Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練 後編
向日葵が教えてくれる、波には背かないで
Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練
登場人物
神谷 志郎44歳男子
このChapterの主人公。数学教師、一年六組の担任。昨年度まで担当していた生徒たちが卒業し、新一年生を担当することになった。文芸部と生活環境部の顧問。妻とは別居中、孤独でひねくれた男。
南 汐莉16歳女子
このChapterにおける準主人公兼メインヒロインの一人。二年二組の生徒。明るく元気。軽音部と文芸部を掛け持ちしている。先輩が卒業してしまったため、汐莉が最後の文芸部員。バンド”魔女っ子少女団”のメインボーカル。歌とギターが上手い。20Years Diaryという日記帳で日々の行動を記録している。
荻原 早季15歳女子
このChapterにおけるメインヒロインの一人。新一年生、担任は神谷。どこかミステリアスな雰囲気がある女性徒。クラスでも浮いた存在。
神谷 絵美30歳女子
神谷の妻、現在妊娠中。
前原 駿22歳男子
大学を卒業したばかりの新人教師、一年六組の副担任、担当科目は体育。生徒に人気がある。
三枝 響紀16歳女子
波音高校二年二組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。生徒会役員、クールで男前キャラ、同性愛者で明日香先輩に惚れている。
上野 和成57歳男子
波音高校の校長。規律にうるさく、生徒がやらかさないよう教員たちに圧力をかけている
井沢 由香15歳女子
新一年生、一年六組の生徒。いわゆるスクールカーストの上位に君臨しているタイプの女生徒。
細田 周平16歳男子
波音高校二年三組の生徒。強いことで有名な野球部に所属している。ポジションはピッチャーで次期エースと名高い。汐莉のことが気になっているようだが・・・
永山 詩穂16歳女子
波音高校二年四組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。おっとりとしている。周平のことが気になっている。
奥野 真彩16歳女子
波音高校二年四組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。
コートの男
2m近くある正体不明の男、長く黒いコート、サングラス、マスク、黒いハット型の帽子が特徴、物語中盤から登場し、神谷を付け回す
天城 明日香19歳女子
昨年度に波音高校を卒業した文芸部の先輩、現在は波音町から少し離れた専門学校に通って、保育士の勉強をしている。
安西先生 56歳女子
家庭科の先生兼軽音部の顧問、少し太っている。二年二組の担任。神谷に何かと因縁をつけて来る生徒の一人
神谷 良子81歳女子
神谷志郎の母親。
神谷 栄一
五年前に病死した神谷の父親。
神谷 孝志男子
神谷志郎の兄、神谷より2歳年上。15歳の時に事故死している。
早乙女 菜摘18歳女子
昨年度に波音高校を卒業した文芸部の先輩。卒業前に体を壊し、今は自宅で大人しく過ごしている。鳴海と付き合ってる。
Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練 後編
◯136神谷の夢/東緋空公園(夕方)
夕日が公園を赤く照らしている
5、6歳くらいの神谷と早季が公園にいる
黒い野良猫がベンチの上で眠っている、その上をカーカー鳴きながらカラスが飛んでいる
他には誰もいない公園
公園の時計は5時前を指している
ヒグラシが鳴いている
神谷「早季が本当のお母さんなの?」
頷く早季
早季「私はみんなのお母さん」
神谷「そうなんだ・・・」
早季「信じてくれないの?」
神谷「(首を横に振り)ううん、信じるよ」
早季「良かった」
公園の外から神谷の家族が走ってやってくる
母親の良子、父親の栄一、兄の孝志の三人
良子、栄一の年齢は四十代弱、孝志は七、八歳
孝志「(神谷と早季を指差して)いた!!そこにいるよ!!!」
公園の中に入る三人
神谷「早季は後ろに隠れてて」
早季「う、うん」
神谷の後ろに隠れる早季
怖がっている早季
栄一、良子、孝志の三人が神谷に迫る
栄一「(怒鳴り声で)家に帰るぞ!!!!!!」
神谷「(大きな声で)嫌だ!!!!!!!!」
孝志が神谷の腕を無理矢理引っ張る
神谷「(抵抗しながら)や、やめろ!!!」
孝志「(神谷の腕を引っ張り)規則を破る奴がいけないんだ!!!!!!」
後ろに隠れていた早季が孝志の手を離させる
孝志「お前!!!なんで女と遊んでんだよ!!!!!」
神谷「(大きな声で)友達なんだからいいだろ!!!!!!!」
良子が一歩前に出て神谷の顔を思いっきり殴る
倒れる神谷
神谷に駆け寄る早季
良子「(怒鳴り声で)立ちなさい!!!!!!!!!」
早季に支えてもらいながらゆっくり立ち上がる神谷
神谷をもう一度殴ろうとする良子
早季「(大きな声で)やめて!!!!!!!!!」
神谷の前に立って神谷を庇おうとする早季
早季を殴る良子
倒れる早季
早季に駆け寄る
良子「(怒鳴り声)口出ししないで!!!!!!!」
神谷「早季!大丈夫!?」
早季「あ、あの人たちが・・・地球を吸い尽くしたの・・・」
神谷「地球?」
立ち上がる早季
早季「(大きな声で)お前なんか、地獄に落ちろ!!!!」
再び早季を殴る良子
倒れる早季
神谷「何すんだよ母さん!!!!!!」
神谷の腕を掴み、引きずる良子
神谷「(抵抗しながら)離して!!!!!!!」
引きずられる神谷を見て、笑って見ている栄一と孝志
神谷「(抵抗しながら)早季!!!!!!!」
ゆっくり体を起こす早季
早季「ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!」
早季は口からゴミの塊のような物を吐き出す
神谷「(大きな声で)早季!!!!!!!!!!」
神谷に向かって手を伸ばしている早季
神谷はどんどん引きずられていく
孝志「(早季を指差して)見て、父さん。あの子凄く汚いよ」
栄一「孝志、あれはね、毒電波なんだよ。近づいた人間を狂わせちまうのさ。だから関わっちゃダメだよ」
孝志「うん、分かった!」
手を繋いで歩く孝志と栄一
神谷「(抵抗しながら)離せこの!!!!!!!」
良子「(神谷を引きずりながら)お前は私を一生離せないし、永遠に勝てないよ」
ニヤニヤ笑いながら神谷のことを見下ろす良子
栄一、孝志もニヤニヤ笑いながら神谷のことを見ている
神谷「(抵抗しながら)嫌だ!!!!!!早季!!!!!!!!助けて!!!!!!!!誰か!!!!!!!!!!」
引きずられる神谷
◯137神谷家寝室(日替わり/朝)
目を覚まし体を起こす神谷
神谷の呼吸が荒い
カーテンの隙間から日光が漏れている
外ではセミが鳴いている
電子時計の日付が8/30になっている
神谷「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
神谷「(声 モノローグ)お袋の夢か・・・現実より嫌な夢だ・・・」
ベッドから出る神谷
◯138汐莉の夢/滅びかけた世界:波音高校廊下(昼)
汐莉しかいない廊下
廊下はゴミ、使い古され防災道具、学校の教材、生徒たちの道具、骨となった遺体が転がっている
ゆっくり廊下を歩いている汐莉
汐莉が歩くと、ゴミが割れるような音が響く
少し歩いた後、ある教室の前で立ち止まる汐莉
特別教室の四と書かれた教室
教室の扉をゆっくり開ける汐莉
教室に入る汐莉
◯138汐莉の夢/滅びかけた世界:波音高校特別教室の四/旧文芸部室(雨)
教室の中を見ている汐莉
教室の中に半壊している旧式のパソコン六台と同じく半壊している旧式のプリンターが一台ある
椅子や机、教室全体に溜まりまくった小さなゴミ
教室の窓際には白骨化した遺体が二体並んで壁にもたれている
一体の遺体は手に20Years Diaryという日記を抱えている
日記を持っている遺体に近づく汐莉
汐莉は震える手で日記を取る
汐莉の呼吸が早くなっている
汐莉は日記を開く
一番最初のページを見る汐莉
”記録者 南汐莉"と書かれている
汐莉は日記を落とす
泣いている汐莉
日記を持っていた遺体を見つめる汐莉
遺体の目にはうじ虫が湧いている
気を失いその場で倒れる汐莉
◯139南家汐莉の自室(日替わり/朝)
目を覚まし体を起こす汐莉
涙が汐莉の頬を伝う
涙を拭う汐莉
カレンダーは8月になっている
◯140神谷家リビング(朝)
リビングにやってきた神谷
◯112の頃に比べて痩せている神谷
外ではセミが鳴いている
キッチンに行く神谷
冷蔵庫から缶ビールを2缶とカットされたパイナップルを取り出して調理場に置く神谷
キッチンの隅に置いてあったダンボールからバナナ、ブドウ、さくらんぼ、ラズベリーを取り出して調理場に置く神谷
キッチンの引き出しからミキサーを取り出して調理場に置く神谷
ミキサーのケーブルをコンセントに差し込む神谷
シンクの中には洗い物がたくさん残されている
ポケットからスマホを取り出し調理場に置く神谷
スマホでYouTubeを開く神谷
検索欄に”Z・刻を越えて”と入力する神谷
鮎川麻弥のZ・刻を越えてをタップする神谷
缶ビールを2缶開ける
Z・刻を越えてが流れ始める
ビールをミキサーに注ぐ神谷
バナナの皮を剥いて、バナナをミキサーの中に入れる神谷
ぶどうを皮ごとミニサーに入れる神谷
さくらんぼのヘタを取ってミキサーに入れる神谷
ラズベリーとカットされたパイナップルをミキサーに入れる神谷
ミキサーの蓋をし、電源を入れる神谷
ミキサーの蓋の上に、重りとして土鍋の蓋をの乗せる神谷
神谷は缶ビールに残ったビールを飲み干し、キッチンを離れる
◯141南家汐莉の自室(朝)
部屋着から出掛け用の服に着替えている汐莉
◯142神谷家リビング(朝)
Z・刻を越えてが爆音で流れている
ミキサーの中の果物は砕け、ビールと混ざっている
着替えを終えた神谷
踊りながらZ・刻を越えてを大きな声で歌っている神谷
神谷「(♪Z・刻を越えて)ときを乗り越え!!熱い時代へと!!移るだろうと!!信じているから!!」
踊りながらキッチンに戻る
Z・刻を越えてが終わる
ミキサーの電源を切る神谷
土鍋の蓋とミキサーの蓋を外す神谷
果物ビールジュースの匂いを嗅ぐ神谷
神谷「(声 モノローグ)ガキの頃からこれを飲んでいれば良かった。余計な毒ばっかり食わせやがって」
ミキサーボトルを取り外し、ドロドロとした果物ビールジュースを直飲みする神谷
スマホを置いたまま、ミキサーボトルを持って自室に行く神谷
◯143神谷家志郎の自室(朝)
壁一面に新聞、本の切り抜き、早季の遺書、ベクシンスキーのイラスト、汚れた海の写真、怪我を負った動物の写真、少年兵の写真、原爆ドームの写真、地球温暖化を示したグラフなど様々な資料が貼られている
壁の中心にあるのは大きな赤い字で”子供たちに教えて”と書かれた早季の遺書
部屋はたくさんの本と紙類で散らかっている
神谷は壁を見ている
ミキサーボトルの果物ビールジュースを飲む神谷
神谷「(声 モノローグ)世界は混沌としているが、その理屈は理解出来る。要は乗り越えられるか、乗り越えられないか・・・地球と共に死ぬか、生き残るか」
◯144南家玄関(朝)
スニーカーを履く汐莉
鍵を持って家を出る汐莉
神谷「(声)終末に向かう世界には試練が課せられた」
◯145カフェ(昼前)
テラス席にいる汐莉
セミが鳴いている
テラス席では、大学生くらいの女子たちが楽しそうに話をしている
全く飲んでいないアイスティーが汐莉の目の前に置いてある
20Years Diaryで日記をつけている汐莉
神谷「(声)少年兵の死者が増えている。彼らの多くは自爆だ」
日記をつけていた汐莉の手が止まる
神谷「(声)私が少年兵なら自爆する時、両親を恨むだろう。恨まれても当然だ。恨まれるだけじゃ済まされない、片道切符の地獄行きが確定する」
汐莉は片手で頭を押さえ、日記を書き続ける
時間経過
少しすると天城明日香が走ってやってくる
日記を閉じる汐莉
明日香「遅れてごめん!」
汐莉「こちらこそ忙しい時にすいません」
明日香「(椅子に座りながら)ううん、気にしないで。(少し間を開けて)会うのって・・・」
汐莉「春休み以来です」
明日香「そっかー、もうそんなに経つんだ・・・」
テーブルの上に立ててあったメニューを手に取る明日香
明日香「(メニューを見ながら)汐莉のそれ、アイスティー?」
汐莉「あ、はい」
明日香「(メニューを戻して)私も同じのにしよ」
手をあげて近くの店員に声をかける明日香
明日香「アイスティー一つ」
店員「アイスティーお一つですね、かしこまりました」
