表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/112

Chapter 1 √鳴海×青春(部活作り)-奇跡捜索隊=ナミネよりアイを込めて 後編 

向日葵が教えてくれる、波には背かないで


Chapter 1 √鳴海×青春(部活作り)-奇跡捜索隊=ナミネよりアイを込めて


登場人物


滅びかけた世界


ナツ 16歳女子

ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家、滅びかけた世界で“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。


スズ 15歳女子

マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。ナツと一緒に“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。


滅んでいない世界


貴志 鳴海(なるみ) 18歳男子

波音高校三年三組、学校をサボりがち。運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部作りの手伝いをする。


早乙女 菜摘(なつみ) 18歳女子

波音高校三年三組、病弱で学校を休むことが多く友達がいない。心を開いた相手には明るく優しい。文芸部を作り出す張本人。


白石 嶺二(れいじ) 18歳男子

波音高校三年三組、鳴海の悪友、鳴海と同じように学校をサボりダラダラしながら日々を過ごす。不真面目。絶賛彼女募集中。 鳴海同様文芸部作りの手伝いをする。


天城 明日香(あすか) 18歳女子

波音高校三年三組、成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。


柊木 千春(ちはる)

身元がよく分からない少女、“ゲームセンターで遊びませんか?”というビラを町中で配っている。礼儀正しく物静かな性格。ビラ配りを手伝ってもらう代わりに文芸部作りに協力する。


南 汐莉(しおり)15歳女子

波音高校に通っている一年生、軽音部に所属しているものの掛け持ちで文芸部作りにも参加する。明るく元気。


一条 雪音(ゆきね)18歳女子

波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。天文学部部長。不治の病に侵された姉、智秋がいる。


双葉 篤志(あつし)18歳男子

波音高校三年二組、天文学部副部長。


早乙女 すみれ45歳女子

菜摘の母、45歳には見えない若さ美しさを保つ。優しい、とにかく優しい。


早乙女 (じゅん)46歳男子

菜摘の父、菜摘とすみれを溺愛しており二人に手を出そうとすれば潤の拳が飛んでくること間違いなし。自動車修理を自営業でやっている。愛車のレクサスに“ふぁるこん”と名付けている。永遠の厨二病。


神谷 志郎(しろう)40歳男子

波音高校三年の教師。鳴海、菜摘、嶺二、明日香、雪音の担任。担当教科は数学。サボってばかりの鳴海と嶺二と病気ですぐ休んでしまう菜摘を呼び出す。怒った時の怖さとうざさが異常。


有馬 (いさむ)(64歳)

波音町にあるゲームセンター“ギャラクシーフィールド”の店主、古き良きレトロゲームを揃えているが、最近は客足が少ない。


貴志 風夏(ふうか)24歳女子

鳴海の6つ年上の姉、忙しいらしく家にはほとんど帰ってこない。智秋と同級生で親友関係。仕事をしつつ智秋の病気を治すために医療の勉強をしている。


一条 智秋(ちあき)24歳女子

高校を卒業をしてからしばらくして病気を発症、原因は不明。現在は入院中。


貴志 (ひろ)

鳴海の父親、事故で亡くなっている。菜摘の父、潤と高校時代クラスメートだった。


貴志 由夏理(ゆかり)

鳴海の母親、事故で亡くなっている。菜摘の母、すみれと高校時代クラスメートだった

Chapter 1 √鳴海×青春(部活作り)-奇跡捜索隊=ナミネよりアイを込めて 後編


◯74滅びかけた世界:波音高校図書館(日替わり/昼/雨)

 前日(◯25)と変わらず雨が降っている

 埃っぽい図書館

 図書館で本を漁っているナツとスズ

 本棚のス行を見ているスズ

 波音町の歴史に関係する本を持ちながら歴史コーナーを見ているナツ


スズ「ないじゃん!!嘘つき!!」

ナツ「ない?何が?」

スズ「スイミー!!」

ナツ「あれはないと思う」

スズ「わかった!スイミーなんて本は実在してないんだ!!全部なっちゃんが考えた嘘のストーリーなんでしょ!」

ナツ「馬鹿、実在してるから。スイミーは絵本だから置いてないんだよ」

スズ「図書館なのになんで絵本はないの?」

ナツ「知らん!!なんか他の本を探してきなよ」

スズ「絵がない本とか読めなーい!字だけだとつまんない!!」

ナツ「普通本に絵はないからね、たまに挿絵があるだけだから」

スズ「いいよねぇ、頭良いなっちゃんは本読めて」

ナツ「私が頭良いんじゃなくてスズがお馬鹿なだけだと思う」

スズ「そんなことよりこんな退屈なところ早く出ようよー」

ナツ「ちょっと待ってよ。奇跡についてわかるかもしれないんだから」

スズ「早く早く〜」

 

 持っていた本を机に置くナツ

 椅子に座るナツ

 スズは本棚を離れナツの隣に座る

 “波音町の始まり〜奇跡の力と刻まれた歴史〜”という分厚い本を開くナツ

 かなり汚れている本


ナツ「うわ、埃まみれだ」

スズ「ずいぶん汚れた本だね」


 息を吹きかけて埃を取るナツ

 バーっと宙に埃が舞う


ナツ・スズ「(咳き込む)けほっ・・・けほっ・・・」


 手で宙に舞った埃を払うスズ

 目次を見る二人


ナツ「えーっと・・・奇跡については八十九ページか・・・」


 八十九ページを開くナツ


スズ「漢字ばっかで全然読めないや、なっちゃん音読」

ナツ「(呆れてため息を吐く)もう・・・しょうがないなぁ」

スズ「お願いしやす!」

ナツ「(音読をし始める)一般的に奇跡とは常識では理解出来ないような出来事のことを言う。波音町では古くから現実では到底あり得ないようなことが起こっていた。遡れば平安時代には奇跡があったと言われている。例えば穀物が育たなかった時、一日中尼が祈りを続ける。すると翌日には穀物が育っていた」

スズ「つまりどういうこと?」

ナツ「望んだら突然大量のお米が手に入ったってことじゃない?」

スズ「すご、奇跡っていうか超能力だね」

ナツ「(音読を再開する)女武将で知られる巴御前は自身の甲冑の中に緋空浜の砂を隠し持っていたと言われている。巴御前は圧倒的に不利な状況でも勝利していた。これは奇跡としか言えないだろう」

スズ「ふうん、すごいってことなのかな?」

ナツ「多分ね、ともえごぜん?っていう人について知らないから何とも言えないけど・・・」

スズ「もう少し分かりやすいやつをお願い」

ナツ「(音読を再開する)江戸時代の波音町、とある女が藍染丸という名のボロボロになった刀を護身用として家に置いていた。女は貧しく、年老いた両親の世話をするだけの毎日を過ごしていた。周りにいた人たちは貧乏な彼女のことを馬鹿にした。ボロボロの刀を見て、そんな物では人はおろか豆腐すら切れないぞと。女にとってその刀は代々受け継いできた大切な物だった。もちろん刀を買い換えるなんてことはしなかった。ある日、女の家からは刀が消えていた。女は刀を失ったことを嘆き、刀が戻ってきて欲しいと強く望んだ。しばらくすると女は背の高く顔が整った男と結婚した。あまりの美形っぷりに驚き、周りにいた人たちは男の名前を聞いた。男は藍染丸と答えた。あのボロボロの刀と同じ名前だったのだ。藍染丸は健康的で女が死ぬまで働き続けた」

スズ「なにその話、何が言いたいのかわかんない」

ナツ「刀が人間になったってことかな」

スズ「それが奇跡なの?」

ナツ「現実ではあり得ないことだから、奇跡なんだよ。だって物に命があったらおかしいでしょ」

スズ「なんか思ってたのと違う、ほんとにあったのか疑わしいし」

ナツ「これだけだとただの伝説っていうか、一種の神話みたいな。それこそ絵本の中の話」

スズ「もっと具体的な話があればいいのにね。これだと緋空浜もあんまり関係ない」

ナツ「(パラパラと本をめくりながら)緋空浜・・・緋空浜・・・あった!(音読を再開する)そもそも奇跡の力と言われる特殊な能力を持っているのは波音町ではなく緋空浜ではある。さらに付け加えると緋空浜から特殊な能力を授かった者と緋空浜そのものが使う力だと筆者は考えている!?」

スズ「え!?じゃあ人が奇跡を起こすってこと!?!?」

ナツ「(音読を続ける)奇跡を起こせる人は基本的に一人である。どれだけの不幸や理不尽なことがあっても奇跡が起きなかったこともある。変な話だが、奇跡は個人の願望で叶えられていることが多い。奇跡の力を持つ人間が、世界の平和を望めば奇跡の力として世界が平和になるかもしれない。消えた刀が擬人化するなんてとても個人的な奇跡だと思える」

スズ「じゃあ、刀の話の場合は女の人が奇跡の力を使ったってことだね」

ナツ「(頭を抱えながら)なんだか話が複雑になってきてる・・・なんで緋空浜にはそんな力があるんだ?というかなんで特定の一人にその力が授けられるんだ?意味わからない」

スズ「そういう特別な力があったんだよ」

ナツ「(音読を再開する)奇跡と呼ばれた事例のほとんどは特定の一人(尼、巴御前、藍染丸の所有者)が引き起こしたが、共通点は今の波音町と同じ地域の生まれであること、短命であること。奇跡の力を持つ者が死ねば、輪廻を繰り返し全く関係のない人物に能力は引き継がれる。ただし、すぐに輪廻する場合もあればそうじゃない時もあるようで輪廻の間隔は未知。ごく稀にだが特例として緋空浜が奇跡を起こし、波音町の人々の願いを叶えているのかもしれない。それ故に波音町は奇跡が起きると伝えられている。なぜそのような力があるのかは分からない。しかし、奇跡はあるのだ」


 少しの沈黙が流れる

 パタンと本を閉じるナツ


ナツ「頭がついていかない・・・」

スズ「奇跡の力を持っている人を探さなきゃいけないってこと?」

ナツ「そういうことかもしれないけど、この町の人は戦争のせいでほとんど亡くなったし・・・生き延びてるような人は町から逃げてると思うし・・・」

スズ「緋空浜に頼んでもダメだと思う?」

ナツ「頼むって・・・昨日の浜辺の様子じゃみんなあの海に助けを求めて死んでいったんだよ。てっきり私は緋空浜に行けば何かこう楽園か、たくさんの食料か、死んだ人を生き返らせてくれるような特別な魔法でもあるのかと思ってたけど・・・あの海には何もなかった。それにこの本が正しいって確証はどこにもない」

スズ「奇跡っていうかファンタジーだもんね」

ナツ「私たちはこれからどうすればいいのか・・・」

スズ「また考えよう、何か思いつくまで」

ナツ「うん」

 

◯75波音高校三年三組の教室(週代わり/朝)

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだきていない

 次々と教室に生徒が入ってくる

 教室の中にいる生徒たちは喋ったりスマホを見たりしている

 鳴海は自分の席に座って、嶺二は鳴海の机の横に立ちながら二人は喋っている


鳴海「残念だったな、会えなくて」

嶺二「諦められない、溢れる想い、燃え上がる情熱・・・!今日こそは文芸部に入れるぞ!!!」

鳴海「でもよ、早乙女になんて説明するんだよ?今日は学校来ると思うぞ」

嶺二「汐莉ちゃんに言った時と同じで大丈夫っしょ」

鳴海「文芸部クビにならないか心配になってきた」

嶺二「ノープロブレム、菜摘ちゃんも分かってくれるって」

鳴海「早乙女にそこまでの許容範囲と理解力と優しさがあれば良いけどな・・・」


 菜摘が教室に入ってくる

 

