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Chapter6卒業編♯8 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海

向日葵が教えてくれる、波には背かないで


Chapter6卒業編 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


登場人物


滅びかけた世界


ナツ 16歳女子

ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家。母親が自殺してしまい、その後は一人で旅を続けていたがスズと出会い行動を共にするようになった。


スズ 15歳女子

マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。

ナツと共に奇跡の海を目指してやって来た。


老人 男

ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。元兵士の男。緋空浜の掃除を一人でしている。Narumi Kishiと彫られたドッグタグを身に付けているがその正体は・・・


中年期の明日香 女子

老人ともう一人の兵士を見送りに来た、中年期頃の明日香。


七海 女子

中年期の明日香と同じく、老人ともう一人の兵士を見送りに来た少女。年齢は15、16歳。


老人と同世代の男兵士1 男子

中年期の明日香、七海に見送られていた兵士。老人、レキ、男兵士2と同じ隊に所属していた。


レキ 女子

老人たちと同じグループの若い女兵士で、年齢は25歳前後。老人、男兵士1、男兵士2と同じ隊に所属していた。老人とは親しかった様子。


老人と同世代の男兵士2 男子

中年期の老人、男兵士1、レキと同じ隊に所属している兵士。






滅んでいない世界


貴志 鳴海(なるみ) 18歳男子

波音高校三年三組、運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部副部長。 Chapter4の終盤に菜摘と付き合い始めた。


早乙女 菜摘(なつみ) 18歳女子

波音高校三年三組、病弱で体調を崩しやすい、明るく優しい性格。文芸部部長。鳴海と付き合っている。生徒会選挙の直後に原因不明の病に襲われ、現在は入院中。


白石 嶺二(れいじ) 18歳男子

波音高校三年三組、鳴海の悪友、不真面目なところもあるが良い奴。文芸部のいじられキャラである。高校卒業後は上京してゲームの専門学校に通うことを考えている。


天城 明日香(あすか) 18歳女子

波音高校三年三組。成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。文芸部部員。夢は保育士になること。最近は受験前のせいでストレスが溜まっている。なんだかんだで響紀とは良い関係。


南 汐莉(しおり)15歳女子

波音高校に通っている一年生、文芸部と軽音楽部の掛け持ちをしている。バンド”魔女っ子少女団”のメインボーカルで歌とギターが得意。20Years Diaryという日記帳で日々の行動を記録している。Chapter5の終盤に死んでしまう。


一条 雪音(ゆきね)18歳女子

波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。元天文学部部長で、今は文芸部に所属。真面目な性格のように見えるが・・・


柊木 千春(ちはる)女子

Chapter2の終盤で消えてしまった少女で、嶺二の想い人。


三枝 響紀(ひびき)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。クールで男前キャラ、同性愛者、 Chapter3で明日香に一目惚れして以来、彼女に夢中になっている。


永山 詩穂(しほ)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。基本はマイペースだが、キツい物言いをする時もある。


奥野 真彩(まあや)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。


早乙女 すみれ45歳女子

菜摘の母、45歳には見えない若さ美しさを保つ。優しい、とにかく優しい。


早乙女 (じゅん)46歳男子

菜摘の父、菜摘とすみれを溺愛しており二人に手を出そうとすれば潤の拳が飛んでくる。自動車修理を自営業でやっている。永遠の厨二病。


神谷 志郎(しろう)43歳男子

波音高校三年の教師。鳴海、菜摘、嶺二、明日香、雪音の担任。担当教科は数学。文芸部顧問。Chapter5の終盤に死んでしまう。


荻原 早季(さき)15歳女子

Chapter5に登場した正体不明の少女。


貴志 風夏(ふうか)24歳女子

鳴海の6つ年上の姉、忙しいらしく家にはほとんど帰ってこない。智秋と同級生で親友関係。いつの間にか看護師の仕事を始めている。


一条 智秋(ちあき)24歳女子

雪音の姉。妹と同じく美人。謎の病に苦しんでいたがChapter3の終盤にドナーが見つかり一命を取り留めたものの、再び体調を崩し現在は入院中。


双葉 篤志(あつし)18歳男子

波音高校三年二組、天文学部副部長。雪音とは幼馴染み。


有馬 (いさむ)64歳男子

波音町にあるゲームセンター“ギャラクシーフィールド”の店主。千春が登場したゲーム、”ギャラクシーフィールドの新世界冒険”の開発者でもある。なお現在の”ギャラクシーフィールド”は儲かっている。


細田 周平(しゅうへい)15歳男子

野球部に所属している一年生。Chapter5では詩穂に恋をしていた。


貴志 (ひろ)

鳴海の父親、事故で亡くなっている。菜摘の父、潤と高校時代クラスメートだった。


貴志 由香里(ゆかり)

鳴海の母親、事故で亡くなっている。菜摘の母、すみれと高校時代クラスメートだった。


神谷 絵美(えみ)29歳女子

神谷の妻。Chapter5では妊娠していた。


波音物語に関連する人物






白瀬 波音(なみね)23歳女子

波音物語の主人公兼著者。妖術を使う家系『海人』の末裔、そして最後の生き残り。Chapter4の終盤、妖術を使い奈緒衛の魂を輪廻させ、自らの魂も輪廻出来るようにした。


佐田 奈緒衛(なおえ)17歳男子

波音の戦友であり恋仲。優れた剣術を持ち、波音とは数々の戦で戦果をあげた。Chapter4の終盤に死んでしまった人物。


(りん)21歳女子

波音、奈緒衛を慕う女中。緋空浜の力を持っており、遥か昔から輪廻を繰り返してきた。波音に輪廻を勧めた張本人。体が弱い。奈緒衛と同じくChapter4の終盤に死んでしまった人物。


