Chapter3 √鳴海(文芸部+風夏)×√嶺二(文芸部-千春)-夏鈴ト老人=過ぎた千の春、ナミネを想う 中編
向日葵が教えてくれる、波には背かないで
Chapter3 √鳴海(文芸部+風夏)×√嶺二(文芸部-千春)-夏鈴ト老人=過ぎた千の春、ナミネを想う
登場人物
滅びかけた世界
ナツ 16歳女子
ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家、滅びかけた世界で“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。
スズ 15歳女子
マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。ナツと一緒に“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。
老人 男
ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。ボロボロの軍服のような服を着ている。
滅んでいない世界
貴志 鳴海 18歳男子
波音高校三年三組、学校をサボりがち。運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部副部長。
早乙女 菜摘 18歳女子
波音高校三年三組、病弱で体調を崩しやすい、明るく優しい性格。文芸部部長。
白石 嶺二 18歳男子
波音高校三年三組、鳴海の悪友、鳴海と同じように学校をサボりダラダラしながら日々を過ごす。不真面目だが良い奴、文芸部部員。
天城 明日香 18歳女子
波音高校三年三組。成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。文芸部部員。
柊木 千春女子
消えてしまった少女、嶺二の想い人。
南 汐莉15歳女子
波音高校に通っている一年生、文芸部と軽音楽部の掛け持ちをしている。明るく元気。魔女っ子少女団メインボーカル。
一条 雪音18歳女子
波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。天文学部部長。不治の病に侵された姉、智秋がいる。
双葉 篤志18歳男子
波音高校三年二組、天文学部副部長。
三枝 響紀15歳女子
波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。クールで男前キャラ。
永山 詩穂15歳女子
波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。おっとりとしている。
奥野 真彩15歳女子
波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。
安西先生 55歳女子
家庭科の先生兼軽音部の顧問、少し太っている
早乙女 すみれ45歳女子
菜摘の母、45歳には見えない若さ美しさを保つ。優しい、とにかく優しい。
早乙女 潤46歳男子
菜摘の父、菜摘とすみれを溺愛しており二人に手を出そうとすれば潤の拳が飛んでくること間違いなし。自動車修理を自営業でやっている。愛車のレクサスに“ふぁるこん”と名付けている。永遠の厨二病。
神谷 志郎43歳男子
波音高校三年の教師。鳴海、菜摘、嶺二、明日香、雪音の担任。担当教科は数学。文芸部顧問。怒った時の怖さとうざさは異常。
貴志 風夏24歳女子
鳴海の6つ年上の姉、忙しいらしく家にはほとんど帰ってこない。智秋と同級生で親友関係。仕事をしつつ智秋の病気を治すために医療の勉強をしている。
一条 智秋24歳女子
高校を卒業をしてからしばらくして病気を発症、原因は不明。現在は入院中。
貴志 紘
鳴海の父親、事故で亡くなっている。菜摘の父、潤と高校時代クラスメートだった。
貴志 由夏理
鳴海の母親、事故で亡くなっている。菜摘の母、すみれと高校時代クラスメートだった
Chapter3 √鳴海(文芸部+風夏)×√嶺二(文芸部-千春)-夏鈴ト老人=過ぎた千の春、ナミネを想う 中編
◯330滅びかけた世界:緋空浜(昼過ぎ)
浜辺には戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体がそこら中にに転がっている
緋空浜と書かれた看板が建っている
前日まで雨が降っていたせいで砂浜に水溜りが出来ている
緋空浜に到着したナツ、スズ、老人
ナツ「こんなところでする仕事って何?」
スズが空っぽになった缶詰をポイ捨てする
老人が缶詰を拾う
老人「(拾った缶詰をナツとスズに見せて)まさにこれだよ」
ナツ「どういうこと?」
老人「(拾った缶詰をナツとスズに見せたまま)考えろ、考えたら分かる」
周りを見渡し考えるナツとスズ
スズ「分かった!拾うんだ!」
頷く老人
老人「正確に言うとこの砂浜のゴミを片付けるのが仕事だ」
ナツ「自分が何をしてるのか理解してる?」
老人「してるとも」
ナツ「いや、理解してない。こんなに広いんだよ?不可能だ」
老人「不可能であろうが可能であろうが、やるべきことだろう」
老人は砂浜を歩き始める
スズ「ゴミって武器や遺体も?」
老人についていくナツとスズ
老人「そうだ、端から順に全て燃やす」
ナツ「何のために?」
老人「逆に聞くが、綺麗な海か兵器や骨が転がってる海、どちらがいい?」
ナツ「そう聞かれたら・・・綺麗な海の方がいい」
老人「だからするんだよ」
スズ「一人ぼっちなのに?」
老人「関係ないな、生きている限り止めるつもりはない(少し間を開けて)俺はもうそれだけをして生きている。毎日毎日、天気さえ良ければ俺は緋空浜行く」
ナツ「なんで?この町の住人はあんただけなのに。誰のためになるの?」
老人「生き甲斐ってものを知ってるか?」
スズ「生き甲斐ってどういう意味?」
老人「生きようって価値に値するもののことだ、人によってはそれが喜びや幸せになる。君らにもあるだろう?」
ナツ「生き甲斐か・・・」
スズ「なっちゃん、私たちの生き甲斐は食べることだね〜」
ナツ「それはスズだけだろ」
老人「食べるために生きようって気持ちになれるならいいと思うが・・・」
強く頷くスズ
老人「俺は緋空浜を綺麗にするのが生き甲斐なんだ」
スズ「ご飯もゴミと同じくらいあればいいのに〜」
老人「そうだな。ナツ、君の生き甲斐は?」
スズ「(即答する)食べること!」
老人「食べることか」
ナツ「それはスズだって、私は違う」
スズ「えぇ〜、食べることじゃないの〜?」
ナツ「少なくとも食べることではない」
スズ「じゃあ何?」
考え込むナツ
ナツ「私の生き甲斐は・・・ (かなり間を開けて)ない」
スズ「ないぃ!?」
ナツ「ない」
老人「ならどうして生きてる?」
ナツ「生きてる・・・から?」
老人「君たちはどこから来た?」
スズ「と?」
老人「と?」
スズ「とっと?」
老人「とっと・・・り?」
スズ「あったりぃ!」
老人「鳥取県民がどうしてこんなところに?」
ナツ「私は鳥取から来たんじゃない、隣の島根出身」
老人「そんな二人が出会って、どうやってここまで来たのか知りたいね。旅してきたんだろ?」
ナツ「寄り道をしながらね」
老人「旅の土産話を良ければ聞かせてくれないか」
スズ「なっちゃん、ジジイに私たちの歴史を教えてやってよ」
ナツ「めんどくさいな・・・」
老人「(懇願する)頼むよ、目的地はまだまだ先なんだから」
ナツ「分かった、その代わり文句言うな。すごい長い話だけど」
老人「いいとも」
◯331滅びかけた世界(約七年前):ナツの家 リビング(朝)
埃っぽくゴミが溜まっているリビング
ナツが二階から降りて来る
ナツの母親が床に座っている
壁にもたれ掛かっている母親
青白く痩せている母親
ナツ「ママ、起きて」
母親の体を揺さぶるナツ
ナツ「風邪引くよ」
起きる気配のない母親
ナツ「ママ?」
母親はバランスを崩しそのまま床に倒れる
母親の隣に赤くなったカッターが落ちている
母親の服や周囲が赤い
母親の左手は乾き切ったドス黒い血で染まっている
ナツはしゃがみ、母親の左手を持ち上げて見る
ナツは見るのをやめトイレに駆け込む
トイレで吐くナツ
◯332滅びかけた世界(約七年前):ナツの家 リビング(昼)
服を畳んでいるナツ
服を畳み終え大きなリュックサックの中に詰め込むナツ
キッチンから残りの食料を取り出しリュックサックに詰め込むナツ
時間経過
リュックサックを背負うナツ
母親に別れを告げ、家を出るナツ
◯333滅びかけた世界(約七年前):外(昼)
快晴
家を出てすぐ
建物の多くは損壊していて、草木が生い茂っている
ガタガタな地面
ボロボロな民家
周りを見ながら恐る恐る歩いているナツ
ナツ「どこに行こ・・・」
少し歩いてナツは小さな本屋を見つける
消えかかった文字で河合書店と書かれている本屋
◯334滅びかけた世界(約七年前):河合書店内(昼)
とても小さな本屋
店内は少し荒らされていて汚い
ナツは旅行雑誌と日本地理の本と文庫本を数冊盗み店を出る
◯335滅びかけた世界(約七年前):野営(夜)
道のど真ん中で焚火をしているナツ
乾パンを食べながら盗んだ旅行雑誌と日本地理の本を照らし合わせているナツ
”砂丘だけじゃない!?鳥取の魅力を全載せ!!”という見出しのページを見ているナツ
鳥取について書かれているページを少し折るナツ
旅行雑誌と日本地理の本を閉じて盗んだ文庫本を読み始めるナツ
読み終えたページは破って焚火の中に放り込むナツ
◯336貴志家リビング(日替わり/朝)
制服姿で椅子に座ってテレビを見ている鳴海
時刻は七時半過ぎ
緋空浜にいるニュースキャスター
ニュースキャスター3「来月の上旬に予定されている海開きですが、今年は例年に比べて梅雨のシーズンが短く雨量も少ないため前倒しになるかもしれません」
テレビを消す鳴海
カバンを持ちリビングの電気を消して家を出る鳴海
◯337波音高校三年三組の教室(朝)
教室に入る鳴海
朝のHRの前の時間
神谷はまだ来ていない
どんどん教室に入ってくる生徒たち
教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている
菜摘、明日香、嶺二が窓際で喋っている
菜摘が鳴海のことに気が付き手を振って来る
小さく手を振り返す鳴海
自分の席に荷物を置き菜摘たちのところに行く鳴海
菜摘「おはよー!」
鳴海「おはよう」
嶺二「鳴海、聞いてくれよ。今日全員の昼飯を奢れって明日香がうるせえんだ」
明日香「あったり前でしょ!!!部誌が完成しなかったら全員のご飯を奢るって約束だったじゃん」
鳴海「そんな約束もあったな。じゃあ俺、醤油ラーメンとチャーハンでよろしく」
菜摘「私はデザートを奢ってもらおうかな」
嶺二「勝手に話進めんな!!」
明日香「嶺二、この期に及んでまだ言い訳するつもり?」
嶺二「言い訳じゃねえって!今回は特例だからしゃあないだろ!?」
菜摘「何が特例なの?」
鳴海「何日間もサボってた方が悪いんだぞ」
嶺二「と、特例と言いますか・・・れ、例外だと思うんですけど」
明日香「どっちも同じ意味です」
嶺二「どうか情けを・・・」
菜摘「そうだね・・・」
嶺二「菜摘ちゃん!」
菜摘「この間のお礼を兼ねて文芸部だけじゃなくて軽音部の皆さんにも嶺二くん奢りなよ」
嶺二「な、菜摘ちゃん?頭がおかしくなっちゃったのかな?」
明日香「菜摘、天才」
菜摘「でしょー!」
鳴海「ただでライブ聞かせてもらったもんな、礼くらいしないと。(かなり間を開けて)嶺二が」
嶺二「なんで俺一人!?」
明日香「決まってるでしょ」
鳴海「(頷き)だな」
