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Chapter6合宿編♯2 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海

向日葵が教えてくれる、波には背かないで


Chapter6合宿編 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


登場人物


滅びかけた世界


ナツ 16歳女子

ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家。母親が自殺してしまい、その後は一人で旅を続けていたがスズと出会い行動を共にするようになった。


スズ 15歳女子

マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。

ナツと共に奇跡の海を目指してやって来た。


老人 男

ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。元兵士の男。緋空浜の掃除を一人でしている。Narumi Kishiと彫られたドッグタグを身に付けているがその正体は・・・


滅んでいない世界


貴志 鳴海(なるみ) 18歳男子

波音高校三年三組、運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部副部長。 Chapter4の終盤に菜摘と付き合い始めた。


早乙女 菜摘(なつみ) 18歳女子

波音高校三年三組、病弱で体調を崩しやすい、明るく優しい性格。文芸部部長。鳴海と付き合っている。


白石 嶺二(れいじ) 18歳男子

波音高校三年三組、鳴海の悪友、不真面目なところもあるが良い奴。文芸部のいじられキャラである。高校卒業後は上京してゲームの専門学校に通うことを考えている。


天城 明日香(あすか) 18歳女子

波音高校三年三組。成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。文芸部部員。夢は保育士になること。最近は響紀に好かれて困っており、かつ受験前のせいでストレスが溜まっている。


南 汐莉(しおり)15歳女子

波音高校に通っている一年生、文芸部と軽音楽部の掛け持ちをしている。明るく元気。バンド”魔女っ子少女団”のメインボーカルで歌とギターが得意。20Years Diaryという日記帳で日々の行動を記録している。Chapter5の終盤に死んでしまう。


一条 雪音(ゆきね)18歳女子

波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。元天文学部部長で、今は文芸部に所属。真面目な性格のように見えるが・・・


柊木 千春(ちはる)女子

Chapter2の終盤で消えてしまった少女で、嶺二の思い人。


三枝 響紀(ひびき)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。クールで男前キャラ、同性愛者、 Chapter3で明日香に一目惚れして以来、彼女に夢中になっている。


永山 詩穂(しほ)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。おっとりとしている。


奥野 真彩(まあや)15歳女子

波音高校一年生、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。


早乙女 すみれ45歳女子

菜摘の母、45歳には見えない若さ美しさを保つ。優しい、とにかく優しい。愛車はトヨタのアクア。


早乙女 (じゅん)46歳男子

菜摘の父、菜摘とすみれを溺愛しており二人に手を出そうとすれば潤の拳が飛んでくること間違いなし。自動車修理を自営業でやっている。愛車のレクサスに“ふぁるこん”と名付けている。永遠の厨二病。


神谷 志郎(しろう)43歳男子

波音高校三年の教師。鳴海、菜摘、嶺二、明日香、雪音の担任。担当教科は数学。文芸部顧問。怒った時の怖さとうざさは異常。Chapter5の終盤に死んでしまう。


貴志 風夏(ふうか)24歳女子

鳴海の6つ年上の姉、忙しいらしく家にはほとんど帰ってこない。智秋と同級生で親友関係。仕事をしつつ医療の勉強をしている。


一条 智秋(ちあき)24歳女子

雪音の姉。妹と同じく美人。謎の病に苦しんでいたがChapter3の終盤にドナーが見つかり、一命を取り留めた。リハビリをしながら少しずつ元の生活に戻っている。


双葉 篤志(あつし)18歳男子

波音高校三年二組、天文学部副部長。


安西先生 55歳女子

家庭科の先生兼軽音部の顧問、少し太っている。


貴志 (ひろ)

鳴海の父親、事故で亡くなっている。菜摘の父、潤と高校時代クラスメートだった。


貴志 由夏理(ゆかり)

鳴海の母親、事故で亡くなっている。菜摘の母、すみれと高校時代クラスメートだった。


荻原 早季(さき)15歳女子

Chapter5に登場した正体不明の少女。


波音物語に関連する人物


白瀬 波音(なみね)23歳女子

波音物語の主人公兼著者。妖術を使う家系『海人』の末裔、そして最後の生き残り。Chapter4の終盤、妖術を使い奈緒衛の魂を輪廻させ、自らの魂も輪廻出来るようにした。


佐田 奈緒衛(なおえ)17歳男子

波音の戦友であり恋仲。優れた剣術を持ち、波音とは数々の戦で戦果をあげた。Chapter4の終盤に死んでしまった人物。


(りん)21歳女子

波音、奈緒衛を慕う女中。緋空浜の力を持っており、遥か昔から輪廻を繰り返してきた。波音に輪廻を勧めた張本人。体が弱い。奈緒衛と同じくChapter4の終盤に死んでしまった人物。


明智 光秀(みつひで)55歳男子

織田信長と波音たちを追い込み凛を殺した。

Chapter6合宿編♯2 √文芸部(波音物語)×√軽音部(ライブ)-夏鈴ト老人ハ大掃除ニツキ=好きにしろ、決別する海


◯231貴志家鳴海の自室(夜)

 片付いている鳴海の部屋

 机の上には菜摘とのツーショット写真が飾られてある

 部屋に入ってきた鳴海

 電気をつけて、カバンから購入した波音物語を取り出す鳴海

 波音物語を持ってベッドに横になる鳴海

 ”はじめに”を飛ばして、本編を読み始める鳴海


波音「(声)私は白瀬波音。海人と呼ばれる妖術使いの末裔であり、この物語の著者である」


◯232緋空寺/波音の部屋(500年前/昼)

 Chapter4のその後の波音

 白瀬波音が寝泊まりしている畳の部屋

 部屋にはかつて波音が戦で使っていた日本刀、小刀、古い書物、既に書いた分の波音物語が置いてある

 机に向かって正座をしている波音

 机の上には巻物に使う和紙、文鎮、墨、綺麗な筆が置いてある

 筆に墨をつけ、和紙に波音物語を書き始める波音


波音「(声)これは私の手記だ。いつの日か、我らの魂を背負った者が現れることを祈って、全てをここに記す」


◯233緋空寺/境内(500年前/昼)

 まだ荒れ果てていない緋空寺境内

 境内の掃除をしている波音と住職たち

 箒を使って枯れ葉を集めている波音たち


波音「(声)私は幼き頃に父上と母上を失い、人攫いに捕まっては富豪に買われ、海人としての希少価値がないと知れば売り飛ばされる、そのような幼少期を過ごした。これを読む者が、海人の知識をどれほど持っておるのか見当もつかない。海人という種族すら知られておらぬかもしれないし、あるいはその名を一聴した程度かもしれぬ。情けないことに、私自身も海人とは何であるのか、その全てを理解したとは言えぬだろう」

 

 波音は黙々と箒を動かしている


◯234緋空寺付近の田んぼ道(500年前/昼過ぎ)

 小さな田んぼが四枚ある

 田んぼの稲はほとんど枯れている

 田んぼ道に立っている波音、住職、カゴを背負い小さな鎌を持った農民たち


波音「(声)海人は妖術を使い、緋空浜を守らなくてはならない。代々、守護こそが我ら海人の役目であった。妖術とは、海から授かった力のようなものだ。(少し間を開けて)しかしながら、緋空近くに幾ばくかの小さな村と寺しかなかったためか、よそ者が来ることは滅多になく、まして海を荒そうとする者などいなかった」


 農民たちが波音と住職に何か頼んでいる

 了承する波音

 住職と農民たちが波音から離れる


波音「(声)戦場にはもう戻れぬ。数々の合戦で人を殺め過ぎた私は、余生を善行に用いなさいという住持の意見に従い、日々、村人たちを助けた」


 田んぼの上に手を出し、目を瞑る波音

 少しすると枯れていた稲が緑色になり始める


波音「(声)私の魂は血で汚れておるだろう。住持は、汚れた魂が命を奪うと言っていた、汚れは後世にも残り続けるのだ」


 農民たちが驚く

 稲は収穫出来る頃合いのものになる

 目を開ける波音

 農民たちは波音に感謝をし、稲の収穫を始める

 小さな鎌で稲を刈り、背負っているカゴに入れる農民たち


波音「(声)善行を重ねない限り、魂の汚れは取れぬ。ゆえに私は妖術を用い、殺生を禁じさせ、魂に良心を刻んだ」


 一人の農民がカゴに稲を入れて波音に差し出してくる

 断る波音

 引かない農民

 渋々カゴを受け取り、礼を言う波音


波音「(声)善行は心の傷を癒し、私の魂を洗ってくれた」


 波音は他の田んぼにも同様のことをし、稲を収穫出来るようにする


波音「(声)おそらく、これを読む者の多くは妖術を目にしたことがないであろう。妖術を使えば予知や透視も現実となる。それどころか、物質を変化させたり、生き物の命や魂にだって影響を与えることが出来よう。無論、死者は蘇らないが、病人の命を僅かながら伸ばすことだって可能だ。そのような力を求めて、富豪たちは幼き私を買ったのだろう」


◯235緋空寺/境内(夕方)

 境内の外れの方に奈緒衛のお墓がある

 墓石には佐田 奈緒衛と彫られている

 お墓の近くには奈緒衛が使っていた刀が地面に刺さっている

 木造のたらいと雑巾を持った波音が奈緒衛のお墓にやってくる

 木造のたらいには水が入っている

 波音は墓の前でしゃがみ、雑巾を水で濡らしそのあと絞る

 奈緒衛の墓を拭き始める波音


波音「(声)奇しくも、幼き私は両親の喪失を経て、妖術が使えなくなっておった。あちこちに飛ばされた後、当てもなく彷徨い、私は戦場に辿り着いたのだ。どんなことがあろうとも私は死なぬ、確固たるその強い意志が戦場での私を高揚とさせ、敵陣を追い詰める事に満足な暮らしが出来るようになった。あの頃の私は何を思っておったのか・・・ふと考えるのだが分からぬ。分からぬのは、私が変わった証かのう?」


 佐田 奈緒衛という文字を丁寧に拭く波音


波音「(声)奈緒衛、凛、お主らが私の側におったから、私はこうも良い変化を遂げることが出来たのだよ。戦に身を投じていたあの頃の私とは、よもや別人であろう」


◯236貴志家波音の自室(夜)

 鳴海は波音物語を開いたまま、そっとベッドの上に置く


鳴海「波音・・・凛・・・夢に出てきた名前と同じだ・・・」

鳴海「(声 モノローグ)これは普通の本とは違う・・・菜摘の言いたいことが分かった。(かなり間を開けて)俺はこの作者を・・・知ってる・・・」


 鳴海は波音物語を手に取り、再び読み始める


 時間経過


 朝方

 カーテンの隙間から日光が差し込んでいる

 波音物語を読み終え、閉じる鳴海

 ベッドから起き上がる鳴海


鳴海「(声 モノローグ)この懐かしさは・・・どこからきてるんだ・・・なんで俺が・・・(かなり間を開けて)あり得ない・・・そんなのって・・・あり得ないだろ・・・」


◯237貴志家リビング(日替わり/朝)

 快晴

 時刻は七時半過ぎ

 制服姿で椅子に座ってニュースを見ている鳴海

 テレビのリモコンを手に取り、テレビを消す鳴海


鳴海「(声 モノローグ)クソ・・・調子狂うな・・・」


 立ち上がる鳴海


◯238波音高校三年三組の教室(朝)

 セミが鳴いている

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだ来ていない

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 鳴海、菜摘、明日香、雪音が教室の窓際で話をしている

 ボーッとしている鳴海

 大きなあくびをする鳴海


明日香「ちょっと鳴海、話聞いてる?」

鳴海「わりい、あんまし聞いてねえかも」

菜摘「鳴海くん、くまが酷いよ。寝不足?」

鳴海「まあな、徹夜しちまった」

雪音「まさか勉強してたの?」

鳴海「そんなもん俺がするわけねえだろ」

菜摘「ああ・・・言い切っちゃったよ・・・」

明日香「今日一日試験だって分かってる?」

鳴海「試験なんざどうでもええ」


 少しの沈黙が流れる

 再び大きなあくびをする鳴海


鳴海「もうダメだ・・・少し寝る・・・」


 鳴海はフラフラしながら自分の席に座り、机に突っ伏す


明日香「ったく・・・菜摘、あのバカを起こしてきて」

菜摘「えっ・・・でも・・・」

明日香「試験の直前まで寝てたら頭が回らなくなるでしょ?中途半端に寝た方が体に悪いんだから」

菜摘「そうなのかな・・・」

雪音「試験当日は数時間前から起きてた方がいいって言うよね。眠い時はコーヒーかエナジードリンクでカフェインを摂取して脳を起こすべきじゃない?」

明日香「そうそう、無理にでも起こさないと」

菜摘「う、うん・・・」


 鳴海のところへ行く菜摘

 机に突っ伏している鳴海

 鳴海の肩を優しくポンポンと叩く菜摘


菜摘「(鳴海の肩を優しくポンポンと叩きながら)鳴海くん、自販機に行こう」

鳴海「(机に突っ伏したまま)後でな・・・」

菜摘「(鳴海の肩を優しくポンポンと叩きながら)何か飲んだら目が覚めるかもしれないよ?」

鳴海「(机に突っ伏したまま)喉乾いてねえし・・・」


 菜摘は鳴海の体を揺さぶるが、鳴海は起きない

 

響紀「(大きな声で)明日香先輩!!あっ、間違えた!!明日香様!!」


 教室の扉の前に響紀が立っている

 教室で喋っていた生徒たちが一斉に響紀のことを見る

 明日香が慌てて雪音の後ろに隠れる


雪音「呼んでるよ」

明日香「(雪音の後ろに隠れたまま)いいから隠れさせて!!」

菜摘「(響紀に手を振って)響紀ちゃん、おはよー」

響紀「(大きな声で)おはようございます!!明日香先輩・・・あ、いえ、明日香様は今どちらに?」

菜摘「(明日香の方を向いて)明日香ちゃんならそこに・・・あれ、明日香ちゃん、なんで隠れてるの?」

明日香「(雪音の後ろから出てきて)か、隠れてないし!!!」

響紀「(頭を下げて大きな声で)おはようございます明日香様!!」

鳴海「(机に突っ伏したまま)お前ら声でけえな・・・」


 両手で耳を塞ぐ鳴海


明日香「お、おはよう」

響紀「(大きな声で)私生徒会に立候補します!!!」

明日香「(大きな声で驚いて)はっ!?!?」

響紀「(大きな声で)明日香様のためなら人肌どころか何でも脱ぎますんで私!!!!」


 響紀のことを見ていた生徒たちが一斉に明日香を見る


雪音「可愛い後輩だね、明日香」

明日香「(慌てて)ちょっ!変なこと言わないでよ!!」


 再び沈黙が流れる


雪音「もしかして、照れてます?」

明日香「て、照れてるとかそういうことじゃなくて・・・(イライラしながら)もうほんとにめんどくさいんだから!!!響紀、あんたちょっと廊下に行きなさい!!!」

響紀「はい!!!」


 響紀は教室の扉から離れる

 イライラしながら教室を出て行く明日香


男子生徒1「なんだったんだ今の・・・」

男子生徒2「さあ・・・」


 鳴海は体を起こし、カバンから筆箱を取り出す


鳴海「やっと静かになったか・・・」


 鳴海は筆箱を枕代わりにして寝ようとする

 菜摘は慌てて鳴海の筆箱を奪う


菜摘「寝ちゃダメだよ鳴海くん」

鳴海「何故」

菜摘「試験直前に寝てたら頭が回らなくなるんだって」

鳴海「なんだその情報は・・・テレビか?明日香か?一条か?」

菜摘「明日香ちゃんと雪音ちゃん」

鳴海「あいつら・・・」

菜摘「鳴海くん、ジュース買いに行こう?」

鳴海「(ため息を吐き)仕方ねえな・・・」


 立ち上がる鳴海


菜摘「お財布は?」

鳴海「え?」

菜摘「私、奢らないよ」

鳴海「ジュースってもしや俺が買う感じ?」

菜摘「(頷き)カフェインが必要なのは鳴海くんだもん」

鳴海「マジかよ・・・ジュース買い行こうじゃなくて、正しくは買いに行って来いじゃねえか・・・」

菜摘「私、鳴海くんが寝落ちしないように見張っててあげるから、安心して買いに行けるよ」

鳴海「お、おう・・・あんがとな・・・」


 カバンから財布を取り出す鳴海


◯239波音高校三年生廊下(朝)

