第72話 実験体031
「031番、今日もご苦労。おい、お前らは服を片付けておけ」
白衣を着た男について歩く。
「しかし、魔力は十分溜まっているというのに降霊できる気配はない。そうだろう?」
「……はい」
見上げながら男の表情を伺うが、悔しさや焦りなどない。
あるのは喜び。
男はドクターと呼ばれていた。
番号が付けられた子供全員がドクターと呼んでいた、本名は知らない。
しかし医者ではない。人体実験を行っている研究者だ。
「やはり魔力がない031番、お前ではやはり降霊できないのか。それとも、未だ時が満ちていないか。ふむ……魔力を定量的に測れれば楽なのだが」
随分楽しそうだ。
数年間実験に失敗し続けているというのに。
「031番、そんなに楽しそうなのが不思議か?」
それはそうだ。降霊できていないということは、うまくいっていないという事なのだから。
「失敗するということは、まだ私の知らないことが多いという事だ。知を探究する私からすれば、これ以上ない喜びなのだよ」
わからない。
ドクターが何を言っているのかわからない。
でも、別にわかる必要もない。言われたことをやるだけ。それがどんな意味を持つのかもわかる必要はない。
……仮に今日も何人も死んだとしても。
「……きろ」
……頭が痛い。
動きたくない、誰かが何かを言っているのかもしれない。でも何も聞き取れない。
「起きろ、031番」
僕は大きく咳き込みながら、眼を開く。
頭から水をかけられていた。
「…………ド、ドクター」
「おやおや、随分と驚いた顔じゃないか。031番、10年……いや、9年と9ヶ月、6日ぶりかね」
そこで僕は自分が椅子に鎖で縛り付けられていることに気が付いた。
魔力のない僕には絶対にほどけないように雁字搦めにまかれており、ガチャガチャと少し動かしてみたがすぐに諦めた。
……それよりも、何故、ドクターが。
ドクターはあの時、僕が……
「なんという顔をしているのかね。まるで自分が殺した人間が目の前にいるかのような反応ではないか」
「…………」
10年前と変わらず、白衣を羽織ったスーツの男、ドクターは眼鏡をかけなおした。
そう、ドクターは昔僕が殺した……殺したはずだった。
「な……なんで……」
僕が殺したはずなのに。
あの崩れ落ちる燃え盛る部屋の中で、僕はドクターの脚を、その両脚を切断したのに。
……ズボンに隠れているが、ある。
義足かもしれないが、でもそれにしてもあの状況で四肢を失うということは死を意味するはずだったのに。
「あ……が……」
「やれやれ、これで少しは冷静になれたかね?」
足……足をナイフで刺され……
僕は、僕は必死に歯を喰いしばる。
……そうだ、僕は後ろから殴られて気絶させられた。
そしてこの昔収容されていたような部屋に監禁されているのだ。
殺したはずの男がいることで混乱していた、落ち着け。痛くても堪えろ。
「そうだ、思考を回せ。時間はたっぷりあるんだ、考える時間を与えてあげようではないか。031番」
031番。
1年弱ほど研究所にいた時の名前だ。個体名とでもいうべきか。
僕が退学になったのち、家族から白衣の男たちに引き取られた先での通称だ。
落ち着け……考えろ。
あの時、ノートル学園の廊下で殺されなかったということは、僕を殺す意図はない。
とりあえず今は。
僕は周囲を観察する。
部屋の大きさは昔入れられたい部屋と同じように四方が10mくらいか。出入口が正面にはある。その中心で僕はぽつんと椅子に縛れている。
……見えない後ろはどうなっているのかはわからない。
そして目の前にはドクター。
あの時が40歳前後だったとして、今は50歳を超えているだろうか。
白髪は増えたが、その黒髪は変わっていない。
僕を見定めるような嫌な目つきは今も変わっていない。
……僕が殺したと思っていたドクターから襲撃され、ここに幽閉された。
これがぱっと数秒で再確認できた情報だ。
では何故だ、復讐か?
僕は即座に自分自身で否定する。
1年弱しかともにいなかったが、この男がどういう思考なのかはわかっている。
この男はそんな『つまらない』感情では動かない。
「……まだ、諦めていなかったんですね。魔神の復活を」
「ふむ、再会を祝して及第点を与えてもいいところだが、私がいる時点でその程度自明であろう」
「……ぐ」
僕は魔法による電撃を食らう。
懐かしい嫌な痛みだよ、懐かしい気持ちの悪い臭いだよ。
彼の及第点に行かない者は皆罰を受ける、今回のように。
糞が、嫌な記憶がよみがえる。
僕は自分で舌を深く噛み、自身を落ち着かせる。
ダメだ、この男の都合のいいようには動かない。思い通りになってやるものか。
「私を失望させてくれるなよ、031番。誤って殺してしまうかもしれないのだから」




