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Chapter6卒業編♯21 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海

向日葵が教えてくれる、波には背かないで


Chapter6卒業編 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


登場人物


滅びかけた世界


ナツ 16歳女子

ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家。母親が自殺してしまい、その後は一人で旅を続けていたがスズと出会い行動を共にするようになった。


スズ 15歳女子

マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。

ナツと共に奇跡の海を目指してやって来た。


老人 男

ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。元兵士の男。緋空浜の掃除を一人でしている。Narumi Kishiと彫られたドッグタグを身に付けているがその正体は・・・


中年期の明日香 女子

老人ともう一人の兵士を見送りに来た、中年期頃の明日香。


七海 女子

中年期の明日香と同じく、老人ともう一人の兵士を見送りに来た少女。年齢は15、16歳。


老人と同世代の男兵士1 男子

中年期の明日香、七海に見送られていた兵士。老人、レキ、男兵士2と同じ隊に所属していた。


レキ 女子

老人たちと同じグループの若い女兵士で、年齢は25歳前後。老人、男兵士1、男兵士2と同じ隊に所属していた。老人とは親しかった様子。


老人と同世代の男兵士2 男子

中年期の老人、男兵士1、レキと同じ隊に所属している兵士。






滅んでいない世界


貴志 鳴海(なるみ) 18歳男子

波音高校三年三組、運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部副部長。 Chapter4の終盤に菜摘と付き合い始めた。


早乙女 菜摘(なつみ) 18歳女子

波音高校三年三組、病弱で体調を崩しやすい、明るく優しい性格。文芸部部長。鳴海と付き合っている。生徒会選挙の直後に原因不明の病に襲われ、現在は入院中。


白石 嶺二(れいじ) 18歳男子

波音高校三年三組、鳴海の悪友、不真面目なところもあるが良い奴。文芸部のいじられキャラである。高校卒業後は上京してゲームの専門学校に通うことを考えている。


天城 明日香(あすか) 18歳女子

波音高校三年三組。成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。文芸部部員。夢は保育士になること。最近は受験前のせいでストレスが溜まっている。なんだかんだで響紀とは良い関係。


南 汐莉(しおり)15歳女子

波音高校に通っている一年生、文芸部と軽音楽部の掛け持ちをしている。バンド”魔女っ子少女団”のメインボーカルで歌とギターが得意。20Years Diaryという日記帳で日々の行動を記録している。Chapter5の終盤に死んでしまう。


一条 雪音(ゆきね)18歳女子

波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。元天文学部部長で、今は文芸部に所属。真面目な性格のように見えるが・・・


柊木 千春(ちはる)女子

Chapter2の終盤で消えてしまった少女で、嶺二の想い人。


三枝 響紀(ひびき)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。クールで男前キャラ、同性愛者、 Chapter3で明日香に一目惚れして以来、彼女に夢中になっている。


永山 詩穂(しほ)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。基本はマイペースだが、キツい物言いをする時もある。


奥野 真彩(まあや)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。


早乙女 すみれ45歳女子

菜摘の母、45歳には見えない若さ美しさを保つ。優しい、とにかく優しい。


早乙女 (じゅん)46歳男子

菜摘の父、菜摘とすみれを溺愛しており二人に手を出そうとすれば潤の拳が飛んでくる。自動車修理を自営業でやっている。永遠の厨二病。


神谷 志郎(しろう)43歳男子

波音高校三年の教師。鳴海、菜摘、嶺二、明日香、雪音の担任。担当教科は数学。文芸部顧問。Chapter5の終盤に死んでしまう。


荻原 早季(さき)15歳女子

Chapter5に登場した正体不明の少女。


貴志 風夏(ふうか)24歳女子

鳴海の6つ年上の姉、忙しいらしく家にはほとんど帰ってこない。智秋と同級生で親友関係。いつの間にか看護師の仕事を始めている。


一条 智秋(ちあき)24歳女子

雪音の姉。妹と同じく美人。謎の病に苦しんでいたがChapter3の終盤にドナーが見つかり一命を取り留めたものの、再び体調を崩し現在は入院中。


双葉 篤志(あつし)18歳男子

波音高校三年二組、天文学部副部長。雪音とは幼馴染み。


有馬 (いさむ)64歳男子

波音町にあるゲームセンター“ギャラクシーフィールド”の店主。千春が登場したゲーム、”ギャラクシーフィールドの新世界冒険”の開発者でもある。なお現在の”ギャラクシーフィールド”は儲かっている。


細田 周平(しゅうへい)15歳男子

野球部に所属している一年生。Chapter5では詩穂に恋をしていた。


貴志 (ひろ)

鳴海の父親、事故で亡くなっている。菜摘の父、潤と高校時代クラスメートだった。


貴志 由香里(ゆかり)

鳴海の母親、事故で亡くなっている。菜摘の母、すみれと高校時代クラスメートだった。


神谷 絵美(えみ)29歳女子

神谷の妻。Chapter5では妊娠していた。


波音物語に関連する人物






白瀬 波音(なみね)23歳女子

波音物語の主人公兼著者。妖術を使う家系『海人』の末裔、そして最後の生き残り。Chapter4の終盤、妖術を使い奈緒衛の魂を輪廻させ、自らの魂も輪廻出来るようにした。


佐田 奈緒衛(なおえ)17歳男子

波音の戦友であり恋仲。優れた剣術を持ち、波音とは数々の戦で戦果をあげた。Chapter4の終盤に死んでしまった人物。


(りん)21歳女子

波音、奈緒衛を慕う女中。緋空浜の力を持っており、遥か昔から輪廻を繰り返してきた。波音に輪廻を勧めた張本人。体が弱い。奈緒衛と同じくChapter4の終盤に死んでしまった人物。


明智 光秀(みつひで)55歳男子

織田信長と波音たちを追い込み凛を殺した。


織田 信長(のぶなが)48歳男子

天下を取るだろうと言われていた武将。


一世(いっせい) 年齢不明 男子

ある時波音が出会った横暴で態度の悪い男。

Chapter6卒業編♯21 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


◯1130貴志家リビング(日替わり/朝)

 外は快晴

 時刻は七時半過ぎ

 制服姿で椅子に座ってニュースを見ている鳴海

 キッチンで風夏が弁当を作っている


鳴海「(声 モノローグ)日をまたぎ・・・俺たちのクリスマスパーティーは、クリスマスらしいドキドキとワクワクもないままに終わってしまった」


◯1131神谷家玄関(朝)

 スーツケースと大きなカバンを持った絵美が玄関で靴を履いている

 その様子を見ている神谷

 

絵美「(靴を履きながら)別居だなんて・・・」

神谷「早く消えてくれないか?俺には二学期最後の授業を楽しみに待っているたくさんの子供たちがいるんだ」


 靴を履き終える絵美


神谷「君を無理矢理追い出したくはない。俺の言葉が理解出来てるなら、今すぐこの家から去ってくれ」


 少しの沈黙が流れる

 絵美は玄関の扉を開けて家から出て行く


◯1132一条家前(朝)