 廊下に出てきた鳴海と菜摘

 自販機を目指している鳴海と菜摘

 廊下では喋っている三年生がたくさんいる

 明日香が響紀と廊下で喋っている

 興奮気味に話している響紀

 響紀と違って冷静な明日香

 

鳴海「あの二人は何喋ってんだ?」

菜摘「生徒会のことじゃないかな・・・立候補するみたいだし・・・」

鳴海「嶺二の野郎・・・響紀を口車に乗せやがったな・・・」

菜摘「どうする?かなり本気っぽかったけど・・・」

鳴海「明日香の口から事情を聞けば、響紀も考えを改めるだろ」

菜摘「もし改めなかったら?」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「その時は俺たちでどうにかするさ」


◯240波音高校休憩所(朝)

 自販機、丸いテーブル、椅子が置いてある小さな広場

 自販機の前にいる鳴海と菜摘

 エナジードリンクを見ている鳴海と菜摘

 エナジードリンクは全て200円で売られている


鳴海「(自販機を見ながら)200円って・・・高校生が飲むもんじゃねえだろ・・・」


 ため息を吐く鳴海


鳴海「菜摘」

菜摘「何?」

鳴海「衝撃的な価格設定で目も覚めたから、教室に戻らないか」

菜摘「えぇー」

鳴海「それこそ勉強した方が時間の有効活用だろ」

菜摘「そんなこと言って鳴海くん、勉強しないでしょ」

鳴海「だって夏休み明けのテストだぜ?」

菜摘「それがどうしたの?」

鳴海「夏休み明けのテストは役に立たねえって、今日夢で会ったリンカーンが言ってたんだよなー」

菜摘「寝てないのに夢見たんだ鳴海くん」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「ひ、人って寝なくても夢は見るだろ?夢を追う生き物、それが人だ!」


 再び沈黙が流れる


菜摘「意味不明なこと言ってるし、やっぱりカフェインを摂取して脳を起こした方がいいよ」


◯241波音高校三年三組の教室(朝)

 教室に入る嶺二

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだ来ていない

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 雪音は自分の席でスマホを見ている

 嶺二は自分の席にカバンを置き、雪音の元へ行く


嶺二「おはよう」

雪音「(スマホを見ながら)おはよ」

嶺二「なるなつコンビは?」

雪音「(スマホを見ながら)どっか行っちゃった」

嶺二「どっか?」

雪音「(スマホを見ながら)どっか、その辺」

嶺二「その辺ってどこっすか・・・」

雪音「(スマホを見ながら)その辺はその辺」


 少しの沈黙が流れる


嶺二「雪音ちゃん・・・なんか今日冷たくね?」

雪音「(スマホを見ながら)切り替え切り替え。後で誰かに優しくするから」


◯242波音高校休憩所(朝)

 椅子に座っている鳴海と菜摘

 テーブルの上には鳴海が購入したエナジードリンクが置いてある

 エナジードリンクを一口飲む鳴海


鳴海「お世辞にも美味いとは言えねえな・・・」

菜摘「まあまあ・・・目が覚めるんだから・・・」

鳴海「ほんとに目が覚めるのかこれ」

菜摘「どうなんだろ・・・飲んだことないから分かんない」

鳴海「(エナジードリンクを差し出して)一口飲んでみ、まっずいから」

菜摘「(エナジードリンクを受け取り)不味い物を進めないでほしいな・・・」


 エナジードリンクを一口飲む菜摘


鳴海「どうだ?不味いだろ?」

菜摘「(エナジードリンクを鳴海に差し出して)うん・・・美味しくはない」

鳴海「(エナジードリンクを受け取り)いきなり羽とか生えねえかな」

菜摘「鳴海くん、テレビの見過ぎだよ」

鳴海「でもよ、CMで羽が生えるって言ってるぜ?」

菜摘「あれはキャッチコピーだからね?本当に生えるわけんじゃないんだよ?」

鳴海「騙しやがって・・・」


 再びエナジードリンクを一口飲む鳴海


菜摘「ところで、どうして徹夜なんかしたの?」

鳴海「まあ色々、考え事とかな・・・」

菜摘「そっか・・・(少し間を開けて)波音物語、読んでみた?」

鳴海「ああ、全部読んだよ」

菜摘「(驚いて)えっ!?全部!?」

鳴海「おう」

菜摘「凄いね・・・一気読みだ」

鳴海「かなり引き込まれたからな・・・(少し間を開けて)感情がモロに伝わってきたし・・・菜摘の言ってた通り、自分の経験のような感じがした・・・」

菜摘「やっぱり・・・鳴海くんもそう感じたんだね」

鳴海「変だよな。三年になってから不思議なことばっかだ・・・」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「波音物語を読んでて・・・何か・・・思わなかった?」

鳴海「そりゃあ・・・色々思ったけど・・・何て言ったらいいのか・・・(かなり間を開けて)ろ、朗読劇に向けて、アレンジ出来そう・・・とか?」

菜摘「う、うん・・・そうだね」


 再び沈黙が流れる

 エナジードリンクを一口飲む鳴海


鳴海「菜摘・・・」

菜摘「何?」


 鳴海は何かを言おうとするがやめる


鳴海「そ、そろそろ戻るか」

菜摘「あ、うん」


 立ち上がる鳴海と菜摘


◯243波音高校三年生廊下(朝)

 廊下で話をしている明日香と響紀

 

明日香「あなたは嶺二に騙されてるの、分かる?」

響紀「私がですか?」

明日香「さっきからそう言ってるでしょ・・・」

響紀「誰が私を騙すんです?」

明日香「だから嶺二が!!」

響紀「明日香様、疲れてるんですか?良かったらマッサージしましょうか?」

明日香「結構です。あと明日香様はやめ・・・」

響紀「私が生徒会に入ったら、デートよろしくお願いしますね」

明日香「待ってよ、その約束は嶺二が決めただけ。悪いけど・・・私、遊んでる時間ないの」

響紀「夏休み中、嶺二先輩と鳴海先輩の課題を手伝ってたって聞きましたけど。本当に忙しいんですか?」

明日香「そ、それは・・・あいつらが手伝えって言うから・・・」

響紀「私が誘ったのに対して明日香せんぱ・・・あ、いえ、明日香様は全て半日遅れで返事をし、挙げ句の果てには忙しいからと、具体的な理由を言わずに断ったことは決して恨んでいませんが、しかしながらですね明日香様」

明日香「ご、ごめんって・・・」

響紀「入学してまだ経ったの半年しか過ごしていないピカピカの一年生の誘いを断るなんてあまりに残酷な行為をしてると思いませんか」

明日香「わ、私だってまだ入学して半年を六回過ごしただけだし・・・」

響紀「明日香様が私とデートするって約束してくれたら、私も約束しますよ?」

明日香「な、何を?」

響紀「軽音部は文芸部に協力するって」

明日香「(驚いて)えっ、えええええええええええ!?」


◯244波音高校一年六組の教室(朝)

 朝のHRの前の時間

 教師はまだ来ていない

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 詩穂の席で話をしている詩穂と真彩

 詩穂の隣にはベースケースが立てかけてある

 教室に入る汐莉

 汐莉はギターケースを背負ってる

 自分の席にカバンを置き、ギターケースを背負ったまま詩穂たちのところに行く汐莉


真彩「おはよっす」

詩穂「おはよー」

汐莉「おはよう、二人とも」

詩穂「汐莉、今日は軽音部に出るの?」

汐莉「うん」

真彩「わー!久しぶりに全員で合わせられるじゃん!!」

汐莉「そうだね!」


 立ち上がりベースケースを背負う詩穂


汐莉「(周りを見ながら)響紀はどこ行ったの?」

真彩「全力ダッシュで廊下に飛び出て、その後は行方不明」

詩穂「かなり急いでたよ。廊下にいた女子のスカートがマリリンモンローになるくらい」

汐莉「どういう状況よそれ」

詩穂「風圧のせいでスカートが・・・ふわって」

汐莉「ふーん・・・なんでそんなに急いでたんだろ・・・」

真彩「君たちも響紀を見習って、マッハで楽器を置きに行った方がいーんじゃない?そろそろ先生来るよ?」

汐莉「まあやんも一緒にね」


 真彩の右腕を掴む汐莉


真彩「何故私まで・・・」

汐莉「(真彩の腕を掴んだまま)バンドメンバーだもの」


 真彩の左腕を掴む詩穂


詩穂「(真彩の腕を掴んだまま)死ぬ時は一緒でしょ?」

真彩「え、こわ・・・怖いんだけど何あんたたちの息の合い方・・・」


◯245波音高校三年生廊下(朝)

 エナジードリンクを飲みながら歩いている鳴海と菜摘

 二人は教室に向かっている


鳴海「かなり目が覚めきたな」

菜摘「ほんと?試験中寝たら罰金五億円だからね?」

鳴海「国家予算やんけ」

菜摘「鳴海くん・・・五億円で成り立つほどこの国は甘くないんだよ・・・」

鳴海「そ、そうなのか・・・」


 エナジードリンクを一口飲む鳴海


菜摘「とにかく、寝たらダメだからね」

鳴海「やることがなくなったら寝ていいだろ?」

菜摘「ダメダメ、見直ししなきゃ」

鳴海「俺は直感に身を任せてるから、見直しなんて卑劣な手口は必要ねえ」

菜摘「ダメだって!!試験中は問題を解き終えても見直し!!見直しした後も更に見直しするの!!」

鳴海「そんなことしてたら疲れちまうよ。朗読劇に向けて体力を温存しとかね・・・」

菜摘「(鳴海の話を遮って)えっとねー、五億円で欲しい物のは・・・スフィンクス!!!かな」

鳴海「いや買えんだろそれは・・・つかスフィンクスってあれか?ピラミッドの隣にある・・・」

菜摘「そう、それ。お隣に住む木下さんに立ち退きしてもらって、そこにスフィンクスがお引っ越し」

鳴海「多分だけどスフィンクスは木下さんちよりデカいよな。他の家も一緒に取り壊すしかないか・・・」

菜摘「見たことあるの?」

鳴海「ない」

菜摘「波高くらいの大きさかなぁ」

鳴海「でかっ」

菜摘「一気に観光名所になるよ」

鳴海「それなら観光料を貰おうぜ」

菜摘「そうだね、私たちお金持ちになれるってもういいよスフィンクスは!!!」

鳴海「おお、珍しく菜摘がノリツッコミを」

菜摘「だって鳴海くんがしないし」

鳴海「今日の俺は寝不足でツッコミ出来ないかもしれん」

菜摘「えぇー・・・ツッコミの鳴海くんなのに・・・」


 エナジードリンクを飲み干す鳴海

 教室に入る鳴海と菜摘

 教室では明日香と嶺二が言い争っている

 雪音がそれを近くで見ている

 鳴海は教室のゴミ箱にエナジードリンクの缶を捨てる

 明日香と嶺二のところに行く鳴海と菜摘


鳴海「お前らまた喧嘩してんのか」

嶺二「いや、喧嘩じゃねーよ」

明日香「(大きな声で)喧嘩じゃなくて激怒してんの!!!!」

鳴海「な、なんで激怒してるんだ・・・?」

明日香「(大きな声で)こいつがクズだから!!!!」

嶺二「俺は文芸部のためにや・・・」


 雪音の方へ行く菜摘


菜摘「(小声で雪音に聞く)何事?」

雪音「(小声で)例の最良の作戦のことで喧嘩になったみたい」

菜摘「(小声で)え、じゃあ・・・」

雪音「(小声で)響紀は嶺二の話を鵜呑みにしてるんだと思う」


 明日香と嶺二は変わらず言い争っている


明日香「(大きな声で)あんたには人の気持ちが分からないの!?」

鳴海「お、おい、明日香、その辺にしておけよ」

明日香「鳴海は口出ししないで!」

嶺二「言っとくけど、俺は響紀ちゃんの気持ちが分かってるからデートの話を持ち出したんだぞ」

明日香「人の好意を弄んで最低ね」

嶺二「好意を無視してるよりいいだろ」

明日香「それで忖度してるつもり?」

嶺二「そんたく・・・?忖度ってなんだ?」


 少しの沈黙が流れる


明日香「やってらんない・・・」


 明日香は自分の席に戻る

 神谷が教室に入ってくる


神谷「今日は夏休み明けのテストだぞー、みんな勉強したかー」


 神谷は教壇に出席簿とテスト用紙を置く


◯246波音高校三年三組の教室(昼)

 テスト用紙を回収し終えた後、昼休みに入る生徒たち

 生徒たちはお弁当を食べ始めたり、食堂に向かったり、財布を持って買い物に行ったりする

 財布を持って立ち上がる鳴海と嶺二

 二人は菜摘のところに行く


鳴海「菜摘、俺寝なかったぞ。だからスフィンクスを買うっていう話はなくな・・・」

菜摘「ごめん、私明日香ちゃんと話があるから、今日は二人でご飯食べてて」


 立ち上がる菜摘


鳴海「え、マジかよ・・・」

菜摘「ごめんね」


 菜摘は鳴海に手を振り、明日香の席のところに行く


嶺二「鳴海、スフィンクスのレプリカでも買う予定だったのか?」

鳴海「(嶺二を睨み)お前のことちょっと恨んでる」

嶺二「は?何でだよ?」


 菜摘は明日香と喋っている


鳴海「(嶺二のことを睨みながら)嶺二が余計な作戦を考えついたからこんな状況になったんだろ」

嶺二「こんな状況って?」

鳴海「(嶺二のことを睨みながら)てめえと二人きりで飯を食う状況のことだ」

嶺二「悪気はねーし」

鳴海「(嶺二のことを睨みながら)だから余計に腹立つんだよ」

嶺二「文句があるんだったら菜摘ちゃんと明日香のところに行けや」

鳴海「アホか、俺が行っても菜摘の邪魔になるだけだろうが・・・」

嶺二「だったら俺たちは飯行こーぜ」


◯247波音高校食堂(昼)

