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Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練 前編

Chapter5概要

主人公は冴えない中年教師の神谷志郎と、高校二年生になった南汐莉。教師として出来ることは何か、何を教えるべきなのか。ギリギリの精神状態で導き出した神谷の問い、それに対する汐莉の答えとは・・・社会の闇と人間の狂気に触れた究極の内容で送る終末への第一歩。五年後の再会に向けたSecond Sectionの始まり!!

向日葵が教えてくれる、波には背かないで


Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練


登場人物


神谷 志郎(しろう)44歳男子

このChapterの主人公。数学教師、一年六組の担任。昨年度まで担当していた生徒たちが卒業し、新一年生を担当することになった。文芸部と生活環境部の顧問。妻とは別居中、孤独でひねくれた男。


南 汐莉(しおり)16歳女子

このChapterにおける準主人公兼メインヒロインの一人。二年二組の生徒。明るく元気。軽音部と文芸部を掛け持ちしている。先輩が卒業してしまったため、汐莉が最後の文芸部員。バンド”魔女っ子少女団”のメインボーカル。歌とギターが上手い。20Years Diaryという日記帳で日々の行動を記録している。


荻原 早季(さき)15歳女子

このChapterにおけるメインヒロインの一人。新一年生、担任は神谷。どこかミステリアスな雰囲気がある女性徒。クラスでも浮いた存在。


神谷 絵美(えみ)30歳女子

神谷の妻、現在妊娠中。


前原 駿(しゅん)22歳男子

大学を卒業したばかりの新人教師、一年六組の副担任、担当科目は体育。生徒に人気がある。


三枝 響紀(ひびき)16歳女子

波音高校二年二組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のリーダー兼リードギター担当。生徒会役員、クールで男前キャラ、同性愛者で明日香先輩に惚れている。


上野 和成(かずなり)57歳男子

波音高校の校長。規律にうるさく、生徒がやらかさないよう教員たちに圧力をかけている


井沢 由香(ゆか)15歳女子

新一年生、一年六組の生徒。いわゆるスクールカーストの上位に君臨しているタイプの女生徒。


細田 周平(しゅうへい)16歳男子

波音高校二年三組の生徒。強いことで有名な野球部に所属している。ポジションはピッチャーで次期エースと名高い。汐莉のことが気になっているようだが・・・


永山 詩穂(しほ)16歳女子

波音高校二年四組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のベース担当。おっとりとしている。周平のことが気になっている。


奥野 真彩(まあや)16歳女子

波音高校二年四組の生徒、軽音楽部所属。バンド魔女っ子少女団のドラム担当。バンドの賑やかし要員。


コートの男

2m近くある正体不明の男、長く黒いコート、サングラス、マスク、黒いハット型の帽子が特徴、物語中盤から登場し、神谷を付け回す


天城 明日香(あすか)19歳女子

昨年度に波音高校を卒業した文芸部の先輩、現在は波音町から少し離れた専門学校に通って、保育士の勉強をしている。


安西先生 56歳女子

家庭科の先生兼軽音部の顧問、少し太っている。二年二組の担任。神谷に何かと因縁をつけて来る生徒の一人


神谷 良子(りょうこ)81歳女子

神谷志郎の母親。


神谷 栄一(えいいち)

五年前に病死した神谷の父親。


神谷 孝志(たかし)男子

神谷志郎の兄、神谷より2歳年上。15歳の時に事故死している。


早乙女 菜摘(なつみ)18歳女子

昨年度に波音高校を卒業した文芸部の先輩。卒業前に体を壊し、今は自宅で大人しく過ごしている。鳴海と付き合ってる。


滅びかけた世界


ナツ 16歳女子

ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家、滅びかけた世界で“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。


スズ 15歳女子

マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。ナツと一緒に“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。


老人 男

ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。ボロボロの軍服のような服を着ている。



Chapter5概要

主人公は冴えない中年教師の神谷志郎と、高校二年生になった南汐莉。教師として出来ることは何か、何を教えるべきなのか。ギリギリの精神状態で導き出した神谷の問い、それに対する汐莉の答えとは・・・社会の闇と人間の狂気に触れた究極の内容で送る終末への第一歩。五年後の再会に向けたSecond Sectionの始まり!!


Chapter5 √神谷(母)×√汐莉(響紀)×√早季(子供)=海の大混沌試練 前編


◯1黒画面


字幕「「時が癒す?時が病気だったらどうするの?」」

字幕「ベルリン・天使の詩より抜粋」


◯2波音高校階段(朝)

 階段を駆け上がっている汐莉

 

汐莉「(走りながら)ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

早季「(声 モノローグ)1・・・大地は揺れ、木々が枯れ始める。2・・・獣たちが異変に気づく頃、太陽は沈む。3・・・人々が嵐を招く、もう後戻りは出来ない。4・・・雨が降り続けている、生物の過半数が死滅した。5・・・暗い、取り返しのつかないことをしたと嘆く人々。6・・・文明は完全に崩壊した、滅びかけた世界。7・・・地球が泣いている、人間は試練を乗り越えられなかったのだ」


◯3波音高校四階階段/屋上前(朝)

 天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている扉

 扉についていたチェーン状の鍵が壊されている

 汐莉は勢いよく扉を開ける


◯4波音高校屋上(朝)

 屋上に出てきた汐莉

 屋上のフェンスは一部が切り取られている

 フェンスのない部分にいる神谷

 神谷の腹から大量の出血が起きている


汐莉「神谷先生・・・!!」

神谷「(振り返り)汐莉・・・か」

汐莉「先生、急いで・・・」


 汐莉が何か言いかけるが遮る神谷


神谷「こうなると分かってたからいいんだ」

汐莉「でも先生!」


 首を横に振る神谷


神谷「この数ヶ月間、たくさん勉強をして良かった。先生として、一人の大人として、みんなに伝えることが出来たと思う。(微笑みながら)汐莉のお陰だ」

神谷「(声 モノローグ)俺は約77億5000万人の人の中から選ばれ、教えを説いた。生徒の心に・・・響いただろう」

神谷「(両手を叩き)ムショでも警察でも何でもかかってこい!!生徒の前で言うべきことじゃないが、今の俺は怖いもの知らずだ!」

汐莉「先生!!こんなところで逮捕されたら今までの努力が無駄になっちゃいます!!!」

神谷「そうだな。でも、罪はいつか償わないと」


 大きな音を立てて扉が開く

 屋上にたくさんの教師と生徒たちがやって来る

 その中には校長の上野、新人教師の前原、軽音部員たち、神谷の教子である井沢由香がいる

 前原の顔面がボコボコに腫れている

 焦り動揺している教師たち

 神谷の姿を見て興奮して騒いでいる生徒たち

 生徒の何人かはスマホで撮影している

 教師たちの後ろにはたくさんの野次馬がいる

 屋上の扉付近には人が溢れている


上野「は、早く救急車を!!」


 神谷が上野ことを凝視している

 ポケットからガラケーを取り出す上野


響紀「汐莉!!!!こっちに来て!!!!!」


 大騒ぎになっている屋上

 響紀の声は汐莉に届いていない


上野「(汐莉に手招きして大きな声で)そ、そこの君!!!!!早くこちらに来なさい!!!!!!!」

神谷「(上野のことを凝視しながら)お前・・・なんで生きてるんだ・・・?」

上野「(汐莉に手招きして大きな声で)早く!!!!!!」

汐莉「でも神谷先生のお腹が!!!!!!」

神谷「(声 モノローグ)もしかして・・・私自身も100%理解していないのか?じゃあ誰が理解してるんだ?全て間違えていたのか?計算ミスか?1が足りないのか?足りないのは2か?3か?4か?5か?6か?7か?8か?9か10か?それ以上の数字なのか?矛盾している。世界が相反した」


 ゆっくり自分のお腹を見る神谷

 真っ白なワイシャツが血で赤く染まっている


神谷「(声 モノローグ)整理するんだ・・・計算し直そう・・・」


◯5波音高校階段(昼)

 階段を駆け上がって行く神谷


神谷「(走りながら)ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 息切れをしている神谷

 神谷は手すりを使い階段を上っている


◯6波音高校屋上(昼)

 曇り空

 ようやく屋上に来た神谷

 屋上には神谷以外の教師が何人もいる

 その中には早季の副担任である前原もいる

 屋上のフェンスは一部が切り取られている

 ペンチのようなケーブルカッターを手に持っている早季

 フェンスのないところにいる早季

 段差の上に登っていて、いつでも飛び降りることが出来る体勢の早季

 風で早季の髪がなびいている

 校庭にいる生徒たちの騒ぎ声が屋上にまで聞こえて来る


前原「(大きな声で)お、落ち着いて!!こっちに来るんだ!!!」


 早季は後ろを振り向くことすらしない

 前原以外の教師たちも早季に声をかけるが無視している早季


神谷「(大きな声で)早季!!!!!戻って来なさい!!!!!!!」


 神谷の声に反応し振り返る早季


早季「先生・・・」

神谷「(大きな声で)死んでも世の中は何も変わらない!!!!!分かるだろ!!!!!!!」


 首を横に振る早季


早季「先生、未来は不確かなんでしょう?」

神谷「さ・・・」


 神谷が早季を呼ぼうとするが、早季は飛び降りてしまう

 グチャッと大きな音が校庭から聞こえる

 校庭にいる生徒たちの悲鳴が響いている

 神谷は走って校庭に向かう


◯7波音高校校庭(昼)

 曇り空

 早季の遺体の周辺に人が集まっている

 泣いている生徒がいたり、スマホで撮影をしている生徒がいたり、吐いている生徒がいる校庭


神谷「(怒鳴り声で)みんな教室に戻りなさい!!!!!!!!」


 生徒の何人かは早季の遺体から離れる

 それでも気分が悪くて動かない生徒、野次馬がたくさんいる

 生徒たちの間をくぐり抜けて早季の元に行く神谷

 早季の上半身からは内臓が飛び出て、後頭部は陥没している

 早季の遺体にカラスが集まり、内臓を引っ張っている

 神谷は一度を目を逸らし、その場を少しウロウロした後、再び早季の遺体を見る神谷

 他の教師たちも校庭に集まって来る

 その中には前原もいる


前原「(怒鳴り声で)退きなさい!!!!!!!!」


 生徒たちを叱り、遺体の側にやって来る前原

 早季の遺体を見ている前原


前原「(早季の遺体を見ながら)神谷先生、とりあえず警察に連絡しましょう」


 少しの沈黙が流れる


前原「(大きな声で)神谷先生!!!!しっかりしてください!!!!!」

神谷「(我に返り)す、すみません」


 周りを見る神谷

 野次馬が増えている

 早季の遺体を見ながらコソコソ話をしている由香と女生徒たち


女子生徒1「あの子、人付き合い苦手だったよね・・・」

由香「そーそー、オリエンテーションの時同じ班だったんだけど・・・ぜんっぜん協力してくれないし、てか会話にすら参加してくれなくてめっちゃ困った・・・」

女子生徒2「(由香に向かって)由香、荻原さんのこと虐めたりしてない?」

由香「んなわけ、一人で勝手に死んだくせに私のせいにしないでよ」

女子生徒1「でもさー、なんでわざわざ人前で死ぬのかね」

由香「死ぬ時くらい誰かに心配されたかったんでしょ」

前原「(早季を見ながらボソッと)しばらく授業は無理か・・・」

神谷「(周りを見ながら 声 モノローグ)邪悪だ、無情でしかない。人類はさっさと滅びるべきだった」

前原「神谷先生、生徒たちは僕に任せてください。警察に連絡をお願いします」

神谷「(声 モノローグ)お前が連絡しろよ」


 少しの沈黙が流れる


神谷「前原先生が連絡してくれませんか?私の方が緊急時の生徒の扱いに慣れていると思うので」

前原「でも先生、警察に何か聞かれた時、僕では答えられない事が多いのでは?」


 再び沈黙が流れる


神谷「分かりました」


 渋々ポケットからスマホを取り出す神谷


前原「ではお願いします、生徒たちは僕が責任を持って預かりますから」


 頷く神谷

 スマホを持ったまま、早季の遺体から離れる神谷

 少し離れた位置で警察に電話する神谷


神谷「(声 モノローグ)始まりに戻ろう、去年の冬に」


◯8神谷家寝室(時が戻り/夜)