菜摘「部誌を書かなかったから」
鳴海「昼飯じゃなくて放課後にしようぜ、放課後ならみんな集まるだろ」
嶺二「待て待て待て待て、話がデカくなってるぞ!!!」
菜摘「そうだね、今日の放課後はそれで決まり!!」
嶺二「無理無理無理無理、そんなに奢れんって!!!」
明日香「黙って奢ればかっこいいのに・・・」
嶺二「黙って奢れるほど金持ちじゃねーんだよ!!」
雪音が教室に入って来る
自分の席に荷物を置く雪音
雪音が登校して来たことに気が付き手を振る菜摘
雪音は手を振り返し鳴海たちのところにやって来る
菜摘「おはよー」
雪音「おはよう」
明日香「雪音、今日の放課後は嶺二が何でも好きなものを奢ってくれるって」
雪音「なんでも!?凄いね」
嶺二「(小声でボソッと)何でもなんて言った覚えがないんだが・・・」
鳴海「何を奢ってもらうか考えておいた方がいいよ、幾らでもいいらしいから」
嶺二「おい」
雪音「あーでも、私今日部活出れない・・・」
菜摘「バイト?」
首を横に振る雪音
雪音「病院」
明日香「風邪?」
雪音「ううん、(かなり間を開けて)実は・・・姉が入院してて・・・お見舞いに」
明日香「そうなんだ・・・お大事に」
雪音「ありがとう」
◯338波音高校のベンチ(昼)
快晴、気持ちの良い天気
ベンチに座っている鳴海、菜摘、嶺二
鳴海と嶺二はコンビニのパンを食べ切っている
菜摘はすみれの手作り弁当を食べている
ベンチはたくさんあり、友達同士やカップルがご飯を食べるのに使っている
菜摘「鳴海くん、病院で雪音ちゃんのお姉ちゃんと会ったの思い出した?」
鳴海「いや・・・覚えてない」
嶺二「何、二人は会ったことあるの?」
菜摘「多分」
嶺二「多分?ずいぶん微妙な答えだな」
鳴海「よく分かんねえんだよ、はっきりと覚えてない」
菜摘「雪音ちゃんが言うには、学園祭が終わった後病院で会ったらしい」
嶺二「学園祭が終わった後・・・って・・・それって・・・」
鳴海「だから記憶がはっきりしないんだ」
菜摘「でも学園祭に来てたのは覚えてるよ」
鳴海「来てたのか?」
嶺二「来てたとしても俺は知らんわ」
菜摘「来てたよ、鳴海くんのお姉ちゃんと一緒に回ってたもん」
鳴海「姉貴と・・・?」
嶺二「何でもかんでも忘れちまうんだな、また殴ろうか?」
焼きそばパンを口に詰め込む嶺二
鳴海「やめろ」
ホットドッグを口に詰め込む鳴海
菜摘「ほんとに覚えてないの?車椅子で来てたよ」
鳴海「あー、車椅子かー」
嶺二「思い出したのか?」
鳴海「いや」
嶺二「思い出してないんかい」
鳴海「思い出してないな、面談で姉貴が来るからその時に聞いてみるかぁ・・・」
嶺二「クソっ、面談があるんだった」
菜摘「明日から一週間部活なしだよ」
鳴海「やっぱ今月号は嶺二抜きだ、もう間に合わん」
菜摘「奢りは確定だね」
嶺二「最悪だ・・・」
◯339波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夕方)
外で活動している運動部の掛け声が聞こえる
一ページごとに印刷した部誌が机に並べてある
順番ずつに一枚一枚を取ってホッチキスで止める文芸部員たち
テキパキ動いている鳴海、菜摘、明日香、汐莉
汐莉「嶺二先輩、遅い」
明日香「慌てて二枚取らないでね、余分に印刷してないんだから」
嶺二が紙を取るのに手こずり、後ろの明日香と汐莉が詰まっている
嶺二「(イライラしながら大きな声で)あー!!!!取れねえ!!!!!」
鳴海「(ホッチキスで留めながら)お前マジで不器用だな」
嶺二「(イライラしながら大きな声で)うるせえ!!!!!」
菜摘「慎重にやれば簡単だよ」
嶺二「(イライラしながら大きな声で)出来ないんだよそれが!!!!!」
明日香「(嶺二をどかして)ちょ、邪魔」
嶺二をどかして紙を取る明日香
汐莉が紙を取って嶺二に渡す
嶺二「(紙を受け取り)ありがとう汐莉ちゃん」
次の紙を取ろうとして再び苦戦する嶺二
汐莉「先輩は突然人違いして後輩の前で泣き出すし、部誌も書いてこないし、一週間学校をサボるし、紙すら取れないし、一人じゃ何も出来ないんですね」
嶺二「面目ない・・・」
鳴海「南、辛辣過ぎ」
汐莉「だってそうじゃないですか」
明日香「否定出来ないでしょ」
菜摘「まあまあ・・・」
鳴海「嶺二も頑張ってるんだからその辺にしてやれよ」
汐莉「(鳴海の方を見て)鳴海先輩」
鳴海「何?」
汐莉「かく言う先輩も今回はネタ切れにつき読書感想文を書いただけなんですよね?」
鳴海「(小さな声で)はい」
汐莉「鳴海先輩と嶺二先輩は文芸という文化をなめてます。(少し間を開けて)最終学年なんですよ?せめて部活動くらい真面目に参加するべきだと思います」
鳴海「はい・・・」
嶺二「善処します・・・」
菜摘「来月からはちゃんと部誌書いてもらうからね」
鳴海・嶺二「はい・・・」
雪音が部室に入って来る
菜摘「あれ?お見舞いは?」
雪音「行くんだけど・・・その前に少し話したいことがあって・・・」
真剣な表情をしている雪音
雪音の表情を見て作業をやめる文芸部員たち
菜摘「話って?」
雪音「姉のことなんだけど・・・」
菜摘「うん」
雪音「私の姉は二十四歳。浪人してた頃に心臓の病気になったんだ・・・(かなり間を開けて)ドナーって分かるよね?よくドラマとか映画でドナーが見つからないってセリフあるじゃん?私の姉もまさにそれで・・・いつドナーが見つかるか分からないからこの一年はずっと入院してる。最初はそんなに酷くなかったんだけど・・・今は症状も重い。ドナーが見つからなかったら・・・多分長くない」
少しの沈黙が流れる
雪音「医者はドナーが見つかったら奇跡だって言ってた」
嶺二「人を救う立場の奴がそんな言い方しちゃダメだろ・・・」
鳴海「ドナーってそんなに見つからないのか?」
雪音「姉の場合はドナーが見つかっても、適合率が低い。同じ条件じゃないと手術出来ないんだよね」
菜摘「手術したら助かるの?」
雪音「絶対に助かるとは言い切れない、でも手術をしないと・・・(間を開けて)今日みたいに部活を休む日は・・・お見舞いか・・・姉の容態が・・・」
菜摘「大丈夫だよ、ドナーは見つかる」
雪音「どうして言い切れるの?」
菜摘「だってここは奇跡が起きる町だよ(少し間を開けて)波音町の神様は一生懸命頑張っている人のことを見捨てたりしない。きっと今だって雪音ちゃんとお姉さんのことを見てると思う」
雪音「神様なんて・・・そんなのいるかどうか・・・」
菜摘「そうだね、でも必ずドナーは見つかる。近いうちにね」
雪音「それ、私は信じていいの?」
菜摘「信じなきゃ!」
◯340波音高校職員室(放課後/夕方)
職員室ではたくさんの先生たちが各自の席に着いてプリントの用意をしたり、明日の授業の準備をしている
同様に神谷も自身の席で数学の教科書を見ながらプリントを見直している
鳴海と菜摘が職員室に入る
二人は印刷した部誌を両手に抱えている
菜摘「神谷先生」
鳴海と菜摘に気が付き作業をやめる神谷
鳴海たちのところにやって来る神谷
菜摘「(両手に部誌を抱えながら)部誌、出来ました」
神谷「おー、これは七月号になるんだな?」
菜摘「(両手に部誌を抱えながら)はい」
神谷「預かるよ」
菜摘が部誌を神谷に渡す
部誌を受け取る神谷
神谷「(両手に部誌を抱えながら)ごめん、鳴海。俺の机まで運んでくれ」
鳴海「(両手に部誌を抱えながら)了解っす」
鳴海と神谷は部誌を運び神谷の机に置く
菜摘は鳴海のことを待っている
神谷「サンキュー、後で読ませてもらうよ」
菜摘「お願いします」
職員室を出ようとする鳴海と菜摘
鳴海・菜摘「失礼しました」
神谷「あーちょっと待って二人とも!」
立ち止まる鳴海と菜摘
神谷「明日から面談だから部活はなしな?」
鳴海「知ってるっす」
神谷「あー・・・知ってるのか」
鳴海「俺意外とHR聞いてますよ」
神谷「意外とってなんだよ」
鳴海「たまぁに聞いてない時もあるっす」
神谷「ちゃんと聞きなさいよ。(少し間を開けて)とりあえず知ってるなら良しだ、昼飯食ったらすぐ下校するように」
頷く鳴海と菜摘
職員室を出る鳴海と菜摘
◯341波音高校廊下(放課後/夕方)
職員室を出て部室に戻っている鳴海と菜摘
校舎内では様々な文化部が活動しているため生徒も多い
鳴海「菜摘」
菜摘「何?」
鳴海「一条を励ましたいのは分かるけどさ、ドナーは見つかるって簡単に言い切るのは・・・良くないと思うぞ」
菜摘「そういうつもりで言ったんじゃないよ」
鳴海「励ますためだろ?」
菜摘「(首を横に振って)ううん」
鳴海「えっ?じゃあ何のために?」
◯342波音総合病院/一条智秋の個室(放課後/夕方)
綺麗な夕日が差し込んでいる病室
ベッドで横になっている智秋
痩せ衰えている智秋
智秋の鼻にはチューブが差し込んである
丸椅子に座っている雪音
ベッドの横のテーブルには智秋が読みかけている小説や、雪音と撮った写真が飾られている
楽しそうに喋っている雪音と智秋
菜摘「(声)分かるんだ、ドナーは見つかるって」
鳴海「(声)直感か?」
菜摘「(声)直感とは違うかな」
鳴海「(声)未来が・・・分かるのか?」
菜摘「(声)未来は分かんないよ、分かるのはドナーのことだけ」
鳴海「(声)でも・・・これで見つからなかったら・・・」
菜摘「(声)見つかるよ、絶対。奇跡が起こるんだ」
◯343波音高校廊下(放課後/夕方)
職員室を出て部室に戻っている鳴海と菜摘
校舎内では様々な文化部が活動しているため生徒も多い
菜摘「神様に誓って断言出来る」
真剣な表情をしている菜摘
鳴海は菜摘のことを見ている
鳴海「(声 モノローグ)どうして菜摘が断言出来るのか、何を根拠にしているのか、その自信はどこから来ているのか、俺には全てが謎だった。けど、菜摘の言ってることは心の底から信用出来る気がした。まさに直感がそう告げている。(かなり間を開けて)翌日、菜摘は体調を崩した」
◯344滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(日替わり/昼)
快晴
旅を続けて鳥取県に辿り着いたナツ
杖を突きながらゆっくり歩いているナツ
建物の多くは損壊していて、草木が生い茂っている
ガタガタな地面
ボロボロな民家
滴る汗、苦しそうな表情をしているナツ
杖を置き、リュックを下ろし座り込むナツ
リュックから水筒と一冊の本を取り出すナツ
水を飲むナツ
水筒をリュックにしまうナツ
怪我の緊急対処法という題の本を読むナツ
本を閉じるナツ
ボロボロになったスニーカーを見ているナツ
慎重に右足のスニーカーと靴下を脱ぐナツ
足の裏を見るナツ
皮が剥がれて血塗れになっている足の裏
同じように左足の靴下と靴を脱ぐナツ
親指の爪が剥がれかけている
ナツ「(深呼吸をして)ふう・・・」
リュックから医療キット、ピンセット、タオルを取り出すナツ
もう一度深呼吸をするナツ
タオルを咥えるナツ
ピンセットで爪を剥がしていくナツ
痛みで絶叫するナツ
◯345滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/とある家のキッチン(昼)
荒らされて散らかっている家
窓は割れ、床にはゴミが散乱している
スズはキッチンを漁っている
スズ「何もないなぁ〜」
食料を探しているスズ
食料じゃないものはポイポイと放り捨てていくスズ
ナツ「(爪を剥がしている 絶叫)うううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
食料を漁るのをやめ割れた窓から外を見る
スズ「(外を見ながら)怪獣?」
◯346滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(昼)