注文を聞いた店員は中に入っていく
明日香「(汐莉のアイスティーを見て)全然飲んでないようだけど・・・美味しくないの?」
汐莉「あっ、いや・・・(アイスティーを飲んで)美味しいです」
明日香「汐莉・・・少し痩せたよね?」
汐莉「そうですか?」
明日香「うん。ちゃんと食べてないんでしょ?」
汐莉「(少し笑いながら)明日香先輩、鳴海先輩にも似たようなこと言ってましたよ」
明日香「そうだっけ?」
頷く汐莉
店員がアイスティーを運んでくる
店員「(アイスティーを置いて)お待たせしました、アイスティーでございます」
伝票を置く店員
店員「ごゆっくり」
汐莉と明日香のテーブルから離れ、店内に戻る
明日香「汐莉、どうかしたの?」
汐莉「えっ?どうかって?」
明日香「話があるんでしょ?」
汐莉「(俯き)は、はい・・・」
明日香「悩みがあるなら遠慮しないで話して。響紀も汐莉のことを心配してるよ」
汐莉「(俯いたまま)響紀が・・・」
明日香「部活・・・行ってないの?」
俯いたまま頷く汐莉
明日香「(心配そうに)響紀から軽音部のメンバーを避けてるって聞いたんだけど・・・」
汐莉「避けてるわけじゃ・・・」
明日香の右腕につけてるブレスレットが太陽の光を反射させてキラキラと光っている
ブレスレットをつけていることに気が付く汐莉
響紀とお揃いのブレスレット
ブレスレットを見ている汐莉
明日香「学園祭・・・残念だったね」
汐莉「知ったような口利かないでください!」
明日香「汐莉・・・」
汐莉「ごめんなさい・・・明日香先輩・・・」
明日香「(首を横に振り)ううん」
少しの沈黙が流れる
明日香「学園祭、楽曲は何を予定してたの?」
汐莉「夢見る少女じゃいられないとか・・・カントリーロードとか・・・」
明日香「汐莉の歌、また聞きたいなぁ」
汐莉「カントリーロードはデモテープで撮ってあるんで、響紀に言えば音源聞けますよ」
明日香「それはありがたい。こう見えても私、魔女っ子少女団のファンだからね」
汐莉「明日香先輩」
明日香「何?」
汐莉「最近・・・菜摘先輩と会いましたか?」
明日香「いや・・・会ってないけど・・・汐莉は会ったの?」
汐莉「会ってないです」
明日香「菜摘には・・・鳴海がついてるから大丈夫でしょ」
汐莉「会わないんですか」
明日香「忙しいから、今はちょっと無理かな・・・」
汐莉「明日香先輩は、響紀とデートする前に菜摘先輩と会うべきです」
明日香「菜摘に何かあったの?」
汐莉「分かるんです、明日香先輩は菜摘先輩と会った方がいい」
明日香「そういう汐莉は、菜摘と会わないの?」
汐莉「私は先に・・・済ませましたから・・・」
明日香「済ませたって?」
汐莉「菜摘先輩の体調は・・・」
明日香「やめてよ汐莉・・・縁起悪い・・・」
汐莉「縁起悪いって思うんだったら、菜摘先輩と会ってください」
明日香「忙しいって言ったでしょ、試験前なの」
再び沈黙が流れる
汐莉「先輩、響紀と付き合ってるんですか?」
明日香「付き合ってるって・・・聞かれても・・・」
汐莉「分からないんですか」
明日香「女の子と付き合った経験なんかないし・・・そもそも響紀がどう思ってるのか・・・」
汐莉「響紀は明日香先輩のこと、好きですよ。先輩は響紀のこと好きなんですか?」
顔を赤くしている明日香
明日香のことをまっすぐ見つめている汐莉
明日香「(顔を逸らして)す、好きだけど・・・」
再び沈黙が流れる
汐莉「響紀のこと、お願いしますね。先輩」
明日香「変な言い方しないでよ、平日の昼間は汐莉の方が響紀と一緒にいるんだから」
汐莉「私、近々学校辞めると思います」
明日香「(驚いで)や、やめる!?本気!?」
汐莉「はい」
明日香「汐莉・・・今の冗談だよね?」
汐莉「鳴海先輩や嶺二先輩じゃあるまいし、私はそんな冗談言いません」
明日香「(動揺しながら)で、でも何でよ?何が理由なの?」
汐莉「どんな理由を聞いたって、明日香先輩は辞めるなって言うんじゃないかな・・・」
明日香「そりゃそうでしょ。久しぶりに会った後輩が退学するって言ったら普通誰だって止めるからね」
汐莉「許してくださいよ先輩」
明日香「汐莉が辞めたいなら、良いと思うけど・・・理由は教えてくれない?」
汐莉「学校は・・・違うんです。疲れちゃったっていうか・・・」
明日香「ご両親には・・・」
汐莉「まだ言ってません」
明日香「大丈夫なの?」
汐莉「大丈夫じゃないと思います。でも、私の人生の選択に親は関係ありませんから」
明日香「汐莉・・・変わったね」
汐莉「私より先に先輩たちが変わったんですよ、みんな自分の道に進み始めたから・・・」
明日香「ごめんね、文芸部のこと・・・汐莉一人に任せて・・・」
汐莉「私こそ、せっかく先輩たちが残してくれたのにすいません」
明日香「結局・・・歴史の浅い部活になっちゃったか・・・」
汐莉「はい・・・」
明日香「菜摘の体調が良くなったら、またみんなで・・・」
突然頭を押さえる汐莉
明日香「(心配そうに)どうしたの?大丈夫?」
汐莉「(頭を押さえながら)だ、大丈夫です・・・こ、声が聞こえるだけなので・・・」
明日香「(心配そうに)声?誰の声が聞こえるの?」
汐莉「先輩・・・運命って信じますか・・・」
明日香「し、信じないけど・・・」
ふらふらと立ち上がる汐莉
汐莉「未来を・・・変えようと頑張ってる人がいます・・・辛いけど・・・私も頑張らなきゃ・・・」
明日香「ちょ、ちょっと汐莉!」
汐莉「す、すいません先輩・・・私帰ります・・・」
汐莉は財布からアイスティー分のお金を置き、頭を押さえながら走る
明日香「(大きな声で)し、汐莉!!!待って!!!!!」
明日香の言葉を無視して汐莉はどこかに行ってしまう
テーブルの上には汐莉が残していったアイスティーと20Years Diaryが置いてある
日記を忘れていることに気づく明日香
日記を手に取り、ため息を吐く明日香
明日香「(日記をカバンにしまい)もう・・・日記置き忘れてるし・・・」
◯146東緋空公園(昼過ぎ)
公園には夏休み中の小学生や子連れの大人がたくさんいる
水鉄砲やボールで遊んでいる子供たち
セミが鳴いている
ベンチに座って、遊んでいる子供たちを眺めている神谷
神谷「(声 モノローグ)時々私は、こうやって公園に来ては子供たちの遊ぶ姿を眺め戒める」
小さい女の子を連れた女が神谷のことを睨んでいる
神谷「(声 モノローグ)親たちは私を小児性愛者だと思ってそうだ・・・勘違いも甚だしい。そんな大人、焼け死んでしまえ」
子連れの女は子供を引っ張って行く
母親に引っ張られる小さい女の子
女の子に手を振る神谷
女の子は神谷に手を振り返す
女の子は手を振り返したことで母親に叱られる
娘の腕を引っ張り、叱りながら公園を出る女
公園の外で女の子が泣き出す
泣いていることはお構いなしで女の子を連れて行く母親
神谷「(声 モノローグ)可哀想だが・・・今はどうしてやることも出来ない。成長を焦らなくても、今の社会じゃ復讐は実現するのさ。世界の腐敗と親殺しの数は相関関係にあるんだ」
神谷が座っているベンチの後ろから、黒い野良猫がトコトコ歩いてくる
黒い野良猫はゴロゴロと音を鳴らしながら、神谷のふくらはぎ下に擦り寄っている
誰かが後ろから神谷の肩を叩く
汐莉「神谷先生!」
振り返る神谷
神谷の肩を叩いたのは汐莉
神谷「(驚いて)汐莉!久しぶりだな!」
汐莉「二度も公園で会うなんて、びっくりです!!」
神谷「先生もだよ」
汐莉は神谷の隣に座る
神谷との距離が近い汐莉
夏服を着ている汐莉
神谷「その格好・・・学校帰りか・・・夏休みなのに学生も大変だな」
汐莉「神谷先生に比べれば生徒の苦労なんて、小さなもんですよ?」
神谷「そうか・・・」
汐莉「先生は公園で何をしてるんです?」
神谷「子供の観察さ」
汐莉「先生って・・・もしかしてロリコン?」
神谷「観察っていうのはジョークだよ」
汐莉「なんだ〜、ロリコンかと思いました」
神谷「確かに波高の先生たちはほとんどロリコンだけど、俺は違うぞ?」
汐莉「分かってます、ちょっとからかっただけですよ」
神谷「先生をからかうとは・・・汐莉は度胸があるな」
汐莉「神谷せんせー!もっと褒めてくださいな!」
神谷「度胸ってのはな、今の大人たちが失った大事な精神力なんだ。そんな力を持ってるなんて偉いよ」
汐莉「先生にもありますよね?度胸」
神谷「情けない話だけど、先生は全然だ・・・」
汐莉「私、神谷先生が勇敢で賢い大人だってこと、知ってますから!!」
神谷「ありがとう、汐莉は本当に良い子だな。公園にいる他の大人たちにも見習って欲しいよ」
汐莉「この公園にいる親たちはダメな大人です、先生のことを誤解してます」
公園にいる子連れの大人たちは神谷のことを見て気味悪がっている
大人たちを睨む汐莉
神谷「良いんだ。中年の男なんてどこに行っても嫌われ憎まれる存在さ」
汐莉「私は先生のことが好きですよ」
神谷「そりゃ嬉しい申し出だが、汐莉、君には若い男の子がお似合いだろう」
汐莉「先生」
神谷「ん?」
汐莉「神谷先生は寂しくないんですか?」
神谷「先生には寂しいって感情が分からないな。 (かなり間を開けて)嫌われ、憎まれ、数え切れないほどの悪意に触れてきたけど、寂しいという感情には発展しないんだ」
汐莉「家族が恋しいと思いません?」
神谷「母とは長いこと会ってないからな・・・」
汐莉「お盆は終っちゃいましたけど、実家に帰ったらどうですか?」
神谷「実家か・・・」
汐莉「神谷先生も今は夏休みなんですから!!残り数日は実家で過ごすってのも良いと思いますよ!!」
神谷「いや・・・俺は嫌われてるから・・・」
汐莉「お母様に何かお土産を買ったら良いのでは?」
神谷「お土産ね・・・うるさい女の人だからなぁ・・・何が良いんだかさっぱり」
汐莉「お母様の好きな物はなんですか?」
神谷「好きな物・・・好きな物・・・何だったかな・・・(少し間を開けて)確か・・・花が好きだった気がする」
汐莉「じゃあお花を買って行きましょうよ!」
神谷「まだ帰るとは言ってないぞ」
汐莉「えー」
神谷「汐莉、俺はこれでも忙しいんだよ」
汐莉「そんなー、逃げるのズルですよー」
神谷「いいや、逃げるのも一種の作戦だ」
汐莉「顔を出すだけでいいのにー」
神谷「(笑いながら)顔を出すのが嫌なんだよ」
少しの沈黙が流れる
汐莉「これは例え話なんですけど・・・」
神谷「おう」
汐莉「親猿と小猿をそれぞれ一直線の端と端に配置したとしますね。親子の間にはトゲの道があります。ここでクイズです、親子はどうすると思いますか?」
神谷「親猿が自分を犠牲にして小猿を迎えに行くんだろ?」
汐莉「ブッブー!!違います!!」
神谷「答えを教えてくれ」
汐莉「正解は・・・小猿が親猿の元に行く、でした!」
神谷「その小猿はどうなるんだ?」
汐莉「下手すれば死んでしまうでしょうね。でもそれが生き物ですよ、どんな生き物でも親の愛に飢えてるんです。愛情を注がれずに育った生き物はすぐに死んでしまいますから」
神谷「例え話じゃないのか?」
汐莉「もちろん、純愛な例え話ですよ」
神谷「生き物ってのは親から逃げられないのか・・・」
頷く汐莉
汐莉「神谷先生、モヤモヤ悩むより行動です!!会った方が楽になるかもしれませんよ!」
再び沈黙が流れる
汐莉「それに・・・力の関係は変わってるじゃないですか」
立ち上がる神谷
神谷「今日を逃したらもう次は無さそうだな・・・(少し間を開けて)分かった、汐莉がそんなに言うなら行くよ」
汐莉「おおっ!頑張って先生!!」
神谷「(頷き)ああ。汐莉、じゃあまたな」
汐莉「さようなら先生。今までありがとうございました」
神谷は歩き出す
公園を出る神谷
神谷が座っていたベンチの下には黒い野良猫がいる
汐莉はいなくなっている
神谷「(声 モノローグ)ありがとう汐莉、いつだって君は最高の別れをしてくれるね。母親とはなんなのか、この目で確かめさせてもらうよ」
コートの男が神谷の後ろを尾けている
神谷はコートの男の存在に気がついてない
◯147花屋(夕方)
夕日の赤い光が花屋に差し込んでいる
ラベンダーの花束を見ている神谷
ラベンダーの花束を手に取る神谷
神谷「(声 モノローグ)ラベンダーにしよう。私が愛してる大っ嫌いな女にはこれがいい」
ラベンダーの花束をレジに持っていく神谷
黒いコートの男が隠れながら神谷の買い物を見ている
◯148神谷の実家前(夜)
ボロくて古い一軒家
ラベンダーの花束を手に持っている神谷
インターホンを押す神谷
少しすると、神谷良子が玄関を開ける
神谷「母さん・・・」
少しの沈黙が流れる
神谷「家に・・・入れてくれないか」
◯149神谷の実家リビング(夜)
古くて埃っぽい家の中
椅子に座っている神谷
良子はキッチンでラベンダーの花束を花瓶に移し替えている
神谷「母さん、花好きだったよね?」