 昼休み

 食堂にいる鳴海、嶺二

 混んでいる食堂

 注文に並ぶ生徒がたくさんいる

 食堂のテーブルはほとんど埋まっている

 鳴海は醤油ラーメンとチャーハン、嶺二はカツ丼と狐うどんを食べている


鳴海「響紀はお前の話に乗ったんだな?」

嶺二「おう」

鳴海「どうやって乗せたんだ?」

嶺二「大したことは言ってねーよ。生徒会に入って欲しいって明日香が・・・て響紀ちゃんに言った」

鳴海「おい」

嶺二「何だよ」

鳴海「明日香の頼みっていうことにしたのか?」

嶺二「あったりめえだ」

鳴海「お前は・・・何でそんなアホなことを言っちまったんだ・・・」

嶺二「アホだと?俺は天才だぞ?」


 カツ丼を一気にかきこむ嶺二

 頭を抱える鳴海


鳴海「失敗したらどうするんだよ・・・」

嶺二「失敗はしねえ。鳴海、俺のことを信じろって」

鳴海「忖度の意味も知らない奴だぞ?信用出来ると思うか?」

嶺二「出来るだろ」

鳴海「無理だ」

嶺二「それよりよ、朗読劇の本はまだ決まりそうにないのか?」

鳴海「昨日てめえが文芸部を抜けてる間に決まったわボケ」

嶺二「マジ!?」

鳴海「昨日の昼、菜摘は俺たちに部活に来るかって聞いてただろ」

嶺二「ああ」

鳴海「全員が揃ってる時に本の話をしたかったんだよ菜摘は・・・だから来るかって確認してたんだ」

嶺二「あーね。それは申し訳ない。鳴海、後で謝っておいてくれ」

鳴海「自分で謝れ」

嶺二「で、結局本の題材は雪音シスターのやつか?」

鳴海「そうだ」

嶺二「本作りは菜摘ちゃんの作業だよな?」

鳴海「菜摘一人に任せるわけにはいかねえよ。俺も手伝う」

嶺二「鳴海は菜摘ちゃんの足を引っ張るだけじゃね?」

鳴海「悲しくなるようなことを言うな」

嶺二「でも事実だろ。夏休み中も手伝いに行ったのにまるで進んでなかったじゃねーか」

鳴海「夏休みはクソ忙しかったせいで一時的に脳の機能が低下してたんだ」


 醤油ラーメンをすする鳴海


嶺二「鳴海には響紀ちゃんの手伝いをしてもらいたいんだが・・・」

鳴海「手伝いって何だよ?」

嶺二「選挙活動のサポート」

鳴海「嶺二がやればいいじゃないか」

嶺二「俺と響紀ちゃんだけじゃ校内全部に根回し出来ねえって・・・」

鳴海「南か一条に頼んだらどうだ?」

嶺二「あの二人は頼りになるか分からん・・・汐莉ちゃんはリアリストだし、雪音ちゃんは・・・なんつーか・・・今日、闇を垣間見ちまったし・・・」

鳴海「何だそりゃ」

嶺二「苦労が多いから、色々とこじらせてるのさ」


◯248波音高校三年生廊下(昼)

 昼休み

 廊下で話をしている菜摘と明日香

 昼食を買いに行っている生徒、昼食を食べに行く生徒、喋っている生徒が廊下にたくさんいる 


明日香「鳴海たちのとこ、行かないの?」

菜摘「うん」

明日香「今頃鳴海が嘆いてるんじゃない?菜摘とご飯が食べたかったって」

菜摘「そうかな?」


◯249波音高校食堂(昼)

 食堂にいる鳴海と嶺二

 鳴海は醤油ラーメンとチャーハン、嶺二はカツ丼と狐うどんを食べている


鳴海「菜摘と飯が食いたかったな・・・」

嶺二「(カツ丼のカツを一切れ差し出して)これ食って元気出せ」

鳴海「要らねえよ!!!!」


◯250波音高校三年生廊下(昼)

 廊下で話をしている菜摘と明日香


明日香「絶対にそう」

菜摘「でもたまには男同士にしてあげなくっちゃ」

明日香「余計なお世話だと思うんだけど・・・」

菜摘「いいの!私も明日香ちゃんに話があるし」

明日香「何?話って」

菜摘「響紀ちゃんのことだけどね・・・私、約束は守らなくてもいいと思うんだ。約束って言っても嶺二くんが一人でやったことだから・・・約束でもなんでもないけど・・・(少し間を開けて)文芸部のことは気にしないで。響紀ちゃんには私か鳴海くんから説明して事情を理解してもえればそれでいいし・・・」


 少しの沈黙が流れる


明日香「どうして菜摘がそこまでするの?」

菜摘「部長だもん、部員が困ってるなら私が助けないと」

明日香「困ってるってほどのことでも・・・」

菜摘「困ってないの?」


 再び沈黙が流れる


明日香「少しだけ・・・困ってるかも・・・まさか響紀が嶺二の言葉をそのまま信じるとは思わなかったし・・・」

菜摘「じゃあ私の出番だ!」

明日香「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

菜摘「ん?」

明日香「そ、その・・・響紀って・・・・私のこと・・・」

菜摘「好きだと思うよ」

明日香「や、やっぱり?」

菜摘「うん。あ、好きっていうのはライクじゃなくて・・・」

明日香「ラブの方でしょ」

菜摘「そうそう」

明日香「私が嫌なのは、あの子の気持ちが利用されてるってことなの」


◯251波音高校の外/通学路(昼)

 昼休み

 コンビニ帰りの汐莉、響紀、詩穂、真彩

 四人はコンビニのビニール袋を持っている

 ビニール袋の中身は飲食類

 真彩はビニール袋を振り回しながら歩いている


響紀「ああ申し訳ない。とても申し訳ない」

汐莉「さっきから何言ってるの?」


 後ろから汐莉に抱きつく響紀


汐莉「ひ、響紀!歩き辛いよ!」

響紀「(汐莉に抱きついたまま)明日香様に隠し事してるの・・・どう思う?」

 

 足が止まる汐莉

 詩穂、真彩は先を歩く


真彩「(オムライスが入ったビニール袋を振り回しながら)抱きつくなよー響紀。見てるだけで暑苦しいんだからー」

詩穂「あっ、(真彩が持っているビニール袋を指差して)真彩のオムライスひっくり返ってる!!!」

真彩「(驚いて)ええっ!?」


 ビニール袋からオムライスを取り出す真彩

 真彩のオムライスは卵がぐちゃぐちゃになっている


真彩「(オムライスを見ながら)うっわ・・・やっちまった・・・」

詩穂「袋を振り回してるからひっくり返るんだよ・・・」

真彩「(詩穂にオムライスを差し出して)交換しない?」

詩穂「絶対に嫌」

真彩「(詩穂にオムライスを差し出したまま)そこをなんとか・・・」

詩穂「無理なものは無理」

真彩「(オムライスをビニール袋に戻して)意地悪だなぁ・・・」

詩穂「自分でグチャグチャにしておいて、意地悪はない」

真彩「優しい詩穂ちゃまなら、交換してくれると思ったのに〜」


 真彩は再びコンビニのビニール袋を振り回し始める

 詩穂と真彩は汐莉たちより先を歩いている

 汐莉から離れる響紀


汐莉「あ、明日香先輩に何を隠してるの・・・?」

響紀「三年生とスケジュールの折り合いがついてるってこと、隠してるんだ」

汐莉「まだ私たちが朗読劇に参加するって決まったわけじゃないんだから・・・隠してるって言わないよ」


 少しの沈黙が流れる


響紀「汐莉、そろそろ教えてくれない?どうして朗読劇に参加したくないの?」

汐莉「だ、だって・・・向こうの準備も全然だし・・・やる気も感じられないから・・・」

響紀「それが理由?」

汐莉「うん・・・」

響紀「汐莉、お姉さんに本当のことを打ち明けてごらん?お姉さんに話したら汐莉の気持ちも楽になるって」

汐莉「本当のこと・・・言ったよ」


◯252波音高校食堂(昼)

 食堂で話をしている鳴海と嶺二

 鳴海が食べていた醤油ラーメンとチャーハンが空になっている

 嶺二が食べていたカツ丼と狐うどんが空になっている


嶺二「鳴海は学校帰りに菜摘ちゃんの手伝いをすりゃいいじゃねーか。どうせ家に一人でいたって暇だろ」

鳴海「部誌を書かなきゃならねえのに暇なわけあるか」

嶺二「それは俺も同じだかんな。つか俺の場合受験だってあるんだぜ?」

鳴海「三年生の大半はそうだろ・・・」

嶺二「そういや鳴海は進路どうすんだ?」


 少しの沈黙が流れる


嶺二「決めてないのか・・・?」

鳴海「簡単には決めらねえ」

嶺二「まーな・・・俺と同じ専門はどうよ?今まで通りつるんでられるしさ」

鳴海「菜摘を置いて上京は無理だ」

嶺二「あー・・・それもそうか・・・」

鳴海「俺の進路より今は文芸部に集中した方がいい。どうやって文芸部と軽音部で朗読劇をやるかだ」

嶺二「すなわち、どうやって響紀ちゃんを生徒会に入れるかだが・・・」

鳴海「おい」

嶺二「何かねホームズくん」

鳴海「多分それ逆だぞ」

嶺二「え?逆?」

鳴海「ホームズじゃなくてワトソンだろ」

嶺二「細かことはいいのだよワトソンくん。私には事件の謎を解く鍵がある」

鳴海「事件じゃないんだけどな・・・つか響紀を生徒会に入れるのは無しだ」

嶺二「決めつけるなよ、ワト鳴海ソン」

鳴海「変なあだ名つけるんじゃねえ・・・」


◯253波音高校三年生廊下(昼)

 廊下で話をしている菜摘と明日香


明日香「だから、別に好意が嫌なわけじゃないんだけど・・・」

菜摘「なら一度くらい遊んだっていいんじゃない?」

明日香「相手が本気なのに、こっちが半端な付き合いをしたら可哀想でしょ」

菜摘「あー・・・そうだね・・・」

明日香「ああいう周りが見えてない子の相手って大変なんだから・・・」

菜摘「じゃあさ、ぶっちゃけ、明日香ちゃんはどう思ってるの?響紀ちゃんのこと」

明日香「鬱陶しい・・・後輩?」

菜摘「(驚いて)な、鳴海くんの予想通りだ・・・」

明日香「えっ?鳴海の予想?」

菜摘「な、何でもない!!あ、明日香ちゃん的にはそういう気持ちで向き合ってるんだ」

明日香「気持ちって・・・私が響紀のことを嫌ってるみたいな言い方ね」

菜摘「違うの?」

明日香「特別嫌ってるつもりはないけど・・・様呼びは勘弁してくれって感じ」

菜摘「慕ってる証拠だよ?」

明日香「様をつけられても困るだけでしょ・・・」

菜摘「可愛い後輩だと思うけどなぁ」

明日香「第三者から見れば可愛いのかもね・・・」

菜摘「放課後、軽音部の部室に行こうかな。明日香様の件も含めて、響紀ちゃんと話をつけてくる」

明日香「菜摘が行くなら私も行く」

菜摘「明日香ちゃんは部誌作りを優先していいんだよ」

明日香「あんた一人に行かせるのは心配なの」

菜摘「大丈夫だって。私、立派な部長だし」

明日香「菜摘のそういうところ、鳴海に似てきたよね」

菜摘「ほんと?」

明日香「ほんと。だから心配になるの」

菜摘「似てきたって悪い意味でじゃん・・・」

明日香「悪影響受け過ぎないでよ?部長まで向こう見ずになったらこっちが困るんだから」


◯254波音高校一年六組の教室/軽音部一年の部室(放課後/夕方)

 黒板の前にはリードギター、ベース、ドラム、その他機材が置いてある

 軽音部の部室にいる鳴海、菜摘、明日香、嶺二、雪音

 椅子に座っている鳴海たち

 文芸部員たちと向かい合って座っている汐莉、響紀、詩穂、真彩


明日香「で・・・菜摘はともかく・・・なんでみんなここにいるわけ?」


 顔を見合わせる鳴海、嶺二、雪音


鳴海「副部長も話し合いに参加するべきだと思ってよ」

明日香「嶺二は何しにきたの」

嶺二「俺は響紀ちゃんに用があったんだ。話し合いとやらが目的じゃない」

響紀「ちゃんはやめてください」

嶺二「了解した響紀ちゃん」


 嶺二のことを睨む響紀

 雪音のことを見る明日香


明日香「(雪音のことを見たまま)で、雪音は・・・?」

雪音「みんな軽音部の部室に行くって言うし・・・暇だったから・・・」

明日香「暇って言うけど、部誌作りがあるんだからね?」

鳴海「なら早く話を終わらせようぜ。じゃなきゃいつまで経っても部誌は出来ねえんだし」

明日香「そ、そうね・・・」

菜摘「えっとー・・・明日香ちゃんのことで・・・」

明日香「(菜摘の話を遮って)菜摘、大丈夫。自分で話すから」

菜摘「えっ、でも・・・」

明日香「いいの。まずは私から言わせて」

菜摘「(頷き)分かった」

明日香「響紀・・・話があるんだけど・・・」

響紀「何です?」

明日香「だ、だから・・・その・・・望んでないの・・・私は生徒会に入ってほしいなんて思ってない」

嶺二「あ、明日香!!お前がそんなこと言っちまったら俺の作戦が!!!」

鳴海「黙っとけ嶺二、お前の話は後で俺が聞いてやるから」

嶺二「鳴海!!俺だって響紀ちゃんと・・・」

明日香「今私が響紀と話してんの。分かったら黙ってて」


 黙る嶺二


嶺二「(小声でボソッと)作戦がめちゃくちゃじゃねーか・・・」

明日香「もちろん、私としても軽音部と朗読劇がやりたい。その気持ちに嘘はないけど・・・で、でもね、響紀・・・もし仮にあなたが生徒会に入って、朗読劇の準備が上手く進んだとしても・・・あなたの真剣な気持ちに対して私がどんな態度を取るのか分からないんだよ?朗読劇の成功に問わず、私は響紀と適当に遊んだりしたくない。(少し間を開けて)嫌でしょ、そんな中途半端な付き合い」

響紀「嫌ですね」

明日香「だから・・・響紀が無理して生徒会に入っても良いことはないの」

響紀「無理はしてませんよ」


 少しの沈黙が流れる


明日香「私の話、聞いてたよね?」

響紀「はい」

明日香「中途半端にデートなんかしたくないでしょ」

響紀「はい」

明日香「だ、だったら生徒会には入らないで。デートをしたって、あなたの好意に応えるとは限らないんだから・・・」

響紀「それって先輩の問題ですよね」

明日香「え?」

響紀「要約すると先輩は、私のことを傷つけたくないから先に断っとくねって言ってるんじゃないんですか?」

明日香「べ、別に・・・そういうつもりじゃ・・・」


 全員が明日香のことを見ている


雪音「私も」


 全員が一斉に雪音を見る


雪音「中途半端な付き合いは響紀を傷つけるかも・・・・って言ってるように聞こえたけど」


 再び沈黙が流れる


響紀「ご心配なく明日香様。明日香様が私に恋をしてしまえばいいのですよ」

明日香「こ、恋をしてしまえばって・・・」

響紀「私が生徒会に入って、朗読劇に関連する問題を全て排除しましょう!」

明日香「(少しイライラしながら)だから・・・そんなことをしたって私の気持ちは・・・」

汐莉「(大きな声で)明日香先輩!!!」


 全員が驚いて汐莉のことを見る


明日香「な、何?」

汐莉「一度軽音部だけで話をしていいですか」

明日香「い、いいけど・・・今?」


 頷く汐莉


菜摘「退出しよっか」

鳴海「そうだな・・・」

汐莉「すいません」


 立ち上がる汐莉以外の文芸部員たち

 汐莉以外の文芸部員たちは部室を出る


◯255波音高校一年生廊下(放課後/夕方)