嶺二「(菜摘に気付いて)噂をすればってやつ、菜摘ちゃん来たぞ!」

鳴海「良かった、風邪も治ったか・・・」


 菜摘が鳴海と嶺二のいるとことに駆け寄ってくる


鳴海「早乙女、体調はどうだ?治ったのか?」

菜摘「うん!ごめんね二人とも、先週は迷惑かけちゃって」

鳴海「気にすんな、元気になって安心したよ」

嶺二「健康第一!!こうして学校に来てくれればそれが一番」

菜摘「ありがとう!!二人とも先週は何してたの?」

鳴海「(言葉を濁しながら)まああれだ、色々文芸活動をやってたよ・・・」

菜摘「え?私がいない間にやってくれてたんだ・・・申し訳ない、私がしっかりしなきゃいけないのに」

鳴海「いやいや、これと言ったことは特に何もしてないけどさ・・・」

嶺二「菜摘ちゃん、俺たち見つけたんだ。五人目の部員を」

菜摘「ほんと!?入りたいって子がいたの!?」

鳴海「早乙女、これは雲を掴むような話なんだ・・・期待していいかどうか・・・」

嶺二「何言ってんだよ鳴海!あの子は今後の文芸部の希望じゃあないか!!!」

鳴海「そ、それはそうだが」

菜摘「何何、詳しく聞かせて」

嶺二「あれは俺たちが暗黒のクイーン天城明日香によって無理矢理拉致されている時だった・・・縄に縛られ身動きが取れない状況・・・もうダメだ!!俺たちはそう思っていた・・・絶望の最中、俺が目を向けた先にはまるで天使のような美しい一人の女性が立っているではないか!!!彼女は俺たちを自由にし・・・」


 時間経過


 ぽかんとしている菜摘

 頭を抱えている鳴海


嶺二「そんなこんなで彼女を文芸部に誘おうって話に鳴海となったわけ」

菜摘「ごめん・・・話のほとんどが意味不明だったんだけど」

鳴海「おいおいおい・・・物語の脚色がめっちゃされてるな」

嶺二「ちっとだけ盛った話だけど、あらかたはこんな感じだから今日もマックの二階で彼女が現れるのを待ちたいと思います!!」

菜摘「えーっと・・・(鳴海の方を見て)一体私が休んでいる間に何があったのかな?」

鳴海「めっちゃ端折って説明すると、ビラ配りしている女の子に文芸部に入らないかって声をかけようとしてる」

菜摘「あー!なるほどなるほど」

嶺二「ずいぶんと説明を端折ってくれたじゃないか!!」

鳴海「嶺二の説明じゃ意味不明過ぎるだろ!!」

嶺二「そんなことはねえ」

鳴海「その脚色のセンスは今後の文芸活動に使ってくれ・・・(菜摘の方を見て)で、どうかな・・・早乙女が反対するならやめるけど・・・」

菜摘「良いと思う!」

嶺二「さっすが菜摘ちゃん!分かってらっしゃる!」

鳴海「マジ?相手の素性も全く知らないのにいいの早乙女」

菜摘「うん、この際文芸部に入れたいっていう白石くんの強い気持ちがあればなんでもいいと思う。それに・・・私の方には文芸部に入りたいって連絡は来なかったし・・・」

鳴海「みんな貼り紙を見てないのか・・・貼る枚数を増やしたり、他の場所に貼ってみるってことを試した方が・・・」

菜摘「ううん、いいの。私も新しいことに挑戦するって決めたんだから、そのくらいのこともしなきゃ」

嶺二「うんうん、その意気だよ菜摘ちゃん!」


 鳴海は少し心配そうな顔をしている


◯76波音高校三年三組の教室(昼)

 神谷の数学の授業

 机に突っ伏して居眠りをしている鳴海

 肘をついてボーッと黒板を見ている嶺二

 菜摘、明日香、雪音のような真面目な生徒は授業を聞きながらノートを書いている

 時刻は十二時前


神谷「明日はこのページの例題から解くからなー、(腕時計を見ながら)まだチャイム鳴ってないけど・・・昼休み!」


 神谷は教材を持ち片付け始める

 生徒たちは教材をしまい、お弁当や財布を出し昼休みに入る

 鳴海は授業が終わったことに気づき体を起こす


鳴海「(伸びをしながら)あーよく寝た」


 財布を持った嶺二が鳴海の方へやってくる


嶺二「まだ空いてるし学食行こうぜー」

鳴海「(カバンを財布を取り出しながら)行くかー」


 財布を取り出した鳴海はふと菜摘の方を見る

 菜摘は一人で数学の教科書とノートを照らし合わせている


嶺二「急げ!俺はカツ丼カレーセットが死ぬほど食べたいんだ!」

鳴海「(菜摘の方を見ながら)なぁ」

嶺二「何だよ、くだらねーことを聞くようであればタコ殴りにするからね。こちとら朝食抜きで空腹なんだ」

鳴海「早乙女も学食に誘っていいか?」

嶺二「なんだよ、んなことならさっさと言えやボケ。早く菜摘ちゃん連れて行くぞ!」

鳴海「(少し驚きながら)あ、ああ」


 鳴海と嶺二は菜摘のところに行く

 菜摘は数学の教材を片付け始めている


鳴海「早乙女、俺たちと学食行かないか?」

菜摘「え、学食?」

嶺二「美味いよ、学食。安いし量も多い!」

菜摘「私お弁当だから・・・」

鳴海「食堂で弁当食ってもいいんだよ、いいから行こうぜ!」

菜摘「でも・・・」

鳴海「でももクソもねえ!(菜摘の腕を引っ張りながら)行くぞ!!」

菜摘「ちょっ!待ってよ貴志くん!!」


 菜摘は慌ててカバンからお弁当を取り出す

 チャイムが鳴る


嶺二「やべ!チャイムが鳴った!!混み始めるぞ!!!」


 三人は駆け足で学食に向かう


◯77波音高校食堂(昼)

 鳴海と嶺二はご飯をたのんでいる

 三人分の椅子とテーブルを取っている菜摘

 テーブルの上には菜摘のお弁当と水筒が置いてある

 学食は生徒たちがどんどんやってくる

 鳴海は醤油ラーメン大盛り、嶺二はカツ丼カレーセットを運んで来る

 それらをテーブルに置く鳴海と嶺二


菜摘「(二人のご飯を見ながら)すごいね二人とも」


 席に座る鳴海と嶺二

 お弁当を開ける菜摘


鳴海「すごい?」

嶺二「何が?」

菜摘「いや、あの・・・こんなにたくさん食べるんだって思って」

嶺二「あったりまえよ!!空腹ブラザーズだからな俺ら」

鳴海「てかこれくらい大したことねえよ。足りないくらいだしな」

菜摘「えー!?足りないの!?」

鳴海「一人前が一人前じゃない、少なすぎる」


 嶺二がカツ丼カレーを口いっぱいに頬張り始める


嶺二「うんめえええええええ!」

菜摘「(手を合わせて)いただきます」

鳴海「いただきます」


 色とりどりな料理が詰まっている菜摘のお弁当

 鳴海はラーメンをたくさんすする

 菜摘は鳴海や嶺二と違い少しずつご飯を食べている


 時間経過


 ご飯を食べ終えた三人

 食堂はすっかり満席になっている


菜摘「そういえば今日は汐莉ちゃん来れないって」

鳴海「軽音楽部か」

菜摘「うん、今日は軽音部に行くって連絡があった」

嶺二「そういえば前から気になってたんだけど、汐莉ちゃんって軽音部で何担当なのかねー」

鳴海「あー、言われてみれば何かわからんな。まず楽器出来るイメージがないわ」

菜摘「私と貴志くん、前に汐莉ちゃんが楽器を背負ってるの見てるよ」

嶺二「マジ?何背負ってたの?」

鳴海「あっ・・・確かに。ありゃ貼り紙の時か・・・軽音楽部だしあの形はギターのような気がする」

菜摘「うんうん、多分そうじゃないかな」

嶺二「高校に入ってバンドをやり始めるやつはモテたい気持ちだけで生きてるからなぁ」

鳴海「嶺二・・・それブーメラン。お前もモテたい気持ちだけだろ」

嶺二「一緒にすんな。でも、汐莉ちゃんも高校生デビューで調子に乗ってお優しいパパにギターを買ってもらった系さ」

菜摘「(引きながら)物凄い偏見だね・・・」

嶺二「俺にはわかる、きっとどちゃくそギター下手だよ」

鳴海「学園祭で歌ったりするんじゃないか?スマホで撮影しとこう、学園祭なんて黒歴史を作るためにあるからな」

嶺二「学園祭ねぇ・・・我ら文芸部はなんかすんの?」

菜摘「朗読劇とか出来ればいいなーって思ってる」

嶺二「それは・・・軽音部に負けないくらいの黒歴史を量産をするのではないでしょうか」

菜摘「まだやるって決まってるわけじゃないからそんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

鳴海「何かやりたい題材とかあるの?」

菜摘「うーん、まだあんまり考えてないかな・・・今はそれより部員集めに集中にしなきゃ!」

鳴海「もうちょっとで夢の部活結成だ、頑張れよ早乙女」

嶺二「俺たちに出来ることがあったら何でも言ってね、幾らでも力になるから!」

菜摘「うん・・・二人ともほんとにありがとう!」

鳴海「嶺二の力なんてゼロだから期待しない方がいいぞ」

嶺二「ひどいな!!なんでそういうこと言うんだよ!!雰囲気ぶっ壊れたじゃねーか!!」

鳴海「嶺二。俺たちの付き合いも三年目だが、今まででお前の力が役に立ったことは一度もねえ!断言出来る!!」

嶺二「鳴海だっていつも無気力でクソみたいな三年間しか過ごしてないだろ!!」

鳴海「俺は与えられたことを地道にこなすだけで十分なんだよ、早乙女も気を付けろ。嶺二と一緒にいるだけで先生から怒られるかもしれん」

嶺二「は?お前と一緒にいた方がとばっちりを食らってるわ!!菜摘ちゃん気をつけてね、鳴海といると災いが連続する」


 菜摘は二人のくだらない言い争いを見て笑い始める


菜摘「(笑いを堪えて)でもでも、私は二人といて楽しいよ、面白いし!!漫才みたい!!」

鳴海「漫才じゃねえ!!」

嶺二「遊びでやってるんじゃねえんだ!!」

鳴海「いつも嶺二がアホなことをするから変なことになんだぞ!!」

嶺二「それを言ったら鳴海がいちいち馬鹿な提案をし始めるからアクシデントが起きるん・・・」


 食堂のおばさんが三人の元へやってくる


食堂のおばさん「申し訳ないけどご飯を食べ終えたら出てくれる?席がなくて困ってる生徒さんも多いの」


 三人が周りを見渡すと席がなくて困っている生徒たちがたくさんいる


鳴海「(席を立ちながら)行くか・・・」

嶺二「(席を立ちながら)だな」


 トレーを片付けに行く鳴海と嶺二


菜摘「(申し訳なさそうに)すいません・・・」

食堂のおばさん「ありがとう」


 菜摘は席を立ち食堂の入り口付近に行く

 鳴海と嶺二はトレーを戻し、菜摘がいるところに行く


◯78波音高校三年三組の教室(夕方)

