第78話 覚醒
寒い。
ガタガタと体を震わせながら暗闇の中でじっと縮こまっていた。
冷え切った体もそうだが、心が完全に冷め切っていた。
何のために生きているのか。
よくわからなくなってきた。
あそこを壊して、何故ここにいるのか……
生きている意味は?
あの時死ななかった理由は?
ここで必死に生きている意味は何なのか。
わからない。
何のために。
何のために?
人を殺して、何故ここにいる。いっそ死んだ方が幸せだったかもしれない。
カツン。
遠くから何かの音がする。
モンスターの音じゃない。
人だ。ここにいて初めての音だ。
足音だ。
誰かが来る。
でも、もう動く力なんてない。
力はあるのかもしれないけれど、もうそんな精神力はない。
殺されるのか。連れ戻されるのか。
それとも関係ないのか。
今できることは、ただ待つだけ。
もうでもいいか。今更、何かできるわけがない。
近づいてくる。
迷いがない。
明かりが、遠くの方で灯っていく。
羨ましい、魔法が使えるなんて。
もう、羨ましいも無駄。
なんにしても疲れた。本当に疲れた。どうしてここまで頑張ったんだろう。
「…………見つけた」
若い女性の声。
薄ら眼で見てみる。今更逃げられないし、できることはない。
せめてその人の顔を拝んでおこう。
真紅の髪に好戦的な真っ赤な瞳。全ての人が振り返ってしまうような美しい顔立ち。
背中の開いた漆黒のドレスにメリハリのある抜群のスタイル。
そこには、女神がいた。
「いっ……」
痛みで目が覚めた。
全身に突き刺さるような痛みが走っている。
思わず叫びたくなるような、仰け反りたくなるようなダメージに無言で悶絶する。
というか声が出せないほど痛い。
体を動かそうとしていたが、僕の身体は何か重しが乗っているように動けない。
僕は恐る恐る目を開けるのだが、また鎖でつながれているわけではなかった。
その代わり、何か赤いものが覆いかぶさっているようだ。
うん、めっちゃ痛いし辛いんだけど、僕は知っている天井で安心した。
自室のベッドで仰向けに寝かされていた。
体が動かせないような痛みがずっとあるけれど、脱力してそのまま視線だけ下におろす。
レイナさんが、ベッドの脇で座って寝ている。
というか寝てるせいで僕に完全に覆いかぶさっていた。
因みに右手は完全に胸元に当たっている。
僕は試しに指を動かしてみる。
豊満なその女性特有の柔らかさがあり、やはり大きさから揉み応えがある。
…………うん、僕は生きているようだ。
そして、自分の師匠とばっちり眼が合う。
流石の僕も手が止まる。
「まったく、今日くらいはもっと揉んでもいいんだぞ?」
「…………」
数日間拷問を受けた弟子が、目を覚ましたら師匠の胸をもんでいるこの状況をどうすればいいのでしょう。
とりあえず痛がっているふりをしたほうがいいんだろうか。
僕は血の気が完全に引く。
「揉まなくていいのか?」
「あー…………」
何を言おう。何を言っても怖い。
でも、折角自由に揉ませてくれるんだから……ってなるわけあるか!
「おはようございます」
「おはよう、あたしのゼロ」
レイナさんは僕をぎゅっと抱きしめてくれる。
全身が死ぬほど痛いけれど、でも優しく抱きしめてくれた。
レイナさんっていい匂いするな……
「助けてもらってありがとうございます。信じてましたよ」
「すまなかった」
レイナさんにしては珍しく本気で頭を下げている、勿論実際に頭を下げているわけではないが。
その様子に僕は少し困ってしまう。助けてくれたのに何を謝っているんだろう。
もしかして助けに来るのが遅れたことだろうか?
「完全にあたしのせいだ」
「何がですか?」
というか恥ずかしさと痛みがすごいんですけど。
でも、レイナさんは全然放してくれる雰囲気はなく、僕は諦めた。
そして彼女の説明を聞くに、そもそも自分が外界との接触を作ったからドクターにばれてしまったのだと。
もうそこまで話を戻されると、僕は生まれたことを謝らなくてはならなくなる。
「レイナさんでもそんなバカみたいな発想するんですね」
「あん?」
「いえ、何でもないです。とりあえず恥ずかしいんで、嘘。死ぬほど痛いんで離れてもらっていいですか?」
「仕方ねえなぁ」
因みに僕の顔は流石に真っ赤だ。
「意外と元気そうでよかったわ」
「声が、少し出しにくいんですけどね」
そこじゃねえだろ、と真顔で突っ込まれた。
レイナさんに真面目に突っ込まれるとは……
「大丈夫ですよ、元々壊れた人形ですから。これ以上壊れませんから」
僕は自分の身体を確認すると、そのすべての処置がされている。
勿論、魔法で直せないから添え木や眼帯、包帯などだが。
「僕、どれくらい監禁されていたんですか?」
「5日程度だな」
ズレがある。
……あの男は、そういうことをしていたのか。半日おきに拷問していたわけではなく、わざと絶妙に狂わせていたのか。
「探すのは大変だったんだぜ。禁呪のせいで本気できつかったわ」
「ありがとうございます。でも、信じてましたから」
レイナさんは苦虫を嚙み潰したよう顔をしていた。
「そのせいで、一番嫌な奴に借りを作ってちまったがな……ゼロを失うわけにもいかねえししゃーねえな」
本当に嫌だったのだろう。
でも、レイナさんにとって嫌な奴なんているんだな。
「ロミアが一応大体の場所までは把握していたみたいだからロミアを連れて行って、ついでにペガスにセリカ、アヤメ、モカ、エルザを運ばせた感じだな。緊急だったわけだし人手があったほうがいいと思ってな」
それでペガス君が来ていたのか、僕はあってないけど。
……ロミアちゃんが僕に隠していたというプレーがいい方向に働いたのかもしれない。
今にして思えば、もしかしたらあの時、オーテルダムで分離しているという話の時点で僕のところにいれていたのか?
そして、向かった先は比較的イルガの里が近い森の中だったようだが僕はおろか、捕らえているであろう建物すらない。
「仕方ねえから、その森一帯の地盤をひっくり返して持ち上げてみたら、研究所があったと」
「あ、相変わらずめちゃくちゃ……ですね」
比較的強そうなモンスターが2,3体いたからそれをレイナさんが先に倒しつつ、他のメンバーを中に突入させたみたいだ。
モンスターと戦いながらも禁呪で作られた結界を粉砕していたわけだ。
「で、お前がぶっ倒れたあたりであたしが合流したと」
「ドクターは?」
舌打ちを一つされた。
「あのゴミ、あたしが逃げ切られるなんて久し振りだ」
ブーザー教団のボスも逃げられてますけどね。と言おうかと思ったけれど、レイナさんが不機嫌になるのはよろしくない。
「大丈夫だ。絶対にあたしが見つけ出す」
……そう、ですか。
そしたら、心配はいらなそうですね。