良子「(花瓶に水を入れながら)馬鹿だね。花は人が死んだ時に飾るんだよ」
花瓶を適当に置いて、椅子に座る良子
良子「言っとくけど、金は貸せない」
神谷「分かってる」
首を掻き毟る良子
ポロポロと良子の皮膚がテーブルに落ちる
良子の首は赤く血が出ている
良子「知ったかぶりをするその態度、どうにかならないのかい」
神谷「ごめん」
良子は再び首を掻き毟る
良子「それで、何しに来た?」
神谷「母さんと話がしたかったんだ」
良子「私はお前と話すことなんか何もないよ。さっさと帰ってくれ」
少しの沈黙が流れる
神谷「父さんの葬式ぶりに会うんだぞ、ちょっとくらい話をしたっていいじゃないか」
良子「よく言うよ、誰よりも早く葬式会場から逃げたのはお前なのに」
神谷「あの時は仕事が忙しかったんだ。ちょうど試験前で生徒の面倒を見なきゃいけなかったし」
神谷の頬をビンタする良子
良子「育ててくれた親よりよその子を選ぶなんて恩知らずだね」
叩かれた神谷の頬は赤くなっている
神谷「あなたは教育を間違えてる。子供を力づくで制御しようなんて・・・したいこともさせてもらえず、親の顔色を伺って育ったんだぞ俺は」
良子「図体ばかりでかくなって今更泣き言を言うのかい。お前はまだ子供だね、卑猥な嫁の元に帰って慰めてもらいな」
再び沈黙が流れる
神谷「どうして俺に冷たくする?あんたも、父さんも、兄さんも、他のみんなだってそうだ。なんでそんな簡単に人をあしらえるんだ?」
良子は神谷を馬鹿にするように笑う
良子「みんなお前のことが嫌いなんだよ。嫌いな理由は何かって?理由なんてないよ、直感的に憎いんだ」
首を掻き毟る良子
神谷「なんで・・・優しくしなかった」
良子「(首を掻き毟りながら)優しさで生きていけるほど、社会は甘くないね」
神谷「人が人に優しくしないからこんな社会になったんだろ!!」
良子「(首を掻き毟りながら)酷い態度だよ。私は文句一つ言わずにお前のことを育てたのに」
神谷「あなたのような自分勝手な大人がいるせいで!!!!世界は・・・地球は・・・早季は・・・泣いてるんだぞ!!!!」
良子「(首を掻き毟りながら)泣いてる奴が悪いって、その年にもなっても分からないのかい」
神谷「(立ち上がり)もういい!!あんたは俺の親じゃない!!!!やっぱり早季や地球が俺の親なんだ!!!!!」
良子「(首を掻き毟りながら)お前は母親から全てを奪ったんだよ」
テーブルの上には良子の皮膚のカスが散らばっている
動きが止まる神谷
神谷「何の話だ」
良子「人殺しのくせに、のこのこと家に帰ってくるなんてね」
首を掻き毟る良子
椅子に座る神谷
良子「(首を掻き毟りながら)孝志を事故に遭わせたのも、入院中の父さんを殺したのも・・・お前なんだろう?」
神谷「ごめん、聞こえなかったからもう一回言ってくれ」
良子「(首を掻き毟りながら)お前が後ろから孝志の背中を押したね」
神谷「えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら)孝志は信号を無視するような子じゃなかった」
少しの沈黙が流れる
神谷「えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら)父さんだって、お前が見舞いに来た直後に死んだんだよ」
神谷「母さんが何を喋ってるのか分からないな、外国語か?」
良子「(首を掻き毟りながら)お前なんか死ねばいい」
神谷「(笑顔で)えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら)死ね」
神谷「(笑顔で)えっ?」
良子の首を掻くスピードが上がる
良子「(首を掻き毟りながら)死ね、死ね」
神谷「(笑顔で)えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら)死ね、死ね、死ね」
神谷「(笑顔で)えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら)死ね、死ね、死ね、死ね」
神谷「(笑顔で)えっ?」
良子「(首を掻き毟りながら大きな声で)お前が死ねば良かったんだ!!!!!!早く死ね!!!!!!!!」
良子が首を掻く音だけが響いている
笑顔の神谷
神谷は前のめりになって、良子の手を止めようとする
良子は神谷から逃げようとするが、神谷は良子の両腕を掴む
神谷「(良子の両腕を掴んだまま笑顔で)母さん、じっとして」
良子「は、離すんだ」」
神谷「(良子の両腕を掴んだまま)何をそんなに怖がってるのさ」
どんどん体を前に出す神谷
神谷の上半身はほとんどテーブルの上に乗っている
神谷の顔と良子の顔は30cmほどの距離しかない
良子「(抵抗しながら)お、お前は私に勝てないよ」
神谷「(良子の両腕を掴んだまま笑顔で)永遠に勝てなくて、一生離れられない関係なんだろ?知ってるよ。俺は母さんのことを愛してるから、母さんも俺を愛して欲しいな」
良子「(抵抗しながら)き、気持ち悪い!!離れろ!!!」
神谷「(良子の両腕を掴んだまま笑顔で)でも同時に恨んでるよ、よくもまあこんな世界で無責任に生んでくれたね。(徐々に笑顔ではなくなり)五体満足なら良いってか?違う、違うだろうが。この罪は償ってもらうぞ」
良子「(抵抗しながら)や、やめな・・・」
神谷は良子の細い両腕を片手で握りしめ、もう片方の手で良子の口を押さえる
神谷「(片手で良子の両腕を押さえ、もう片方の手で良子の口を押さえながら)黙っててくれ、一度だけでいいんだ。俺の話を聞いてほしい」
抵抗しながら首を横に振る良子
神谷「(片手で良子の両腕を押さえ、もう片方の手で良子の口を押さえながら)学校の屋上から一人の生徒が飛び降りた。なんで飛び降りたと思う?ああ、ごめんごめん。口を押さえてるから答えられないんだった。その子はね、地球と子供たちの未来を心配してたんだよ。母さんは子供が残酷なまでに従順だって知ってるだろ?子供は希望なんだ、子供を恣意的に扱えるほどあんたは偉くない!!(大きな声で)分かったか!!!!」
首を何度も縦に振り、頷く良子
良子の両腕と口を押さえるのをやめる神谷
神谷「分かったな?」
首を掻き毟る良子
良子「(首を掻き毟りながら)こんな育ち方をするくらいだったら、教師になんか・・・」
掻く動作が止まり、突然苦しそうにしだす良子
神谷「母さん?」
良子は椅子から落ちて倒れる
良子に駆け寄る神谷
神谷「(良子の両肩を激しく揺さぶり)母さん!!しっかりするんだ!!!」
良子「や・・・やめ・・・」
呼吸困難になっている良子
神谷「今救急車を呼ぶ!!!」
ポケットからスマホを取り出す神谷
119番に電話をする神谷
コール音が鳴っている間に、良子が息途絶える
神谷「(良子の両肩を激しく揺さぶり)母さん!!母さん!!!」
神谷は一旦電話を切る
神谷「(声 モノローグ)母は死んだのか?」
立ち上がる神谷
死んだ良子を見下ろしている神谷
良子の首は赤く、痣のような物がある
神谷「(声 モノローグ)つまらない別れ方だ、呆気ない」
神谷は再び119番に電話をする
◯150神谷の実家前(夜)
神谷の実家の前に救急車が止まっている
酸素マスクをつけた良子がストレッチャーで運ばれて行く
救急車に乗り込む神谷
救急車がサイレンを鳴らしながら発車する
◯151救急車内(夜)
たくさんの医療道具と二人の救急隊員がいる救急車
心電図からピーという一定の音が流れ続けている
救急隊員は人工マッサージで心肺蘇生を試みている
AEDを取り出す救急隊員2
神谷は座ってボーッとその様子を眺めている
救急隊員1「(心臓マッサージをしながら)あなたは何でもいいから声をかけてください!!!!!」
神谷「声?何のために?」
救急隊員1「(心臓マッサージをしながら)お母様が死にかけているんです!!!!!助けるには家族の力がいるんですよ!!!!!!」
神谷「いや、俺は感電したくないから離れて見てるよ」
AEDの電源を入れ、電極パッドを左胸と右胸に貼る救急隊員2
救急隊員2「お、おい!!!(良子の首を指差して)なんだこの痣は!!!!」
良子の首は掻いて出来た擦り傷に加え、くっきりとした手形の痣が浮かんでいる
痣を見る救急隊員1
救急隊員1「こ、この痣は・・・もしかしてあなたが・・・」
救急隊員の二人が神谷のことを見る
神谷「人を疑うな、自分たちの実力を疑えよ」
◯152病院/スタッフの個室(深夜)
椅子と机しかない簡素な小部屋にいる神谷と警察官二人
若い警察官と中年の警察官の二人
警察官から話を聞かれている神谷
神谷「だから何度も話したじゃないですか。急に母が苦しみ始めたんですよ」
警察官1「首の傷は前からあったと?」
神谷「はい」
警察官2「首の傷というのは痣の方ですよ、分かってるんですか?」
神谷「分かってますよ」
警察官1「いいでしょう、今日は帰っても構いません。その代わり、お母様の遺体はこちらで預かります」
神谷「好きなように解剖してください」
立ち上がる神谷
警察官1「待ちなさい、電話番号と住所を書いて」
ペンと紙を差し出す警察官1
電話番号と住所を走り書きする神谷
神谷「では」
個室を出る神谷
◯153病院外(深夜)
タクシー乗り場で、タクシーを待っている神谷
神谷の後ろには病弱そうな色白の少年を連れた母親らしき女がいる
少年は携帯型酸素ボンベをカートに入れて持っており、鼻にはカニューレが通っている
少年と母親は手を握っている
神谷は少年と少年の母親のことを見ている
涙を流す神谷
一台のタクシーがやってくる
神谷「(涙を流しながら)先に乗ってください」
少年の母親「えっ?」
神谷「(涙を拭って)先に乗ってください」
少年「いいんですか?」
神谷「(頷き)ええ」
少年の母親「すみません、ありがとうございます」
神谷のことを見ている少年
少年「(ポケットからアメを取り出して)これ、あげる」
神谷「いいのかい?」
少年「うん。僕、食事制限があって食べられないんだ」
神谷「そっか・・・(アメを受け取り)ありがとう」
タクシーが少年と少年の母親の前に止まる
タクシーの扉が開く
少年「元気出してね、(手を振って)バイバイ」
少年の母親は神谷に頭を下げる
タクシーに乗る親子
タクシーが走り出す
少年が後部座席から神谷に手を振っている
やがてタクシーは遠くに行き少年が見えなくなる
手のひらにある貰ったアメを見ている神谷
手のひらにポタポタと涙が溢れる
神谷「(声 モノローグ)私は何をした?何をしてる?何がいけない?私の何がいけなかったんだ?誰でもいい・・・誰か・・・私の人生と世界がどこでおかしくなったのか教えてくれ・・・何故優しい少年に辛い人生を背負わせる・・・こんな悲しい世界嫌だ!!!!まともじゃいられない!!!!心が変になる!!!!!!」
その場にしゃがみ込む神谷
誰かが神谷の後ろからハンカチを差し出す
振り返る神谷
ハンカチを差し出していたのは早季
早季の服装は夏服
早季「(ハンカチを差し出して)大丈夫ですか?」
神谷「(涙を流しながら)さ、早季・・・」
早季「先生、私はまだ人の心が死んでしまったとは思ってません」
立ち上がりハンカチを受け取る神谷
涙を拭く神谷
◯154公園(深夜)
病院の近くの公園にいる神谷と早季
二人はブランコに乗っている
二人以外は誰もいない公園
公園の時計は深夜2時前を指している
袋からアメを出し食べる神谷
早季「母親と対峙したんですね、過去の自分を慰められましたか?」
神谷「分からない・・・(かなり間を開けて)人は縛られる生き物だ・・・過去、夢、運命、重力、親、恋人、子供、仕事、病気、自由になんかなれやしない」
早季「もう少し頑張ってください・・・私は神谷先生の側にいます」
神谷「約束は守るよ。俺は生徒を裏切らない、最後まで味方でいたいんだ」
早季「先生・・・」
神谷「この世界にある問題は全部の先生の責任だからな」
早季「先生、その厳しさは自分を殺しますよ」
神谷「時々、誰かに助けを求めたくなる。でももういいんだ。俺が死んだって、俺が壊れたって誰も気にしない。だから俺なんだ、だから俺がやらなきゃいけない」
早季「それで・・・いいんですね?」
神谷「ああ、他の大人には任せられないよ。自分のことしか頭にない大人には出来ない仕事だ」
少しの沈黙が流れる
早季「先生、質問・・・していいですか」
神谷「先生が分かることなら答えよう」
早季「神谷先生の真っ直ぐ過ぎる愛が・・・人の心にまで届いてるようです。私には分かりません、実の母親から冷たくされて、人に恵まれない先生が・・・どうしてそんなに愛を持てるんでしょう?」
神谷「(少し笑いながら)こればっかりは俺にも分からないよ」
早季「私にも先生の想いが伝わってきます」
神谷「そりゃさぞ迷惑してるだろ?俺の想いなんて・・・聞かない方がいい」