タオルを咥えたまま荒い呼吸をしているナツ
痛みで泣いているナツ
剥がした爪を捨てるナツ
医療キットからアルコール消毒液を取り出すナツ
消毒液のボトルのキャップを取り外すナツ
◯347滅びかけた世界(約六年前):鳥取県:とある家のキッチン(昼)
割れた窓から外を見ているスズ
ナツ「(消毒液をかけている 絶叫)うううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
スズ「(外を見ながら)また怪獣が鳴いた」
スズは窓を見るのをやめて家を出る
◯348滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(昼)
咥えてたタオルを取るナツ
汗だくなナツ
医療キットからガーゼと包帯を取り出すナツ
両足の裏側、爪が無くなった親指にガーゼを貼り包帯を巻くナツ
包帯を巻き終えたナツ
タオルを地面に敷き、仰向けになるナツ
空に向かって手をのばし、日光を防ぐナツ
空に向かって中指を突き立てるナツ
中指を突き立てるのをやめて腕を下ろすナツ
ナツ「あっついな・・・」
怪我の緊急対処法という題の本を顔に乗せるナツ
眠るナツ
◯349滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(昼)
眠っているナツ
杖で突っつかれているナツ
突っついているのはスズ
起きないナツ
突っつくのをやめるスズ
静かに杖を地面に置き、ナツのリュックを漁り始めるスズ
乾パンを見つけ勝手に食べるスズ
時間経過
夕方
乾パンを食べ終え、リュックを枕に眠っているスズ
スズの周りには乾パンのゴミが散らかっている
目を覚ますナツ
顔に乗せていた本をどかし、体を起こすナツ
目を擦り周りをよく見るナツ
ナツ「(スズのことを見て)やられた・・・」
杖と本を拾うナツ
スズに向かって本を投げるナツ
本はスズに当たる
驚いて目を覚ますスズ
ナツ「(杖をスズに向けて)あんた、誰」
スズ「(慌てて立ち上がり)お前こそ誰だ!!」
ナツ「(杖をスズに向けて)あんたが食べた乾パンの持ち主だよ」
スズ「乾パンは落ちてた、だから食べた」
ナツ「(杖をスズに向けて大きな声で)落ちてたんじゃない!!置いてたの!!」
スズ「ふうん、落ちてるように見えた」
ナツ「(杖を地面に置いて)残りは?」
スズ「残りって何?」
ナツ「(大きな声で)乾パンの残りの数だよ!!」
スズ「あー、ない」
ナツ「はい?」
スズ「全部食べた」
少しの沈黙が流れる
リュックから水筒を取り出し、水を飲むスズ
水を飲み切るスズ
スズ「(水筒を逆さまにして)無くなっちゃった」
ナツ「(大きな声で)死ね!!!!!野垂れ死ね!!!!!餓死しろ!!!!!」
スズ「そんなに怒らなくても〜」
ナツ「(怒鳴り声で)もう水と食べ物がないんだよ!!!!!全部お前のせいだ!!!!!!」
スズ「怒る前に探せば良いと思う」
ナツ「(怒鳴り声で)怪我して歩けないの!!!!!」
スズ「(リュックの方を見て)歩けないんだ・・・」
水筒をリュックにしまうスズ
ナツのリュックを背負うスズ
スズ「じゃっ!!」
スズはフラフラとどこかに行く
ナツ「死ね!死ね!!(叫び声で)お前なんか死んじまええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
スズ「(立ち止まって)この声・・・さっきの怪獣と似ているような・・・(少し間を開けて)まーいいやー」
再び歩き始めるスズ
◯350滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(夜)
月と星の灯りしかない道路
スズにリュックを盗まれ、火を起こす道具がないナツ
仰向けになって空を見ているナツ
ナツ「寒い、お腹すいた、喉渇いた・・・」
スズ「(声)全部食べた。そんなに怒らなくても〜。怒る前に探せば良いと思う」
ナツ「あいつのせいでこんな目に・・・」
杖を手に取り、無理して立ち上がるナツ
少し歩くと足の親指付近の包帯が赤く染まる
諦めて座り込むナツ
足の裏側を見るナツ
両足共に赤く染まっている
ナツ「もう無理・・・死ぬ・・・」
仰向けになるナツ
◯351貴志家リビング(日替わり/朝)
時刻は七時過ぎ
制服姿で椅子に座ってスマホを見ている鳴海
外は雨が降っている
テレビでは梅雨のニュースをやっている
気象予報士「今日、明日、明後日は強い雨が予想されます。傘の他にタオルを持ち歩くと良いでしょう。地域によっては警報や注意報が発令する・・・」
時刻は七時半過ぎ
菜摘からLINEが来ている
菜摘「(声)風邪引いたみたい、今日は学校休むね。移してたらごめん・・・」
スマホをポケットにしまう鳴海
カバンを持ち、テレビとリビングの電気を消す鳴海
傘を持ち家を出る鳴海
◯352波音高校三年三組の教室(朝)
教室に入る鳴海
朝のHRの前の時間
神谷はまだ来ていない
教室の窓から雨が見える
どんどん教室に入ってくる生徒たち
教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている
明日香、雪音は女生徒たちと喋っている
嶺二はまだ来ていない
自分の席に荷物を置き、座る鳴海
少しすると嶺二が教室に入って来る
嶺二は自分の席に荷物を置き、鳴海のところにやって来る
嶺二「菜摘ちゃんがまだ来てないなんて珍しいな」
鳴海「あいつは休みだよ」
嶺二「休み?なんで?」
鳴海「風邪だってさ」
嶺二「あーね・・・心配だな」
鳴海「ああ」
嶺二「確か菜摘ちゃん、体弱いんだろ」
鳴海「そうらしいよ、詳しくは知らんけど」
嶺二「この間も風邪引いてたもんな」
鳴海「この間っていつだ」
嶺二「まーた忘れたんか」
鳴海「風邪引いてたのは覚えてる、時期は忘れたわ」
嶺二「ほら、まだ部活が出来てなかった頃だよ」
鳴海「ああ・・・あれってまだ文芸部が設立する前かぁ・・・」
嶺二「必死に部員を探し回ってた時な」
鳴海「なんか思い出してきたぞ、マックで張り込みをしてたっけ?」
嶺二「そうそう、千春ちゃん待ちしてた」
深いため息を吐く鳴海
嶺二「なんだよ?」
鳴海「菜摘がいない時に好き放題やってたなって思ってさ」
嶺二「ほんとだぞ、心の広い部長に感謝した方がいい」
鳴海「まあ、菜摘のおかげで俺たちのダメ人間っぷりも少しはマシになったしな」
嶺二「まだ真人間じゃねーけど」
鳴海「そりゃそうだわ、ただ学校来るようになっただけだし」
嶺二「当たり前のことだって言われたらそれまでだもんな」
鳴海「つか当たり前のことを出来ない俺らって・・・」
嶺二「ただのダメ人間や」
◯353波音高校の三年三組の教室(昼)
面談があるため午前授業のみ
帰宅する生徒や、学校で昼食を取ってから帰ろうとする生徒
教材をしまい、コンビニのパンとペットボトルのお茶をカバンから取り出す鳴海
コンビニのビニール袋を持って鳴海のところにやって来る嶺二
鳴海「飯食って帰るかぁー」
嶺二「どこで食う?食堂はもう空いてないぜ」
鳴海「階段だな」
嶺二「あんなきったねえとこで食うのかよ・・・」
鳴海「教室より良い場所だ」
嶺二「そうかぁ?教室の方が良くね?」
鳴海「いや、階段だ」
嶺二「先客がいねえといいけど・・・」
階段に向かう鳴海と嶺二
◯354波音高校四階階段/屋上前(昼)
天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている扉
学園祭で使った天文学部の道具が扉の前に置いてある
階段に座っている鳴海と嶺二
カレーパンを食べている鳴海
コンビニのビニール袋から焼きそばパンを取り出す嶺二
ぺったんこに潰れている焼きそばパン
嶺二「俺の命の源、焼きそばパンが・・・無残な姿に・・・」
焼きそばパンを見て笑う鳴海
鳴海「(笑いながら)どうしてそんなに潰れてんだよ?」
嶺二「不慮の事故だ」
鳴海「潰れ過ぎだろ」
嶺二「あーテンション下がるわぁ、雨だし、潰れてるし、雨だし、今日俺の親面談あるし」
鳴海「梅雨だからな」
大きく口を開けて一気にカレーパンを食べる鳴海
嶺二「信じられねえわ、今年は梅雨でも雨降らんって言ってたのに」
鳴海「誰だそんな嘘を言ったのは」
嶺二「お天気お姉さんの茅野アナウンサーに決まってんだろ」
鳴海「嶺二、お前話盛ったな」
焼きそばパンを袋から出す嶺二
嶺二「盛ってねえって、ガチでそんなことを言ってたんだよ」
鳴海「降らないとは言ってないだろ」
焼きそばをボロボロこぼしながらパンを食べる嶺二
焼きそばパンを食べながら喋っている嶺二
鳴海「何言ってるのか分からん、ガキじゃねえんだから飲み込んでから喋れよ。後焼きそばこぼし過ぎ」
口の中にあった焼きそばパンを飲み込む嶺二
ビニール袋からドデカミンを取り出し飲む嶺二
嶺二「今年は異常気象で梅雨のシーズンが短くて雨量も少ないって言ってたんだよ」
鳴海「そういや面談怠いなぁ・・・」
嶺二「話聞けやコラ」
鳴海「どうせ進路がどうとか、授業態度がどうとかってくだらねえことを聞きに行くだけなんだぜ?勘弁してくれって感じだわ」
嶺二「それな・・・じゃなくて梅雨の話は!?」
鳴海「梅雨は無くならねえよ」
嶺二「さいですか・・・」
鳴海「面談が終わったら進路希望調査か・・・このまま俺たちはニート一直線だっつうのに」
嶺二「進路希望調査、課題、テストっていう地獄のルートが待ってやがる」
鳴海「鬼畜生活を強いられてますな我々」
勢いよく焼きそばパンを食べる嶺二
嶺二の咀嚼音と雨音が響く階段
嶺二「(焼きそばパンを飲み込んで)俺さ・・・」
真面目な顔をしている嶺二
嶺二「波高を卒業したら・・・上京して専門に入ろうかと思ってる」
鳴海「はいはい嘘ね嘘」
嶺二「ガチ、嘘じゃない」
鳴海「この間まで旅がどうたらって言ってたやん」
嶺二「あれこそ嘘、今の俺の進路は専門」
鳴海「専門?」
嶺二「ああ、専門学校。鳴海はどう思う?」
鳴海「どうって・・・言われても・・・」
嶺二「上京することになっちまうからな・・・」
鳴海「専門って・・・お前・・・勉強するんだぞ」
嶺二「専門学校はそういうところだ」
鳴海「冗談だよな?」
嶺二「いや」
鳴海「マジ?」
嶺二「マジな話」
鳴海「専門って・・・勉強したいことがあるってことか?」
頷く嶺二
嶺二「二年制のゲーム学校、東京で良さそうなのを見つけてよ」
鳴海「東京って隣の県だぞ?わざわざ上京なんかしなくても・・・」
嶺二「鳴海、よく考えてみ?この俺が毎日電車に乗って東京まで通えると思うか?」
鳴海「無理」
嶺二「だろ?しかも専門ってほとんど入学出来るらしいぜ?大学みたいに落とされることは滅多にないんだってよ」
鳴海「そ、そうか・・・」
嶺二「鳴海は進路についてまだ決めてねーんだろ、一緒に上京するか?シェアハウスだったら安いぞ」
鳴海「俺は・・・したいことが分からん」
嶺二「俺と同じ専門に来いよ。小説を書けるんだし、物語を作れたらゲームにも活かせる」
鳴海「小説を書けるって言うけど、まだ一回しか書いたねえぞ俺。しかも次の部誌で掲載されるのはただの読書感想文だし」
嶺二「あー・・・そういう細かいことは気にせずに行こうな!」
鳴海「(大きな声で)気にするべきだろ!!!」
階段を上がる音が聞こえて黙る鳴海と嶺二
嶺二「(小さい声で)ここで飯食っても怒られねーよな?」
鳴海「(小さな声で)大丈夫だろ・・・」
誰が登って来るのか見ている鳴海と嶺二
登ってきたのは雪音
嶺二「なんだ雪音ちゃんか・・・」
雪音「二人ともこんなところで何してるの?」
鳴海「昼飯食ってた、一条こそどうした?」