明智 光秀(みつひで)55歳男子

織田信長と波音たちを追い込み凛を殺した。


織田 信長(のぶなが)48歳男子

天下を取るだろうと言われていた武将。


一世(いっせい) 年齢不明 男子

ある時波音が出会った横暴で態度の悪い男。

Chapter6卒業編♯8 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


◯894社殿/馬小屋(500年前/日替わり/昼)

 社殿の中に馬小屋がある

 馬小屋には数十頭の馬がいる

 馬小屋の中にいる波音、奈緒衛、凛

 波音、奈緒衛、凛は話をしている


凛「な、波音様!!奈緒衛様!!私のような女中風情に乗馬をさせてはいけませぬ!!」

波音「何を申しておるのだお主は。人がおらねば馬は走らないのだぞ」

凛「し、しかし波音様、このような身分を弁えない立ち振る舞いは周囲の者どもの反感を買う恐れがあります!!」

奈緒衛「それはごもっともな指摘だな」

波音「まさか奈緒衛まで私に逆らうのか?」

奈緒衛「いや、俺の命は波音の物だ。波音がやると言えば、俺はそれに付き合うまでだよ」

波音「よろしい、それでこそ我が右腕よ」

凛「な、奈緒衛様!!我らが波音様を止めねばならぬのですよ!!」

奈緒衛「そう言われてもな凛、馬を動かすことも大事なんだぞ」

凛「も、もちろん馬のためであるとは承知しておりますが・・・」

奈緒衛「では良いじゃないか」

凛「じょ、女中が武将様と武士様と共に乗馬をするなど・・・ぜ、前代未聞の・・・」

波音「(凛の話を遮って)そなたの主張は武将の私が却下する。凛、お主も馬に乗るのだ」


 少しの沈黙が流れる


凛「ご、ご命令であれば従います・・・波音様・・・」


◯895社殿の外(500年前/昼)

 快晴

 馬に乗っている波音、奈緒衛、凛

 三頭の馬は大きな塀で囲まれた社殿の周りをゆっくり進んでいる

 所々に水たまりが出来ているが、馬は水たまりを避けて歩いている

 波音、奈緒衛、凛は乗馬をしながら話をしている


奈緒衛「しかし久方ぶりに晴れたな」

波音「うむ。少しばかり肌寒いのが残念だが・・・」

凛「今は冬でございますから。乗馬をしてお体が冷えるのも当然ですよ、波音様」

波音「やはり冬は好かぬな・・・暖かい夏が恋しいものだ」

奈緒衛「おいおい、波音は気候に左右されないんじゃなかったのか?」

波音「戦では気候に左右にされるようなことはないぞ」

奈緒衛「戦では?」

波音「うむ」

凛「戦以外の時は波音様も左右されるのですね?」

波音「無論だ。元来私は寒いのも暑いのも苦手でのう」

奈緒衛「そ、そうだったのか・・・しかし、寒いのも暑いのも苦手では、日々の苦痛も絶え間ないな」

波音「苦痛とまで言わぬが、やはり程良い暖かさが理想だ」

凛「となれば波音様、春はいかがでしょう?美しい桜をご覧になれますよ」

波音「桜か・・・」

凛「はい」

奈緒衛「春が暖かい頃合いなのは理解出来るが、ここらに桜の木なんてないだろ」

凛「では種を蒔きましょう、奈緒衛様」

奈緒衛「(呆れて)桜は一月二月では育たぬのだぞ・・・」

凛「奈緒衛様、長き時をかけて耐え忍ぶからこそ、桜は美しくなるのでございますよ」

奈緒衛「まあな・・・待つのは苦手だが・・・」

波音「見に行けば良い」

奈緒衛「見に行く・・・?」

波音「ああ。3人で馬に乗って、桜が狂い咲いてる土地へ赴くのだ」


 少しの沈黙が流れる


凛「な、波音様・・・そ、それではまるで・・・」

波音「旅のようだな」

奈緒衛「た、旅なんて・・・俺たちが許されるのか・・・?」

波音「信長殿が天下を取るのもそう遠くはあるまい。戦の決着がつけば、我らもしばしの間休みを得られるであろう」

奈緒衛「なるほど、その際に休養を兼ねて旅に出る・・・ということだな」

波音「うむ。凛よ、悪くないと思わぬか?」

凛「は、はい・・・」


 再び沈黙が流れる

 俯く凛


波音「凛?どうしたのだ?」

凛「(顔を上げて)い、いえ・・・な、何でもございませぬ・・・」

波音「我らと旅は嫌か?」

凛「め、滅相もない!!波音様と奈緒衛様と旅に出られたら私めはとても幸せでございます!!(少し間を開けて)しかし・・・」

奈緒衛「何か気がかりがあるのだな?」

凛「夢でございます・・・奈緒衛様・・・」

奈緒衛「ま、また見たのか!?」

凛「はい・・・」

波音「凛よ、予知夢が続くのは危険な兆候だ。そなたの心身にもどのような影響を及ぼすか分からぬ、気をつけるのだぞ」

凛「心します、波音様」

波音「察するに凛が見たという夢、例の青年が現れたのではないか?」

凛「な、何故それを・・・」

波音「(少し笑いながら)お主は分かりやすいからのう」

奈緒衛「波音、例の青年とは誰のことを申しておるのだ?」

波音「そなたはもう忘れてしまったのか・・・家族なんてろくなものではないと語る青年のことを・・・」


 考え込む奈緒衛


奈緒衛「そういえば聞き覚えがあるかもしれないな・・・」

凛「そ、そういえばでございませぬよ!!私めはきちんと奈緒衛様にもお話ししました!!」

奈緒衛「すまぬ凛、すっかり忘れていたよ・・・その男が再び夢の中に出てきたのだな・・・?」

凛「左様でございます。鮮明には覚えておりませぬが・・・彼は私と旅に出るのが嫌だったようで・・・」

奈緒衛「(驚いて)た、旅!?そのような話を夢でしたのか!?」

凛「はい・・・」

波音「まことに奇妙な夢が青年との関わりを持たせておるな・・・これもまた縁であろうが・・・その青年の正体を暴こうにもあまりに情報が少ない・・・探し出すのは不可能か・・・」


