第1話 美少女が弟子入りに来ました
「もしかして、貴方が【皇帝】様のお弟子様でしょうか!?」
「え、うん。まあ」
雲一つない快晴、やや汗ばみながら庭の手入れをしていた昼下がり、少女がそう声をかけてきた。こんな森の中にいきなり人が来るなんて珍しい、というか初めてレベルだ。
15,16歳くらいだろうか、その女性は恐らく平均から比べてもかなり小柄で、年齢よりも幼く見えそうだ。肩甲骨あたりまで垂れている金髪のポニーテールがゆらゆらと揺れている。
年齢の見当がついたのは、王立ノートル学園中等部の制服を着ていたからだ。
「是非貴方の、いえ、【不可視】様の弟子にして頂きたく来ました!」
「え、なんだって? いんびじぶる?」
いきなりよくわからないセリフを言われたのだが、流石に聞き間違いだろう。僕がこの世界に100人程度しかいない二つ名であるはずがないのだから。
僕の師匠が【皇帝】だの【独裁者】だの二つ名で呼ばれていることは知っていたから、はじめは肯定したが、いきなり不可視と言われていたら反応できななかった。
……じゃないじゃない、そんなことじゃなくて、なんで弟子入りに来ているんだ?
「あ、申し遅れました! 私、セリカって言います!」
「あ、ご丁寧にどうも。僕はゼロだよ。とりあえずよくわからないけど、ここは暑いから家にどうぞ」
正体不明だけど、正直暑いから屋外で立ち話は嫌だ。
僕よりも数歳前後年下であろう彼女、セリカちゃんはかなり綺麗な子だった。風貌が幼い雰囲気があるから可愛いといった方が伝わるかもしれない、僕の師匠とは違った系統だが美人と言っても問題ないレベルだ。
「飲み物は紅茶でいいかな?」
「あ、師匠に入れて頂くわけには!」
「いや、そもそも君の師匠じゃないし、それに初めて入った館でどうやってやるんだよ」
ツッコミを入れつつ僕は応接室に彼女を案内し、二人分のカップとティーポットを持っていく。
さて、全く状況がわからないが、一つ確信できることがある。
これは確実に師匠が原因だ。僕は10年くらいこの森で生活していて人間社会から離れていたわけだし、広めることのできる人と言ったら師匠以外知らない。
「まず、もう一度、なんでここに来たか教えてもらってもいいかな?」
「はい、はじめはですね、是非修行を積んでいただきたくて皇帝様にお会いしようと思っていたんです」
……この子は相当の世間知らずか、相当の実力者だ。
皇帝こと僕の師匠レイナさんはこの世界で自他ともに認める最強だ。いきなりそんな人間に弟子入りしようなんて普通の感性を持っている人間のやることではない。
彼女の話を聞くに、偶然にもセリカちゃんの父親が師匠と知り合いだったらしく、連絡を取り合ってこの森の場所を教えてくれたらしい。で、ここに来たと……どうやって?
「ん? ちょっと待って、そしたら僕関係なくない?」
とりあえずここまでは単純な話だ。セリカちゃんはレイナさんの弟子になりたい、ただそれだけ。
「それでですね、森に向けて出発と思ったら家の前で偶然、皇帝様の秘書だっていうすっごく美人なお姉さんとお会いしたんです!」
「…………」
「その秘書のお姉さんが言うには、皇帝は不可視という不肖の弟子がいるからこれ以上弟子は取れない。でもその不可視は弟子を探していると。私、世界屈指の強さと称される二つ名の方には殆どお会いしたことないので是非それなら不可視様の弟子になろうと思って!」
待て待て、ツッコミどころが多すぎる。
そもそもなんで家を出たら皇帝の秘書に出くわすんだよ、それでいきなり弟子の話をするなんて支離滅裂すぎる。そしてそもそも皇帝が弟子を取るから森の場所を連絡したんじゃないんかい。更にこの子最早誰の弟子でも良かったんじゃないか!
僕は深々とため息をついて、テーブルに肘をつきながら頭を抱えた。
師匠は僕が弟子になってからの10年もの間、ずっと修行と称して意味不明な命令や嫌がらせをさせて、死にかけたり死にかけたり死にかけたりするのをいつもニコニコニヤニヤ笑ってみている。
僕は皇帝の弟子だが秘書なんて知らないし、そもそも恐らくその美人は師匠本人だし、何故師匠が秘書を騙ったかはわからない。それでもこれは僕にとって不都合な事であることはわかる。
「……今更なんだけど、僕にいんびじぶるなんていう二つ名なんてついていないよ」
「流石は師匠、謙遜していらっしゃる!」
何故僕が知ってる美人な女性はこうも頭痛を引き起こさせようとする要素を持っているのだろうか。一々突っ込んでいたら話が進まないから流すけれど、ここで勘違いする要素がどこにあるんだ。
「私も詳細は知りませんが、皇帝様が不可視様の今までの功績を説明して魔導評議会が決めたようで……し、師匠? 何故笑っておられるのですか?」
なんて皮肉な二つ名をつけてくれた。
僕、ゼロには魔力がない。
この世の生命体には多かれ少なかれ魔力が宿っていて、それは人だろうがエルフだろうが、魔族やモンスター、植物ですら例外ではない。つまり、ある種生命体という定義として魔力の所持が挙げられるのだが、僕は生命体であるという事を世界から否定されてしまっていることに他ならない。
僕だって元々は普通に暮らしていた。でも、魔力がないという事で親に捨てられた。そして路頭に迷っていたところで偶然師匠に助けられ……正確には騙されてこの森で弟子になっていた。
そんな存在の二つ名が【不可視】とは。見えない存在ってことかよ。
「ごめんね。実は僕、秘書には知らせてなかったけど今は弟子を取っていないんだ」
この子を傷つけないように言葉を選ぶ。こんな森にわざわざ来た彼女に対して適当に断るという事はできない。とりあえず秘書と意思疎通が取れなかったという言い訳だ。
魔力があればこの子の強さを測れたかもしれない、しかし僕にはそれをする術を持たないし、彼女を強くする術を持たない。魔力を持たない人間にどうやって修行をさせようというのだ。まったく、いつもの師匠の無理難題だ。
セリカちゃんはびっくりしたように目をしばたいた。
おずおずとポケットから封筒を取り出すのだが、差出人は不明。
僕は受け取って無造作に開くと、中には紙切れ一枚。
『断ったらどうなるかわかってるよな? またお仕置きを受けたいわけじゃないよな? 可愛い女の子だからってイチャイチャするのも程々に。ゼロの愛する師匠より』
びり、という紙が破れる音がして僕ははっと我に返る。いかんいかん、イライラして思わず手紙を破り捨ててしまった。
無表情のまま僕は、突然の行動に驚いている彼女に詳細を求める。
ややしどろもどろになっているセリカちゃんが言うには、秘書のお姉さんが断った際にはこれを渡すように言っていたらしい。
つまり、ここまでレイナさんの手のひらの上だという事か。
……僕は腹を括らなくてはならないらしい。目の前には期待の目で見つめてくる小動物系少女を弟子に取るか、はたまた師匠からの死が希望だと思わされる地獄のような処罰を受けるか。
「…………よろしくね、セリカちゃん。僕のことは引き続き師匠って呼ぶように」
「え? あ、はい、師匠!」
変わり身が早すぎると思われたかもしれない、でも僕は数秒も迷わなかった。
過ちは二度繰り返してはいけない、人間は過去から学ぶ生き物なのだから。
こうして魔力0、魔法を一切使えない僕は少女の魔法の師匠となった。
……ついでに最強の一人だと勘違いされて。