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第59話 唯の伝言


「……暑い、暑い、暑い」


「ゼロ様、壊れた時計ですわね」


 オーテルダムに近づいてきた時には察していたが、いざついたら地獄のような暑さだ。

 歩く人々は皆薄着をしており、まるで下着で歩いているような人々もいるほどだ。


 こんな場所でバカンスなどできようか、いやできない。


「ロミアちゃんだってあつそ…………髪は?」


「切りました。ゼロ様の好みで長くしておりましたが、気分転換に」


 ……別に僕はロングが好きだとか言った覚えはない、ないよね?

 ロミアちゃんは髪をばっさりと切っており、ショートボブの長さに変えられていた。多分切ったという発言はあったものの、彼女自身自由に変えられるから短くしただけなのだろう。


 その後聞いた話だけれど、セリカちゃんの目の前で手刀で切ったせいでかなりびっくりしたようだ。しかも髪が消えているのだからより驚愕だろう。



「ロミアちゃん、楽しみ?」


「何故そう思われますか?」


 いや、何となくそう思った。

 別に僕は彼女と長々一緒にいるわけではないが、それでも少し楽しそうだ。


「セリカ様やエルザ様が楽しそうにしているのを見ていると私自身気持ちは昂ります」


「まあね、僕らをホテルに置いて買い物に行く分には楽しそうだ」


 全て貸し切りになっているホテルの一室で僕とロミアちゃんはのんびりしていた。

 夕方に到着したが、夜まで時間があるので一応自由時間となっていた。


 僕もロミアちゃんも買い物に誘われたものの、僕は面倒だからパス。

 液体彼女が断った理由は知らないが、僕を一人残すのは気が引けたのか。


 それか、僕と話をしたかったのか。僕を殺したかったのかな。



 セリカちゃんは年上女性に非常に好かれる才能があるようで、エルザさんとかなり仲良くなっているようだ。それにロミアちゃんに至っても仲良くなっている。


 すごいな、素直にそのコミュニケーション能力は尊敬できる。



「そういえばなんであの時家に来てたの?」


 あの時、というのは僕が評議会にお呼ばれしていたタイミングだ。

 

「魔皇帝より貴方に伝言がありましたの」


 僕がなんで魔王様から伝言を受けないといけないのか。

 ただ、僕はベッドに腰かけた状態で姿勢を正すことなく、ロミアちゃんに促した。


 彼女もソファに身体を沈めながら足を組んでいるし、何か重要な話があるというわけでもあるまい。



「優秀な部下を生かしてくれてありがとう。今度私(わたし)にも世界樹の紅茶を淹れてね」


 ……なるほど。

 優秀な部下というのはロミアちゃんか。


 魔王というのは、しっかり色々考えていたのか。

 もしもここから魔王軍と人間軍で戦争になったら、ロミアちゃんを切り捨てて蜥蜴の尻尾要員にするつもりだったのか。多分ロミアちゃんもわかっててやっているのだろうが。


「あと」


「あれ、まだあるの?」


 紅茶の話題を淹れることによって、感謝だけではなく社交辞令っぽくして後腐れのないような伝言にしていると思ったのに。


 ロミアちゃんの赤い瞳が僕をまっすぐ射貫く。


「私にはわかり兼ねますのでそのまま読みますが、依り代は既にいる……だそうです」




「な……」


 僕は口を開けて、言葉を出せなかった。

 水面に打ち上げられた魚のように、ぱくぱくと動かすもののそれに続く言葉はない。


 何故? どうして? それよりも何故魔王が?

 僕の頭の中にはぐるぐると疑問、疑念、焦燥、様々な考えや思想、感情が渦巻いていく。


「……様、ゼロ様?」



 目の前には真っ赤な瞳があった。

 すぐ近くにロミアちゃんが顔を寄せていたようで、僕は慌てて距離を取ろうとして思い切り後ろに倒れた。



「大丈夫ですか?」


「……ではないかな。ロミアちゃんが美人過ぎてびっくりしたよ」


 気が付かない間にベッドにつけている背中には汗がびっしりついていた。

 ……僕はどれくらいの時間考えていた? 一瞬? 数秒?


 誤魔化すように適当なことを言うが、目の前の彼女は全く表情を変えることなく更に僕に覆いかぶさるように、まっすぐ視線を外させないように両手で頭を横から掴まれる。

 傍から見たら僕が褐色銀髪グラマラス美女に押し倒されている。


「急に雰囲気が変わりました。あなたと魔皇帝の間で何か通じているものがあるのでしょう、お話しいただけませんか?」


「……いや、ないよ。僕は魔王に出会ったことないし」


 これはまごうことなき真実だ。


 でも、魔王は僕のことを知っている。いや、違う。

 正確に言うならば、僕の過去を知っている。

 いやいや、どこから情報が漏れたんだか。全部白い施設とともに焼き払ったというのに。



「……ロミアちゃん」


「はい」


「ロミアちゃんのおっぱいがめっちゃ当たってるんだけど」


「そうですか」


 わざと言ったのに、全く興味も意識も逸らさずに固定され続ける。この人に人間らしい部位を言っても無駄か。


 なんとかはぐらかしたいのだけれど、どうするか。

 攻め方を変えるしかないか。


「魔王がロミアちゃんにわからないように言うってことは、君は知らなくていいってことじゃないのかな」


 僕は過去を話したくない。

 そして魔王はそれをロミアちゃんに話すことを求めていない。


「…………」


 動きは止まる。

 でも瞳はずっと僕から動かない。何を考えているのだろう。



「何やってるんですかー!!!」


 と、いきなりの乱入者が現れる。

 僕にとっては救世主である。


「何ってゼロ様を押し倒しています」

「うん、僕はロミアちゃんに押し倒されていたよ」


 ようやく彼女は僕から離れ、何食わぬ顔でまたソファに座る。

 少しくらい顔が赤くなってくれれば僕だって赤面できるのに、僕は恐怖で鳥肌すらたっている。



「え、ロミアさんとゼロ様ってそういう関係なんですか!!」


 怒り気味で僕に詰め寄ってくる弟子だが、原因は向こうにあるわけであっちにぜひとも問い詰めていただきたい。僕は被害者だ。


「違うよ。ただね、僕の貞操は危なかったよ」


「ふざけないでください」


「あ、はい」


 全く……

 軽口も許してくれないのか。とはいえ、これは多少誤魔化しておかないとバカンスが修羅場になる。

 ロミアちゃん自身も弁解する気はなさそうだし……


 正直ロミアちゃんの身体と密着していたわけだが圧倒的に別のことに気を取られていたから味わう事すらできなかった……というのが真実かもしれない。




 僕は夜ご飯の間をかけて嘘を言い続けて、何とか誤解を解くことに成功したのだった。

 そのストーリーは最早自分で何を言ったかも覚えていないくらい適当だった。


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