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第84話 残された液体と人形

「あら、ロミア。今日は猫の姿じゃないのね」


「あ、はい。まあこの家に行くときは大体人型です」



 ……えーっと?


「しかし、本日来られるなら一言いただければいいのに」


「そうねぇ、でもレイナちゃんをびっくりさせたかったのよ。ロミアじゃ心読まれちゃうわけだし」


 ……うん。


「あの、ゼロ様?」


 僕は頭を抱えている。

 今、現在進行形で。


 いや、ちょっと待て。なんか情報量が多すぎる。

 そもそもいきなりレイナさんのお母様であるリイランさんが現れた状態でも混乱しているのに、ロミアちゃんが言っていることが本当なら。



「え、レイナさんって魔王の娘ってことですか?」


 でも思ったよりも驚きはしなかった。はっきり言うと全然驚かない。寧ろ納得がいくような気がしてきた。こんなに最強なんだから人間じゃなくても納得できる。


「え、そうなんですか?」


 と驚いた表情をしているのはロミアちゃん。

 もしかして、彼女は知らなかったのか。いや、どう見ても二人は似ていると思うんだけども。


「はぁ……」


 レイナさんは深々ため息をついて、少し臨戦態勢を解除する。

 諦めと言った様な表情だ。



「じゃあ、私は帰るから。あとはロミアよろしくね」


「え?」


 なんだこの展開。

 この混沌とさせた張本人はもう帰るようだ。


 いや、何しに来たんだよ。

 僕のそんな表情を読み取ったのか、リイランさんはにこやかに笑っている。


 真っ赤な瞳は僕をまっすぐに見抜いている。


「ほんとにただあなたの顔を見に来ただけなのよ。やっとお許しが出たわけだから」


 レイナさんの方を向いて茶目っ気たっぷりに微笑む。

 ……そこで僕は点と点が繋がったのだが、つい先日の話を思い出した。


 『一番嫌な奴に借りを作ってちまったがな』


 レイナさんが僕を探すときに借りを作ったっていうのはリイランさんのことだったのか。

 多分、その時に何か交換条件を出されたのだろう。


 僕に会ってもいいというものなのだろうか。そして、約束が違うというレイナさんのセリフから、レイナさんがいるときだけ会いに来ていいということだろうか。



「じゃあまたね、ゼロ君。またすぐに会えるといいわね」


「一生来ない」


「ふふ、そう。じゃあまたね、レイナちゃん」


 すごい険悪な雰囲気を隠していないのにも関わらず、母親の慈愛のような表情で受け流している。

 魔王がどれくらい強いのかは知らないけれど、最低でもロミアちゃんよりも強いんだろうしもしかしたらレイナさんといい勝負なのかもしれない。まあ、実力よりも精神的な力関係では母が娘に圧倒的に勝っている。


「ロミアもあまり長居はし過ぎないようにね。やることがたくさんあるんだから」


「あ、はい」



 僕は一応玄関まで送ろうか迷ったのだったが、ここで立ち上がってしまうと確実にレイナさんの不機嫌を越えた怒りを浴びそうなので心の中で誤謝っておく。


 口に出すだけでも反応が怖いし。



 そしてリイランさんはこのとんでもない雰囲気だけ残して、立ち去って行った。

 迷惑な人……魔族だ。


「で、ロミアちゃんは何しに来たの?」


「本来であれば魔皇帝がいないという状態で来たかったのですが……」


 ちらりとレイナさんの方を見た。

 明らかに彼女に気を遣っているようだ。


「ほら、寄越せ」


 流石に無関係の生物にまで八つ当たりをする様なタイプではないレイナさんは、さも要件を知っているかのように手を差し出した。


 ロミアちゃんも少しも悩むそぶりを見せずに懐から封筒を一通取り出して彼女に渡す。


「え、レイナさん、なにを」


 受け取った瞬間、彼女は手から炎を出して燃やし尽くした。

 僕もロミアちゃんも呆気に取られたのだが、彼女は気にすることなく言い放つ。


「あたしはあの女の思考だって読んでんだよ。これは白紙だ」


「……なんでそんなことを」


不機嫌な師匠は答えてくれなかった。

そして窓を開けてから僕の方に向き直る。



「ゼロ、夜には戻ってくる」


 彼女は窓枠を乗り越えて、姿を消したのだった。



 残されたのは僕とロミアちゃん。

 互いに数秒見合わせた後、苦笑いを二人で浮かべていた。


「ゼロ様にもどうぞ」


「あ、これ僕の分もあるんだ」



「はい、五大賢人の方々の分もあります」


 魔王からの直々の手紙ですか。

 僕の分も白紙とかだったらそれはそれで面白い。


 封筒には恐らく由緒正しそうな家紋の印が押されており、それ以外はこれと言って特徴はない。


「…………マジ?」


 手紙には丁寧に色々書いてあったのだが、端的に言うと魔神の復活が近いので、その話をするべく一度魔王城まで来てほしいというものだった。


 別に魔族と人間族が共闘しないということもないわけではないのだが、もういつ振りだろうか。僕は特にそのあたりには詳しくない……し、興味がない。



「……というか僕は場違い過ぎでは」


 レイナさんや四大賢人は兎も角として、僕がいるなんて頭がおかしいとしか言いようがない。一般人を魔神とかいうとんでもないことに巻き込まないでほしい。


 くすり、とロミアちゃんは笑っている。一体、何がおかしいというのか。


「ゼロ様はそもそもの認識が歪まれていますわね」


「認識? いったい何の話?」


 本気でわからないのか、とでもいうような表情だ。


「禁呪を自由に使えて、拷問されても耐えられて、平然と人を殺せる方は恐らく世間一般で言う一般人とは程遠いと思いますよ。貴方の言う一般人というのはレイナ様と比べてという意味合いでしょうが」


「…………」


「恐らくゼロ様も心の内では理解されていると思われますが、いい加減やめたほうがよろしいかと」


 ……面と向かって言われると悲しい。

 まあ、知ってるよ。それくらい。


 そもそも魔力がない時点で一般人じゃないんだから。それでもロミアちゃんがわざわざその点を除外して気を遣ってくれているのは素直にうれしい。



「それに、あなたはもうここでは中心人物なのです」


「いや、それは流石に否定するよ」



「それは本心みたいですね。ゼロ様は自己を客観的に評価するのが苦手のようなので、この際はっきり申し上げますね」


 そう言われると怖い。

 僕はこれから何を言われるんだか。


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