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第38話 本日は眠れませんでした

 本人には美味しいと誤魔化すと、彼女はにこにこと笑っている。

 ただ、アヤメちゃんも僕と同じような表情を浮かべているので食後に皿洗いをしてもらっている間に裏で聞いてみることにした。


「……どう思う? 普通にまずいんだけど」


「そうなんですよね……毒物らしさは消えているのですが」


 ひそひそと顔を近づけて話しているからか、彼女の香りが鼻腔をくすぐる。

 なんだっけ、この香り。


「あんな短期間であそまで改善されるなんて、どれだけの犠牲を出したんだ……」


「そこまでは言いませんが」


 呆れたようにアヤメちゃんはため息をついている。

 とはいえ、これだったら別に食べても問題ないレベルだ。


「でも、これでセリカを弄れなくなっちゃいましたね」


「アヤメちゃん、君というやつは」


 口には出さなかったが、同様の感情はなくはない。

 僕らが知っているセリカという少女であれば、一生あの劇物毒物料理を作り続けてくれていると信じていたのに!


「……もしかしてゼロ殿、貴方癖になっていたりします?」


「まあたまには刺激的なものもいいかなーって」


「ゼロ様もアヤメも何の話をしているんですか?」


 カップを三つお盆にのせて運んできた彼女を前に、僕らは高速で首を横に振ってはぐらかす。


「いやいや、料理の腕が上がったなぁって話していただけだね」


「えへへ、頑張りましたから」


「その頑張りによって幾人が犠牲になったかは聞かないでおくよ」


 少女二人は僕の向かいに座って仲良く紅茶を飲んでいるので僕も一口飲む。料理の腕のみならず、紅茶の淹れ方も進化している。

 でも、まだまだ僕には及ばないな。

 この紅茶派五大賢人ゼロ様には敵わないのだ……全部戦闘は紅茶の淹れ方とかだったらいいのに。


「そういえば二人は今回どれくらいいる予定なの? レイナさんは2ヶ月くらいで戻ってくるとは言っていたけど。アヤメちゃんはまだ会ってないよね?」


「私は……1ヶ月くらいですかね。定期的に帰らないとお父様にだめって言われちゃいました」


 確かにノートルダム家は規律に厳しそうだ。というかそもそも学園をそんなに休めるのかはいささか疑問ではあるが。

 そこは理事長権限とかがありそうで怖い。


 そしてアヤメちゃんは僕の言葉に少しびくっとしながら取り繕うように笑う。


「エ、ハイ」


「……どこで会ったか聞こうか。どこまで嘘を刷り込まれいるかわからないし」


 なんで二人ともこう嘘がつけない性格なんだか。

 モカちゃんとかアル君とかを見習ってほしいと思うけれど。正直一般学生は兎も角として忍びが嘘つけないってダメでしょ。


 コータ君も実は嘘つけない質なのかな?


「いえ、そこまでお話しするほどでは!」


 あたふたと慌てふためく彼女の様子を見るに、口止めはされていないが無理に聞き出すのは推奨されていない気がする。


「アヤメ、ゼロ様を困らせちゃだめだよ」


「う……それは、そうなのですが」


 いや、別にそこまで強い興味があるわけでもないしいいよ。

 

「いや、無理にじゃなくていいよ。変な嘘さえ言われてなければ」


「ゼロ殿が年上でグラマラスな女性がお好きだとは聞きました」


 ぴたりと僕の動きが停止する。

 だが、その動きは完全に悪手だ。ここで動きを止めると、完全に認めたようなものではないか。


「本当ですか、ゼロ様!」


「だからレイナ様の下で弟子をしていると」


 少し困ったようにアヤメちゃんはまた笑った。そして視線を下に落として自分の控えめな胸を見てため息をついている。

 流石の僕でも人を見た目だけで判断する人間じゃないんだけど。


「いや、それはないから。レイナさんに命を救われているからだよ」


 別にこれ以上詳細を語る気はないし、広げる気もない。

 必要以上に会話を続けてもいつボロが出るかもわからない。僕は足早に部屋から出ていった。




 深夜、僕は一人で思考を沈めていた。

 まだ彼女らと出会ってから半年も経っていないのか。


 それまでは静かにこの館で魔法について勉強したり、農業をしたり、レイナさんからの修業をしたりしていたわけだ。

 もう二人とはずっと昔からこうやってご飯を食べていたような錯覚がしてしまう。


「退屈だったのかなぁ……」


 ここ最近は濃密すぎる時間を過ごしているから、実際の時間と比較すると体感時間が長すぎるようにも感じる。

 それを言ってしまえば、僕がまだ人間社会で過ごしていた時のことなんてほとんど記憶からなくなっている。


 ……違う、これは全力で忘れたいだけだ。


 魔力が異常に低いだけだとはじめは信じていたが、途中から腫物のように扱い気味悪がっていた両親。

 僕が6歳という最年少の記録で、王立ノートル学園に入学したことを非常に僻み僕を怨み恐れ続けた双子の妹。

 子供には負けたくないから、それだけのせいで年下を虐めて必死にプライドを保とうとしていた学園の生徒たち。


 地獄の白い施設、暗黒の下水道。

 ……そして、



 僕はベッドから起き上がり、部屋についているトイレで一度胃液と摂取していたものを全て戻す。

 胃酸の気持ち悪い酸っぱさに顔をしかめながら、大きくため息をつく。


 眠れない。


『レイナさんに命を救われているから』


 僕はあの人の為にこの身を捧げるとあの時に決めたんだ。あの人が何をしたいのかは未だにわからない。でも、いつか必要とされたときのために僕は鍛えなくてはならないし、強くならないといけない。



「……眠れない」


 僕は一睡もできなかった。


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