 帰りのHRの時間

 生徒たちは解散になるのを今か今かと待ちわびている

 

神谷「今日の連絡はこれくらいだな・・・解散!!」


 神谷の一声で一斉にガヤガヤと教室を出て行く生徒たち

 カバンを持って菜摘のところへ行く鳴海と嶺二


菜摘「(カバンを持って席を立つ)じゃあ行こうか、マックだよね?」

嶺二「マックの近く!」

鳴海「今日こそは部員をゲットするぞ」

菜摘「おー!!」


 教室を出ようとする三人


神谷「嶺二!お前、残れ」


 足が止まる三人


嶺二「(恐る恐る神谷の方を見る)俺もなんもしてないっす」

神谷「(教壇の書類をまとめながら)だから問題なんだろ、英語の課題やったか?」

嶺二「え、英語の課題・・・?なんすかそれ。そんなもんないっすよ」

神谷「先週出されたやつ、今日が提出期限だったの忘れたのか。斎藤先生がまたお前が課題を提出してないって俺に言いに来たぞ」

嶺二「なにそれ・・・そんなのあったっけ・・・」

鳴海「(嶺二に耳打ちする)お前、先週も今週も授業中寝てて話聞いてなかったのか?」

嶺二「知らん、多分寝てた。鳴海はその課題やったの?」

鳴海「週末にやったし今日提出した」

嶺二「嘘でしょ、菜摘ちゃんは?」

菜摘「私は休んでたから・・・」

嶺二「え、休んでたから出さなくていいってこと?」


 頷く菜摘


神谷「嶺二は課題が終わるまで居残り、二人は帰っていいぞ」

嶺二「(絶望する)待ってください、明日には出します!だから今日は見逃してください!!」

神谷「いつぞやもそう言って結局一ヶ月後に出したのはどこの誰かな?」

嶺二「もう二度としないので今回だけはお許しを!!」

神谷「ダメだ、君の成績や今後のためにも今やったほうが良い」

嶺二「そんなぁ・・・」

神谷「諦めてさっさと課題をやればすぐに帰れるよ」

嶺二「(小声でボソッと)最悪だ」


 嶺二の肩をポンと叩く鳴海


鳴海「俺たちが嶺二の夢を叶えてやるから安心して課題と向き合え」

嶺二「鳴海・・・いいのか?やってくれるのか?」

鳴海「任せろ、必ず文芸部に引き入れてやるからな」

嶺二「ごめん・・・菜摘ちゃん・・・俺・・・ここまでみたいだ・・・」

菜摘「あ、うん。課題頑張ってね」

嶺二「頼むぞ・・・二人とも」

神谷「それじゃあ二人ともまた明日」


 嶺二は観念し席に座りカバンから筆記用具を取り出す

 鳴海と菜摘は嶺二を置いて教室から出る


◯79マクドナルド&カフェのメソッドへ行く道(放課後/夕方)

 以前千春がいた場所を目指している鳴海と菜摘

 二人は喋りながら歩いている


菜摘「そんなビラ配りしている子に声をかけるなんて思い切ったね」

鳴海「まあな、トリッキーな技だろ」

菜摘「普通思いつかないもん」

鳴海「どこに潜在的文芸部員が潜んでいるか分からないからな、誘えそうなやつはとりあえず声をかけるしかないぜ」

菜摘「断られたらどうする?」

鳴海「俺にも作戦がある、作戦が効けば文芸部に入ってくれるかも」

菜摘「作戦ってなあに?」

鳴海「後で説明するよ。一番の懸念点は波高生かわからないってことだけど、そこは運任せだ」

菜摘「波高生じゃないの!?」

鳴海「いやーこればっかりはなんとも言えない。ビラ配りしてる場所が波高に近いからそうだと賭けてる」

菜摘「大丈夫かな・・・そんな運任せで・・・」

鳴海「何とかなる!」


◯80マクドナルド&カフェのメソッド付近(放課後/夕方)

 千春がビラ配りしている

 

千春「(ビラを差し出しながら)ゲームセンターで遊びませんか?」


 通行人は千春が配っている紙を受け取ろうとはしない、千春が差し出しても払い退けている

 千春に気づかれないようにしながら彼女の様子を見ている鳴海と菜摘


鳴海「(腕まくりをしながら)よしっ、今行くしかない」

菜摘「ねえ貴志くん」

鳴海「なんだ」

菜摘「(千春を指差しながら)あの子のことを言ってるんだよね?」

鳴海「そうだよ」

菜摘「私思ったんだけどさ」

鳴海「どうした」

菜摘「あの子・・・高校生じゃなくない?」

鳴海「(菜摘の方を見る)えっ・・・」

菜摘「中学生に見えるよ」

鳴海「いやいやいやいや、だってバイトしてるんだよ?中学生はバイト出来ないよ?」

菜摘「でも・・・あんな私服でビラ配りなんかするのかな?普通ティッシュ配りとか、働いている人は指定の服があると思うんだけど。顔も幼くない?」


 鳴海は目を凝らして千春を見る

 千春の服装は地味な私服


鳴海「そういえば初めて会った時は大雨で顔と服なんてまともに見えなかったし・・・この間もマックの二階から眺めてただけでしっかり見えたわけじゃない・・・」

菜摘「ちゃんと会うのは今日が初めてって感じ?」

鳴海「実質そうかもしれない」

菜摘「ビラの内容はどんなものなの?」

鳴海「ギャラクシーフィールドっていうゲーセンの宣伝。俺が早乙女の家に行った時、テレビに出てたお店」

菜摘「覚えてる覚えてる。店主のおじいちゃんがインタビューを受けてたやつだよね?」

鳴海「そうそう・・・ん?ちょっと待てよ、もしかしてあの爺さんの孫がビラ配りしてるってことか?」

菜摘「可能性はるよね」

鳴海「よくよく考えてみればゲーセンの宣伝なんかしてるのはあの子しか見たことない」

菜摘「普通のバイトというよりおじいちゃんのために働いてるんだね」

鳴海「歳は?高校生に見えない?」

菜摘「うーん、どうだろ。高校生だって言われたらそうだし中学生だって言われたらそういうふうに見えちゃう」

鳴海「俺には高校生に見えるな・・・嶺二もなんも言わなかったからてっきり高校生なのかと」

菜摘「汐莉ちゃんと同い年にも見えるよ、童顔なだけかな」

鳴海「ああもうなんでもいいわ!!声かけくる!!!」


 鳴海は隠れるのをやめて千春のところへ行く


菜摘「あっ、貴志くん!!」


 鳴海に続く菜摘

 二人が近づいてきたことに気付いた千春はビラを二枚用意する


千春「(鳴海と菜摘にビラを差し出しながら)ゲームセンター“ギャラクシーフィールド”で遊びませんか?」

鳴海「(差し出しされた二枚のビラを受け取り)覚えてる?大雨の日に会ったの。確か先週の水曜日だったはず。その時も君がチラシを渡そうとしてきたけど無視したんだよね俺。悪かったよ、あの時は色々あってさ。まあいいやそんなことは、ところでお願いがあるんだ。いや、もちろんただで手伝えとは言わないよ?俺たちもゲームセンターの客集めに協力する、その代わりに文芸部に入ってくれない?あ、ていうか君いくつ?高校生だよね?そもそも波高生?もしそうなら・・・」


 早口でどんどん喋る鳴海

 千春は困惑した表情をしている

 それを見かねた菜摘が鳴海の口を止める


菜摘「貴志くん!!喋りすぎ!!困ってるよ」

鳴海「あっ、ごめん・・・別に俺たちは怪しいもんじゃないんだ、ただちょっと聞きたいこととお願いしたいことがあってここ最近ずっと君のことを探し・・・」

菜摘「(怒りながら)貴志くん!!!」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「少しだけ静かにしてくれない?」

鳴海「ごめん・・・ほんと・・・ちょっと俺黙る」


 頷く鳴海

 千春の表情は困惑したまま


菜摘「騒がしくてごめんなさい。私たちは波音高校の三年生です。今、新しく文芸部の設立を目指してて・・・興味はありませんか?」

千春「(俯きながら)あ、あの私・・・」

菜摘「興味がなかったら大丈夫です」

千春「(俯きながら)ただ分からなくて・・・」

菜摘「文芸部はみんなで本を書いたり詩を作ったりするのが主な活動です、初心者の作品なのでレベルは高くありません。みんなで創作活動をしながら青春を謳歌するのが目標です!」

鳴海「(声 モノローグ)おお・・・いつの間にか青春を謳歌するという立派な目標が出来たのか」

千春「(顔を上げて)違うんです、そうじゃないんです」

菜摘「どういうことですか?」

千春「私は私が誰なのか分からないんです」

鳴海「つまり・・・それを分かりやすく説明すると・・・?」

千春「記憶がないんです」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「(大きな声で)こ、これは悪戯好きな貴志くんと白石くんが考えたドッキリでしょ!!あなたもぐるなんだね!!!でもドッキリにしてはまだまだだよ、さすがに騙されないって!!」

鳴海「ちょちょ、なんも仕込んでないわ!!」

菜摘「嘘つき!」

鳴海「いや嘘じゃないって!!

菜摘「どうせこの子も汐莉ちゃんのクラスメートとか?こんな微妙なドッキリよりもっとガッチリしたのを仕掛けてほしい」

鳴海「本当に違うんだって!!!信じてくれよ!!!」


 鳴海と千春の顔を交互に見る菜摘


菜摘「(困惑しながら)え?え?ん?どういうこと?ほんとに?ほんとに記憶がないの?」

千春「はい・・・」

菜摘「(大きな声で驚き)ええええええええええ!?俗に言う記憶喪失ってことだよね!!!やばくないそれ!!交番に行った方いいよ!!」

鳴海「無くした財布が交番で戻って来ることはあっても、記憶は戻って来るかわかんねえぞ!」

菜摘「そんなことより私たちはどうすればいいの?!」

鳴海「とんだトラブルが飛び込んで来やがったな!!何か出来ることがあるはず!考えろ考えろ!!」


 パニック状態な鳴海と菜摘

 いつの間にか千春は二人から離れている

 そして通行人たちに声をかけている


千春「(ビラを差し出しながら)ゲームセンターで遊びませんか?ゲームセンターで遊びませんか?ギャラクシーフィールドにはお客さんが必要なんです」


 通行人たちは千春の差し出すビラを受け取らない

 鳴海と菜摘は顔を見合わせる


菜摘「とりあえず・・・話を聞いてみない?」

鳴海「そうだな・・・何か事情があるのかもしれない」

菜摘「マックだね」

鳴海「マックだな」


 二人は千春を誘い出しマックに連れて行く

 

◯81マクドナルド二階(放課後/夕方)