 廊下に出てきた文芸部員たち

 文芸部員たちは軽音部の部室前にいる

 鳴海は壁にもたれてしゃがんでいる

 壁にもたれている嶺二

 腕を組んで壁にもたれている明日香

 壁にもたれず立っている菜摘と雪音

 大きなあくびをする鳴海


菜摘「鳴海くん、今こそ寝るべき時だよ」

鳴海「いや・・・今日はもう寝ないと心に誓った」

雪音「話がいつ終わるのか分からないんだし、ここは寝た方がいいんじゃない?」

鳴海「だとしても俺は寝ない・・・今寝ちまったら、話し合いに参加出来なくなる・・・」


 再び大きなあくびをする鳴海

 少しの沈黙が流れる


嶺二「暇だなー」


 明日香が嶺二のことを睨む


嶺二「なんで睨むんだよ?」

明日香「うざいから」

嶺二「自分の思い通りにならないからって突っかかってくんな」

明日香「うざいのが事実だから睨んでるの。分かる?あー、馬鹿だから分からないかー、馬鹿だもんねあんた」

嶺二「俺からすれば、響紀ちゃんの気持ちを、あんな言い方で踏みにじろうとしてる奴の方がよっぽど馬鹿だと思うけど」

明日香「(大きな声で)あの子の気持ちは十分に汲み取ってるから!!嶺二こそ!!私や響紀のことを・・・」

菜摘「あ、明日香ちゃん・・・あんまり大きい声は・・・」

明日香「菜摘は口出ししないで!!」

菜摘「ご、ごめん・・・」

嶺二「言わせてもらうけど、お前は物事を濁して伝えようとするからダメなんだ。そんなんでよく人の気持ちが・・・とか言えるよな。むしろの人の気持ちを考えてないのは・・・」

鳴海「おい」

嶺二「んだよ?」

鳴海「頼むからもうやめてくれ」


 舌打ちをする嶺二


鳴海「二人とも、話をするんだったらもっと冷静に。不用意に相手を煽るな」

嶺二「分かったよ」

菜摘「落ち着いて・・・ゆっくり話そう?ね?」

明日香「ごめん菜摘」

菜摘「ううん、気にしないで」


 再び沈黙が流れる


嶺二「響紀ちゃんの力を借りよーぜ・・・響紀ちゃんの協力があれば俺たちだって・・・」

明日香「響紀が可哀想でしょ。利用される側の気持ちも考えてよ」

嶺二「響紀ちゃんは信じてるんだろ。明日香の気持ちが変わるって」

明日香「そんなこと信じられたって・・・困るの・・・」

雪音「響紀は利用されてることに対して、何も思ってなさそうじゃない?」

明日香「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


◯256波音高校一年六組の教室/軽音部一年の部室(放課後/夕方)

 黒板の前にはリードギター、ベース、ドラム、その他機材が置いてある

 軽音部の部室で話をしている汐莉、響紀、詩穂、真彩


真彩「生徒会に入るってマジ?」

響紀「大マジ」

汐莉「明日香先輩の頼みじゃないんだよ?先輩忙しいから、デートだってしてくれるか分からないんだよ?」

響紀「私が文芸部のために本気で動いてるって事を、明日香先輩に証明したいの。だから生徒会に入りたい、生徒会に入って、頑張る姿をあの人に見せたいの」

詩穂「響紀くんの言いたいことは分かったけど・・・」

響紀「だからスケジュールのことはギリギリまで隠しておいてほしい・・・」

真彩「でもさぁ、それって逆に苦労が多いんじゃない?手間ひまかけて生徒会に入るより、スケジュールの問題は解決しましたって言っちゃった方が、段取りもつけやすいし・・・三年のライブにだってもう出なくいいってなってるんだから・・・事をややこしくしたら、先輩たちも困惑するだろうし、後々の説明も大変になるんじゃないかなー・・・」

響紀「分かってる・・・でも、近道をしても明日香先輩は振り向いてくれないんだもの・・・・(少し間を開けて)失敗したらスケジュールのことはちゃんと言うから、お願い、汐莉、詩穂、真彩、私の勝手を聞いて」


 顔を見合わせる汐莉、詩穂、真彩


響紀「(両手を合わせて)何でもするから!!!」

真彩「い、一週間昼飯とお菓子奢ってくれるならいーよ」

響紀「分かった!一週間お昼ご飯とお菓子を奢る!」

真彩「や、やった・・・これで無駄使いしなくて済むぞ・・・」

響紀「詩穂と汐莉もそれでいい?」

詩穂「一週間分も要らないよ、ジュース一本とかで良い」

真彩「もったいなっ!!!!」

響紀「汐莉は?何か欲しい物ある?」

汐莉「ないかな・・・」

真彩「無欲だなぁ君ら」

汐莉「人にすがって手に入る物は、それほど欲しい物とは言えないよ・・・だいたい、本当に欲しい物なんて手の届かない場所にあるんだから・・・」


 響紀が両手を使って汐莉の右手を握る


響紀「(汐莉の右手を握りながら)汐莉の欲しい物、私が取りに行こうか?」


 響紀は真っ直ぐ汐莉の目を見ている

 少しの沈黙が流れる

 目線を逸らし、響紀の手を振り解く汐莉


汐莉「(目を逸らしたまま)私、まだ反対してるから」

響紀「朗読劇に参加することを?」

汐莉「(目を逸らしたまま)うん・・・やらないよ」

響紀「お願い・・・汐莉がいないと魔女っ子少女団は成り立たないの・・・協力して」

汐莉「(目を逸らしたまま)出来ない」

響紀「どうして?理由を教えてよ」

汐莉「(目を逸らしたまま)響紀には関係ないから・・・」

詩穂「汐莉・・・そんなに嫌なら理由を教えて欲しい。何にも教えてくれなのは・・・ずるいと思う・・・」


 顔を上げて響紀のことを見る汐莉


汐莉「嘘」

真彩「嘘・・・?」

汐莉「やりたくないってのは嘘!!」


 再び沈黙が流れる

 笑っている汐莉


汐莉「(笑いながら)やだなぁみんな。やりたくないってのは冗談だよ!!」

真彩「ちょ、ちょっと待てよ・・・てことは・・・今まで言ってた参加したくないってのは全部嘘だったのか!?!?」

汐莉「全部嘘だったわけじゃないよ。確かに最初は反対してたけど、最近は文芸部の先輩たちもやる気が出てきたみたいだし、私の気持ちも変わってきたの」


 響紀が勢いよく汐莉を抱きしめる

 汐莉の顔が赤くなる


響紀「(汐莉を抱きしめながら)ありがとう汐莉!!!好き!!!」

汐莉「ひ、響紀・・・騙されやす過ぎだよ」

響紀「(汐莉を抱きしめながら)だって・・・汐莉は前から嫌がってたから・・・」

汐莉「私が嫌がってるのを知りながら、生徒会に入ろうとしてたんでしょ・・・」


 響紀が汐莉から離れる


響紀「ごめん」

汐莉「い、いいよ。先輩たちのためでもあるから・・・」

詩穂「汐莉、本当に?本当にいいの?」


 頷く汐莉


真彩「嘘をつく演技があまりにリアルだったから、疑っちゃうよな。詩穂」

詩穂「うん・・・」

汐莉「ごめん!!」

響紀「謝るのは後!先輩たちを教室に入れなきゃ」

汐莉「私トイレ行ってくる、みんなは話しを進めてて」


◯257波音高校一年生廊下(放課後/夕方)

 人がいない廊下を早足で歩いている汐莉

 汐莉は女子トイレに向かっている

 夕日が差し込み廊下を赤色に染めている

 外からヒグラシと運動部の掛け声が聞こえてくる


◯258波音高校女子トイレ(放課後/夕方)

 勢いよく女子トイレの扉を開けて入ってきた汐莉

 汐莉の呼吸が荒い

 汐莉は個室に入り、鍵を閉める


汐莉「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 汐莉は思いっきり個室の扉を叩く

 イラついた様子の汐莉

 唇を噛む汐莉

 汐莉はもう一度思いっきり個室の扉を叩く

 汐莉は深く息を吸い吐き出す

 目を瞑る汐莉


◯259回想/汐莉が見た夢:滅びかけた世界の緋空浜(昼)

 今にも雨が降りそうな曇り空

 浜辺に一人で立っている汐莉

 汐莉以外に人はいない

 浜辺には戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体がそこら中に転がっている

 強い風が吹き、波は荒れている

 波の音が大きく響いている


鳴海「(声)菜摘・・・残念だけど・・・朗読劇は中止にするべきだ・・・」

菜摘「(声)嫌だよ・・・みんな今日まで頑張ってきたのに・・・」


 辺りを見る汐莉


汐莉「(辺りを見ながら)先輩・・・?どこにいるんですか?」


 汐莉の周りには誰もいない

 鳴海と菜摘の声が緋空浜に響き渡っている


鳴海「(声)菜摘・・・・頼むから無理をしないでくれ・・・このまま朗読劇の練習を続けたって菜摘の体が・・・」

菜摘「(声)私の体調が悪化したくらいで諦めちゃうの?鳴海くんが言ってた全力って、その程度だったの?」

鳴海「(声)そんな言い方・・・あんまりじゃないか・・・俺は菜摘のことが心配で・・・」

菜摘「(声)私は大丈夫・・・大丈夫だから、朗読劇をやらせて・・・」


 遠くの方で雷が落ちる

 ポツポツと小雨が降り始める

 

雪音「(声)お姉ちゃん!!!お姉ちゃん!!!目を覚まして!!!!」


 鳴海、菜摘の声に続き、雪音の声が響き渡る

 荒波がより酷くなる

 浜辺にあった戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体に波がぶつかり水しぶきが上がる

 

明日香「(声)鳴海、時間を無駄にする気?副部長なんだから指示の一つくらい出してよ」

嶺二「(声)もう少し優しく言ったらどうだ?」

明日香「(声)私が優しく言ったところで、あんた達は話を聞かないでしょ」

響紀「(声)これでやっと明日香先輩とデート出来る・・・」


 明日香、嶺二、響紀の声が重なり合いながら響き渡る

 雨が強くなる

 汐莉は困惑しながら海や空を見るが、誰もいない


神谷「(声)あーそうだ嶺二。お前、選挙活動で下級生を買収してないよな?」


 雷で空が光る、数秒後、雷の大きな音が響く


汐莉「(大きな声で周りを見ながら)みんなどこにいるの!?」


 波の勢いはさらに強くなり、汐莉の足元にまで波が来る


菜摘「(声)お願いします、私に力を貸してください・・・」

鳴海「(声)いかないでくれ・・・」


 ずぶ濡れになっている汐莉

 再び菜摘、鳴海の声が響き渡る


汐莉「(大きな声で周りを見ながら)先輩!!!!」


 汐莉の足元には荒波で流されたゴミたくさんある


千春「(声)私はここにいます・・・ここにいますよ・・・」


 千春の声が響き渡る

 空は真っ暗になっている


鳴海「(大きな声)無理して朗読劇をやって何になる!?自分の体を大事にしろ!!」


 遠くの方で雷が何度も落ちる

 落雷の音鳴海の大きな声が響き渡る


汐莉「(大きな声で)嫌だ嫌だ!!!こんなの嫌!!!」


◯260回想戻り/波音高校女子トイレ(放課後/夕方)

 個室にこもっている汐莉

 目を開ける汐莉

 個室の扉にもたれる汐莉

 涙を流す汐莉


汐莉「(涙を流したまま)最低だ・・・私・・・」


 汐莉は涙を流したまま、とても小さな声で”コンドルは飛んでいく”を歌う


汐莉「(涙を流したまま ♪コンドルは飛んでいく)I’d rather be a sparrow than snail Yes I would If I could I surely would」


◯261波音高校一年六組の教室/軽音部一年の部室(放課後/夕方)

 黒板の前にはリードギター、ベース、ドラム、その他機材が置いてある

 軽音部の部室で話をしている文芸部員と汐莉以外の軽音部員たち

 響紀が生徒会に立候補することが決まり、喜んでいる鳴海、嶺二

 心配そうな菜摘

 納得してない様子の明日香

 話に興味がなさそうな雪音

 興奮気味に話をしている響紀

 響紀を落ち着かせようとしている詩穂と真彩

 

汐莉「(♪コンドルは飛んでいく)I’d rather be a hammer than a nail Yes I would If I only could I surely would」


◯262帰路(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 帰り道、一緒に帰っている鳴海と菜摘

 部活帰りの学生がたくさんいる

 喋っている鳴海に対し、テンションの低い菜摘


鳴海「今日も一日疲れたな」

菜摘「うん」

鳴海「そういえば菜摘、一条に返したのか?」

菜摘「え?何を?」

鳴海「本だよ本」

菜摘「あ・・・忘れてた・・・」

鳴海「明日、忘れないようにな」

菜摘「そうだね。(少し間を開けて)あのさ鳴海くん」

鳴海「ん?」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「最近の文芸部・・・バラバラな感じがしない?」

鳴海「バラバラって・・・みんなの気持ちのことか?」

菜摘「うん・・・みんな、表面的には朗読劇の成功を目指してるけど・・・本当は・・・本当は別のことを考えながらやってるんじゃないかって気がして・・・」

鳴海「菜摘、学園祭を思い出すんだ。あの時もいろいろあったし、それぞれ別のことを考えてただろうけど、朗読劇は大成功だったじゃないか」

菜摘「朗読劇はね・・・」

鳴海「菜摘・・・今大事なのは個々の感情や問題よりも朗読劇の準備で・・・」

菜摘「(大きな声で)みんなの気持ちだって大事だよ!!」


 菜摘の大きな声に驚く鳴海

 再び沈黙が流れる


菜摘「ごめん・・・」

鳴海「いや・・・こっちこそ・・・菜摘がみんなのことを考えてくれてるのに無神経だった・・・すまん」

菜摘「(首を横に振って)ううん・・・鳴海くんの言った通りだと思う。本当に大事なのは朗読劇だから・・・それ以外のことを気にしているようじゃダメなんだけど・・・」


 菜摘は何て言おうか悩んでいる

 鳴海には菜摘の姿が波音に見える

 微笑んでいる波音(菜摘)

 呆然と波音(菜摘)を見ている鳴海

 微笑みながら波音(菜摘)は鳴海に手を差し出す

 鳴海は波音(菜摘)を手を取ろうとする

 鳴海が波音(菜摘)の手を握った瞬間、波音は消えてしまう

 鳴海は辺りを見るが波音はいない 

 鳴海は菜摘の右手を握っている


菜摘「(驚きながら)な、鳴海くん?ど、どうしたの?」


 慌てて菜摘の手を離す鳴海

  

鳴海「あ、ああ・・・な、何でもない・・・(かなり間を開けて)さ、さっきの話の続きをしてくれ」

菜摘「えっと・・・私たち、泣いても笑っても朗読劇が終わったら卒業しちゃうじゃん?」

鳴海「そ、そうだな」

菜摘「気持ちがバラバラのまま、卒業は寂しいなって思うんだ・・・」

鳴海「き、気持ちってのは変わるもんだろ?。受験が終われば余裕も戻って来るかもしれないぞ」

菜摘「だといいけど・・・」

鳴海「軽音部の協力も決まったんだし、運は文芸部に味方してるよ」

菜摘「でも・・・汐莉ちゃんが・・・」

鳴海「まだあんまし乗り気じゃないのかもな・・・」

菜摘「汐莉ちゃん・・・汐莉ちゃんって・・・」

鳴海「南がどうかしたのか?」

菜摘「あのね鳴海くん、もう一つ話があるんだけど・・・」

鳴海「おう」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「(小さな声で)な、波音物語のことで・・い、言いたいことが・・・」