 少しの沈黙が流れる


凛「名前なら知っております。その程度では波音様のお役に立たぬでしょうか?」

波音「な、何!?お主は人名を知って・・・」

凛「(波音の話を遮って)存じております、波音様」

奈緒衛「そ、そのような大事なことはもっと早く言えよ!!凛!!」

凛「も、申し訳ございませぬ・・・私めには聞き覚えのない名でしたので・・・」

波音「凛よ・・・我らに教えるのだ、その青年が何という者なのか」

凛「彼は・・・(かなり間を開けて)彼の名は・・・」


◯896貴志家鳴海の自室(日替わり/朝)

 ベッドで眠っている鳴海

 鳴海の部屋はカーテンが閉められている

 机の上には菜摘とのツーショット写真が飾られてある

 鳴海の部屋に風夏が入って来る


風夏「鳴海!!鳴海!!早く起きて鳴海」


 ベッドの中でゴソゴソと動き出す鳴海


風夏「お姉ちゃんもう仕事に行くから!!」


 カーテンを開けて鳴海の部屋から出て行く風夏

 少ししてから体を起こす鳴海

 外は快晴

 

◯897波音高校校門(朝)

 快晴

 校門の前に立っている鳴海、明日香、嶺二、汐莉、雪音、詩穂、真彩

 鳴海たちは部員募集の紙の束を持っている

 たくさんの生徒たちが門を潜って学校の中へ入って行く


鳴海「明日香、響紀は・・・」

明日香「(鳴海の話を遮って)生徒会。クリスマスパーティーの提案」

鳴海「そ、そうか・・・よし・・・今日から俺たちは部員募集を・・・」

汐莉「(鳴海の話を遮って)鳴海先輩」

鳴海「な、何だ?」

汐莉「私はパスして良いですか」

鳴海「ぱ、パスって何をパスするんだよ」

汐莉「部員募集です」

鳴海「だ、ダメに決まってるだろ!」

汐莉「私には曲作りをさせてください」

鳴海「きょ、曲作りは放課後にやれば・・・」

汐莉「(鳴海の話を遮って)朗読劇の準備が遅れても良いんですか?」


 少しの沈黙が流れる


雪音「全員で部員募集をすることにどんな意味があるの」

鳴海「こ、こちらの数が多ければ、文芸部に興味を持ってもらえるかもしれないだろ」

詩穂「(小声でボソッと)この間まで一人でやってた奴が言えることかよ」


 再び沈黙が流れる


汐莉「鳴海先輩。私は別行動でお願いします」

鳴海「そ、そんな・・・」

嶺二「行かせてやれよ、鳴海。曲作りはサボれねーだろ?」

鳴海「(小声でボソッと)クソッ・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「分かった・・・南は部員募集に参加しなくて良い・・・」

汐莉「ありがとうございます。(部員募集の紙を真彩に差し出して)まあやん、これお願い」

真彩「あ、りょーかい」


 部員募集の紙の束を受け取る真彩

 汐莉は走って校舎の中へ戻って行く


鳴海「(小声でボソッと)部員募集がやりたくないんだったらもっと早く言えよ・・・」


 再び沈黙が流れる


嶺二「(鳴海の背中をポンと叩いて)んじゃー早速始めるかー!!」

鳴海「あ、ああ・・・」


◯898波音高校音楽準備室(朝)

 音楽準備室にいる汐莉

 準備室には音楽の授業で使う楽器、楽譜、音楽家の肖像画、メトロノーム、古い教科書、軽音部が使っている楽器、機材、パソコン、机、椅子、朗読劇関連の書類など様々な物が置いてある

 一本のギターケースを見ている汐莉

 ギターケースには名札がついており、”サエグサ ヒビキ”と書かれている

 響紀のギターケースに手を伸ばす汐莉

 

安西「何をしてるの、南」


 振り返る汐莉

 軽音部の顧問、安西が汐莉の後ろに立っている


汐莉「そ、その・・・朗読劇の準備を・・・」

安西「あなた軽音部に所属してることを忘れたの?朗読劇朗読劇って、顧問の神谷先生が自由にやらせてるのは分かるけど、もっとバンドらしいことをしなさいよ。それからライブは?もうやらないの?まさか解散する気じゃないでしょうね?」


 少しの沈黙が流れる


汐莉「私は・・・軽音部員であると同時に、文芸部員です・・・」

安西「他の連中は?三枝と永山と奥野もバンドを辞めて文芸部に入ったの?」

汐莉「や、辞めてません」

安西「南、忘れてないでしょうね、幽霊部員は強制退部になるって校則を」

汐莉「お、覚えてます・・・」

安西「あなた最近欠席も増えてるんでしょ。出席日数とか単位は大丈夫なの」

汐莉「はい・・・」

安西「はいって・・・(少し間を開けて)困ってるふりをしても、誰もあなたのことなんか助けないからね。もっと自立した高校生になりなさい。自分のことは自分で出来なきゃ、これからの長い人生、人に迷惑をかけ続け・・・」


