第52話 登山
「ゼロ君は眠そうだね」
「……まあね、君らは元気そうだ」
翌朝、僕らはまた霧の中を歩いている。
二人ともやや暖かい服装に身をくるめていて、しっかりこれからの山登りを考えているようだ。
「ゼロ君はいらないと思うけど、今回はしっかり対策を考えてきたよ」
モカちゃんは夜通し起きていたらしく、耐精神系魔法の装備を作っていたようだ。どういう風に作っているのか知りたいという思いも多少なりともあったが、そもそも僕には作れないしスルーでいいか。
「モカさんが私の分まで作ってくれました!」
「セリカったら妹みたいで世話焼きたくなるのよ」
モカちゃんは一人っ子らしいが、こんな妹が欲しかったみたいだ。
確かにこんなに素直な子だったら僕もいいと思うが、実際の妹というのはそう一筋縄ではいかない。
「どうする? もうそろそろ前はぐれたところだけど、手でも繋いでおく?」
手をつないでいくとどうなるのかはよくわからないが、最低でも僕が消えるとかいう謎な状態にはならないだろう。
まあはぐれない限りは僕が持ってきている紅茶でなんとかなるのかも……しれない。
セリカちゃんは僕に飛びつくように腕を組むが、モカちゃんはそのまま横を歩いている。恐らくこれは自分のプライドの勝負なのだろう。
「山に入ったら手を繋ぎたいなぁ」
「いや、そこまで行ったらもう意味ないでしょ……」
軽口をたたきながらゆっくり歩いていく。
もうそろそろだが、二人の様子に異変はない。
……なるほど、霧の日じゃないといけないのか?
フラッとセリカちゃんが僕の方にぶつかる。
そしてぶつかったセリカちゃんがすごく驚いた表情で僕の方を見る。
「大丈夫?」
「……あれ? え?」
「あー、これ結構やばいのね」
「迷子にはならなかったね」
でもセリカちゃんもモカちゃんも明らかに先程と様子が違う事から、やはり何らかの魔法が発動されているという事か。
それでも二人とも意識はしっかりしているし、また迷子になりそうな雰囲気はない。
「ゼロ君、紅茶飲んでもいい?」
彼女は一口飲むと、少しホッとしたように一息ついた。
そしてふらふらしているセリカちゃんにも飲ませる。
……となると精神攻撃か。
セリカちゃんに聞いてみると、先程から自分が思っている道や僕らの位置が、客観的に見た状況とかなり乖離しているようだ。
距離感や平衡感覚がおかしくなっているというわけだ。
まっすぐ進んでいるつもりでも、先程僕にぶつかったのはそういうことだ。
「禁呪とは違って完全に無意識下での攻撃なんだけど、多分これをできる人間なんていない。ここには何がいるの?」
「……前は伝説のドラゴンがいたらしいよ。レイナさんに百回くらい殺されたらしいけど」
「ドラゴンかぁ。モカは見たことないな、というか空想上の生物だと思ってた」
「私もです、実在しているんですね」
僕だってそうだ。
文献上はいるのだけれど、実在したという記録はないのだ。あのデートの時もただ話題性として言ったのだが、まさかレイナさんがフルボッコにしているとは思っていなかった。
「となるとドラゴンの魔法が永続的にかかっているってことかもね。文献では見かけるのに実在を見ていないってことは、寄せ付けない魔法があったのかもしれない」
「まるでゼロ様みたいですね」
いや、僕……【不可視】は実在していないから。レイナさんの陰に隠れているということは否定しないけど、多分傍から見たら誰だよって感じだ。
今は五大賢人の一人に数えられているようだが、しかし世間一般からの評価はあくまでも世界最強の弟子だ。
それ程までにマイナーな二つ名持ちだったのだから。
「よし、そろそろまた進もうか」
この山ではモンスターをほとんど見たことはない。ネーカが拾ったのはもっと上の方だが、そんな彼女も一匹しかいなかった。
右手にモカちゃん、左手にセリカちゃんが手を握って進んでいるが、体力が平均的な二人が山道を歩くというのは結構大変だ。
更に片手を僕に使うなんて無駄な行動だと思ってしまうのだが……
「因みにこれが世界樹の葉だよ」
前回レイナさんと来た場所に案内するのだが、二人の表情は曇っている。
うん、わかるわかる。
世界樹の葉とは何なのかって感じだよね、樹じゃないし。
別にこの感情をぶつける相手は僕ではなく、レイナさんだ。
僕は前に師匠がやったように頂上の方を指さす。
一応上にはいったことないけれど、流石に大体の道は知っている。
「頂上を目指すとして、二人とも大丈夫?」
「はい!」
「モカも平気」
上の方は霧が晴れる分雲の中に隠れていく。
標高としてはものすごい高いわけではないが、かなりの寒暖差があるからすぐに雲ができている。
二人ともしっかり防寒具も来ていることだし、危険になる前にパパっと行ってしまおう。
「そうそう、そういえばこの辺でネーカを拾ったんだよね」
指したのは山の中腹辺りでのこと。
僕が初めて世界樹の葉を一人で取りに行った時のことだ。
その頃はもっと世界樹の葉が生えておらず、このあたりまで登らなくてはならなかった。かじかむ手で葉を毟っているときに気配を感じた。
弱々しく、今まさに死にかけている命だった。
僕は彼女を抱きかかえながら、ともに下山してすぐにレイナさんに見せた。
彼女は適当に回復魔法を使ってくれたのだろうが、実際に何をしたのかはわからない。
ただ、師匠は蛇を館には置いてはいけないということで、山ではなくとも森に返すように僕に言った。
あの時はただの鬼師匠だったけれど、今ならわかる。
あのまま彼女を育てていたらとんでもない大きさになって館が壊れるからだ。
「蛇は気温が低い場所では活動が鈍くなるから、適当に森に返してたまに遊びに行っていたって感じだね」
僕はざっくりとしたエピソードを二人に雑談ながら話した。
何故気温が低い場所ではダメなネーカがあの場にいたのか。過去に彼女に聞いたことはある。
彼女は要領を得ない回答だったが、帰りたかった……らしい。
紫色の大蛇がどこから来たのかはわからないが、帰省本能だったのか。
僕にはわからない。
しかし、流石に僕でも疲れてくるね。
精神魔法で強化しているモカちゃんと、身体能力強化をしているセリカちゃんがいる手前、なるべく平静に歩き続けるのだった。