 快晴

 雪音の家は大きな和風の一軒家

 雪音の家の周りも大きな家がたくさん建っている

 雪音の家の表札には一条と書かれている

 雪音の家の玄関の前には、昨晩雪音が公園のゴミ箱に捨て、その後千春が拾ったクリスマスプレゼント入りの紙袋が置いてある

 紙袋の中にはクリスマスパーティーで鳴海、嶺二、汐莉から貰ったプレゼントが入っている

 雪音の家の近くにある電柱の後ろに千春が隠れている

 千春は刃の欠けた剣を持っている

 玄関のドアを開けて雪音が家から出て来る

 雪音は右目に眼帯をつけている

 雪音はクリスマスプレゼントが入った紙袋が玄関の前に置いてあることに気付く

 周囲を見る雪音

 雪音には千春の姿が見えていない

 周囲を見るのをやめて、クリスマスプレゼントが入った紙袋を手に取る雪音


雪音「(小声でボソッと)クリスマスの嫌がらせかよ・・・」


 雪音はクリスマスプレゼントが入った紙袋を持ったまま嫌そうに一旦家の中へ戻る

 

千春「見られないように苦労しながら届けたのに、冷たい反応なのです・・・」


◯1133通学路(朝)

 波音高校へ向かっている学生や出勤途中のサラリーマンがたくさんいる

 波音高校へ向かってる鳴海


鳴海「(声 モノローグ)俺はパーティーでのやらかしを重たい体で引きずりながら、早過ぎる二学期最後の登校日という現実から目を背けていた」


 咳き込む鳴海


◯1134波音高校音楽準備室(朝)

 朝のHR前の時間

 音楽準備室にいる汐莉

 準備室には音楽の授業で使う楽器、楽譜、作詞作曲家の肖像画、メトロノーム、古い教科書、軽音部が使っている楽器、機材、パソコン、机、椅子、朗読劇関連の書類など様々な物が置いてある

 机の上にあった朗読劇関連の書類を手に取ろうとする汐莉

 鳴海が音楽準備室に入って来る


鳴海「南・・・」


 汐莉は机の上にあった朗読劇関連の書類を手に取る

 振り返って鳴海のことを見る汐莉


汐莉「こんなところに何しに来たんですか」

鳴海「お前に謝りたくて・・・」

汐莉「今更謝らなくても良いですよ」

鳴海「俺は・・・謝りたいんだ」

汐莉「それって鳴海先輩が許されたいだけなんじゃないんですか」

鳴海「そういうわけじゃない・・・」

汐莉「じゃあ何なんです?」

鳴海「ただ・・・今のままじゃ良くないと思ったんだ・・・」


 少しの沈黙が流れる


汐莉「分かりました・・軽音部でも吹奏楽部でもない先輩がここにいるのは良くないので場所を変えましょう・・・」


◯1135波音高校休憩所(朝)

 自販機、丸いテーブル、椅子が置いてある小さな広場

 自販機の前にいる鳴海

 椅子に座っている汐莉 

 鳴海と汐莉以外に生徒はいない

 咳き込む鳴海


鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・何か飲むか?」

汐莉「要りません」


 ポケットから小銭を取り出す鳴海

 自販機に小銭を入れ、ぶどうジュースを買う鳴海

 ぶどうジュースを自販機から取り出し、汐莉の元へ行く鳴海


汐莉「要らないって言ったんですけど・・・」


 ぶどうジュースをテーブルに置いて、椅子に座る鳴海


鳴海「なら俺が飲むぞ」

汐莉「先輩、ジュースとか飲むんですね」

鳴海「好きじゃないけどな」

汐莉「なら私が貰います」

鳴海「そうか」


 汐莉はぶどうジュースのキャップを外して一口飲む


鳴海「昨日は本当にすまなかった。(少し間を開けて)許してもらいたいって気持ちから謝ってるんじゃないんだ」

汐莉「ならどうして謝ってるんですか?」

鳴海「俺は謝るべきことをしてしまったし・・・南の気持ちを弄んでいたから・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「神に誓って、もう二度とあんなことはしないよ」

汐莉「先輩、浮気した人みたいですね」

鳴海「俺は真面目に話をしてるんだ」

汐莉「分かってますよ。鳴海先輩が真面目な話をしてるから、わざと茶化してるんです」

鳴海「茶化さないでくれ」

汐莉「無理ですね。私だってそんなに優しくはないので」


 再び沈黙が流れる


汐莉「鳴海先輩が明日香先輩と喧嘩した時も思ったんですけど、先輩はピンポイントに女の子が嫌がることをしてきますよね。もしかして最低の道を極めたプロの方ですか?」

鳴海「どんなプロだよ・・・」

汐莉「最低のプロだって言ってるんです」

鳴海「それは・・・すまない・・・」

汐莉「謝れば良いと思ってるところも最低ですよね」

鳴海「そ、そんなことは思ってない!!」

汐莉「本当ですか?その割に鳴海先輩の謝罪には誠意が感じられないんですけど」

鳴海「(頭を下げて)すまない・・・」

汐莉「頭を下げたこと以外何が変わったのか分かりません」

鳴海「(頭を下げたまま)誠意を持って謝ってるつもりだ・・・」

汐莉「そうですか。では今までの鳴海先輩は誠意を持たずに謝っていたんですね?」

鳴海「(頭を下げたまま)そ、そんなことはない・・・と言いたい・・・」

汐莉「だいたい先輩は良かれと思って取った行動が裏目に出過ぎなんですよ。巻き込まれるこっちの身にもなってください。私は試験の勉強も出来ずに一人で惨めに曲を作らなきゃいけなかったんですよ」

鳴海「(頭を下げたまま)すまない・・・」

汐莉「クリスマスパーティーとかする意味があったんですか?菜摘先輩の命令に従うと何か良いことでもあるんですか?それとも私の心を壊したいだけですか?」

鳴海「(頭を下げたまま)ち、違う!!俺は・・・みんなの気持ちをまとめたかったんだ・・・」


 少しの沈黙が流れる

 鳴海は頭を上げる


鳴海「合同朗読劇の前に文芸部と軽音部でイベントを挟んで、みんなの意識を朗読劇に向けたかった・・・合宿やそれぞれの家で部誌を書いた時みたいに、楽しいことをするべきだと思ったんだ・・・」

汐莉「でもそのアイデアは菜摘先輩の入れ知恵ですよね」

鳴海「ああ・・・」

汐莉「結局鳴海先輩はそういう男なんですよ。惚れた女の指示がなきゃ何も出来ないんです」

鳴海「自分でもその通りだと思う・・・俺は菜摘がいなかったら何も出来ない・・・」

汐莉「開き直るんですか?」

鳴海「南が事実を言ったから・・・その事実を逃げずに受け入れたんだ」

汐莉「良いですよね鳴海先輩は。菜摘先輩の言うことを聞いてればそれだけで幸せになれて、羨ましいですよ。私なんて菜摘先輩に必要とされず、響紀にも相手にされてないんです」

鳴海「菜摘と響紀がお前の全てなのか?」

汐莉「菜摘先輩と、鳴海先輩と、響紀が私の全てだったんですよ。(少し間を開けて)でも今は三人とも終わったも同然です」


 再び沈黙が流れる


鳴海「俺はお前の先輩だが・・・友達でもあるはずだ」

汐莉「友達にしては私のことを泣かせ過ぎじゃないですか」

鳴海「すまん・・・」

汐莉「良いですよ、私も昨日鳴海先輩のことを泣かせましたし」

鳴海「いや、あれは目から汗が出ただけだ」

汐莉「真面目な話の途中でボケないでもらえますかね」

鳴海「み、南だって茶化したじゃないか!!」

汐莉「そういえばそうでした、お互い様ですね、なんて流れにはしませんから」

鳴海「しないのかよ・・・」

汐莉「私は傷ついてるんです。人の恋心をちょっと知ってるからって、慰めようとする先輩の行動が鬱陶してくて、その救いのない気遣いが苦しみになるって分からないんですか?」