 暗い寝室

 セックスをしている神谷と神谷の妻の絵美

 喘いでいる絵美


 時間経過


 セックスが終わった後

 下着を穿き終えた絵美

 暗い中、ゴソゴソとしてる神谷

 ベットの上には避妊具の入った未開封の箱が置いてある


絵美「(避妊具の箱を拾い)これ、もう閉まっとくね」

神谷「(ゴソゴソしながら)ああ・・・」


 下着を穿く神谷

 立ち上がり使用済みの避妊具らしきものを捨てに行く神谷

 絵美は不思議そうに神谷のことを見ている

 

◯9神谷家リビング(日替わり/夜)

 カレンダーは2019年の12月

 リビングには小さなクリスマスツリーが飾られている

 インテリアが綺麗に並べてあるお洒落なリビング

 帰宅して来た神谷

 神谷のために夕飯を温め直す絵美

 扉を開けてリビングにやって来る神谷


神谷「ただいま」

絵美「おかえり〜、今ご飯温めてるから」


 神谷はワイシャツのボタンを何個か開け、椅子に座る

 テーブルの上に産婦人科のパンフレットと母子手帳が置いてある

 パンフレットを手に取る神谷


神谷「(パンフレットをパラパラとめくり)なんだこれは」

絵美「見て分かるでしょう?産婦人科のパンフレット」


 パンフレットをテーブルに置く神谷


神谷「何でそんな物がここに?」

絵美「(嬉しそうに)出来たの」


 少しの沈黙が流れる


 時間経過


 立って言い争っている二人


絵美「(泣き叫び)何でよ!!!あなただって賛成してくれたじゃない!!!!!!!」

神谷「(大きな声で)いいや!!!!そんなことは一言も言ってない!!!!!!!子供が欲しいなんて思ったこともない!!!!!!!」


◯10神谷家リビング(夜)

 一人で椅子に座って缶ビールを開ける神谷

 テレビをつけ缶ビールを飲む神谷


神谷「(声 モノローグ)私には人権がない。妻のわがままに、生徒たちのわがままに、親の命令に、先輩の圧力に振り回され続けている。幾ら人権がないからと言って、人工授精は夫の許可なしに許されることなのか?使用済みのゴムから静液を掻き出す妻の姿なんて想像したくない」


 ビールを飲む神谷


神谷「(声 モノローグ)私は我慢が出来る大人だ、けど今回の件は見過ごせない。人工授精のために隠れて精子を溜め込んでいた、こんな気持ちの悪いことがあるのか。結婚して10年以上・・・潮時だ。あんなイかれた女とは別れよう」


◯11神谷家寝室(夜中)

 電子時計の日付は4月7日になっている

 時刻は夜中の3時47分

 カーテンの隙間から月の光が差し込んでいる

 目を覚ます神谷

 ベッドから出る神谷

 

◯12神谷家キッチン(深夜)

 キッチンの電気をつける神谷

 洗い物がたくさん溜まっている

 グラスに水道水を注ぐ神谷

 水を飲む神谷

 リビングの電気をつける神谷

 リビングのソファに座りテレビをつける神谷

 機動戦士Zガンダムが再放送されている

 クワトロ・バジーナというキャラクターが演説を行うシーンを見ている神谷


クワトロ「その後に至って、なぜ人類同士が戦い、地球を汚染しなければならないのだ。地球を自然のゆりかごの中に戻し、人類は宇宙で自立しなければ、地球は水の惑星ではなくなるのだ」

神谷「(声 モノローグ)小学校高学年か、中学生くらいの時に流行っていたアニメ。両親は私がテレビを見ることを許さなかった。こんなものを見るなと父は一喝し、テレビを見てこれ以上頭が悪くなっても知らないわよと母は脅した。お陰で今から六時間後に私は新一年生のクラスを担任する」


◯13波音高校職員室(日替わり/朝)

 外は雨が降っている

 職員室に集まっているスーツ姿の教師たち

 校長の上野和成が職員室の一番前に立っている

 神谷を含めた教師たちは各々自分の席の前に立ち、上野の話を聞いている


上野「保護者の方々は今日、この学校を選んで良かったかどうか見極めます。何度も言ってますが、第一印象が全てです。特に新一年生の担任をする先生は気をつけてください!」


◯14波音高校体育館/入学式メイン会場(朝)

 雨音が聞こえている

 波音高校入学式と書かれた横断幕がステージの上に飾られている

 たくさんのパイプ椅子が並び、体育館は新一年生とその保護者で埋まっている

 神谷たち教師は教員席に座っている

 校長の上野がステージに立ち話をしている

 ほとんどの人が上野の話をボーッと聞いている


上野「改めて新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。(かなり間を開けて)皆さんはスティーヴン・ホーキングという人を知っていますか?彼は車椅子の物理学者として非常に有名な人です。で、彼が残した名言・・・言葉の中にこんなものがあります。I am just a child who has never grown up. I still keep asuking these how and why questions. Occasionally, I find an answer.(少し間を開けて)意味が分かりましたか?」


 会場内に流れる沈黙

 上野の話を真剣に聞いている荻原早季


上野「意味は、私は成長しない子供なんだ。どうしてや何故という質問をし続けている、そして、たまに答えを見つけるんだ・・・です。疑問を持つことに意味があります。これはどういう仕組みなんだろう?とか、何故こうなんだろう?など、私は皆さんに、たくさんの疑問を見つけて欲しいと思っています。波音高校で過ごす3年間、友達同士でお互いに疑問を投げかけ合ってください。世の中には答えが出ない疑問の方が多いでしょう、しかし、ここは奇跡が起きる町ですから。努力次第によっては、神様が答えてくれるかもしれません」


◯15波音高校一年六組の教室(朝)

 入学式が終わり、教室にやってきた新一年生、副担任の前原、神谷

 神谷は黒板の前に立っている

 副担任の前原が教室の扉近くに立っている

 生徒数は35人ほど

 とても静かな教室

 外の雨音だけが響いている

 荻原早季と井沢由香も教室の中にいる

 生徒たちは机に突っ伏して眠ったり、読書をしたり、スマホを見たりしている

 早季は何もしていない

 由香はスマホを見ている

 

神谷「みんなー、今のうちに近くにいる子と挨拶しとけよー」


 特に何の変化も起こらない教室

 

神谷「もしかしてみんな眠い?」


 何人かの生徒が小さく頷く


神谷「雨だと眠くなるよなー、低気圧のせいかなー」


 黒板の前をウロウロしている落ち着きのない神谷


神谷「明日は自己紹介だ!みんな!何を喋るか考えとくんだぞ!!面白い自己紹介をした奴には数学の成績に反映させよう!!」


 男子生徒の一人が手を上げる


神谷「お、どうした?自己紹介の相談か?」

男子生徒1「トイレ行っていいすか」

神谷「なんだ、トイレか。場所は分かるな?」


 頷く男子生徒1

 男子生徒1は立ち上がりトイレに行く


神谷「他にも行きたい人がいたら行っていいよ」


 生徒たちが一斉に立ち上がり、トイレに行く

 過半数の生徒がトイレに行ったため、教室に残ったのは十数人の生徒と神谷だけ


神谷「入学写真を撮ったら今日は帰れるから、もう少し我慢してな」


 由香がスマホでTwitterを見ている


神谷「(声 モノローグ)その後も私は一人で喋り続けた。生徒たちの軽蔑したような目と冷ややかな表情。SNSに魂を売った子たち、現実世界に興味を無くした子たち。子供との会話は年々難しくなる」


◯16神谷家志郎の自室(夜)

 本だらけの部屋に机と椅子がある

 リビングや寝室と違い物が多く散らかった部屋

 机の上には缶ビールと一年六組の名簿表が置いてある

 椅子に座ってビールを飲みながら一年六組の名簿表を見ている神谷

 名簿表の顔写真と名前を照らし合わせている神谷

 名簿表と遠ざけたり近づけたりして、目を細める神谷


神谷「(声 モノローグ)クソッ・・・」


 神谷は名簿表を机に置き、缶ビールを一口飲む

 立ち上がり部屋を出る神谷


神谷「(声 モノローグ)40を越えてから体の劣化が酷い。全身の至る所に蓄積されたダメージが重くのしかかる、石のように固い体」


 神谷は老眼鏡を手に持って戻って来る

 椅子に座る神谷

 再び缶ビールを飲む神谷

 名簿表を見る神谷


神谷「(声 モノローグ)石像みたいに動かなくなった爺さん婆さんを見ていると、老化の脅威を感じずにはいられないだろう。そこに美しさはない。醜い石像、きっと満月の夜に動きだして人を殺す。どうせ死ぬんだったらミケランジェロのピエタ像のようになれればいいのにと強く思う」


◯17波音高校一年六組の教室(日替わり/朝)

 HRの時間

 昨日と同じく生徒たちは静か

 プリントを配っている神谷

 早季は神谷の話を真面目に聞いている

 由香は机でスマホを隠しながら見ている

 副担任の前原が教室の扉の方で立っている


神谷「このプリントは今後の予定が載ってるから!!絶対に無くすな!!」


 生徒たちはプリントはカバンにしまう


神谷「さて・・・じゃあ自己紹介やるか!」


 黒板に名前、趣味特技、出身の中学、参加していた部活、最後にみんなに向けて挨拶と書く神谷


神谷「(黒板を指差して)最低限、このくらいのことは言おう。それから一人の自己紹介につき三個質問が来るまで終わらないから!!」


 生徒の中から嫌なそうな声が上がる


神谷「例えば将来の夢は何ですか、とか・・・嫌かもしれないけどこれはやっといた方が良い。野球部に所属してましたって言ってもポジションはどこだよってなるだろ?」


 明らかに嫌そうな表情をしている生徒ばかり

 早季の表情は何も変わっていない


神谷「誰から始めようか」


 前原の方を見る神谷


前原「僕からやります?それとも神谷先生の方から・・・」

神谷「お先にどうぞ」


 前原は頷き、黒板の前に立つ


前原「(大きな声で)前原駿と言います!!このクラスの副担任です!!担当科目は体育!!22歳です!!」

神谷「(声 モノローグ)教師という職業の悪いところがこれだ、教員歴が違えど肩書きは同じ先生。年功序列や成果主義のサラリーマンとは違う辛さがある」

前原「(大きな声で)趣味はサッカー!!特技もサッカーです!!!中高サッカーをやってました!!実は、この春に先生になったばかりです。不手際があったら遠慮なく言ってください!!僕もみんなと同じように学んでいきます!!(頭を下げて)よろしくお願いします!!!」

神谷「(声 モノローグ)何が実は・・・だ。大学を卒業したてなのは誰だって見りゃ分かる」


 拍手する生徒たち


神谷「前原先生に質問がある人!!!」


 誰も挙手をしない

 困った表情をしている前原


神谷「質問が三個来るまで終われないからなー」


 時間経過


 男子生徒が手をあげる


前原「(指を差して)じゃあ君!!」

男子生徒2「(興味なさそうに)ポジションはどこですか」

前原「中学生の時はミッドフィルダー、高校ではサイドバッグでした」


 前原に対して軽く会釈する男子生徒2


神谷「後二つ!!」


 少しの沈黙が流れた後、女子生徒が手を上げる


女子生徒1「彼女はいますか」

前原「いないです」

女子生徒1「大学で作らなかったんですか?」

前原「(少し恥ずかしそうに)大学二年までお付き合いしている子がいたんだけど、その子と別れてからは作ってないです」


 前原に対して女子生徒1が軽く会釈する


神谷「前原先生はHRの時とか見に来るんだよね?」

前原「はい」

神谷「そういうわけだからみんな覚えておくように」


 頷く生徒たち


前原「次は神谷先生が自己紹介してくださいよ!」


 前原と立ち位置を入れ替わる神谷


神谷「担任の神谷志郎です。担当科目は数学、昨年度までは三年生の担任をしていました。趣味はお酒を飲むこと。生活環境部と文芸部の顧問をしてます。どっちも部員を募集してるから興味がある人は先生に声をかけてくれ。多分、みんなとは3年間の付き合いになると思う。仲良くやろう、よろしく」