首を横に振る早季
神谷「俺の心は汚れてるよ。世界や社会と違って心は直せないんだ」
早季「そんなあなたから愛を感じるんです。心が汚れていても、壊れていても、神谷先生の愛は海のように綺麗・・・昔の緋空みたい・・・」
神谷「地球と子供たちを愛する気持ちに変わりはないからね」
早季「その愛は先生の子供にも向けてあげてほしいです」
神谷「子供か・・・もう生まれてるかもしれないな・・・」
早季「会いたくはありませんか?」
頭を抱える神谷
再び沈黙が流れる
神谷「(頭を抱えながら)クソ・・・クソ・・・このままじゃ俺は子供を捨てた親になる・・・ダメだ・・・それはダメなんだ・・・許されないんだ・・・」
早季「親の愛情は大事ですよ」
神谷「(頭を抱えながら)分かってる・・・あの女は信用出来ない・・・畜生・・・学校に利用されたクソ女が・・・」
早季「先生・・・逃げないでください」
神谷「(頭を抱えながら)か、可哀想だが・・・子供は殺すしか!!!!それともあの女を!!!!!」
アメを噛み砕く神谷
神谷「(頭を抱えながら)俺と同じを思いをさせるわけにはいかない・・・幸せな幼少期を過ごせなければ・・・生まれてきた意味なんて!!!!」
早季を見る神谷
神谷「母さんはどう思う?」
早季「責任を持って育てるべきです」
神谷「母さん、俺の子は望んで生まれて来るわけじゃないんだ」
早季「生き物は誰だってそうですよ。生まれたいとか・・・死にたいとか・・・そんな感情は無視されます」
神谷「でもこんな世界に生まれるのは可哀想だと思わないか?」
早季「運命ですから・・・」
神谷「可哀想だ・・・いっそ先生が楽にしてやろうか・・・(かなり間を開けて)殺せばいい、いや・・・俺だって殺したくない、殺した方が子供のためになる、殺さない方が子供のためになる。殺してはダメ・・・殺すのは許されない・・・俺は愛してる・・・誰を?地球を・・・子供は愛していないのか?子供だぞ?自分の遺伝子を持った子供だぞ・・・」
立ち上がる早季
ブランコに座っている神谷を後ろから抱きしめる早季
早季「(神谷のことを抱きしめながら)壊れちゃダメ・・・壊れないで先生・・・」
神谷「早季・・・先生疲れてるんだ・・・」
早季「(神谷のことを抱きしめながら)世界を変えて先生・・・未来を変えて先生・・・子供たちを救って先生・・・地球を救って先生・・・奇跡を起こして先生・・・もうすぐ楽になれるから・・・南汐莉が助けに来てくれるから・・・」
神谷「汐莉が・・・?」
早季「(神谷のことを抱きしめながら)彼女にも五百年前からの悲しき運命があります」
神谷「何なんだ運命って・・・汐莉は・・・汐莉は俺を・・・汐莉は俺の!!!」
下唇を強く噛む神谷
早季「(神谷のことを抱きしめながら)南汐莉は神谷先生の大切な生徒ですよ」
神谷「そうだ・・・汐莉は大切な・・・子供だから・・・子供は・・・天使だから・・・天使の未来は・・守護しなくては・・・」
早季「(神谷のことを抱きしめながら)先生の務めは・・・子供、国、世界、地球、全ての生き物を代表して・・・最悪な時代に明かりを灯すことなのです・・・」
神谷「先生は大人だからな・・・仕事くらいやり遂げてみせるさ」
早季「(神谷のことを抱きしめながら)神谷先生・・・あとは・・・頼みます」
神谷「早季、行ってしまうのか?」
早季「(神谷のことを抱きしめながら)私はこの町を見てないと・・・」
神谷「そうだったな・・・」
早季「(声)さようなら神谷先生・・・」
神谷「ああ・・・」
早季がいなくなる
ポケットからハンカチを取り出す神谷
ハンカチは早季が神谷に渡したもの
ハンカチを見ている神谷
神谷「(声 モノローグ)俺は・・・大人だ・・・もう我慢は出来ない」
ハンカチをポケットにしまい、立ち上がる神谷
コートの男と由香が神谷のことを見ている
二人の存在に気が付く神谷
由香はチュッパチャプスを咥えている
由香とコートの男の頭上にはカラスが飛んでいる
由香「神谷先生、こんな深夜に何をしてるんすか?」
神谷「由香・・・お前こそこんな時間に何で出歩いてるんだ」
由香「散歩っすよ」
コートの男を見る神谷
コートの男はマスク、帽子、サングラスを身につけていて顔がよく見えない
神谷「(コートの男を見て)お前だな?由香を連れ出しのは」
由香「先生はほんと、何も分かってないんすね」
神谷「由香、分かってないのは君の方だ。家に帰りなさい、ご両親が心配してるぞ」
由香「(大きな声で)親なんて!!!!」
少しの沈黙が流れる
神谷「親なんて・・・どうした?親がなんだ?言ってみろ」
苛立っている由香、チュッパチャプスを噛み砕き棒を投げ捨てる
神谷「由香、いつまで人が優しくしてくれると思わない方がいい。君は恵まれてるよ、こうやって忠告してくれる大人が近くにいるんだ。先生が子供の時なんか・・・」
由香「(大きな声で神谷の話を遮り)大人ぶるな!!!!!!!!」
神谷「由香・・・大人の正体は大人のふりをした子供なんだよ。それくらいもう分かるだろう?君は馬鹿じゃないんだ」
由香「大人のふりをしてるおっさんとか、ダサいだけだから」
神谷「先生は大人に成り損ねたんだ。由香はそうなるなよ、子供の不幸なんか誰も望んじゃいない」
再び沈黙が流れる
由香「あんたは終わり」
コートの男が神谷に近づいてくる
神谷「学校と手を組んでるんだろ?俺を追放させたいんだな」
コートの男は何も喋らず神谷の真正面に立つ
神谷「無口は疲れないか?口を閉じて我慢したって良いことはないぞ」
コートの男はコートの内ポケットに隠していたナイフを一瞬で取り出し、神谷の肩下を突き刺す
神谷「ゔっ・・・」
神谷は身悶えながら後ろに下がる
神谷「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
肩の下に突き刺さったナイフを抜く神谷
ナイフを抜いた瞬間、血が飛び散る
ナイフを落とす神谷
ヨロヨロと後ろに下がる神谷
由香「最低でダメな大人の先生は、死ななきゃね」
神谷「(大きな声で)た、確かに俺は最低でダメな大人だよ!!!!」
刺されたところからポタポタと血が垂れている
神谷の姿を見て笑っている由香
神谷「(大きな声で)でも俺はそれ以前に教師だ!!!!!正しいことを教えるのが教師の仕事だ!!!!!!!」
由香「(笑いながら)神谷先生って壊れたロボットみたい」
由香とコートの男は神谷に迫る
どんどん後ろに下がる神谷
神谷「(大きな声で)何がおかしい!?こんな深夜にほっつき歩いて!!!学校をサボって!!!好きでもない友達とつるんで不良気取りか!?由香の感情の方がよっぽど機械的だよ!!!!!!」
神谷が落としたナイフを拾うコートの男
神谷「15、6の少女が暴力的ってのはな、由香・・・大人たちが持つべきを愛を持たずに君に接してきたってことだよ」
コートの男が包丁を持ってゆっくり神谷に向かってくる
由香「神谷先生って人を諭せるほど偉いの?」
良子「(声)お前はいつも自信過剰、人をがっかりさせる才能があるんだよ」
神谷はいるはずもない良子の声を聞く
由香の姿が時々、四十代くらいの良子に見え始める神谷
由香が見えたり、良子が見えたりしている神谷
神谷「母さん・・・俺を殺したいのか・・・」
由香「神谷先生のこと、殺したいなぁ」
良子「(声)お前には生きる資格も価値もないと思わないのかい?」
神谷たちの頭上を飛んでいたカラスが時計台の上に止まり、神谷に向かってカーカーと鳴き叫んでいる
神谷「(大きな声で)俺は地球と一緒に生きるんだ!!!!!死んでたまるか!!!!!!死なないぞ!!!!!!!」
コートの男がナイフで神谷の腹を突き刺す
ナイフを抜くコートの男
神谷の腹から血が滝のように溢れ出てくる
その場に倒れる神谷
由香の姿はく、由香がいたところには良子がいる
良子とコートの男は神谷のことを笑いながら見ている
神谷の視界はぼやけている
神谷「(声 モノローグ)どうして・・・みんな・・・先生のことを・・・いじめるんだ・・・人は・・・助けあわなきゃ・・・いけないのに・・・」
神谷の意識がなくなる
◯155公園(朝)
公園で倒れている神谷
セミが鳴いている
早季が神谷の体を揺さぶって起こそうとしている
早季「(神谷の体を揺さぶり)先生!起きて!!」
目を開ける神谷
神谷「さ、早季・・・なのか・・・」
早季「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」
神谷「きゅう・・・きゅうしゃ・・・?」
目をこする神谷
神谷の起こしたのは早季ではなく、制服姿の全く知らない女子
体を起こし、周りを見る神谷
由香とコートの男はいなくなっている
神谷は慌てて自分の腹と肩下を触る
神谷の体に傷はなく、公園にあった血の跡も無くなっている
女子「(心配そうに)大丈夫ですか?」
神谷「(頷き)ありがとう」
女子「(心配そうに)病院に行った方が・・・」
神谷「そうだな・・・病院に行かないと・・・」
女子「(スマホを取り出して)救急車、呼びますね」
神谷「いや、救急車はいいんだ。一人で行けるから」
女子「本当に?」
神谷「ああ。子供じゃないし、大丈夫だよ」
立ち上がる神谷
女子も立ち上がる
神谷「心配かけたね、すまない」
女子「先生が倒れてたから何かあったのかと・・・」
首を横に振る神谷
神谷「大したことはなかったんだ。(少し間を開けて)ところで・・・君は誰だい?波高の制服だけど・・・一年生?」
女子「はい!!」
神谷「一年生か・・・」
女子「私転校生なんです!!二学期から一年六組に編入します!!!」
神谷「よろしく」
女子「よろしくお願いします!!!神谷先生から教えてもらうの楽しみにしてますね!!!」
神谷「先生も授業で君と会うのが楽しみだよ」
女子「じゃあ先生、私は学校に行く予定があるので失礼します」
神谷「ああ」
女子「今度こそ、本当にさようなら先生」
頷く神谷
女子は走って行く
神谷「(大きな声で)汐莉!!!!転ぶなよ!!!!!」
女子は神谷に軽く会釈し、再び走って行く
神谷「(声 モノローグ)汐莉?汐莉だったのか?今の女生徒は誰なんだ?」
神谷には走っている女子がギターを背負って走っている汐莉に見えたり、全裸で死んだ魚や海藻を身にまとった早季に見えたりしている
神谷「(声 モノローグ)誰でもいい。待っている生徒がいるんだ」
神谷は歩き始める
神谷「(声 モノローグ)早季、ありがとう。早季のお陰で孤独じゃない世界を知ることが出来たよ」
振り返る神谷
走っていたはずの女子はいなくなっている
神谷は前を向き、再び歩き始める
神谷「(声 モノローグ)孤独じゃない素晴らしさ、支えてくれる人への感謝、大好きな人が死んだ幸せ、みんなにも教えないとな・・・」
笑っている神谷
神谷「(声 モノローグ)私のような生きる価値のない大人に出来ることと言ったら、人殺しくらいなのかな?」
笑いながら泣いている神谷
神谷「(声 モノローグ)ハハハハ。世界は悲し過ぎるんだよ。(かなり間を開けて)さて、愛しい我が子に会わないとな」
◯156波音婦人病院/待合室(昼)
広くたくさんの椅子がある待合室
若い夫婦や小さな子供を連れた妊婦が待合室の椅子に座っている
受付に行く神谷
涙を流している神谷
神谷「(涙を流しながら)聞きたいことがあるんだが・・・」
受付の看護師「何でしょうか」
神谷「(涙を流しながら)ここに神谷絵美という女性が入院してないか?そろそろ生まれるはずなんだ」
受付の看護師「神谷絵美様ですね・・・」
ファイルを取り出し、調べる受付の看護師
受付のカウンターには神谷の涙がポタポタと垂れている
受付の看護師はカウンターに垂れた涙を見る
神谷はニヤニヤ笑いながら涙を流している
受付の看護師「(神谷のことを見て)あの・・・大丈夫ですか?」
神谷「(涙を流しながら)えっ?」
受付の看護師は少し気味悪がりながら、ティッシュを神谷に渡す
ティッシュを受け取る神谷
神谷「(涙を拭いながら)どうもすいません、初めての子なもんでつい感動しちゃって」
受付の看護師「(ファイルを見ながら)そうですか、それはおめでとうございます」
神谷「ありがとう」
受付の看護師「(ファイルを見ながら)赤ちゃんは今朝生まれてますよ」
神谷「ああ、良かった!」
受付の看護師「奥様はB棟の三階に・・・」
受付の看護師の言葉を最後まで聞かず、神谷は階段に向かう
◯157波音婦人病院/B棟三階廊下(昼)
口笛を吹きながらティッシュのゴミを宙に投げてはキャッチしている神谷
神谷が吹いてるのはグレートマジンガーのオープニングテーマ”おれはグレートマジンガー”
病室の前に立ち止まってプレートを見ている神谷
絵美の名前はない
“おれはグレートマジンガー”を歌い始める神谷
神谷「(♪おれはグレートマジンガー)俺は涙を流さない ロボットだから マシーンだから」