 珍しく学生が多いマック

 ハンバーガー、ポテト、ナゲット、ジュース、そして千春の持っていたビラがテーブルの上に置いてある

 窓際の席に座っている鳴海、菜摘、千春


千春「こんなに頂いていいんですか?」

菜摘「どうぞどうぞ、私たちの奢りだからいっぱい食べてね」


 丁寧にハンバーガーの包みを取り食べ始める千春


菜摘「私は早乙女千春、こっちは貴志鳴海くん。あなたの名前は?分かる?」

千春「(ハンバーガーを置いて)私は・・・千春って言います」

鳴海「苗字は分からないのか?」

千春「覚えてません・・・」

鳴海「どうしてビラ配りをしているんだ?」

千春「しなきゃいけないと思ったんです、まるで誰かにこれがお前の役目だって言われてるみたいな感じで・・・気がつくと手にはチラシがありました。これをたくさんの人に配らなきゃ、ゲームセンターにはお客さんが必要なんだって直感で分かったんです」

菜摘「ゲームセンターとの関係は?お店の人が家族ってことはない?」

千春「(俯いて)分かりません・・・ただ、とても大切な場所で・・・大事な人がいる・・・そんな気がします」

鳴海「ならギャラクシーフィールドに行ってみるしかないな」

千春「(強い口調で)行きません!!」


 鳴海と菜摘を含め周りにいた人たちが驚き、千春の方へ視線を向ける


菜津「落ち着いて、無理強いはしないよ」

千春「大きな声を出してごめんなさい」

菜摘「ううん、どうしてゲームセンターに行くのは嫌なの?」

千春「私がビラ配りをしているってことを知られたくないんです」

鳴海「知られたら都合が悪いってこと?」

千春「私は行かない方がいいんです、行きたくないんです・・・」


 顔を見合わせる鳴海と菜摘


鳴海「今はどこで寝泊りしてるの?まさか野宿じゃねえよな?」

千春「それも分からないんです・・・私の記憶があるのはチラシを配ってた時だけでそれ以外のことはすっぽりと忘れてるみたいです」

菜摘「携帯とか個人情報が分かるものは何かない?」

千春「持ってないです、私が持ってるのはそのチラシだけなんです」

鳴海「歳は?」

千春「分かりません」

鳴海「(困ったような顔をして)そうだな・・・じゃあやっぱりゲームセンターに行くしか・・・」

菜摘「(小声でコソコソと)嫌がってるんだからダメだよ」

鳴海「(小声でコソコソと)なら警察に引き渡すのか?それこそ悪戯だって思われるぞ」

菜摘「(小声でコソコソと)でも私たちに出来ることなんて何もなくない?」

鳴海「(小声でコソコソと)いや、少し良い方法を思いついたわ」

菜摘「(小声でコソコソと)どうすんの?」

鳴海「(小声でコソコソと)名付けて文芸部による記憶奪還作戦だ」

菜摘「(小声でコソコソと)なにそれ・・・」

鳴海「俺たちは波音高校の三年生だ、今は文芸部を作ろうとしてる。文芸部については早乙女が説明した通り、覚えてるな?」

千春「はい」

鳴海「俺たちには部員が必要だ、なぜなら最低五人いないと活動が出来ないから。そして君、千春は“ゲームセンターのお客さん”を必要としている、それで合ってるね?」

千春「はい」

鳴海「記憶は取り戻したいか?」

千春「出来たら取り戻したいです」

鳴海「なら互いに協力しよう、君は俺たちが作ろうとしている文芸部に参加してくれ。その代わり俺たちはゲームセンターの宣伝を学校でしつつ無くした記憶も探す。どうだ?そう悪い条件じゃあないぜ?」

千春「私は・・・どうしたらいいのか・・・」

鳴海「一人ぼっちでビラ配りしてたきゃそれでいい、それとも仲間を作って協力し合うか。自分がなりたい方を選べばいいさ」

千春「学校はたくさん人がいますか?」

鳴海「いやってほどいる、その分だけゲーセンについて宣伝出来るぞ」


 考え込む千春


千春「記憶のない私でも大丈夫なんでしょうか?」

鳴海「(手を差し出す)大丈夫だ、何かあっても俺たちが助ける。その代わり部員になってくれ」

千春「(手を受け取る)分かりました」


 鳴海と千春は握手する


菜摘「なんか勝手に話が進んでるけど、先生たちにはなんて言うの?」

鳴海「その辺は上手いこと隠し通せば平気だ、マンモス校なんだから知らん顔の生徒がいても不思議じゃない」

菜摘「制服は?」

鳴海「問題ないよ、ツテがある。あとはどこで寝泊りするか・・・」

菜摘「貴志くんの家は?」

鳴海「確かに一人暮らしではあるが、やばくね?」

菜摘「男女が一つ屋根の下で暮らすなんて、もはや結婚を控えてるカップルの同棲と同じだもんね」

鳴海「そうだな、って同棲ではねえけど」

菜摘「なら私の家に泊まる?」

千春「あ、あの、私は別にどこでも構いません」

菜摘「そういうわけにはいかないよ?今後の動きは常に一蓮托生なんだから」

鳴海「早乙女の家は泊まっても平気なのか?」

菜摘「多分、平気じゃないかな」

鳴海「ほんまかいな、さすがに見ず知らずの人を何日も泊めるっていうのは無理があるんじゃ・・・」

菜摘「前に家に来たから分かると思うけど、私のお父さんとお母さんってなんていうか、人付き合いが好きだし私の人間関係にも口うるさくないから平気だと思う」

鳴海「すげえな、寛大on寛大だ」

菜摘「だから夜はうちで寝泊まりして、昼間はゲームセンターのビラ配りをして、夕方学校に来て貰えばいい感じだね」

鳴海「さっさと記憶を掘り起こさないと問題になるな・・・」

菜摘「他のみんなにはなんて説明する?」

鳴海「嶺二ならいいけど南を面倒ごとに巻き込むのは気の毒だ。いいか千春、お前の記憶がないことは他の部員たちには内緒にしててくれ」

千春「何か聞かれた時はどう答えればいいんですか?」

鳴海「とりあえずは一年五組の生徒だって適当に言い張ってればいい」

菜摘「ものすごく適当だけどいいのかな・・・」

鳴海「記憶が戻るまで匿ってました、今まで嘘ついててごめんなさいって最後にネタバラシすれば許してくれる!と思いたい」

菜摘「その時は私たち停学かもね」


 スマホを取り出す鳴海


鳴海「制服について聞いてみる」


 千春はハンバーガーの残りを食べる

 鳴海は明日香に電話かける


鳴海「(明日香が電話に出る)もしもし」

明日香「(スマホから漏れる声)もしもし」

鳴海「ちょっとお願いがあるんだけど」

明日香「(スマホから漏れる声)なにお願いって、怖いんだけど」

鳴海「去年か一昨年卒業した先輩から制服を借りられない?」

明日香「(スマホから漏れる声)えー、男子?女子?」

鳴海「女子」

明日香「(スマホから漏れる声)ますます怖いんだけど、制服なんか何に使うの?」


 電話している鳴海のことを心配そうに見ている菜摘

 変わらずハンバーガーを食べ続けている千春


鳴海「いやまあちょっと色々・・・」

明日香「(スマホから漏れない小さな声)私のは・・?」

鳴海「は?明日香のはダメに決まってんだろ。卒業生のじゃなきゃ意味ねえからな」

明日香「(スマホから漏れる大きな声)また嶺二とアホなことしようとしてるんでしょ!!」

鳴海「嶺二は関係ない、どうしても制服がいるんだよ」

明日香「(スマホから漏れる声)意味分かんないだけど、期間は?」

鳴海「あー、(菜摘と千春の方を見ながら)そうだな・・・」


 人差し指を立てる菜摘


鳴海「一ヶ月くらい?」


 首を横に振る菜摘


鳴海「あ、嘘!一ヶ月じゃないかも・・・」

明日香「(スマホから漏れる声)はっきりしてよ」

鳴海「わりいわりい、えーっと今確認するから」


 人差し指と中指と薬指を立てる菜摘


鳴海「三・・・?」


 手のひらを出しその上に人差し指を立てる菜摘


鳴海「六・・・?」

明日香「(スマホから漏れる大きな声)三週間?!六週間?!一ヶ月?!一体どれなの!」


 細く綺麗な五本の指を伸ばして手のひらを大きく見せる菜摘


鳴海「五・・・?」


 そのあと再び人差し指を立てる菜摘


鳴海「三・・・六・・・五・・・って一年!?」


 親指を立てグーサインを突き出す菜摘


明日香「(スマホから漏れる大きな声)一年!?!?馬鹿なの!?借りずに買えばいいじゃん!」


 首をぶんぶんと横に振り親指を下げてバッドサインを突き出す鳴海


鳴海「は、半年!半年は!?誰かに借りられない?」

明日香「(スマホから漏れる声)ほんと呆れた、今度は何をやらかすつもり?」

鳴海「別に何もやらかさんわ!!!頼む、借りられないか聞いてほしい。なるべく早く」

明日香「(スマホから漏れる声)借りられたらさ・・・何に使うのか教えてくれる?」

鳴海「それはダメだ、知らん方がいい」

明日香「(スマホから漏れる声)じゃあ無理、自分で制服を作ったら?」

鳴海「無茶言うなよ、そんなの不可能やん」

明日香「(スマホから漏れる声)何に使うのか教えてくれれば作らなくて済むのに」

鳴海「そんなに知りたいの?どうなっても知らんぞ」

明日香「(スマホから漏れる声)そこまで言われたら興味湧くでしょ普通」

鳴海「分かったよ、半年間借りられるなら何に使うか教えるよ」

明日香「(スマホから漏れる声)約束だからね」

鳴海「わかったわかった、頼んだぞ。借りられたらLINEしてくれ」

明日香「(スマホから漏れる声)了解、じゃあまた明日ね」

鳴海「おう」


 電話を切る鳴海

 スマホをポケットにしまう鳴海

 千春はハンバーガーを食べ終えている

 深くため息を吐く鳴海


菜摘「どうだって?」

鳴海「借りることが出来たら用途方法を教えろってさ」

菜摘「それって天城さんを巻き込むってこと?」

鳴海「もうこうなったら明日香も文芸部に入れちまうってのはどう?」

菜摘「えぇー・・・私、天城さんが文芸に興味があるのか知らないよ?」

鳴海「それは俺も知らん。この際関わった奴はみんな部員にした方が早い気がしてきた」

菜摘「そんなめちゃくちゃな・・・」

千春「あの・・・これから私はどういう動きになるんでしょうか?」

鳴海「制服を借りて、波音高校の生徒のふりをしてればいい。みんなには・・・出家したって言ってくれ」

菜摘「出家!?」

鳴海「あ、間違えた出家じゃねえや。家出したってことにしよう」

菜摘「私もお母さんとお父さんに説明する時は訳ありで家出してるってことにしよ」

千春「私は学校でチラシ配りをしても構いませんか?」

鳴海「あー、どうだろうなあ・・・」

菜摘「文芸部員募集の紙に、ゲームセンターの宣伝を付け足すってのはどう?部員がバイトしてるっていうことにすれば違和感もなさそう」

鳴海「名案だ!それなら配っても大丈夫だな!」

千春「部活中は文芸活動に勤しみ、それ以外の時間はチラシ配りをしててもいいんですか?」

鳴海「一応そういうことだな、後は肝心な記憶をどう取り戻すか・・・」

千春「記憶についてはあまり気にしないでください。私はギャラクシーフィールドさえ潰れなきゃ何でもいいので」

菜摘「そんな風に言っちゃダメだよ、過去は今の自分を作るためにもっとも大事な素材なんだから」

千春「大事な・・・素材・・・」

鳴海「(声 モノローグ)過去は・・今の自分を作るためにもっとも大事な素材・・・正しい、早乙女の言ってることは至極真っ当じゃないか」

菜摘「うん、誰にでも過去はあるもの」

千春「誰にでも・・・私は・・・」

鳴海「(声 モノローグ)そう、誰にでもあるから・・・過去は足かせにもなる。それが重荷になることもある」

菜摘「もちろん記憶に関係ないことでも困ってることがあったら遠慮しないで相談してね」

鳴海「(声 モノローグ)人には無理に起こさなくてもいい過去がある、俺には分かるんだ・・・きっと千春にも・・・」


 鳴海はじっと千春を見ている


菜摘「私たちに出来ることなら何でもするよ、ね?貴志くん」

鳴海「あ、ああ。同じ部活仲間だからな」

千春「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

菜摘「こちらこそよろしく!」


◯82帰路(放課後/夕方)