雪音「ちょっと天文部の物を見に・・・」
扉の前にあった天文部の道具を漁る雪音
雪音「(星座早見表を取り出して)良かった!ここにあったんだ・・・」
嶺二「星座を見るやつ?」
雪音「そうだよ」
鳴海「それって一条の私物なのか」
雪音「私のっていうか・・・(星座早見表の裏を見せて)これ、姉の物なんだ」
星座早見表の裏には一条智秋と名前が書かれている
雪音「姉が卒業する時に置いて行ったらしいんだけど、このまま寄付するのは勿体ないって思って」
嶺二「いいんじゃね?だってそれって元々お姉さんの物じゃん」
雪音「うん、星座早見表くらい部費でいくらでも買えるよ」
鳴海「あのさ一条、聞きたいことがあるんだけど」
雪音「何?」
鳴海「菜摘が言ったこと、信じる?」
雪音「菜摘が言ったことって・・・ドナーのこと?」
鳴海「そうだ、菜摘の言葉を信じるか?」
雪音「信じてるって言いたいけど・・・完全に信じるのは難しいかな」
嶺二「あの時の菜摘ちゃん、なんか凄かったよな」
鳴海「どういう意味だよそれ」
嶺二「悪い意味じゃねーよ。オーラがあったっつうか・・・ただもんじゃない感じがしたんだよ」
雪音「分かる、未来を知ってる・・・みたいな?」
鳴海「菜摘曰く、奇跡が起きて見つかるらしい」
雪音「きっと私を励まそうとして・・・そんなことを言ったんだと思う」
鳴海「それは違う、そういうつもりじゃないって菜摘自身が言ってた」
嶺二「じゃあ、あれはどういう意味だったんだ」
鳴海「さあな、菜摘にしか分からんことだ」
雪音「どういう意味でも、私に出来ることは後悔しないように全力で生きるだけだよ」
鳴海「一条、お前ほんとに凄いな」
雪音「別に凄くないよ、自分に出来ることは怠けずやる。それが私の座右の銘だから」
嶺二「人に優しく、自分にもっと優しくの俺たちとは大違いだぜ・・・」
雪音「(少し笑いながら)みんなに優しいのも良いと思うけどね」
嶺二「まーね」
鳴海「こんなこと言ったらイラっとするかもしれないけどさ、自堕落な俺らでも疲れることがあるのに、一条しんどくないのか?」
雪音「しんどいに決まってんじゃん。出来ることなら私だって楽したい」
鳴海「じゃあ少しくらい・・・息抜きしろよ」
少しの沈黙が流れる
雪音「軽音部のライブどうだった?」
鳴海「え?どうってそりゃ・・・良かったと思う」
雪音「私にはまだあの一年生の歌声が心に残ってる」
嶺二「俺も、あれからクイーンの曲をしょっちゅう聞いている」
雪音「どうして良かったんだと思う?」
鳴海「歌が上手かったから?」
首を横に振る雪音
鳴海「答えを教えてくれ」
雪音「もう少し考えてみて」
嶺二「分かった、全力で歌ってたからだ」
頷く雪音
雪音「何かを全力でしているっていうのは、何かを変える可能性がある。そう思わない?」
嶺二「確かに」
雪音「どんなことでも必死にやる、決して諦めない。一生懸命立ち向かってこそ、変えることが出来る。後悔してはいけない、過去を振り返ってはならない、希望は未来にしかない。我々は立ち向かわなけば真価が出ないってね」
鳴海「名言だな」
雪音「昔読んだ本の受け売りだよ、そうやって生きてれば誰かが助けてくれるか・・・(微笑み)運良く奇跡が起こったりしてね」
鳴海「だから頑張るのか」
雪音「ダメになるより頑張った方が良くない?後悔しないように全力で生きるの」
嶺二「そうだなぁ、俺も頑張ろ」
◯355貴志家リビング(放課後/昼過ぎ)
帰宅した鳴海
カバンを放り投げ電気をつける鳴海
雨は変わらず降っている
キッチンで手を洗った後、ダイニングの椅子に座る鳴海
ポケットからスマホを取り出し、LINEを開く鳴海
風夏からLINEが来ている
風夏「(声)明日は泊まります、ご飯よろ〜」
LINEを閉じて、スマホを充電し始める鳴海
戻って椅子に座る鳴海
鳴海「(独り言)菜摘は病気で会えない、親友の嶺二は将来を決めてしまった、明日香には夢がある、一条は誰よりも本気で生きている、南はまだ一年生。千春は消えた、みんなも消えるんじゃないのか?俺だけ置いて行かれるんじゃないか?全力?必死?諦めない?一生懸命?クソッタレ、どれも同じ意味だろ。誰かが助けてくれる?そんなの他力本願じゃないか」
立ち上がる鳴海
リビングをグルグル回りながらぶつぶつ独り言を言っている鳴海
鳴海「後悔しないように、後悔しないように、後悔しないように。後悔しないで生きろ、もう俺は後悔なんかしないぞ。(歩くのをやめて頭を抱える)何をしてるんだ俺は・・・」
すぐに自分の顔をビンタする鳴海
鳴海「(大きな声で)クソッ!!!!!後悔しないって言ったばかりじゃないか!!!!!!今まで食っちゃ寝るだけの生活をしてたんだ、良い加減本気出すぞ!!!!!」
冷蔵庫から2リットルのコカコーラを取り出す鳴海
立ったままコーラを飲む鳴海
コーラをテーブルに置き、充電していたスマホを手に取る鳴海
充電ケーブルを引き離し、インカメラにして自分自身の顔を見る鳴海
鳴海「(スマホに映ってる自分自身に対して)今のお前は宇宙一賢い。理由はコーラを飲んだからだ、コーラを飲むと脳が冴える。頭の中がスマートになったとは思わないか?分かるな?炭酸が回って左脳の中にあった余計な考えを消した、砂糖がお前の右脳を活性化させた。だからこそ俺はあえて言わせてもらう、お前はクズ人間だ。バイトもせず、姉貴に甘えて楽な生活をしてるクズだ!!!挙句に後悔だけする毎日!!!!バイトしろ!!!勉強しろ!!!進路を決めろ!!!菜摘に告白しろ!!!!!俺が見張ってるからな!!!!!いいな!?」
頷く鳴海
コーラを手に取り一気に飲む鳴海
むせてコーラを吐き出す鳴海
ワイシャツにコーラがかかり、染みになる
スマホも濡れている
床もコーラまみれ
鳴海「(ワイシャツを脱ぎながら)クソっ!!!!!」
時間経過
部屋着に着替えた鳴海
床のコーラを拭く鳴海
スマホを拭く鳴海
スマホの匂いを嗅ぐ鳴海
スマホを起動し、再びインカメラを開く鳴海
鳴海「(スマホに映ってる自分自身に対して)一人でコーラを飲めないような(スマホの充電が切れる)クソっ・・・」
スマホを充電する鳴海
ノロノロと椅子に座る鳴海
鳴海「何かを全力でしているっていうのは、何かを変える可能性がある・・・全力が変える・・・変えること出来る・・・変わることが出来る・・・後悔しないように・・・」
◯356貴志家リビング(日替わり/朝)
時刻は七時過ぎ
制服姿で椅子に座ってスマホを見ている鳴海
LINEを開いている鳴海
外は雨が降っている
テレビでは梅雨のニュースをやっている
気象予報士「昨日に引き続き、一日雨が降るでしょう」
菜摘とのトーク画面、なんて連絡をしようか悩んでいる鳴海
文字を打っては消すの繰り返しをしている
鳴海が悩んでいる間に菜摘からメッセージが来る
”熱が下がってないから今日も休むね”という内容のメッセージ
鳴海はぼんやりスマホを見たまま動かなない
少しボーッとして、”お大事に”と返す鳴海
スマホをポケットにしまう鳴海
カバンを持ち、テレビとリビングの電気を消す鳴海
傘を持って家を出る鳴海
◯357波音高校三年生の下駄箱(朝)
上履きに履き替え、校舎に上がる鳴海
下駄箱は登校してきた三年生がたくさんいる
生徒たちは傘をたたみ、友人同士で喋っている
明日香と嶺二が同じタイミングで登校して来る
明日香と嶺二が登校してきたことに気づく鳴海
二人が上履きに履き替え、校舎に上がってくるのを待っている鳴海
上履きを履き校舎に上がって来る明日香と嶺二
鳴海「(引きつった笑顔 大きな声で)お、お、おはよう!!!!!」
鳴海の大きな声に驚き、下駄箱にいた三年生たちが鳴海の方を見る
少しの沈黙が流れる
鳴海「(引きつった笑顔 さらに大きな声で)おはよう二人とも!!!!!!」
顔を見合わせる明日香と嶺二
雪音が登校して来る
傘についた水を払い、上履きに履き替える雪音
鳴海「(手を振って大きな声で)おはよう一条!!!!!」
鳴海の大きな声に驚く雪音
雪音「お、おはよう」
鳴海「(大きな声で)俺も今日から全力で生きるわ!!!!!」
雪音「う、うん。が、頑張って!」
◯358波音高校三年三組の教室(朝)
神谷はまだ来ていない
教室の窓から雨が見える
どんどん教室に入ってくる生徒たち
教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている
喋っている鳴海、明日香、嶺二、雪音
机に突っ伏している鳴海
嶺二「あんなでけえ声で挨拶してたくせに一気に力抜けたじゃん」
明日香「さっきのはただの空元気でしょ」
鳴海「全力で挨拶をした反動が・・・」
雪音「そこに全力を注がなくても・・・」
鳴海「いや、俺は全力少年だからな。因みに今は全力でダラダラなう」
明日香「菜摘が休んでるせいで鳴海が情痴女不安定に」
嶺二「今日も菜摘ちゃん休みなの?」
明日香「熱が下がらないんだって」
嶺二「あーね、(少し間を開けて)ん?なんで明日香がそんなことを知ってるんだ?」
明日香「菜摘からLINEが来たからに決まってるでしょ。そんなことも分からないの?馬鹿なの?」
鳴海「馬鹿だな」
嶺二「菜摘ちゃん・・・なぜ・・・俺にはLINEをくれなかったんだ・・・」
雪音「私も来てないよ」
鳴海「よかったな嶺二、一条も来てないんだから気にすることじゃねえよ」
雪音「そもそも私は菜摘と連絡先を交換してない・・・」
嶺二「俺は連絡先交換してるんすけど・・・」
鳴海「俺と明日香にLINEしとけば周りに広げてくれるって思ったんじゃないか?」
明日香「現に今その話をしてるしね」
嶺二「菜摘ちゃん・・・俺にも・・・連絡してくれよ・・・」
明日香「キモい」
鳴海「キメえ」
嶺二「キモいとかキメえとかよく普通に言えるな、この場に千春ちゃんがいたらお前らの暴走を止めてたぞ!」
明日香「暴走してないし」
鳴海「思ったことを言っただけだぞ?」
嶺二「思ったことを口に出すな!!!つか思うな!!!!」
雪音「千春ちゃんって?」
少しの沈黙が流れる
鳴海「(慌てて)えーっとあれだ!!!千春は・・・俺たちより年下で・・・」
雪音「後輩?」
明日香「後輩でもあり、友達みたいな!!」
雪音「中学の時の後輩なの?」
鳴海「そう!!あっいや違う、波高の・・・」
雪音「文芸部の後輩?」
明日香「えっ・・・知ってるの?」
雪音「朗読劇の小説を作った子のことを言ってるんじゃないの?」
鳴海「千春のことを覚えてるってことか・・・?」
雪音「覚えてるってどういうこと?そういえば前から聞こうって思ってたんだけどどうしてあの子は部活に来ないの?」
鳴海「本当に!?本当に覚えてるのか!?」
雪音「う、うん」
嶺二「千春ちゃんは・・・もういないんだ。(少し間を開けて)学校を辞めちゃってね」
雪音「良い朗読劇だったのに残念だね・・・」
◯359波音高校三年三組の教室(朝)
数学の授業中
神谷が問題の解き方について丁寧に教えている
黒板に書かれていることをノートにまとめている鳴海、嶺二、明日香、雪音
雨が降っているのが見える
校庭には水たまりが出来ている
◯360波音高校三年三組の教室(昼)
面談があるため午前授業のみ
帰宅する生徒や、学校で昼食を取ってから帰ろうとする生徒
教材をしまい、コンビニのおにぎりとペットボトルのお茶をカバンから取り出す鳴海
コンビニのビニール袋を持って鳴海のところにやって来る嶺二
嶺二「今日も飯食って帰るぞー」
鳴海「おう、んじゃ行くか」
嶺二「どこで食う?」
鳴海「風の吹くまま、気の向くまま、俺たちゃ階段をおかずに白飯を食う」
嶺二「まーた階段かよ・・・」
鳴海「いざ行かん」
◯361波音高校四階階段/屋上前(昼)