 安西の説教を聞きながら俯く汐莉

 その後も安西は汐莉を叱り続ける


◯899波音高校校門(朝)

 校門の前で部員募集を行っている鳴海、明日香、嶺二、雪音、詩穂、真彩 

 鳴海、明日香、嶺二、雪音、詩穂、真彩 は部員募集の紙の束を持っている

 通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出している鳴海たち


鳴海「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま大きな声で)あと4人なんです!!!!俺たちに一年生と二年生の力を貸してください!!!!」

詩穂・真彩「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま大きな声で)お願いしまーす!!!!」


 鳴海たちの前を通りかかる生徒たちは、文芸部のことを気に留めず周りの生徒たちと楽しそうに話をしながら校舎内へ入って行く


明日香「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出すのをやめて)思ったより厳しい状況ね・・・」

嶺二「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出すのをやめて)そーだな・・・」

雪音「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま)人気のない文化部なんて、所詮こんなもんだよ」

嶺二「星空同好会より文芸部の方が優れてることをこの俺様が見せつけてやる」

雪音「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま)星空同好会じゃなくて天文学部なんですけど」

嶺二「どっちだっていーだろ」


 鳴海、詩穂、真彩は変わらず通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出している


鳴海「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま大きな声で)お願いします!!!廃部にさせたくないんです!!!」

真彩「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま大きな声で)良い雰囲気の部活ですよー!!!」

詩穂「(通りかかる生徒たちに部員募集の紙を差し出したまま大きな声で)みんな仲良しでーす!!!(小声でボソッと)多分」


 生徒たちは鳴海、詩穂、真彩のことを無視し続ける


明日香「(鳴海たちのことを見て)あんな頼み方じゃ・・・一、二年生が引いちゃうでしょ・・・」

嶺二「俺に任せとけ明日香」


 嶺二は通りかかった一人の女子生徒にいきなり声をかける


嶺二「(通りかかった女子生徒に向かって)あー君!!文芸部に入ってよ!!」

女子生徒「えっ・・・あの・・・」


 嶺二は女子生徒に部員募集の紙を差し出す


嶺二「(女子生徒に部員募集の紙を差し出したまま)ほらこれ!!連絡先とか載ってるからさ!!」

女子生徒「で、でも・・・」


 女子生徒は困っている


嶺二「(女子生徒に部員募集の紙を差し出したまま)だいじょーぶだいじょーぶ!!俺も文才なんてねーけど、てきとーに書いてればそれっぽくなるよ!!つか俺ら素人集団だし?新人の君が才能とか気にする必要ないから!!」

女子生徒「あ、あの・・・ご、ごめんなさい!!!」


 女子生徒は嶺二から逃げるように走って校舎の中へ入って行く


嶺二「んだよつれねーなぁ・・・」


◯900波音高校廊下(朝)

 俯いたまま廊下を歩いている汐莉

 汐莉はパソコンや朗読劇関連の書類を持っている

 廊下では教室に向かっている生徒や、友人同士で喋っている生徒がたくさんいる

 廊下を走っていた一人の男子生徒と汐莉の肩がぶつかる

 ぶつかった拍子に汐莉はパソコンと朗読劇関連の書類を床に落とす

 

ぶつかった男子生徒「あ、ごめん!!」


 ぶつかった男子生徒は汐莉に謝ってから再び走り出す

 床に散らばった朗読劇関連の書類とパソコンを拾い始める汐莉

 汐莉の横には神谷が立っている

 汐莉は神谷が横にいることに気づいていない

 汐莉の横で走っている男子生徒のことを見ている神谷


神谷「(走っている男子生徒を見たまま)酷い生徒だ」


 汐莉は朗読劇関連の書類を拾うのをやめて、神谷の声が聞こえた方を見る

 朗読劇関連の書類を拾い始める神谷


汐莉「神谷先生・・・どうして先生がこんなところに?」

神谷「(朗読劇関連の書類を拾いながら)今日は見回りでね。朝は慌ててる生徒が多いから、先生たちは注意喚起を兼ねて廊下を回ってたんだ」


 神谷は拾った朗読劇関連の書類を丁寧に整えていく

 再び床に落ちた物を拾い始める汐莉


神谷「(朗読劇関連の書類を整えながら)朝から朗読劇の準備とは、汐莉も大変だな」

汐莉「(朗読劇関連の書類を拾いながら)そんなことないです・・・私・・・人に迷惑かけてばかりで・・・」

神谷「(朗読劇関連の書類を整えながら)組織や社会が悪いんだよ、汐莉、君は責任について考えなくて良い」

汐莉「(朗読劇関連の書類を拾いながら)神谷先生の言い方だと・・・責任を放棄して逃げてるみたいです」

神谷「(朗読劇関連の書類を整えながら)そうかな。先生からすれば、汐莉のような子供が逃げてると思い込んでしまう状況に問題があると考えるけどね」


 パソコンと朗読劇関連の書類を拾い終えた汐莉

 神谷は朗読劇関連の書類を整え終える


神谷「(整えた朗読劇関連の書類を汐莉に差し出して)君が背負う必要のない責任を背負っているんだとしたら、先生は大人としてとても申し訳ないよ」


◯901波音高校三年三組の教室(昼)

 昼休み

 教室にいる生徒たちは昼食を取ったり、周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 鳴海、明日香、嶺二、雪音が教室の窓際にいる