丸めたティッシュを宙に投げてはキャッチする動作を繰り返しながら、隣の病室まで歩く神谷
神谷「(♪おれはグレートマジンガー)だけど分かるぜ 燃える友情 君と一緒に悪を撃つ」
病室の前で立ち止まり、プレートに絵美の名前がないか確認する神谷
絵美の名前はない
隣の病室まで歩きながら、丸めたティッシュを投げてはキャッチする神谷
神谷「(♪おれはグレートマジンガー)必殺パワー サンダーブレイク 悪い奴らをぶちのめす グレートタイフーン 嵐を呼ぶぜ」
病室の前で立ち止まる神谷
プレートには神谷絵美の名前がある
神谷「(♪おれはグレートマジンガー)俺はグレート グレートマジンガー」
神谷はティッシュを近くのゴミ箱に投げ入れ、部屋をノックする
絵美「(声)どうぞ」
◯158波音婦人病院/絵美の病室(昼)
病室に入る神谷
ベッドで横になっている絵美
ベッドの横の椅子に絵美の母親が座っている
絵美「あ、あなた・・・なんでここにきたの」
神谷「子供のために決まってるだろう?」
絵美の母親「(大きな声で)あんた!!よくも娘を見捨てたね!!!!」
神谷「見捨てた?ふざけないでくれよ、俺が君ら親子にどれだけ振り回されたと思ってるんだ?」
絵美の母親「それが夫の務めでしょうが!!!!」
神谷「違うね、俺の務めは俺が決めるんだよ、婆さん」
神谷は絵美の母親に近づく
神谷「(小さな声で)娘にはああしろ、こうやって接しろ、あれを買い与えろ。よくもまあ散々命令してくれたな。俺がそれだけ好青年だったってことか?」
絵美の母親「出て行きなさい」
神谷「ほら、そうやって命令する。これだから年寄りはいけないんだ、自分が偉いと勘違いしてやがる。 (少し間を開けて)絵美、子供はどこにいる?もう生まれてるんだろ?隠さないでくれよ」
少しの沈黙が流れる
絵美「ここにはいない」
神谷「まさか死んだのか!?」
絵美「あなたが死んだら?」
神谷「(悲しそうに)なんて酷いことを言うんだ・・・先生は傷ついたぞ・・・死ね死ね死ねって、ほんと酷いよ」
絵美「(イライラしながら)あなたのことはもう好きじゃないから」
神谷「好きとか、嫌いとか・・・お前、それだけでしか物を見れないのか?ガキ以下だな」
再び沈黙が流れる
神谷「お前が浮気して作った俺の遺伝子を持つ愛する我が分身はどこにいるのかな?」
絵美「(イライラしながら)何を勘違いしてるの?私は浮気なんかしてないし」
絵美の母親が神谷にバレないよう、ナースコールを押す
神谷「嘘は罪じゃないってか?怒らないからって人を騙していいと思ってるのか?(笑いながら)ぶっ飛んだ理論だよ、悪いけどな、俺は権利を取り戻し始めてる。今までのようにはいかないぞ」
絵美「狂ってる」
神谷「俺が?俺のどこが?」
絵美「(怒りながら大きな声で)全部!!!一から百まで歪んで壊れてる!!!!」
神谷「現実に目を向けろ、俺がイカれてるなら妻のお前もそうだ。いいか、人間は狂った生き物だよ。地球の危機を見やしない」
コンコンと看護師がドアをノックする
絵美の母親「(大きな声で)助けて!!!!男が暴れてる!!!!!!」
看護師が慌てて廊下を走って行く音が聞こえる
神谷「小賢しい年寄りが・・・いいさ、俺からは逃げられないからな。地獄の先まで追い詰めてやる」
絵美の母親「(立ち上がり大きな声で)出て行きなさい!!早く!!!」
神谷は渋々後ろに下がり病室を出る
◯159波音婦人病院/B棟廊下(昼)
走っている神谷
数人の警備員と看護師が神谷を追いかけている
廊下にあった患者用の配膳車を倒す神谷
廊下中に皿の割れる音が響く
配膳車の中にあった料理と皿が廊下で散乱する
看護師が配膳車に躓き転ぶ
◯160波音婦人病院/B棟階段(昼)
薄暗い階段を駆け下りている神谷
その後ろを数人の警備員が追いかけている
神谷は器用に階段を飛ばし飛ばし降りている
警備員と神谷の距離が徐々に開き始める
勢いよく扉を開け、階段を出る神谷
◯161波音婦人病院/待合室(昼)
待合室に出てきた神谷
バレないように頭を下げながら早歩きしている神谷
椅子に座って退屈そうにしてる少年がいる
少年は野球帽を被っている
少年の隣には父親らしき男が眠っている
神谷はポケットから一万円札を取り出し、野球帽を被った少年のフードに入れる
神谷は流れで少年の野球帽を盗んで被り、上着を脱ぐ
少年「あっ!」
神谷は口元に人差し指を当て、喋らないようにと少年に指示を出す
神谷は自分の背中を指差し、少年にフードを見るように指示を出す
少年はフードの中に入った一万円札を取り出す
驚いている少年
神谷は再び口元に人差し指を当て、喋らないようにと指示を出す
頷く少年
扉を開けて数人の警備員たちが出てくる
警備員たちは神谷を探している
神谷は顔を伏せながら早歩きで病院を出る
◯162波音婦人病院前(昼)
セミが鳴いている
病院から少し距離が離れると、神谷は走り出す
◯163住宅街(昼過ぎ)
病院から逃げ、住宅街を歩いている神谷
セミが鳴いている
神谷「(声 モノローグ)あの親子さえいなければ・・・まあいい、新生児を拉致するのは難しいことじゃないだろう。私は二度もミスしない、どんな問題だって二回目以降は簡単に解けるんだ」
遠くの方でトボトボと汐莉が歩いている
神谷「(声 モノローグ)汐莉だ、汐莉じゃないか。優しくて、歌が上手い汐莉がいる・・・汐莉は私の味方だろうか?味方だと思いたい」
汐莉が神谷のこと気づき、神谷の方に向かってくる
立ち止まって汐莉を待っている神谷
神谷「よう、汐莉」
汐莉「神谷先生・・・」
少しの沈黙が流れる
神谷「元気がないようだな、先生で良ければ話を聞くぞ」
泣き出す汐莉
汐莉「(泣きながら)わ、私・・・辛くて・・・」
神谷は汐莉の肩を抱く
神谷「(肩を抱きなら)汐莉、無理して元気を出す必要なんかないんだ」
汐莉「(泣きながら)はい・・・」
◯163緋空浜(夕方)
汐莉は浜辺に座って、涙を流しながら沈み行く夕日を眺めている
海は夕日を反射させ赤くキラキラと光っている
浜辺にはゴミが多い
中高生、若いカップル、家族連れが海で遊んでいる
神谷は自販機でなっちゃんのオレンジ味を二本買う
ジュースを持って汐莉のところに向かう神谷
神谷「(ジュースを一本差し出して)ほれ、泣いた分だけ水分補給だ」
涙を拭う汐莉
汐莉「(ジュースを受け取り)ありがとうございます」
汐莉の隣に座る神谷
神谷「亡くなったのは・・・いつ頃なんだ・・・?」
汐莉「(小さな声で)おそらく・・・今日の早朝・・・です・・」
神谷「(深くため息を吐き)そっか・・・こんなこと俺が言わなくても分かるだろうけど、友達思いで部活熱心な子だったな・・・担任したのは一年間だけだったが、性格が良くて・・・みんなあの子に惹かれて集まってる感じがしたよ。(少し間を開けて)本当に残念だ」
汐莉「はい・・・」
ジュースを開けて、飲む神谷
神谷「子供の死は・・子供が死んでしまうのは・・・この世界で一番残酷で悲しいことだよ」
少しの沈黙が流れる
汐莉「死ぬべきは大人だって、そう考えてるんですか」
頷く神谷
汐莉「ダメですよ・・・そんな考え・・・」
神谷「どうしてダメだと思うんだ?」
汐莉「死にたくても・・・死ねない人だっているんです・・・辛くても必死に生きてる人だっているんです・・・それなのに・・いくら悪い大人だからって罪も償わず殺してしまったら・・・意味ないです・・・」
神谷「汐莉、それは綺麗事だよ」
汐莉「そうなんですかね・・・私は間違っているんでしょうか・・・」
神谷「汐莉の考えは素晴らしいと思う。だけどね、それじゃあ地球は悪くなる一方だ」
汐莉「神谷先生は学んだことを教えるんでしょう?教える側だけに徹せられないんですか?」
神谷「地球を泣かせ、子供たちに誤った教育をする大人たちを見逃せないよ」
汐莉「先生、私学校辞めます」
神谷「それも一つの道だな」
汐莉「神谷先生、私にも何か出来ることがあるなら・・・」
首を横に振る神谷
神谷「これは大人が正さなきゃいけない事なんだ。子供にさせる事じゃない」
汐莉は泣きそうな顔をしている
汐莉「(涙目で大きな声で)私も役に立ちたいんです!!!!」
汐莉の大きな声に驚く神谷
汐莉「菜摘先輩は・・・私の助けを拒みました・・・(俯き)響紀は・・・私のことを・・・(かなり間を開けて)文芸部は潰れ・・・ライブはなくなり・・・家族や友達とも・・・上手くいってません・・・お父さんは仕事でミスばかり・・・誰の役にも立たない人生はもう嫌なんです・・・」
神谷「汐莉・・・自分を蔑むのは良くないことだぞ」
汐莉「人のためになれるのなら、身を削ってでも誰かのためになりたいんです・・・神谷先生だって同じ気持ちですよね・・・菜摘先輩や・・・私の中にある魂もそう思ってるはずです・・・」
神谷「汐莉も、地球や子供たちの未来を守りたいか?」
汐莉「はい」
神谷「人のためじゃなくて、自分のために生きるって道もあるんだぞ」
汐莉「そんな道・・・辛いだけです」
神谷「汐莉、君は才能豊かな女性だ。ギターに歌、絵を描いたり執筆だって出来る。芸術的な感性を伸ばすことも出来るんだよ」
汐莉「才能がなんです?芸術がそんなに大事ですか?地球を青い惑星に戻す方が大事じゃないんですか?」
神谷「君の将来だって地球と同じくらい大事だ」
汐莉「これから世界は滅びるかもしれないのに、芽が出るか分からない芸術なんか気にしてられませんよ」
神谷「先生に汐莉の才能を殺せと言うのか」
汐莉「人殺しより全然良いです。神谷先生も仲間がいた方が良いと思いませんか?」
神谷「仲間・・・馴染みのない言葉だ・・・」
汐莉は手を差し出す
汐莉「(手を差し出して)仲間は良いものですよ」
少し悩んで汐莉と握手する神谷
神谷「(握手をしながら)俺たちは・・・仲間・・・なんだな?」
汐莉「(握手をしながら)仲間です」
神谷「(握手をしながら)二人で地球の未来を変えようか」
頷く汐莉
手を離す二人
汐莉「長かったです」
神谷「何が?」
汐莉「今日・・・先生と再会するまで」
神谷「そうか?」
汐莉「(小さな声で)ほんと・・・死にたくなるくらい・・・遠かったです・・・」
神谷「何くらいだって?」
再び沈黙が流れる
汐莉「何でもありません。(かなり間を開けて)神谷先生、一つ提案があるんですけど」
神谷「なんだ?」
汐莉「先生って夏休み明けから復帰するんですよね?」
神谷「ああ」
汐莉「始業式の時、全校生徒の前でスピーチをしたらどうですか」
神谷「スピーチ?」
汐莉「先生の言葉を全生徒に聞かせるべきだと思います」
神谷「そりゃ聞かせたいが・・・手段がない」
汐莉「出来ないことはないと思いますよ」
神谷「どうする気だ?」
汐莉「三枝響紀に頼みます。生徒会役員は集会の時、マイクを持ってますから」
神谷「軽音部の子だよな?」
汐莉「はい、上手く協力してもらって、校長先生ではなく神谷先生にマイクを回せれば・・・」
神谷「協力してくれるか分からないだろう?」
汐莉「私が説得させます、絶対に」
神谷「そんなこと頼んでいいのか?」
汐莉「任せてください」
神谷「ありがとう、じゃあ頼むよ」
汐莉「先生は何を話すか考えといてくださいね」
神谷「名演説を期待しとけ」
汐莉「それは楽しみです」
辺りを見る神谷
遠くからコートの男が神谷たちのことを見ている
神谷「しまった・・・またあの男だ・・・」
汐莉「誰かいるんですか?」
神谷「ああ・・・どうやら俺は追われてるらしい」
神谷が見ている方向を見る汐莉
神谷「汐莉も気をつけた方がいい、奴らは本気だ」
汐莉「一体誰なんです?」
神谷「学校が送り込んだ殺し屋さ」
汐莉「(驚いて)こ、殺し屋!?それは本当ですか?」
神谷「間違いないね、奴らにとって俺は邪魔な存在なんだよ」
汐莉「コートの男・・・ですか?」
神谷「(頷き)よく知ってるじゃないか」
汐莉「まあ・・・話程度ですけど・・・」
神谷「危険な男だ」
汐莉「どの辺りにいます?」
神谷「見えなかったのか?今は売店の中だぞ」
汐莉「そうですか・・・」
神谷「俺があいつを引きつけよう、汐莉は例の演説の準備をしといてくれないか」
汐莉「分かりました」
立ち上がる神谷
神谷「始業式は明日だ。汐莉、遅刻するなよ」
汐莉「神谷先生もね」
頷く神谷
神谷は汐莉の元を離れ、コートの男がいる売店を目指す
汐莉はポケットからスマホを取り出す
◯164緋空駅周辺のコンビニ(夜)
駅近くのコンビニにやってきた神谷
コンビニの外ではコートの男が神谷のことを見ている
コンビニには仕事帰りのサラリーマンやOLがいる
神谷は売られていたイヤホンを手に取り、レジに持って行く
◯165緋空駅周辺のコンビニ前(夜)
購入したイヤホンを箱から取り出し、スマホに差し込む神谷
コートの男は神谷のことを見ている
神谷はYouTubeを開き、イヤホンを耳につける