天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている扉
学園祭で使った天文学部の道具が扉の前に置いてある
階段に座っている鳴海と嶺二
鮭おにぎりを食べている鳴海
コンビニのビニール袋から焼きそばパンを取り出す嶺二
嶺二「(焼きそばパンを鳴海の顔の前に差し出して)見ろ!!」
鳴海「タダでくれるって言うなら貰ってやらねえことはないぞ」
嶺二「やらねーよ!!!!!(焼きそばパンを鳴海の顔の前に差し出して)見ろ、今日の焼きそばパンを完璧なフォルムをしている!!!」
鳴海「焼きそばパンごときで一喜一憂出来るのは嶺二だけだな」
嶺二「見た目も大事だろ」
慎重に袋から焼きそばパンを取り出す嶺二
鳴海「どうせ口の中に入ったらグッチャグチャになる」
鮭おにぎりを口に入れる鳴海
嶺二「わかってねーな、おっぱいとケツの形くらい食べ物の見た目は大事なんだよ」
鳴海「分りたくないっす」
焼きそばパンを食べる嶺二
鳴海「なんで一条は千春のことを覚えてたんだろうなー」
嶺二「(口の中にあった焼きそばパンを飲み込んで)鳴海、まだ分かんねえの?」
鳴海「分からん、つかなんでお前には分かるんだ」
紙パックのリンゴジジュースを飲む鳴海
嶺二「昨日雪音ちゃんが言ってたじゃん」
少し考える鳴海
鳴海「一条が後悔しないように生きてたから、千春のことを覚えてるのか」
嶺二「ちげーよ、お前はあの時何を聞いてたんだ」
鳴海「後悔しないように生きるって話だろ」
嶺二「鳴海、それは昨日の話のなかで大して大事なことじゃねーと思うぞ」
鳴海「後悔しないように生きることも大事だと思うんだが・・・」
嶺二「後悔って結果だけの話だろ?全力で頑張ることが大事なんだよ。後悔とか、そういうことを気にする前に全力でやれって話」
鳴海「な、なるほど?」
嶺二「いいか鳴海、今から真面目な話をするからお前も茶化さず真面目に聞け」
鳴海「お、おう・・・」
真剣な表情をしている嶺二
嶺二「まず千春ちゃんと菜摘ちゃんが全力で朗読劇の本を作っただろ?」
頷く鳴海
嶺二「俺たちも朗読劇に向けて全力で準備をしたよな?」
鳴海「ああ」
嶺二「学園祭当日、一悶着あったけど朗読劇自体は全力でやった。これで意味がわかったか?」
鳴海「ぜんっぜん分からん」
嶺二「は!?なんでここまできて分かんねーんだよ!?」
鳴海「俺らが全力だったから?・・・つまり何が言いたいんだ?」
嶺二「(大きな声で)何かを全力でしているっていうのは、何かを変える可能性があるって言ってただろ!!」
鳴海「すまん、マジでもう少し分かりやすく説明して」
嶺二「つまりだ・・・千春ちゃんが存在していたと証明できるものは何もない、本当は雪音ちゃんの記憶からも消えるはずだ。けど俺らが変えたんだよ!!!俺らの朗読劇が・・・千春ちゃんの本が・・・一部の人の心に残ったんだ」
◯362◯228の回想/波音高校体育館/学園祭のメイン会場(昼過ぎ)
会場から盛大な拍手が沸き起こる
ステージの照明が全てつく
文芸部員がステージに出て一礼をする
潤が立ち上がり指笛を吹く
すみれ、風夏、智秋、勇も拍手をしている
鳴海「(声 モノローグ)そうだ、あの時は朗読劇に夢中で・・・千春のことを気にかけられなくて・・・朗読劇を言い訳に千春から逃げていた・・・」
◯363回想戻り/波音高校波音高校四階階段/屋上前(昼)
コンビニのビニール袋からホットドッグを取り出し食べ始める嶺二
鳴海「朗読劇をしてなければ・・・」
嶺二「(ホットドッグを飲み込んで)どっちにしたって千春ちゃんは消えてたぜ。それに、朗読劇を途中で投げ出してたら千春ちゃんのことを覚えてるのは完全に俺たちだけだ、そんなの可哀想だろ」
鳴海「そうか・・・」
ホットドッグをかじる嶺二
嶺二「(ホットドッグを食べながら)俺たち文芸部は人の心に残るような偉大な作品を作っちまったってわけだ」
鳴海「手放しに喜んでいいのか分かんねえな・・・」
嶺二「喜べよ!普通はみんな忘れちまうのに、朗読劇が素晴らし過ぎて頭の片隅に残ってるんだぜ」
鳴海「全力だったから・・・朗読劇も軽音部のライブも」
嶺二「(頷き)全力だったから」
少しの沈黙が流れる
雨音と嶺二がホットドッグを咀嚼する音だけ響く
鳴海「俺もそうするわ」
ホットドッグを食べ終え、ドデカミンを飲む嶺二
嶺二「ネタじゃなく?」
鳴海「ネタじゃなく本気で、今度こそ全力で」
拳を突き出す嶺二
鳴海も同じように拳を突き出しぶつける
鳴海「何かを全力でするっていうのは」
嶺二「何かを変える可能性がある」
◯364波音高校前(昼過ぎ)
校門近く
下校する生徒たち
変わらず雨が降っている
スーツ姿の風夏
校舎の前で立ち止まっている風夏
スマホをカバンから取り出し、面談のスケジュール表を見る風夏
腕時計で時間を確認する風夏
風夏「(舌打ちをする)チッ・・・一本遅らせてくればよかった・・・」
カバンからタバコとライターを取り出す風夏
タバコに火を付け吸い始める風夏
傘を差し、タバコを吸いながら器用にスマホを見ている風夏
校舎内から教師が風夏の方を見ている
風夏は気にせずタバコを吸い続ける
下校する生徒たちも風夏のことを見る
時間経過
タバコの吸い殻をポイ捨てする風夏
水たまりに落ちるタバコ
タバコの火が消え、煙が上がる
風夏は校門を越え校舎に入って行く
◯365波音高校三年三組の教室前廊下(昼過ぎ)
廊下には椅子が出ている
脚を組んで椅子に座っている風夏
教室では面談が行われている
自分の番を待っている風夏
風夏の隣には机が一台置いてある
良ければ是非と貼り紙が机にされている
机の上に置いてあるのは文芸部の部誌
初刊と七月号の部誌
初刊の部誌を手に取る風夏
鳴海が書いた小説を読む風夏
◯366貴志家リビング(夕方)
椅子に座ってスマホを見ている鳴海
風夏が帰宅してくる
外は変わらず雨が降っている
風夏「たっだいまー!」
鳴海「おかえり」
風夏「フロリダするわ」
鳴海「まだ四時だよ、さすがに早くね?てかなんだよフロリダって」
風夏「えっ?お風呂に行くって意味だけど知らない感じ?」
鳴海「知ってるわ!!馬鹿っぽいから使うのやめた方がいいよ」
風夏「JK界隈で流行してるんでしょ?」
鳴海「いや・・・流行してない・・・」
風夏「ぴえん」
鳴海「(ドン引きしながら)マジでやめた方がいい、心の底から忠告する」
風夏「おけまる水産!」
鳴海は深いため息を吐く
風呂に行く風夏
◯367◯245の回想/貴志家リビング(夜)
リビングで言い争ってる鳴海と風夏
鳴海「分かってるってそんなこと・・・母親みたいに口うるさく言うのはやめてくれ」
風夏「(大きな声で)分かってない!!あなたにとって私は邪魔なだけかもしれない・・・会話する時だって目すら合わせてくれない・・・それは鳴海が、私の顔を見てママとパパのことを思い出すのが嫌だから・・・それでも私は鳴海のことが心配なんだよ・・・大事な弟だから・・・鳴海は自分のことなんかどうでもいいって思ってるかもしれない、退学になってもいいのかもしれない、でも忘れないでほしい、あなたのことを大切に思ってる人がいるってことを・・・」
鳴海「それなら俺を放っておいてほしい」
◯367回想戻り/貴志家リビング(夕方)
風呂上りの風夏
リモコンを使ってテレビのチャンネルを変え続けている風夏
鳴海は夕飯用に買った寿司をお皿に盛り付けている
風夏「(チャンネルを変えながら)面白いのやってねー」
テレビを消す風夏
スマホを見始める風夏
鳴海「面談・・・何話したの?」
盛り付けた皿と醤油差しを持ってくる鳴海
風夏「(スマホを見ながら)色々ー、普段の学校生活のこととかー、成績のこととかー、進路のこととかー」
鳴海「そうか・・・」
ボーッとしている鳴海
鳴海「(声)なんで俺だけなんだよ、姉貴だって同じだろ。俺は死んだ母親を姉貴に求めちゃいねえ、無理して母親の代わりになろうとするな、そんなことされても息苦しくのなるのは俺だ」
風夏「あっ!鳴海!!!」
鳴海が持っている醤油差しから醤油が滴れている
鳴海「やべ!!!!!」
慌てて醤油差しを持ち直す鳴海
風夏「もう!!!何してんの!!!」
急いでタオルを取りにキッチンに行く風夏
鳴海「(頭を抱えて)コーラに続いて醤油だ・・・」
濡らしたタオルで床を拭き始める風夏
風夏「しっかりしてよー」
鳴海「ごめん」
風夏「あーあ、服にも醤油ついてるよ。着替えてきな」
鳴海「(服を見て)うん」
鳴海の部屋着は染みができてる
着替えに行く鳴海
風夏は素早く床を綺麗にする
着替えて戻ってきた鳴海
キッチンでタオルを洗っている風夏
鳴海「ありがとう」
風夏「タオルは私がやっとくから、醤油追加して」
鳴海「了解」
醤油差しを持ってキッチンに行く鳴海
鳴海は醤油を探すが、見つからない
タオルの水を絞る風夏
風夏「これ、干しとくから」
鳴海「あ、ああ」
タオルを干す風夏
醤油を探してる鳴海
風夏「醤油あった?」
鳴海「ごめん・・・ない」
風夏「絶対あるから、ちゃんと探して」
いくら探しても醤油はない
鳴海「ないわ」
風夏「ほんとに?」
風夏も探し始めるが、醤油は見つからない
風夏「ストックしてないの?」
鳴海「ストックは使い切ったのかもしれん」
風夏「付属品の醤油あるよね?あれでなんとか足りるでしょ」
鳴海「あー・・・」
風夏「何そのあーって、もしかして醤油ついてきてない?」
鳴海「ついてはきたけど・・・(少し間を開けて)捨てた」
風夏「はい!?」
鳴海「ごめん・・・まさか醤油がなくなるなんて思わなかった・・・」
風夏「全部捨てたの?」
鳴海「(頷き)全部」
風夏「寿司なのに醤油なし?」
鳴海「ぽ、ポン酢ならあるよ!」
風夏「あんたはお寿司に醤油じゃなくてポン酢をかけて食べると?」
鳴海「ポン酢が嫌なら・・・ま、マヨネーズはどうだ?」
少しの沈黙が流れる
鳴海「ごめん」
風夏「何が合うか色々試しながら食べよっか」
鳴海「うん」
寿司、調味料をテーブルに運ぶ鳴海と風夏
全てを運び、椅子に座る鳴海と風夏
風夏「いただきます」
サーモンを取ってマヨネーズに付ける風夏
サーモンを食べる風夏
風夏「サーモンプラスマヨネーズはやっぱいけるね!美味しいよ」
鳴海「姉貴・・・(立ち上がり)俺、醤油買いに行ってくる」
風夏「えー、いいよ。雨降ってるし」
鳴海「でも醤油があった方が・・・」
風夏「いいって別に、それより一緒に食べようよ」
少し悩んで椅子に座る鳴海
風夏「海老もマヨネーズと合いそう」
赤海老を取ってマヨネーズに付ける風夏
赤海老を食べる風夏
風夏「海老マヨおにぎりってあるし、これもなかなか悪くない組み合わせ」
俯いている鳴海
鳴海は寿司を食べない
風夏「どした?食べんの?」
鳴海「(俯きながら)ごめん姉貴」
風夏「謝るなんて珍しいじゃん、醤油のことなら気にしてないから。食べな食べな」
鳴海「(俯きながら)醤油のことじゃなくて・・・いや・・・醤油もそうか・・・」
風夏「何のこと?」
鳴海「(俯きながら)ほんとに・・・全部・・・何もかもごめん」
風夏「(驚き)えっ!?えっ!?急にどした!?」
鳴海「(顔を上げて)学園祭の日・・・酷いことを言ってごめん。この間仕事中に電話してごめん。今日も仕事を休ませてごめん。姉貴が話しかけて来た時に目を合わせなくてごめん。いつも心配ばかりかけてごめん」
風夏「(驚き)何々!?!?なんで謝るの!?」
鳴海「姉貴は昔から・・・俺の面倒を見てくれて・・・それなのに俺の態度は・・・クソだった」
風夏「(頷き)そうだねぇ」
鳴海「ごめん」
風夏「私が鳴海のことを思って言っても聞いてくれなかった」
鳴海「ごめん」
風夏「でも・・・今は聞いてる。やっと・・・心配性のお姉ちゃんの気持ちが伝わったのかな?」