 話をしている明日香、嶺二、雪音

 鳴海は外を眺めている

 校庭にある水たまりはまだ乾いていない


明日香「あんなふうに言い寄ったら可哀想でしょ」

嶺二「別に言い寄ってなんかねーだろ」

雪音「じゃあどうして女の子は困ってたんだろうね」

嶺二「んなこと知らねーよ」

雪音「A、嶺二がうざかった。B、嶺二がめちゃくちゃうざかった。C、嶺二がクソうざかった。正解はどれでしょう?」

嶺二「Dのトイレに行きたかったを追加する」

雪音「正解はAとBとCの全部でしたー、因みにDは回答権として認めませーん」

嶺二「こ、コツさえ思い出せれば部員なんか一瞬で集まるんだよ!!」

明日香「一瞬、ね。何人だっけ?嶺二から紙を貰ってくれた人」

雪音「一人。しかも無理矢理押し付けただけ」

嶺二「う、うっせーな!!その一人が部員になるかもしれねーだろ!!」

雪音「なるわけないじゃん」


 少しの沈黙が流れる


明日香「鳴海、もっと効率良く部員を集める方法はないわけ?」

鳴海「(外を眺めたまま)あったらとっくに試してるよ」

明日香「ほんと役立たずな副部長ね」


 再び沈黙が流れる


鳴海「(外を眺めたまま)なんか久しぶりだよな」

明日香「何が?」

鳴海「(外を眺めたまま)こうやってお前たちと教室で喋るのも・・・雨が止んだのも・・・」

嶺二「ああ。ちょっと懐かしいくらいだぜ」


 鳴海と同じように外を眺める嶺二


明日香「懐かしんでる時間があるなら部員を集めて欲しいんだけど」

嶺二「(外を眺めたまま)まーまー明日香。たまには日光を浴びようぜ?」

明日香「うざ」

雪音「菜摘なら・・・嶺二と鳴海と一緒に日光浴をしたよね」

嶺二「(外を眺めたまま)そうだなぁ・・・」

明日香「あんたたち、私に菜摘と同じ対応を求めないでよ」

嶺二「(外を眺めたまま)そんなもん明日香には求めてねーって・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「(外を眺めたまま 声 モノローグ)南だけじゃない・・・みんな・・・菜摘にいて欲しいと望んでいるんだ・・・」


◯902波音総合病院/菜摘の個室(昼)

 窓際に立って外を眺めている菜摘

 菜摘は痩せている

 ベッドの隣には棚があり、小さなテレビ、朗読劇用の波音物語、原作の波音物語、鳴海がアイリッシュイベントで購入したステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダー、パソコン、筆記用具、ノート、数冊の本などが置いてある

 ステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダーの葉の部分には、グリーンのストーンがついている

 窓際には花瓶が置いてあり、花が飾られてある


鳴海「(声 モノローグ)菜摘が休んでいても大丈夫だってことを、本当は俺たちが証明しなきゃならないのに・・・」

早季「あなたは愛されています・・・」


 菜摘は早季の声が聞こえた方を見る

 制服姿の早季が菜摘のベッドの横に立っている


菜摘「良かった、来てくれたんだ」

早季「お互い、つけなくてはならない話があるでしょう・・・」

菜摘「うん」

早季「早乙女菜摘は何を望みますか?」

菜摘「菜摘で良いよ、早季ちゃん」

早季「望みを教えてください・・・菜摘・・・」

菜摘「私、学校に戻りたいんだ」


 早季は棚の上に置いてあった原作の波音物語を手に取る

 原作の波音物語を開く早季


早季「(原作の波音物語をパラパラとめくりながら)人の魂は21グラムしかないそうです・・・21グラムの中身は人それぞれで違います・・・」


 少しの沈黙が流れる


早季「(原作の波音物語をパラパラとめくりながら)死ぬための運命とは何でしょう・・・?21グラムの望みに私が従う意義はありますか・・・?」


 原作の波音物語を閉じる早季

 早季は棚の上に原作の波音物語を置く


菜摘「あるよ。力を持つ者は、人の願いを叶える義務があるんだ」

早季「それでも菜摘は・・・私の要求を聞こうとしませんね・・・」

菜摘「私は・・・あなたの犬じゃないもん・・・」

早季「逆らうんですか・・・」

菜摘「ううん、逆らう気はないんだよ。でも早季ちゃんのやり方は間違ってると思うから・・・」


 早季はゆっくり歩いて菜摘に近づく


早季「(ゆっくりと菜摘に近づきながら)私は初めて人が涙を流した瞬間を見たことがあります。その人は私の恋人で、望みを叶えようと生きていました。彼は夢を追いかける人たちと同じだったんです・・・」

菜摘「早季ちゃんの恋人は・・・望みを叶えられなかったの?」

早季「(ゆっくりと菜摘に近づきながら)いいえ。望みは叶いました。でもその直後に雷に打たれて死んだんです・・・ドス黒く染まった体から噴き出る煙には、一生肉が食べられなくなるような、嫌な匂いがついていました・・・豚肉や牛肉とは違います、あれは21グラムが失われる香りです。彼は・・・死にながら泣いていました。(少し間を開けて)魂が燃え尽きる瞬間、培った全部が無に帰る時、愚かな人類は眼球から液体を流すことしか出来ない」