 拍手をする生徒たち


神谷「じゃあ質問だ、今日だけは特別に何でも答えるぞ」


 男子生徒2が手を上げる


神谷「はい、質問は?」

男子生徒2「部活は何をしていましたか」

神谷「高校は美術部だ、中学は部活動に所属していなかった」


 神谷に対して軽く会釈をする男子生徒2

 女子生徒2が手を上げる


神谷「はい、君」

女子生徒2「結婚してますか?」


 少しの沈黙が流れる


神谷「してない」

女子生徒2「結婚願望は?」


 首を横にふる神谷


神谷「結婚しても良い事ないからね。一人の方が気楽だよ」


 神谷に対して軽く会釈をする女子生徒2


神谷「こんなもんかな、他に質問がないならみんなの自己紹介を始めるけど」


 誰からも手は上がらない


神谷「出席番号一番の麻生からだな!!」

麻生「えー・・・俺からっすか」

神谷「こういうのは早めに済ませた方がいいぞ。後になればなるほどハードルが上がるし」


 嫌々立ち上がり自己紹介を始める麻生

 

 時間経過


神谷「(名簿を見ながら)次は由香!女子は声大きめで頼むぞー」


 立ち上がる由香


由香「井沢由香、出身は東波音中学校、特技はバスケ、参加していた部活はバスケです」


 椅子を引き座ろうとする由香

 由香の髪が揺れ、小さなピアスが見える


神谷「座るなよ、まだ終わってないんだから」


 椅子を戻す由香


神谷「ピアスいつ開けたの?」

由香「中二の時に」

神谷「頭髪検査の時は外しなよ、引っかかると俺も怒られるんだから」


 頷く由香


神谷「(声 モノローグ)今年は調子が悪い、例年は自己紹介に質問を付け足す事で子供たちと上手く関係を築けていたのに・・・結局質問をしているのは俺だけだ」


 時間経過


神谷「(名簿を見ながら)次は・・・早季の番だ」


 立ち上がる早季


早季「荻原早季です、緋空中学校の出身です。部活は参加していません」


 少しの沈黙が流れる

 

神谷「趣味とか特技は?」


 首を横に振る早季


神谷「何かしらあるだろ?」

早季「勉強が好きです」

神谷「得意科目は?」

早季「どの科目も押し並べて得意だと思います」

神谷「体育も?」

早季「はい」

神谷「俺ばかりじゃなくてみんなも早季に質問しろよな」


◯18神谷家リビング(夜)

 真っ暗なリビング

 帰宅した神谷

 電気をつけカバンを置く神谷

 ワイシャツと下着のシャツを脱ぐ神谷

 部屋着に着替える神谷


◯19神谷家志郎の自室(夜)

 本だらけの部屋に机と椅子がある

 リビングや寝室と違い物が多く散らかった部屋

 机の上には缶ビールと一年六組の名簿表が置いてある

 老眼鏡をかけて荻原早季の書類を見ている神谷


神谷「(声 モノローグ)勉強が好きだと語る子は、強制的な親のせいでそう言わされているのか。もしくは勉強以外の娯楽が何もない環境で育ったのだろう。私の場合は後者である」


 缶ビールを一口飲む神谷


神谷「(声 モノローグ)知は力なり。知識と言葉で相手を打ち負かしなさいとよく父が言っていた」


◯20神谷家リビング(夜)

 缶ビールを飲みながらコンビニの弁当を食べている神谷

 

神谷「(声 モノローグ)私は孤独だ、友達に知識がいればそれでいい」


◯21神谷家洗面所(日替わり/朝)

 鏡を見ながらワイシャツを着て、ネクタイを身につけている神谷

 髪を整えている神谷


神谷「(声 モノローグ)朝起きるごとに白髪が増えている」


 白髪を抜く神谷


◯22波音高校体育館/始業式(朝)

 外は晴れている

 2、3年生のための始業式が行われている

 椅子に座っている2、3年生たち、その中には汐莉、響紀、詩穂、真彩、野球部の細田周平もいる

 ステージの上で上野が話をしている

 神谷を含めた教師たちは隅の方で校長の話を聞いている

 生徒たちは校長の話を興味なさそうに聞き流している


神谷「(声 モノローグ)腰が痛い、立ちっぱなしで授業を行うのに疲れてきた」


◯23波音高校職員室(昼)

 始業式後、昼休みに入っている教師たち

 神谷の机の上にはコーヒーの入ったマグカップ、一年生の資料、日誌が置いてある

 神谷はコーヒーを飲みながら、日誌を見ている

 他の教師たちは昼食を取ったり、教師同士で話をしたり、スマホを見たりして過ごしている

 職員室の扉を叩く音が聞こえる


汐莉「(扉を開けて)失礼します、神谷先生いらっしゃいますか?」


 神谷が汐莉のことに気付き、彼女のところへ行く


神谷「よう」


 扉付近で話をする二人


汐莉「あの・・・先生、文芸部って・・・」

神谷「今んとこ、部員1名だ」

汐莉「ですよね・・・」

神谷「汐莉的には文芸部を続けたいのか?」

汐莉「続けたいです」

神谷「入ってくれそうな人は?」


 首を横に振る汐莉


汐莉「部員募集をしてみようかなとは思ってるんですけど・・・先生手伝ってくれませんか?」

神谷「そういうのは生徒同士で・・・」

汐莉「お願いしますよ先生、去年だって菜摘先輩一人で活動してなかったじゃないですか」

神谷「それは鳴海や嶺二が貢献したお陰だな」

汐莉「あの二人は・・・役立ってる時とそうでもない時の差があり過ぎてプラマイゼロ。というかマイナス寄りだと思います」

神谷「そう言うなよ、二人だって結構頑張ってたと思うぞ」

汐莉「努力は認めますけど・・・」

神谷「だから汐莉も良い友達を見つけて手伝ってもらいなさい」

汐莉「見えない友達を探すより、先生が手伝ってくれた方が早いんですよね」


 困っている神谷


汐莉「せんせーい、お願いしますよー」


 少しの沈黙が流れる


神谷「分かった分かった、部員が一人見つかるまでは手伝う。その代わり一人部員が見つかったら後は自分たちでやりなさい」

汐莉「じゃあ一人見つかるまでは神谷先生が代打の文芸部員って事で!」

神谷「あくまで一時的だからな?」

汐莉「分かってますって」

神谷「今日の放課後でいいか?」

汐莉「はい、あっ、ていうか先生、今日一年生は?」

神谷「休みだ。2、3年の始業式しかないって予定表に書いてあったのちゃんと見たか?」

汐莉「あー、見ました。自分たちの予定は」

神谷「予定はしっかり確認しとけよ」

汐莉「はーい、それじゃー放課後部室で待ってまーす」

神谷「はいを伸ばすな」

汐莉「はーい、失礼しましたー」


 扉を開け職員室を出る汐莉

 神谷は自分の席に戻ろうとする

 

安西「神谷先生ってば・・・」

神谷「はい?」

安西「生徒にああいう態度を取らせるのはどうなんですかねぇ、完全に馬鹿にされてますよ」

神谷「それは・・・気を付けます」

安西「南はうちの生徒ですから、下手な態度を取らせないでくださいね」


 前原が馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら神谷のことを見ている


安西「それから部活動のことは生徒にやらせましょうよ、相手が少し可愛いからって優遇するのはどうなんですか?馬鹿な親戚のおじさんじゃないんですよ」

神谷「すみません」

安西「生徒からリスペクトされるような大人になってください」


 安西は神谷を叱りつけた後、職員室を出る

 いつの間にか前原以外の教師たちも神谷のことを見ながらニヤニヤ笑ったり、ヒソヒソ話をしている

 神谷は自分の席に戻り座る

 日誌を手に取ろうとする神谷

 神谷の肘が当たり、コーヒー入りのマグカップが床に落ちて割れる

 床にはマグカップの破片とコーヒーが広がっている

 前原が乾いた雑巾を持って来る


前原「(ニヤニヤ笑いなら雑巾を差し出して)はい、神谷先生」


 雑巾を無言で受け取り、一人で床を拭く神谷

 割れたマグカップを拾う神谷

 マグカップの破片で指先を切る神谷

 神谷の右手の指先から血が出る


神谷「(声 モノローグ)悪い考えが頭の中でひしめき合っている。悪い考えを解き放ちたいと望む自己顕示欲と、それすらも殺してしまおうと思う支配欲。現実逃避と破壊衝動、私の頭の中は戦時中だ」


◯24波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夕方)

 夕日で赤く染まっている部室

 机を対面させて作業を行なっている神谷と汐莉

 二人は部員募集の紙を作っている


神谷「汐莉、安西先生のクラスだったんだな」

汐莉「そうですよ」

神谷「部活の顧問が担任だと楽だろ」

汐莉「えー、先生が担任だったらよかったのになぁ。私安西先生はあんまり・・・」

神谷「苦手なのか?」


 頷く汐莉


神谷「そりゃ気の毒に」

汐莉「同情するなら金をくれ」

神谷「よっ、波高の安達祐実」

汐莉「(首を傾げて)なんで安達祐実?」

神谷「同情するなら金をくれってセリフは知ってるのに、家なき子のことは知らないのか」

汐莉「同情するなら金をくれって映画か何かのセリフなんですか?」

神谷「家なき子ってドラマのセリフだ」

汐莉「なーるほど、知りませんでした。嶺二先輩からの受け売りなので」

神谷「(笑いながら)嶺二だってあのドラマが放送されてた頃はまだ生まれてすらないだろうに」

汐莉「嶺二先輩は知ったかなところがありますから。そんなことより先生、上手く出来てますか?」

神谷「順調だよ、もうすぐ終わる。汐莉は?」

汐莉「私もそろそろです」

神谷「(腕時計を見て)貼るのは明日かな、今日はこれを作ったら帰りなさい」

汐莉「はーい」

神谷「はいを伸ばすな」

汐莉「はーい」


 時間経過


 日が沈んでいる

 机に並べてある二種類の部員募集の貼り紙

 それを見比べている神谷と汐莉


汐莉「(指を差して)私が書いたのはこっち、(隣を指差して)先生が書いたのはこっち」

神谷「新文芸部員が来たらどっちの貼り紙が良かったか聞くか」

汐莉「なら勝負しましょうよ!評判良かった方がジュースを奢るってのはどうですか?」

神谷「(頭をかきながら)生徒に奢るのは禁止なんだがな・・・まあジュースくらいなら運動部の顧問の先生もやってるだろうしいっか」

汐莉「やったー!」

神谷「でも一応、他の先生には内緒な」

汐莉「りょーかいです」

神谷「そろそろ帰りなさい、後片付けとコピーは先生がやっとくから」

汐莉「ではお願いします!!!!」


 カバンを持つ汐莉


汐莉「さようなら先生、明日も部室集合で!」

神谷「はいよ、気を付けてなー」


 扉を開けて教室を出る汐莉

 神谷は一人で部室のゴミや貼り紙を作るのに使った筆記用具を片付ける


神谷「(声 モノローグ)金は素晴らしい、こんな俺でも金を使えば人を喜ばすことが出来る。金を使えば・・・」


 プリンターを使って貼り紙を大量にコピーする神谷


神谷「(声 モノローグ)生徒のために、妻のために、親のために、人のために。何のために?何で俺が人のために?生きる意味が分からない。尽くした分尽くされる人生が幸せだとしたら、不幸だと嘆く人間が多いのも理解出来る」 