鳴海「すまない・・・」

汐莉「鳴海先輩は私を響紀に近づけてどうするつもりだったんです?」

鳴海「お、お前が喜ぶかと思って・・・響紀と話をさせたかったんだ・・・」

汐莉「大馬鹿者ですね、もう呆れて言葉も出ません」

鳴海「確かに・・・あの時響紀と一緒にいても・・・南にとっては辛いだけかもしれないが・・・後で一緒にいれば良かってたって後悔をさせたくなかったんだよ・・・少しでも良いから、お前にクリスマスイブのパーティーで好きな人と時間を共有してほしかったんだ。来年や再来年にパーティーがあるか分からないし・・・昨日が最後のチャンスだったかもしれないだろ・・・(少し間を開けて)俺の独りよがりな行動で南を傷つけてしまって、本当にすまないと思ってる・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「昨日、クリスマスパーティーで呆然と思ったんだ・・・菜摘と来たかったって・・・俺は一人だったけど・・・お前には響紀がいて・・・それで南の気持ちも考えずに・・・」

汐莉「ここで菜摘先輩の名前を持ち出すのは同情を引こうしてるみたいでずるいですよ・・・鳴海先輩・・・」

鳴海「すまん・・・」


 再び沈黙が流れる

 学校のチャイムが鳴る

 鳴海は汐莉に手を差し出す

 首を横に振る汐莉


汐莉「私が今鳴海先輩の手を取ってしまったら、きっと先輩に甘えてしまいます」

鳴海「(汐莉に手を差し出したまま)後輩は先輩に甘えるのが普通だろ」

汐莉「(少し笑いながら)私の普通は少し違うんです」

鳴海「(汐莉に手を差し出したまま)良いから俺の手を取れよ」

汐莉「鳴海先輩の手を取った瞬間、私は学校を辞めたいって言って泣き喚きます。それは先輩にとって困ることじゃないんですか?」


◯1136◯869の回想/波音総合病院/菜摘の個室(放課後/夕方)

 外では弱い雨が降っている

 菜摘の病室にいる鳴海と菜摘

 菜摘はベッドに横になっている

 鳴海はベッドの横の椅子に座っている

 床には鳴海のカバンが置いてある

 壁には鳴海の傘が立て掛けてある

 菜摘は痩せている

 ベッドの隣には棚があり、小さなテレビ、朗読劇用の波音物語、原作の波音物語、パソコン、鳴海がアイリッシュイベントで購入したステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダー、筆記用具、ノート、数冊の本などが置いてある

 ステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダーの葉の部分には、グリーンのストーンがついている

 窓際には花瓶が置いてあり、花が飾られてある

 話をしている鳴海と菜摘


菜摘「そ、そんなのダメ・・・学校を辞めるなんて、絶対ダメだよ!!鳴海くん、ちゃんと止めてくれたよね!?


◯1137◯1118の回想/波音総合病院/菜摘の個室(夜)

 菜摘の病室にいる鳴海と菜摘

 菜摘はベッドに横になっている

 鳴海はベッドの横の椅子に座っている

 鳴海はスーツ姿で袖をまくっており、スーツの下に着ているワイシャツの裾をズボンから出している

 鳴海の足元には紙袋が置いてあり、その中には嶺二、汐莉から貰ったクリスマスプレゼントが入っている

 菜摘は痩せている

 ベッドの隣には棚があり、小さなテレビ、朗読劇用の波音物語、原作の波音物語、パソコン、鳴海がアイリッシュイベントで購入したステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダー、筆記用具、ノート、数冊の本、プレゼント箱と香水、香水とはまた別のプレゼント箱とシルバーアクセサリーのブレスレット、白色のマフラーと手袋などが置いてある

 ステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダーの葉の部分には、グリーンのストーンがついている

 マフラーと手袋には小さくペンと音符が刺繍されている

 窓際には花瓶が置いてあり、花が飾られてある

 鳴海は一眼レフカメラを持っている

 菜摘は青いクリスタルがついたネックレスを身につけている

 話をしている鳴海と菜摘


菜摘「だからこそ困ってる人に手を差し伸べて、助けてあげるんだよ、鳴海くん」

鳴海「助けられそうにない時はどうすれば良いんだ・・・?」

菜摘「うーん・・・諦めずに手を差し伸べ続けるのが良いんじゃないかな」

鳴海「でも菜摘・・・世の中には手を取ろうとしない奴もいるだろ・・・」

菜摘「そういう人たちは助けの求め方が分からないんだよ」


◯1138回想戻り/波音高校休憩所(朝)

 自販機、丸いテーブル、椅子が置いてある小さな広場

 椅子に座って話をしている鳴海と汐莉

 鳴海は汐莉に手を差し出している

 汐莉の目の前にはぶどうジュースが置いてある

 鳴海と汐莉以外に生徒はいない

 汐莉は鳴海の手を取る


汐莉「(鳴海の手を取ったまま)私と鳴海先輩の間にある壁は・・・越えない方が良いんです。お互いのために、これ以上親しくなるのはやめておきましょう」


 鳴海の手を鳴海の膝の上に乗せる汐莉


汐莉「先輩は私のことを名前で呼ばないでくださいね、私も、鳴海くんって絶対に呼びませんから。(少し間を開けて)これで今まで通りに戻りますよ、鳴海先輩」


◯1139波音高校体育館/終業式(朝)

 終業式が行われている

 校長の上野がステージの上に立って話をしている

 鳴海、明日香、嶺二、汐莉、雪音、響紀、詩穂、真彩、双葉、細田を含む全校生徒が退屈そうに上野の話を聞いている

 神谷や教師たちはステージの近くで上野の話を聞いている


鳴海「(声 モノローグ)これで解決したって言えるのかよ・・・南・・・俺たちはあと何年学校生活を共にしたら分かり合えるんだ・・・」


◯1140波音高校三年三組の教室(昼)

 昼休み

 生徒たちは財布やお弁当を持って友人たちと廊下に出たり、教室の中でお昼ご飯を食べたりしている

 教室の窓際で話をしている鳴海、明日香、嶺二、雪音

 雪音は右目に眼帯をつけている


嶺二「覚えてんだろ、鳴海」

鳴海「何の話だ」

嶺二「波音博物館だよ、文芸部と軽音部で行こーぜって前に言ったじゃねーか」

鳴海「言ってたかもな」

明日香「博物館で何すんの?」

嶺二「勉強だよ勉強」

明日香「(驚いて)あの嶺二の口から勉強って言葉が出るなんて・・・」

嶺二「今の俺はな、かなり意識が高いんだぞ」

雪音「あー、痛々しい大学生デビューを目指してるんだね」

嶺二「痛々しくねーよ!!つか大学じゃなくて専門だ!!」

明日香「何であんたの大学生デビューに私たちが巻き添えを食わなきゃいけないわけ?」

嶺二「言っとくけど専門学生デビューと波音博物館は関係ねーからな!!俺は朗読劇をやる前に一発みんなのテンションをぶち上げるイベントをセッティングするべきだと思ってんだよ!!」

