第63話 変な要望
「それにしても随分早かったな」
馬車を操っている男が振り向きはしないものの、そう僕らに話しかけてきた。
「そうですか?」
「明らかに早過ぎる。となると断ったのか?」
この男はオースティン卿が僕らに何を頼むかを知っているような口ぶりだった。
ただの運転手なのになぜ知っているのだろうか。
「よく依頼することを知っていますね」
何がとは言わない。
鎌をかけているというわけではないが、自らこちら側が崩れる必要はない。
「ふん、世界で二番目に強いであろう【不可視】を呼び出しているんだ。最近賑わせている義賊の討伐だろうと想像は付く」
ん? ちょっと待て。なんかよくわからない言葉が聞こえたぞ?
認識阻害の効果で僕という人間の詳細を認識できないんだろうけれど、この不思議そうな表情は伝わっていないのだろうか。
……まあそもそも僕の方を向いていないから意味ないけれど。
「【不可視】が世界で二番目に強いということを初めて聞きましたが」
「違うのか?」
違うよ!
「世界最強の弟子で且つ五大賢人であれば普通は二番目に強いと思うが」
「…………」
全然違うけれど、そこから男は適当に説明してくれる。
大衆への噂として、先の禁呪事件では四大賢人が全滅した中唯一【不可視】のみが抗い続けたという事であり、更に世界最強である【皇帝】の弟子であることも相まって謎の勘違いが起こっているようだ。
流石の僕も今知り合ったこの男に真実を伝える気にはならなかったが、それでも否定したいという思いが強い。
そして男は、何故断ってきたのか聞いてくる。
「本当はあるものを受け取りに来ただけですが、別にそれのためにわざわざその義賊を倒す必要もなかっただけです。というか興味もないですし」
あとでロミアちゃんに盗んでもらおうと思っていたし。
僕からしたらもっともっと対等に扱ってもらえたならば、エルザさんに頼んで色々義賊について対応を考えたのかもしれない。
だが、あまりにも常識がない人間が相手であればこちらも非常識な対応をしたくなる。
「……そうか」
「まあまだ数日滞在する予定なので呼び出されそうな気はしますね」
男はぴくりと肩を動かしたような気がする。
いや、僕の見間違いだろうか。
「つまり、【不可視】側としたらその資料があれば義賊を討伐する意義はないと」
「…………そうですね」
やや奇妙な反応だったが、彼は彼なりの事情があるのだろう。
正直言って僕にそこまで興味を向ける理由がなかった。
「ついたぞ」
気が付けば僕らの宿だ。
僕とエルザさんは降りると、運転手はすぐに立ち去って行った。
「あの男、オースティン卿の部下という割には話が通じたね」
「そうですね、それに忠誠というものもさほどなさそうですし」
まあ辺境伯で偉いんだろうしお金は持っているのだろう。金払いさえよければ他はどうでもいいという感じかもしれないが。
「お帰りなさい!」
「ただいま、疲れたよ」
セリカちゃんが話を聞きたそうだったので、一応ざっくりと話してみる。
オースティン卿を名前だけは彼女も知っていたようで、あまり良い噂がないことを教えてくれる。しかし、こういうことを言われると、やっぱりセリカちゃんって貴族の家出身なんだね。
普段の要素では何一つ貴族っぽいのに。
「少しロミアちゃんに頼みたいことがあるんだけど、後でちょっといいかな」
犯罪行為に近いわけだし、一般人のセリカちゃんにはなるべく聞かせたくないという思いだ。ただし、ロミアちゃんと二人になるとセリカちゃんが怒りそうだから、仕方ないけれどエルザさんも一緒にいてもらうとするか。
「なんでしょうか」
エルザさんにも同席していてもらったものの、少し離れた位置に待機してもらっていて、事実上ロミアちゃんと二人の会話だ。
「可能なら盗んでほしいものがあるんだよね、さっき話したオースティン卿の館で」
彼女は少し困ったように首を傾げる。
「いいですけれど」
ただ、思ったよりも快諾だった。
「ゼロ様にはお世話になっておりますので、よろしいですよ。と言いたいのですが」
何を続けようというのか。
僕は少しだけ身構える。絶対にろくでもないことを言おうとしているのだ。
とりあえず魔法を見せろとか言われても困るのだが、どうしよう。
「一緒に行きませんか?」
「え?」
なんか一緒に行くことになった。
ここで全力で拒否できるほど僕には強い意志がなく、そもそも僕がお願いしているのだから。
「理由を聞いてもいいかな?」
僕にスニーキングミッションとか無理だぞ。
探知されないという強さはあるけれど、液体である彼女はともかく一般人の僕では厳しい気がする。
なんとかして断らないと。
「ゼロ様とデートをしたいなと」
そう言われると、僕は最早何も言えなかった。
全く表情が変わらないけれど、少しでも顔を赤らめてくれればいいのに。
……うん、まずくなったら逃げよう。




