第23話 不仲な賢人たち
「ゼロ様、着きましたよ」
「ありがとうございます」
馬車はいつしか地上に降りており、活気のあるどこかを進んでいるようだ。
僕は窓の外をなるべく見ないようにして、眼を閉じて一度深く息を吐く。
大体10年ぶりの王都だ。
……自分の心臓の音が無駄に大きく聞こえる。なるべく平静を保ちたいのに、うまくいかない。
嫌な思い出が次々とフラッシュバックするが、唾液と一緒に飲み込む。
僕はあの時とは違う。今は【皇帝】レイナさんの弟子だ、僕に石を投げつけたり殴ってきたり、殺そうとしたりする者などいない。気にするな。
遂に馬車は完全に止まり、僕の気持ちを知らないエルザさんは扉を開けて先に外に出た。
「ゼロ様?」
馬車から見える景色は10年ぶりだが、あまり変わっていなかった。
石材で舗装された道路に、様々な人や人種が往来する活気あふれる街並み。
道路の端には大雨を逃がすための下水道に繋がっている排水溝など、僕が昔いた時と大きく変わっているものはない。
僕は馬車から出ようとしたが、どうしても一歩が進まない。
「あの」
「すみません、馬車で酔ってしまったので少し休んでもいいですか?」
一度腰を下ろす。
情けない、何が王都に行くのが構わないだ。
「救護班を呼びましょうか?」
「いえ、少し、ちょっとでいいので時間があれば」
エルザさんが心配そうに馬車の中に戻ってくる。
僕の額には脂汗がびっしりと浮かんでいるが、彼女は何も言わないでおいてくれるのが救いだった。
こういう時、精神系魔法が効かないのが嫌だと思う。勇気とか元気とか精神操作して与えてくれればいいのにって。
僕が重い腰を上げて、勇気を振り絞ったのは数十分後だった。
石の感触を靴裏で踏みしめながら、僕は一歩、また一歩と両足を着地させる。
「……大丈夫だ」
「あの、本当に大丈夫ですか?」
魔導評議会本部の建物の駐車場だったようだ。
森にある館を2,3個繋げたような巨大な会場で、お金がかけられている証拠に煌びやかな外観が広がっている。
「いきましょう、大丈夫です」
エルザさんに、というよりも自分に言い聞かせるように繰り返した。
「会議ってすぐにあるんですか?」
建物に入ってしまえば僕の動悸も収まってきており、ちょっと調子が出てきた。
本部の中ではスーツを着た職員がちょこちょこ見受けられるが、全体的には多くない印象だ。
その中では僕のようにローブを纏っている人間は非常に浮いている。
「あ、えっと」
エルザさんが時計を見ながら口ごもる。
「10分ほど前に」
廊下を小走りで進み、建物の内部を進む僕ら。
マジか、僕がダラダラしている間にもう会議が始まっているのか。
「レイナ様は普段から遅刻しているのでそこまで問題ではないかと思われます」
あの人の感性と一緒ではないので問題です、問題大ありです。
「お時間があれば先に館内のご案内をしたかったのですが、会議後にさせて頂きますね」
僕に頭を下げられるが、そもそも原因は僕なのだ。
「こちらです。一応基本私は後ろに控えておりますので何かありましたらすぐにお声がけください」
眼鏡を中指で上げ直し、スーツの皴などをなおした彼女はにこりと営業スマイルを浮かべる。
なるほど、会議には彼女もついてきてくれるものの、雑談できる雰囲気ではないと。
僕は目の前の扉を開く。
中はそこまで広くはない空間で、扉は僕が入ってきた場所だけだ。
異常なまでに高級な装飾や家具などが置かれた部屋であり、円卓が中央にでかでかと置かれていて何十人かで会議が出来るのではないかと思われるほど。
それなのに、椅子は5個しか置かれていない。
そのうち4つは既に埋まっており、入り口から最も遠い位置にはこれまた無駄に豪華な椅子が一つだけぽつんと置かれている。
部屋の中には合計8人の人間がおり、座っている四人のすぐ横にあまりの4人が控えている状態だ。
「【皇帝】も遅刻魔だが、その弟子も遅刻か」
初老の女性が頬杖を突きながら、苛立たし気に僕に聞こえる声量で言い放つ。
誰だろう、多分座っているから四大賢人の誰かだ。
僕の知識は10年前から更新されておらず、正直その時点では7大賢人だったから3人ほど削られているしそもそも覚えていない。
四大賢人は男女2名ずつで、高齢なのが二人。中年が一人。そして驚いたことに僕とそこまで変わらない年齢の少女が一人いる。
「やっほー、【不可視】君。待ってたよ」
少女が重苦しい空気をぶち壊すように手を振っている。
エルザさんが僕に奥の椅子に行くように示しているので、少女の座っている席の後ろを通って椅子の前まで歩く。
多分魔力があれば如何にこの場でとんでもない実力者たちが揃っているのかわかるのかもしれないが、生憎僕にそんな力はない。
……それを言うとそもそもレイナさんが一番とんでもないんだけれども。
「……座らないのか?」
僕が椅子の横で他の賢人の付き添いのように立っていると、40歳くらいの銀髪をオールバックにしている男性が質問する。
因みに席の配置で言うと、僕の左右が少女とこの男性。向かい側にご隠居していそうな二人だ。
「あ、えーっと」
ピリピリと緊迫した雰囲気は流石にわかる。
でも、僕は座らない。何故か、理由は簡単だ。
ここに座ってしまうと、僕がまるで四大賢人と同列みたいだからだ。僕は今回レイナさんの代わりに参加しているものの、別に会議を聞いているだけの役割なのだ。
座ったら何を聞かれるかわからないしたまったものではない。
「僕は【皇帝】の代わりに参加することになっているようですが、立場上は弟子なので四大賢人の皆様と同列に座ることは許されず、立っているのが身分相応かと思います。お気になさらずに」
エルザさんの立場が本来付き添いってことなんだろうけど、僕は断固譲るつもりはない。
僕の後ろで彼女も困ったような雰囲気をしているのはわかる。
ぴん、と張りつめた空気感になるが、僕がいきなりかましたからだろうか。
9人の18つの瞳が僕に只管注目が集まり続けて居るがどれくらい時間がたったのか、一瞬だったのだろうか。数秒だったのだろうか、沈黙を破ったのは紫色の髪の毛をサイドテールに結んでいる少女だった。
「アル、椅子を6個出して」
後ろで立っている中性的な顔をしているアルと呼ばれた長身イケメンに声をかけた。
「承知いたしました」
一度指を鳴らすと、どんな原理かはわからないが比較的簡素な椅子が生成される。
それぞれ各自の付き添いの下へ、そして僕とエルザさん分の6つだ。
「みんな座ればいいんじゃないの? これなら文句はないわよね、ねえ【猛吹雪】」
好戦的な視線を初老女性に向けた。
【猛吹雪】、噂で昔聞いたことがある。氷雪魔法を得意としており、天候すら変えてしまう膨大な魔力に、冷徹な性格で過去に魔王軍と相当やり合ったとか。多分僕の記憶が正しければ僕が王都にいた時から賢人の一人だ。
「……よいでしょう」
この時点で色々察していたのだが、この人たち絶対に仲は良くない。
これからの会議に不安を覚えながら、僕は隠れてため息を小さくついた。
レイナさん、絶対に面倒くさくて僕に丸投げしたな、これは。