 一人で帰っている鳴海


◯83回想/帰路(放課後/夕方)

 ◯81と◯82の間にあったこと

 歩道で止まってる鳴海、菜摘、千春


鳴海「さっき話した計画通りにな」


 頷く菜摘と千春


鳴海「寝泊りは早乙女の家、制服を借りてからは文芸部の活動に参加、家出してるっていう設定を忘れずに」

千春「はい」

鳴海「よし、良い返事だ。早乙女も頼むよ」

菜摘「任せとけぃ!」

鳴海「最悪早乙女の家がダメになったら俺んちで合宿だ!!」

菜摘「うん!!」

鳴海「じゃあ俺(指を指して)あっちだから」

菜摘「じゃあね、また明日」

鳴海「じゃあな」


 歩き始める鳴海

 鳴海とは別の方向に歩き始める菜摘と千春


◯84回想戻り/帰路(放課後/夕方)

 一人で歩いている鳴海


鳴海「(声 モノローグ)千春が部活に入れば五人目・・・記憶喪失・・・何があっても教師たちには隠さないとな・・・文芸部のために、早乙女のために。早乙女のために?何故?何で俺が手伝ってるんだ?」


◯85貴志家リビング(夜)

 真っ暗なリビング

 電気をつける鳴海

 カバンを置く鳴海

 スマホを見る鳴海

 明日香からのLINEが来ている

 “借りられたよ”というメッセージ

 ”ありがとう、学校に持ってきて”と送る鳴海

 菜摘からLINEが来る

 “千春ちゃんの苗字は柊木という設定で”というメッセージ

 “了解”とメッセージを送る鳴海


◯86波音高校三年三組の教室(日替わり/朝)

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだ来ていない

 生徒たちは立ち歩いたり周りにいる人と喋ったりしている

 窓際で喋っている鳴海、菜摘、嶺二


嶺二「柊木千春っていうんだ!!!」

菜摘「良い子だよ」

嶺二「クソが!昨日神谷が居残りにさせなければ俺も会えたのに!」

鳴海「それはお前のせいだろ」

嶺二「許さん神谷!!」

鳴海「落ち着け、恨むなら自分自身にしろ」

嶺二「あのヘボ教師が・・・」

菜摘「千春ちゃんのことなんだけどね・・・ちょっと訳ありで今私の家に泊まってるの」

嶺二「菜摘ちゃんの家!?どうして!?」

鳴海「(小声で)家出してきたらしい」

嶺二「(大きな声で)家出!?」

鳴海「(小声で)バカもっと静かに喋れ」

嶺二「(小声で)ごめんごめん、なんで家出を?」

鳴海「(小声で)人間関係でちょっとな・・・」

嶺二「(小声で)まじか・・・ということは家出しながらのバイトだったのか・・・」

菜摘「(小声で)今は高校に通うための学費を貯めてるんだって」

嶺二「(小声で)高校に通うための学費?高校生なのになんで高校に通うための学費がいるんや」

菜摘「(小声で)千春ちゃん、高校に通ってないの」

嶺二「(小声で)それって波高生じゃないってこと・・・?」

鳴海「(小声で)そこでだ、俺たちは直向きな努力をしている千春のためにある作戦を思いついた」

嶺二「(小声で)なんだよ作戦って」

菜摘「(小声で)千春ちゃんを勝手に入学させちゃおう作戦」

嶺二「(小声で)求む、詳しい説明を」

鳴海「(小声で)卒業生の制服を借りて、放課後の部活動に千春を招こうっていうことだ」

嶺二「(小声で驚く)まじかよ?!バレたら停学は免れないぞ」

鳴海「(小声で)こんなに学生がいるんだしひっそりと活動してればバレねえよ」

菜摘「(小声で)みんなに言ったりしちゃダメだよ?極秘の作戦なんだから」

嶺二「(小声で)絶対に言わん、俺は秘密をまも・・・」

明日香「秘密って何?」

嶺二「あ、明日香!?」


 三人が振り返ると明日香が立っている

 明日香は紙袋を持っている


明日香「何こそこそ喋ってんの?」

嶺二「いや別に大した話は・・・」

明日香「大した話じゃないなら包み隠さず内容を教えてほしいんだけど・・・(紙袋を鳴海に渡しながら)はいこれ、鳴海が着るの?」

鳴海「着ねえよ!」

明日香「サイズとか知らないからね」

鳴海「(受け取る)ありがとう、思ってたより早く借りられたんだな」

明日香「バイト帰りに先輩の家に寄ったの、てかそんなことはどうでもいいから何に使うのか教えてよ」

鳴海「本当に聞くのか?知らないからな」

明日香「いいから早く教えて」

鳴海「わかった、いいだろう。ただし二つ条件がある!」

明日香「はぁ?二つも条件あんの?制服を借りる労力と釣り合ってないでしょ」

鳴海「条件を守らなきゃ絶対に言わん!!」

明日香「先に条件の内容を教えて」

鳴海「しょうがねえな・・・(人差し指を立てて)一つ目は絶対に口外しないこと!!俺たちだけの秘密だ」

明日香「はいはい、二つ目の条件は?」

鳴海「(人差し指と中指を立てて)二つ目の条件は・・・文芸部に参加すること!!!」

嶺二「は?!おま・・・なんで明日香を入れるんだよ!?」

明日香「文芸部・・・?文芸部なんかあるっけ?」

菜摘「私たち・・・今文芸部を作ろうとしてるの。だからその・・・こちらとしては部員がいないと活動出来ないし・・・文芸部員になってくれるとすごくありがたくて・・・」

明日香「そう言われても文芸には興味がないんだけど・・・」

鳴海「断る奴には教えねえぞ」

明日香「えぇ・・・部活に入れってだいぶハードルが高くない?バイトの時間を割いて部活をやれって言うの?」

鳴海「俺たちと青春しようぜ!!」

明日香「鳴海、いつの間にそんなこと言うようになったの・・・」

鳴海「キャラ崩壊したわ」

菜摘「バイト優先でも全然大丈夫、何だったら名義を貸してくれるだけでも・・・」

明日香「名義を貸してもねえ・・・名義だけじゃ部活は成り立たないと思うよ」

鳴海「そんなことは分かってんだよ!いいから部活に入れ!!」

明日香「マジで?もはや制服と全然関係ないじゃん」

鳴海「いや関係しかないから!!文芸部員じゃないと知り得ることが出来ない情報だから!!」

明日香「そ、そこまで言うなら入るけど・・・」

鳴海「いいだろう。明日香、今日の放課後は?」

明日香「え、特に何もないけど」

鳴海「では今日の放課後部活動をするぞ」

明日香「もしかして放課後にならなきゃ制服の使い道がないの?」

鳴海「ない!(菜摘の方を向いて)今日の放課後って早乙女の家に寄っても大丈夫そう?」

菜摘「うん、大丈夫。汐莉ちゃんはどうする?今日は軽音部に出ないって」

鳴海「南も連れて行こう、嶺二、お前も暇だろ?」

嶺二「もちろん」

明日香「どうして早乙女さんの家にお邪魔するの?」


 神谷が教室に入ってくる

 教壇の前に立つ神谷


神谷「朝のHRやるぞー」


 ドタバタと席に着く生徒たち


菜摘「ごめん詳しいことは放課後に説明するね!!」

明日香「放課後には絶対教えてよ!!」

菜摘「OK!!」


 鳴海、菜摘、嶺二、明日香も席に着く


◯87波音高校食堂(昼)

 食堂は生徒たちで混み込み

 お弁当を食べている菜摘

 鳴海は醤油ラーメンとチャーハン、嶺二は生姜焼き定食を食べている


嶺二「なんで明日香を部活に入れたんだよ?」

鳴海「中途半端に部外者だと説明しづらいだろ」

菜摘「かなり強引に誘っちゃったなぁ、申し訳ない・・・」

鳴海「いいのいいの。それによ、もし千春のことが学校にバレたら文芸部員は四人に戻っちまう。一人余計にいたら何かあっても部活は続くだろ」

嶺二「あー、そういうことだったのか。(ため息を吐いて)言いたいことは分かったけどよりによって明日香だなんて・・・」

鳴海「我慢しろ、これで部活が成り立つんだから良いじゃないか」

嶺二「(グダグダしながら)それもそうだけど〜明日香は怖い〜」

菜摘「借りた制服、今更だけどサイズ合うかな?」

鳴海「多少サイズが違うのは我慢してもらうしかないな、それより上履きとか借りるの忘れたけどどうしよ」

菜摘「私の体育館シューズを履いてもらうしかないよ」

鳴海「そうだな」

嶺二「あ!借りた制服って千春ちゃんに着てもらうのか!!!」

鳴海「今更どうした」

嶺二「いや、俺も明日香と同じで今まで何に使うのか知らんかったし」

鳴海「お前はそれを知らずに会話を聞いてたのね」

嶺二「当たり前よ、千春ちゃんは今何してんの?家で待機?」

菜摘「ビラ配りに行ってると思う、とりあえず四時までには家に帰ってきてって伝えてある」

嶺二「今日もバイトかぁ、偉いなぁ」

鳴海「お父さんお母さんからなんも言われなかったのか?」

菜摘「高校に行くためにバイトしてるってことは言ったけど、あとは何も聞かれなかった」

嶺二「すげえな菜摘ちゃんのご両親、見ず知らずの子供を預かるなんてよ。俺の親には到底無理だ」

鳴海「ほんと、寛大な親で良かったよ」

菜摘「このまま何日も泊まれば私の家族になれる思う、そのくらいお父さんとお母さんは気にしてないよ」

嶺二「きっと菜摘ちゃんのご両親は聖人君子のような人なんだね」

菜摘「聖人君子は言い過ぎだよ、(鳴海の方を見ながら)普通の親だったでしょ?」

鳴海「あ、ああ。少し変わってたような気もするけど良い人たちだよ」

嶺二「少し変わってる?」

菜摘「変わってるのかな?」

鳴海「少し・・・」

嶺二「気になるね、どんな人たちなのか」

鳴海「会えば分かるよ、会えば」

菜摘「お父さんは仕事だけど、お母さんは家にいるよ」

嶺二「おお!!つまり放課後に会えるってわけだね。ますます楽しみになってきたぞ!!」

鳴海「ようやく部活も始動できるし、良かったな早乙女!!」

菜摘「(笑顔で)うん!!!」


◯88波音高校特別教室の四(放課後/夕方)

