第35話 賢人とは(前編)
「はぁ……なんでまた戻ってこないといけないんだ」
「そう言うな、【不可視】よ。この度の事件で大活躍だったらしいじゃないか、これでより認知度が増すというものだ」
「コータ君は他人事だからそんなこと言うんだけどさ、巻き込まれる側からしたらたまったもんじゃない。僕は静かにひっそり暮らしたいんだよ」
森の外れ。
僕とコータ君は馬車を待ち続けていた。
というのも事件の数週間後、僕は事件の参考人として呼び出しを受けていたのだ。
世界を揺るがす大事件だったようで、本当はもっともっと早くに呼び出される予定だったのだが、そもそも僕が音信不通、身元不明というのもあって難航していた。
レイナさんが仕方ないから呼び出しに応じたって言っていたから、多分面倒になったんだろう。僕は認識阻害の魔法が編み込まれたローブをレイナさんに作ってもらってそれを着込んで参加することになった。
で、その馬車を待っているところだ。
「ゼーロー君!」
「あれ、モカちゃんだ」
馬車が空を駆けながら僕らの方に近づいてきて、一人の少女が着地する前に飛びついてくるので一応受け止める。
かわす気満々だったけど、この高さで捻挫でもしたら可哀想だから。
「うわ、もっと嬉しそうにしてよ」
モカちゃんはすごく嬉しそうにニコニコしているが、後ろに着地したアルに脇腹を掴まれて強制的に引き剥がされる。
身長差が20cmくらいあるのでモカちゃんは空中にプランプランしている。
「アル君もお久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
「お迎えってお二人だったんですね。てっきりエルザさんかと思ってました」
モカちゃんは自分を通して会話しているのをムッとしたのか、頬を膨らませている。
因みにコータ君は今日僕の護衛なので完全に静観している。
「それについては馬車でお話ししましょう。どうぞ……モカ様も乗りますか?」
「うわ、アル。モカがついでみたいな言い方」
「そちらの忍びの方も」
「えー、なんでモカ無視されてるの?」
とか言いつつ、皆で乗り込むことに。
ペガサスは自然に飛び立つのだが、よく考えたらこの場には4人しかいないから誰が操っているんだろう。
普通僕の隣にはコータ君が、向かいに賢人と護衛になるはずなのだが、モカちゃんは僕にべったりで隣に座る。まあいいけれど。
「ねえねえ、モカ最近紅茶飲むようになったんだよ!」
「モカ様、この前まで絶対飲まないと仰っていましたが」
「まだまだモカちゃんとは冷戦状態だね。早く和解できる日が来ることを祈ってるよ」
コーヒー派だったモカちゃんを寝返らせることに成功したけれど、まだまだ予断を許さない。
というか、アル君の雰囲気が前会った時と少し違う。口数が多いし、そもそも賢人と護衛という立場にしては距離感が近い気がする。でも、二人が恋人というようには見えない。
「今回も持ってきたけど、飲む? みんな分のカップも持ってるし」
「俺もいいのか?」
「まあ、別にお酒でもないしいいんじゃない?」
興味津々とでもいうようにコータ君もカップを受け取ろうとしたが、モカちゃんがぴしゃりと言い放つ。
「そこの忍びとアル、あんたたちはダメよ。やめておきなさい」
「え、そうなの?」
僕は間抜けな声で聞き返す。
急に賢人らしい雰囲気のする威圧感のある言い方だったからびっくりしている。
「この紅茶、精神系魔法に対して解除するような力があるからやめておきなさい」
この言葉で完全に二人は停止した。
「……それは仕方ありませんね」
「忠告感謝する」
「え、どういうこと?」
モカちゃんは苦笑しながら僕からカップを受け取って一口流す。
「二人とも相応の洗脳魔法がかけられてるってこと。アルはモカの護衛として四六時中一緒にいるから、公には記憶に残せない情報もあるのよ」
「俺も似たような感じだな。敵に拷問されたとき対策だな」
アル君もコータ君も当たり前のように頷いているが、それは洗脳魔法を受けて入れているからこそなのか、そういう風に洗脳されているのかはわからない。
「そっか、それはごめんね。今度は普通の紅茶にするから」
そして僕はエルザさんの話を思い出した。
「そういえばエルザさんはどうしたんですか?」
モカちゃんはまた苦笑する。
そしてちらりと視線を送ってアル君に説明させるように指示している。
「エルザ様は今現在休職しております」
「……僕そこまで殴ってないと思うけど」
アル君は女性のみならず男性も虜にできそうなイケメンだからこその笑みを浮かべる。
「肉体的にはそうですね。ただ、ゼロ様の護衛でありながら敵に洗脳された挙句に、護衛対象を殺そうとした事実に相当精神的なダメージを負っていましたから」
あ、なるほど。
別に僕はそこまで気にしていなかったんだけどね。
「調べてみたら、あの仮面に洗脳系魔法が仕掛けられてたみたい。恐らく教団のボスが裏でやったんじゃないのかなー」
「現在も調査中です」
「で、ゼロ君と顔を合わせるのが気まずいから今日はお休みだって。で、代わりに抜擢されたのがモカ達ってこと」
いや、四大賢人に代役をさせるなよ。
「モカ様がゼロ様にお会いしたいということで、レイナ様に猛プッシュしていました」
多分レイナさんが適当に無茶ぶりをしたんだろう。そう思ったんだが、僕の表情を読んだのか、アル君が補足してくれる。
結構な頻度で僕の表情をいろんな人から読み取られる気がするんだけど、僕ってそんなに表情に出てる? ポーカーフェイスだと思っているんだけど。
「別にいーでしょー? 早くゼロ君に会いたかったんだしぃ」
……薄々感づいていたけれど、僕と交友関係のある人の中ではモカちゃんが一番幼い。
前にも思ったが、彼女は人の心を常に読み取っているからだろうが、セリカちゃんよりも多分子供だ。
うちのペット認定され始めている蛇も幼いけど、まだ彼女は子供だ。
「それはさておき、僕は休みたいから寝るよ」
「モカが膝枕してあげようか?」
「うん、おやすみ」
肯定しつつ無視して、僕は馬車の壁に身体を押し付けて目を閉じることにした。
因みに魔導協会本部は完全に修復されており、そこについたものの事情聴取は行われなかった。
代わりに行われたのは、五大賢人の就任セレモニーだった。
5人目の賢人は、なんと【不可視】だった。
いや、聞いてないんですけど。