雪音「クリスマスパーティーを開催したのに、またイベントをやるんだ?」

嶺二「パーティーは失敗だっただろ」

明日香「えっ、別に失敗してないと思うんだけど・・・」

鳴海「いや、あれは大失敗だった」

明日香「あんたたちの成功と失敗の区別はどうなってるのよ・・・」

鳴海「とにかく失敗は失敗なんだ」


 少しの沈黙が流れる


明日香「そこまで言うなら失敗ってことにしといてあげるけど・・・(少し間を開けて)波音博物館にはいつ行くの?」

嶺二「三学期が始まってからだな」

明日香「三学期は受験があるでしょ」

嶺二「一日博物館に行く日があっても受験に問題はねーだろ」

明日香「あんたがそうでも、私には問題しかないの」

嶺二「明日香、年末年始に博物館はやってないんだぜ」


 再び沈黙が流れる


明日香「鳴海、本当に波音博物館へ行くの」

鳴海「そうだな・・・」

嶺二「年が明けたら菜摘ちゃんも退院するんだろ?鳴海、願掛けで朗読劇の前に全員で波音博物館へ行くのはありだぞと思うぞ、パーティーと違って下手に揉めたりする場所や環境じゃねーんだしよ」

雪音「菜摘の退院って年が明けてすぐって決まってるの」

鳴海「いや、まだ未定だ」

嶺二「でも多分近いうちだろ?」

鳴海「だと良いけどな・・・」

明日香「まず鳴海自身が博物館へ行くって案に賛成なのか反対なのか教えてよ」

鳴海「俺は・・・反対はしてない。だが、朗読劇の準備の進みや菜摘のことを考えると、判断に迷うな・・・」

嶺二「響紀ちゃんたちにも意見を聞いて考えるか?」

鳴海「ああ。文芸部だけで決めない方が良い」

明日香「まさかまた投票をするの?」

鳴海「時間がないのにそんなことはしてられないだろ・・・」

明日香「そ、そうね・・・」


 咳き込む鳴海


鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・今後についてはまた話し合いか・・・」


◯1141波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 文芸部の部室にいる鳴海、明日香、嶺二、汐莉、雪音、響紀、詩穂、真彩

 円の形に椅子を並べて座っている鳴海、明日香、嶺二、汐莉、雪音、響紀、詩穂、真彩

 雪音は右目に眼帯をつけている

 教室の隅にパソコン六台、プリンター一台、部員募集の紙が置いてある

 校庭では運動部が活動している

 話をしている鳴海たち

 鳴海の顔が赤くなっている


鳴海「冬休みに入る前に、一つだけ言わせてくれ。(少し間を開けて)来年は・・・こうならないように気をつけるから・・・みんなの才能を朗読劇に使わせて欲しい」


 少しの沈黙が流れる


雪音「気をつけるって何?どんなことをするの?」

鳴海「それは・・・」


 咳き込む鳴海


鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・各自の役割を分けて・・・」

雪音「(鳴海の話を遮って)今も分けてるじゃん」

鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・もっと具体的に分けるようにするよ。来年からは体育館での練習も増えて、照明や音の調整もしなきゃいけなくなる。だから各セクションにリーダーを作ろうと思うんだ」

雪音「(興味なさそうに)へぇー・・・」

鳴海「朗読、ライブ、照明と音のリーダーで朗読劇のバランスを整えれば、本番までに伝達のミスも減らせるだろ」

嶺二「そーだな。今までみてーなアホなトラブルは無くしちまおうぜ」

鳴海「ああ」

真彩「そのリーダーって、誰がやるんすか?」

鳴海「ライブは響紀に頼みたい」

響紀「はい」

鳴海「頼まれてくれるか?」

響紀「いつだって私は鳴海くんに頼まれていますが」

鳴海「すまん・・・ライブはお前が盛り上げてくれ」

響紀「お望みならば体育館を焼き尽くします」

鳴海「け、怪我人が出すなよ・・・」

響紀「はい」

嶺二「照明、音、朗読はどーすんだ?」

明日香「照明と音は嶺二でしょ」

嶺二「(驚いて)お、俺か!?」

明日香「そうよ」

嶺二「ど、どーして俺が・・・」

汐莉「前回の朗読劇に引き続いて体育館の調整室にいられるのは嶺二先輩だけじゃないですか」


 再び沈黙が流れる


嶺二「よ、よりによってこの俺に任せんのかよ・・・」

鳴海「調整室に送り込む奴を選べるほど俺たちは人材豊富な部活じゃないんだ・・・だから頼んだぞ、嶺二」

嶺二「しょうがねえな・・・やってやるか・・・」

明日香「となると朗読のリーダーは鳴海ってわけね?」

鳴海「一応はそのつもりだが・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・菜摘が戻って来たら、朗読はあいつが指示を出すかもしれない・・・ゲホッ・・・ゲホッ・・・」