 円の形を作って椅子に座っている鳴海、菜摘、嶺二、明日香、汐莉


鳴海「明日香、約束を守れよ」

明日香「口外しないっていうのと、文芸部に入る・・・守るから早く説明して」

鳴海「(菜摘の方を見て)どうする、俺の方から説明すればいい?」

菜摘「お願い」

鳴海「わかった、じゃあ一から説明していくぞ」

汐莉「すいません、貴志先輩・・・(明日香の方を見て)こちらの方は一体・・・」

鳴海「そういえば初対面同士だっけ。この人は三年の天城明日香。今日から文芸部員になった」

明日香「(汐莉の方を見て)よろしく」

汐莉「一年の南汐莉です、よろしくお願いします!」

鳴海「よし、挨拶は終わったから説明すんぞ」


 時間経過


明日香「家出?匿う?学費を稼ぐためにバイトをしてる?可哀想だから文芸部員に入れる?馬鹿なの?本気で言ってる?」

鳴海「いやまあ・・・本気じゃなかったらこんなことを思いつかないって」

明日香「呆れて開いた口が塞がらない」

菜摘「でも野宿させるわけにはいかないし・・・(徐々に小さくなる声)本人の問題にあんまり口出しは出来ないし・・・それに学校に通いたがってるから・・・」


 少しの沈黙が流れる


嶺二「可哀想だしいいじゃん、俺たちで匿ってあげれば変なことにはならないって」

明日香「ここまでくると馬鹿っていうか、あたおか」

鳴海「あたおか・・・?何それ」

汐莉「頭がおかしいの略ですよ」

鳴海「納得。いや、納得はしねえけど」

明日香「私たち三年生なんだよ、進路に影響するってことをいい加減わかったら?」

鳴海「別に進路なんかどうでもいいよ」

明日香「どうでもよくないでしょ!!!」

菜摘「無茶なことだって言うのは分かってるよ、でもこのまま放っておけないの」

明日香「(菜摘の方を見て)部長なんでしょ?部員全員の責任取れんの?学校にバレたら停学・・・いや、退学になるかも」

嶺二「別に菜摘ちゃんに責任を押し付けなくていいっしょ?そこはいつも通り俺か鳴海が罰を受ければええやん」

鳴海「ああ、その通りだ」

明日香「あんたら普段から授業態度が最悪なのに、どうして自分から問題を起こすようなことをすんの?」

鳴海「それは・・・わざとじゃない」

明日香「わざとでしょ」


 少しの沈黙が流れる


汐莉「とりあえず行きませんか?菜摘先輩の家に。議論は一旦やめて」

嶺二「(椅子から立ち上がり)そうしようぜ」


 荷物を持ち椅子から立ち上がる鳴海、菜摘、汐莉


明日香「(小声で)そんなことに制服を使うなんて思わなかった」

鳴海「(座ったままの明日香を見ながら)来ないのか?嫌なら無理強いしないけど口外だけは・・・」

明日香「(椅子から立ち上がり)会うだけ会ってみる」

鳴海「そっか」

汐莉「それじゃあ行きましょう!!菜摘先輩の家に!!」

嶺二「おう!!!この時を待っていたぜ!!!」


 菜摘と鳴海が先導し一同教室を出る


◯89早乙女家を目指す道中(放課後/夕方)

 先頭を歩いている鳴海と菜摘

 その後ろを歩いている嶺二、明日香、汐莉


菜摘「(小声で)明日香ちゃん怒ってるね・・・」

鳴海「(小声で)そうだな、俺と嶺二がアホすぎて機嫌悪くなった」

菜摘「(小声で)やっぱ巻き込むのはやめた方がいいんじゃない?家出じゃなくて記憶喪失だって知ったらもっと怒ると思う」

鳴海「(小声で)巻き込まれたくなかったら文芸部には参加しないって言うよ」

菜摘「(小声で)参加しないとは言ってないけど・・・参加するとも言ってないよ・・・」

鳴海「(小声で)早乙女は文芸部の活動のことだけを考えてろ、それが大事なんだから」

菜摘「(小声で)問題にならないか心配だよ」

鳴海「(小声で)なんとかなる」


 小声で喋っている鳴海と菜摘

 その姿を後ろから見ている明日香


明日香「ねえ、あの二人って本当に付き合ってないの?」

嶺二「付き合ってないっしょ、菜摘ちゃんは鳴海と釣り合うってタイプじゃない」

明日香「隠れて付き合ってるって可能性はあると思う?」

嶺二「(即答する)ないね」

汐莉「私には仲の良い友達に見えますよ」

明日香「仲の良い友達ね・・・」

嶺二「早く告らねえと取られちまうぞ」

明日香「うるさい」


◯90早乙女家玄関(放課後/夕方)

 扉を開ける菜摘

 家に入る一同


菜摘「ただいまー」


 すみれが出てくる


すみれ「お帰りなさい菜摘。鳴海くん、この間はありがとう」

鳴海「いえ、大したことは・・・」

すみれ「(微笑みながら)謙遜しないの」

鳴海「あ、はい・・・」

すみれ「それにしても今日は大勢ね」

菜摘「うん、みんな部活作りを手伝ってくれてるんだよ。左から一年生の南汐莉ちゃん、同じクラスの白石嶺二くん、天城明日香ちゃん」


 それぞれ会釈する


すみれ「ゆっくりしていってね」


 招き入れる仕草をするすみれ

 靴を脱いで家に上がる菜摘


菜摘「みんな上がっていいよ」


 靴を脱いで上がる一同


鳴海「お邪魔します」

嶺二「お邪魔しまーす」

明日香「お邪魔します」

汐莉「失礼します」

すみれ「ようこそ皆さん」


◯91早乙女家客室前/千春の部屋前(放課後/夕方)

 廊下にいる一同


菜摘「(扉を叩きながら)千春ちゃん、入っていい?」

千春「どうぞ」


 扉を開ける菜摘

 部屋に入る一同


◯92早乙女家客室/千春の部屋(放課後/夕方)

 綺麗で物が少ない和室

 正座している千春

 千春が持っていたビラが部屋の隅に置いてある

 荷物を置いてそれぞれ畳に座る


菜摘「今日は何してたの?」

千春「昼間にチラシ配りをして、三時頃にお家に戻って来ました」

菜摘「たくさん配れた?」

千春「あまり・・・」

菜摘「そっか・・・」

千春「そちらの皆さんは文芸部員の方ですか?」

菜摘「そうだよ、一年生の南汐莉ちゃんと制服を貸してくれる天城明日香ちゃん。白石くんには会ったことあるんだよね?」

千春「はい。以前お会いしました。(丁寧に頭を下げる)あの時はありがとうございました」

嶺二「(少し照れながら)いやぁ、礼を言われることじゃないよ」


 立ち上がって千春の前に紙袋(制服入り)を置く鳴海


鳴海「制服だ」

千春「(紙袋の中を確認して)ありがとうございます」

鳴海「礼なら明日香に」

千春「ありがとうございます。が、学校に通うのが夢だったんです」

明日香「サイズが合うか分からないけど・・・」


 制服を取り出す千春

 立ち上がりサイズが合いそうか確認する明日香


千春「着れそうです」

汐莉「貴志先輩と白石先輩には出てもらって試着しますか?」

菜摘「そうだね」

鳴海「(立ち上がり)あいよ」


 立ち上がる鳴海と嶺二


汐莉「白石先輩、覗いちゃダメですよ?」

嶺二「覗かねえよ!!」

汐莉「ナイスツッコミ!」

菜摘「じゃあ良いって言うまで廊下で待ってて」

鳴海「おう」


 部屋を出る鳴海と嶺二


◯93早乙女家客室前/千春の部屋前(放課後/夕方)

 廊下に立って待っている鳴海と嶺二


鳴海「(声 モノローグ)学校に通うのが夢ね・・・この感じだと念入りに設定の打ち合わせをしたようだな。とてもじゃないが記憶喪失には見えん」

嶺二「いや〜、やっぱ可愛いな」

鳴海「え、ああ。そうだな」

嶺二「制服姿もめちゃくちゃ可愛いだろうなぁ」


 ニヤニヤ笑ってる嶺二


鳴海「おい、覗くなよ」

嶺二「少しくらいはええんちゃう?」

鳴海「やめろ絶対、今はその時じゃない」

嶺二「隣で着替えてるのに覗けないなんておかしな話だ」

鳴海「何もおかしくないわ」

嶺二「美人は文化遺産なんだから見ないと損だろ」

鳴海「それはそうだが」

嶺二「菜摘ちゃんのお母さんも文化遺産だよな」

鳴海「(少し引きながら)お前・・・」

嶺二「なんだよ?」

鳴海「(少し引きながら)同級生の母親を文化遺産って呼ぶのやめたほうがいいぞ・・・」

嶺二「美人っていう意味なんだからええん別に」

鳴海「クラスメートが自分の母親のことを文化遺産って呼んでたら嫌だろ」

嶺二「そうかぁ?褒め言葉だから嬉しいぞ」

鳴海「すみれさんのルックスより、嶺二の思考回路の方が文化遺産級かもしれんな」

嶺二「俺の天才っぷりにやっと気づいたか」

鳴海「天才過ぎてついていけねえや」


◯94早乙女家客室/千春の部屋(放課後/夕方)

 着替え終えた千春

 細かな汚れを取ったりシワを直してる汐莉

 千春を座って見ている菜摘と明日香

 

