第68話 いざ克服へ
「……さてさて、最近は至って暇になったものだ」
魔導評議会からの呼び出し設けることがないし、破壊系美少女もいないし、忍者娘も最近は遊びに来ないし、魔王幹部もこの前から音沙汰はない。
静かな毎日を過ごしているのだが、何となく物足りなくなっている自分は色々と毒されているのだろう。
まったく……まだセリカちゃんたちと知り合ってから一年も経っていないのに、僕の周りの景色は変わってしまったのか。
「……あれ、手紙だ」
サイオンさんがこの前持ってきてくれたのを確認し忘れていたのだろうか。郵便受けの中には手紙が入っている。
その手紙はパッと見たことがある。
……おいおい、うちの師匠からじゃないか。
それにしても珍しい、サイオンさんに渡さないで直接郵便受けに置いていくのは。
これ僕が確認忘れていたら永久に放置するところだった。
『悪いんだが、ノートル学園で講演してくれ。レイナより』
マジ?
……マジ?
流石に何回か本文を読み返すのだけれど、文章が変わることもなく僕にノートル学園に行けという命令が読み取れる。
……セリカちゃんの弟子入り以来のとんでもない無茶ぶりが来たぞ。
ちりんちりん、と鈴の音が鳴る。
客人?
「失礼します。ゼロ様、お迎えに着ましたよ」
玄関まで行くと、そこにはエルザさんがいた。
何の用だろうか。
僕の訝し気な表情がわかったのだろう、何か気が付いたように彼女はため息をついた。
「もしかして、レイナ様からのお手紙を見ていらっしゃらないですか?」
「……いや、今見ましたよ。これ、マジですか?」
「私のところにも手紙が来まして、ゼロ様のお迎えをするようにと」
いやいや、待て。
僕の気持ちの準備が全然できていないじゃないか。
しかし、迎えも来ているということは最早逃げられるということはない。
……レイナさんが僕に行けというのなら、最早それは避けられない。
僕もちょっとずつトラウマを改善傾向にあるわけだし、そう判断されたのかな。
「……わかりました。準備だけしてもいいですか」
わかりました、とエルザさんは了承してくれるので、待たせる彼女の為に一応紅茶を淹れておいた。
客人に失礼のないようにと。
いつも通り準備は大してない。
でも、圧倒的に今回は心の準備が必要だった。
自分を退学させた学園に行くことになるとは……しかも講演?
「……というかエルザさんが来たってことは今日中に講演するんですか? というか講演ってなにをするんですか?」
エルザさんは苦笑している。
彼女からしたら、別に僕がノートルを退学させられて行きたくないという事実を知らないからそこまでの抵抗感はないと思っているだろう。
「そうですね、今が朝なのでこれから向かって、午後14時から大講堂で講演があります。その内容については任せている……とのことです」
……おい。完全に丸投げかよ。
まあ逆に言えば、何を話してもいいのか。いっそ質問大会でいいのかと思える。
「仕方ない。向かいましょう」
いざ、自分のトラウマと向き合うときが来たのか。
僕を退学にしたのは10年以上前。いい加減克服しようという事か。
…………手が冷たい。
「エルザさん、悪いんですが、着くまで僕黙っててもいいですか?」
多分変なことを言っているんだと思いけれど、彼女は何も言わずに頷いた。
僕の雰囲気が明らかにいつもと違うことには気が付いているのだと思う。
僕は腕を組んだ状態で、馬車の揺れを背景に考え続ける。
この10年間を。
正直言ってこれからやらなければならない講演については最早どうでもいい。
僕は口先だけで全てを乗り切ってきた人間なのだ。
その場だけでも、数十分程度であれば問題なくぺらぺらと話せる自信はある。
「…………ふぅ」
わざわざ大きめのため息をつく。
これはエルザさんに聞かせるためではなく、ただ口に出すことで冷静になるためだ。
今の僕には認識阻害が組まれたローブがあるし、人前ではフードもかぶろうと思っている。でなければ流石に耐えられない。
大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ。
僕は持ってきた水筒から紅茶を飲む。
これが精神攻撃だったらどんなにうれしいだろう。飲めば回復するらしいんだから。
でもこれは回復しない。
ただの精神的な問題なのだから。わかっている。
こんなものに頼るな。
僕だってたまには成長するんだよ。