 再び沈黙が流れる

 俯く菜摘


菜摘「(俯いたまま)わ、私・・・し、しらs・・・」


 猛スピードを出したオートバイが鳴海と菜摘の前を横切ろうとする

 オートバイに気付いていない菜摘

 菜摘は俯いたまま歩こうとする

 慌てて鳴海が菜摘のカバンを引っ張り、オートバイを避ける


鳴海「(大きな声でオートバイに向かって)危ねえな!!!!」


 オートバイは猛スピードを出したまままま走り去る


鳴海「全く・・・教習所でしかバイクを乗ったことがない俺ですら今のは交通違反だって分かるぞ・・・菜摘、大丈夫か」

菜摘「う、うん。ありがとう・・・」

鳴海「で・・・言いたいことって?」 

菜摘「そ、その・・・(かなり間を開けて)て、て、手伝ってほしいの!」

鳴海「(驚いて)え?何を?」

菜摘「ほ、本作り!」

鳴海「え・・・ああ・・・本作りか・・・(少し間を開けて)手伝うよ」

菜摘「あ、ありがと・・・」

鳴海「言いたいことってのは・・・」

菜摘「ほ、本作りのこと!ひ、一人でも出来ると思うけど、誰かいた方が・・・ほら、あ、アイデアとか聞けるし・・・」

鳴海「それなら任せろ。夏休みのリベンジだ」

菜摘「う、うん。お願い」


 菜摘の顔が少し赤い

 

◯263貴志家鳴海の自室(夜)

 ベッドの上で横になって波音物語を読み返している鳴海

 鳴海は波音物語を開いたまま、そっとベッドの上に置く


◯264滅びかけた世界:緋空浜(昼過ぎ)

 晴れている

 ゴミ掃除をしているナツ、スズ、老人

 浜辺にゴミの山がある

 ゴミの山は、空っぽの缶詰、ペットボトル、重火器、武器類、骨になった遺体などが積まれて出来ている

 ゴミの山の周囲はまだ様々なゴミが散らかっている

 ゴミの山の隣には大きなシャベルが砂浜に突き刺さってる

 ゴミの山から数百メートル先の浜辺は綺麗になっている

 浜辺には水たまりが出来ており、水たまりの中にもゴミがある 

 三人は軍手をしている

 三人それぞれに一台ずつスーパーのカートがある

 三台のカートのカゴにはビニール袋が敷いてあり、その中にゴミを入れていくナツ、スズ、老人


スズ「(トングでゴミを拾いながら)ゴミ、全然無くならないねえ」

老人「(トングでゴミを拾いながら)一生かかる仕事だからな」

ナツ「(トングでゴミを拾いながら)最悪だ・・・ゴミを拾うだけの一生なんて・・・」

老人「(トングでゴミを拾いながら)何もすることがないよりはいいだろう」


 老人のカートの中はゴミでいっぱいになっている

 老人はカートをゴミ山まで引き、ゴミ山の前で止まる

 カートからカゴを取り出し、中に入っていたゴミをゴミ山に捨てる

 老人のカートからゴミがなくなる


老人「(カートを引きながら)君たちもゴミが溢れる前に捨てなさい」

スズ「(トングでゴミを拾いながら)へーい」

ナツ「(トングでゴミを漁りながら)なんか面白い物でも落ちてないのかな・・・」


 トングでゴミを拾い始める老人


老人「(トングでゴミを拾いながら)宝を見つけた場合、平等に山分けするぞ」

ナツ「(トングでゴミを漁りながら)どうせ宝なんか・・・ない・・・」

スズ「(トングでゴミを拾いながら)お宝の山って感じがするけどな〜。パンツも落ちてたし〜」

ナツ「あれはゴミだ!!」

スズ「じゃあ何がお宝だと思うの?」

ナツ「何がって言われても・・・」

老人「(トングでゴミを拾いながら)ゴミにどんな価値を見出すかは個人の自由だ。一見したらただのゴミでも、再利用すれば価値はいくらでも跳ね上がる。ここにある物をゴミと見るか、宝の山と見るか、人それぞれだよ」

ナツ「あんたはここのゴミを再利用してるの?」

老人「(トングでゴミを拾いながら)多少はな」

スズ「私たちも使えそうな物はとっとこ?」

ナツ「えぇ・・・汚いし嫌だよ」

スズ「再利用した方がいいって、前なっちゃんが読んでた本に書いてあった」

ナツ「それは世界は滅びかける前の話。今は関係ない」

スズ「そんなぁ。地球のためにタコ活動しよーよー」

ナツ「エコ活動な」

老人「(トングでゴミを拾いながら)お前ら口より手を動かせよ」

スズ「なっちゃん、そろそろ捨てに行こ」

ナツ「ああ」


 ナツとスズのカートの中はゴミでいっぱいになっている

 カートを押すナツとスズ

 浜辺はまだまだゴミが多いため、カートを押すのに苦労するナツ

 力づくでカートを押してるナツに対し、スズは器用にゴミを避けながらゴミ山までカートを押して行く

 スズはゴミ山の前にカートを止め、カゴを取り出すスズ


スズ「(ゴミ山にカゴの中のゴミを捨てながら)バイバーイ」


 スズのカートからゴミがなくなる

 ナツのカートが何かに引っ掛かり、進まなくなる


ナツ「(カートを押しながら)な、なんだこれ・・・邪魔だな・・・スズ!手伝って!」


 ナツのカートは全く動かない

 スズがナツのカートのところに行く


ナツ「スズは前から引っ張って、私は後ろから押す」

スズ「オッケーなり」

ナツ「せーのでやるよ」

スズ「うん」


 スズはカートの前の部分を両手で握る


ナツ「せーの!!」


 ナツが後ろから思いっきりカートを押す

 スズは前からカートを引っ張る

 カートは何かに引っかかってるせいで全く動かない


ナツ「(カートを思いっきり押しながら)このっ!!!」

老人「おい、気を付けろよ。何があるのか分か・・・」


 引っかかっていた物が取れ、カートが急に動き出す


ナツ「(バランスを崩して)ああっ!!!」


 バランスを崩したナツが転びそうになる

 近くにいた老人が瞬時にナツの体を受け止める


老人「(ナツの体を支えながら)全く・・・気を付けろと言ったそばからこれだ・・・」

ナツ「(老人から慌てて離れて)あ、ありがと・・・」

スズ「何が引っかかってたのかな〜」


 スズはナツのカートから離れ、引っかかっていた物が何なのか見に行く

 

老人「タイヤに巻き込んだのか?」

ナツ「分からない」


 ナツと老人も引っかかっていた物を見に行く

 

ナツ「嘘・・・これが引っかかってたの・・・?」

老人「おそらくそうだ」

スズ「天罰が降りそうだねぇ」


 三人は引っかかっていた物を見下ろしている

 引っかかっていた物は軍服を着た白骨遺体

 白骨遺体は骨が砕けている


ナツ「ど、どうしよ・・・お供えとかするべきかな・・・」


 老人はしゃがみ、白骨遺体の身元を確認する


ナツ「や、やめなって!!!あんたのせいで私たちまで祟られるじゃん!!!!」

老人「(白骨遺体の軍服のポケットを漁りながら)一つ、俺よりこいつを粉々にしたお前たちの方が祟られる可能性は高い。二つ、俺は祟なんざ信じてない。三つ、こいつはクソロシア人だから粉々になって当然だ」


 老人は白骨遺体の胸元からドッグタグを見つける

 ドッグタグにはロシア語で名前が彫られている

 ドッグタグを持って立ち上がる老人


老人「(ドッグタグをナツとスズに見せながら)ロシア語だろう?」

ナツ「読めない・・・」

スズ「これ人間が使う文字なの?」

老人「そうだよ」


 老人はドッグタグを数秒間まじまじと見て、ゴミ山に向かって投げ捨てる


ナツ「遺体は?遺体はどうするの?」

老人「遺体だろうが、何だろうが、ここにある物はゴミだ。全て灰になるまで燃やす」

ナツ「(小声でスズに耳打ち)やっぱりサイコパスだ・・・」

スズ「ジジイ、さっき言ってたよ。ゴミかどうかは人それぞれだって」

老人「それは物の話だろう」


 少しの沈黙が流れる


老人「話は終わりでいいな?」


 顔を見合わせるナツとスズ


老人「そろそろエコ活動を再開しよう」


 老人は一人でトングを使いゴミを拾い始める


スズ「(小さな声で)なんで一人ぼっちでこんなことをしてるんだろうね?」

ナツ「(小さな声で)一人でいる時間が長くてイカれたんだと思う」

スズ「(小さな声で)寂しくないのかな」

ナツ「(小さな声で)さあ・・・」

スズ「(小さな声で)ジジイ可哀想」

ナツ「(小さな声で)好きで掃除をしてるんだから、可哀想もへちまもないよ」

老人「(トングでゴミを拾いながら)おいおい、お前たちもう疲れたのか?さっきから喋ってばっかりだぞ」

スズ「まだまだ元気いっぱい!!だよね?なっちゃん!!」

ナツ「ま、まあ・・・」

スズ「みんなで頑張ってこー!!」


 スズはトングでゴミを拾い始める

 ナツはカゴを取り出し、ゴミ山にゴミを捨てる


ナツ「どうして私まで頑張らなきゃいけないんだ・・・」


◯265菜摘の夢/緋空寺境内(昼)

 快晴

 緋空寺境内にいる菜摘

 人の手入れが全くされていない寺

 境内を回る菜摘

 お寺の屋根の一部分が壊れている

 雑草が生い茂り、かつて舗装されていたであろう道は砂利で溢れている

 手水舎には水が入っていない

 お寺の賽銭箱はひっくり返っている

 辺りを見る菜摘

 強風が吹く

 顔を手で覆い、強風を防ぐ菜摘

 少しすると風が止む

 菜摘は顔を覆うのをやめる

 倒れた賽銭箱の前に波音が立っている

 菜摘と波音の目が合い、二人の間に少し沈黙が流れる

 波音が菜摘の元へ近づいて来る

 波音はそっと菜摘を抱きしめる

 抱きしめた状態で波音が菜摘の耳元で何か囁く

 波音が何と言ったのかは分からない

 菜摘から離れる波音


菜摘「私・・・頑張る・・・あなた達の分まで頑張って生きるよ」


 頷く波音

 二人の瞳には反射しているそれぞれの姿と、あるはずもない海が映っている

 波音は両手で菜摘の右手を握る

 波音の体が光り輝き始める

 波音が口を動かし、何かを言う

 何と言ったのかは分からないが、菜摘は波音の言葉を理解している

 頷く菜摘

 少し嬉しそうに微笑む波音

 

菜摘「緋空浜が私たちを導きますように・・・」


 波音が消える

 波音がいたところには小さな光の玉のような物がふわふわと浮いている

 光の玉はふわふわと浮かびながら、波音が握っていた菜摘の右手のひらところへ飛んでいく

 菜摘の右手のひらの上でふわふわと浮かんでいる光の玉

 菜摘は光の玉を優しく握り、自分の胸元にまで運ぶ

 光の玉は菜摘の胸元へ吸い込まれていく

 菜摘の胸元は少しの間光り輝く

 

◯266早乙女家菜摘の自室(深夜)

 菜摘の机の上にある時計は深夜3時半を指している

 菜摘の部屋にはベッド、低いテーブル、勉強机、パソコン、プリンターなどが置いてある

 机の上には波音物語、菜摘が執筆に使うノートと筆箱、ノートパソコンが置いてある

 目を覚ます菜摘

 ベッドから出て、部屋の電気をつける菜摘

 菜摘は椅子に座り、パソコンを立ち上げる

 ノートを開き、筆箱からボールペンを取り出す菜摘

 ノートには波音物語のあらすじ、人物紹介、注意するべきことなど、朗読劇に向けた細かな詳細が書かれている

 パソコンでWardを開く菜摘

 菜摘はノートを見ながらタイピングを始める

 

菜摘「(声 モノローグ)引き継いだ者として、架け橋として、鳴海くんに、汐莉ちゃんに、みんなに、そして未来へ・・・届けなきゃいけないよね・・・私の時を使って・・・」


◯267波音高校三年三組の教室(日替わり/朝)

 セミが鳴いている

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだ来ていない

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 鳴海、菜摘、明日香、嶺二、雪音が教室の窓際で話をしている

 

嶺二「冷静に考えると今ってベリーベリーデンジャラスタイムじゃね?」

明日香「(呆れながら)あんたの英語力の方がデンジャラスでしょ・・・」

嶺二「ごめん明日香、修正するよ。正しくは、ベリーベリーファッキンデンジャラスタイムだった」


 深くため息を吐く明日香


鳴海「英語なんて意味が伝われば良いだろ」

嶺二「まさに、いぐざくとりぃ!」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「二人とも昨日の英語の試験・・・ほとんど解けなかったんじゃない・・・?」

鳴海「めいびー」

雪音「間違えた使い方はしてないと思うけど・・・なんかこう腹立つね」

明日香「馬鹿が英語を喋るとムカつく、英語っていうかほぼ日本語だし」

嶺二「そーりー」

明日香「うざ」

鳴海「おい嶺二、こういう時はだな・・・」


 鳴海が嶺二に耳打ちをする


嶺二「なるほど、分かったぞ。あい、あぽろじゃいず、とぅ、ゆー。(少し間を開けて)これで完璧な謝罪だな」

鳴海「おう、アメリカ人さながらの発音だったぞ」

嶺二「マジかー!!俺様にそんな発音能力があったなんて知らなかったぜ・・・」

鳴海「もったいねえ奴だ、アメリカにでも留学でもすりゃあよかったのによ」

嶺二「し、しまった・・・留学っていう選択肢があったのか・・・」

鳴海「残念だったな嶺二、お前みたいな変人と馬が合う日本人はなかなかいねえけど、外国だったら・・・」

嶺二「ああ!!可能性はある!!!」

鳴海「だろ、俺思うんだよ。お前フランス人の女と相性良いぜ絶対」


 顔を見合わせる菜摘、明日香、雪音

 女性陣のことは気にせず会話をしている鳴海と嶺二


嶺二「フランスの女!!憧れるぜ!!綺麗なブロンドの髪!!!透き通るような青い瞳!!!日本人とは比べもんにはならないような整ったスタイル!!!そして圧倒的なファッションセンスっ!!!たまんねえな!!!!」

鳴海「そうだ嶺二!!フランス語の勉強をしろよ!!」

嶺二「お、おう!!!フランス語か!!!」

鳴海「とりあえずリピートアフターミーしろ、ぼんじゅうる」

嶺二「ぼんじゅうる」

鳴海「違うな、もっと声を低くしてクールに決めなきゃダメだ、(低い声で)ぼんじゅうる」

嶺二「あ、ああ・・・低めにだな・・・(低い声で)ぼんじゅうる」

鳴海「違う違う、もっと低くしろ。(低い声で)ぼんじゅうる」

嶺二「(声を低くして)ぼんじゅうる」

鳴海「もっとだ、(低い声で)ぼんじゅうる」

嶺二「(さらに声を低くして)ぼんじゅうる」

鳴海「(低い声で)ぼんじゅうる」

嶺二「(低い声で)ぼんじゅうる」


 鳴海と嶺二は交互に低い声でぼんじゅうると言っている


雪音「忙しそうだし、私たち行こっか」


 頷く明日香


菜摘「え、でも・・・まだ話があるんじゃ・・・」

明日香「良いの良いの。一緒にいたって耳が馬鹿になるだけなんだから」


 困っている菜摘

 鳴海と嶺二はぼんじゅうるを言い続けている

 