汐莉「(千春から少し離れて)こんなもんかな・・・可愛い!!」

千春「(少し照れながら)あ、ありがとう」

明日香「少し大きいけど違和感ないか・・・」

菜摘「千春ちゃんすごく似合ってるよ」

千春「そ、そうですかね・・・」


 部屋の押し入れから鏡を取り出す菜摘

 鏡を千春の方へ向ける


菜摘「違和感ないもん、完全に波高生だね」


 鏡を見て自分の姿をチェックする千春


汐莉「千春ちゃん幾つなんですか?」


 少しの沈黙が流れる

 困惑して菜摘の方を見る千春


菜摘「(慌てて)十五歳!だから汐莉ちゃんと同い年だよ!!」

汐莉「タメだったんだ!!」


 慌てて頷く千春


明日香「もう一度確認していい?今は家出中なんだよね?」

千春「はい」

明日香「お金がなくて高校には通ってない、お金を貯めるためにバイトをしている」

千春「はい」

明日香「昼間はバイトをして、夕方からは波高に忍び込んで文芸部員になる」

千春「はい」

明日香「実家に帰る予定は?」

千春「ありません」

明日香「本当に?」

千春「ありません」

明日香「分かった」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「そろそろ二人を入れていいかな?」

明日香「私も入る」

菜摘「(不思議そうに)入るって明日香ちゃん、もうこの部屋に入ってるよ」

明日香「そうじゃなくて部活に入るってこと」

菜摘「あっ!部活のことか!!(少し間を開けて)でも無理しなくても・・・貴志くんは強制だって言ってたけどこれ以上迷惑かけられない・・・」

明日香「ここまできたら入るよ、こんな無謀なことの舵を鳴海と嶺二に任せられない」

菜摘「えーっとじゃあ・・・」

明日香「二人を部屋に入れる、でしょ?」

菜摘「そ、そうだね(大きな声で)二人とも入っていいよー!」


 勢いよく扉をこじ開けて部屋に入ってくる嶺二

 嶺二に続いてゆっくり部屋に入ってくる鳴海


嶺二「(制服姿の千春を見ながら大きな声で)うおおおおおおお!!」

明日香「その反応はセクハラ」

嶺二「あ、ごめん」

鳴海「(制服姿の千春を見ながら)いい感じだな!!こりゃどっからどう見ても波高生だろ!」

嶺二「普通に学校にいるだけじゃバレないな」

千春「本当ですか?変なところとかありません?」

鳴海・嶺二「ない」


 カバンから一枚の紙を取り出す菜摘


菜摘「部員も揃ったしあとはこれを書いて提出すれば部活結成!!」

鳴海「(明日香の方を見る)入るのか?」

明日香「当たり前でしょ、そういう条件だったんだから」

鳴海「それもそっか・・・やっと部員が集まったな!」

嶺二「(ガッツポーズをしながら)よっしゃあ!!高校最初で最後の部活動の始まりだァ!!」

鳴海「おう!!」

汐莉「顧問は誰なんですか?」

菜摘「あっ・・・顧問忘れてた」

明日香「え、顧問決まってないの?」

鳴海「決まってねえや」

菜摘「神谷先生は引き受けてもらえないかな・・・」

嶺二「神谷って顧問してたっけ?」

鳴海「運動部の顧問はしてないはず、下手に知らん奴に頼むより神谷にやってもらった方がこちら的には楽かもな」

汐莉「じゃあ神谷先生に頼んでダメだったら他の先生にお願いしますかぁ」

鳴海「あいつが部活に入れって言い始めたんだから引き受けなきゃおかしいだろ!」

嶺二「ほんとだよ、俺たちが汗水流して作った部活なんだから」

鳴海「お前は特に何もしてねえよ!」

明日香「そんなことはどうでもいい!!今から学校に戻る?今なら先生たちもいると思うけど」

菜摘「(立ち上がり)学校に行こう!!!顧問を見つけて今度こそ部活結成!!」

鳴海「良い意気込みだぞ部長!」


 立ち上がる明日香

 荷物を持つ一同


千春「あの・・・私は・・・」

嶺二「千春ちゃんも行こう!!」

千春「でも・・・」

嶺二「(千春の手を引っ張る)部員なんだから行くの!!」


 部屋を出る一同


◯95波音高校職員室前の廊下(放課後/夕方)

 職員室前の廊下に立っている一同

 千春は少し落ち着きがない様子

 扉についてる窓ガラスを覗く鳴海


汐莉「大丈夫?千春ちゃん」

千春「バレないか不安で・・・」

汐莉「落ち着いて、深呼吸すれば楽になるよ」

千春「(深呼吸をして)うん・・・少し楽になったかも」

鳴海「(窓ガラスを覗きながら)えーっと・・・神谷は・・・いるぞ。どうする?みんなで頼みに行くか?」

菜摘「大人数で行った方が迷惑になるんじゃない?」

明日香「こういう時は代表者が行けばいいと思う」

嶺二「部長と副部長の出番だな」

鳴海「マジ?俺と早乙女?」

明日香「部長副部長なんだから当然でしょ」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「い、行こうか貴志くん・・・」

鳴海「お、おう・・・緊張するな・・・」

嶺二「頼んだぜ二人とも!!」

菜摘「う、うん・・・」


 扉をコンコンと叩く菜摘


菜摘「(扉を開けながら)失礼します」

鳴海「(菜摘に続いて)失礼します」


 職員室に入る二人


◯96波音高校職員室(放課後/夕方)

 職員室ではたくさんの先生たちが各自の席に着いてプリントの用意をしたり、明日の授業の準備をしている

 同様に神谷も数学の教科書を見ながらプリントを見直している

 職員室の扉付近に立っている二人


菜摘「神谷先生!」


 神谷は鳴海と菜摘に気付き近づいて来る


神谷「どうした?」

菜摘「部活作りのことなんですけど・・・」

神谷「おー、上手くいってる?」

鳴海「部員も揃ったんで順調ですよ、残す最後の問題を除けば・・・」

神谷「問題とは一体何だ」

菜摘「顧問がいないんです、顧問を務めてもらえませんか?」

神谷「俺?」

菜摘「はい、お願い出来ませんか」

神谷「俺は無理だよ〜、だって君らが作ろうとしてるのは文芸部で、俺の管轄は数学」

鳴海「先生って何か部活の担当してるんすか」

神谷「生活環境部の顧問をしてる」

鳴海「活動曜日は?」

神谷「週に一回月曜日のみだが」

鳴海「なら文芸部の担当もしてくださいよ!!」

神谷「そう言われも俺もなかなか忙しいの、悪いけど他の先生に頼んでほしい」

菜摘「お願いします、そこを何とか・・・」

神谷「(頭を掻きながら)そう頼まれてもなぁ・・・」

鳴海「先生が俺らに部活入れって言ったんじゃないんすか!ここまで努力して後は他の奴に頼めっていうのはないでしょ!!」

神谷「おい、もう少し静かに喋れ。職員室だぞ」

鳴海「顧問さえいればこっちは成り立つんですよ!」

神谷「(困りながら)まさか鳴海が頼みにくるなんてな・・・」


 扉をコンコンと叩く音が聞こえる

 扉を開けて入ってくる一条雪音と双葉篤志


雪音・双葉「失礼します」


 雪音と双葉は扉付近に鳴海、菜摘、神谷がいて驚く

 雪音は鳴海と目が合う


雪音「あ・・・神谷先生、理科整備室の部屋を開けてください」

神谷「整備室の鍵ね・・・」


 鍵を取りに行く神谷


雪音「(鳴海と菜摘の方を見て)どうしたの?明日香達が廊下にいたよ」

菜摘「私たち部活を作ろうとしてて、神谷先生に顧問をお願いしてるところ」

双葉「三年が部活を作る?無理だろそんなこと」

鳴海「(イライラしながら)うるせえな今やってんだよ」

双葉「ご苦労さん」


 鍵を取って戻ってくる神谷


神谷「すまん鳴海と菜摘、ちょっと考えさせてくれ」

菜摘「はい・・・」

神谷「後で特別教室の四に行くよ、その時に色々話そうな」

菜摘「はい、お願いします」

神谷「行こうか二人とも」


 職員室を出る鳴海、菜摘、神谷、雪音、双葉

 

◯97波音高校職員室前の廊下(放課後/夕方)

 職員室から出て来る一同

 廊下で待っていた嶺二、明日香、汐莉、千春


神谷「後でな」

菜摘「はい」


 神谷と雪音、双葉は理科整備室に行く


嶺二「(困惑しながら)何で神谷があいつらと行っちまうんだよ?」

菜摘「理科整備室を開けてほしいって頼みに来たの」

嶺二「あーね、それで顧問は引き受けてくれた?」

鳴海「保留だとよ、特別教室の四で待ってろってさ」

明日香「何で保留なの?」

鳴海「知らん、引き受けたくないようだった」

菜摘「しょうがないよ、部室に行こう」


 部室に向かう一同


◯98波音高校特別教室の四(放課後/夕方)

