第12話 忍者の勘違い
「ネーカ、よく外してくれた。人間のミンチなんて流石に嫌だから」
一息ついてネーカの身体を撫でてあげる。
僕とアヤメちゃんの間で、尾はぎりぎり修正されて叩きつけられていた。ネーカが僕の命令に従ってくれたことよりも、その軌道修正に感謝だ。
「ひ……」
「あー、うん、なんかごめん」
目の前に音速で振り下ろされた攻撃を見て、ぺたりとしゃがみこんでしまった忍者娘。股間からは何か液体が漏れ出ているみたいだ。
「ちょ、ちょっと師匠!」
「え、僕じゃなくない?」
セリカちゃんは慌てて自分の上着をアヤメちゃんにかけてあげる。そもそも彼女が僕に敵意を向けたから悪いと思う。
黒装束は目にいっぱいの涙をためて、必死に零れないように我慢しているのが精一杯だったようで、無言だ。
「……ま、戦意喪失してるし館に戻ろうか。そこならお風呂もあるし」
一応ネーカに館の近くで待機してもらいつつ、僕ら三人は絶妙に気まずい時間を通して館に戻っていった。
不用心かもしれなかったが、セリカちゃんが率先して彼女の入浴や着替えなどサポートしてくれており、完全に放心状態になっていたのか全く抵抗しないようだ。
「はい、紅茶でも飲んで落ち着いて」
いつも通り高価な紅茶を出すが、最近ではセリカちゃんも特に気にすることなく飲んでいる。はじめはあんなに驚いていたのに。
「あ、ありがとう……ございます」
いきなり敵意を向けたものの、優しくされて少し困っているようだ。
しかし感謝をすることのできる礼儀正しさを持っているということだ。
黒髪をポニーテールとは違って少し高い位置で結んでいる。
「改めまして、僕はゼロ。なんか巷では【不可視】って呼ばれているみたい」
「その弟子のセリカです!」
「あの……先程は失礼しました。今は戦う気はありませんのでご安心を」
ネーカの一撃を見て、鎮静化されている。
何故僕をいきなり目の敵のように戦おうとしたのか確認する必要はある。
「アヤメちゃん、君は何故この森に来たんだい?」
「……【不可視】殿を前にして非常に言いにくいのですが」
と一つ前置きを入れる。
僕がいたら言いにくいことなんかあるのか。
「巷で【不可視】という二つ名が広まっていたのですが、元々は私が育った忍びの里の者がつけていた二つ名なのです」
で、気が付いたらよくわからん存在も確かではないらしい者が、忍び以外に隠密で名前を売っていると。だからその対象を確認、出会えたら命を奪ってその名前を取り返したかったと。その要約を聞いているうちに僕は察していたのだが、元々彼女の母親の二つ名のようだった。
当たり前だけど、そもそもそんな二つ名があったことは知らないのだが、それは少し申し訳ないことをした。今度謝ってもらおう、レイナさんに。
「しかし、その魔力遮断スキルに、影が薄そうな雰囲気、蛇を従えていることから【不可視】殿は一流の忍びとお見受けします」
ん? あれ? 僕って忍びだったのか?