◯368◯67の回想/貴志家リビング(日替わり/朝)
テーブルの上に置き手紙がある
置き手紙を見る鳴海
“学校頑張って、休まないように”と書かれている
◯369回想戻り/貴志家リビング(夕方)
鳴海「(泣きながら)姉貴・・・ごめん!本当に・・・ごめん!心配ばっかりかけてごめん!!」
泣きながら謝る鳴海を見て泣きそうになっている風夏
風夏「(照れて顔を背けながら)いいのいいの!家族はそうやって成り立つものなんだから」
鳴海「(泣きながら)姉貴はこんな俺のことを気にかけてくれて・・・育ててくれて・・・」
風夏「(鳴海の両肩に手を置いて)男だろ!!メソメソすんな!!!」
鳴海「(泣きながら)俺、一生感謝するから!!!必ず恩返しするから!!!」
風夏「あ、あ、あざまる水産!」
鳴海「(泣きながら)な、なんだよあざまる水産って!」
風夏「ありがとうってこと!」
鳴海「(涙を拭って)それ古いからな!」
風夏「嘘!?この間さんまさんの番組でやってたよ!」
鳴海「(笑いながら)テレビの影響を受け過ぎだろ!!うっかり職場で言っても知らねえぞ!!」
風夏は鳴海の頭を撫でる
◯370滅びかけた世界:緋空浜(昼過ぎ)
ナツはスズと出会った経緯を話している
緋空浜を歩いているナツ、スズ、老人
水たまり、使い古された兵器、遺体を避けて歩いているナツと老人
スズはあえてポチャポチャと水たまりを踏んで歩いていく
浜辺には戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体がそこら中にに転がっている
老人「最悪な出会いだった、というわけだな」
ナツ「最悪どころじゃない、歩けないし、水も食べ物ないし、持ち物は全て盗られたし」
スズ「でも返したよ?」
ナツ「それは結果論でしょ、あの時はほんとに死ぬ寸前だった」
老人「お前さんはその後どうなったんだ?」
ナツ「しばらくはその場から動かず過ごしてた」
◯371滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(日替わり/昼)
仰向けになっているナツ
直射日光
汗だくなナツ
体勢を変え、うつ伏せになる
昨日、スズに放り投げた怪我の緊急対処法という本が見える
ほふく前進で本を取りに行くナツ
本を適当に1ページ破り、くしゃくしゃに丸めるナツ
丸めた紙を口に入れるナツ
咀嚼を試みるも、吐き出すナツ
再び仰向けになるナツ
カラスが空を飛んでいる
遠くの方でカラスの鳴き声が聞こえる
時間経過
夜になっている
月と星の灯りしかない道路
丸くなる体勢で横になっているナツ
生い茂った雑草が夜風で揺れている
小刻みに体が震えているナツ
◯372滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(日替わり/昼)
昨日の夜から全く動いていないナツ
直射日光
顔色が悪いナツ
ナツの両足に小バエが集っている
スズがナツを見下ろしている
スズ「おーい、生きてる?」
ナツは反応しない
落ちていた杖を拾い、ナツを突っつくスズ
ナツは動かない
スズ「死んだかぁー、じゃーいいやー」
立ち去ろうとするスズ
スズのズボンの裾を引っ張るナツ
ナツの口が少し動く
スズ「喋ってる?」
ナツがゆっくり頷く
スズがナツの口元に、耳を近づける
ナツ「(小さな声で)水・・・水・・・」
スズ「水が欲しいなら最初からそう言ってよ〜」
リュックから水筒を取り出し、ナツに水を飲ませてやるスズ
ゴクゴクと水を飲むナツ
水を飲み再び仰向けになるナツ
その場に座るスズ
スズ「それにしても、あっついねぇ」
ナツと同じように仰向けになるスズ
眠るナツ
時間経過
夜になっている
ゴミを燃やし焚火をしているスズ
煙を吸って咳き込むスズ
目を覚ますナツ
生い茂った雑草が夜風で揺れている
スズ「(咳き込む)ゲホッ・・・ゲホッ・・・」
体を起こすナツ
頭を抑えるナツ
スズの方を見るナツ
ナツ「お前・・・何してんの・・・?」
スズ「火起こし」
リュックから缶詰を取り出してナツに渡すスズ
缶詰を受け取るナツ
ナツ「(缶詰を見ながら)肉じゃんこれ」
スズ「食え」
ナツ「あ、ありがと」
スズ「匂いはきついけど、美味いよ」
ナツ「(缶詰を見ながら)これ・・・食べても大丈夫なのか・・・?賞味期限切れてるし・・・」
スズ「文句言うなら食うな、貴重な食料を分けてやったのに」
ナツ「まずお前が私の食料を盗んだろ」
ナツが手に持っていた缶詰をひったくるスズ
スズ「(缶詰を開けて)要らないなら私が食う」
油まみれになった牛肉を素手で掴み食い散らかすスズ
ナツ「(ドン引きしながら)獣かお前は・・・」
あっという間に缶詰を空にするスズ
空き缶をポイ捨てするスズ
スズ「今のが最後だから、お前の食う分はない!!」
ナツ「あっそ」
スズ「水なら分けてやらんこともない!!」
ナツ「くれ」
ナツに水筒を渡すスズ
水を飲むナツ
水筒を置いて横になるナツ
スズ「どうだ〜、美味い水だろ〜」
ナツ「普通」
◯373滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(日替わり/昼)
直射日光
仰向けになっているナツ
スズはいない
ナツの隣には水筒が置いてある
手で日光を遮っている
ナツの両足に小バエが集っている
体を起こし小バエを手で払うナツ
両足の包帯を取るナツ
両足を見るナツ
足の裏、爪のない親指、どちらも良くなってない
水筒の水を飲んで、包帯を巻き直すナツ
昨晩、スズが捨て空き缶にカラスが三羽寄ってくる
カラスたちは缶を咥えては離している
ナツは少し怖がりながらカラスたちのことを見ている
ナツと一匹のカラスの目が合う
ナツ「こっち見んな、あっち行け」
目が合ったカラスは大きな声で鳴く
ナツ「た、食べ物は持ってないぞ」
三羽のカラスがナツの方を見て大きな声で鳴く
カラスたちは空き缶に興味をなくし、ナツに近づいて来る
ナツ「く、来るな!!」
ナツは両腕を使い地面を這って逃げる
迫り来る三羽のカラスたち
杖を拾うナツ
ナツ「(杖を振り回しながら)あっち行け!!来んな!!」
一羽のカラスがクチバシを使って、ナツの足をかじろうとする
ナツ「(杖を振り回しながら)やめろ!!この!!この!!」
スズは水筒を拾い、カラスに向かって投げる
カラス達は驚き、飛び去って行く
汗を拭うナツ
水筒から水が漏れている
ほふく前進で急いで水筒を取りに行くナツ
水筒を振って中の水の量を確かめる
水はかなり減っている
仰向けになるナツ
◯374波音高校三年三組の教室(朝/日替わり)
神谷はまだ来ていない
教室の窓から雨が見える
校庭には水たまりが出来ている
どんどん教室に入ってくる生徒たち
教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている
窓際で喋っている鳴海、明日香、嶺二
雪音は女生徒達と喋っている
嶺二「雨だとテンション下がりますなぁー」
明日香「菜摘は休み、部活は無し、退屈な毎日」
鳴海「文芸部の活動って朗読劇と部誌以外になんかないもんかね?」
明日香「さあ・・・?なんか良いアイデアないの?」
嶺二「ない」
鳴海「またみんな夢中になれるようなイベントがあれば、な」
明日香「何かするならするで早めに決めないと、みんな他のことで忙しくなるんだからね」
嶺二「他のことってなんぞや」
明日香「受験」
嶺二「あー・・・受験とかそういう嫌なことを言わないでくれよ」
明日香「受験で忙しくなるのは事実じゃん。受験が終わったらすぐ卒業だし」
鳴海「そうだなぁ・・・卒業か・・・」
嶺二「まだ夏にもなってないぜ?卒業なんて半年以上先だろ」
明日香「(呆れながら)嶺二は良いよねー、時間の感覚が馬鹿で」
嶺二「いや、俺じゃなくて明日香の時間感覚がバグってる」
明日香「(呆れながら)はいはい」
鳴海「とにかく、とにかくだ。何かしらやろう」
明日香「何かしらね」
嶺二「待って、俺思いついちまったかもしれん」
鳴海「何が?」
嶺二「文芸部の新しい活動だよ!!」
明日香「えー、こういう時の嶺二は信用できないんだけど」
嶺二「ひどくね?せめて話くらい聞けや」
鳴海「で、新しい活動とは」
神谷が教室に入って来る
神谷「みんな座れー!HR始めんぞー!」
自分の席に戻って行く生徒たち
嶺二「お前ら今日暇?」
鳴海「暇」
明日香「特に予定はないけど・・・」
嶺二「よっしゃ、文芸部で昼飯に行くぞ。詳しいことはそん時に」
嶺二はいち早く席に戻る
顔を見合わせる鳴海と明日香
席に戻る鳴海と明日香
神谷がHRを始める
◯375波音高校三年三組の教室(朝)
雨が降っている
英語の授業中
ALTの先生が黒板に文法を書いている
プリントに文法を書く生徒たち
鳴海、明日香、嶺二、雪音も真面目に授業を受けている
◯376イオンのフードコート(昼過ぎ)
雨が降っている
イオンのフードコートにいる文芸部員たち
フードコートは人が少ない
明日香、汐莉、雪音は椅子に座っている
鳴海と嶺二はマックに並んでいる
嶺二「俺たち、パシられてね?」
鳴海「パシられてるわ」
明日香、汐莉、雪音は楽しそうに喋っている
嶺二「人使いの荒い女たちだ・・・」
鳴海「せめて嶺二が部誌を書いていれば・・・」
◯377回想/イオンのフードコート(昼過ぎ)
カバンを置いて椅子に座る文芸部員たち
字幕「五分前のこと・・・」
汐莉「とりあえずお昼ご飯買ってきていいですか」
雪音「私も行く、お腹空いた」
鳴海「じゃあ各々買いに行くか」
嶺二「分かった、話はその後だな」
カバンから財布を取り出す
明日香「嶺二、大事なことを忘れてない?」
嶺二「鳴海じゃあるまいし大事なことは忘れん」
鳴海「(小声でボソッと)悪かったな、大事なことを忘れちまって」
明日香「嶺二忘れてるよ、部誌の約束のこと」
嶺二「部誌の約束のこと?」
鳴海「あー!!察したわ」
財布をカバンにしまう鳴海
嶺二「鳴海、てめーなんで今財布をしまった?」
鳴海「お前が部誌を書いてこなかったからだ」
財布をカバンにしまう汐莉
汐莉「そういえばそうでしたね、そういう条件があったのを思い出しました」
雪音「え?どういうことなの?」
明日香「部誌の締め切りが間に合わなかった人は文芸部員全員にご飯を奢るっていうルールがあるの」
雪音「この前も嶺二くんが奢るって話をしてなかったっけ?」
明日香「あの日は奢ってもらえなかったから、今日奢ってもらおうかな」
嶺二「勝手に話を進めんなよ!第一菜摘ちゃんがいないんだし、奢るのはまた別の日に・・・」
汐莉「そうやって逃げていると、いつか借金まみれの人生になりますよ」
嶺二「脅すんじゃねえ!!」
鳴海「そういうことで嶺二、マック頼むわ」
嶺二「ふざけんな!鳴海だって菜摘ちゃんの小説の感想を適当に書いただけだろ!」
鳴海「俺、お前と違ってちゃんと部誌書いてるやん。締め切りも間に合ってる」
嶺二「(懇願する)ああ明日香さま、どうかこの菜摘ちゃんパワーの恩恵を全面に受けて楽ばかりしてる鳴海にも天罰を・・・」
明日香「じゃあこの際、二人で適当にご飯買ってきて。よろしく」
鳴海「は!?なぜ俺も!?」
明日香「(そっぽを向いて)だって鳴海も楽したじゃん部誌」
鳴海「否定は出来ないけど・・・みんなに奢るほど楽はしてねえだろ」
汐莉「鳴海先輩、器がちっせえですね。女の子にご飯も奢れないんですか?」
鳴海「今回ばかりは俺悪いことをしてないはずなんだが・・・」
雪音「割り勘で買った方が二人にとってもお得だよ」
鳴海「徳も何も損の振れ幅が変わるだけですけど・・・」
◯378回想戻り/イオンのフードコート(昼過ぎ)
