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第83話 一触即発

「えっと、とりあえず紅茶でも飲みます?」


「そうね、頂くわね」



 混乱しているものの、別にあまり気にもせず僕は彼女分のカップを追加で持っていく。

 彼女ははじめ窓の方に立っていて外を見ていたものの、僕がトレイを持ってきたのを確認して椅子の方に座る。


 あ、今更だけど、この館に入れるってことはレイナさんの知り合いは自明だ。



「いつもお世話にしてもらっていたからどこかでお礼に行きたかったんだけど、レイナちゃんが許してくれなくって」


 ……レイナちゃん。

 何となく、僕はもうこの時点でこの人がどんな人かわかった。


 柔らかく微笑んでいてその見た目だけで男女を虜にできるのだが、本質的にはレイナさんとそう違わない。

 周りの人を自由に振り回しても笑っている、そんな感じだ。


 とはいえ、身構えても何にもならないので僕はなるべく自然体で対応する。



「怪我はもう治ったの? 随分と拷問されたみたいだけど」


「あ、まあ、はい」


 この人はどこまで知っているんだろうか。

 レイナさんから聞いたのかな。


 所作についてはレイナさんとほぼ同じで優雅だ。

 ただし、うちの師匠と違って言葉遣いや表情からも優雅な感じがしておりあまり違和感がない。



「でもよかったわ、本当に。あなたに身に何かあったら大変だもの」


「そうですかね」


「ええ、レイナちゃんがあんなに必死になって探していたんだもの。あなたはとても大切にされているのね」



「……だといいんですけどね」


 なんだろう。

 この人と話しても何か勝てる気がしない。そんな感じがする。


 やりにくさがすごい。話すのがゆっくりでペースを握られているだけなのかもしれないけれど、普通に話しているだけなのにこのアウェー感がすごい。

 僕の自宅のはずなのに何故か僕の方が客人のように畏まっているし、目の前の美人の方がホスト側のように寛いでいる。

 ……まだ大して話していないのにそう感じるとは困ったな。



「……それにしてもレイナちゃん帰ってこないわね」


「どうなんでしょうね」


「勿論知ってて来たんだけどね」


 ……なるほど。

 知ってたんかい。僕のその表情を見て、ニコニコと笑っている。



「本当はあなたに会いに来たのよ」


「えっと……僕ですか」


 レイナさんの知り合いで、わざわざ僕に会いに来る人。

 とりあえず僕に思い当たる人がいなかったので、一方的に知られているというパターンか。


「紅茶を飲みに来たっていうのもあるけれど、やはりあなたの無事を確認をしに」


「そうですか」


 うん、これ以上話すことはない。

 というか話題を広げられるほど僕にはスキルはないし、する必要も義務もない。



「あら、来たわ」


 おもむろにカップから手を放して掌を上に向ける。


 よくわからないが、僕は何となく視線をそれに向けると……




「……は?」


 彼女の真上から、はっきり言って全く目で追えないような速度で館の天井を粉砕して巨大な氷の柱が降り注いでいた。

 爆風が僕にも波及するのだが、周囲に防御壁が張られているように氷の破片は僕には届かない。


 彼女は手のひらから防御壁を張っているようで涼しい表情なのだが……


 いや、森の館で何が起こっているんだよ、意味が分からない。



 そしてテーブルから少し離れたところで、これまた天井を突き破ってレイナさんが着陸する。

 髪は完全に逆立っており、魔力のない僕からしても彼女が魔力全開で本気モードであることがわかる。というか滅茶苦茶怖い。



「てめぇ……」


「あらあらレイナちゃん。部屋の片づけが面倒じゃないの?」


 殺気を浴びているのにも関わらず、目の前の座っている女性は温和に微笑んでいる。

 世界最強から殺気を浴びているにも関わらずに。



「ゼロから離れろ」


 僕が座っている椅子が勝手に動き、レイナさんのすぐ近くまで高速で移動する。

 僕はカップから紅茶がこぼれているのも気にする余裕もなく彼女の方を見る。


 なるほど、レイナさんが氷の柱を上空から降り注いだのか。

 もしかしたら僕が近くにいるからピンポイントの攻撃にしたんだろうか。



「別に取らないわよ?」


「……約束と違う」


「あら、そうだったかしら」


 苦虫を潰したような表情で舌打ちをする。

 憎々し気に睨んでいるものの、この状況ではレイナさんの方が不利なようだ。


 それくらいは僕にもわかるが、レイナさんがここまで不利な状況は初めて見た。



「とりあえず外に繋がっているのもいいけど、直した方がいいんじゃないの」


 『レイナさんと同じように』右手の指を軽く弾き、一瞬で天井を修正する。

 すごい、一瞬だ。


「……あの、レイナさん。この方はどなたですか?」


「……だ」


「え?」


 半ば呟くような発言だ。

 近くにいるはずなのに、全く聞き取れなかった。僕に教える気がないんじゃないのかと錯覚してしまうレベルで小さい声だ。



「うちの娘がお世話になってます、ゼロ君。レイナの母親でリイランって言います」




 …………世界最強【皇帝】のお母様ですか。

 え、お母様ですか!?


 僕は思わず二人を見比べていた。

 いや、まず年齢的にこれ親子の年齢じゃなくて姉妹の年齢じゃないか?


 ……ま、まあレイナさんの年齢がそもそも不詳なわけだからあまり気にしてはいけないのかもしれない。

 でも親子と言われると確かに似ている気はする。


 大きく違うのはレイナさんのお母様は柔らかい印象を与える垂れ目に対して、レイナさんは少しきつい印象を与えるつり目くらいか。ただ、どちらも絶世の美人は美人だ。



「ゼロ君が困っているから少しは落ち着いたら?」


「……ちっ」


 隠しもしない苛立ち。

 レイナさんの感情としては珍しい。


「ゼロ、あたしから絶対に離れるなよ」


「はい」


「ゼロ君、紅茶を注いでくれる?」


「ゼロ、絶対に注ぐな」


 リイランさん、絶対にわざと言っていますよね。

 わざとレイナさんを苛立たせるためにやってますよね。


 僕は完全に二人の緩衝材として座らされているのだが、何がどうなっているんだか。


 確かにレイナさんから家族の話とか全く聞いたことがなかったけれど、かなり不仲なのだろうか。実際リイランさんからはそんな雰囲気はないし、レイナさんが一方的に嫌がっている感じがする。



「あの、ものすごい魔力が溢れているんですが」


 そして、ここに新たにここで登場する人物がいるわけだ。

 ロミアちゃんが慌てたように、困ったように居間に入ってきた。


 レイナさんに視線を向け、そしてリイランさんの方を向いて。



「……魔皇帝様、何故ここに?」


 目を丸くしてそう言った。


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