明日香「鳴海、風邪引いてるの?」

鳴海「す、少し疲れてるだけだ」


 再び沈黙が流れる


鳴海「菜摘がいない間は俺が朗読のリーダーをやる」

詩穂「朗読のリーダーって俗に言う総合演出のことですか?」

鳴海「いや、俺は朗読のリーダーを・・・」

嶺二「(鳴海の話を遮って)総合演出はいねーのかよ?」

鳴海「そんなのはいてもいなくてもどっちでも良いと思うんだが・・・」

明日香「総合演出は必要でしょ」

鳴海「必要ならそれこそ菜摘がやるべき役職だろ」

明日香「鳴海、菜摘に拘っても、今菜摘はいないんだから・・・(少し間を開けて)私はここにいるメンバーで、出来ることを決めた方が良いと思うんだけど?」

鳴海「菜摘に拘ってるつもりはないんだ。あいつじゃなきゃ務まらないことはあいつにやらせ・・・」

汐莉「(鳴海の話を遮って)それを拘ってるって言うんですよ、鳴海先輩」


 少しの沈黙が流れる


嶺二「総合演出は曲が完成してから考えよーぜ。今は波音博物館と冬休みをどーするかが大事だしよ」

響紀「冬休みに波音博物館に行くんですか」

嶺二「いや、行くなら冬休みが明けてからだな」

詩穂「でも一月とか二月って受験と被ってません?」

嶺二「受験は明日香が我慢してくれれば問題ねえ」

明日香「ちょっと!!」

嶺二「一日だけだって言ってんだろ」

明日香「気に食わないのは日にちよりもあんたの態度!!」

嶺二「(呆れて)三年間俺の態度を見てきた奴がこんなことで怒んなよ・・・」

明日香「私は将来がかかって・・・」

鳴海「(明日香の話を遮って)明日香の将来も大切だが、そもそも軽音部は博物館に行く暇があるのか?」

詩穂「ない」

雪音「曲が完成してないのに暇なんかあるわけないじゃん」

汐莉「曲ならもうほとんどが出来てます、後は手直しして冬休み中に完成させるだけです」

鳴海「確実に冬休み中に完成するのか?」

汐莉「はい」

嶺二「さすがだぜ汐莉ちゃん」

汐莉「私は先輩たちの後輩ですから、頼まれたことは成し遂げますよ」

嶺二「さいこーの後輩だな・・・」

汐莉「嶺二先輩、もし波音博物館へ行くならいつにするんですか?」

嶺二「そりゃ一月か二月だろ」

真彩「具体的には決まってないんすね・・・」

鳴海「明日香、お前の受験日を教えてくれ」

明日香「筆記の試験が一月十七日、面接は翌週の二十四日」

嶺二「おー、あと一ヶ月切ってるんだな」

明日香「(大きな声で)当たり前でしょうが!!!!」

嶺二「で、でけー声を出すなよ・・・びっくりするだろ・・・」

明日香「(怒りながら)ほんと信じられない!!一ヶ月切ってるから私はこんなに焦ってるのにあんたは呑気に・・・」

嶺二「(明日香の話を遮って)わ、悪かった悪かった!!こ、今度明日香の受験日もメモっとくからよ!!」


 再び沈黙が流れる


響紀「博物館に一日行くだけですか」

鳴海「ああ」

詩穂「(小声で)無理だよ、響紀くん。私たちには時間がない」

響紀「時間は力でこじ作れるでしょ」

詩穂「(小声で)い、今はその力もないんだって・・・」

真彩「(小声で)もう余計なスケジュールは詰めずにライブの練習だけをしとこーよ・・・」

詩穂「(小声で)うん。汐莉もそう思うよね・・・?」


 少しの沈黙が流れる


汐莉「私は・・・博物館に行ってみたい。朗読劇の前に、白瀬波音、佐田奈緒衛、凛のことが知りたいよ」

真彩「(小声で)え〜・・・そんな社会科見学をしたって、朗読劇の結果は同じじゃないかな〜・・・」

鳴海「響紀、波音博物館に行けるかどうかは冬休みの間に決めてくれないか?」

響紀「分かりました。私たちは年末年始もライブの練習と曲作りをしますけど、構いませんよね」

鳴海「ああ。(少し間を開けて)文芸部は冬休みに活動をしない代わりに、宿題を出そうと思う」

明日香「は?宿題を出そうですって?」

鳴海「あ、明日香と南はやらなくて良い宿題だ」

嶺二「何で明日香と汐莉ちゃんには宿題がねーんだよ!!つか宿題とか出すんじゃねえ!!」

鳴海「明日香には受験勉強があるし、南は曲を作るので忙しいだろ。だから俺と嶺二と一条だけの宿題なんだよ」

嶺二「ふ!!ざ!!け!!ん!!な!!」

鳴海「(小声でボソッと)ふざけてるのはお前の言い方だろうが・・・」

雪音「鳴海は知らないんだろうけど、私たちだってクソ忙しいんだよねー」

鳴海「い、忙しい時に悪いが、部誌を書いてきてくれ」

雪音「今更部誌かよ。最近作ってなかったのに何で私たちがやらなきゃいけないの?」

鳴海「ぶ、文芸部員だからだ」


 再び沈黙が流れる


嶺二「(大きな声で)めんどくせえ!!!!」

鳴海「書いてきてくれよ」

嶺二「鳴海も書くんだろーな」

鳴海「ああ。だから嶺二と一条も頼む」

嶺二「どーしても俺たちの文章が読みてーって言うんだったら、やってやらんこともないぞ」

鳴海「どうしてもお前と一条の作品が読みたいんだ」

嶺二「良いだろう・・・久しぶりに筆を執るか・・・」

雪音「私は書かないから」

鳴海「お願いだ、一条。お前も協力してくれ」

雪音「休みの間まで付き合わなきゃいけないのって、だるいんだよねー」

汐莉「全員だるいことをやってるんですよ。雪音先輩が部誌を書いてこなきゃ、先輩が逃げたことになると思うんですけど、それで良いんですか?」

雪音「じゃあ可愛い後輩ために、宿題は覚えてたらやってあげるよ」

鳴海「忘れたは許さないぞ、一条」

雪音「許さない?鳴海に私を裁く権利はないからね」


◯1142帰路(放課後/夜)

 日が沈み暗くなっている

 一人自宅に向かっている鳴海

 部活帰りの学生がたくさんいる

 鳴海の顔は更に赤くなっている

 咳き込んでいる鳴海


鳴海「(咳き込みながら 声 モノローグ)明日から冬休みなのに、体が妙に熱くて重い・・・・長くて短かった二学期の去り際を遠巻きから見ているだけで、頭が回らなくなる。(少し間を開けて)二学期は色んなことがあり過ぎたな・・・部誌制作・・・合宿・・・明日香との喧嘩・・・軽音部と合同での活動・・・部員募集・・・南の恋・・・生徒会選挙・・・菜摘の入院・・・下級生の買収・・・南と一条のいざこざ・・・波音役の交代・・・朗読の練習・・・多数決・・・クリスマスパーティー・・・(少し間を開けて)部誌を書き終えたら、冬休みは少し休むか・・・いや、ダメだ。その前に姉貴と話をしなきゃいけない・・・何て言えば良いのか・・・クソッ・・・何も思い付かないな・・・」


◯1143貴志家鳴海の自室(夜)

 片付いている鳴海の部屋

 鳴海の部屋は物が少なく、ベッドと勉強机くらいしか目立つ物はない

 机の上には菜摘とのツーショット写真と、菜摘から貰った一眼レフカメラが置いてある

 カーテンの隙間から月の光が差し込んでいる

 鳴海の顔が赤い

 立って体温計を見ている鳴海

 体温計は38.6℃と表示されている


鳴海「(体温計を見たまま)疲れてるだけじゃないのかよ・・・」


 時間経過


 ベッドで横になっている鳴海

 鳴海のおでこには冷却シートが貼られており、顔は赤い

 風夏が鳴海の部屋にいる

 風夏は鳴海のベッドの横に座っている


風夏「時期が時期なだけにインフルかなー・・・明日は朝一に病院に行っておいで」

鳴海「分かった・・・」


 咳き込む鳴海


鳴海「(咳き込みながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・ウイルスのゴミクズ野郎が・・・早く死滅しろ・・・」

風夏「あ、そうだ。菜摘ちゃんは一月五日に外出許可が下りたんだって」

鳴海「姉貴・・・今日も菜摘と会ったのか・・・?」

風夏「うん。元気そうだったよ」

鳴海「俺や姉貴を経由して菜摘に風邪を移しちまったら・・・」

風夏「しょうがないしょうがない」

鳴海「(大きな声で)しょ、しょうがなくないだろ!!!!」


 再び咳き込む鳴海


風夏「絶対に防げることじゃないから、しょうがないんだよ」


 少しの沈黙が流れる


風夏「ネックレスを菜摘ちゃんにプレゼントしてあげたの?」

鳴海「ああ・・・」

風夏「菜摘ちゃん喜んでたよ〜!!」

鳴海「そうか・・・」

風夏「良かったね〜。風邪っぴきの旦那さん」

鳴海「からかいやがって・・・・」


 再び沈黙が流れる


鳴海「出て行かないと風邪が移るぞ・・・」

風夏「実は年末年始はお休みを貰ったんだよね」

鳴海「貴重な休みを弟と潰しても良いのかよ・・・」

風夏「休みは貴重だけどさ、家族って存在はもっと大切だから、一緒にいられる時は一緒にいたいんだ〜」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「姉貴・・・」

風夏「うん」

鳴海「話があるんだ・・・」

風夏「お姉ちゃんは何でも聞くよ」


 鳴海はベッドから体を起こす


鳴海「ありがとう・・・俺の姉貴でいてくれて・・・母親も父親もいない俺の・・・親代わりになってくれて・・・本当にありがとう・・・(少し間を開けて)俺・・・姉貴に幸せになって欲しいんだ・・・だからさ・・・結婚・・・」


 風夏は泣いている


鳴海「な、泣くなよ・・・」

風夏「(泣きながら)ごめんね鳴海・・・お姉ちゃん、どうしても忘れられない人が出来ちゃって・・・(少し間を開けて)自分勝手でごめんね・・・」

鳴海「あ、謝らないでくれ・・・結婚するのはめでたいことなんだから・・・もっと喜べよ・・・幸せな家庭を作ってくれよ・・・」

風夏「(泣きながら)ママとパパが死んじゃった時・・・姉弟で生きていくって決めたのに・・・ごめん・・・本当にごめん・・・」

鳴海「そんなのガキの頃の話だろ・・・」

風夏「(泣きながら)うん・・・でも・・・私は・・・ガキの頃から成長してないんだ・・・」

鳴海「俺だって・・・ガキのままじゃないか・・・」

風夏「(泣きながら)ううん・・・菜摘ちゃんから聞いたもん・・・鳴海は好きな子のために・・・仲間のために・・・自分を犠牲にして頑張ってるって・・・(少し間を開けて)鳴海は人のことを想える子に成長したんだよ・・・」