トレーにポテト、ハンバーガー、ジュースが乗っている
トレーを運んでいる鳴海と嶺二
テーブルにトレーを置く鳴海と嶺二
明日香「(ドン引きしながら)買い過ぎでしょ・・・」
嶺二「お前ら残さずに全部食えよ」
汐莉「鳴海先輩も嶺二先輩も、ほんとアメーバ級に心が小さいですよねー。奢ると見せかけて地味な嫌がらせをしてくるっていう」
鳴海「俺は止めた、でも嶺二が暴走しやがった」
汐莉「また平気で人のせいにしちゃうところも最低だと思います」
鳴海「うっ・・・」
雪音「ま、まあ余ったら持って帰れば・・・」
明日香「雪音は、油でベッタベタになったポテトを持ち帰りたいの?」
雪音「ごめんやっぱ持ち帰るのは無理」
椅子に座る鳴海と嶺二
鳴海「とりま食おうぜ」
嶺二「おう」
食べ始める文芸部員たち
時間経過
トレーには食べかけのポテト、ハンバーガー、ジュースが残っている
手が止まっている文芸部員たち
明日香「汐莉、残りのポテト食べたら?ジャガイモには喉を丈夫にする成分が含まれてるって聞いたことあるよ」
汐莉「そういうことならポテトだけ・・・」
トレーの上にポテトが数本残っている
冷めたポテトを手に取る汐莉
ポテトはしなしなになっている
汐莉「(しなしなになったポテトを見ながら)めちゃくちゃ不味そう・・・」
嶺二「おい・・・奢ってもらった物に対して不味そうって言うな・・・」
汐莉「喉のために・・・軽音部のために・・・」
ポテトを食べる汐莉
雪音「ジャガイモに喉を丈夫にする成分なんて入ってるの・・・?」
明日香「ごめん嘘」
咽せる汐莉
汐莉の背中をさする雪音
鳴海「やっぱ嘘だったのか・・・」
コーラを飲んでポテトを流し込む汐莉
汐莉「なんで嘘ついたんですか!」
明日香「信じるとは思わなかった・・・」
汐莉「お腹が満たされたんでもう帰ります」
明日香「えぇー!!ごめんって!!」
嶺二「落ち着けって汐莉ちゃん、みんな当初の目的を忘れてるのか?」
明日香「マックを食べることでしょ?」
嶺二「違うわ!!」
鳴海「目的は果たしたし、帰ろうぜー」
嶺二「帰るな!!!」
鳴海「うるせー声だな、静かに喋れよ。他のお客さんに迷惑だろうが」
嶺二「怒るな、(スマホが鳴る)俺が大事な話をしようとしているのにいつまで経ってもお前らが」
着信が鳴り響いている
それぞれスマホを開き見る嶺二以外の文芸部員たち
嶺二「おい、スマホばっかり見てないで話を聞け現代っ子」
鳴海「(スマホをポケットにしまい)俺の携帯じゃないわ」
明日香「(スマホをテーブルに置いて)私も違う、汐莉は?」
首を横に振り、スマホをカバンにしまう汐莉
喋りたそうにしている嶺二
なかなか本題を話せない嶺二
雪音「ごめん病院から電話だった、ちょっと出て来る」
雪音は席を立ち離れたところで電話を取る
電話をしている雪音
何を喋っているのか分からない
嶺二「お前ら、雪音ちゃんが戻ってきたら俺の話を聞け。聞かなかったらガチギレする」
汐莉「嶺二先輩の話し方が下手なのでは?」
明日香「それはある」
鳴海「あんまり興味が湧かないんだよな」
嶺二「今更俺のせいにするとかお前ら悪魔かよ・・・」
鳴海「あれは誰だっ、誰だっ、誰だっ、あれはデビル、デビルマン、デビルマーン」
嶺二「恥ずかしいから歌うな」
鳴海「嶺二が俺らのことをデビルマンだって言うから歌いたくなったわ」
嶺二「デビルマンとは言ってない」
電話を切って戻って来る雪音
かなり驚いた表情をしている雪音
明日香「(心配そうに)雪音?大丈夫?」
雪音「だ、大丈夫・・・ごめん・・・病院に行かないと・・・」
鳴海「お姉さんに・・・何かあったのか?」
雪音「ど、ドナーが・・・見つかったの」
驚く文芸部員たち
嶺二「(驚き)ま、マジか!!良かったじゃん!!!」
明日香「えっ、じゃあ手術?」
雪音「(頷き)みんなごめん、行くね」
明日香「う、うん。行ってらっしゃい」
カバンを持って雪音は病院に向かう
呆然としながら雪音を見ている文芸部員たち
汐莉「(呆然としながら)菜摘先輩の言ってたこと・・・当たりましたね・・・」
嶺二「やっぱ菜摘ちゃんって、すげーな」
明日香「完全に菜摘の予言通り・・・」
嶺二「菜摘ちゃんってゼロから部活も作っちゃうし、未来も分かるし、何か特殊な能力でも持ってるんじゃね?」
明日香「かもね、私も・・・未来のことを占ってもらおうかな」
汐莉「文芸部の今後についても、菜摘先輩に未来を予言して貰えばいいんじゃないんですか?」
嶺二「それいいね、菜摘ちゃんの直感に従えば未来は切り開かれる」
明日香「わざわざ嶺二のアホな作戦を聞く必要がないっていうのもメリット」
嶺二「まだ作戦の全貌を話してないんですけど・・・」
明日香「というか、千春の一件も今回のドナーのことも全部菜摘にかんけ・・・」
鳴海「(大きな声で)明日香!!」
明日香が話している途中に大きな声を出す鳴海
明日香「(驚き)な、何!?」
鳴海「この話は・・・やめようぜ」
明日香「どうして?」
鳴海「本人がいないからってこういう話はさ・・・菜摘の立場でも嬉しくないだろ」
明日香「ごめん」
鳴海「ああ」
少しの沈黙が流れる
やや重たい空気
嶺二「い、今こそ!!俺の話を聞いて欲しいんだが・・・」
鳴海「一条がいないけど、いいのか?」
嶺二「出来れば全員が揃ってる時に話したいけどよ・・・とりま今ここにいるメンバーだけでいいから話を聞いてくれ」
鳴海「分かった」
嶺二「さて・・・まずは俺たち文芸部の活動を振り返ってみるぞ」
汐莉「(小声で)振り返らずに本題から話しましょうよ・・・」
嶺二「四月、文芸部を設立させ部誌を刊行!五月、怒涛の朗読劇準備!六月、朗読劇本番!そして現在に至るわけだ。皆さん知っての通り、七月には定期テストがある、つまり部活は無条件で休み。テストが終わればみんな大好き夏休み」
明日香「(小声で)あんたは夏休み中補習でしょ・・・」
嶺二「夏休みが明けると九月、我々三年生は本格的に受験で忙しくなる。受験が終われば卒業、波高、文芸部、そして汐莉ちゃんともお別れだ。で、俺としてはだな、せっかく部活を作ったんだから部誌以外のこともやろーぜと声を大にして言いたいわけだ。悲しいことに、我ら文芸部には一年生が一人しかいない、このままだと廃部になる。そうなる前に、高校生活最後にして最大の思い出を作ると同時に、文芸部史上かつてない規模の作品を残したい。そういった強い気持ちから俺は一つの妙案を生み出してしまった・・・」
鳴海「(小声で)なっがい前振りだな・・・」
嶺二「しかと心に刻むが良い・・・名付けて・・・文芸部×軽音部による生演奏つき卒業公演朗読劇だ!!!!!」
汐莉「は?」
明日香「汐莉がは?って言うの初めて聞いた・・・」
鳴海「た、確かに・・・」
嶺二「簡単に説明すると、俺たちの朗読劇に合わせて軽音部の皆さんが生演奏をするっていうシステムだ。この間鳴海も似たようなことを言ってたろ?」
鳴海「覚えがねえ」
嶺二「まあとにかく鳴海も似たようなアイデアを言っていた。お互いを補完できるような合同をイベントをね」
汐莉「それ、軽音部必要ですかね。学園祭の時みたいに私たちが音響をやれば良いと思うんですけど」
嶺二「馬鹿馬鹿馬鹿!!」
汐莉「私、嶺二先輩より馬鹿じゃないです・・・」
嶺二「いや、汐莉ちゃん、君は大馬鹿者だ。生演奏だと迫力が全然違うだろ!」
汐莉「魔女っ子少女団に生演奏をしろって言ってます?」
嶺二「もちろん」
汐莉「(困りながら)もちろんって言われましても・・・」
明日香「いくらなんでも規模が大きすぎるっていうか・・・現実的じゃないっていうか・・・」
鳴海「やるんだったら普通の朗読劇でよくないか」
嶺二「いやいやいや、俺たちはもう普通の朗読劇はやっただろ!!卒業前に何かしらデカいことをやろーや!!」
汐莉「もし仮にですよ?仮にやるってことになったら、嶺二先輩は軽音部に指示を出せるんですか?全ての整合性は嶺二先輩任せになりますよ?」
明日香「無理無理、嶺二に任せるなんて命綱なしでバンジージャンプするのと同じだからね」
鳴海「それな、嶺二に任せるのはよくない」
嶺二「お前ら!!燃えたぎる熱い文芸部魂はないのかよ!!!!!」
汐莉「部誌を書いてこなかった人に言われたくないです」
嶺二「それについては謝る。すまん。よし、文芸部×軽音部で卒業朗読劇ライブをやろう!!」
汐莉は困った表情をして、鳴海と明日香の顔を見る
鳴海「卒業前に朗読劇をやるのは良いと思うけど、わざわざ軽音部と一緒にやらんでも・・・」
明日香「鳴海と同意見」
嶺二「よく考えろお前ら、学園祭の時と違って集客は俺たちでやるしかないんだぞ?そんなの見に来てくれる人はほんとに少人数じゃないか、めちゃくちゃ地味な卒業朗読劇になってもいいのかよ?」
鳴海「その言い方だと、軽音部の人気を利用をしたいようだな」
嶺二「あったり前よ、軽音部と合同でやれば規模も必然的に大きくなるし客も倍になる。自然とクオリティーも上がるだろ!!」
明日香「クオリティーが下がる可能性もある」
嶺二「(懇願する)明日香・・・たまには俺の意見も聞いてくれよ」
明日香「現実的だったら聞いてた」
嶺二「鳴海・・・悪くないアイデアだと思わないか?」
考え込む鳴海
嶺二「頼むよ、もうこのメンバーでデカいことはやれないんだぞ」
外を見る鳴海
外では変わらず雨が降っている
嶺二「何事も全力で取り組むんじゃないのかよ・・・」
鳴海「分かった分かった・・・(かなり間を開けて)非現実的だけど良い案だと思う」
嶺二「よっしゃあ!!さすが親友だ!!」
明日香「マジ?本気で言ってんの?」
鳴海「軽音部の演奏は素晴らしいし迫力もある。俺たちだけでやるよりきっともっと良い作品が作れるんじゃねえか?客が増えるのも好都合だしな」
嶺二「そうだそうだ!!新しいことに全力で挑戦しよーぜ!!」
頷く鳴海
まじまじと鳴海のことを見る明日香
明日香「鳴海、変わったね」
鳴海「いつまでもダラダラしてるわけにはいかねえからな」
明日香「いつまでもダラダラか・・・」
嶺二「汐莉ちゃんたちが協力してくれれば実現可能だぜ!」
汐莉「その前に現実的で明確なビジョンをまとめてから、軽音部にプレゼンしてください。あと、菜摘先輩の体調が良くなってから方針を決めてください。お二人だけだと企画倒れで終わります」
明日香「これだと具体的な内容が分からないしね」
嶺二「お、おう・・・」
鳴海「なんとか実現させよう」
嶺二「必ず」
力強く頷く嶺二
◯379貴志家リビング(夕方)
帰宅した鳴海
真っ暗なリビング
外は雨が降っている
電気をつける鳴海
カバンを置き、手を洗う鳴海
手を洗った後、スマホをポケットから取り出す鳴海
椅子に座り、LINEを開く鳴海
菜摘とのトーク画面を見ている
菜摘に電話をする鳴海
何回かコールが鳴り、菜摘が電話になる
菜摘「(風邪気味の声)もしもし、鳴海くん?」
鳴海「おう」
菜摘「(風邪気味の声)どうしたの?」
鳴海「ちょっと話したいことがあって・・・
菜摘「(風邪気味の声)何?」
本人じゃないし、俺が言うのも変なんだけどさ・・・」
菜摘「(風邪気味の声)うん」
鳴海「一条のお姉さんのドナーが見つかったって」
菜摘「(風邪気味の声)見つかったんだ・・・良かった」
鳴海「菜摘のことを信じてなかったわけじゃないけど、さすがにびっくりしたわ」
菜摘「(風邪気味の声)私も少し驚いたよ。けど嬉しい」
鳴海「だな、今手術中だと思う」
菜摘「(風邪気味の声)そうなんだ・・・ゲホッ・・・ゲホッ・・・」
鳴海「菜摘の風邪は・・・まだ酷いのか?」
菜摘「(風邪気味の声)悪化はしてないよ、ただ熱が下がらないんだ・・・ごめんね心配かけて」
鳴海「いや・・・こっちこそ体調が悪い時に電話なんかしてすまん」