“Giorgio Moroder utopia”と検索する神谷
神谷「(コートの男に向かって大きな声で)俺と遊びたいか!?俺を殺したきゃ軍隊でも連れてきな!!!!」
Giorgio Moroderのutopiaをタップする神谷
utopiaが流れ始める
神谷は走る
神谷のことを追いかけるコートの男
駅周辺は車や人が多い
神谷「(声 モノローグ)走れ!!走れ!!走れ!!私は不滅だ!!!!!」
神谷は人とぶつかりながら走って行く
神谷とぶつかってOLがカバンを落とす
神谷は無視して走り続ける
神谷を追いかけるコートの男
神谷「(声 モノローグ)仲間の力を感じる!!!!!!地球への愛をみくびるなよ!!!!!!」
走り続ける神谷
◯166緋空浜(夜)
月の光が海に反射している
夕方の時間に比べ人がかなり減った緋空浜
浜辺に座って海を見ている汐莉
後ろから響紀がやってくる
振り返る汐莉
汐莉「(振り返り)響紀・・・待ってたよ」
汐莉の隣に座る響紀
響紀「学校・・・辞めるの?」
汐莉「うん。今すぐにじゃないけどね」
響紀「お願い、辞めないで」
汐莉「無理だよ・・・もう決まったことだから・・・」
響紀「(汐莉の頭を軽く叩き)そんな簡単に無理って言うな」
汐莉「痛い・・・」
少しの沈黙が流れる
響紀「一緒に・・・音楽続けようよ」
汐莉「ごめん・・出来ない」
響紀「(再び汐莉の頭を軽く叩き)出来ないって言うな」
再び沈黙が流れる
汐莉「響紀、頼みがあるの」
響紀「嫌だ。学校を辞める人の頼みなんか聞かない」
汐莉「意地悪・・・」
響紀「だったらまず私の頼みを聞いて」
汐莉「何?」
響紀「辞めないで」
汐莉「響紀・・・」
響紀「学校を辞めないって約束してくれるなら、汐莉の頼み事を聞いてあげる」
汐莉「ずるいよ、それ」
響紀「そう?学校を辞める方がずるいと思うけど」
汐莉「じゃあ・・・私はもっとずるい事・・・するね」
響紀の顔を見る汐莉
見つめあっている二人
響紀には波の音が反響して聞こえている
汐莉の瞳には波と響紀の顔が映っている
ボーッとしている響紀
響紀「(ボーッとしながら)汐莉の瞳・・・波がある・・・綺麗・・・」
目を瞑る汐莉
響紀は汐莉にキスをする
唇をゆっくり離す響紀
響紀「ごめん・・・なんか私・・・急に・・・したくなっちゃった・・・」
汐莉「ううん、私の力のせいだから・・・」
汐莉の瞳には変わらず波と響紀が映っている
汐莉「響紀・・・響紀って本当に良い名前・・・」
響紀「そう・・・?響紀って名前・・・可愛くないから好きじゃないな・・・」
汐莉「私は好きだよ。音を聞かせてくれる素敵な名前・・・大好きな人の名前・・・」
響紀「大好きって・・・汐莉・・・(かなり間を開けて)いつ・・・いつからなの?」
汐莉「きっかけはなくて・・・一緒にいる間に・・・だんだんと・・・」
真剣な眼差しで響紀のことを見ている
汐莉「頼み事・・・聞いてくれない?」
波の音が大きくなっている
◯167神谷家リビング(夜)
帰宅した神谷
息切れしている神谷
リビングの電気をつけ、キッチンに行く神谷
神谷「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
冷蔵庫から缶ビールを取り出す神谷
神谷「(声 モノローグ)やった、奴を振り切ったぞ」
缶ビールを開け、ゴクゴクと飲む神谷
電話機に”留守”ボタンが赤く点滅している
缶ビールを持ったまま電話機の前に行く神谷
留守電を確認する神谷
”新しいメッセージが3件あります”とアナウンスが流れる
缶ビールを持ったままソファに座りに行く神谷
留守電のメッセージが流れる
警官「波音警察署の酒井です、お母様の件で確認したいことがあります。折り返し電話してください」
神谷「(声 モノローグ)母の件・・・?母は早季なのに、早季に何かあったのか?もしかして・・・地球のことを言ってるのか?地球は母なる大地だからな・・・」
警官「波音警察署の酒井です、お母様のことでお話があります。至急、電話をください」
神谷「(声 モノローグ)母?母親って何だ?誰が私の母親なんだろう・・・」
警官「神谷さん、先ほどお宅を尋ねました。また明日、伺います」
缶ビールを一口飲む神谷
神谷「(声 モノローグ)警察は手当たり次第人を疑う汚え連中だ。自分たちのことを正義のヒーローだと思ってるんだろう」
立ち上がり、電話機のケーブルを引っこ抜く神谷
ソファに戻る神谷
缶ビールを一口飲む神谷
神谷「(声 モノローグ)酒は美味いなぁ、お母さんの味がするなぁ・・・さてと・・・明日に備えて早めに寝るとしよう。やっと・・・やっと・・・私の命の価値が証明される時だ・・・散々馬鹿にされてきたが・・・それも明日で終わる・・・」
缶ビールを飲み干し、そのままソファで眠る神谷
◯168神谷の夢/東緋空公演(夕方)
夕日が公園を赤く照らしている
公園には神谷がいる
ベンチの上にカラスが群がっている
カラスは何かを食べている
カラスの様子を見ている神谷
神谷以外に人はいない
公園の時計は5時前を指している
ヒグラシが鳴いている
神谷「(声 モノローグ)思い出した・・・これは私が小さい頃に経験したことだ」
神谷はベンチに向かって歩く
ベンチの上を群がっていたカラスを追い払う神谷
カラスがカーカーと鳴きながら飛んで行く
ベンチの上で一匹の黒い猫が死んでいる
猫の腹はえぐれ、内臓が飛び出ている
神谷「(声 モノローグ)両親に怒鳴られ、反省するまで家に入れなかったあの頃。公園に住む黒い野良猫が私の友人だった」
その場に膝をつく神谷
神谷「(声 モノローグ)私がある日に公園に行くと、猫はカラスに食われ、死んでいた。カラスを恨んではないが、子供ながらに私は世界という大人だけで出来た組織が決して子供に優しくないことを悟った。子供には優しい世界を用意しなくてはならない。子供の頃に友人が食べられてしまったという体験は、その後の人格形成に悪影響を及ぼしたし、成長を狂わせたと思う」
目を瞑り合掌する神谷
目を開ける神谷
神谷「(声 モノローグ)子供の時の経験が人生を決定させるんだ。子供の時に誤った教育を受ければ、知識を間違えたまま使うし、歳を取れば取るほど新しく学ぶのは困難になる。だから・・・今・・・やらねばならない。子供と大人の間にいる高校生たちに、真実を教える」
立ち上がる神谷
神谷「現実に戻ろう、目覚めの時だ」
公園が真っ白い光に包まれる
◯169神谷家リビング(日替わり/朝)
セミが鳴いている
ソファで眠っていた神谷が、目を覚ます
体を起こす神谷
立ち上がる神谷
◯170神谷家洗面所(朝)
風呂から出てきた神谷
バスタオルを手に取り、髪を拭く神谷
バスタオルを洗濯機に向かって放り投げる神谷
洗面台の上に置いてあったスマホを手に取る神谷
爆音でステッペンウルフのBorn To Be Wildを流し始める神谷
下着を穿く神谷
下着姿のまま、スマホを持って洗面所を出る神谷
◯171神谷家志郎の自室(朝)
下着姿の神谷がBorn To Be Wildに合わせて踊りながらやってくる
スマホを机の上に置く神谷
机の上には切り取られた新聞や、本が散乱している
散らかったたくさんの本や紙類を踏みつけ、タンスを開けに行く神谷
タンスから白いシャツを取り出す神谷
ハンガーを戻し、白いシャツを着る神谷
Born To Be wildを鼻歌で歌っている神谷
タンスからしわ一つない綺麗なワイシャツを丁寧に取り出す神谷
ハンガーを戻し、ワイシャツを羽織る神谷
ボタンを一つ一つ留める神谷
タンスからズボンを取り出す神谷
ズボンを穿く神谷
タンスからベルトとネクタイを取り出す神谷
ネクタイを肩の上に乗せ、ベルトをつける神谷
パソコンを立ち上げる神谷
”罪”というファイル開き、中身を確認する神谷
ファイルを閉じ、パソコンの電源を落とす神谷
ケーブルを抜きパソコンをカバンの中に入れる神谷
Born To Be Wildが終わる
スマホを手に取る神谷
◯172神谷家洗面所(朝)
洗面所に戻ってきた神谷
スマホを洗面台の上に置く
デヴィッド・ボウイのModern Loveがスマホから爆音で流れ始める
肩の上に乗せてあったネクタイを手に取り、鏡を見ながらネクタイを結ぶ神谷
洗面所の棚からくしを取り出し、髪をセットする神谷
鏡を見て、身嗜みをチェックする神谷
スマホを持って、踊りながら自室に戻る神谷
◯173神谷家志郎の自室(朝)
踊りながら部屋に戻ってきた神谷
タンスからジャケットを取り出す神谷
ジャケットを羽織り、ボタンを留める神谷
音楽を止める神谷
スマホをポケットにしまう神谷
立ち止まって、壁を見つめる神谷
壁には神谷が学び集めてきたたくさんのデータや写真が貼られている
壁の中心にあるのは大きな赤い字で”子供たちに教えて”と書かれた早季の遺書
早季の遺書から画鋲を外す神谷
神谷「(早季を遺書を見ながら)早季・・・子供たちに教える日が来たよ」
早季の遺書をジャケットの内ポケットに入れる神谷
神谷は机の引き出しから小さなナイフを取り出す
コートの男が使っていたナイフと全く同じ物
ナイフの刃を確認する神谷
神谷はナイフをジャンパーの内ポケットに入れる
カバンを持つ神谷
◯174波音高校/職員室(朝)
教師たちはコーヒーを飲みながら作業をしたり、教師同士で話をしたりしている
職員室に入る神谷
神谷「おはようございます」
教師たちが神谷に挨拶を返す
自分の席に荷物を置く神谷
椅子に座る神谷
前原が神谷に声をかけてくる
前原「神谷先生!!元気でしたか!!」
神谷「生徒が自殺したんだぞ?元気だと思うのか?」
前原「すみません・・・」
神谷「前原先生、デリカシーのない言動は生徒を傷つけますよ
前原「ご心配なく、生徒とはかなり打ち解けましたから!」
神谷「そうですか・・・」
神谷「(声 モノローグ)こいつは病的に鬱陶しい。滲み出る汗、スッカスカの脳味噌と使い道のない筋肉、やかましい声、気持ち悪い表情、存在そのものが邪魔に思える」
神谷「前原先生」
前原「何です?」
神谷「久しぶりに日誌が見たいんだが・・・」
前原「日誌なら後で渡しますよ、僕はまだ昨日の分のチェックが済んでないので」
神谷「早めにお願いしますね」
前原「了解です」
自分の席に戻っていく前原
周りを見る神谷
神谷「(周りを見ながら 声 モノローグ)いつもと同じ空気。みんな私に興味がなさそうだ。いや・・・興味がないふりをしているのかもしれない。少し変な感じがする、逆に怪しく思えるのだ、職場復帰とはこんなに地味なのか?やはりおかしい・・・コートの男・・・由香・・・絵美の電話・・・学校は私を消そうとしていたはずだ。いつどこで襲われるのか分からない」
校長の上野の職員室にやって来る
上野「すまないみんな、今日はかなり時間が押してるから先に生徒のところに行ってくれ」
上野の格好を見て神谷は驚く
職員室を出ていく教師たち
上野の格好はコートの男と同じコート、同じ帽子を身につけている
上野「神谷先生!ちょっと話がある、校長室に来なさい」
神谷「分かりました・・・」
立ち上がる神谷
校長室に向かう二人
◯175波音高校校長室(朝)
大きな椅子に座る上野
立っている神谷
上野「座りなさい」
神谷「いえ、結構です」
少しの沈黙が流れる
上野「休みはどうだった?」
神谷「お陰様で頭がスッキリしましたよ」
上野「良かった、君の身に何かあったのかと思ったよ」
神谷「どういう意味です?」
上野「何度も電話をしたんだぞ、わざと無視していたのか?」
拳を握りしめる神谷
神谷「よくもそんな嘘を!!!あなたはどれだけ傲慢なんだ!!!」
上野「口の聞き方に気を付けろよ神谷くん」
神谷「お前は・・・お前は自分が偉い大人だと思い込んでる!!!!お前のその思考!!!!俺が裁いてやる!!!!!」
神谷は素早くジャンパーの内ポケットからナイフを取り出し、上野を襲う
上野を刺し殺そうとする神谷
上野は神谷は両腕を掴み、必死に抵抗している
上野「(神谷の両腕を掴みナイフの動きを止めながら)君も同じ大人だろう!!!!」
神谷「(上野を刺し殺そうとしながら)俺は子供を尊重する!!!!」
神谷が上野の椅子を思いっきり押し倒す
椅子ごとひっくり返る上野
上野の体に飛び乗り、上野の腕を押さえ込む神谷
神谷「(大きな声で)早季が泣いてるんだよ!!!!地球が泣いてるんだよ!!!!子供たちが泣いてるんだよ!!!!!」
上野「こ、殺さないでくれ!!!死にたくない!!!!」
神谷「(大きな声で)子供を泣かせた大人が!!!!!お前みたいな偽教師はな!!!!!地獄でお袋とセックスしてろ!!!!!!」
上野「や、やめ・・・」
神谷は上野の腹をナイフで何度も突き刺す
ナイフを抜くたびに血が飛び散る
歴代の校長の顔写真、部活動のトロフィー、有名人のサインに血がつく
