第44話 答えを合わせました
「もう帰るのかい?」
アヤメちゃんの方が先に帰宅してしまい、僕と二人きりだ。
今回の修業ではあまり成果が得られなかったことについては少し残念がっていたが、それでも楽しく過ごせたようで嬉しそうに笑っている。
「あ、はい! 早めに帰ったほうがお父様から怒られないですし」
彼女は困った様な、でも仕方なさそうな表情で笑った。
僕はその表情を見ながら苦笑した。
玄関まで見送りをしようと思い、腰を上げると小柄な少女は押し留める。
「別に大丈夫です! 一人で帰れますから!」
「一応僕の弟子らしいから、しっかり見送りくらいさせてよ」
僕はそして戸棚から一つ指輪を取り出す。
この戸棚は来客用のレイナさんの魔力が込められたアクセサリーが厳重に保管されている。レイナさん以外の魔力を所有する人では取れないようになっていて、魔力を持たない僕も一応この戸棚を開けられるのだ。
「これ、あげるよ」
「え? 進級祝いですか?」
僕から放り投げられた指輪を両手でキャッチしながら、キョトンとした表情をしている。
扉の前で棒立ちしている彼女に、当たり前のように言葉を紡ぐ。
「その代わり次来るときの為に名前教えてもらってもいいかな?」
「……………………え?」
「だから『君』の名前が知りたいんだよ。じゃないと次来てもわからないし」
「……えと、私はセリカ・ノートルダムです」
混乱しているようにおろおろしている。
多分予想外の質問だったんだろうけど。
「何度でも言うけど、『君』の名前を聞いているんだよ。『君』がセリカちゃんに化けてずっと生活していたのは知ってるんだよ」
セリカちゃん……に化けているであろう『彼女』は、数秒停止した後にまるでいたずらっ子のような表情を浮かべた。
その笑みはセリカちゃんでは絶対にできないような大人らしいような子供らしいような複雑な表情だ。
「……いつから気が付いていましたか?」
ほんわかしている小動物系少女から絶対出せないような冷静な大人びた女性の声だ。
明らかに警戒をしている表情だが、口角は上がっており、見破られたことを喜んでいるように見える。とりあえず僕はテーブルに座りなおす。
「僕はね、気付きって言う言葉はあまり好きじゃないんだ。それってまるで気が付いた瞬間以前は何も知らない、違和感を抱いていないみたいじゃないか」
僕はお道化たように肩をすくめて、『彼女』に座るように手で示す。
別に帰りたいなら引き止める予定はないが、僕の弟子に変身?変化している本人が知りたいのなら座って話したいところだ。
「それでは、いつから違和感を抱いていましたか?」
素直に椅子に座る。
「そうだね、それだったらわかるよ。君に初めて会ったタイミングだよ」
『彼女』は驚いたように目を丸くする。
「あ、そういえば私の名前でしたっけ。ロミアと申します、一応これでも魔皇帝三大幹部の一人を務めさせて頂いております」
折角座ったのに、わざわざ一度立ち上がってスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀する。
「わざわざご丁寧にどうも、一応お初お目にかかります、ゼロと言います。因みに個人的にはその姿のロミアちゃんの方が好きだな。別にセリカちゃんの格好でもいいけど、次回来るときはそっちが嬉しいね」
セリカちゃんだった身体が溶けるように液体になり、その後形成されたのは170cm弱の大人びた女性だった。
肌は褐色で足元まで伸びている銀髪を後ろで縛っている。僕を静かに見つめてくる真っ赤な瞳が射貫いてくるが、僕にとってはそよ風に等しい。
服はセリカちゃんが来ていたものと変化していないが、しかし体格に合わせてサイズが直っているあたり彼女の本体が液体なのだろうか。
しかし、魔皇帝って魔王のことか。なんかついに魔王軍までここに来るとはレイナさんは何をしたんだか。
「ありがとうございます、ご希望に沿わせて頂きますね」
妖艶な雰囲気を持つ彼女は、あごに手を当てて首を少し傾げる。
「しかし、何故わかったのでしょう? 私にご教示頂けないでしょうか?」
ゆったりとした動きで僕の向かいに座る、その様子だけで言うとそこまで警戒しているようには見えない。それはお互い様か。
そういえば紅茶でも淹れようか、僕は少し待ってもらって新しいお客さん用のカップと自分のカップを取り出す。
「洗脳魔法がかかっているから飲めないとかある? それなら別のにするけど。あ、丁寧に話した方がいいですか?」
首を横に振って、世界樹の葉の紅茶を飲む。
レイナさんとはまた違った種類の大人の魅力を兼ねている人だ……いや、人か?
魔王軍幹部とか言っていたし、なんか僕の周りにはどんどん多種多様な者が集っていくね。これも全てうちの師匠が原因か。
「じゃあお言葉に甘えて。まず違和感があったのは森の入り口で出会ったことかな」
「おかしかったかしら?」
「流石にあのタイミングで偶然弟子に遭遇する確率なんて高くないでしょ。そもそも僕はパーティを途中で抜け出しているんだから、セレモニーの時間を把握しても無理なことだよ」
つまり、はじめから僕らが来るのを待っていたのだ。
僕の魔力が探知されることはないけれど、そもそも王都に行くことがわかっていれば逆に帰るのも自明。その手前のどこかで馬車で来ることは想定できる。
「で、第一声で師匠って呼んだでしょ。ロミアちゃんは知らなかったんだけど、セリカちゃんは僕のことはゼロ様って呼ぶんだよ」
「あの時は流石に驚きました。五大賢人がお相手なのでいきなり鎌をかけられているのでは疑ってしまいましたもの」
本物のセリカちゃんだったら師匠予備よりもゼロ様呼びが好きだから忘れるとか間違えるとかはあり得ない……と思う。
「これは後付けでわかったけど、そもそも君はレイナさんの魔法のせいで館まで辿り着けないから僕を待つしかなかったんだよね」
もしもセリカちゃんのブレスレットをロミアちゃんが持っていれば、自分の弟子の安否を心配しただろう。しかし、それをしなかったということは危害を加えていないはずだ。
「おっしゃる通りです、それが今回一番苦労したのかもしれません」
「だから掃除を手伝うという名目で戸棚を開けようとしたり、色々捜索したりしていたんでしょ?」
レイナさんが几帳面ではないから僕が整理整頓をしている。基本的に少しの違和感でもあれば気が付いてしまうのだ。そして今回は初対面の時点でセリカちゃんが何か違うことに気が付いていた。
「でも、まだそれでしたら証拠にはなりませんよね?」
「まあね、別に証拠があったわけじゃないんだよ。状況証拠を集めてって感じかな、セリカちゃんではないという確信は勿論途中であったよ。だから僕は君に出会ってから一度もセリカちゃんって呼んでないだろ? 流石に違う人の名前を呼ぶなんて失礼じゃないか」
「……わざわざそのような配慮までして頂いたのですね」
ペコリと頭を下げる。
彼女に全くの敵意はないのだが、あまりにも無防備な動作にも見える。