菜摘「だから涙は重いんだよ」


 菜摘の目の前で立ち止まる早季


早季「そして軽いとも言える・・・死ぬ直前に泣いても手遅れでしょう・・・あなたが言っていたように人類の涙が本当に重たければ、今頃地球は沈んでいます」

菜摘「無機質な早季ちゃんや地球に人の流した涙の価値が分かるのかな」


 再び沈黙が流れる

 早季は制服のポケットから何かを取り出す


早季「話だけでは少々物足りませんね・・・」


 制服のポケットから取り出した何かを、菜摘に差し出す早季

 早季が菜摘に差し出したのは将棋の王将の駒


早季「(将棋の王将を菜摘に差し出したまま)一局、手合わせ願います。菜摘」


 王将の駒を受け取る菜摘


菜摘「良いよ、緋空浜に行こう」


◯903緋空浜に向かう道中(昼)

 緋空浜に向かっている菜摘と早季

 ゆっくり歩いている菜摘

 菜摘よりも少し前を歩いている早季

 菜摘は息を切らしている

 立ち止まって振り返る早季


早季「(振り返ったまま)本当に歩いて行きますか」

菜摘「(息を切らしながら)ハァ・・・ハァ・・・うん・・・早季ちゃん・・・一度家に寄っても良い・・・?」


 頷く早季


菜摘「(息を切らしながら)ありがとう・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 歩き始める早季

 ゆっくり歩きながら早季について行く菜摘


菜摘「(息を切らしながら)ハァ・・・早季ちゃん・・・大胆に正面から出て来ちゃったけど・・・バレたりしないかな・・・?」

早季「彼らは気付きませんよ、それが人類です」


 時間経過


 菜摘の家の前にいる菜摘と早季

 家の扉を開けようとした菜摘の手が止まる


菜摘「か、鍵がない・・・どうしよ・・・」


 少しの沈黙が流れる


早季「目的の場所を教えてください」

菜摘「じ、自分の部屋だよ」


 再び沈黙が流れる

 正面に右手を真っ直ぐ伸ばす早季

 少しすると、周囲に生えていた雑草の茎やアスファルトの隙間から少しずつ水が出てくる

 水はゆっくり早季の方へ流れて行く

 菜摘は水の動きを見ている

 早季の足元には水が溜まっている

 早季の足元に溜まった水は渦を作る

 早季の足元に出来た水の渦はゆっくり宙に浮かび始める

 早季が正面に伸ばしていた右手を菜摘の方へ向けると、宙に浮かんだ水が渦を巻いたまま菜摘の前に移動する

 宙に浮かんだ水の渦は2mほどの大きさになっている

 菜摘の目の前にある宙に浮かんだ水の渦の中心が開く

 水の渦の中心は菜摘の部屋と繋がっている

 伸ばしていた右手を下ろす早季

 菜摘は水の渦の中心から自分の部屋を見ている

 渦の中心から見える菜摘の部屋は綺麗に片付いている


早季「入ってください」

菜摘「(水の渦の中心から自分の部屋を見たまま)う、うん」


 菜摘は病院で使う靴を脱いで、水の渦の中心を通って自分の部屋に入る

 早季はチラッと菜摘の家の近くの電柱を見る

 菜摘は机の引き出しから鳴海、明日香、嶺二、汐莉、千春、雪音、波音に宛てて書いていた手紙を取り出す

 菜摘が手に取った手紙は、Chapter6の◯616、◯621、◯624、◯629、◯642、◯646、◯663と書いていた物と同じ

 机の引き出しを閉める菜摘

 菜摘は手紙を持ったまま水の渦の中心を通り、外へ出て来る

 靴を履く菜摘


菜摘「ありがとう、早季ちゃん」


 宙に浮かんでいる水の渦の中心が閉じ、菜摘の部屋との繋がりは途絶える

 宙に浮かんだ水の渦は徐々に小さくなり、ゆっくり早季の足元に流れ降りる

 早季の足元には水たまりが出来ている 

 早季の足元に出来た水たまりは流れて行き、アスファルトの隙間や周囲に生えていた雑草の茎へ吸い込まれて消える


◯904波音総合病院/菜摘の個室(昼)

 菜摘の病室には誰もいない

 ベッドの隣には棚があり、小さなテレビ、朗読劇用の波音物語、原作の波音物語、鳴海がアイリッシュイベントで購入したステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダー、パソコン、筆記用具、ノート、数冊の本などが置いてある

 ステンレス製の小さな三つ葉のキーホルダーの葉の部分には、グリーンのストーンがついている

 窓際には花瓶が置いてあり、花が飾られてある

 誰かが菜摘の病室の扉を数回ノックする

 

風夏「(病室の扉を開けて)菜摘ちゃーん?入るよー?」


 ナース服姿の風夏が病室の中へ入って来る


風夏「ありゃ・・・どこに行ったのかな」


 頭を掻く風夏


◯905緋空浜(昼過ぎ)

 浜辺にいる菜摘と早季

 砂浜でしゃがんでいる菜摘 

 菜摘の後ろに立っている早季

 浜辺には所々に大きな水たまりがある

 浜辺にはペットボトルやお菓子の袋のゴミが落ちている

 菜摘は鳴海、明日香、嶺二、汐莉、千春、雪音、波音に宛てて書いた手紙を持っている

 菜摘の足元にまで海水が流れて来ては、引いて戻って行く

 太陽の光が波に反射し、キラキラと光っている

 浜辺には菜摘と早季以外にも人がおり、釣りやウォーキングをしている

 

菜摘「この手紙たちをね、私の力を使ってみんなの元へ届けようと思うんだ」

早季「妖術を行使するんですか・・・?」

菜摘「うん・・・まだ大したことは出来ないけど・・・このくらいのことはしたいから・・・」


 菜摘は持っていた七通の手紙を砂浜に置き、目を瞑る

 菜摘は右手を砂浜に置いた手紙の方へ向けて伸ばす

 それぞれの手紙の封筒に書いてあった”鳴海くんへ”、”明日香ちゃんへ”、”嶺二くんへ”、”汐莉ちゃんへ”、”千春ちゃんへ”、”雪音ちゃんへ”、”波音さんへ”の文字が金色に光り始める