隣でセリカちゃんも不思議そうに僕のことを見てくる。
「師匠って忍びの里出身だったんですか?」
「いや、なんで。というか影が薄そうな雰囲気って僕への誹謗中傷がひどい」
……この子も美人なのに、なんで僕の周りには残念美人しかいないんだろう。美人かは知らないけどネーカが一番まともな感性をしている気がしてきた。
「アヤメちゃんも蛇を仕えているの?」
僕の弟子とほぼ年齢が同じようで、入浴している間に多少話したらしい。コミュニケーション能力高いね。
「あ、うん。って……あれ?」
掌を上にしているが、何も起こらない。
そして僕は思い出す、館の敷地内ではレイナさんの魔法阻害によって召喚魔法、移動魔法などが行えない。
「ごめん、それレイナさんの魔法阻害で今できないかも」
「そ、そうなのですね」
森に迷い込んできたこの忍者娘をどうするか……今回はレイナさんが全く関与していないから僕が自由に決めていいんだろうけど。
「あの、【不可視】殿」
少し思いつめたようにアヤメちゃんがじっと見つめてくる。
「うん、トイレは応接室を出て少し進んだところで右手にあるよ」
「ありがとうございま……って違います!」
なんというノリ突っ込み。これはセリカちゃんではできない芸当だ。
「貴方は私がいきなり殺意を向けても、寧ろ使い魔を制止するだけでした」
うん、ネーカが殺しかけてたからね。
「更に、敵である私にも憐みの視線を向けて、館に招いてもくれました」
……流石に失禁してしまった少女を森の中に放置していくほど僕は鬼ではない。
「お風呂まで借り、私との格の差を身に染みました。是非セリカ殿の妹弟子でいいので弟子にして頂けないでしょうか」
「遠慮します」
今回は即答。
ただでさえセリカちゃんだけでも手に余っているのに、こんな忍者娘では無理だ。
気配の消し方とか魔力の遮断方法とか聞かれても何も言えないぞ、僕は。
「そこを何とか!」
「いや、無理なものは無理だよ。僕はセリカちゃんの指導で忙しいんだよね」
主に料理面。僕が教えているのはそれだけ。
よく考えたらただ毎日料理を作って、ペットに餌をあげて、農業を営んでいたら二つ名持ちになっているってことだ。
……みんなも山籠もりしよう、そしたら二つ名持ちになれるよ。
こんな小説書いたら売れるんじゃなかろうか。タイトルは、山籠もりしていたら二つ名持ちになっていましたとかにしようか。
「それに、セリカちゃんにも言っているんだけど、僕は師匠になれるような器じゃないんだよ。もっと他の人を当たってほしい」
「しかし、忍としての高みにはあなたがいるんです!」
必死の形相で、テーブルから身を乗り出して迫ってくるけど、僕は椅子の位置を少し引く。
押せばなんでも成功すると思ってはいけない、僕は現実を突きつけなければならないのだ。
そこから何分かの押し問答を繰り返すのだったが、僕は絶対に折れなかった。流石に弟子を二人取るのはまずい。そもそもレイナさんが強制していなかったらセリカちゃんすら弟子にしていないんだ。
なんでセリカちゃんといい、この子と言い一般人に弟子入りしようとするんだ!
只管断り続ける僕は強情だが、ここまで拒否されてもめげない彼女も強情だ。
「……とりあえず、これを渡しておくから。今日は一旦帰らないかい?」
僕が手渡したのは、レイナさんの魔力が込められたネックレスだ。
「これは?」
「いいなー! 私も欲しいです!」
「……セリカちゃんにも後であげるから話の腰を折らないで。実はこの家って皇帝お手製の防御魔法がかかっていて、許可ない者は辿り着けなくなっているんだよ」
初めて来たときのセリカちゃんが持っていた手紙も同じ役目がある。森全体に魔力が干渉していて、一元様お断りになっている。作っているレイナさんは勿論、僕は魔力がないから関係なく出入りできる。
つまり、お客様用ってことだ。
ネーカにも魔力のあるアクセサリーをつけているので、セリカちゃんが修行で森で戦っていたときには彼女が近くにいないと戻ってこれなかったという経緯もある。今は、魔力制御のブレスレットをつけているからそんなことはないけど。
「これがあればこの館にも自由に出入りできるから遊びにおいで。気が向いたら指導してあげるから」
絶対に気が向かないけどね。
僕は長年レイナさんの弟子になってから、学んだことがある。
それは、明日以降の僕に全てを丸投げするということが非常に大事だってことだ。
全ては後回し、なるべく後ろに。
渋々と言った感じではあったが、アヤメちゃんを一旦撃退することに成功したのだった。