 時間経過


 うなだれている鳴海と嶺二

 それを見ている菜摘

 明日香と雪音はいなくなっている


鳴海「(うなだれながら)な、なんでだ・・・なんで誰も・・・俺たちのぼんじゅうるに・・・ツッコミをしなかったんだ・・・」

嶺二「(うなだれながら)あ、明日香と・・・雪音ちゃんは・・・ボケが永遠に続く苦しみを俺たちに・・・味合わせたかったのか・・・?」

菜摘「二人のはボケっていうか、終わりのない漫才だよね、うん」

鳴海「(うなだれながら)だからこそ・・・誰かがツッコミをしてくれなきゃ・・・」

嶺二「(うなだれながら)話が・・・始まんねえだよ・・・」

菜摘「そう言われましても・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「(うなだれながら)もういいよ・・・変に英語を使った俺たちがいけなかったんだ・・・」

嶺二「(うなだれながら)俺たちゃ所詮・・・日本男児なんだな・・・」


 再び沈黙が流れる


菜摘「あのー・・・結局デンジャラスの話は・・・?」

鳴海「そういえば・・・何がデンジャラスなのか知らんぞ俺」

嶺二「デンジャラス言うてもてえしたことじゃあありませんよ・・・(少し間を開けて)いやね・・・俺たちいつ部誌を書けばいいんでしょうっていう話でしてね・・・」

鳴海「放課後だろ」

嶺二「おやっさん、それガチで言ってるんすかぁ?」

鳴海「ガチだけど・・・」

菜摘「放課後しか書く時間なくない?それか休みの日?」

嶺二「放課後って言っても、軽音部の準備で書く暇ないじゃねーか」

鳴海「それはそうだが・・・」

嶺二「鳴海・・・お前部誌書いてんのかよ」

鳴海「いや・・・」

嶺二「菜摘ちゃんは?」

菜摘「今回は私も全然・・・」

嶺二「時間を作らなきゃならねえ、部誌のためにな」

鳴海「それは各自でやることだろ」

嶺二「そんなこと出来ると思ってんのか?」

鳴海「出来てもらわなきゃ困る」

嶺二「だったらよ、全員まとめて時間を作っちまわないか?」

菜摘「どうやって?」

嶺二「俺の作戦としてはだな・・・」

鳴海「(小声でボソッと)また作戦かよ・・・」

嶺二「今回は二つ選択肢があるぜ?」

鳴海「勿体振らないで早く説明しろ」

嶺二「(人差し指を立てて)まず一つ目の案、放課後、部誌を書き終わるまで強制居残り。最終下校時間を過ぎても居残りしてもらう」

菜摘「6時半過ぎても部活ってやっていいんだっけ?」

鳴海「少しくらいなら残ってもいいだろうけど、遅過ぎるとアウトだろうな・・・」

嶺二「隠れながらこっそり活動するんだよ、バレないように」

鳴海「マジかよ・・・」

菜摘「それって何時まで残るの?」

嶺二「遅くて11時くらいじゃねーかな」

菜摘「えっ・・・おそ・・・」

嶺二「書き終わった人から解散って流れだから、執筆が早ければすぐ帰れるぜ?」

菜摘「だとしてもだよ・・・いくらなんでも遅過ぎないかな・・・」

鳴海「ああ。4時過ぎから始めて11時に帰るって・・・ほぼ一日学校に滞在じゃねえか・・・」

嶺二「鳴海、間違ってるぞ。部誌を書くのは6時半からだ」

鳴海「なんでそんな時間から始めるんだよ?」

嶺二「お前、朗読劇の準備を忘れてるな?」

鳴海「あ・・・」

菜摘「え、じゃあ、4時過ぎから6時半までは朗読劇の準備をして、そこから居残りで部誌を作るってこと?」

嶺二「そーそー。強制的に書く機会を設けた方が楽だろ。朗読劇の準備と並行して部誌を書くのはしんどいし、かと言って時間を見つけてこいってのも、前回の俺たちみたいな怠け者を輩出するだけだと思うんだよ。各自に任せたらきっと、受験がーとか、進路がーとか、言い訳して書いて来ない奴が出てくるぞ」

鳴海「受験を控えたお前が言うのか」

嶺二「これを提案したのは自分のためでもある、俺は自らに制約を課したのだ」

鳴海「居残る時間が遅過ぎることを除けば名案だな」

菜摘「うん。時間がね・・・深夜まで学校に残るってのはちょっと・・・」

嶺二「夜遅くまでみんなで作業したってのは青春の一ページに刻まれると思うぜ」

鳴海「嶺二が言う青春って、大半が説教とセットなんだよなー・・・」

嶺二「怒られるのだって良い思い出じゃねーか」

鳴海「何が良い思い出だよ・・・」

菜摘「嶺二くん、もう一つ案があるんだよね?」

嶺二「おう。(人差し指と中指を立てて)二つ目の案は・・・」


 神谷が教室に入ってくる


神谷「HR始めるぞー」


 明日香、雪音が喋りながら教室に入って来る


嶺二「続きは後だな・・・」


◯268波音高校四階階段/屋上前(昼)

 昼休み

 天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている屋上の扉

 天文学部の道具が扉の前に置いてある

 階段に座っている鳴海、菜摘、嶺二

 コンビニの鮭おにぎりを食べている鳴海

 すみれの手作り弁当を食べている菜摘

 焼きそばパンを食べている嶺二

 鮭おにぎりを食べていた鳴海の手が止まる


鳴海「は?」

嶺二「合宿だって言ってんだろ、俺の流暢なフランス語を聞き過ぎたせいでついに日本語を忘れちまったのか?」

鳴海「てめえ、どこで、合宿を、やるって、(大きな声で)言ったんだよ!!!!」

嶺二「鳴海んち」


 嶺二は焼きそばパンを口に押し込む


菜摘「嫌なの?鳴海くん」

鳴海「嫌っていうか・・・理解出来ねえ・・・何故俺んちで・・・しかも泊まりなのか・・・」

嶺二「実質鳴海一人の家なんだからいいっしょ」

鳴海「あれはな、俺の家じゃねえんだよ!!俺の姉貴の家なんだよ!!!」

嶺二「でもその姉貴は帰って来ない人だろ」

鳴海「死んだみたいな言い方すな」

嶺二「みんなで鳴海んちに泊まって、部誌を作る、誰も怒らないし、誰にも怒られない、最高じゃねーか」

鳴海「家主の弟が怒ってるんですが・・・」

菜摘「居残って部誌を作る場合、最悪完成しなかったら翌日に持ち越して居残りだよね?」

嶺二「そうなるな」


 鳴海が食べかけていた鮭おにぎりを口に入れる


嶺二「放課後に残る場合だと、執筆の進み具合で最悪五日間連続で11時帰りになるかもしれねーよ」

菜摘「い、五日連続・・・」

嶺二「合宿にするなら、金、土泊まって日曜の夜に解散か・・・あるいは月曜の朝鳴海と一緒に登校だ」

鳴海「(鮭おにぎりを飲み込んで)ざけんな」

菜摘「修学旅行みたいで楽しそう!!」

嶺二「分かる、夜中にトランプとかしよーぜ。負けた奴は椅子で寝るってルールで」

鳴海「おい」

菜摘「百物語しようよ、お化け呼ぼ鳴海くんちに」

鳴海「お前ら・・・さては遊ぶ気しかないな・・・」

嶺二「響紀ちゃんたちも誘って、軽いパーティーにしちまうか」

菜摘「うん、みんなで遊ぼう!」


 少しの沈黙が流れる

 菜摘、嶺二が鳴海の顔を見る


鳴海「断る」


 嶺二が何かを言いかける


鳴海「絶対に断る」


 菜摘が何かを言いかける


鳴海「菜摘、悪いけど無理だ」

菜摘「なんで?ナイスアイデアだと思うんだけど」

鳴海「キレた明日香が家具か電化製品をぶっ壊す未来が俺には見えるんだよ」

菜摘「明日香ちゃんが壊すんだね・・・」

鳴海「嶺二が明日香を怒らせて、ゴジラみたいに暴れるのさ・・・」

嶺二「鳴海なぁ、明日香は部室で暴れたりしないだろ?だから、この際鳴海んちを第二の文芸部部室にすりゃあ・・・」

鳴海「(嶺二を睨み)黙れ。黙らないとフランスへ送り飛ばすぞ」


 嶺二が両手のひらを上げる


嶺二「(両手のひらを上げながら)降参だ」

鳴海「合宿はなし、いいな?」


 顔を見合わせる菜摘と嶺二


鳴海「居残り、もしくは各自で書き終えること」

嶺二「つまんねえな・・・もっと楽しいことしよーや」

鳴海「11時まで居残るのだって楽しいだろうが」

嶺二「合宿の方が楽しいって断言出来るけどな」

菜摘「なら私の家で合宿する?」

嶺二「ま、マジで!?!?」

菜摘「(頷き)うん」

鳴海「やめとけよ菜摘」

菜摘「どうして?」

鳴海「ど、どうしてって・・・大人数で泊まるのは迷惑になるだろ・・・」

菜摘「ううん。楽しいからいいよ」

嶺二「さっすが菜摘ちゃん!!!ノリを分かってらっしゃる!!!」

菜摘「というか、放課後も私の家に来たら良くない?」

嶺二「ま、ま、マジっすか!!!!」

菜摘「私の家で良ければだけど・・・」

嶺二「ならそれで決まりだ!!!」

鳴海「(慌てて)お、おい!!!」

菜摘「ん?」

鳴海「や、や、やっぱり俺んちで合宿するぞ!!!」

菜摘「え?いいの?」

鳴海「お、おう!!!いいとも!!!みんなで合宿しよう!!!」


 再び沈黙が流れる


嶺二「鳴海・・・お前・・・さては彼女の家に人が集まることを避けようとしてるな・・・?」

菜摘「そ、そうなの!?」

鳴海「ち、違う!人の家を使うくらいなら自分んちで良いって思ったんだよ!」

嶺二「彼女の家は自分の物っていう考えをしてるのかお前は」

鳴海「(大きな声で)してねえよ!!!!」

嶺二「じゃあ鳴海んちで合宿けってー」

菜摘「鳴海くん、嫌なら嫌って言いなよ?」

鳴海「こ、子供扱いしないでくれ・・・(少し間を開けて 小さな声で)俺んちでやろう・・・」

菜摘「本当に?なんか見るからに嫌そうに見えるんだけど」

鳴海「き、気のせいだろ・・・俺んちでいいよもう・・・うん・・・俺んちで・・・」

嶺二「じゃあ鳴海んちでけっ・・・」

菜摘「自分、一言いいですか!!」


 鳴海と嶺二が菜摘のことを見る


菜摘「この話はみんながいる時にするべきだと思います!」

鳴海「そ、そうだな!!みんながいる時にするべきだよな!!よし!!他の奴らの話を聞こう!!部誌だって書き終えてるかもしれないぞ!!」

嶺二「い、今更・・・みんなの話だと・・・」


◯269波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夕方)

 教室の隅にパソコン六台とプリンターが一台ある

 円の形を作って座っている文芸部員たち

 校庭では運動部が活動している

 話をしている文芸部員たち


雪音「居残るのは良いけど・・・11時までってのは無理があるんじゃないかな・・・」

汐莉「しかもバレないようにって・・・どこか良い場所あるんですか?」

嶺二「部室があるだろ。電気を消して大人しくタイピングだけしてればバレないって」

明日香「絶対バレるでしょ・・・」

菜摘「放課後、誰かの家に集まるのはどう?」

明日香「鳴海の家?」

鳴海「なんで俺んちなんだよ!!!!」

汐莉「練習してたんじゃないかってくらい、早いツッコミですね先輩」

鳴海「ツッコミの練習なんかするわけねえだろ・・・」

嶺二「今んとこ、鳴海んちか菜摘ちゃんちのどちらかってなってるけど・・・」

菜摘「うん、週末は泊まりで部誌を・・・」

汐莉「(驚いて)と、泊まり!?」

菜摘「泊まりで・・・って話になったんだけど、無理なら帰っても良いよ」

鳴海「嶺二曰く、合宿だとさ」

雪音「合宿か・・・部活らしいね」

鳴海「まあな・・・」

明日香「泊まりって・・・土日?」

嶺二「金土泊まって日曜に帰るか・・・日曜日も泊まって、月曜日に家主と一緒に登校するってパターンもある」


 少しの沈黙が流れる


明日香「マジ・・・?」

嶺二「マジだ」

明日香「部活中に部誌を書いちゃいけないの?」

嶺二「基本朗読劇の準備優先だ、だから部誌は二の次だぞ」

鳴海「選挙活動もしなきゃならねえしな」

明日香「生徒会かぁ・・・」


 深くため息を吐く明日香


鳴海「どうしたんだ明日香」

明日香「鳴海、上手くいくと思ってんの?」

鳴海「何が?」

明日香「生徒会に入って朗読劇の手回しをするって流れ」

鳴海「こうなったら成功させるしかないだろ」

明日香「成功させるしかって言うけど・・・そんな簡単じゃないでしょ・・・」

汐莉「響紀は・・・やり遂げると思います」

明日香「デートの約束がないのに?」

汐莉「関係ありませんよ。彼女は有言実行するタイプの人間ですから」

菜摘「明日香ちゃん、響紀ちゃんを信じてみようよ」

嶺二「そうだぞ明日香、軽音部のみんなが協力してくれるって言ってるんだから、信じてやれよ」


 再び沈黙が流れる


雪音「それで、部誌はどうするの?」

菜摘「えっとー・・・日替わりでみんなの家に行けないかな?毎日私の家でもいいんだけど・・・当番制の方が・・・なんて言うか・・・うーん・・・打ち解けるし・・・」

汐莉「打ち解ける?」

菜摘「う、うん・・・毎日同じ家に行くのは飽きるかなって思って・・・ちょっとくらい楽しみがあった方が良くない?」

汐莉「そうですね・・・私も皆さんの家を見たいって気持ちはあります」

嶺二「ま、まさか俺の家も・・・?」

鳴海「こうなりゃ当番制でみんなの家を回っていくのもアリだな。嶺二の家も込みで」

嶺二「くそ・・・俺の家もかよ・・・」

菜摘「家、ダメな人いる?」


 全員がそれぞれ顔を見合わせる


雪音「泊まりはちょっと・・・」

明日香「私も・・・」

汐莉「親に確認してないので、何とも言えませんが・・・流石にこの人数を泊めるのは無理だと思います・・・」

鳴海「となると週末で作業をするなら・・・俺の家か、菜摘の家か、嶺二の家か・・・」

嶺二「なんで俺んちまで宿泊可になってるんだ?」

鳴海「提案者の家は泊まれなきゃダメっしょ」

嶺二「五人も泊まれねーわ」

明日香「嶺二の家は・・・いいや・・・」

嶺二「え、何その嫌な言い方」

明日香「あんま見たいって思わないんだよね」

鳴海「汚え部屋だもんな」

菜摘「汚いのは嫌かな・・・」

嶺二「なんで見てないのに汚いって分かるんだよ?」

雪音「綺麗なの?」

嶺二「普通」

汐莉「汚いんですね。やっぱり嶺二先輩の家はパスしときましょう・・・」

嶺二「やめたまえ君たち、独断と偏見で人の部屋が汚いと断定するのは極めて悪質といえ・・・」

菜摘「じゃあ今回は私の家で合宿にしよう」

鳴海「いや、俺の家で・・・」

菜摘「ううん、こういう時はやっぱ部長の家だよ」

鳴海「でも菜摘の家は何度もお世話に・・・」

嶺二「おいカップル」

鳴海・菜摘「(二人合わせて)何?」

嶺二「人が話をしてる時に邪魔を・・・」

明日香「(嶺二の話を遮って)いつにする?合宿」

嶺二「もういいです黙ってればいいんですね・・・」

菜摘「お母さんに聞いてみる、多分今週末でも大丈夫だと思うけど・・・」

鳴海「菜摘の家で確定なんすか・・・」

菜摘「(頷き)確定だよ」

雪音「みんなの家を回るって話は?」

汐莉「やるなら来月じゃないですか」

菜摘「そうだね、次の部誌を作る時のお楽しみということで」

明日香「男たちは家を綺麗にしときなさいよ」

嶺二「うるせえ」

鳴海「言っとくけど、俺んちは綺麗だからな・・・」

汐莉「あ、部屋を綺麗にするだけじゃなくて、消臭剤もまいといてくださいよ」

菜摘「なんで消臭剤?」

汐莉「だって異臭がしたら嫌じゃないですか」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「南・・・お前今めちゃくちゃ失礼なこと言ったぞ」