 涙を拭う風夏

 

風夏「立派に育ったね、鳴海」

鳴海「俺が成長出来たのは・・・姉貴が俺の面倒を見てくれたからだ・・・今だって,

風邪を引いた俺に付きっきりで・・・」

風夏「(少し笑いながら)職業病だからさ、体調の悪い人がいたら看病しないと・・・」


 再び沈黙が流れる


鳴海「姉貴・・・・幸せになってくれ」

風夏「もう十分幸せだよ」

鳴海「プロポーズされたんだろ!!」

風夏「うん、でもかなり前のことだからね?」

鳴海「そいつのことが好きなんだろ!!」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「菜摘や明日香が言ってたぞ!!結婚のチャンスはそうそうないって!!」

風夏「分かってるよ〜・・・」

鳴海「姉貴、幸せになるんだ・・・姉貴が好きな人と一緒に過ごせる空間を、家族を作ってくれ。姉貴の幸せは俺の幸せになるから・・・新しい姉貴の人生を歩んでくれよ・・・」


 風夏は鳴海の頭を撫でる


風夏「(鳴海の頭を撫でながら)ありがとうね、鳴海」

鳴海「(風夏に頭を撫でられながら)子供扱いをして誤魔化すのか・・・?」

風夏「(鳴海の頭を撫でながら)ううん・・・もう出来なくなっちゃうのかなって思って・・・だから今のうちにたくさん撫でたくなったんだ・・・健康祈願!!無病息災ってね!!」

鳴海「(風夏に頭を撫でられながら)撫で仏じゃないんだぞ・・・」

風夏「(鳴海の頭を撫でながら)私にとって鳴海は幸運の弟だからさ」


 鳴海の頭を撫でるのをやめる風夏


風夏「私、結婚しようかな・・・」

鳴海「お、おう・・・あ、姉貴がしたいと思った相手なら、俺は応援するよ」

風夏「良いの?」


 頷く鳴海


風夏「お姉ちゃん・・・結婚、するね?」

鳴海「おめでとう」

風夏「ありがとう・・・本当に・・・ありがとう、鳴海・・・」


◯1144滅びかけた世界:波音高校特別教室の四/文芸部室(夜)

 教室の中に半壊している旧式のパソコン六台と同じく半壊している旧式のプリンターが一台ある

 椅子や机、教室全体に小さなゴミが溜まっている

 教室の窓際には白骨化した遺体が二体並んで壁にもたれている

 教室の窓から月の光が差し込んで来ている

 ナツ、スズを抱き抱えた老人が教室の中に入って来る

 スズは眠っている

 老人の肩にはボルトアクションライフルがかけられている

 教室にはナツが読んでいた20Years Diary、老人から貰ったロシア兵の双眼鏡、ショッピングモールから盗んだ服、本や化粧品と、スズの荷物であるサングラス、手鏡、ビー玉、ショッピングモールから盗んだ服、ベレー帽、化粧品や大きなぬいぐるみなどが置いてある

 ナツは自分の荷物の横に座る

 老人はスズの荷物の横にゆっくりスズを降ろし、壁にもたれさせる

 ナツとスズは二体の遺体がもたれている壁とは別の壁際にいる


ナツ「ありがと」

老人「ああ」


 老人は壁にもたれている白骨化した二体の遺体を見る

 老人は遺体から目を逸らし、ナツの横に置いてある20Years Diaryを見る


老人「(20Years Diaryを見ながら)読んでいるのか?」

ナツ「え、何を?」

 

 20Years Diaryを見たまま、老人は20Years Diaryをゆっくり指差す


老人「(20Years Diaryを指差したまま)その日記だよ」

ナツ「よ、読んでるけど・・・」

老人「(20Years Diaryを指差すのをやめて)そうか・・・」

ナツ「あんたも読んだことあるの?」


 老人は首を横に振る


老人「ナツ」

ナツ「な、何?」

老人「俺の名前を知っているか?」

ナツ「えっ・・・な、名前?」

老人「そうだ」

ナツ「し、知ってるよ。ま、前に見せてもらったから」

老人「俺の名前を言ってみてくれないか?」


 少しの沈黙が流れる


ナツ「な、名前を言ってどんな意味があるんだ」

老人「名前は人の判別をする時に役に立つ」

ナツ「あ、あんたの名前なんて言いたくない」


 再び沈黙が流れる


老人「少し・・・話をさせてくれ」


 ナツの横に座る老人


老人「過去、現在、未来は連動している。現在や未来というのは、変えられるものではなく、過去にした行いの代償だ。ナツやスズに罪があるとは思わないが、君たちはたくさんの人々が過去にした最低な行為の後に生まれてしまった。言葉通り、過去の罪の上に生きて暮らしているのが君たちなんだ。(少し間を開けて)俺は・・・今までに数多くの過ちを犯してきた。あの時ああすれば良かった、なんて思いは頭が千切れそうになるくらい浮かんでくる」


 少しの沈黙が流れる


老人「俺が君たちに強く望んでいるのは、俺と同じ過ちや、後悔をしてほしくないということなんだ」

ナツ「過ちって何をしたの・・・?」


 再び沈黙が流れる


老人「昔・・・俺には二つ歳下の友人がいた・・・その子とは学校で知り合って、部活も同じだったから・・・親しくなったんだ。相手は俺のことを嫌っていたかもしれないが・・・俺は何かと・・・その子に余計なことをしてしまってな・・・結局友人関係でいられたのは一年間だけだった。彼女は・・・彼女は・・・」


 俯く老人


老人「(俯いたまま)俺がこの学校を卒業してから・・・すぐに死んでしまったんだ・・・」


 老人は涙を流す


老人「(俯いたまま涙を流して)頭が酷く混乱して・・・理解が出来なかった・・・その子は罪を犯したわけでもない・・・他者を思いやる心が人一番強かったのに・・・何故だ?何故そんな悲惨な結末になった?何故彼女の人生の終わりは誰にとっても報われないものになってしまったんだ?この世界が間違っていたのではないか?彼女に冷たくしたこの世界が悪いのではないのか?(少し間を開けて)その子が死んだ時も、他の大切な人が死んだ時も、必ずそういうふうな考えに陥った・・・」

ナツ「世界が悪いんだよ、全部地球がいけないんだ」

老人「(俯いたまま涙を流して)俺はそう思わない」

ナツ「じゃあ誰が悪いの?誰のせいでその子は死んでしまったの?」

老人「(涙を流したまま顔を上げて)ナツ、結局のところ本当に悪いのは自分自身なんだ。(少し間を開けて)死というのは・・・無条件で身近にいた者に責任が降りかかるんだよ」


◯1145Chapter3◯331の回想/滅びかけた世界:ナツの家リビング(約7年前/朝)

 ほこりっぽくゴミが溜まっているリビング

 ナツの母親が床に座っている

 壁にもたれかかっているナツの母親

 青白く痩せているナツの母親

 ナツが母親の体を揺さぶってる

 ナツの母親は全く動く気配がない

  