 椅子に座って円の形を作っている一同


汐莉「神谷先生以外の候補を考えなきゃいけませんね」

鳴海「ああ。でもなるべく神谷が顧問の方がいい。一年生の授業を持ってる先生には頼めないしな・・・」

嶺二「そうか・・・千春ちゃんがこの学校の生徒じゃねーってバレちまうのか・・・」

菜摘「神谷先生は一年生の授業を担当してないもんね」

千春「すみません・・・私のせいで皆さんに迷惑をかけてしまって・・・」

菜摘「ううん、神谷先生以外の人を探そう」

明日香「神谷以外だと・・・美術の安川は?選択科目だから一年生はやってないよ」

嶺二「あいつは漫研と芸術同好会の顧問をしてた」

汐莉「さすがに三つも掛け持ちは無理か・・・てか漫研と芸術同好会は合併してほしいっすね」

鳴海「それを言ったら音楽系の部活も全部合併してくれたらありがたいんだが・・・」

汐莉「あっ・・・確かに・・・」


 突然扉が開く

 神谷が入ってくる

 手にはファイルを持っている


神谷「よう、文芸部員諸君」


 神谷は椅子を取りどっかりと座る


神谷「部員数は・・・(人差し指を出し数えながら)一・・・二・・・三・・・四・・・五・・・六人か。すごいな、六人もすぐ集まったのか」

嶺二「まあ六人くらいは余裕っすよ」

神谷「早乙女と鳴海だけじゃなくて、嶺二と明日香も入るんだね。仲良いなお前ら」

明日香「私たち三年間一緒じゃないですか」

神谷「それもそうだ、さすが神っ子。(汐莉と千春の方を見て)そんで・・・君らは一年生かな?」

汐莉「はい」


 頷く千春

 千春は緊張した様子


神谷「さて・・・顧問の件だけど・・・」


 神谷は千春が波高生ではないということに気づかない


神谷「他に良い先生はいないのか」

菜摘「いないんです」

神谷「本当に?別に俺じゃなくてもいいと思うんだが」

嶺二「でもそっちの方が楽じゃないっすか。俺も菜摘ちゃんも鳴海も明日香も三組なんすよ」

神谷「それは君らが楽したいだけだな」

嶺二「いや、別に楽したいってわけじゃないんすけど・・・」

神谷「嶺二のすぐ適当なことを言う癖治した方がいいぞ、三年前から変わってないんだから」

嶺二「すんません」


 笑う神谷

 少しの沈黙が流れる


神谷「良いよ、俺が顧問する」


 驚く文芸部メンバー


菜摘「ほんとですか!」

神谷「俺じゃなきゃいけない理由はなさそうだけど、鳴海の言う通り、俺が部活に入りなさいって言ったからな・・・」

菜摘「ありがとうございます!!!」

神谷「その代わり、週の半分は活動すること。毎月一冊は何かしら執筆してそれを掲示か配布すること。学園祭に合わせて何かすること」

嶺二「ハードル高くないっすか・・・」

神谷「やるなら全力で、それが部活じゃないか」

嶺二「それはそうっすけど・・・」


 神谷はファイルからプリントを六枚取り出す

 プリントを配る神谷


神谷「そのプリントに参加する部活名と名前を書いて。部活を作ること自体はもう許可を取ってるから正式な活動は明日からだ」


 カバンから筆記用具を取り出す鳴海、菜摘、嶺二、明日香、汐莉

 筆記用具はおろかカバンすら持ってない千春

 汐莉がシャーペンを千春に貸す


神谷「(千春を見て)カバンはどうしたの?」

千春「家に忘れました」

神谷「家に?!今日一日カバン無しで授業受けてたの?」

嶺二「(慌てて)いや違うんすよ!!さっき一度帰ってその時に置いてきたって感じっす」

神谷「一度帰ったのね(千春の足を見て)よく見たら上履きじゃなくて体育館シューズだけど、上履きは?」

鳴海「(慌てて)頼んだ上履きはサイズが違ったらしくて、今は体育館シューズで代用してるんですよ!」

神谷「なるほど」


 席を立ち神谷のところへ行く汐莉


汐莉「(プリントを渡しながら)書き終わりました」

神谷「(プリントを受け取り)一年六組の南汐莉・・・軽音楽部と掛け持ちね」

汐莉「はい、そうです」

神谷「了解」


 席に戻る汐莉

 席を立ち神谷のところへ行く明日香


明日香「(プリントを渡しながら)はい先生」

神谷「(プリントを受け取り)三年三組の天城明日、部活の掛け持ちはなし・・・はい、OK」


 席に戻る明日香

 席を立ち神谷のところへ行く嶺二


嶺二「(プリントを渡しながら)おなしゃす先生」

神谷「(プリントを受け取り)三年三組の白石嶺二、部活の掛け持ちはなし・・・はい、次のやつ!」


 席に戻る嶺二

 席を立ち神谷のところへ行く鳴海


鳴海「(プリントを渡しながら)先生、これ」

神谷「(プリントを受け取り)三年三組の貴志鳴海、部活の掛け持ちはなし・・・役職は副部長!はい、次!」


 席に戻る鳴海

 席を立ち神谷のところへ行く菜摘


菜摘「(プリントを渡しながら)お願いします」

神谷「(プリントを受け取り)三年三組の早乙女菜摘、部活の掛け持ちはなし・・・役職は部長!!はい、六人目の文芸部員は?」


 席に戻る菜摘

 席を立ち神谷のところへ行く千春

 鳴海、菜摘、明日香、嶺二、汐莉が心配そうな顔をして千春のことを見ている


千春「(プリントを渡しながら)お願いします」

神谷「(プリントを受け取り)一年五組の柊木千春ね・・・担任教員の名前が書いてないぞ」


 担任教員欄を指差して見せる神谷


鳴海「(声 モノローグ)やばい!!先生の名前を知らないのか!!どうすれば・・・」


 顔を見合わせる千春以外の文芸部員たち

 完全に困惑し焦っている千春


千春「(焦りながら)あ・・・あの・・・名前が・・・」

神谷「まさか・・・担任の名前覚えてないの?」

千春「(俯いて)ご・・・ごめんなさい・・・忘れちゃいました・・・」

神谷「さすがに担任の名前は忘れちゃダメでしょ」

千春「(俯いて)ほ・・・ほんとにごめんなさい・・・」

神谷「記憶を遡って!!入学してから毎日会ってるんだから!!」

汐莉「千春ちゃん、五組は大渕先生だよ!!」

千春「そ、そうだったね・・・わ、忘れてた」

神谷「なんで教えちゃうんだよー、思い出さなきゃいけないのにー。大渕先生、生徒が未だに自分の名前を覚えてないって知ったらショックだろうな・・・大渕ってちゃんと漢字で書ける?」

千春「か、書けないです・・・」

神谷「(ポケットからボールペンを取り出し大渕と書きながら)ダメだぞ、担任の名前を忘れちゃ」

千春「は、はい、気をつけます」


 席に戻る千春

 皆安心したような表情をしている


神谷「これで全員だね?」

菜摘「全員です」

神谷「部員、顧問、部室は揃ったけど、後必要なものは?」

菜摘「プリンターが必要です」

神谷「プリンターは昔職員室で使ってたやつが余ってるからそれを使うのがいいかな。パソコンとかは?」

鳴海「パソコンは情報処理部が余ってるのを譲ってくれるんで、それを使います」

神谷「パソコンは必要無しか、プリンターだけ確認してみるよ。多分借りられると思う。必要なものはそんなとこか?」

鳴海「あとは・・・特にないような・・・」

神谷「他にもあったらまた言いに来なさい、それでいいね?」

菜摘「はい!」

神谷「(席を立ちながら)では執筆活動に精を出すように!」

鳴海・菜摘・嶺二・明日香・汐莉・千春「はい!」


 神谷は部室を出る


明日香「結構危なかったけど・・・一応大丈夫・・・だったよね?」

千春「バレてないと思います」

明日香「じゃあ・・・文芸部設立・・・?」

嶺二「(立ち上がり大声で)よっしゃあああああああ!!部活結成だああああああああ!」

鳴海「(菜摘のところへ駆け寄り)やったな!!早乙女!!!!!文芸部が出来たぞ!!!!」

汐莉「やりましたね菜摘先輩!!!」

菜摘「出来たんだ・・・私でも・・・部活を作れた!!奇跡を起こせたんだ!!」

鳴海「ああ!!すげえよ早乙女!奇跡じゃなくて努力したからだろ!!!!!学校に行かないやつでも出来るってことを証明したじゃないか!!!!!」

菜摘「ううん、みんながいたから出来たこと!本当に、(笑顔で)本当にみんなありがとう!!!」

汐莉「まだ始まっただけですよ先輩!!これからです!!」

菜摘「(笑顔で)うん、そうだね!!」

鳴海「嶺二!今のうちにプリンターも取りに行こうぜ!」

嶺二「そのあとは祝杯だな!!文芸部とパーティと青春の始まりだ!!!」

鳴海「おう!!」


 鳴海と嶺二は勢いよく教室を出ていく


◯99波音高校廊下(放課後/夕方)

 旧型で少し大きなプリンターを持ち運んでいる鳴海と嶺二


鳴海「(声 モノローグ)そう・・・始まったんだ・・・全てが・・・俺が菜摘と出会わなければ・・・」


◯100波音高校文芸部室(放課後/夕方)

 喜び讃え合う文芸部員たち

 立って喋っている菜摘と明日香


明日香「こんなすぐ部活が出来るなんてね」

菜摘「あっという間だったよ」

明日香「しっかりね。部長なんだから」

菜摘「頑張る、高校最後の年だもんね。みんなと思い出を作らなきゃ!」

明日香「(菜摘の肩にポンと手を置いて)期待してる」


 力強く頷く菜摘


菜摘「(声 モノローグ)始まった・・・私の人生最初で最後の青春・・・鳴海くんたちと歩んだ毎日がなかったら・・・」

明日香「(声 モノローグ)始まった・・・これから先に起こり得ることの全てが・・・私が文芸部に参加していなかったら・・・」


 座っている汐莉

 千春が立ち上がり汐莉のところ行く


千春「汐莉さん、さっきはありがとう」

汐莉「汐莉さんって、タメだから呼び捨てにしようよ!」

千春「よ、呼び捨て・・・汐莉・・・ちゃん?」

汐莉「(笑いながら)それじゃ呼び捨てじゃないよ。汐莉だけでいいのに」

千春「わ、わかった。汐莉・・・じゃあ・・・私のことも呼び捨てで・・・」

汐莉「では遠慮なく、千春って呼ぶ!」

千春「うん!」

千春「(声 モノローグ)始まった・・・私に与えられた奇跡が・・・最初から・・・ゲームセンター・・・ギャラクシーフィールドにお客さんがいれば・・・」

 

◯101ゲームセンターギャラクシーフィールド店内(夕方)

 客は誰もいない

 店主の有馬勇がポツンと丸椅子に座っている

 昔懐かしいレトロゲームは埃を被っている


嶺二「(声 モノローグ)始まった・・・千春と会える時間が・・・俺があの子に声をかけなければ・・・」


◯102波音高校職員室(放課後/夕方)

 翌日の授業のプリントをまとめたり、コーヒーをいれたりしている先生たち

 席に着き文芸部員たちから預かった書類をまとめている神谷


汐莉「(声 モノローグ)始まった・・・私と神谷先生が過ごす夏休みのための過去が・・・私が波高に入学していなかったら・・・」

神谷「(声 モノローグ)始まった・・・俺が正しい教師になるための試練が・・・俺が教師になんてならなければ・・・」


◯103波音総合病院/一条智秋の個室前(夕方)

 部屋の前に立っているOL姿の貴志風夏

 病室のプレートには一条智秋と書かれている


風夏「(声 モノローグ)始まった・・・失ってしまう前の時間が・・・私がもっと勉強をしていれば・・・」


 病室をノックする風夏


智秋「どうぞ」


 扉を開ける風夏


◯104波音総合病室/一条智秋の個室(夕方)

 病室に入る風夏

 ベッドで横になっている智秋

 痩せ衰えている智秋

 丸椅子に座る風夏


風夏「調子はどうだい?」

智秋「うん、今日は良い感じ。たくさん小説を読めたんだ」


 ベッドの横のテーブルには雪音と智秋の二人の写真や家族全員の写真が飾ってある

 写真の横には文庫本が七冊ほど置いてある

 カバンから文庫本を二冊取り出す風夏


風夏「はい、今週のお土産」

智秋「いつもありがとう。本って結構高いよね、退院して働けるようになったらお金返すね」

風夏「それなら何か美味しいものを奢って欲しいな」

智秋「じゃあさ、カフェのメソッドってお店知ってる?そこ行きたいんだ!」

風夏「カフェのメソッド・・・聞いたことない」

智秋「風夏は流行に疎すぎ!妹に教えてもらったんだけど、JK界隈で一番人気のお店なんだって」

風夏「JK界隈・・・私たちもう二十四だよ?高校一年生十五歳から九つも歳食っちまってるんだよ!?」

智秋「(笑いながら)いけるいける!」

風夏「来年にはアラサーだっていうのに」

智秋「(笑いながら)三十の代が迫ってるね」

風夏「泣けるよ全く・・・」


◯105波音高校屋上(放課後/夕方)

 一条雪音、双葉篤志など天文学部員たちが夜になるのを待っている

 望遠鏡を組み立てている天文学部員たち

 望遠鏡や星座早見表が詰まったダンボールが何個も置いてある


雪音「(声 モノローグ)始まった・・・奇跡に頼る時が・・・私が奇跡なんかに頼らなければ・・・」


◯106早乙女整備屋(日が沈む)

 早乙女潤が経営している自動車整備場

 作業服を着て車の手直しをしている潤と作業員たち


潤「(声 モノローグ)始まった・・・家族の強さが試される時が・・俺たちの絆がもっと深まっていれば・・・」


◯107早乙女家キッチン(夜)

 一人で夕飯の準備をしているすみれ


すみれ「(声 モノローグ)始まった・・・繋がりを大切にしなければいけない時が・・・大事なものを守っていれば・・・」


◯108崩壊しかけた世界:波音高校図書館(雨/夜)

 たくさんの埃まみれの本が机に置いてある

 それらを熟読しているナツとスズ


ナツ「(声 モノローグ)終わった・・・世界が・・・私たちは全てを知らないと・・・」

スズ「(声 モノローグ)終わった・・・社会が・・・私たちは出来ることをしないと・・・」


◯109波音町緋空浜(夜)

 ちらほらと人がいる浜辺

 砂浜に押し寄せては戻って行く波

 中学生くらいの子供たち砂浜で遊んでいる


鳴海「(声 モノローグ)波のように世界は揺れ動く」

菜摘「(声 モノローグ)荒波に逆らえないのと同じ」

明日香「(声 モノローグ)運命に飲み込まれて行く」

嶺二「(声 モノローグ)歴史は終末の終点で止まる」

千春「(声 モノローグ)誰かが決めたシナリオの時間」

汐莉「(声 モノローグ)私たちは抗う」

神谷「(声 モノローグ)俺たちは闘う」

風夏「(声 モノローグ)認めたら負けだから」

雪音「(声 モノローグ)理不尽なのは嫌だから」

潤「(声 モノローグ)決して屈してはならない」

すみれ「(声 モノローグ)強く生きなければならない」

鳴海「(声 モノローグ)どう嘆いても何年、何十年先のことが決まってしまった」

菜摘「(声 モノローグ)みんなの報われない人生が決まってしまった」

ナツ「(声 モノローグ)そして私たちは全てを知る。歴史を、奇跡を、人生を、仲間を、青春を、恋を、愛を、家族を」

スズ「(声 モノローグ) 知りたくないことも知る。絶望、狂気、病気、悲劇、人は死ぬということ、世界が滅びかけている理由まで・・・」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