汐莉「気のせいですよ」

嶺二「気のせいなもんか・・・一年の分際で俺たちを馬鹿にしやがって・・・」

汐莉「一年ごときに馬鹿にされたからって怒らないでください」

鳴海「馬鹿にしてるのかよ!!!」

菜摘「ま、まあまあ・・・落ち着いて落ち着いて」

嶺二「クソ生意気な後輩だぜ全く・・・」

雪音「それがまた可愛いんでしょ?」

嶺二「(小声でボソッと)まーな・・・」


 再び沈黙が流れる


菜摘「そういえば、みんな波音物語買った?」

嶺二「あ、買ってねーな」

明日香「買ったよ、でもまだ読んでないや」

菜摘「(汐莉を見て)汐莉ちゃんは?」

汐莉「買ってないです・・・」


◯270帰路(放課後/夕方)

 ヒグラシが鳴いている

 夕日が沈みかけている

 帰り道、一緒に帰っている鳴海と菜摘

 部活帰りの学生がたくさんいる

 

鳴海「いいのかよ?菜摘の家で」

菜摘「うん!合宿をしたらみんなの気持ちもまとまると思わない?」

鳴海「あー、確かにな・・・文芸部の活動としても思い出になるし・・・」

菜摘「鳴海くん、在学中に大量生産しとこうね」

鳴海「大量生産・・・?何を?」

菜摘「思い出!」

鳴海「卒業前の今しか作れねえもんなぁ」

菜摘「(頷き)だから鳴海くんも遠慮しないで、やりたいことがあったら何でも言ってね」

鳴海「おう」


◯271本屋(放課後/夕方)

 大きな本屋にいる汐莉

 本屋にはたくさんの客がいる

 汐莉は古典文学の棚を見ている

 波音物語が本棚の中に置いてある

 汐莉は波音物語を見つける

 汐莉は波音物語を手に取ろうか悩む


◯272◯256の回想/波音高校一年六組の教室/軽音部一年の部室(放課後/夕方)

 黒板の前にはリードギター、ベース、ドラム、その他機材が置いてある

 軽音部の部室で話をしている汐莉、響紀、詩穂、真彩

 響紀が勢いよく汐莉を抱きしめる


響紀「(汐莉を抱きしめながら)ありがとう汐莉!!!好き!!!」


 汐莉の顔が赤くなる


◯273回想戻り/本屋(放課後/夕方)

 波音物語を見ている汐莉

 波音物語の背表紙には”波音物語 改訂版 白瀬波音”と書かれている

 汐莉は波音物語を少し眺めてから、手に取ろうとする

 汐莉の指先が波音物語に触れた途端、汐莉は幻覚のようなものを見る


◯274汐莉の幻覚(早朝)

 本能寺/信長の寝室にいる汐莉

 信長の寝室はとても暗く濃い煙が充満していてほとんど何があるのか見えない

 口を押さえ咳き込む汐莉


汐莉「(咳き込みながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・(辺りを見て)ここは・・・?どこ・・・?」


 突然、煙の中から日本刀を持った織田信長が出てくる

 汐莉は驚いて尻もちをつく

 信長は腹に刀を刺す

 汐莉の顔に血がかかる

 汐莉は顔にかかった血を手で拭い、怯えながら手についた血を見る

 信長は腹に刀が刺さったまま、汐莉に迫ってくる


信長「(汐莉に迫りながら)その目に焼き付けるがよい!!!!!!」


 汐莉は尻もちをついたまま後退りをする

 信長の腹から血がポタポタと垂れる


波音「(声)奴の予知は戦に必要なのだ・・・」

凛「(声)輪廻を・・・」


 どこからか白瀬波音と凛の声が反響する

 信長が迫ってきて、後退りをする汐莉

 汐莉の逃げ場がなくなり、信長は手を伸ばしてくる

 信長の手が汐莉の顔に触れそうになると、いきなり本能寺が崩壊し始める

 汐莉は顔を伏せ、両手で頭を守ろうとする

 本能寺が完全に崩れる

 汐莉が顔を上げると信長はいなくなっている

 汐莉がいるのは本能寺の跡地ではなく、小川がある自然豊かな場所

 時間は夜

 汐莉の視線の先に波音、奈緒衛、凛がいる

 彼らは小川の側で三人で抱き合っている

 立ち上がる汐莉

 

千春「(声)奇跡には代償が要ります・・・鳴海さん、菜摘さん・・・お二人はこれからとても過酷な運命を・・・」


 どこからか千春の声が反響する

 汐莉は振り返る

 正面にいたはずの波音と凛が汐莉の後ろにいる 

 小さな和室にいる汐莉、波音、凛

 行灯の明かりしかない暗い和室

 凛は畳の上で眠っている

 波音は眠る凛の隣に座っている

 一瞬、眩しい光に包まれる

 眩しさのあまり、汐莉は二人から顔を背け、目を瞑る


波音「(声)私は大事な者を失うのが怖い・・・」

奈緒衛「(声)人はそういう生き物だよ・・・」


 どこからか波音、奈緒衛の声が反響する

 光が消え、目を開ける汐莉

 汐莉は森の中にいる

 時間は昼

 汐莉は波音、奈緒衛を探そうとするが、そこには誰もいない

 困惑しながら周囲を見る汐莉

 遠くから大きな銃声が聞こえてくる

 汐莉は怖くなり、森の中を走る

 

凛「(声)世のことわり・・・強い怒り・・・悲しみ・・・苦痛・・・死にゆく人・・・鉄屑で溢れた・・・滅びの海・・・」


 どこからか凛の声が反響する

 銃声の音が近づいてくる

 汐莉は走り続けている


凛「(声)私たちに出来る事は何もないのでしょうか・・・?」


 再びどこからか凛の声が反響する

 銃声だけではなく、たくさんの馬の蹄の音が聞こえてくる

 蹄の音はとても早い


ナツ「(声)みんなこの海に助けを求めて・・・死んでいったんだ・・・」

スズ「(声)これからも一緒にいよっか・・・」

老人「(声)俺は弱くて臆病だ・・・」


 どこからかナツ、スズ、老人の声が蹄の音と混じって反響する

 汐莉が走っていると、正面から明智光秀の軍団が突如現れる

 汐莉は引き返そうとするが、後ろにも明智軍の武士がいて逃げられない

 囲まれた汐莉


凛「(声)私めの魂は必ず輪廻しましょう・・・私が死んでもこの魂は滅びませぬ・・・」


 再びどこからか凛の声が反響する

 光秀たちは馬に乗り、甲冑を着ている

 彼らは武器として、火縄銃、刀、槍などを持っている

 光秀が火縄銃に火薬と弾薬を詰め、汐莉の後ろを狙う

 後ろを見る汐莉

 汐莉の後ろには白瀬波音、佐田奈緒衛が虚ろな表情をして立っている

 光秀は奈緒衛に火縄銃を向けている

 光秀の隣にいた武士が火縄銃に火を付ける

 

汐莉「やめて!!!殺さないで!!!」


 火縄銃から放たれた弾丸が奈緒衛の胸元に命中し、奈緒衛は2mほど吹っ飛ばされる

 振り返って奈緒衛を見る汐莉

 倒れているのは奈緒衛ではなく、鳴海

 鳴海の胸元からは血が出ている

 鳴海は死んでいる


汐莉「な、鳴海先輩!!!」


 鳴海の元へ駆け寄る汐莉

 鳴海の顔は青白く、虚ろな表情のまま死んでいる

 汐莉は泣いている


奈緒衛「(声)三人だ・・・三人で戦えるのだ・・・心強いだろう・・・」


 どこからか奈緒衛の声が反響する

 光秀が火縄銃に火薬と弾薬を詰め直し、波音に向ける

 光秀の隣にいた武士が火縄銃に火を付ける

 汐莉は波音が狙われていることに気づく

 

汐莉「(大きな声で)ダメダメダメダメその人を撃たな・・・」


 火縄銃から放たれた弾丸が波音の胸元に命中し、波音は2mほど吹っ飛ばされる

 波音の元へ駆け寄る汐莉

 倒れているのは波音ではなく、菜摘

 菜摘の胸元からは血が出ている

 菜摘は死んでいる


波音「(声)波音「愚か者が・・・このような所に留まるな・・・早く去れ・・・」


 どこから波音の声が反響する

 泣きながら菜摘の体を揺さぶる汐莉


汐莉「(泣きながら大きな声で)先輩!!!起きて!!!起きてください!!!死なないで!!!!お願いだから!!!!」


 光秀が火縄銃に火薬と弾薬を詰め直し、汐莉に向ける

 光秀の隣にいた武士が火縄銃に火を付ける

 汐莉は自分が狙われていることに気づき、立ち上がる


凛「(声)海はそなたを迎えるでしょう・・・彼女はすぐ側まで来ておりますゆえ・・・我らには一刻の猶予もありませぬ・・・」


 凛の声が反響すると同時に、汐莉は目を瞑る

 火縄銃から放たれた弾丸が汐莉の胸元に命中する

 弾丸が命中した衝撃で汐莉は2mほど吹っ飛ばされる


◯275幻覚戻り/本屋(放課後/夕方)

 まるで本当に撃たれたかのように後ろに倒れその場で尻もちをつく汐莉


凛「(声)望む時ほど、長くは続かぬのです・・・仕えなさい・・・」


 どこからか凛の声が囁くように聞こえてくる

 汐莉の近くにいた客は驚いて汐莉のことを見ている


客「(汐莉に向かって)大丈夫ですか?」


 少しの沈黙が流れる

 汐莉は涙を流しながら呆然としている

 

客「(汐莉に向かって)体調が悪いなら誰か人を・・・」


 汐莉は我に返ったように立ち上がる


汐莉「だ、大丈夫です」


 汐莉は小走りでその場を去る


◯276帰路(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 帰宅途中の学生やサラリーマンがたくさんいる

 涙を流しながら走っている汐莉

 

◯277帰路(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 帰り道、一緒に帰っている鳴海と菜摘

 部活帰りの学生がたくさんいる

 話をしている鳴海と菜摘


鳴海「部誌を作るためにみんなで合宿か・・・文芸部ってあんまし部活動らしいことしてね・・・」


 突然立ち止まる菜摘


菜摘「汐莉ちゃん・・・?」


 菜摘に合わせて立ち止まる鳴海


鳴海「菜摘?どうした?」

菜摘「汐莉ちゃんが・・・泣いてる・・・」

鳴海「えっ?」


 少しの沈黙が流れる


菜摘「凄く苦しんでる・・・」

鳴海「(心配そうに)な、菜摘、大丈夫か?」

菜摘「私は平気・・・だけど・・・汐莉ちゃんが・・・」

鳴海「どうしたんだ?南に何かあったのか?」

菜摘「分からない・・・」


◯278帰路(放課後/夕方)

 夕日が沈みかけている

 帰宅途中の学生やサラリーマンがたくさんいる

 涙を流しながら走っている汐莉

 汐莉は制服姿の荻原早季とすれ違う

 立ち止まって、汐莉のことを見る早季

 汐莉は見られていることに気が付かず、涙を流しながら走っている

 汐莉が遠くに行くまで、汐莉のことを見ている早季

 汐莉が見えなくなると、早季の姿も無くなっている

 

◯279滅びかけた世界:緋空浜(昼過ぎ)

 晴れている

 ゴミ掃除をしているナツ、スズ、老人

 浜辺にゴミの山がある

 ゴミの山は、空っぽの缶詰、ペットボトル、重火器、武器類、骨になった遺体などが積まれて出来ている

 ゴミの山の隣には大きなシャベルが砂浜に突き刺さってる

 ゴミの山から数百メートル先の浜辺は綺麗になっている

 浜辺には水たまりが出来ており、水たまりの中にもゴミがある 

 三人は軍手をしている

 三人それぞれに一台ずつスーパーのカートがある

 三台のカートのカゴにはビニール袋が敷いてあり、その中にゴミを入れていくナツ、スズ、老人


老人「(額の汗を手で拭い)片付いてきたな」

ナツ「どこが」

老人「(指を差して)その辺、来た時はもっとゴミがあった」


 老人が指差し場所は、少しだけゴミが減っている


スズ「私たちが頑張ったからだね!!」

老人「ああ。二人とも良い働きだよ」

ナツ「どうも。あたしゃ疲れた」


 その場に座り込むナツ


老人「少し休憩するか?」

スズ「だいじょーぶ」

ナツ「休ませろ」


 少しの沈黙が流れる


ナツ「休もうよスズ」

スズ「なんでー?」

ナツ「疲れたから」

老人「いいだろう、少し休憩だ」

スズ「え〜!」

老人「適当に遊んでおいで、変な物には触るんじゃないぞ」

スズ「なっちゃんも遊ぼ」

ナツ「馬鹿」

スズ「ひどっ」

ナツ「私は休みたいの。遊ぶ元気なんかない」

スズ「つまんなーい」


 スズはゴミの缶を蹴り飛ばし、一人で浜辺を散策し始める

 老人はナツの隣に座る

 再び沈黙が流れる

 ナツは少しだけ老人から離れる

 ナツのことを見る老人

 ナツは老人のことを見ない

 

老人「どうして逃げる?」


 ナツは黙って、また少しだけ老人から離れる

 

 時間経過


 浜辺に落ちていた壊れているスマホを拾い、トランシーバーに見立てて一人で遊んでいるスズ


スズ「(スマホに向かって)こちらスズ、なっちゃんとジジイが休んでいるので、私一人で任務を続行しています!特に異変はありません!!」


 スズはポケットにスマホをしまう

 スズはビー玉を見つける


スズ「(ビー玉を拾い)おお〜、お宝だ〜」


 スズはビー玉を空にかざす

 遊んでいるスズのことを見ているナツと老人

 老人はタバコを吸っている


老人「可愛い子だな」


 老人のことを見るナツ


老人「(タバコの煙を吐き出し)何だ?」

ナツ「な、何でもない!」


 携帯用灰皿にタバコの灰を落とす老人

 また少しだけ老人から離れるナツ

 二人には5m近く距離がある


老人「何か・・・見つかったか?」

ナツ「え・・・?」

老人「君らは時間をかけてここまで旅してきたんだろ。それで何も見つからなかったら成果ゼロじゃないか」

ナツ「あんたには関係ない」


 タバコを吸う老人

 少しの沈黙が流れる


老人「(煙を吐き出し)意外かもしれないが、この街にはたいていの物が揃ってる。食糧、日用品、雑貨だって・・・そこらに転がってるもんだ」


 ビー玉を持ったスズがナツと老人に手を振ってくる

 手を振り返す老人


老人「(スズに手を振りながら)金を払わずに何でも手に入るようになっちまった。逆に・・・元々金で買えなかったような物は・・・今じゃ滅多に見かけない。そうだろ?」

ナツ「それが?」


 スズは再び浜辺を散策し始める


老人「(少し寂しそうに)別に・・・ただ君たちが羨ましくて話しただけさ。深い意味はないよ」


 タバコを吸う老人

 再び沈黙が流れる


ナツ「あんた・・・家族とかいないの」


 煙を吐き出す老人

 老人は携帯用灰皿でタバコの火を消し、タバコを捨てる

 老人は携帯用灰皿をズボンのポケットにしまう

 老人はズボンの別ポケットからスキットル風の小型水筒を取り出し飲む

 老人の左手の薬指につけているシンプルな指輪が、太陽の光に反射しキラリと光る

 ポケットにスキットル風の小型水筒をしまう老人

 