 

◯25波音高校職員室(放課後/夜)

 職員室に戻ってきた神谷

 職員室では作業をしている教師たちが何人かいる

 神谷はコピーしてきた部員募集の貼り紙をまとめ、印刷ミスがないか確認している


神谷「(声 モノローグ)私は数学が好きだ、厳密に言えば数字そのものに惹かれていた。大抵のことは数字に置き換えられる、身長、体重、視力、時間、年齢、金額、気温、年収、TwitterやInstagramのフォロワー、犯罪回数、女とヤった数。人の価値すらも数字がはっきりさせてくれる。(少し間を開けて)逆に私は数値化出来ない概念が嫌いだ」


 神谷が作業をしていると、一人の男性教師が声をかけて来る


男性教師1「神谷先生、ちょっといいですか」


 神谷は作業をやめ、男性教師1の顔を見る


神谷「何です?」

男性教師1「特別教室の四を物置にするって話なんですけど、もうやっちゃっていいですかね?」


 少しの沈黙が流れる


神谷「それって文芸部が廃部になってからの話では?」

男性教師1「ええ、一応そうなんですけど・・・ただこっちもロッカーとか邪魔で、早めに退かしたいんですよ。それに特別教室って一般教室より広いじゃないですか」

神谷「ですがあの教室はまだ文芸部が・・・」

男性教師1「(大袈裟な言い方で)いやぁ〜、困ったなぁ〜。あのロッカーで去年生徒が怪我したし、危ないから早めに片付けたいんですけど・・・」


◯26波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夜)

 ドンと大きな音を立ててロッカーを置く神谷と男性教師1

 

男性教師1「(額の汗を拭い)ふう、重かった」


 部室内をウロウロする男性教師1


男性教師1「しっかし、(笑いながら)神谷先生も廃部寸前の部活を残そうとするなんて、意外と生徒思いなんですね」

神谷「生徒のための部活なので」

男性教師1「おお、格好良いじゃないですかそんなこと言って」


◯27神谷家リビング(夜)

 真っ暗なリビング

 帰宅した神谷

 電気をつけカバンを置く神谷

 神谷はそのまま洗面所に行く


◯28神谷家洗面所(夜)

 洗面所の電気をつけ、引き出しを開ける神谷

 絆創膏を取り出す神谷

 右手の指先を見る神谷

 マグカップの破片で出来た傷がどこにもない

 神谷は右手の人差し指に絆創膏を貼る

 

◯29神谷家リビング(夜)

 缶ビールを飲みながらコンビニの弁当を食べている神谷

 食事をしながらテレビを見ている神谷

 

ニュースキャスター2「メナス米大統領は、従わない場合は武力をより強化すると牽制のツイートをしました」

神谷「(声 モノローグ)幸福や不幸は所詮主観でしかない。数字に置き換えるのは不可能だろう。人の価値は数値化出来るのに、幸福や不幸を数値化出来ないなんて矛盾もいいところだ。だから私は概念が嫌いだった」


◯30神谷家リビング(深夜)

 ソファに座っている神谷

 暗いリビング、テレビの明かりが神谷の顔を照らしている

 缶ビールを飲みながら映画シャイニングを見ている神谷

 シャイニングではジャックが斧を持って、ウェンディを追いかけている

 

神谷「(声 モノローグ)睡眠は時間の無駄だ」


 缶ビールを一口飲む神谷


神谷「(声 モノローグ)休息を目的にしているのに、私の体は休まっていない」


◯31神谷家リビング(早朝)

 外が少し明るい

 夜の間に飲んだ缶ビールを潰している神谷


◯32波音高校職員室(朝)

 神谷が出席簿やプリントを持ち、教室に向かおうとする

 神谷を引き留める女性教師1


女性教師1「神谷先生!ちょっとお待ちを!」


 立ち止まり振り返る神谷


女性教師1「井沢さんって確かあなたのクラスの子よね?」

神谷「ええ、そうですが」

女性教師1「あの子だけ入学前の課題が提出されてないの、今日の放課後、反省文を書かせてちょうだい」

神谷「課題未提出で反省文ですか?」

女性教師1「神谷先生、あの子は問題児よ。今のうちから厳しくしといた方があなたのためにもなるでしょ」

神谷「中学校からの報告書には目を通しました、でもそれほど問題を起こすようには見えませんが」

女性教師1「今は猫を被ってるだけだわ」

神谷「今日は生徒との約束があるので、明日にでも・・・」

女子教師1「今日の放課後、後に伸ばさないで」


 少しの沈黙が流れる


神谷「分かりました」


◯33波音高校一年六組の教室(朝)

 教室に入る神谷

 朝のHRの前の時間

 生徒たちはほとんど着席している

 まだあまり打ち解けていないのか、喋っている生徒は数人で後の生徒は各々自分の席で好きなように過ごしている

 神谷が入ってきたことに気が付き、読んでいた本をカバンにしまう早季

 由香はチュッパチャプスを咥えながらスマホを見ている

 教壇に荷物を置く神谷


神谷「(手招きして)由香、ちょっと来なさい」


 由香はスマホをポケットにしまい、渋々神谷の元へ行く


由香「何ですか」

神谷「廊下で話そう」


 由香はチュッパチャプスを噛み砕き、棒をゴミ箱に捨てる

 二人は廊下に出る

 生徒たちは不思議そうに廊下に出ていく由香と神谷のことを見る


◯34波音高校一年生廊下(朝)

 廊下には人がいない


神谷「何で呼ばれたか分かるか?」


 首を横に振る由香


神谷「入学前の課題の件だ」


 少しの沈黙が流れる


神谷「課題を提出しなさい」

由香「課題って何ですか」

神谷「入学前の課題のことだよ、家に届いたはず」

由香「知りません、そんな課題」

神谷「いや、知ってるはずだ」

由香「うちには届いてない」

神谷「由香、高校生にもなってそんな態度は許されないぞ」

由香「責める前に事務に確認してください」

神谷「もういい、今日の放課後反省文だ」

由香「何で?届いてないのに」

神谷「何でだと?嘘を吐くのは許されないんだよ」

由香「嘘じゃありません、うちには絶対届いてない」

神谷「いいだろう、そこまで言うなら後で確認してやる。確認が終わるまで居残りしろ」

由香「今すぐ確認出来ないんですか」

神谷「無理だ、HRがある」


◯35波音高校事務室(朝)

 積み上げられたプリントとダンボールがたくさんある部屋

 一人の事務員がパソコンを見ている

 事務室に入る神谷


事務員1「(顔を上げて)どうかしました」

神谷「配達物の確認をお願いしたい」

事務員1「いいですよ」


 メモとペンを手に取る事務員


神谷「一年六組の井沢由香に入学前の課題が届いているか確認してくれ」

事務員1「一年生ですか・・・少し時間がかかりますが・・・放課後には終わると思います」

神谷「分かった、(メモを指差して)それ貸してくれ」


 メモを渡す事務員

 ワイシャツのポケットからペンを取り出し携帯の電話番号をメモに書く神谷


神谷「確認がここに電話を」

事務員1「分かりました」

神谷「ありがとう」


◯36波音高校一年六組の教室(放課後/夕方)

 続々と帰っていく六組の生徒たち

 早季が教室を出る


神谷「由香、俺ちょっと用事があるから。ここで待っててくれ。帰るなよ!!」


 由香はスマホを見ながら頷く

 神谷は早足で教室を出る


◯37波音高校一年生廊下(放課後/夕方)

 下校していくたくさんの生徒たち

 早季は下校する生徒たちと逆の方向に進んでいる

 神谷は文芸部室へ向かう


◯38波音高校特別教室の四/文芸部室(放課後/夕方)

 神谷が来るのを待っている汐莉

 汐莉は昔の部誌を読み返している

 部室に入る神谷


汐莉「先生遅い〜!」

神谷「ごめん汐莉、もう少し待っててくれないか」

汐莉「え〜」

神谷「埋め合わせはするから!」

汐莉「じゃあジュース、奢ってくださいな」

神谷「ジュースは貼り紙の対決で・・・」

汐莉「先生約束したじゃないですか、部員が一人増えるまでは手伝うって」

神谷「分かった分かった、ジュース一本な」

汐莉「あ、先生」

神谷「何だ?」

汐莉「私軽音部の部室に行ってます、だからここじゃなくてそっちに来てください」

神谷「軽音部の部室って・・・」

汐莉「二年二組の教室です」

神谷「二年二組、分かった。用事が終わったら行くよ」


 神谷は早足で部室を出る

 汐莉は昔の部誌を片付ける


◯39波音高校二年二組の教室/軽音部二年の部室(放課後/夕方)

 窓を開けて校庭を見ている真彩と詩穂

 響紀は小さな電子ピアノで異邦人を弾き語りしている

 校庭では野球部が練習をしている


響紀「(♪異邦人)子供たちが 空に向かい 両手をひろげ 鳥や雲や夢までも つかもうとしている」


 興奮しながら指を差す詩穂

 詩穂が指を差した方向には細田周平がいる


詩穂「(指を差して)あの人!!!今ボール投げた!!」

真彩「えっ!?どれ!?」

詩穂「(指を差しながら大きな声で)今ボール投げた人だって!!!!」

真彩「(詩穂が指差した方向を見ながら)みんな同じ格好だし、みんな同じ坊主だし、見分けがつかねえ〜」

響紀「(♪異邦人)その姿は きのうまでの 何も知らない 私 あなたに この指が 届くと信じていた」


 汐莉が教室に入ってくる

 異邦人を弾くのをやめる響紀

 振り返る真彩

 詩穂は校庭を見たままの状態


汐莉「たっだいまー」

響紀「おかえりなさい」

真彩「文芸部は?」

汐莉「神谷が忙しいんだってさー」

真彩「ふーん」

汐莉「詩穂さんは相変わらずゾッコンですか?」

真彩「見ての通り、五分刈りの良さが私には分からんです」

詩穂「(大きな声で)かっこいいじゃん!!!!!!」

真彩「(ため息を吐き)響紀には明日香先輩、詩穂には細田くんか・・・私も同性愛者になろうかなぁ」

響紀「ふられるよ」


 少しの沈黙が流れる

 響紀のことを見ている汐莉


真彩「現実は厳しい・・・」

汐莉「響紀、何か弾いてよ」


 電子ピアノを弾き始める響紀

 選曲は中森明菜の少女A


響紀「(♪少女A)上目使いに 盗んで見ている 蒼いあなたの 視線がまぶしいわ

詩穂「あ、明菜ちゃん」

真彩「異邦人といい世代ちゃうのに・・・」

響紀「(♪少女A)思わせぶりに 口びるぬらし きっかけぐらいは こっちでつくってあげる」

汐莉「17歳の恋愛ソングと言えばこれ!」

響紀「(♪少女A)いわゆる普通の 17才だわ 女の子のこと 知らなすぎるのあなた」

真彩「それは八十年代のJKの話じゃ・・・」


 議論を交わす汐莉と真彩、気にせず弾き語る響紀、野球部の練習を見ている詩穂


響紀「(♪少女A)早熟なのは しかたがないけど 似たようなこと 誰でもしているのよ」

汐莉「名曲に世代は関係無し!」

響紀「(♪少女A)じれったい じれったい いくつに見えても 私 誰でも」

真彩「私らの世代ならもっと他にJKソングがあると思うんだけどなぁ」

響紀「(♪少女A)じれったい じれったい 私は 私よ 関係ないわ 特別じゃない どこにもいるわ」

汐莉・響紀・詩穂・真彩「(♪少女A)ワ‧タ‧シ 少女A!!」


 サビをハモらせる軽音部員たち


◯40波音高校一年六組の教室(放課後/夕方)

