第10話 師匠との雑談
「失礼します」
「おう、ゼロちゃん。あたしに何の用だい?」
帰ってきた夜、僕はレイナさんの書斎に訪れていた。
色々気になっていたことがあるからだ。
「助けて頂きありがとうございます」
「……いきなりなんだ?」
「あ、いえ。レイナさんがフローズンフロッグのボスを倒してくれたのかと」
「……ま、通り道にいたからな。あれがいるせいで万が一にもあたしのゼロが傷ついても困るしな」
普段はちゃん付けで茶化してくるのに、たまーに呼び捨てにされるとドキッとする。昔レイナさんに命を救われているから、僕は彼女のものと言っても間違いではない。
蛙のボスがいなかったからあんなにスムーズだったのだ。
だから半分も倒さずして蛙たちは引いていったのかもしれない。少し同情する。彼女の気晴らしで殺されたのだから。
「というかお前、セリカの魔力漏出何とかしろよな」
「僕にはわからないから仕方ないですよ」
僕の不用意な発言で機嫌が斜めになったレイナさんは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「あ?」
「いや、ちょっと考えさせてください」
彼女は無茶なことを言うが、無理なことは言わない。
僕が何か気が付く方法があったのだろうか。
「セリカが料理するときに全て崩壊することや、『あの子ばかり』攻撃されていたことから察してもおかしくなかっただろ。魔力を漏出し続けるような未熟者なんて野生のモンスターからしたらいい標的だからな」
「だから、その未熟者にフローズンフロッグが2匹やられたので彼ら引いたんですね」
なるほど、ボスがいなかったのもそうだがそれも追加されていたのか。
「……というか、もしかして弟子入りしてからずっと見てたんですか?」
よし、一緒にポテトを消費してもらおう。
「ゼロちゃんがセリカをおぶったり添い寝したりくらいは見てたぜ。まったく、イチャイチャするのは程々にって言ったろ?」
「いや、イチャイチャは断じてしてないです」
「ま、ゼロちゃんの好みは高身長の巨乳お姉さんだもんな。あと太腿」
「……それはいいとして」
否定できないから、とりあえず流すことにするが、僕は切り出そうか迷っている話題はあった。何故セリカちゃんを僕の弟子にさせたのか、そもそもの根幹を担う疑問だった。
だが長年一緒にいる経験上、こういう質問はレイナさんが答えてくれた試しがない。
聞くことで彼女の機嫌を損ねるぐらいなら、諦めて今ある現実を受け入れるべきだ。
「でなんだ?」
ニヤニヤしながら足を組み替えるレイナさん。替えた際に太腿までさらけ出されているが、特段気にした様子もなく寧ろ挑発的に見せつけているまである。
「……セリカちゃん、試験に受かりますかね?」
「あん?」
予想していた質問じゃなかったのか、拍子抜けしたように少し笑いながら頬杖をつく。
言動は乱暴だし適当だけど、所作は一々優雅で元々の美人もあって見惚れてしまう。
「どうだろうな、それはお前の修業次第じゃねえのか?」
「……それ、受からないって意味では」
「受かるかは知らねえけど、進級はできるだろ」
「……え?」
進級試験に受からなければ高等部へは行けないはずだ。それなのに関係なく進級できるってことなのか?
僕の反応が意外そうだったのか、レイナさんは首を傾げた。
「お前、聞いてなかったのか? これだけ言えばわかると思うが、セリカの苗字ノートルダムだぞ」
「…………」
セリカ・ノートルダム。
「いや、まさか聞いてないとは思わなかったわ。まったく、ホウレンソウの重要性を教えた方がいいんじゃないのか?」
「今度しますよ」
ノートルダム。
上流貴族でノートル学園の創始者であり代々理事長を継いでいる家系。つまり、彼女は理事長の娘か孫なのだろう。
流石に理事長の家系であれば落とすことなく忖度されるというわけだ。
いやいや、知らなかった。
僕は冷静さを保つように一度深く息をつく。
「その名前を聞いていたら弟子に取らなかったか?」
少しだけトーンを落としてレイナさんが聞いてきた。もしかしたら気にしているのかもしれない。
僕はなるべくいつも通りに返答する。
「セリカちゃんは関係ありませんよ。そもそもレイナさんが僕に強制させたじゃないですか」
「ま、それもそうだ。仮にゼロ、お前を昔退学にした学園の理事長の娘だとしても、公私を混ぜる人間でもないか」
ずきりと胸が痛くなる。
僕は口を開けたが、そこから言葉が紡がれることはない。何も言えなかった。
あの時の地獄が蘇るが、表情を変えない……変わっていないと思う。
「他に質問がなければ寝ろ、それかあたしと一緒に寝るか?」
にやりと笑いながら、挑発的にドレスの裾を上げてまた太腿を見せつけてくるので、なるべく見ないように真直ぐレイナさんに視線を合わせる。
そしていつものやり取りが起こっているので、僕の返答は決まっていた。
「おやすみなさい、失礼します」
翌朝、またレイナさんはどこかへ出掛けていた。
今回も手紙はなかった。
「レイナ様はもう行ってしまったんですね。色々お話を聞いてみたかったのですが、やはり世界最強なのでお忙しいのでしょうか」
「さあね、いつもこんな感じだから」
ふらっと数ヶ月家を空けることもあるし、数週間館にいることもある。
気まぐれというか気分屋というか、結構適当に生きているんだろうと思う。
「師匠、今日は調子がいい気がします!」
左手にブレスレットをしている少女は機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら台所へ入っていく。
今日ならこれ以上冷蔵庫にマッシュポテトを増やさないでくれるかもしれない。
それだけはレイナさんに感謝しつつ、僕も台所に入ることにした。