神谷の顔は血だらけになっている
息切れしている神谷
神谷「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
立ち上がる神谷
上野は死んでいる
神谷「(声 モノローグ)派手にやりすぎたか・・・急がないと始業式が始まってしまう・・・」
校長室を出る神谷
◯176波音高校男子トイレ(朝)
顔を洗っている神谷
神谷の顔についていた血は取れている
神谷「(声 モノローグ)思ってたほど血はついてないようだ・・・良かった」
鏡に一瞬、良子の姿が映る
振り返る神谷
良子はいない
神谷「(鏡に映ってる自分に向かって)邪魔な人は殺してしまえ!!!呪ってしまえ!!!お前なら出来るだろ!!!しっかりしろ!!!!」
自分の顔を何度も叩く神谷
神谷「(声 モノローグ)生徒が待ってるんだ、授業をしないと・・・」
神谷はジャンパーのボタンを締め直す
男子トイレを出る神谷
◯177波音高校体育館/始業式会場(朝)
始業式を行なっている
汐莉、響紀、由香、細田、詩穂、真彩を含む三学年全生徒が集まっている
汐莉は心配そうな顔をしている
教師たちはステージの近くに集まっている
響紀を含む生徒会役員たちは教師たちの側に集まっている
響紀はマイクを持っている、響紀の役目は始業式の司会
体育館の扉を開ける神谷
神谷はパソコンを持っている
生徒たちが少しざわめく
神谷は小走りでステージの上に向かう
響紀「次に、復帰された神谷先生からのご挨拶です」
教師たちが顔を見合わせる
ステージの上には教壇とマイクがある
ステージに登り、パソコンを立ち上げる神谷
神谷はパソコンをケーブルと繋ぐ
神谷「(響紀に向かって)君!スクリーンを出してくれ!」
響紀がステージの裏に行って、大きなスクーリンを出す
スクリーンには神谷のパソコンと同じ画面が映っている
後ろを確認する神谷
響紀がステージの裏から出て来る
響紀は生徒会役員たちがいるところに戻る
神谷「待たせてすまない」
生徒たちの多くは退屈そうにしている
神谷「四ヶ月前、一人の女生徒が飛び降り自殺をした。みんなも知ってるだろう。彼女の名前は荻原早季、一年六組の生徒だった。(少し間を開けて)早季は飛び降りる前・・・この世界にしたことを人は償えますか・・・と聞いてきた。質問の意味が分からない生徒も多いだろう。俺も最初は何の話か全然分からなかった。今から君たちに様々な写真やデータを見せる、中には刺激が強いものもあるかもしれない。でもお願いだ、目を背けないでほしい。辛いことだが、君たちは向き合わなければならない」
神谷は”罪”というファイルをクリックする
ゴミの海で泳ぐあざらしの写真がスクリーンに映し出される
神谷「ゴミの海で泳ぐあざらしだ」
次の写真をクリックする神谷
ゴミが甲羅にくっついているウミガメの写真がスクリーンに映し出される
神谷「可哀想だろう?」
次の写真をクリックする神谷
ゴミに絡まっているタコの写真がスクリーンに映し出される
神谷「タコだってこの有様だ」
次の写真をクリックする神谷
死んだ鯨の腹から大量のゴミが溢れている写真がスクリーンに映し出される
神谷「クジラは世界で最も大きな哺乳類だ。シロナガスクジラの平均サイズはおよそ26mにもなる。大きくて強そうにも見えるが、この子たちは絶滅危惧種なんだよ」
次の写真をクリックする神谷
神谷「海の生き物だけじゃない」
片目のない子猫の写真がスクリーンに映し出される
神谷「この猫は人から虐待を受けたせいで片目がないんだ」
次の写真をクリックする神谷
体の半分がシマ模様で、残りの半分が茶色い毛の馬の写真がスクリーンに映し出される
神谷「この生き物を知ってる人がいたら、挙手してくれ」
誰も手を上げない
体育館に沈黙が流れる
神谷「これはクアッガと呼ばれる絶滅した馬の一種だ、見ての通りシマ模様が半分しかない。人が乱獲したせいで絶滅してしまった・・・」
次の写真をクリックする神谷
神谷「次は動画だ、よく見ててくれ」
動画を再生する神谷
外国の少年たちが悪ふざけ森に火を放っている動画がスクリーンに映し出される
森は一気に燃え上がり、住んでいた鳥たちが鳴き叫んでいる
神谷「この少年たちは動物たちの住処を燃やしている」
動画の再生を止める神谷
神谷「察しの良い生徒は、早季が何を聞いていたのか分かるだろう。(かなり間を開けて)人は償えるか・・・違う・・・(大きな声で)人は償わなければならないんだ!!」
退屈にしていた生徒たちが、徐々に神谷の話を聞き始める
神谷「ここで一つ、謝罪させてほしい」
神谷は全生徒に向かって深く頭を下げる
神谷「(深く頭を下げたまま)大人が地球の問題を無視し続けたせいで、君たち若者にとんでもない迷惑をかけてしまった。本当にすまない!(大きな声で)動画でも写真でもいいから、俺が頭を下げているところ誰か撮ってくれ!!!!SNSで拡散しろ!!!!」
神谷の発言に教員たちがうろたえる
汐莉がポケットからスマホを取り出し、動画を回す
頭を上げる神谷
神谷「今後、世界はどうなると思う?動物たちの住む自然がなくなったら・・・人類にどんな影響が出ると思う?」
次の写真をクリックする神谷
人口増加のグラフがスクリーンに映し出される
神谷「このグラフを見ろ。2050年には世界人口が90億人を越える。今の時代だって9人に1人が飢えに苦しんでると言われてるんだ、90億人に飯を配れるほど、地球に余裕はない」
次の写真をクリックする神谷
黒人の男の子が武装した写真がスクリーンに映し出される
神谷「食糧が底を尽きたら、他国から食糧を奪おうとするだろう。自衛隊は常に人手不足だ、君たちの中から戦争に行く者が出てきたっておかしくはない」
神谷は教師たちのことを睨む
神谷「(教師たち睨みながら大きな声で)そこにいる教師たちはクズだ!!!!君たち学生に大事なことを何も教えてないじゃないか!!!!子供たちの未来は今、脅かされているんだぞ!!!!!謝れよ子供たちに!!!!!」
体育館に沈黙が流れる
一人の生徒が神谷の演説に拍手を送る
つられて他の生徒たちも拍手をする
困惑している教師たち
教師たちはコソコソと何かを話している
神谷「今の大人たちは地球の問題を全て君たち押し付ける気だ。このままだと俺がジジイになる頃には世界は滅んでるかもしれない・・・もはや地球は青い惑星じゃないだろう!!大人たちが全てを変えてしまった!!!」
前原がステージに登り、神谷の演説を止めようとする
神谷は前原の顔面をいきなり殴る
生徒から悲鳴が上がる
倒れる前原
Z・刻を越えてを歌いながら前原の顔を殴り続ける
暴走する神谷をスマホで撮影する生徒たち
生徒たちは列を乱して、神谷の奇行を見に行っている
神谷「(♪Z・刻を越えて 前原の顔を殴りながら)ときの海越えて そらの傷見れば 人の過ちを知ることもあるさ 今を見るだけで 悲しむのやめて 光に任せ 飛んでみるのもいいさ」
神谷に一方的に殴られ、前原の顔面は血塗れでボコボコ
前原をステージから蹴落とす神谷
教師たちが前原の元へ駆け寄る
神谷「(大きな声で)水は血になった!!!!!今こそ優しさを怒りに変貌させる時だ!!!!!!地球の汚染を食い止め、自分たちの未来を守れ!!!!!!」
神谷を止めるべく、教師たち全員がステージに登ってくる
神谷はステージから降りる
早季「(声)神谷先生・・・逃げて・・・」
神谷「早季!どこにいるんだ!?」
周囲を見る神谷
神谷の姿を見て、女生徒たちが悲鳴を上げる
神谷は走って体育館を出ていく
汐莉は神谷を追いかける
◯178波音高校一階廊下(朝)
体育館を出て廊下にやってきた神谷
早季「(声)先生、私はここです・・・ここにいます。見えないんですか?」
神谷「さ、早季!!どこだ!!どこにいるのか教えてくれ!!!!」
廊下を走る神谷
神谷「屋上か!?」
階段を登る神谷
◯179波音高校四階階段/屋上前(朝)
天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている扉
扉を蹴り開ける神谷
激しく息切れしている神谷
神谷「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
神谷「(声 モノローグ)クソ・・・体がやけに重たい・・・」
◯180波音高校屋上(朝)
屋上に出てきた神谷
屋上のフェンスは一部が切り取られている、それは早季が飛び降りた場所
早季が飛び降りた場所に行く神谷
校庭を見下ろす神谷
早季の遺体があったところは、立ち入りのままになっている
神谷「早季・・・やっぱり・・・もう会えないのか・・・」
屋上の扉を勢いよく開けて汐莉がやって来る
◯4の続き
汐莉「神谷先生・・・!!」
神谷「(振り返り)汐莉・・・か」
汐莉「先生、急いで・・・」
汐莉が何か言いかけるが遮る神谷
神谷「こうなると分かってたからいいんだ」
汐莉「でも先生!」
首を横に振る神谷
神谷「この数ヶ月間、たくさん勉強をして良かった。先生として、一人の大人として、みんなに伝えることが出来たと思う。(微笑みながら)汐莉のお陰だ」
神谷「(声 モノローグ)俺は約77億5000万人の人の中から選ばれ、教えを説いた。生徒の心に・・・響いただろうか・・・」
神谷「(両手を叩き)ムショでも警察でも何でもかかってこい!!生徒の前で言うべきことじゃないが、今の俺は怖いもの知らずだ!」
汐莉「先生!!こんなところで逮捕されたら今までの努力が無駄になっちゃいます!!!」
神谷「そうだな。でも、罪はいつか償わないと」
大きな音を立てて扉が開く
屋上にたくさんの教師と生徒たちがやって来る
その中には校長の上野、新人教師の前原、軽音部員たち、神谷の教子である由香がいる
前原の顔面がボコボコに腫れている
焦り動揺している教師たち
神谷の姿を見て興奮して騒いでいる生徒たち
生徒の何人かはスマホで撮影している
教師たちの後ろにはたくさんの野次馬がいる
屋上の扉付近には人が溢れている
上野「は、早く救急車を呼ばないと!!」
神谷が上野ことを凝視している
ポケットからガラケーを取り出す上野
響紀「汐莉!!!!こっちに来て!!!!!」
大騒ぎになっている屋上
響紀の声は汐莉に届いていない
上野「(汐莉に手招きして大きな声で)そ、そこの君!!!!!早くこちらに来なさい!!!!!!!」
神谷「(上野のことを凝視しながら)お前・・・なんで生きてるんだ・・・?」
上野「(汐莉に手招きして大きな声で)早く!!!!!!」
汐莉「でも神谷先生のお腹が!!!!!!」
ゆっくり自分のお腹を見る神谷
真っ白なワイシャツが血で赤く染まっている
時間経過
激しく混乱している神谷
汐莉を呼んでいる教師と軽音部員たち
騒ぎ立てる野次馬の生徒たち
真彩「汐莉!!!!!汐莉!!!!!」
汐莉には真彩の声が聞こえていない
汐莉「動かないで先生!!!動いたら傷が広がっちゃう!!!!」
神谷「(怒鳴り声で)上野!!!!!俺が何度だってお前を殺してやるぞ!!!!!」
上野「(怯えながら)か、神谷先生・・・私が何かしたのか・・・?」
神谷は上野に襲い掛かろうとする
汐莉が神谷を止める
汐莉「(神谷を止めながら)神谷先生!!!!やめて!!!!」
神谷「(抵抗しながら)邪魔だ汐莉!!!!!」
神谷の腹から血が吹き出る
汐莉の顔に血がかかる
汐莉「(神谷を止めながら大きな声で)いつもの神谷先生に戻ってよ!!!!」
神谷の動きが止まる
神谷「汐莉・・・」
息切れしている汐莉
汐莉「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・(野次馬や教師たちに向かって)お願いだから神谷先生を煽らないで!!!!」
上野「わ、私は煽ったつもりなど・・・」
神谷「(上野を指差して大きな声で)地球殺し!!!!!地球殺し!!!!!子供殺し!!!!!子供殺し!!!!!早季殺し!!!!!」
野次馬たちも同調し、上野に向かって地球殺しと叫んでいる
汐莉「先生!!!冷静に!!!」
神谷「(大きな声で)冷静でいられるわけないだろ!!!あいつがコートの男なんだよ!!!!!」
上野「(混乱しながら)こ、コートの男?」
汐莉「先生!!本当にそんな人はいるんですか!?どんな理由があって学校は神谷先生を殺そうとするんですか!?」
神谷「(悲しそうな表情をして)汐莉・・・なんで君まで俺を疑うんだ・・・」
汐莉「ごめんなさい、はっきりさせた方が先生のためになるんです」
神谷「由香!!!!井沢由香はいないか!!!あの子に聞けばはっきりする!!!」
六組の女生徒たちが由香を連れ出す
由香「(抵抗しながら)や、やめてよ!!!」
女生徒1「いいからいいから、恥ずかしがんなって」
女生徒2「由香、あの男と出来ての?」
由香「(抵抗しながら)私関係ないから!!!!!」