 教室には神谷と由香しかいない

 反省文を書いている由香

 スマホで電話をしている神谷


事務員「(電話 声)ええ、ですから他の生徒さんに二部届いていたみたいです」

神谷「そうですか・・・(かなり間を開けて)分かりました。ご苦労様です」


 電話を切りスマホをポケットの中にしまう神谷

 由香は立ち上がり、反省文を神谷に渡す


神谷「(反省文を受け取り)もう出来たのか?」


 頷く由香

 反省文に目を通す神谷


神谷「よし・・・今日はもう帰っていいぞ」

由香「課題はどうなってたんですか、私の家に届いているんですか」

神谷「課題のことなんだが・・・どうやら手違いがあったようだ」

由香「手違いって何ですか」

神谷「あー、それはだな・・・」

由香「はっきり言ってください先生」


 少しの沈黙が流れる


神谷「学校側のミスだった、すまない」

由香「やっぱり」

神谷「すまない」

由香「先生、適当に生徒を疑うのはやめた方がいいっすよ」」

神谷「申し訳ない」

由香「そんなガチで謝られても困るんすけど」

神谷「他に届いてない書類とかないよな?」

由香「知りません、他の子に何が届いているのか分からないし」

神谷「俺が後で確認しとこう、足りない物があったらすぐ届けるよ。色々すまなかったな」

由香「謝ってくれたんでもういいっす」


 由香は筆記用具をカバンにしまう

 カバンを持って教室を出る由香


由香「さようなら」

神谷「また明日」


◯41波音高校二年二組の教室/軽音部二年の部室(放課後/夕方)

 汐莉と響紀は電子ピアノで遊んでいる

 詩穂と真彩は野球部の練習を眺めている

 汐莉がエリーゼのためにを弾いている

 汐莉はピアノが下手


真彩「ヘッタクソだなぁ」

詩穂「(怒りながら)細田くんは下手でもいいの!!」

真彩「じゃなくて、汐莉のピアノのこと」

詩穂「あー、汐莉のことかー。確かに上手ではない」


 ピアノを弾くのをやめる汐莉


汐莉「ピアノは苦手なんだよ!!!」

響紀「汐莉、もっと優しく」


 響紀が汐莉の手を持って、そっと鍵盤に触れる

 響紀の顔を見る汐莉

 響紀は汐莉の手を使ってエリーゼのためにを弾く

 汐莉の顔が赤くなる


響紀「(汐莉の手を持ちながら)音に集中して・・・」

汐莉「(エリーゼのためにを弾きながら)う、うん・・・」

響紀「(汐莉の手を持ちながら)そうそう、上手」


 響紀の顔を見ている汐莉

 響紀も汐莉の顔を見る

 目と目が合う二人

 エリーゼのためにを弾いていた汐莉の手が止まる

 響紀が握っていた手を引っ込める汐莉


響紀「どうしたの?」

汐莉「(顔を逸らして)な、何でもない。(少し間を開けて)ひ、響紀が一人で弾いてみて」

響紀「じゃあ私を手本にしてね」


 頷く汐莉

 響紀がエリーゼのためにを弾き始める

 丁寧に弾く響紀


詩穂「これこれ、やっぱ響紀くんピアノ上手いね」

真彩「心が浄化される〜」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)鍵盤には優しく触れるの。明日香ちゃんの胸を触るイメージ」

真彩「触ったの!?!?」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)明日香ちゃんがボーッとしている時にね、胸を揉むとキャッって小さい声で言うの、それが果てしなく可愛い」

詩穂「響紀くん、それ公然わいせつ罪だから」

真彩「明日香先輩も変なのに目をつけられて大変だ」

汐莉「最近の明日香先輩は・・・満更でもなさそう・・・」

真彩「マジ!?」

汐莉「うん・・・」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)あの人胸が弱点だから」

詩穂「エリーゼのためにを弾きながら喋ることじゃないよそれ」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)明日香ちゃんも私の胸を触ればいいのに・・・」」


 響紀の胸元を見る汐莉


響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)詩穂も野球部の胸を揉めば落とせるんじゃない?」

真彩「明日香先輩以外でその技を試すのは危険じゃないかな・・・(ドン引きしながら)てか五分刈りの胸を揉むって」

詩穂「というかいきなり胸を揉んだり揉まれたりするのはちょっと・・・」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)そう?上手くいくと思うけど」

真彩「上手くいくと思うけど、じゃないわ!!!(少し間を開けて呆れながら)こんなやべえ思考の女がこの学校の生徒会役員だなんてやば過ぎてやばいなほんと・・・」

響紀「(エリーゼのためにを弾きながら)生徒会役員の私に楯突く気?」

真彩「いえ・・・何でもございません・・・」


 教室の扉を叩く音が聞こえる


汐莉「神谷だ」


 扉を開ける汐莉

 教室の前にいたのは神谷ではなく早季

 早季は数冊の本を抱えている


汐莉「えっと・・・軽音部に何か用ですか?」


 早季は何も答えない

 遠くから波の音が聞こえてくる


汐莉「(振り返り)波の・・・音・・・?」

真彩「どうしたん?お客さん?」


 汐莉は早季の顔を見る

 早季の瞳にはあるはずのない波が映っている

 汐莉の瞳にも同じくあるはずのない波が映っている

 波の音と響紀が弾くエリーゼのためにが響いている


汐莉「あなたは・・・誰・・・?」


 早季の口が動く

 早季は二文字の単語を言う

 汐莉はその言葉を聞いて意識を失う

 早季はどこかに行く

 大きな音を立ててその場に倒れる汐莉

 汐莉が倒れたことに気が付き、駆け寄る軽音部員たち

 軽音部員たちは汐莉の体を揺さぶり、声をかけるが汐莉の反応はない

 響紀は助けを求めて廊下を見渡す

 廊下を歩いている早季の後ろ姿を見る響紀


◯42波音高校保健室廊下(放課後/夕方)

 軽音部員と話をしている神谷

 

神谷「その生徒の顔は見てないんだな?」

響紀「後ろ姿だけ・・・多分一年生だと思います」

神谷「どうしてそう思うんだ?」

響紀「制服が綺麗だったし・・・」

神谷「二人も後ろ姿を見たのか?」


 頷く詩穂と真彩


真彩「(自信なさげに)一年生に見えました・・・」

詩穂「(俯き)私には分かりません・・・」


 困っている神谷


神谷「(声 モノローグ)教師の一日は忙しい。授業の準備をして、生徒の面倒を見て、同僚の機嫌を取り、学校の問題を解決するために走る」

神谷「君たちはもう帰りなさい」

響紀「汐莉はどうするんですか?」

神谷「少し話を聞いてから下校させるよ」


 顔を見合わせる軽音部員たち


神谷「さあ、もう帰りなさい」

詩穂「響紀くん、帰ろう?」


 響紀は心配そうな表情をしている


真彩「響紀、ここに残っても迷惑になるよ」

響紀「分かった」


 軽音部員たちはカバンを取りに部室に戻る

 神谷は軽音部員たちを見送り、廊下を歩く

 少し歩くと廊下に自動販売機がある

 ポケットから財布を取り出し小銭を入れる神谷

 なっちゃんのオレンジ、りんご、グレープ味を買う神谷

 ポケットに財布をしまい、ジュース三本を持って保健室に戻る神谷


神谷「(声 モノローグ)生徒を叱り、生徒の親から怒鳴られ、同僚から軽蔑される」


 保健室に入る神谷


◯43波音高校保健室(放課後/夕方)

 保健室の時計は五時半過ぎを指している

 ベッドの上で休んでいる汐莉、目は覚めている

 保健室の先生はおらず、神谷と汐莉だけの保健室


汐莉「せ、先生!!(神谷が持っているなっちゃんを見ながら)もしかしてそれ全部私にくれるんですか!!」

神谷「(なっちゃんを見せながら)見舞いと遅れた謝罪を兼ねたジュースだ。二本好きな味を取っていいぞ、残ったやつは俺が飲む」

汐莉「三本ともくださいよ〜」

神谷「欲深いな」

汐莉「だって水分取らないと死んでしまいますもん」

神谷「しょうがねえな」


 ジュース三本を汐莉に渡す神谷

 受け取る汐莉


汐莉「わーい!先生の奢りだー!」


 三本のジュースを枕元に並べる汐莉


神谷「今、意識はどんな感じだ?」

汐莉「少しボーッとしてます」

神谷「気を失う直前、誰かと話をしてたんだろ?覚えてる?」

汐莉「覚えてますけど、誰だったのか・・・」

神谷「確認だけど殴られたりしてないよな?」

汐莉「(首を横に振り)少し喋って私の方が気絶したみたいです」

神谷「なるほど・・・」

汐莉「何しに来たのか分からないんですよね。見学って感じじゃなさそうだったし、実は迷子だったりして」

神谷「学校で迷子はないだろうよ。軽音部の子は一年生じゃないかって言ってたけど、一年生に見えたか?」

汐莉「言われてみれば制服が新しかったような・・・確かに一年生かも」

神谷「その子の特徴を教えてくれ」

汐莉「特徴・・・特徴・・・髪は腰くらいありました、垂れ目です。美人さんだったと思います」

神谷「髪が腰くらいまであって垂れ目か・・・」

汐莉「犯人探しするんですか?」

神谷「また汐莉みたいに倒れる生徒がいたらね。今回は特に何もされてないようだから探らないよ」

汐莉「先生、犯人探しもいいですけど文芸部は・・・」

神谷「貼り紙は俺がやっとこうか?」

汐莉「いいんですか!」

神谷「三学年の廊下と外の掲示板に貼ればいいんだろ」

汐莉「はい!!」

神谷「了解、保健室の先生呼んでくるよ。まだ頭がボーッとするならお父さんかお母さんを迎えに来てもらいなさい」

汐莉「はーい」

神谷「お大事に」


 保健室を出る神谷


◯44波音高校職員室(夜)

 職員室に戻ってきた神谷

 職員室では教師たちがプリントの準備をしたり、日誌をつけたり、授業で使う道具をまとめている

 神谷は自分の机に置いていた文芸部募集の貼り紙を持って職員室を出ようとする

 怒りながら神谷を呼び止める女性教師1


女性教師1「神谷先生!!」


 振り返る神谷

 怒っている女性教師1


女性教師1「事務の方から聞きましたよ!!!入学前の課題が届いていなかったらしいじゃないですか!!!!」

神谷「え、ええ・・・手違いがあったようで・・・」

女性教師1「何で確認しなかったのよ!!!」

神谷「はい?」

女性教師1「あなたが確認をしなかったからこんな事故が起きたんでしょ!!!!!」

神谷「事故って・・・確認は私ではなく事務の仕事です」

女性教師1「あなた校長からの指示を忘れたのね!!??」


 職員室にいる教師たちは馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら神谷のことを見ている


女性教師1「(怒鳴り声で)人の話を聞いていないからあなたの教え子も問題児ばかりなのよ!!!!!!今すぐ事務室に言って書類の確認をしに行きなさい!!!!!!!」

神谷「す、全てですか?」

女性教師1「(怒鳴り声で)当たり前でしょ!!!!!!今度こそ全てよ!!!!!!言っとくけどあなた以外の先生は全員やっていることなの!!!!!!!!自分だけ特別扱いされると思わないで!!!!!!!」


 静かになる職員室

 神谷はゆっくり自分の机に戻り文芸部員募集の貼り紙を置く

 職員室の中にある鍵置き場から事務倉庫室の鍵を手に取って職員室を出る神谷

 女性教師1を含めて職員室にいた教師たちは神谷の姿を見てニヤニヤ笑っている


女性教師1「(大きな声で)アーハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!」


 大きな声で豪快に笑う女性教師1

 女性教師1につられて吹き出す教師たち

 職員室にいた教師たちは皆大きな声で笑っている

 

◯45波音高校職員室前廊下(夜)