老人「みんな死んじまった」


 空を指差す老人

 空を見上げるナツ


老人「(空を指差しながら)君らの両親と同じ場所にいる」

ナツ「(空を見るのをやめて)くだらない」


 老人は空を指差すのをやめる


老人「そうか・・・なかなかリアリストなんだな」

ナツ「あんたがガキ扱いしてるだけだ」

老人「ガキ扱い・・・ね。(少し間を開けて)歳を聞いてなかったが、君たちは幾つなんだ?」

ナツ「じゅ・・・19」

老人「(ナツのことを見ながら)にしては随分・・・若く見えるが・・・」

ナツ「ど、童顔だから!」

老人「なるほど」

ナツ「あ、あんたは何歳なんだよ」

老人「さあな・・・何歳だと思う?」


 老人のことを見るナツ


ナツ「(老人を見ながら)言うほど年寄りには見えない」

老人「それは良かった」

ナツ「何歳なの?」

老人「60歳にも思えるし、40歳なような気もする」

ナツ「何それ、分からないってこと?」

老人「そういうことだ」

ナツ「私たちはあんたの歳も名前も知らない」


 老人はドッグタグを首から外し、ナツに向かって投げる

 ナツの足元にドッグタグが落ちる

 ドッグタグを拾うナツ

 ドッグタグにはNarumi Kishiと名が彫られている

 ドッグタグには名前の他に識別番号が彫られている


ナツ「(ドックタグを見ながら 小声でボソッと)日本語しか読めないっつうの・・・」


 老人にはナツの声が聞こえていない

 ナツはドッグタグをしばらく見て、老人に投げ返す

 老人がドッグタグをキャッチする

 老人はドッグタグに息を吹きかけ、ドッグタグについた汚れを取る

 ドッグタグを首にかける老人


ナツ「自分の名前は聞きたくないんでしょ、だったらどうしてそんな物を身につけてるの?」

老人「これはな、俺が誰なのか・・・何者だったのか教えてくれるアイテムなんだよ」

ナツ「昔のことは忘れたいって言ってなかった?」

老人「忘れたいんじゃない。(少し間を開けて)思い出したくないだけだ」

ナツ「辛い過去があるから?」

老人「思い出があるからさ」


◯280南家汐莉の自室(日替わり/朝)

 雨が降っている

 机の上にある時計は八時過ぎを指している

 ベッドの上でスマホを見ている汐莉

 汐莉の母親が汐莉の部屋の扉をノックする


汐莉の母親「(声)汐莉!起きなさい!汐莉!!」


 スマホで軽音部のライブの写真を見ている汐莉

 響紀をアップにして見る汐莉

 汐莉の母親は何度も扉を叩いている


◯281波音高校三年三組の教室(朝)

 雨が降っている

 朝のHRの前の時間

 神谷はまだ来ていない

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 鳴海、菜摘、明日香、嶺二、雪音が教室の窓際で話をしている


菜摘「汐莉ちゃん、休むんだって・・・風邪引いたみたい・・・」

雪音「汐莉がいなきゃ軽音部と打ち合わせ出来ないね」

鳴海「そうだな・・・今日は部活どうする?」

明日香「部誌を作りましょ」

嶺二「部誌は合宿の時でよくね?」

明日香「後回しにしないの」

嶺二「後回しじゃねえ、合宿の時にやるんだよ」

明日香「それを後回しって言うんですけどね」

鳴海「菜摘、合宿って今週末に出来そうなのか?」

菜摘「うん!昨日お母さんに聞いたらオッケーって」

鳴海「さすがゴッドマザー」

雪音「五人も泊まっていいって凄いね。お家広いの?」

菜摘「普通の一軒家だよ」

明日香「あれを普通って言う?」

嶺二「な。ちょーでけえ家だろ」

雪音「へぇー・・・楽しみ」

菜摘「そんなに期待したらがっかりすると思う・・・」

鳴海「そうか?大きな家って感じがするけどな・・・」


 首を横に振る菜摘


菜摘「五人も泊まればぎゅうぎゅうだよ。部室で作業する方がずっと楽じゃないかな」

嶺二「大きさは関係ねえ、部誌が書ければそれでいーんだ」

雪音「週末の予定は決まっとして、放課後はどうする?部誌作り?」

鳴海「南が休んでるんだしよ、たまには俺らも休暇を取ろうぜ」

菜摘「そうだね、文芸部って決まった休みの日がないし」

明日香「賛成。そろそろ勉強したい」

嶺二「お前ら休んでる暇なんかねえだろ」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「(嶺二の肩に手をポンと置いて)分かった、嶺二だけ休むな」

嶺二「(鳴海の肩に手をポンと置いて)俺は休む気なんかない。だから鳴海も休むな」

 

 再び沈黙が流れる


◯282波音高校特別教室の四/文芸部室(昼)

 雨が降っている

 昼休み

 部室で昼ご飯を食べている鳴海、菜摘、嶺二

 教室の隅にパソコン六台とプリンターが一台ある

 鳴海はコンビニの弁当、菜摘はすみれの手作り弁当、嶺二はコンビニのアメリカンドッグを食べている


鳴海「いや、いいだろまだそれは」

嶺二「こういうのは早めに始めた方がいいんだよ」

菜摘「でも、生徒会選挙って一ヶ月後じゃなかった?」

鳴海「ああ、確か十月の上旬だ」

菜摘「例年だと二週間くらい前から選挙活動始めてるっけ」

鳴海「そうそう。一ヶ月前から始めるなんて聞いたことがねえ」

嶺二「だからと言って二週間じゃ短過ぎる。俺たちがしくじったら朗読劇はパーになっちまうんだぞ?」


 嶺二はアメリカンドッグを食べ終え、棒を教室の中にあるゴミ箱へ投げ捨てる


鳴海「それで今日の放課後も休んでられねえってことか・・・」

嶺二「そーだ。立候補がどんだけいるのか分かんねえんだし、先におっ始めた方が有利になるだろ」

鳴海「まあな・・・」

菜摘「心配なのは分かるけど、部誌が終わってから取り掛かるべきじゃないかな」

鳴海「嶺二、たまには休みも必要だぜ?」

嶺二「(大きな声で)俺だって休みてえよ!!(少し間を開けて)けど手は打てる時に打っておきたいんだ。学園祭の時みたいにゴチャゴチャで終わらせたくはねえ・・・」

菜摘「嶺二くん、それは私たちも同じ気持ちだよ」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「順番ずつ、やっていくぞ嶺二。俺とお前でな」

嶺二「ああ」

菜摘「二人だけじゃなくて、みんなでやるんだよ?文芸部と軽音部の合同朗読劇なんだから」

鳴海「そうだな・・・全員が・・・全力で」

菜摘「(頷き)うん!!全力で!!」


 再び沈黙が流れる


嶺二「ごめんよ・・・」

鳴海「おいおい、嶺二が謝るとかレア過ぎるだろ」

嶺二「(小声でボソッと)今後も迷惑をかけるかもしれねえ」

鳴海「気にすんな相棒」

菜摘「合宿が終わったらみんなで響紀ちゃんのPRを考えよ?」

嶺二「合宿の後・・・でいいのか?」

鳴海「みんなが全力を出せる時の方がいいだろ?」

嶺二「そうだけどよ・・・」

菜摘「嶺二くん、今日は休んで。明日からの合宿に備えないと」

嶺二「あ、ああ・・・分かったよ、鳴海、菜摘ちゃん。今日の部活は無しだ」


◯283波音高校下駄箱(放課後/夕方)

 雨が降っている

 上履きからローファーに履き替える鳴海と菜摘

 下駄箱は下校する三年生がたくさんいる

 生徒たちは靴を履き替え、友人たちに別れを告げ、傘をさして帰っていく

 明日香が急いで下駄箱にやって来る

 慌てて靴を履き替える明日香


明日香「(急ぎながら)じゃあね二人とも!!」

鳴海「お、おう。また明日」

菜摘「明日香ちゃん、明日は着替えとか・・・」

明日香「(急ぎながら)分かってる!!」


 明日香は凄い勢いで傘もささず外へ出ていく


菜摘「行っちゃった・・・」

鳴海「明日香のことだから着替えくらい持って来るだろ」

菜摘「ううん、そうじゃないの・・・着替えは放課後取りに帰っても良いよって言おうとしたんだけど・・・」

鳴海「あー・・・明日はみんな直接菜摘の家に行くってことにしたらいいんじゃねえか?」

菜摘「そうだね・・・後でLINEしないと・・・」

響紀「菜摘先輩!!!」


 鳴海、菜摘が振り返る

 二人の後ろに響紀が立っている


菜摘「あ、響紀ちゃん。どうしたの?」

鳴海「(響紀を見ながら)こ、こいつ・・・もしかして・・・」

響紀「明日香様を探しているんです!!!」

鳴海「やっぱり・・・明日香ならさっき逃げるように帰って行ったぞ」

響紀「本当ですか?どこに行ったのか知ってます?」

鳴海「家だろ・・・」

響紀「家というのは、明日香様のご実家のことですか?」

鳴海「あ、ああ・・・ご実家のことだけど・・・」

響紀「なんだ・・・間に合わなかったか・・・」

菜摘「明日香ちゃんに何か用があったの?」


 響紀はポケットから一枚のチラシを取り出す


響紀「(一枚のチラシを鳴海と菜摘に見せて)これを差し上げようかと思って、今週末に行われるアイルランドのイベントのクーポンです」

菜摘「あ、アイルランドはさすがに行けないんじゃないかな・・・」

響紀「アイルランドでやるんじゃありませんよ。赤レンガ公園で行われるイベントです」

菜摘「な、なんだ・・・アイルランドにまで連れ出そうとしてるのかと思ったよ」

響紀「そんなことしません、明日香先様が飛行機テロに巻き込まれたどうするんですか」

菜摘「だ、だよね・・・」

鳴海「そのチラシ、見せてくれ」

響紀「(チラシを差し出して)どうぞ」


 チラシを受け取る鳴海

 鳴海、菜摘はチラシを見る

 “アイリッシュフェスティバル!!これに来ればあなたもアイルランド人!?”とチラシに書かれている

 チラシには料理、酒、パブ、雑貨、ライブの知らせと、出店のクーポン券がついている


響紀「美味しいご飯とかお洒落なお店がいっぱい開かれるんですよ」

菜摘「(チラシを見ながら)面白そうだね、これ、明日香ちゃんにあげるの?」

響紀「その予定だったんですけど・・・先輩、渡してくれません?」

菜摘「うん、いいよ」

鳴海「(小さな声で)な、菜摘・・・これ・・・今週末のイベントだぞ・・・」

響紀「今週末がどうかしました?」

鳴海「な、何でもない!(菜摘からチラシを奪い取り)あ、明日香に渡しておく!!」

響紀「ありがとうございます!良かったら先輩たちも遊びに来てください!」

鳴海「(不思議そうに)遊びに来て・・・?」

響紀「その紙一枚があれば何人でも割引されますよ」

菜摘「響紀ちゃんは行かないの?」

響紀「私は用事があるので」


◯284ファースフード店(放課後/夕方)

 雨が降っている

 ファースフード店の二階にいる鳴海と菜摘

 店の中は学校帰りの学生がたくさんいる

 鳴海と菜摘はジュースを飲みながら話をしている

 響紀から渡されたチラシがテーブルの上に置いてある


鳴海「(チラシを見ながら)全力で、なんて言ったそばから娯楽情報が舞い降りて来るとはな・・・」

菜摘「(チラシを見ながら)せっかく貰ったんだし、部誌を書き終えたらみんなで行こっか」

鳴海「(驚いて)えっ?いいのか?」

菜摘「レクリエーションがあった方がやる気も出るよ」

鳴海「れ、レクリエーションって・・・(少し間を開けて)ったく、嶺二の前で格好付けたのに、これじゃあ意味ねえな・・・しかも休め休めって言ってた割には直帰してねえし・・・」

菜摘「まあまあ。(かなり間を開けて)汐莉ちゃんと嶺二くん、大丈夫かなぁ・・・」

鳴海「南、明日も休んじまったら合宿不参加か・・・」

菜摘「うん、なるべく来てほしいけど・・・」

鳴海「南はともかく、嶺二は大丈夫だと思うよ。多分、あいつは少し焦ってるんだ」

菜摘「受験があるもんね」

鳴海「(頷き)推薦が貰えるか分からねえって状況なのに、よくもまあこんな無謀な作戦を思いついたよな・・・」

菜摘「ひょっとしたら嶺二くん、朗読劇を頑張れば・・・千春ちゃんと再会出来ると思ってるんじゃない・・・?」

鳴海「その考えは・・・理解出来ねえ・・・」


 少しの沈黙が流れる


鳴海「嶺二は・・・千春との再会を望んでいるだろうけどさ・・・そんな都合よく・・・簡単に会えるもんじゃないだろ・・・それに、今回の朗読劇は・・・千春と関係ない。俺は、みんなが全力でやったとしても、千春と再会出来るなんて思ってないよ」

菜摘「そっか・・・私は今でも思っちゃうなぁ。ふらっと千春ちゃんが部室にやって来るんじゃないかって」

鳴海「いつか、再会出来ると信じてるんだろ?」

菜摘「もちろん」

鳴海「菜摘・・・」

菜摘「ん?」

鳴海「千春との再会出来たら・・・奇跡だと思うか?」

菜摘「(笑顔で)めいびー」

鳴海「おい、それ俺の持ちネタ」

菜摘「違うよー。ただの英語だもん」

鳴海「そこでジャパニーズイングリッシュを使うのか・・・」

菜摘「(微笑みながら)意外?」

鳴海「してやられたよ」

菜摘「(微笑みながら)でしょ?」

鳴海「おう」

菜摘「鳴海くんはさ、信じるようになったの?」

鳴海「何を?」

菜摘「奇跡・・・」


 再び沈黙が流れる

 

鳴海「信じたいって思うようになったよ」

菜摘「気持ちが変わったんだね」

鳴海「そうか?自分じゃあんまり分かんねえな・・・」

菜摘「私が鳴海くんを良い方に変えたんだよ?」

鳴海「お、おお・・・それは・・・どうなんだ・・・?」

菜摘「改造成功ってこと!」

鳴海「つまり・・・俺は菜摘の言うところの良い人になったのか?」

菜摘「ちょっとだけね」

鳴海「ちょっとかよ!!!」

菜摘「ちょっとだって、凄いと思う。今まで信じてなかったものを、信じたくなったんだよ?私分かるんだ、変わるのってとても難しいことだから・・・(笑顔で)変化に融通が効く鳴海くんは、格好良いよ」

鳴海「(照れながら)あ、ありがとな」


◯285南家汐莉の自室(夜)

 机に向かって20Years Diaryに日記をつけている汐莉


汐莉「(声 モノローグ)合宿は明日の放課後から・・・もうこれ以上・・・変なことが起きないといいな・・・」

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