菜摘「(風邪気味の声)ううん・・・久しぶりに喋れて嬉しい。ずっと家にいると寂しいから・・・」
鳴海「学校だったら俺や嶺二みたいな騒がしい奴がいるけど、家だと親しかいないもんな・・・」
菜摘「(風邪気味の声)早く学校に行きたいよ、部活したい」
鳴海「次の部活は・・・面談明けか・・・でもテスト前だからそんなには出来ないな」
菜摘「(風邪気味の声)あっ、そっか・・もうすぐ定期テストかぁ・・・鳴海くん勉強してる?」
鳴海「してないよ」
菜摘「(風邪気味の声)テスト心配だなぁ・・・休んでる分遅れてるし・・・」
鳴海「ノートとかプリント、俺がまとめとくよ」
菜摘「(風邪気味の声)えぇー!?そんな・・・いいよ、自分で勉強するって」
鳴海「テスト前はノートやプリントの提出があるだろ、勉強だけしても成績は下がるぞ?」
菜摘「(風邪気味の声)うーん・・・そうだけど・・・けどそんなことを頼むのは申し訳ない・・・今までだって一人でやってたし・・・」
鳴海「今は一人じゃない」
菜摘「(風邪気味の声)いいのかな・・・こんなに頼りっぱなしで・・・」
鳴海「菜摘の親父さんもいつか言ってただろ、人という字は支え合って出来てるって・・・」
菜摘「(風邪気味の声)金八先生だね」
鳴海「そうそう。まあだから・・・困ってることがあったら頼ってくれ」
菜摘「(風邪気味の声)ありがとう鳴海くん」
鳴海「後さ・・・俺・・・言いたいことがあるんだけど」
菜摘「(風邪気味の声)ん?」
少しの沈黙が流れる
鳴海「いや・・・この話は菜摘の体調が良くなってからするわ」
菜摘「(風邪気味の声)えー、気になるよ」
鳴海「早く風邪を治して学校に来い、話はその時だな」
菜摘「(風邪気味の声)わ、分かった。私も・・・か、風邪が治ったら・・・鳴海くんに話があるんだけど」
鳴海「風邪が治るまで話せないのか?」
菜摘「(風邪気味の声)う、うん」
鳴海「楽しみにしてる」
菜摘「(風邪気味の声)た、楽しみにするようなことじゃないよ」
鳴海「なんだそりゃ・・・」
菜摘「(風邪気味の声)風邪が治ったら話す」
鳴海「あ、ああ」
菜摘「(風邪気味の声)ノートとかプリントのこと、本当にありがとう」
鳴海「気にすんな」
菜摘「(風邪気味の声)じゃあ・・・またね」
鳴海「おう、またな」
電話が切れる
鳴海は少し嬉しそうな表情をしている
鳴海「(声 モノローグ)短い電話、風邪を引いた菜摘の声が耳に残っている。電話を切っても雨音は聞こえない、梅雨の嫌な気候を吹き飛ばすくらい、菜摘と話せたことが嬉しかった」
キッチンに行って夕飯の準備をする鳴海
冷蔵庫から食材を出す鳴海
メニューはカレー
◯380早乙女家菜摘の部屋(夕方)
物が少なく綺麗な部屋
ベッドで横になっている菜摘
LINEの鳴海とのトーク画面を見ている菜摘
鳴海「(声 モノローグ)梅雨が終わる」
◯381天城家明日香の部屋(夕方)
菜摘の部屋より物が多い部屋
整理整頓されている
椅子に座ってパソコンを見ている明日香
パソコンの隣にはクラス写真が飾られている
鳴海「(声 モノローグ)うるさいくらいにセミが鳴き始める」
◯382白石家嶺二の部屋(夕方)
散らかっている部屋
椅子に座って専門学校のパンフレットを見ている嶺二
スマホでQUEENの曲を聞いている嶺二
机の上には千春が使っていた剣のかけらが置いてある
鳴海「(声 モノローグ)強い日差しと揺らぐ陽炎の季節」
◯383南家汐莉の部屋(夕方)
CDやポスターが飾られている部屋
イヤホンで音楽を聴きながら20Years Diaryに日記をつけている汐莉
鳴海「(声 モノローグ)みんなで過ごす最後の夏になる」
◯384波音総合病院内手術室前(夕方)
手術中と赤いランプが光っている
椅子に座って祈るように手術が終わるのを待っている雪音と雪音の両親
鳴海「(声 モノローグ)きっとこの夏は、狂おしいほどに向日葵が咲く」
手術中のランプが消える
医者が手術室から出てくる
医者に駆け寄る雪音と雪音の両親
手術は成功したと伝えられる
喜び泣きじゃくる雪音と雪音の両親
◯385滅びかけた世界(約六年前):鳥取県/道路(夜)
夜になっている
月と星の灯りしかない道路
仰向けになって空を見ているナツ
夜風で雑草が揺れている
しばらくするとスズが戻ってくる
スズは燃やせそうなゴミを両手に抱えている
スズは前日より汚らしい見た目になっている
スズ「生きてる?」
ナツ「ギリギリ」
スズ「おお、なかなかしぶといねぇ」
ナツ「私を殺したいのか?生かしたいのか?どっちなんだ」
スズ「どっちでもいいかな」
座って火を起こし始めるスズ
ナツ「お前、昨日よりなんか汚くない?」
スズ「気のせいだよ」
カバンから牛肉の缶詰を二つ取り出すスズ
一つをナツに渡すスズ
缶詰を受け取るナツ
スズ「食え、食わないと死ぬぞ」
ナツ「お気遣いどーも」
缶詰を開けるナツとスズ
油まみれになった牛肉を素手で掴み食い散らかすスズ
ナツ「(匂いを嗅ぎながら)に、肉だよな・・・・・・」
食べるのを止めるスズ
ナツのことをじっと見るスズ
ナツ「な、なんだよ」
スズ「食べる前に匂いを嗅ぐなんて、動物みたい」
ナツ「う、うるさい!!お前だって獣同然だろ!!」
首を傾げるスズ
食べるのを再開するスズ
恐る恐る牛肉をつまみ、口の中に入れる
ナツ「しょっぱ!!!」
スズ「美味いでしょ」
ナツ「美味しいけどしょっぱいよこれ・・・」
スズ「そうかなぁ?」
ナツ「喉乾くわ」
水筒に入っていた水を飲むナツ
空になる水筒
スズは牛肉を食べ切る
缶詰をポイ捨てする
ナツ「あっ、お前!」
スズ「んー?」
ナツ「缶をその辺に捨てるなよ!!」
スズ「なんで?」
ナツ「食べ物があると勘違いしたカラスが私を襲いにきたの!!」
スズ「ふうん」
興味なさそうなスズ
スズ「水ちょーだい」
水筒を取るスズ
ナツ「ほらやっぱ喉乾くじゃん」
水筒からは数滴しか水が出ない
スズ「ねー、この水筒の中に入ってた水はどこに行ったの?」
ナツ「半分は私が飲んで、半分はカラスを撃退するために犠牲になりました」
スズ「ということは・・・もう水ない」
ナツ「は?お前持ってないの?」
スズ「持ってない。食料を探してる時に全部飲んだ」
ナツ「終わった・・・」
少しの沈黙が流れる
スズ「肉、食べないの」
ナツ「食べたいけど、水がなかったら食べられない」
スズ「じゃあちょーだい」
食べかけの缶詰をスズに渡すナツ
スズは缶詰を受け取り、食い散らかす
ナツ「お前、すごいな・・・」
スズ「何が?」
ナツ「半端ない食い意地」
スズ「だって食べないと死ぬんだよ?食べるために生きるんだよ?生きるために食べるんだよ?」
ナツ「もしかしてお前・・・私のために食料を探してくれてるのか」
スズはナツを無視して牛肉を食べている
ナツ「生きてる人間から食料を盗むのは、もうやめろよ。お前のためにもならないんだから」
黙々と牛肉を食べているスズ
ナツ「水もないし今度こそ万事休すか・・・」
牛肉を食べ切り缶をポイ捨てするスズ
スズの顔には牛肉の油がついている
ナツ「顔拭け」
リュックからタオルを取り出し顔を拭くスズ
スズ「足の怪我治った?」
首を横に振る
ナツ「まだ治ってない、包帯巻き直すからリュック貸して」
リュックを渡すスズ
リュックから医療キットを引っ張り出すナツ
慎重に包帯とガーゼを外すナツ
両足とも血が固まっている
スズ「(ナツの足を見ながら)うわお・・・どうしてそんなことになったの?」
医療キットからアルコール消毒液、ガーゼ、包帯を取り出す
ナツ「歩き過ぎのせい」
スズ「歩いただけでそうなるの?」
ナツ「まあね」
アルコール消毒液のキャップを外し、両足を消毒する
痛みで顔が歪むナツ
スズ「(ナツの足を見ながら)もう歩くのやめる」
ガーゼを貼り丁寧に包帯を巻く
ナツ「普通に歩いてる分ならこうならないよ、私の足は歩き過ぎのせいだから」
綺麗に包帯を巻いたナツ
スズ「歩かなきゃ平気?」
ナツ「歩かなきゃね」
スズ「あれなら使えるかなぁ?」
ナツ「あれって?」
スズ「ちょっと取ってくる!そこで待ってて!」
ナツ「おい!どこ行くんだ!」
スズは走ってどこかに行ってしまう
ナツ「落ち着きのない奴だな・・・」
時間経過
スズを待っているナツ
しばらくするとスズが二台のママチャリを押しながら戻ってくる
スズ「これならどうよ〜」
ナツ「(即答する)無理」
スズ「えー、自転車なら歩くより早いのにー」
ナツ「知ってる」
スズ「自転車乗ろーよ!これなら歩かなくて済む!!」
ナツ「そもそも私、自転車乗れない」
少しの沈黙が流れる
スズ「嘘つけ」
ナツ「嘘じゃない」
スズ「絶対嘘、自転車に乗れない人なんて初めて見たもん」
ナツ「それこそ嘘でしょ、一体どこに自転車に乗れる人がいるわけ?」
スズ「私と私のお母さんは乗れたもん」
ナツ「お前の母親に出来ても私には出来ない」
一台の自転車を倒すスズ
スズ「二人乗りしよう!!」
ナツの体を引っ張るスズ
ナツ「(必死に抵抗しながら)やだやだ!!」
杖を使って無理矢理ナツを立たせるスズ
スズ「(ナツの体を引っ張り)大丈夫だって」
ナツ「(必死に抵抗しながら)無理無理!!」
杖をつきながら引っ張られるナツ
自転車の前で止まるナツとスズ
ナツ「出来ない!」
スズ「支えてあげるから〜」
ナツ「嫌だ!!!」
スズ「後ろに乗ってるだけだよ?」
ナツ「関係ない!!」
ナツの足を見るスズ
スズ「足、踏んでいい?」
ナツ「はっ!?」
スズ「足、踏むね」
ナツ「(慌ててスズを止める)やめてやめて!!!」
スズ「嫌なら乗ってよ」
ナツ「何のために?」
スズ「水を探す」
ナツ「一緒に来いって言ってる?」
頷くスズ
ナツ「一緒に行く必要ない」
スズ「ある、手伝え」
ナツ「めんどくさい」
スズ「(片言で外国人風に)私優しい、お前みたいな怪我人のために毎日動いてる。だからたまにはお前も手伝え」
ナツ「ちょっと」
スズ「何?」
ナツ「先にそっちが!!私のご飯を!!食べたの!!!!分かる!?!?」
スズ「(片言で外国人風に)私優しい、だから小さなことで怒ったりしない。お前も見習え」
頭を抱えるナツ
スズ「頭も怪我した?」
ナツ「(大きな声で)違う!!!」
スズ「さあー、早く乗ってくれたまえ」
ナツ「(小声でボソッと)イカれてる・・・」
スズ「何?」
ナツ「ちゃ、ちゃんと支えてよ!!」
スズ「任せとけぃ!」
スズに支えられながら自転車の荷台に乗るナツ
スズ「へーきでしょー?」
ナツ「ば、バランス悪い・・・」
前のカゴにリュックと杖を入れるスズ
スズ「スタンド外すよ〜」
ナツ「(怖がりながら)し、慎重にやれよ。ゆっくりそーっと・・・」
力任せにスタンドを外すスズ
スタンドを外した時の音が大きく響く
ナツ「慎重にって言ったのに!!」
スズ「(自転車にまたがり)よっと・・・」
軽々と自転車に乗るスズ
ナツ「お、おい!!!バランスが!!!」
スズ「じゃあいっくよ〜!」
慌ててスズの体に掴まるナツ
ペダルを漕ぐをスズ
自転車はゆっくり進み始める
怖くて目を瞑っているナツ
スズ「(自転車を漕ぎながら)怖い〜?」
ナツ「(スズの体に掴まりながら)怖い!」
スズ「(自転車を漕ぎながら)怖くないよ〜」
ナツ「(スズの体に掴まりながら)怖過ぎる!!」
スズ「(自転車を漕ぎながら)片手、離しながら運転出来るよ」
片手を離して運転し始める
ナツ「(スズの体に掴まりながら)そんなことするな馬鹿!!」
片手離しをやめるスズ
スズ「(自転車を漕ぎながら)つまんないの〜」
ナツ「(スズの体に掴まりながら大きな声で叫ぶ)つまんなくない!!!」
ナツとスズは生い茂った雑草、ボロボロな民家、ガタガタな地面を避けながら自転車で進んで行く