 廊下を歩いている神谷

 事務倉庫室に向かっている神谷

 外は暗い

 職員室にいる教師たちの大きな笑い声が響いている廊下


教師たち「アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」


 死んだような目をしている神谷


◯46波音高校事務倉庫室(夜)

 ダンボールだらけの倉庫

 一年六組と書かれたダンボールの中に入っている書類を一枚一枚手作業で確認している神谷

 立ったまま書類に目を通していく神谷


神谷「(声 モノローグ)気が狂いそうだった」


 荻原早季とメモが貼られた書類を手に取る神谷

 少しの間動きが止まる神谷

 波音町緋空寺2−6−9と住所が記されている

 神谷は早季の住所を見ている

 作業を再開する神谷


◯47波音高校校庭(夜)

 校庭で活動していた部活はもう終わっている

 校庭には人がいない

 スマホをライト代わりにして掲示板を照らしつつ、文芸部員募集の貼り紙を一人で貼っている神谷

 掲示板を何度も何度も叩きながら画鋲を奥に刺し込んでいる神谷

 ドンドンと画鋲を奥に刺し込む音だけが響いている校庭


神谷「(声 モノローグ)人は自分より弱い人間が好きだ。都合の悪い時はミスをそいつのせいに出来るし、逆に相手が困っている時は手を差し伸べ助けることも出来る。正義のヒーローとは実に気取った呼び名だ、私はこう言ってやりたい。この世にいるお前より弱い人間が全員死ねばお前が最弱になると」


◯48南家汐莉の自室(夜)

 CDやミュージシャンのポスターが飾られている汐莉の部屋

 ベッドの横にはギターケースが置いてある

 汐莉は机に向かい椅子に座って20Years DIaryに日記をつけている

 汐莉はイヤホンをつけてスマホで音楽を聞いている

 扉を叩いて汐莉の母親が部屋に入ってくる

 イヤホンを外す汐莉


汐莉の母「ほんとに病院行かなくていいの?」

汐莉「うん」

汐莉の母「ご飯は?食べられそう?」


 頷く汐莉

 汐莉は日記を閉じて立ち上がる

 母親と一緒にリビングに行く汐莉


汐莉の母「たこ焼きもあるよ」

汐莉「チーズ明太子は?」

汐莉の母「それも買ってきた」

汐莉「ありがとうママ」


◯49神谷家志郎の自室(夜)

 本だらけの部屋に机と椅子がある

 リビングや寝室と違い物が多く散らかった部屋

 机に向かって椅子に座っている神谷

 神谷は缶ビールを飲みながらA4サイズの白紙に数字を描き続けている

 机の上には数字だけを書いたたくさんの白紙とまだ何も書かれていない白紙が山積みになっている

 神谷はひたすらペンを動かし数字を書き続けている

 数字で白紙が埋まる

 神谷は新しく白紙を手に取り、書き終えた紙は山積みの上に乗せる

 白紙の上の段にπと書く神谷

 そこからまたひたすら3.14...と書き続ける神谷


神谷「(声 モノローグ)文芸部は廃部になった」


◯50神谷家寝室(日替わり/早朝)

 目覚ましがなっていないのに目を覚ます神谷

 体を起こし電子時計を手に取る神谷

 日付は5月17日、時刻は四時過ぎ

 ベッドから出る神谷


◯51神谷家リビング(朝)

 外は曇っている

 食パンを食べている神谷

 

神谷「(声 モノローグ)どんな記録でも打ち破られる。長い時間をかけて記録を更新するか、それともある日突然誰かが記録を抜くか・・・最悪だ、こんなに酷い1日はない。そう思っていても、翌日にはもっと最悪な日が訪れていた。おめでとう、新記録だ」


◯52波音高校一年六組の教室(朝)

 教室に入る神谷

 朝のHRの前の時間

 どんどん教室に入ってくる生徒たち

 教室にいる生徒たちは周りにいる人と喋ったり、立ち歩いたり、スマホを見たりしている

 早季は自分の席に座って本を読んでいる

 由香は大きな声で周りの女子たちと喋っている

 神谷が来たことに気が付き、近くの女子生徒二人に耳打ちをする由香

 女子生徒二人は頷く


由香「神谷せんせー!」

神谷「何だ?」

由香「うちらの宿題知りませーん?」

神谷「先週プリントを渡しただろ」

由香「それがー、もらってないんすよー」

女子生徒1「あれって今日提出っすよねー?」

神谷「そうだ」

女子生徒2「最悪、私たち提出出来ないから成績にもろ影響すんじゃん」

由香「せんせーどうしてくれるんですかー?」


 考える神谷


神谷「しょうがない、君たちだけ提出日を来週にする。後で職員室に来なさい。プリントを渡すから・・・」


 机の中からプリントを取り出す由香たち


由香・女性生徒1・女子生徒2「(プリントを高く上げて大きな声で)うっそーでーす!!!!!!」


 神谷のことを見てゲラゲラ馬鹿みたいに笑っている由香たち


神谷「(声 モノローグ)締め殺してやりたいという衝動に駆られたが、心を落ち着かせることにした。こんなことでいちいち生徒に怒っていたらこちらの体力がもたない。私は大人だ、それも我慢が出来る賢い大人だ」

神谷「そうか、プリントがあって先生安心したよ」


 神谷は落ち着いた素振りでHRで配るプリントの準備をする


由香「(舌打ちをして)つまんな」

女性生徒1「ね、いじり甲斐がないわ」

女子生徒2「あいつ、女が嫌いなんじゃないの?」

由香「もしかしてゲイ?」

女子生徒1「結婚してないんだしゲイじゃね」

女子生徒2「裏で男子を食ってそー」

由香「キモすぎ」


 由香たちは神谷の悪口を話している


汐莉「(大きな声で)神谷先生!」


 扉の前に汐莉が立っている

 汐莉の元に行く神谷


神谷「よう、汐莉」


 扉付近で話をする神谷と汐莉

 生徒たちは神谷のことを見ている


汐莉「今日の放課後、体育館で・・・」

神谷「野球部のためにライブをするんだろ?職員室で聞いた」

汐莉「良かったら聞きに来ませんか?」

神谷「今日は生活環境部の活動があるから、途中で顔を出すよ」

汐莉「はい!!ライブは四時半スタートです!!」

神谷「(腕時計を見て)四時半からね、了解」

汐莉「じゃあ待ってます先生!!」


 頷く神谷

 汐莉は走って二年生の教室に戻って行く


神谷「(大きな声で)廊下は走るなよー!!!」


 神谷は少し嬉しそうな表情をして教室に戻る

 生徒たちのほとんどが不思議そうに神谷のことを見ている

 早季は変わらず本を読んでいる


神谷「HR始めんぞー!みんな座れー!」


 生徒たちはノロノロと自分の席に戻って行く

 早季は本を机にしまう


◯53波音高校職員室(昼)

 昼休みに入っている職員室

 教師たちは次の授業の準備をしたり、昼食を取ったり、教師同士で話をしたりして過ごしている

 神谷はコーヒーを飲みながらコンビニの弁当を食べている

 職員室に入ってきた前原


前原「神谷先生、校長が呼んでますよ」


 神谷はティッシュで口を拭く

 立ち上がり校長室に行く神谷


◯54波音高校校長室(昼)

 校長の上野が椅子に座っている

 歴代の校長の顔写真、部活動のトロフィー、有名人のサインが飾られている校長室

 立っている神谷

 テーブルの上には生徒が記入したアンケート用紙が置いてある


上野「掛けなさい」


 椅子に座る神谷

 上野は振り返り飾られている歴代校長の写真を見る


上野「(歴代校長の写真を指を差して)彼は私の先生だった」


 上野が明智剛裕という人物を指差している


神谷「知ってます、先日亡くなられたと聞きました」

上野「先月だ・・・97で亡くなった。(少し間を開けて)晩年は面影もなかったが、現役の頃はとにかく怖くてね。私も一度怒られた、(笑いながら)その時はロッカーに2、3時間放り込まれたよ。そんな彼のひ孫も昨年度卒業してしまったな・・・何という名前だったか・・・」

神谷「双葉です」

上野「双葉か!!」

神谷「はい、担任したことはないですけど・・・」

上野「そうかそうか・・・ところで、最近調子はどうかね」

神谷「調子とは・・・クラスのことですか?」

上野「調子は調子だよ」

神谷「生徒はだいぶ慣れてきたと思います、教室も以前に比べて明るいです」

上野「(アンケート用紙を指差して)これを覚えているかね?」

神谷「覚えてますよ」

上野「見てみなさい」


 神谷はアンケート用紙を手に取って見る


上野「まだ入学したばかりとはいえ、君の評価は一年生の担任の中で一番低い」


 アンケート用紙は5段階評価のマークシートシステムになっている

 神谷の評価はほとんど1、2である

 アンケート用紙は匿名記入


上野「神谷くん、私は君のことが心配だ、最近はミスも多いと聞いているよ」

神谷「校長、このアンケートは授業が始まる前に行ったものですから、正確なデータは分からないのでは?」

上野「そうだとしても、このアンケートの結果は大事だろう」


 アンケート用紙の改善してほしいところという欄に”確認を早くしてほしい、生徒の家にちゃんと課題を届けて欲しい”と書かれている

 その生徒の神谷の評価は全て1になっている

 神谷はアンケート用紙をテーブルに置く


上野「君は生徒思いかもしれないが、学校思いではないな。子供たちにとって良い環境、それはすなわち学ぶ意欲関心を持たせる環境のことだが神谷先生、君はそれを彼らに与えていない」


 アンケート用紙を手に取って見せる上野


上野「(アンケート用紙を見せながら)我が校でこんな評価は許されないよ」

神谷「生徒から好かれるように努力してます。でも相性が合わない時だってあるんですよ」


 深くため息を吐く上野


上野「私もそれは理解している。でも誰かが厳しく言わなきゃならない。かつて明智先生が私を叱ったようにね」

神谷「校長が何を言いたいのか私には分かりません」

上野「君は明らかに努力不足だ、生徒からは評判が悪いし仕事でのミスも目立つ、気が抜けている証拠だぞ」

神谷「(俯き)すみません」

上野「前原先生を見習ってくれ、彼のアンケート評価はほとんどが4か5だ。若いのにしっかりしてるし子供の扱いも上手い。おまけに仕事でミスはしない。比較したくはないが、君とはえらい違いようじゃないか」


 少しの沈黙が流れる


神谷「話はそれだけですか?」

上野「私が言ったことを理解しているのか君は」

神谷「前原先生のような先生になれと仰った」

上野「なれるのか?」

神谷「私と彼は別の人間です、なりたくてなれたら苦労しませんよ」


 再び沈黙が流れる


上野「もういい・・・次の授業の準備をしに行きなさい」


 立ち上がり校長室を出る神谷


◯55波音高校職員室(昼)

 職員室に戻った神谷

 昼休みはもうすぐ終わる

 神谷は食べ損ねた昼食をゴミ箱に捨てる

 前原と若い女性教師が楽しそうに喋っている

 ゴミを捨てている神谷と目が合う前原

 馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら神谷のことを見る前原


神谷「(声 モノローグ)数字は嘘をつかない」


◯56波音高校一年生の廊下(放課後/夕方)

 廊下に集まっている生活環境部の生徒、約20人と神谷


神谷「今日は事務倉庫の掃除だ。重たい物が多いから男子は率先して働くように、女子は箒とちりとりを持って床を綺麗にして欲しい。しっかり掃除をしてくれよ、じゃなきゃ成績に加点出来ないからな」


 適当に返事をする生活環境部員たち


神谷「先生ちょっと抜けるから、後は頼むよみんな」


 頷く生活環境部員たち

 神谷は事務倉庫の鍵を生活環境部員の生徒に渡して体育館に向かう


◯57波音高校体育館(放課後/夕方)

