第39話 組手しました
「おはようございます、睡眠不足ですか?」
「まあねー、アヤメちゃんはよく眠れたかい?」
翌朝、僕は畑の雑草抜きでもしようかと早めに活動を始めたのだが、忍者娘は逆立ちをしたまま館の前の地面を歩いていた。
髪の毛はお団子にして垂れないようにしており、恐らく修行の一環何だと思うけどいきなり見たら変質者にしか見えない。
……訂正しよう、いきなり見なくても黒装束の黒髪、口元を隠している少女が逆立ちして歩いていたら流石に変質者だ。
ただ、そこに突っ込むと修行のキーワードが出されても困るからなるべく触れないでおこう。
「はい、ぐっすり眠ってしまいました。ゼロ殿は随分私たちと部屋は遠いのですね」
「まあね、客室と書斎を近くにする理由はないし」
「書物類もあるのですか?」
逆立ちの状態で、更に片手を放してバランスをとっている。
すごいな、今度僕もやってみるかな。
興味津々でアヤメちゃんは聞いてくるが、もしかしたら彼女も僕と同志で本の虫なのかもしれない。今度書庫を案内してあげよう。
「それでゼロ殿はこんな朝から何を?」
「ああ、眠れなかったから今日は身体を動かそうかと思って」
雑草抜きをしようかと、と続けようと思ったのだがそれよりも早く彼女の雰囲気が変わる。あ、これは失言かもしれない。
「それなら是非私と組み手をしていただきたい!」
「遠慮します」
「なんでまた拒否するんですか!」
「え、嫌だから」
端的に拒否姿勢を見せると、少し泣きそうな表情になるくノ一。
でもめげずに粘ってくるから厄介なんだよね、この子は。
両手を地面に戻して、軽く肘を屈曲させてから大地を弾く。
スピード感のある動きで空中に体躯は回転し、半回転して足から着地する。多分これは筋力補助などの魔法は使っていないと思う。
「セリカの頼み事は聞いてくれるのに、なんで私は……」
「いや、片方とか差別することなく両方とも拒否しているから」
「でもセリカは弟子にしているじゃないですか、私だって」
駄々っ子かと言いたくなるけれど、あの状況を知らないアヤメちゃんからしたら確かにそうなのかもしれない。
うーん、でも魔法ありでの体術なんて死ぬぞ、僕。
直線的な動きならともかく、高速移動で戦われたらどうしようもない。
「アヤメちゃん、忍びたるものいかなる時でも戦う可能性を考えないといけないんだ」
「は、はい!」
すごく嬉しそうにぴょんと姿勢を正す。
僕が乗り気ではないものの、組手をしてくれることを素直に喜んでいるようだ。
「僕はね、前回禁呪のせいで魔法が使えない状態で戦わされたんだよ」
「存じています。ここ数十年で一番ひどい事件だったと聞いています」
「だからね、僕らは常にそういう事態を考えなくてはいけない。そもそも暗殺をするときに筋力補助をしていると悟られる可能性も0ではない」
確かに、とポンと手を叩くアヤメちゃん。
別に僕のセリフに説得力があるようには聞こえないが、なんとかなるだろうか。
「確かにそれはそうですが、我々は野生のモンスターや一般人に扮して暗殺を行うことが多いです。はじめから筋力補助をしていてもよいのでは?」
「探知系の魔法で、魔法を発動しているかどうかばれる可能性もあるからね」
僕はそんな魔法を知らない。いつも通り適当な口から出まかせだ。
コータ君の時もそうだけど、忍者たちはまず口撃への対策をとるべきじゃないかな。
……いや、でもそれをされると僕の立場がなくなるからダメか。うん、気が付かなかったことにしておこう。
「流石はゼロ殿、自らの無知を恥じるばかりです」
「いやいや、まだアヤメちゃんは若いんだし」
年は2歳くらいしか違わないけど、僕は引き籠りすぎて勉強しまくったから年齢よりも知識がある……わけもなく、ごまかしのテクニックだけだ。
僕は次に変な質問が来る前に半身になって、拳を構える。
アヤメちゃんも同じように徒手空拳で構え、じりじりと近づいてくる。
うーん、早い。
僕がレイナさんと組み手をするときはもっと間合いが遠い。お互いの射程がわかっているからこそだが、これでは僕の方が筋力的に踏み込みは速いから防戦に回るんじゃないかな。
「いくよ」
大地を蹴って、後ろに引いていた右腕をしならせて拳を放つ。
慌てた様子はなく彼女は屈んでかわし、更に僕の左側から一歩踏み込んで完全にインファイトの距離だ。
勿論僕も始めに放った拳が当たるとは思っておらず、腕を素早く引きつつ彼女から繰り出される裏拳を足を折りたたんで持ち上げて膝でブロックする。
彼女は僕の弟子であるセリカちゃんほど小柄ではないものの、レイナさんやエルザさんと比べるとややリーチや筋力面は劣っている。
だからこそ、遠心力を使用した技やしなやかで鋭い攻撃が多く、直線的な打撃はほとんどない。
うちの師匠のようにこちら対応できないスピードで攻撃されるよりかは比較的応戦しやすく、動きもわかりやすい。
つまり、若いってことだ。
若いのもあるけれど、実戦経験は少ないのだろう。
「甘い」
続けて放たれる顔面目掛けて迫ってくるハイキックを更に一歩近づいて最高速で迫る前に両手で受け止める。
一番速いタイミングでは受け止める方も厳しい部分があるが、初速で止めてしまえばそこまで速くはない。
片足を持ち上げられたから重心をすべて逆足に乗せている少女がどうするか、何もしないならば一気に片を付けたいのだが……
「そいっ!」
軸足を放して逆さまになったアヤメちゃんは、その状態で僕の空いている胴体に空中で自由になっている右足で蹴ってくる。
流石に僕はガードを諦めて両手を足からぱっと放して左足の拘束を解いて後ろにバックステップする。
回避していないので当たるものの、空中でかつ逆さまになりながら放たれた蹴りには十分な威力はなく、後ろに下がるだけで衝撃をほぼ緩和できる。
これはあくまでも非常手段で左足を掴まれた状態を打開したかったというわけだ。
「……強いですね」
「そうかい? レイナさんは多分この僕らの攻防の間に2回くらいボコボコにしてるよ」
つまりガードを許さずに一方的に殴られたり蹴られたり投げられたりするってことだ。
アヤメちゃんは感服したようにうんうんと頷いている。
「それではアヤメ、また参ります」
またお互いの距離が開いたので一旦間があったが、アヤメちゃんが突っ込んできた。
僕は肉弾戦じゃなくて頭脳戦のほうが好きなんだけどね……




