第58話 旅の道程
「そろそろエルザさんが迎えに来てくれると思うけど」
僕が帰宅して二人をバカンスに誘ったとき、セリカちゃんはとても嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながらポニーテールを揺らしていたが、ロミアちゃんはかなり複雑そうな表情をしていた。
レイナさんにばれているということは想定していたようだったが、それでも今回の旅路に付き合わされるとは思っていなかったようだ。
それでも世界最強からのご指名なので断るにもいかず、素直に従ってくれるだけありがたい。レイナさんが何を考えているかわからないが、それでも間違ったことはしない人だ。
「オーテルダムって僕は行ったことないんだけど、どんな環境なの?」
「すっごく暑くて、海がきれいな場所ですよ! というかゼロ様、それも知らずに準備していたんですか?」
うん。
僕の服装はそこまで種類があるわけでもないし。
基本的にはレイナさんから借りている認識阻害の魔法が組まれた服をきているだけだし、それ以外は適当だ。
過去に魔導評議会を訪れた時とそこまで荷物が変わっていない気もする。
「ロミアちゃんも行ったことある?」
セリカちゃんの言葉の節々からは過去に行ったことありそうだったから魔王軍幹部に話を振ってみる。
「私は……ありますけれども、観光はないですね」
口ごもんだところを見るに、仕事だろう。セリカちゃんは事情を全く把握していないから口には出せないのだろう。
「お待たせしました、ゼロ様」
近くには馬車がいつも通り空から駆けて着陸する。
もう見慣れてしまったけれど、多分この移動方法ってすごく便利でお金がかかるんだと思う。
エルザさんはスーツではなく、淡い青を基調としたワンピース姿だ。
髪も三つ編みではなく後ろでまとめて上げている。はっきり言って美人が更に美人であることを示すには十分な風貌だ。
「お久しぶりです。僕が全力で顔面を殴った以来ですかね」
「え、ゼロ様何してるんですか……」
セリカちゃんがひどくドン引きしたような顔をしているのだが、僕は涼しい表情で受け流す。ロミアちゃんは無表情だ。
僕は前にセリカちゃんから散々ねだられて事件の詳細について語れる範囲で話したはずだったけれど、女性を殴ったことについては言っていなかった。
「お久しぶりです。とりあえず中へどうぞ。お時間は結構かかりますので」
そしておや、とでもいうような表情でロミアちゃんに視線を移した。
多分彼女の風貌が見たことないからだろうか。
「ロミアと申します。この度ゼロ様にご同行させて頂きます」
「これはご丁寧に、エルザと申します。普段はレイナ様の護衛をしております」
……なんだこの微妙な雰囲気。
互いに社交的に挨拶をしているものの、互いに牽制するような大人の距離感だ。
セリカちゃんは二人を見て不思議そうな感じで思っているのだろうが、とりあえず敵対の雰囲気ではないからこの際スルーとしよう。
僕らは馬車に入るのだが、流石にエルザさんとロミアちゃんを並ばせるのも微妙なので隣をロミアちゃんにしておく。
「一応我々4名で1週間行動することになると思いますので宜しくお願いします」
そしてエルザさんからのざっくりとした説明。
暑いという情報は聞いていたが、彼女の話を聞くにかなり暑いようだ。僕は比較的涼しい服装ではあるが、それでも暑いのは避けられないのだろう。
因みにロミアちゃんはそう考えると厚めの服装だ。シャツにパンツ姿とかなりスタイルに自信があるからこそ似合っているとわかる。
……それにしてもロミアちゃんの髪は随分と長いけど、暑くはないのだろうか。見た目を変えられるからすぐに短くも出来そうだが。
「何か?」
「いやいや、髪長くて暑くないのかなって」
ロミアちゃんはまるで一瞬何を聞かれているのかわからなかったような反応をしたが、すぐに苦笑して否定した。
誰かに化けていないときのロミアちゃんって結構不思議系なのかもしれない。それか変な癖にならないようにしているのかな。
「宿につきましては既に予約をしております」
非常にお高い場所みたいで、僕みたいな一般人には支払うことはできなそうだ。
しっかり全員個室が与えられている辺り、ありがたいしそこに引きこもるのは難しくないだろう。
「で、そろそろ本題に入りませんか?」
「ゼロ様、本題って?」
セリカちゃんは純粋無垢に聞き返す。
君は五大賢人から与えられた慰安旅行がただのバカンスだと思っているのかい? まあ思っているんだろうけど。
エルザさんはため息をついて、一応まずは機密情報なので他言無用であることを説明する。因みに聞いたものに特殊な魔法がかけられるようで洗脳などでの漏出を防げるようだ。
全く僕には関係ないが。
いつも通りレイナさんお手製の魔法で、どうやってそんなことを可能にしているのかは疑問ではあるし、僕以外からしたら脅威でもある。
たまに思うけど、本気を出したレイナさんと禁呪のどちらが危険なのだろうか。
僕からしたらレイナさんが負けるとは思えない。
「その都市を治めている辺境伯から、禁呪に関する書物が見つかったという話を受けたのです。ただ安全面から五大賢人が誰か取りに来てほしいとのこと」
……辺境伯か。
貴族は面倒そうで嫌だな。
そもそも五大賢人と王族とはそこまで折り合いがよくないことくらいは当たり前のように知っている。
実力で頂点に立つ五大賢人と階級社会の頂点に立つ王族。
やれやれ、しかも直々にそのお偉いご貴族様からの呼び出しですかー……
まあいっか。出たとこ勝負だ。
というか僕は関係ないから波風さえ立てなければいや。
「一応週の真ん中あたりで会う予定ですので、それまでは気になさらずにバカンスを楽しんでください」
「そうですよ、オーテルダムに行ったらゼロ様! 海に泳ぎに行きましょう!」
……うん、僕は砂浜でお城でも作っておくよ。
馬車の中では人との距離感が近すぎるので、僕は眠ると言っていつも通り上着をかぶったものの、静かに思考の海に沈んだ。