ナツ「(母親の体を揺さぶったまま)ママ?」


 ナツの母親はバランスを崩しそのまま床に倒れる

 ナツの母親の隣に赤くなったカッターが落ちている

 ナツの母親の服や周囲が赤い

 ナツの母親の左手は乾き切ったドス黒い血で染まっている

 ナツはしゃがみ、母親の左手を持ち上げて見る

 ナツの母親は手首を切って死んでいる


◯1146回想戻り/滅びかけた世界:波音高校特別教室の四/文芸部室(夜)

 教室の中に半壊している旧式のパソコン六台と同じく半壊している旧式のプリンターが一台ある

 椅子や机、教室全体に小さなゴミが溜まっている

 教室の窓から月の光が差し込んで来ている

 教室の壁際にいるナツ、スズ、老人

 スズは壁にもたれて眠っている

 老人の肩にはボルトアクションライフルがかけられている

 教室の窓際には白骨化した遺体が二体並んで壁にもたれている

 ナツ、スズ、老人は二体の遺体がもたれている壁とは別の壁際にいる

 ナツの近くには20Years Diary、老人から貰ったロシア兵の双眼鏡、ショッピングモールから盗んだ服、本や化粧品などが置いてある

 眠っているスズの近くには拾ったサングラス、手鏡、ビー玉、ショッピングモールから盗んだ服、ベレー帽、化粧品や大きなぬいぐるみなどが置いてある

 話をしているナツと老人

 老人は涙を流している


ナツ「ママが・・・ママが死んだのは・・・私のせい・・・?」

老人「(涙を流したまま)それは俺にも分からない・・・だが君はいつの日か必ず・・・母親の死を自分の責任だと思うようになる」

ナツ「何で・・・?私が弱いから・・・?」

老人「(涙を流したまま)違う・・・成長するにつれて、人はそう思ってしまうようになるんだ」


 老人は涙を拭う


老人「歳を取ればそれ相応に責任感が芽生えてくる。君たちがその責任感とどう折り合いをつけて人生を歩むか・・・」

ナツ「私たちはどうすれば良いの・・・?」


 少しの沈黙が流れる

 老人は首に下げていたドッグタグを外す

 ドッグタグは軍人がつけているような物と同じで、一枚にNarumi Kishiと名が彫られている

 ドッグタグを見ている老人

 少しの間老人はドッグタグを見続ける

 老人はドッグタグを見るのをやめてナツに差し出す


ナツ「ま、前にも見ただろ」

老人「(ナツにドッグタグを差し出したまま)ナツは英語が読めないんだな?」

ナツ「そ、そんなことない!!」

老人「(ナツにドッグタグを差し出したまま)隠しても無駄だ。君たちが英語を苦手としているのは以前から気付いていた」


 ナツは渋々老人からドッグタグを受け取る

 ドッグタグを見ているナツ

 ナツにはドッグタグに彫られている文字が読めていない


ナツ「(老人のドッグタグを見ながら)べ、勉強をしてないから・・・外国の文字はほとんどが読めないんだ・・・」

老人「中には知ってる単語もあるだろう?」

ナツ「(老人のドッグタグを見るのをやめて)サイコパスとかカレーライスの意味は分かるよ・・・」


 ナツはドッグタグを老人に差し出す


老人「(ナツからドッグタグを受け取り)これは認識票という物で、言わば兵士の身分証明書だ」


 老人はナツにドッグタグを見せる


老人「(ドッグタグをナツに見せながら)こいつには貴志鳴海と彫られている」

ナツ「えっ・・・?」

老人「(ドッグタグをナツに見せたまま)貴志鳴海が俺の本名なんだ」


 ドッグタグを首にかける老人


ナツ「き、貴志鳴海って・・・」


 ナツは慌てて20Years Diaryを手に取って開く

 20Years Diaryと急いでめくるナツ

 ナツは20Years Diaryをめくるのをやめる


ナツ「(20Years Diaryを読みながら)きょ、今日は・・・鳴海先輩に・・・ぶどうジュースを奢ってもらった・・・」


◯1147Chapter6◯376の回想/波音高校休憩所(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 自販機、丸いテーブル、椅子が置いてある小さな広場

 自販機の前にいる鳴海

 椅子に座っている汐莉 

 鳴海と汐莉以外に生徒はいない

 ポケットから小銭を取り出す鳴海

 自販機に小銭を入れ、ぶどうジュースを買う鳴海

 ぶどうジュースを自販機から取り出し、汐莉の元へ行く鳴海


ナツ「(20Years Diaryを読みながら 声)先輩曰く、ボジョレーらしい・・・人が真剣な話をしてる時、鳴海先輩はふざけがち・・・」


 鳴海と汐莉は話をしている

 ぶどうジュースをテーブルに置く鳴海

 鳴海は椅子に座る

 汐莉は笑っている


◯1148回想戻り/滅びかけた世界:波音高校特別教室の四/文芸部室(夜)