 軽音部のライブが行われている

 ステージの上でタッチを歌っている汐莉

 ノリノリでライブを楽しんでいる野球部員たち、その中には細田周平もいる

 神谷は体育館の後ろの方でライブを聴いている


汐莉「(♪タッチ)すれちがいや まわり道を あと何回過ぎたら二人はふれあうの お願いタッチタッチここにタッチ あなたからタッチ 手をのばして受けとってよ ためいきの花だけ束ねたブーケ」

響紀「(マイクを手に取り大きな声で)お前ら甲子園行く気あんのかー!!!!!!!」


 野球部を煽る響紀

 声を上げる野球部員たち


響紀「(大きな声で)聞こえねえぞ!!!!!!!!二番はもっと大きな声で!!!!!!!!!」


 さらに大きな声を上げる野球部員たち


汐莉「(♪タッチ)あなたがくれた淋しさ全部 うつってしまえばいいね 二人で肩を並べたけれど星屑ロンリネス ひとり涙と笑顔はかってみたら 涙が少し重くて ダメね横顔で 泣いてみた 青春はね 心のあざ 知りすぎてるあなたに 思いがからまわり」

神谷「(声 モノローグ)概念の中でも一つだけ好きな概念がある、芸術だ」


 汐莉はタッチを歌い続けている


神谷「(声 モノローグ)芸術は数値化してはならない。絵画、彫刻、音楽、小説、映画・・・無限の可能性を秘めている、私はその無限の可能性に惹かれて学生時代美術部に参加した、確か妻と出会ったのも美術部だ。妻?前妻の間違いだな。事実上離婚している。とにかく、芸術はこの世界に欠かせない。絵画ならベクシンスキー、彫刻と言えばミケランジェロのピエタ像、音楽はビートルズ、ドストエフスキーの小説、天才監督が作ったシャイニング・・・芸術は数に置き換えられるほど浅はかではない」


 タッチを歌い終わる汐莉

 拍手する野球部員たちと神谷

 頭を下げる軽音部員たち


 時間経過


 ライブが終わり、楽器をステージの裏に運んでいる軽音部員たち

 楽器の片付けをしながら小さな声で喋っている詩穂と真彩

 汐莉と響紀は黙々と楽器を片付けている


真彩「(小さな声で)詩穂、いいの?細田くんいるよ」

詩穂「(俯き)うん・・・」


 野球部員たちは体育館に残っている

 野球部員たちはコソコソ話をしながら汐莉のことを見ている


響紀「汐莉、私生徒会室に行っていい?」

汐莉「忘れ物?」

響紀「うん、体育館の貸出表を置いてきた」

汐莉「りょーかい、こっちは片付けやっとくね」

響紀「ごめん」


 響紀は走って体育館を出る

 神谷は汐莉に声をかける


神谷「汐莉、ライブ良かったぞ」

汐莉「(ギターを運びながら)神谷先生、来てくれたんですね!」

神谷「もちろん、誘われたら行くに決まってるじゃないか」

汐莉「(ギターを運びながら)え?声かけましたっけ私」

神谷「何言ってんだ?ついさっきの話だぞ?」

汐莉「(ギターを運びながら)さっき・・・?」

神谷「(心配そうに)汐莉、疲れてないか?」

汐莉「(ギターを運びながら)まあ少し、ライブは疲れるもんですから」

神谷「(手を出して)またぶっ倒れたら困るから、ギターは先生が運ぶよ。汐莉は休んでなさい」


 立ち止まる汐莉


汐莉「いいんですか?」

神谷「いいとも」


 ギターを差し出す汐莉

 ギターを受け取る神谷


神谷「(ギターを持って)ステージの裏か?」

汐莉「いや、体育館裏口の外です。楽器がたくさん置いてあるんで分かると思います」

神谷「了解だ」


 神谷はギターを体育館裏口の外に運んで行く

 野球部員たちは変わらず汐莉のことを見ながらコソコソ話をしている

 野球部員たちの中心に細田がいる


野球部員1「(小さな声で)おい、細田行ってこいよ」

細田「いや、俺別に・・・」

野球部員2「(細田の腕を無理矢理引っ張って)いいから!」

細田「ちょ、先輩!」


 細田は三年の先輩に無理矢理連行されて汐莉の元に行かされる


野球部員3「こいつ、二年の野球部なんだけどどう思う?」


 困っている汐莉


汐莉「(困りながら)どうって聞かれても・・・」

野球部員1「ちょっとこっち来て」


 汐莉は渋々ステージから降りる

 ステージの上から詩穂と真彩は汐莉のことを見ている


汐莉「何ですか」

野球部員2「こいつさ、細田って言うんだけど一緒に帰りたいんだってさ」

汐莉「えっ?」

細田「せ、先輩!!何言ってるんすか!!!」

野球部員3「まあ落ち着けよ細田」


 野球部員1と2が汐莉と細田の背中を無理矢理押して帰らせようとする


真彩「汐莉の詩穂が行けば・・・」


 首を横に振る詩穂


真彩「何でよ?細田くんのことが好きなんでしょ?」


 俯く詩穂

 押されて無理矢理帰らされそうになっている汐莉と細田


汐莉「(抵抗しながら)ちょ、ちょっと!やめてください!」

野球部員1「(汐莉と細田の背中を押しながら)一緒に帰るだけでいいから!」

細田「先輩!!!お、俺!別に・・・す、す、好きなんて言った覚え・・・」

野球部員2「(汐莉と細田の背中を押しながら)照れんなよ!!せっかく一緒に帰ってくれるって言ってるんだからさ!!」

汐莉「(抵抗しながら)そんなこと言ってないんですけど!!」

野球部員3「まあまあ!二人きりで帰れば親しくなるよ!!」


 言われるがままの汐莉と細田


真彩「詩穂!!早く代わりに行こーよ!!!」


 詩穂は泣いている


真彩「詩穂・・・?」

詩穂「(泣きながら)細田くんは・・・きっと汐莉のことが好きなんだよ」

真彩「それは詩穂が告白してみないと分かんないじゃん!」

詩穂「(泣きながら)そんなこと出来ない・・・」


 どんどん連れて行かれる汐莉と細田


真彩「あーもう!!イライラする!!!細田くんが汐莉と付き合ってもいいの!?」

詩穂「(泣きながら)細田くんが汐莉のこと好きならそれで・・・」


 詩穂は汐莉と細田のことを見ている

 結局汐莉と細田は野球部の先輩に連れられて体育館を出る


 時間経過


 体育館に戻ってきた神谷

 体育館にいるのは詩穂と真彩だけ

 ステージの上で座っている詩穂と真彩


神谷「あれ、汐莉はどうしたんだ?」

真彩「えっと、帰りました」

神谷「そうか・・・ギターは置いといたと伝えてくれ」

真彩「あ、はい」


 神谷は体育館を出る

 神谷とすれ違いざまに体育館貸出表を持った響紀が体育館に戻ってくる

 ステージに登る響紀


響紀「二人して座り込んでどうしたの?」


 少しの沈黙が流れる


響紀「汐莉はどこ?」

詩穂「(俯き)帰った」

響紀「片付けが終わってないのに?」

真彩「帰ったって言うか・・・その・・・野球部に・・・」

響紀「野球部が何?」

真彩「野球部に連れて行かれたというか・・・」

響紀「どういうこと?」

真彩「(誤魔化しながら)つ、連れて行かれるで思い出したんだけど!せ、先週の月9、ヒロインがホテルに連れて行かれる展開だったね!響紀見た?」

響紀「見てない」

真彩「(大袈裟に)え、えええ!?み、見てないの!?!?」


 しゃがんで詩穂の顔を覗き込む響紀


響紀「(詩穂の顔を覗き込みながら)詩穂、何があったの?」


◯58波音高校事務倉庫室(放課後/夕方)

 ダンボールだらけの倉庫

 少しだけダンボールが片付いている

 事務倉庫室にいる神谷

 生活環境部員の生徒はもういない

 ダンボールの上にメモ書きが残されている、”掃除が終わったので帰ります、戸締りと成績の加点よろしくお願いします”と書かれている

 倉庫室を見回った後電気を消して部屋を出る神谷

 

◯59波音高校一年六組の教室(放課後/夕方)

 夕日で赤く染まった教室

 教室にいるのは早季だけ

 早季は机の上にたくさんの本を置いて読書をしている

 少しすると神谷が教室に入ってくる


神谷「早季いたのか、誰もいないかと思ってたからびっくりしたぞ」


 早季は気にせず読書を続ける

 教壇の中に入っていた出席簿を取り出す神谷


神谷「学校はもう慣れたか?」


 本を読みながら頷く早季


神谷「早季はあんまりクラスの子と喋ってない気がするんだが・・・先生の気のせいかな?」

早季「(本を読みながら)苦手なんです、知らない人と喋るのは」

神谷「知らないって言ったって、学校が始まってもう一ヶ月だぞ?」

早季「(本を読みながら)先生は一ヶ月でその人がどんな人なのか分かるんですか」

神谷「あ、いや・・・分からないな。でも喋ってくうちに人となりが見えくるもんだよ」


 出席簿を手に持って教室を出ようとする神谷


神谷「何か悩みがあるならいつでも相談に来なさい、話し相手がいた方が楽になる」

早季「(本を閉じて)先生?」

神谷「何だ?」

早季「人は償えますか?この世界にしたことを」


 神谷の足が止まる

 振り返る神谷

 早季の顔を見る神谷


神谷「先生には早季が言ってることの意味が分からないよ」


 神谷は早季が読んでいた本を視界に入れる

 環境問題、核兵器、病原菌、世界の政治経済、貧富の差、犯罪など様々な内容の本が早季の机の上に置いてある

 椅子に座って早季と向かい合う神谷


神谷「勉強熱心だな。感心するよ、先生が高校生の時はこんなに勉強をしてなかった」

早季「入学式の時、校長先生は言いました。たくさんの疑問を見つけて欲しいと」

神谷「言ってたね」

早季「どうして人は、この本に書かれている問題を無視するんでしょうか?」

神谷「無視はしてないと思うぞ」

早季「じゃあ校長先生は地球温暖化を防ぐような努力をしてるんですか?病気やウイルスの治療方法を見つけようとしていますか?」

神谷「それは・・・していないかもしれない」

早季「どうしてですか?地球が汚染されても構わないんですか?」

神谷「そうは思わないよ、誰もが温暖化や病気を出来ることなら無くしたいと願っている。でも残念ながら早季の言う通り、人々は問題と向き合おうとしない、それはどうしてだと思う?」

早季「分かりません」

神谷「いいかい、今から言うことをよく覚えておきなさい」


 頷く早季


神谷「人は怖いんだ、現実を知ることがね。未然に犯罪を防ぎたいと思っても、犯罪者について知ろうとは思わない。それは怖いからだ。自分の親しい人が犯罪者になったらどうしよう・・・とか、もしも自分の近くに犯罪者がいたら・・・なんて馬鹿なことを考える。結局物事の本質から逃げるんだ。でもね、中には逃げることで自分を守る人だっているんだよ」

早季「地球が汚染されても人は逃げていいんですか?」


 少しの沈黙が流れる


早季「地球には約14000発の核兵器があります。私たちが喋っているこの瞬間、兵器は増え続けているんです。神谷先生も、校長先生も、この町の人も、みんなそのことを無視してる。世の中は悪くなる一方なのに・・・」

神谷「どうしてそう思うんだ?良くなることだってあるよ」

早季「良くなるなんて考えられません」

神谷「早季、物事には二つの道がある。 (少し間を開けて)そうだな・・・食堂のご飯を食べた事は?」

早季「ないです」

神谷「美味いから食べてみるといい、あの食堂はいつも生徒に人気だ。俺はこの学校に勤めてもう何年にもなるが、食堂のご飯が不味かったことは一度もないよ。何を食べても必ず美味い。(かなり間を開けて)でもある日突然、早季が学校を卒業してから数年後か、それよりもっと先か分からないが、食堂の飯が不味くなる時が来るかもしれない。あんなに美味いと評判で人気だった食堂に人が来ない日が来る。すると食堂の売り上げが落ちるんだ。売り上げを良くするために食堂のおばちゃん達は何をすると思う?」