女生徒たちが由香を神谷の前に突き出す
怖がっている由香
神谷「由香・・・コートの男、分かるだろう?二日前の晩、君はコートの男と一緒にいたよな?」
ゆっくり首を横に振る由香
神谷「由香!!!正直に生きろよ!!!嘘を吐くのは良くないぞ!!!」
由香「嘘なんかついてません・・・」
上野は由香を引っ張り、後ろに戻す
神谷は内ポケットからナイフを取り出す
野次馬から歓声と悲鳴が上がる
上野「か、神谷先生!!!やめなさい!!!」
神谷「一度でダメなら二度!!二度でダメなら三度だって殺す!!!!」
汐莉が神谷の腕を掴み止める
神谷は強引に進もうとしている
詩穂「(大きな声で)何してるの汐莉!!!!離れて!!!!」
響紀「(大きな声で)神谷先生!!!!汐莉が死んじゃう!!!!!」
真彩「(大きな声で)危ないって汐莉!!!!!!」
上野「(大きな声で)神谷先生!!!!ナイフを捨てなさい!!!!!」
汐莉「(神谷のナイフの動きを止めながら)神谷先生・・・あなたは・・・愛に飢えてるだけなんです・・・人を殺したいだなんて・・・本当は思ってないはずです・・・」
神谷「(抵抗しながら)愛に飢えてるだと?そんなこと関係ない!!」
汐莉「(神谷のナイフの動きを止めながら)自分を蔑むのはって良くないって言ってたじゃないですか!!!!」
神谷「(咳き込む)ゲホッ!!ゲホッ!!ゲホッ!!」
血を吐き出す神谷
神谷は倒れそうになる
汐莉が神谷を支える
汐莉「(神谷を支えながら)神谷先生・・・本当の現実を見てください・・・妄想じゃない世界を・・・」
神谷「妄想じゃ・・・ない世界・・・?」
神谷は教師や、生徒たちのことを見る
みんな神谷のことを馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら見ている
顔を逸らす神谷
汐莉「神谷先生、私を見てください」
神谷は恐る恐る汐莉のことを見る
汐莉の瞳にはあるはずのない波と神谷が映っている
遠くの方から波の音が聞こえて来る
汐莉「ね、全然怖くないでしょう?神谷先生を虐める人なんてもういませんよ」
神谷「どうして・・・汐莉は他の人と違うんだ・・・」
汐莉「(少し自慢げ)奇跡の力が、備わってるんです」
神谷「暖かい・・・優しさを感じる・・・」
汐莉「あそこにいる人たちだって、みんな優しい人です」
教師や生徒たちがいる方を見る神谷
みんなのニヤニヤ笑っていた表情が少しずつ優しい顔に変わっていく
手に持っていたナイフを落とす神谷
汐莉が神谷の両手を握る
神谷「ほんとだ・・・みんな・・・優しい人に・・・」
汐莉「誰も先生のことを傷付けません、先生も人を傷付けてはダメですよ?暴力は何も生みません」
神谷「ああ・・・殺しはいけない・・・」
汐莉「そうですよ、殺していい人なんていないんですから」
神谷「殺しはダメ・・・」
良子・栄一・孝志「(声)お前が家族を殺したくせに!!!!!!」
神谷は良子、栄一、孝志の大きな声を耳元で聞く神谷
神谷「(悲鳴)うわああああああああ!!!!!!!!」
神谷は死んだ家族の声を聞いて驚き、その勢いで汐莉を突き飛ばす
汐莉「神谷せん・・・」
一瞬、神谷と目が合う汐莉
汐莉の体は宙に投げ出されている
グチャッという大きな音が響く
遠くの方から響いていた波の音が突然消える
神谷「汐莉・・・?何が起きた・・・?」
辺りを見る神谷、汐莉はいない
生徒たちが泣き叫んでいる
神谷はゆっくりと校庭を見下ろす
校庭で汐莉が死んでいる
神谷「(激しく動揺しながら)違う!!!俺は汐莉を殺すつもりなんてなかった!!!!」
響紀「(泣きながら大きな声で)人殺し!!!!!」
神谷「(大きな声で)違う!!!!!!これも妄想だ!!!!!!!絶対妄想だ!!!!!!!現実で起きたことじゃないんだ!!!!!!!」
神谷を目を瞑り、自分の頬を何度も思いっきり叩く
神谷「(目を瞑り頬を叩きながら)汐莉は死んでない!!!!!!汐莉は死んでない!!!!!!汐莉は死んでない!!!!!!汐莉は死んでない!!!!!!」
目を開ける神谷
教師、生徒たちが大きな声で笑っている
上野「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
響紀「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
詩穂「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
真彩「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
由香「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
前原「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
野次馬たち「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
教師たち「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」
彼らは笑いながら神谷に近づいて来る
神谷「(大きな声で)こ、来ないでくれ!!!!嫌だ!!!!!早季!!!!!!汐莉!!!!!!!」
どんどん後ろに下がって行く神谷
神谷「(大きな声で)お母さん!!!!!!!!」
良子「(声)お前は私を一生離せないし、永遠に勝てないよ」
足を踏み外す神谷
神谷「あっ・・・」
体制を崩す神谷
屋上から落ちる神谷
再びグチャッという大きな音が響く
◯181波音高校校庭(朝)
倒れている神谷
神谷の隣では汐莉が死んでいる
汐莉の後頭部は陥没し、足が変な方向に折れ曲がっている
汐莉は微笑んだ表情をしている
神谷「(声 モノローグ)汐莉・・・何故・・・君はそんなに優しい表情が出来るんだ・・・」
響紀が泣きながら校庭にやって来る
汐莉の遺体に駆け寄ろうとする響紀
後ろから響紀を止める真彩
泣いている真彩
泣き叫びながら抵抗する響紀
他の生徒や教師たちも校庭に走ってやって来る
詩穂は汐莉の遺体を見た瞬間、その場で泣き崩れる
上野はガラケーを取り出し誰かに電話をしている
汐莉と神谷をスマホで撮っている生徒がいる
神谷は耳が聞こえなくなっている
神谷「(声 モノローグ)汐莉を殺してしまった・・・みんなを悲しませている・・・こんな結末・・・誰も望んでいなかった・・・私は・・・子供たちの未来と・・・地球を守ろうとしただけなのに・・・」
神谷の視界が徐々にぼやけ始める
涙を流す神谷
神谷「(声 モノローグ)こうやって21グラムを失うのか・・・私は誰からも愛されずに死ぬんだ・・・要するに・・・人は分かり合えないし・・・愛することより・・・憎しみを選んでしまう生き物だったんだ・・・」
遠くの方に全裸の早季が現れ、神谷の元にやって来る
早季の体は緑色に変色しており、全身が濡れ、緑色の網のような物が上半身に巻きついている
早季の右胸は灰色の見た目をしたフジツボが大量に生え、左胸はペットボトルのキャップが大量にへばりついている
早季の右腕からは無数のヒレのような物が生え、左腕からはくすんだペットボトルの破片のような物が大量に突き刺さっている
早季の右側の横腹には無数の死んだ小魚が突き刺さっており、へそからは触覚のような物が7、8本生えている
早季の左側の横腹には何十本物の充電ケーブルがは生え、緑色の網と絡まっている
緑色の網には充電ケーブル以外にも、ビニール袋、割れたガラス、よく分からないようなプラスチックのゴミを巻き付けており、それらのゴミは早季の体から直接生えてきている
早季の背中には大きな死んだサンゴが二つ生えている
早季の右脚は一部が鱗のような物で覆われ、他の部分は魚の骨が張り付いている
早季の左脚は大小様々な真っ白な魚眼が大量に生えている
早季の太ももから股にかけては亀の甲羅ような模様があり、股間近くには小さなゴミを巻き付けたアカモクが生えている
神谷「(声 モノローグ)やあ・・・早季・・・」
早季は倒れている神谷の横に座る
早季「神谷先生・・・子供たちを信じて・・・世界が変わるのを待ちましょう・・・」
生徒や他の教師たちには早季の姿が見えていない
早季はミケランジェロのピエタ像のように神谷を抱きかかえる
神谷「(声 モノローグ)良い匂いがする・・・マリア様の匂いだ・・・海の中に・・・子宮の中に・・・帰れる・・・のか・・・」
目を瞑る神谷
神谷の息が途絶える
絶命する神谷
◯182天城家リビング(夕方)
呆然としながらリビングでテレビを見ている明日香
テレビの前のテーブルには、かつて汐莉が使っていた”20Years Diary”という日記が開かれて置いてある
テレビではニュースをやっている
”高校で起きた凄惨な事件”というテロップが流れており、波音高校を空撮した映像がニュースで放送されている
涙を流す明日香
ニュースキャスター1「現在のところ、犠牲者は二名。波音高校に通っていた南汐莉さんと、神谷容疑者の母親、神谷絵美さんの二名が確認されています。神谷容疑者は五月半ばから八月いっぱいまで仕事を休んでおり、精神的にも不安定な状態が・・・」
汐莉の日記には小さな文字で”誰かの役に立ちたい、それが出来ないなら早く死にたい”と書かれている
Chapter6へ続く...
Chapter6では鳴海たちが卒業するまでを滅びかけた世界と並行しながら描く
神谷たちの謎とヒント
・このChapterの神谷はとある言葉を言われていない、それは何?
・神谷が女性に対して求めていたものは?
・神谷は誰を殺した?
・神谷の演説は未来、滅びかけた世界にどのような影響を与えたのか
・神谷絵美はどうやって妊娠した?
・絵美と神谷のかつての関係は?
・早季が言った二文字とは?
・響紀はなぜクラスメートの男子から冷たくされる?
・汐莉は日記を忘れた?
・響紀はなぜ汐莉にキスをした?
・8月31日に何が起きていた?
・終盤、汐莉がいたのにも関わらずなぜ神谷は良子たちの声を聞いた?
・ラストシーンで汐莉はなぜ微笑んでいた?
・どこからが現実でどこまでが妄想だった?
・早季とコートの男は実在したのか
・過去、現在、未来、登場人物たちはそれぞれどう繋がりあってる?
内容が内容なだけに、今回は後書きをします。
きっと今頃読んだ人は、早季ってなんなん?とか、鳴海たちは何してるん?とか、鳴海たちが卒業するまでに何があったん?とか、色々ツッコミをしてると思います。
今回は神谷志郎という、中年の教師が主人公です。彼はクズで、最低で、狂ってて、自信家で、愛を知らずに育った哀れな男です。神谷の願いは、ミケランジェロのピエタ像のように抱かれて死ぬこと。そんな彼が地球の危機を知り、滅びかけた世界にならないように、自分を追い詰めて、子供たちの未来を守ろうとするお話が描かれています。神谷はナツやスズのような子供たちが生まれこないように、頑張ってたわけです。
今作では徹底して、神谷の心情と彼の置かれている立場を掘り下げました。
神谷と違い、サブ主人公の汐莉の内面は意図的にあまり描いてません。なので、彼女が何に苦しんでいたか、何を望んでいたのか、その辺は必要最低限しか分からないようにしました。現実世界でも、”死んでしまった人が直前に何を考えていたのか分かりません”、それと同じです。もちろん、汐莉の出番がこれで終わったわけではないし、彼女を描く場はまだ残っているので、汐莉の心情についてもそのうち分かります。だから汐莉が好きな方は安心してくださいね(?)
Chapter5をどう解釈するかは読んだ人それぞれですが、少しでも理解してもらえるように16個の謎とヒントを後書きに残しました。一度読んでも理解出来なかった人は、ぜひ16個に注目しながら再読してください。もしかしたら何か分かるかもしれませんよ。
余談ですが、このChapter5では様々な作品の引用があります。絵画、映画、小説、彫刻、アニメ、音楽、引用された作品の多くはその時のキャラクターたちの心情と当てはまっています。興味がある人は作中で流れた音楽を聞いてみてください。キャラクターたちの心情が歌われているので・・・
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。次はChapter6!!今回のような気狂い描写は無く、久々に普通の学園ドラマに戻りますよ!!あっ・・・次こそはちゃんとChapter4の続き(鳴海と菜摘が付き合ってから)の話を・・・
前回のChapter4(波音編)、今回のChapter5(神谷編)で色んなことを描いてきましたが、一旦この外伝的な物語は終わりになります。次回からは滅びかけた世界でも展開があるのでお楽しみに!!