第37話 少女たちが帰ってきました
「そういえば、師匠呼びなんだね」
三人でコータ君の使い魔である巨大な烏に乗って帰っている時にふと思い出した。
僕は知性の非常に高いモンスターではない限り、あまり野生のモンスターに好かれないんだよね。
理由は簡単で、僕は魔力がなくて野生のモンスターの大半が五感のいずれかと魔力で探知しているのだ。だからこそその五感と魔力のズレが警戒心を生むみたいだ。
人間のように五感が魔力探知を上回っていれば、魔力遮断という扱いで済む話だが、野生の摂理に従って直感で行動してくるモンスターはまず僕に近寄ってこない。
「あ! そうでしたゼロ……様」
弟子は驚いたように照れたように僕と顔を合わせないまま呼び方を更新する。
巨大な烏君は僕を乗せているからか非常に機嫌が悪そう。もしかしたら行きよりも不機嫌だ。
「まあ僕はどっちでもいいんだけどね」
呼び方というのはある意味なんでもいいわけで、僕からしたら自分だとわかる分には何でも構わないと思っている。
例えば数字でもいいし、ゼとかでもいい。
「セリカ殿、これからまた修行か?」
「はい! 私も進級できましたし、そろそろ魔法を教わりたいんです!」
……うん。この子を今すぐ突き落せばいいんじゃなかろうか。
「そういえばできたんだね、おめでとう」
「なんか試験が急に例年とは変わったみたいですけど、得意分野になったのでいけました!」
……もしかして、理事長が無理やり捻じ曲げたんじゃなかろうか。
いや、やり兼ねない。自分が理事長の学校に娘が通っていて、試験に落ちそうだったら暗黙の救済がありそうだし。
「この辺でいいか? 悪いが、俺の使い魔がこれ以上進みたがらないんだ」
小さく嘴をカチカチ鳴らしていると思ったらそういうことか。
確かに館が近くになればなるほど様々な魔法が組まれているわけだし。
「飛び降りるか?」
「なんでそんな野蛮なことしないといけないんだよ。お願いだから降りて」
死ぬぞ、この高さだと。
コータ君はやや意外そうな顔をしたが、もしかして忍者ってみんな空中から飛び降りる集団とかなのか?
「もしよければアヤメをこれから送り込んでもいいか?」
「一人来たら二人も変わらないから構わないよ」
この魔法を学ばんとする我が弟子を抑制するために友達であるアヤメちゃんを呼び出すことが必要だ。
やばいな……正直なところ打ち明けた方が早いんだろうけど、それで解決しているならそもそも僕は初対面で話しているんだよなぁ。
ここまで来てしまうとやや戻ってこれない位置に来てしまったのかもしれない。
僕らは烏から降りて、忍びはすぐさま烏とともに飛び立ってしまった。
「レイナ様は今はいらっしゃらないんですね」
「少しほっとしてる?」
僕は笑いながら聞くと、少し慌てたように訂正する。
「い、いえ。だってレイナ様とお話しすると緊張しちゃって」
「そういうもんかな。僕からしたらお姉さんみたいなもんだけど」
最低でも保護者ではない、断じてない。
僕はとりあえず館の掃除を始める。
僕が家事をやっていれば恐らく彼女は僕に修行をしてくれとは言ってこないはずだ。
そうしている間にアヤメちゃんが来れば、更に勝ちだ。
まあもう少ししたら夜ご飯を作らないといけないわけで、それまでに忍者娘が来るかどうか決まっている方が作る量を変えなくて済む。
僕がなるべく集中して、隣の視線に気が付かないように掃除を始める。
「私も手伝いますよ! 戸棚の整理でもしますか?」
「大丈夫、今日は一人で掃除したい気分なんだ!」
どんな気分だよ、ってツッコミが来ないか心配だが、レイナさんでもないから流石に平気だった。
「お久しぶりです、ゼロ殿…………何故そこまで掃除されているのでしょう」
思ったよりも時間がかかり、日が落ちてそろそろ夕ご飯の準備に取り掛からなければならないという時間でアヤメちゃんが来訪した。
手にはダンゾウさんからと思われる菓子折りを持っており、それを僕に渡してから疑問を呈した。
「いやー、よく来てくれたね。そして何故って、掃除って楽しくない?」
現実逃避するためだけに窓の掃除まで始めていた僕は途中からどこまで綺麗にできるかの挑戦していたようで、ようやく手を止めてアヤメちゃんを歓迎する。
「セリカもいるんですよね」
「うん、何やら料理を作ってくれているらしいよ」
アヤメちゃんの顔が引き攣る。
これから来る自分の運命を悟ったように。
「えっと……つまり、今はセリカ一人で料理を?」
「なんかね、自信満々だったんだよ」
「折角ゼロ殿の料理を食べられると思ったのに……」
心底残念そうな表情だ。一応アヤメちゃんも毒物料理を食べることができるようなので本気で食べたくないというわけではないらしい。
ただ、食事なんだし多少はおいしく食べたいというのがまともな感性のはず。
「でもなんか練習したって自信満々だったからね……」
「ゼロ殿、私も微力ながら地獄への旅は同行しますよ」
まるで地獄を見ることは決まったかのような言い方だ。
別に僕は食べられるからいいと思っているんだけどね。
と、そろそろ戻って食事にしないとね。
「あ、セリカ!」
「アヤメ! 来てたんだね!」
二人で仲良く手を握ってぶんぶんと腕を振っている。この二人は随分と仲良くなってくれて僕は嬉しいよ。
「ゼロ様、食事ができましたので呼びに来ました!」
アヤメちゃんはちらりと僕の顔を見て、覚悟を決めたように一息ついた。
「では、いきますか」
ごめんね、そんなに覚悟するなら代わりにご飯を作ればよかったよ。
因みに普通にまずい料理だった。
でも毒物を感じない、普通にまずい料理だった。