 教室の中に半壊している旧式のパソコン六台と同じく半壊している旧式のプリンターが一台ある

 椅子や机、教室全体に小さなゴミが溜まっている

 教室の窓から月の光が差し込んで来ている

 教室の壁際にいるナツ、スズ、老人

 スズは壁にもたれて眠っている

 老人の肩にはボルトアクションライフルがかけられている

 教室の窓際には白骨化した遺体が二体並んで壁にもたれている

 ナツ、スズ、老人は二体の遺体がもたれている壁とは別の壁際にいる

 ナツの近くには老人から貰ったロシア兵の双眼鏡、ショッピングモールから盗んだ服、本や化粧品などが置いてある

 眠っているスズの近くには拾ったサングラス、手鏡、ビー玉、ショッピングモールから盗んだ服、ベレー帽、化粧品や大きなぬいぐるみなどが置いてある

 20Years Diaryを読んでいるナツ


ナツ「(20Years Diaryを読みながら)でも、なんだかんだで最後まで話を聞いてくれたりする・・・」

老人「汐莉らしい文章だな」


 少しの沈黙が流れる


ナツ「(20Years Diaryを閉じて)な、鳴海先輩があんたなの・・・?」

老人「そうだ」


 再び沈黙が流れる


ナツ「そ、そんなの・・・(大きな声で)嘘に決まってる!!!」

老人「君が疑うのも無理はない。俺自身、まさかその日記が二人の元に巡るとは思ってもいなかったよ」


 ナツの声に反応し眠っていたスズがゴソゴソと動く


スズ「(ゴソゴソ動きながら)うるさいなぁなっちゃんとジジイは・・・」


 ナツはスズの体を揺さぶる


ナツ「(スズの体を揺さぶりながら)起きろスズ!!」

スズ「(ナツに体を揺さぶられながら)ご飯〜・・・?」

ナツ「(スズの体を揺さぶりながら)違う!!ご飯よりももっと大事なことだ!!」


 体を起こすスズ

 ナツはスズの体を揺さぶるのやめる


老人「おはよう、スズ」


 スズは両目を擦る


スズ「(両目を擦りながら)おはよー・・・大事なご飯ってなーに・・・?」

老人「まだ頭は起きていないようだな」

ナツ「す、スズ、ジジイは自分のことを貴志鳴海だって言ってるよ」

スズ「(両目を擦りながら)きしなるみ・・・?誰・・・?」

ナツ「み、南汐莉の日記に出て来る人!!」


 両目を擦るのをやめるスズ


スズ「貴志鳴海がジジイなの・・・?」

ナツ「ジジイはそう言ってるけど・・・多分嘘だ・・・」

スズ「ふーん・・・ご飯とはかんけーない・・・?」

ナツ「ない」


 少しの沈黙が流れる


老人「信じられないのか?ナツ」

ナツ「し、信じられるわけないだろ!!」

老人「南汐莉は文芸部と軽音部に所属していて、ギターと歌が得意だった。柊木千春を除けば、文芸部唯一の後輩が汐莉だ。(少し間を開けて)これで信じる気になったか?」

スズ「す、凄いね!!ジジイはこの本を丸覚えしてるんだ!!」

老人「俺が貴志鳴海だったから、汐莉について分かっているだけだよ」

スズ「じゃー文芸部にいる人の名前を全部言ってみて!!」

老人「早乙女菜摘、天城明日香、白石嶺二、南汐莉、途中で抜けたのが柊木千春で、後から入ったのが一条雪音だ」

スズ「なっちゃん!!確認してみよ!!」

ナツ「う、うん」


 ナツは再び20Years Diaryを開き、パラパラとめくりながら日記を読む


ナツ「(20Years Diaryをパラパラとめくりながら読んで)菜摘先輩・・・明日香先輩・・・それから・・・嶺二先輩・・・千春・・・雪音先輩・・・」

スズ「(驚いて)ぜ、全部当たってる!!」

老人「旧友の名前だからな」


 再び沈黙が流れる

 20Years Diaryを閉じるナツ


ナツ「この日記は六十年以上も前の物のはずなのに・・・」

老人「それほど古い物ではないよ、ナツ」

ナツ「じゃ、じゃあ・・・(少し間を開けて)本当にあんたが・・・鳴海なの・・・?」

老人「そうだ」

スズ「ジジイが鳴海先輩だったのかー!!」

老人「鳴海先輩と呼ばれていたのは大昔のことだがな・・・」


 少しの沈黙が流れる


ナツ「あんたが南汐莉の日記と関わっていたなんて・・・」

老人「俺はあくまでも日記の所有者たちと友人だっただけだ」

ナツ「所有者たち?これは南汐莉の物じゃないの?」

老人「元々はな」

スズ「分かった!!しおりんが誰かに渡したんだ!!」

ナツ「誰に?」

スズ「誰かに!!」


 再び沈黙が流れる


ナツ「な、何で名前を隠してたの?」

老人「言っただろう?名前を聞いて過去を思い出すのが嫌なんだ」

スズ「良い名前なのに〜・・・」

老人「名前を言ってなかった理由はもう一つある・・・」

スズ「どんなりゆー?」

老人「俺にとって貴志鳴海は過去の象徴で、既に死んだ人間なんだ」

ナツ「死んだ人間って、どういうこと・・・?あんたが鳴海なんじゃないの?」

老人「正確には違うな。俺は貴志鳴海だった男の成れの果てだ」


 少しの沈黙が流れる


老人「日記に出て来た鳴海は・・・少しずつだが確実に壊れ死んでしまった。だから俺は、ただの名も無き年寄りでしかないよ」

ナツ「だったら認識票をつける意味は何・・・?」

老人「それも前に言っただろう、認識票・・・ドッグタグ・・・犬の首輪はな、俺がかつて誰だったのかを教えてくれるんだ。過去は思い出したくないが、忘れたいというわけでもない。古い記憶とはそういうものだ」

スズ「ジジイはジジイで、鳴海先輩は鳴海先輩ってこと?」

老人「ああ」

スズ「でも私にはどっちも同じ人に見えるけどな〜」

老人「いや、完全に別物さ。鳴海はもうこの世にはいない・・・」

スズ「私となっちゃんも歳を取ったら、ババアになるの〜?」

老人「おそらくな」

スズ「今の私たちとは違う人間になっちゃうのか〜」

老人「それは君たちの人生次第だ」

ナツ「私たちがあんたみたいにならないためにはどうすれば良い?」

老人「後悔しない道を選ぶしかない。(少し間を開けて)一つだけ確かのは、他人に手を差し伸べる機会を見逃さないのが大事だということだろう。君たちの手には一生の後悔が残るか、或いはこの世界を共に生き抜く仲間との絆が残るか、差し伸べるかどうかで分かれる運命だからな」


 立ち上がる老人


老人「そろそろ休むとするよ。ナツとスズも、今日はゆっくりと寝ると良い」

スズ「明日は何するの〜?」

老人「明日か・・・(少し間を開けて)また出かけるのはどうだ」

スズ「え、遠足!?」

老人「遠足とは少し違うが・・・ほとんど似たような行事かもしれないな」

ナツ「どこに行くの?」

老人「それは出かけてからのお楽しみだ」

スズ「えー!!」

老人「スズ、明日に備えて休んでくれ」

スズ「んー・・・分かったー」


 老人は教室の扉を開ける


老人「おやすみ、二人とも」

スズ「(老人に手を振って)おやすみー!!」


 教室から出て行く老人


スズ「なっちゃん」

ナツ「何?」

スズ「ジジイもふつーの人間なんだね」

ナツ「あいつが普通?」

スズ「うん。人を殺せる兵士でも、ふつーに心があるんだよ」

ナツ「私には・・・ジジイが老犬のように見えるな・・・」

スズ「ろーけんって何?」

ナツ「歳を取った犬のこと。あいつは飼い主のために何度も戦って、心身を痛めて、負け続けて、飼い主が死んじゃって、今のジジイになったんだと思う」


◯1149滅びかけた世界:波音高校体育館(夜)

 一人体育館にいる老人

 損壊した屋根から、月の光が差し込んで来ている

 体育館の扉は壊れ、閉まらなくなっている

 体育館はステージを含め、ほとんどの場所に灰でいっぱいになったビニール袋が置いてある

 体育館は隅の一箇所だけ、灰の入ったビニール袋が置いてない場所があり、そこには体育の授業で使うようなマットが敷かれてある

 マットの上には災害用の毛布が何枚か置いてあり、その脇には、数冊の本、小さな電化製品、吸い切ったタバコが積まれている灰皿、着替え、酒のボトル、空になったタバコの箱、薬の入った小さな小瓶、何個も繋がったドッグタグ、数枚の古い写真、ボルトアクションライフル、ナイフ、ハンドガン、銃の弾丸や、ナツに巻いてもらったマフラーなどの老人の所有物と思わしき様々な物がまとめられてある

 数冊の本の中には、かつて老人が汐莉から貰った”年下と上手に会話を行う本”も置いてある

 老人の所有物がまとめられてある場所以外は、灰の入ったビニール袋が積まれてある

 老人はマットの上に座り、体育館の壁にもたれている

 老人は老眼鏡をかけている

 老人は古く傷んだ一枚の写真を見ている

 写真は汚れており、色も劣化している

 写真は文芸部の部室で自撮りしたもので、Chapter6◯485の明日香が見ていた写真と同じ物

 自撮りした写真には鳴海、菜摘、明日香、嶺二、汐莉が写っている

 写真の嶺二と汐莉の間には不自然なスペースがある


スズ「(声)貴志鳴海はどこに行っちゃったんだろーね」

ナツ「(声)ジジイが言ってるように死んだんだよ・・・」

スズ「(声)本当にそうなのかな〜・・・」


 老人は文芸部で自撮りした写真を床に置き、かつて汐莉から貰った”年下と上手に会話を行う本”を手に取る


スズ「(声)私はまだジジイの奥に鳴海先輩が隠れてると思うんだよね〜」


 ”年下と上手に会話を行う本”を開く老人

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