 菜摘の足元にまでやって来た海水が、文字を金色に光らせた七通の手紙を乗せて引いて行く

 文字を金色に光らせた七つうの手紙は、海にぷかぷかと浮かんでいる

 菜摘の右手は手紙が浮かんでいる方へ真っ直ぐ伸びている

 少しの間七通の手紙は文字を金色に光らせたまま、海水に浮かび続ける

 目を開け、右手を下ろす菜摘

 海水に浮かんでいたはずの七通の手紙はいつの間にか消えている

 立ち上がる菜摘


菜摘「お待たせ早季ちゃん!それじゃあやろっか!」


 早季はポケットから将棋の王将の駒を取り出し、目の前の浜辺を見る

 早季が目の前の浜辺を見ていると砂浜が生き物のように動き出し、砂が将棋の盤と将棋の駒に変わる 

 浜辺にいる人たちは砂浜から将棋の盤と将棋の駒が作られたことに気づいていない

 早季がポケットから取り出した王将以外の駒は全て砂浜から出来ている

 早季がポケットから取り出した王将と、砂浜から出来た駒の見た目に違いはない


 時間経過


 浜辺に向かい合って正座をしている菜摘と早季

 二人の中心には将棋の盤が置いてある

 菜摘と早季は将棋の駒を並べている


早季「(将棋の駒を並べながら)白瀬波音の死因を知っていますか」

菜摘「(将棋の駒を並べながら)ううん」

早季「(将棋の駒を並べながら)妖術です。愚かな彼女は妖術の酷使して、体を破壊しました・・・」

菜摘「(将棋の駒を並べながら)波音さんは村の人たちのために妖術を使ったんだよ」

早季「(将棋の駒を並べながら)白瀬波音は223713グラムを奪っています・・・彼女に殺された者及び彼女の命令で殺された者の数は10653人です」


 少しの沈黙が流れる

 将棋の駒を並べ終える菜摘と早季


菜摘「先手は早季ちゃんで良い?」


 頷き駒を進める早季

 駒を進める菜摘


早季「(駒を進めながら)汚れた魂が体の奥底で眠っていると、心がおかしくなりませんか・・・?」

菜摘「(駒を進めながら)そうでもないよ。私には私の正義があって、波音さんが犯してしまった罪を少しでも多く償えればそれで良いから」

早季「(駒を進めながら)片道切符な愛ですね・・・白瀬波音は菜摘の名前さえ知りませんよ・・・」

菜摘「(駒を進めながら)早季ちゃん、私は波音さんに見返りを求めてるわけじゃないの。波音さんが私の名前を知らなくたって、私は波音さんのことを愛してる。それは絶対的な感情だし、波音さんの魂がどれだけ汚れていても変わらない。だって私は、波音さんの全てを受け入れてるんだもん」

早季「(駒を進めながら)白瀬波音の愚かさは菜摘にも引き継がれましたか」

菜摘「(駒を進めながら)愚かなのは早季ちゃんの方だよ。誰かを愛することの美しさが分からないなんて」

早季「(駒を進めながら)愛で混沌は消せません」


 早季は菜摘の歩兵を取る

 菜摘から取った歩兵を浜辺に置く早季


菜摘「(駒を進めながら)でも愛がなきゃ人間は何も出来ないと思うけどな・・・」

早季「(駒を進めながら)人類は地球という故郷に愛を捧げていないでしょう・・・(少し間を開けて)子供たちの将来は、あなたが考えている世界よりも悲惨なものになります」

菜摘「(駒を進めながら)早季ちゃんは波音町の人たちを助けてくれるの?」

早季「(駒を進めながら)私が直接手を出すことはありません。人類の問題は人類が解決しなければいけない・・・あなたが白瀬波音の罪を被り、人類は祖先の罪を被る・・・それが出来なければ、白瀬波音の魂を持つ者は永遠に苦しみ、人類は罪を償わなかった罰として地球と共に滅びます・・・」

菜摘「(駒を進めながら)そんな酷いことになる前に、人間は奇跡を起こすよ、絶対に」

早季「(駒を進めながら)罪と向き合わず奇跡に期待するとは、人は本当に気持ちの悪い生物ですね・・・菜摘のような人間がいるから、地球は悲しみ、怒り、涙を流しているんです」

菜摘「(駒を進めながら)悲しんだり、泣いたり、怒ったりしているのは地球じゃなくて、早季じゃん自身じゃないのかな・・・地球を愛してる早季ちゃんだからこその・・・感情ってあると思うんだ」


 菜摘は早季の歩兵を手に取る

 早季から取った歩兵を浜辺に置く菜摘

 駒を進める早季


菜摘「でもあなたはそれが分からなくて、自分の気持ちを他人に理解してもらいたいのに周りには誰もいないから、私を将棋に連れ出して共感を求めてるんだよ。早季ちゃんは長い間、一人で過ごしてきたから・・・」

 

 駒を進める菜摘


早季「また無駄な話を・・・」


 再び沈黙が流れる

 駒を進める早季

 駒を進める菜摘

 早季は菜摘の歩兵を取る 

 菜摘から取った歩兵を浜辺に置く早季


菜摘「(駒を進めながら)早季ちゃんは奇跡を信じてる?」


 黙って駒を進める早季


菜摘「(駒を進めながら)信じてないんだね・・・」


 再び黙って駒を進める早季


菜摘「(駒を進めながら)私は・・・早季ちゃんの存在が奇跡だと思ってるよ・・・私や汐莉ちゃんが望んで早季ちゃんが誕生したわけじゃないし・・・あなたは独立してるから・・・」

