第71話 平穏の終わり
上機嫌に理事長は続ける。
「普通こういう学校で講演する人はね、皆学生である彼らをどうしても下で見てしまうんだよ。世の中で言う成功者である彼らからしたら、学生なんて下に見て当たり前だろうけれど。でもね、思春期って言うのはそういうのに敏感なんだよ、すぐに気が付いてしまう」
なるほど、貴方は教育者だな。
僕にはそういうのはよくわからない。
「君は学生を一人の人間として扱っていた。だからこそ君に対して学生は敬意を示すし、たくさん質問が出る」
「僕はそんなつもりはありませんよ。本当は早く帰りたかったんですから」
まるで僕の心の内を見透かしたような、子供を見るような目で見てくる。たまにレイナさんも同じような顔をするのだが、僕はあまりそれが好きではない。
「君に講演を頼んで良かったよ。受けてもらえるかはわからなかったが」
いや、まあ僕に選択できる権利などなかったわけだが。
レイナさんが勝手に色々裏でやったのだろう、僕に言われましてもって感じだ。
「他の賢人で言えば【支配者】は卒業生だから話してくれそうですけどね」
あー……と理事長は口籠る。
前に色々とあったらしいのだが、別に僕に関係のある話ではない。
しかし、雑談を理事長とするのだが意外と僕はここにいてもなんともなかった。
もっと恐ろしい目に遭うと思っていたし、そもそも僕の精神的にかなり厳しいと思っていた。
僕が思うほど、昔のことは大丈夫だったとは。
「しかし、君も笑うようになって安心したよ。ここにいた時はずっと無表情だったし」
「そりゃあ、一人だけ圧倒的に年下でしたからね。友達なんていませんでしたよ」
更に周りからは嫌われていたわけだし、もっと僕と同年代でもいれば話はいくらでも変わっていただろう。
「……そういえば、なんで理事長は僕のことを覚えているんですか?」
「ああ、【皇帝】の洗脳って話か? 君のことを全て思い出せないようになっているやつか」
そうです、と僕は頷く。
「正確には一部思い出せない部分もあるよ。例えば君の元々の名前とか。苗字は君の……いや、やめておこう」
多分、僕の妹がいるからと言おうとしていたのだろう。
「で、どうして私だけ覚えているか……か。それはね、罰らしいよ」
「罰?」
どういうことか、僕は素直に聞き返した。
理事長は困ったように笑い、ため息をついている。
「君のような被害者をもう絶対に出してはいけない。天才、秀才を潰すのは許さないらしい。昔に【皇帝】に言われた」
……僕は天才でも秀才でもない。
そう言おうかと思ったが、客観的に見て飛び級で最年少入学をしている時点である程度は才能があるだろう。
「私は、今でも後悔しているよ」
「僕は後悔していませんよ」
やめさせられたおかげでレイナさんに出会えたのだから。
「今更何を言っているんだと思われるかもしれないが、いつでも戻ってきてくれ。私は歓迎するよ」
モカちゃんのように心を読めなくてもわかる。
この人は、これを本気で言っている。レイナさんの魔法によって僕が魔力0ということを言えないのか覚えていないのかなど色々考えられるが、本気で僕のことを待とうとしてくれている。
まったく、魔力がある状態であなたみたいな人に出会ってみたかったな。
でも、過去に戻ることはできないのだ。
「お気持ちだけ受け取っておきますよ。素直にうれしかったです。もしも五大賢人をやめさせられたらお世話になるかもしれません」
「される予定はあるのかい?」
「どうでしょう。いつでもやめたいんですけどね」
僕は本気なのだが、どうやら冗談だと受け取られたらしい。
多分普通の人からしたら名誉あるものなのだろうが、個人的には全く旨みはない。
「さて、そろそろ帰りますね。あなたに挨拶するためだけに残ったわけなので」
「そうか、外まで見送ろう」
立ち上がろうとする彼を押し留めるように僕は素早く席を立つ。
仮に10年前だろうと一人で帰れるし、エルザさんがいるわけだし。
「……………………あれ?」
理事長の誘いを断り、僕は扉を開けたのだが。
そこには誰もいなかった。
……エルザさんはどこかに行ってしまったのだろうか?
トイレにでも行ったのだろうか、僕は待とうか迷った。
数分待っても戻ってこない。もしかしたら用事があって先に馬車に戻ってしまったのだろうか。
「……どうしよう」
入れ違いになると困るのだが、まあでもいいか。
あまりここにずっといて、理事長が出てきても気まずいわけだし。
僕は廊下を歩く。
僕は廊下を進む。
「…………え?」
何か、いきなり目がちかちかするのと同時に後頭部に激痛が走る。
僕は反射的に頭を触る。
赤い何かがべっとりついている。
「え?」
なんだ、これ。
……あれ、どうして地面が、迫ってきている?
あれ




