第11話 くノ一参上
それはセリカちゃんが来てから1ヶ月と少しくらいのことだった。
彼女はブレスレットをつけてから包丁を持ってもポテトを潰すことはなくなり、きちんと料理が出来るようになったのかというと、そういうわけでもなかった。
先天的な料理センスのなさをいかんなく発揮してくれている、見た目だけは多少まともでもなぜこんなにも不味く作られてしまうのか。
でも、前よりも食材が無駄にならないだけ成長したということだ。
「どうですか! 始めよりは随分料理っぽくなってませんか?」
「前は料理以前の問題だからね」
「うっ……いつまでも師匠に私の激マズ料理を食べさせるわけには。でも最近調子いいのはやっぱり物置までの道中での修業のおかげでしょうか!」
自分の料理を激マズだとは知っていたのか。僕は味覚が他の人よりも鈍感だから食べられるけれど、セリカちゃんは僕が作った料理を食べている。
因みにレイナさん曰く、セリカちゃんの魔力漏出は人間単位では捉えられないような極めて少量であり、感じ取れるのは敏感なモンスターくらいだそうだ。さりげなく自分は人間を卒業していることを告げている気もしたけど、実際のところレイナさんを人間扱いできる人はそうそういない。
「ウン、ソーカモネー」
「なんでネーカちゃんみたいな言い方なんですか?」
「あ、そういえば久しぶりにネーカに会いに行かないと。そろそろ拗ねてそう」
「かもですね、私もご一緒していいですか?」
物置の一件以来二人?の確執はなくなったようでちょこちょこ会っているらしい。
尤も、セリカちゃんが一方的に怖がっていただけかもしれないけど。
別に拒否する理由もないので頷く。
ネーカは僕の大事な友達だから、セリカちゃんと仲良くしてくれると自分のことのように嬉しい。
「じゃあ早めに行こうか」
既にネーカの身体は普段とそこまで変わらず、巨大な状態となっている。どうやったらそんなに早く成長するんだと言いたい。
小さくなってからまだ3週間程度しか経っていないという事実。
「ネーカちゃん、おはようございます!」
「ぜろ、せりか、オハヨ」
いつも通り僕の視界を完全に塞ぎつつ、挨拶を返してくれる。
明らかに初めてセリカちゃんと出会ったときよりも物腰が柔らかくなっている。
レイナさんを異常に嫌っているから、僕以外に懐かないと思っていたのだがそういうわけではないようだ。
「今日も果物を持ってきたよ」
「ぜろ、大好キ」
いつか手加減し間違えて僕は死ぬんじゃないかと思っている。
「ネーカ、最近何かあったかい?」
「ウーン?」
歯切れが悪い。何かあったのかもしれない。
彼女はこの森の番人であり、稀少な植物やモンスターなどの個体数をある程度保護する役割にある。
普通の人間では敵わない実力なので、実はこの森は非常に危険で獰猛なモンスターがいるとのことで一部の強者以外は入ってはいけないと広まっていることを知ったのはつい最近の話だった。
セリカちゃんがここに入ってきたのは、レイナさんの魔法で精神操作されていたみたいだったが、それを聞いて僕は寧ろ納得ができたのだ。こんな場所に一人で迷い込むのは危険すぎるから。
「せりかト同ジめす食ベチャッタ」
「……ネ、ネーカちゃん?」
少し青ざめたようにセリカちゃんが僕を見てくる。
一応ネーカには敵対する人間であれば襲ってもいいように言っているが……その言い方はなんなんだろうか。
食べちゃった……食べちゃった?
「吐キ出ス?」
「え、吐き出せるの?」
「ウン」
口を全開まで開いてフルフルと首を振ると……
真っ黒い塊が大量の唾液とともに地面に落ちた。
とりあえず近づくと、僕らと年齢の近い女の子のようだ。
黒装束を身に纏った女性で、口元を隠す手拭いに籠手、薄い帷子、足袋など特徴的な衣装だ。
文献で知っているけれど、これは忍者という種族だ。
「口ノ中ニ飛ビ込ンデキタ」
のんびり動き回っていたところに高速で動く女性が現れたため、反射的にそちらに顔を向けたら口の中に突っ込んでいったらしい。その衝撃で気絶してしまったらしく、ネーカも面倒なので丸飲みにしたようだ。
なんというミラクル、そして面倒がって丸飲みするな。
「あれ、ネーカの唾液って毒ないよね?」
「アルケド麻痺毒」
でも皮膚が見えている部分が殆どないからそこまで浴びていないかもしれない。
「セリカちゃん、彼女に水を浴びせてくれる?」
元気よく返事をして、水球を発生させる我が弟子。何故自らやらないのかとか聞かないいい子だ、本当に。
勢いよく水が発射され、唾液を一気に洗い流す。
気絶している人に水をかけるという非道な行為な気もしたけど、気がしただけだ。
「…………な、なにやつ!?」
びしょ濡れの少女が腹筋を使って急に上体を起こし、くるくると縦回転しながら跳躍して僕らから距離を取る。
ただ、回転し過ぎたのか、少しふらふらしている。この子、阿保の子かな?
「目回ってない?」
「お、お前たちが何者か聞いているんだ!」
主に僕に向かって聞いてくるのは何なんだろう。声からしてすごく警戒しているんだろうけど、そこまで怖くはない。
クナイを構えて、不思議な中腰に近い体勢で臨戦態勢を取っている。
「僕はゼロ」
「私はセリカです」
「ねーかハねーか」
「わぁっ!? 蛇がしゃべった!? というかでか!?」
いや、気づいてなかったんかい。
少女はネーカを見て、少し表情を綻ばせながら自ら名乗る。何者だと聞いてきてちゃんと自分も名乗るなんて礼儀正しいね。
「私はアヤメと言いま……?」
「僕の顔なんて見てどうかした?」
「ま、まさか師匠がイケメン過ぎて!?」
全力で首を振るアヤメちゃん。
そこまで全力に否定しないでほしい、僕だって傷つくこともたまにはあるんだよ?
というか今回は、まるで僕がイケメンみたいに言ったセリカちゃんが悪い。
「…………まさか、お前【不可視】では?」
「そうですよ! この方は最強の一角、かの有名な【不可視】様ですよ!」
なんで脇にいる君がそんなに自慢げなの?
僕は肯定したくないから、何も言いません。
すると、彼女はクナイをまた構えて真直ぐ僕に敵意を示す。
あ、それはまずい。
「ストップ、アヤメちゃん」
「問答無用!」
まずい、ネーカの射程範囲内だ。
「ネーカ、やめろ!」
大蛇の尾による音速の一撃が無慈悲にも彼女の上から振り下ろされた。




