか」
「あん? なんだよ」
僕は一つ思いついたことがあった。
別に答え合わせというわけではないが、先に聞いてみたかった。
「レイナさんが自分の二つ名を嫌っている理由って、魔皇帝であるリイランさんに関係あります?」
「……まあ、そうだな」
【皇帝】と魔皇帝。娘と母。
色々と彼女らの関係性は複雑なのだろう。僕には想像もつかない。
「魔皇帝と勇者、その他大勢によって魔神を撃ち滅ぼしたという伝説は事実だ」
となると、伝説ではなくただの歴史というのが正しい。
では、何故それは世間一般に広まらなかったのか。自らが広まらないようにしたということか……なんで?
「あの女は、元々未来予知ができる。だからこそ前回勇者を説得して共闘したわけだが」
未来予知の話は日中ロミアちゃんから聞いている。
絶対に当たるという予測可能回避不可能な能力。見たくない未来も見られるという。
僕はまた寝そべりながら、師匠の話を聞き続ける。
彼女はそこまで感情的ではなく、淡々と話していた。
「魔神との戦いは壮絶だった。人間族と魔族、相当数が死んだ。だが、一応は討伐できたわけだが、結局は一時凌ぎにしかならなかったわけだ」
過去にその代の魔王が、禁呪によって魔神に変化。人間族諸々世界を支配していた。その中で反発する人間族だったが、魔族も同様だったようだ。その中で代表としてリイランさんが魔王と名乗り魔神と決別。人間族と魔族が手を取り合って魔神との戦いがあった。
「だが、魔神っつーのは根本的には『思念体』だ。依り代となる肉体が破壊されたところで逃げ延びるわけだ」
思念体。
肉体を持たない状態で成立している存在。
「比喩的な表現かもしれんが、魔力に近いんだろうな」
難しいことは僕には理解ができない。とりあえず実体がないということはわかるけれど。
「で、魔神を一応は倒したんですよね」
そこから魔王と勇者が結婚するわけか。吊り橋効果というやつだろうか。
「依り代は殺した。だが、本体には逃げられたからその表現はちげぇぞ」
「僕からしたら同じですよ。おとぎ話を聞いているようなものですから。そしたらまた魔神と戦っても厳しいのでは?」
レイナさんは少し間を空けた。
「それは違う。今回はあたしがいる」
自信満々というわけではない。ただの事実を告げている。そしてそれは勿論弟子の僕からしたら当たり前にわかる。
「謂わばあたしは魔族と人間族の最後の希望みたいなものだな」
最後……ですか。
「あたしは普通に年を取るからな。魔族のように長寿じゃねえんだよ」
……その言い方に少し違和感があった。
だって、それって偶然レイナさんが生まれたわけなのに、魔神が復活しないと最後の希望も何もないじゃないか。
『まるで、魔神が復活するタイミングでレイナさんがいるように』
「まあ、そういうことだ。あたしが実質的に生まれたのは100年以上前だが、時間を止められていた。だからこのタイミングなんだそうだ、その辺あたしは知らんわけだが」
つまり、そういうことなのか。
未来予知で凡そわかっていたということだ。
「そしたら、もしかしてリイランさんと勇者が結婚したというのは」
「一応愛し合っていたようだが、実質的には政略結婚……に近い。人間と魔族の存亡をかけてって感じか」
僕はここまでの情報を整理する。
まずリイランさんと勇者は魔神と戦い、そして依り代を殺したものの本体である『思念体』には逃げられてしまった。
どの段階かはわからないが、未来予知によって新たに魔神が今の時代に再度復活することがわかったため、二人で子をなすことにした。魔族最強と人類最強の子供であれば、魔神にも対抗しうる可能性さえあるということだ。
だが、正確な復活時期がわからならかったので、それまでは時間を止めていた……と。
「……聞いてもいいですか?」
「あん?」
一つだけ、流石に見過ごしてはいけないであろうポイントがある。
そもそもの前提条件の確認だけは必要だ。
「それって『レイナさんが魔神に勝てる』という前提がないと成り立っていませんよね」
レイナさんが今まで星々を見ていた真っ赤な綺麗な瞳を閉じる。
口元には笑みを浮かべている。
僕だって10年近くこの女性と一緒にいるのだが、たまにわからないこともある。
そんな含みのある表情をされても困る。
「……何か言ってくださいよ」
何も言ってくれない。
僕は不安になってきた。何か、僕が知ってはいけない何かを今知ろうとしているのか。
「そしたらこのむかつく話は終わりだな。最後の話にいこうか」
「待ってください。僕の質問が」
僕は閉口せざるを得なかった。
それ以上僕は催促できなかった。ここでやっと気が付いた。
最後の話、殺したくなる話に関わることだとわかったから。
僕は寝転ぶのをやめて、眼を閉じているレイナさんを見下ろす格好となった。
暗闇の中で、彼女の表情の微細な変化さえ見逃さないように。
「……レイナさん」
「…………」
まだ答えてくれない。
僕は勝手に質問をすることにする。
「それは『レイナさんが』殺したくなる話ですか?」
それとも、と僕は続ける。
「『僕が』殺したくなる話ですか?」
「……」
それでも無言だ。
つまり、最後の話は僕が殺したくなる話ということか。
誰がということはわからない。でも、答えてくれないってことはそういうことだろう。
何となくだけれど、僕は答えを知っている気がする。
というか、いつも通り自分の知っている情報をつなげ続けると一つの結論がでるのだ。
多分いつもの僕だったら笑ってその結論を蹴飛ばすのだろう。
ただ、今はいつもの僕ではない。
レイナさんの過去を聞いてそう感じたのかもしれないし、ただこの星空を見たらそう感じられただけかもしれない。
「……ま、まさか、そんなこと……そんなことがあるんですか?」
……いや、だって、そんなことがあるのか?
僕は思考を回し続ける。
それは認めたくない。認められない。
何とかして自分が知っている情報だけで、その時点で完全に自分の妄想であったと確信を得たかった。有り得ないと思いたい。
でも考えれば考えるほど、思い出せば思い出すほど自分の思考が間違っていないのではないかと錯覚させられる。
そうだ、これは錯覚だ。妄想だ。
「レイナさん」
「ん?」
細く目を開け、僕の方に視線を向ける。
怖い、確認するのが怖い。
できれば違ってあってほしい。
誰が認めようが、僕が、僕だけは否定しなければならない。
なんでそんな結論に至ったのかもわからないし、どうして自分がそう思い込んでいるのかもわからない。
……いや、頭の中で考えても無駄だ。
「レイナさん、僕は妄想をこれから話します。否定してください」
「好きに話しな」
「完全に何の核心もない、推測でもなく、妄想なんです」
やめてください、そんな表情を。
もっと飄々と、もっとにやにやしていてくださいよ。
「レイナさん、僕と初めて出会ったときのことを覚えていますか?」
「ん? ああ、当たり前だろ」