早季「(駒を進めながら)菜摘・・・何を言ったって海人の務めからは逃げられません・・・(少し間を開けて)緋空のために犠牲を払う支度は済んでいますか・・・?死ぬ覚悟は出来ていますか・・・?墓石は選びましたか・・・?」


 早季は菜摘の桂馬を取る

 菜摘から取った桂馬を浜辺に置く早季


菜摘「(駒を進めながら)嫌な言い方をするなぁ・・・」


 菜摘は早季の歩兵を取る

 早季から取った歩兵を浜辺に置く菜摘


早季「(駒を進めながら)菜摘、死ぬのが怖いんでしょう?」

菜摘「(駒を進めながら)そんなことないよ」

早季「(駒を進めながら)あなたが欲望のままに死ねば、子供たちの将来はどうなると思いますか?」


 黙って駒を進める菜摘

 

早季「(駒を進めながら)撃たれたり、斬られて地獄に落ちたりしないあなたは、幸せです・・・」

菜摘「(駒を進めながら)そうだね」

早季「(駒を進めながら)死んで自分の意志が消えるのが怖くないんですか」

菜摘「(駒を進めながら首を横に振って)うん」


 菜摘は早季から銀を取る

 早季から取った銀を浜辺に置く菜摘


早季「(駒を進めながら)どうして嘘を?」

菜摘「(駒を進めながら)怖くないって言ってれば、恐怖心は少しずつ薄れるもん。だから嘘をついて自分を騙すんだ」

早季「(駒を進めながら)間違いなくあなたは愚かで気持ちの悪い人類の最たる例です・・・菜摘・・」


 早季は菜摘から桂馬を取る

 菜摘から取った桂馬を浜辺に置く早季

 再び黙って駒を進める菜摘

 早季の歩兵を取る菜摘

 早季から取った歩兵を浜辺に置く菜摘


早季「(駒を進めながら)菜摘にしか出来ないことがある・・・海人の力を持つあなたにしか・・・」

菜摘「分かってるよ・・・早季ちゃん・・・」


 菜摘は駒を進めて早季から香車を取る

 早季から取った香車を浜辺に置く菜摘

 早季は駒を進めて菜摘から飛車を取る

 菜摘から取った飛車を浜辺に置く早季

 菜摘は駒を進めて早季から歩兵を取る

 菜摘から取った歩兵を浜辺に置く菜摘

 早季は駒を進めて菜摘から金を取る

 菜摘から取った金を浜辺に置く早季

 二人は少しの間、無言で将棋を指し合う

 

菜摘「(駒を進めながら)ごめんね、私の力を貸してあげられなくて」


 少しの沈黙が流れる

 突然、将棋盤、将棋の駒が砂になって跡形も無く崩れる

 砂を触る菜摘

 

菜摘「(砂を触ったまま)私の負け・・・?」

早季「はい」

菜摘「(砂を触ったまま少し残念そうに)そっか・・・」


 立ち上がる菜摘と早季

 菜摘は体についた砂を手で払い落とす

 正面に右手を伸ばす早季

 浜辺にあった小さな水たまりの水が流れるように早季の足元に集まって来る


早季「(正面に右手を伸ばしたまま)元いた場所へ戻ってください、菜摘」

菜摘「うん、ありがとう」


 早季の足元には水が溜まっている

 早季の足元に溜まった水は渦を作る


菜摘「早季ちゃん、前から気になってたんだけど、どうして早季ちゃんは波音高校の制服を着てるの?入学するのは来年なんでしょ?」

早季「(正面に右手を伸ばしたまま)波音高校には南汐莉と貴志鳴海が在籍しています」

菜摘「あの二人を巻き込むのは良くないよ、早季ちゃん。鳴海くんと汐莉ちゃんは・・・このこととは関係ないもん・・・」


 早季の足元に出来た水の渦はゆっくり宙に浮かび始める

 早季が正面に伸ばしていた右手を菜摘の方へ向けると、宙に浮かんだ水が渦を巻いたまま菜摘の前に移動する

 宙に浮かんだ水の渦は2mほどの大きさになっている

 菜摘の目の前にある宙に浮かんだ水の渦の中心が開く

 水の渦の中心は波音総合病院にある菜摘の病室と繋がっている

 浜辺にいる人たちには宙に浮かんだ渦が見えていない

 右手を伸ばすのをやめる早季


早季「力無き者の魂を引き継いだ貴志鳴海は無関係かもしれません・・・でも・・・南汐莉はあなた同様に緋空の力を持っている・・・海人は・・・地球、子供たち、未来のために犠牲を払うのが務め・・・」


 再び沈黙が流れる


菜摘「次はお喋りや将棋じゃ済まないよ・・・早季ちゃん・・・私・・・本気で行くからね・・・壁を壊してみんなを運命から救うために・・・」

早季「菜摘は傲慢ですね・・・」


 水の渦の中心を通って病室に入る菜摘


菜摘「私は・・・みんなに幸せな人生を歩んで欲しいんだ」


 少しの沈黙が流れる


早季「さようなら、菜摘。また会いに行きます」


 病室から頷く菜摘

 宙に浮かんでいる水の渦の中心が閉じ、菜摘の病室との繋がりは途絶える

 少しすると再び宙に浮かんだ水の渦の中心が開く

 水の渦の中心は廃寺と化した緋空寺の境内と繋がっている

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