早季「また・・・美味しいご飯を出すようにする?」

神谷「正解だ。食堂のご飯も二つの道を辿るんだよ、美味しい道と不味い道をね。どっちかだけの道を辿るなんて事はないんだ。人生もそうだろ?良い時もあれば悪い時あるって言うじゃないか。(少し間を開けて)人は成長するし学ぶ、確かに一見すると世の中は悪い方向に進んでいるようにも思える、けど本当のことは誰にも分からないよ。未来は不確かだ」

早季「先生、今は良い時代ですか?それとも悪い時代ですか?」


 考え込む神谷


神谷「歴史的に見れば・・・戦争に巻き込まれたりしてないし悪い時代ではないと思うぞ」

早季「つまり来るんですね・・・今から遠くない未来に最悪な時代が・・・」


 再び沈黙が流れる


神谷「未来がそんなに気になるのか?」

早季「はい・・・最悪な時代の訪れを感じますから・・・貧富の差が開き、心は荒む、貧しい人達は生活するためにお店を襲う。でも国が助けるのは被害にあったお店側・・・貧しい人たちじゃない・・・だから犯罪率も下がらない。兵器は増え国家間の緊張が高まります、やがて戦争が起きるんです。緑は消え汚れた水から病気が流行るでしょう。たくさんの人が不幸な目に遭う・・・このクラスにいる子や、これから産まれる赤ちゃんが可哀想だと思いませんか?(少し間を開けて)先生・・・地球が泣いているんです」

神谷「俺は数学が専門だし・・・地球の環境について詳しいわけじゃないから、早季が求めてるようなことは言えないと思う。君は子供が可哀想だと言ったね。でも六組の生徒たちは好きなことをして楽しんでると思うぞ。俺からすればそんなに可哀想には見えないなぁ」

早季「(大きな声で)それは今だけです!彼らの未来は明るくない!」


 早季の大きな声に少し驚く神谷


神谷「先生には孝志って名前のお兄ちゃんがいてね、頭が良くてスポーツも得意な人だった。いろんな才能があったと思う。孝志は高校受験の前に交通事故で死んだ。彼が事故に遭う瞬間を見たし、遺体も確認した。先生は不幸じゃない死なんて滅多にないと思うよ。波音高校の生徒がテロに巻き込まれて死のうが、戦争で死のうが、病気で死のうが、交通事故で死のうが、不幸は不幸でしかないんだ。身近にいる人たちは可哀想だと思うのが普通だろう。(かなり間を開けて)孝志が今生きていたら46歳、男性の平均寿命を考えると後30年は生きてるかもしれない。早季、孝志が生きてたとしたら彼は可哀想か?」


 答えられない早季


神谷「大事なのは地球の未来じゃない、早季の未来だ」

早季「いいえ、大事なのは地球と子供達の未来です」

神谷「早季だってまだ子供じゃないか」

早季「大人は子供達に罪を償わせるんですか?滅びかけた世界で生きるのは先生のような大人ではなく、今いる子供達やこれから産まれる赤ちゃんですよ」


 真剣な眼差しで神谷を見る早季


神谷「早季、この続きはまた明日しよう。簡単に答えを出せる問題じゃなさそうだ」


 早季は机の中に本をしまう

 カバンを持って立ち上がる早季


神谷「そういえば早季ってお寺の子だったんだな、知らなかったよ。今度お参りに行こうかな」

早季「先生、あの寺にはもう何もありませんよ」

神谷「そんなことはないだろ、お寺なんだから」

早季「何もないんです・・・何も・・・(かなり間を開けて)神谷先生、さようなら」

神谷「お、おう。また明日な」


 早季は教室を出る

 

◯60神谷家志郎の自室(夜)

 本だらけの部屋に机と椅子がある

 リビングや寝室と違い物が多く散らかった部屋

 机に向かって椅子に座っている神谷

 机の上には缶ビールと一年六組の名簿表が置いてある

 老眼鏡をかけて早季の書類を見ている神谷


神谷「(声 モノローグ)最低な気分で夜を迎えた。何故もっと彼女の話に耳を傾けなかったのか・・・あの年の子が地球の未来に絶望している。嘆かわしいことだ・・・」


 缶ビールを一口飲む神谷


神谷「(声 モノローグ)分かっている・・・世の中は悪くなる一方だ・・・私たちは神の如く沈黙している。黙っていれば子供達が責任を負い、大人は寿命で死ぬからだ。口が裂けても子供達には言えない、未来に希望がないなんて」


◯61波音高校一年六組の教室(日替わり/昼)

 昼休み

 外は曇っている

 生徒たちは昼ご飯を食べたり、周りにいる生徒と喋ったり、スマホを見ながら過ごしている 

 由香は近くにいる女子生徒たちと喋っている

 神谷は教壇で数学の準備を行なっている

 男子生徒1が教室の扉を勢いよく開ける

 教室にいた生徒たちが驚いて男子生徒1のことを見る


男子生徒1「(息切れしながら)せ、先生・・・屋上に・・・荻原さんが!!!飛び降りようとしてます!!!!!」


 神谷は男子生徒1の言葉を聞いて走って教室を出る


◯62波音高校校庭(昼)

 校庭の犬走りを歩いている汐莉と響紀

 二人は手にコンビニのビニール袋を持っている


響紀「一緒に帰らされたのに?」

汐莉「本当に何も無かったんだって!!てか、細田くん、私のこと好きじゃないって言ってたからね」

響紀「照れ隠しで言ったんじゃないそれ」

汐莉「違う違う、(少し間を開けて)詩穂のことが好きだって教えてくれたもん」

響紀「そんな奇跡ある?」

汐莉「お互い意識してたんだよ、習熟度別の数学だとよく喋るらしいし」

響紀「そう・・・とにかく詩穂とギクシャクするのだけはやめてよね。色恋沙汰ほどめんどくさいことはないんだから」

汐莉「うん・・・明日詩穂が来たらちゃんと説明・・・」


 たくさんの生徒が汐莉と響紀を通り越して行く

 校庭の真ん中を目指して走っていく生徒たち、その中には由香もいる

 生徒たちは校庭の真ん中に集まり屋上を見ている

 顔を見合わせる汐莉と響紀


汐莉「見に行こう」


 頷く響紀

 校庭の真ん中に行く汐莉と響紀


女子生徒1「(屋上を見上げながら)飛び降りないよね・・・?」

由香「(屋上を見上げながら)そんなわけないっしょ」

女子生徒2「(屋上を見上げながら)メンヘラは怖いねー、人の気を引きたいからって飛び降りるふりかよ」


 屋上を見る汐莉と響紀

 屋上に立っているのは早季


汐莉「(屋上を見上げながら)あの子・・・この前軽音部に来た・・・」

響紀「(屋上を見上げながら)えっ?あの人が?」

汐莉「(屋上を見上げながら)うん・・・」


 心配そうに早季のことを見ている汐莉と響紀

 少しの沈黙が流れる

 早季が飛び降りる

 生徒たちが驚き声を上げる

 早季が落ちた衝撃音と同時に早季の体が潰れたような音が鳴る

 甲高い悲鳴が上がる

 カーカーとカラスが空を飛びながら鳴いている

 

 時間経過


 泣いている生徒がいたり、スマホで撮影をしている生徒がいたり、吐いている生徒がいる校庭

 神谷と前原が早季の遺体の前にいる

 教師たちも校庭に集まって来る

 早季の遺体を見ながらコソコソ話をしている由香と女生徒たち


女子生徒1「あの子、人付き合い苦手だったよね・・・」

由香「そーそー、オリエンテーションの時同じ班だったんだけど・・・ぜんっぜん協力してくれないし、てか会話にすら参加してくれなくてめっちゃ困った・・・」

女子生徒2「(由香に向かって)由香、荻原さんのこと虐めたりしてない?」

由香「んなわけ、一人で勝手に死んだくせに私のせいにしないでよ」

女子生徒1「でもさー、なんでわざわざ人前で死ぬのかね」

由香「死ぬ時くらい誰かに心配されたかったんでしょ」


 汐莉と響紀は早季の遺体から離れたところにいる

 膝をついて大きく咳き込んでいる汐莉

 汐莉の背中をさすっている

 涙目になっている汐莉

 汐莉は早季の遺体を見る

 早季の上半身からは内臓が飛び出て、後頭部は陥没している

 早季の遺体にカラスが集まり、内臓を引っ張っている

 神谷と前原が早季の遺体の前にいる


響紀「(汐莉の背中をさすりながら)汐莉、保健室に・・・」


 汐莉は首を横に振って立ち上がる


響紀「(心配そうに)大丈夫?」


 頷く汐莉


響紀「教室に戻ろう?ここは空気が悪いから・・・」

汐莉「うん・・・」


 汐莉と響紀は生徒たちの間をくぐり抜けて教室に戻ろうとする響紀

 遠くから波の音が聞こえる

 汐莉は立ち止まって神谷の後ろ姿を見ている


神谷「(声)邪悪だ、無情でしかない。人類はさっさと滅びるべきだった」


 神谷の心の声が聞こえる汐莉

 波の音が大きくなる


汐莉「神谷先生・・・?」


 響紀が戻って来る

 響紀は心配そうに汐莉に声をかけるが、汐莉には聞こえていない

 汐莉の瞳には、海にいる神谷の姿が写っている


◯63波音高校校長室(夜)

 校長室にいる神谷、前原、上野

 神谷は前原、上野と向き合って座っている

 テーブルの上には、早季が読んでいたたくさんの本と、早季が書き残した遺書が置いてある

 遺書は封筒に入っている

 封筒には神谷先生へと書かれている

 本は平積みされている

 平積みされた本の一番上にはノートの切れ端が置いてあり、“机の中にある本は全て神谷先生にお譲りします”と書かれている


上野「大丈夫か」

神谷「ええ・・・何とか」

前原「警察の方とのお話は済みました?」

神谷「終わりましたよ」

前原「事情聴取は?今後も呼び出されたりするんですか?」

神谷「(少しイライラしながら)知りませんね。何かあれば連絡するとは言ってましたけど」

前原「はっきりしないんですか?」

上野「前原くん、少し落ち着きなさい。神谷先生もお疲れなんだから」

前原「ああ・・・すみません。余計なことを詮索してしまって」


 少しの沈黙が流れる


上野「荻原さんの机の中から、(本の上に手をポンと置いて)これだけの本と神谷先生に宛てた遺書が見つかった」

神谷「なぜ私に宛てに?」

上野「それは私が知りたいよ、君を慕っていたんじゃないのか?」

神谷「とても慕っていたとは思えません・・・」

上野「そうか・・・どちらにしても、ここにある本は全て神谷先生の物になる。持って帰ってくれ」

神谷「いいんですか?こういう物って警察が回収するんじゃ・・・」

上野「警察は遺書以外の全てに目を通していたよ。持って帰ってもいいと判断したんだろう」

神谷「分かりました・・・」

上野「それで・・・神谷くん。今後について前原くんや他の先生とも話をしたんだがな・・・」

神谷「(頭を抱えながら)遺族とはどうなりましたか・・・」

上野「それが・・・連絡がつかないんだ」

神谷「仕事中で出られないのでは?」

上野「いや・・・そもそも電話が繋がらない。自宅も、職場も、携帯も」

前原「今警察が荻原さんの自宅に向かってるそうです。警察側から事情を説明するみたいですよ。こういう場合は中途半端に教員の僕らが関わると危ないんですって。SNSとかで娘が自殺したことを知って、神谷先生を襲いに・・・」

神谷「(前原の話を遮って)そんな話は聞きたくない」

前原「すみません、怖がらせたいわけじゃないんですよ。神谷先生の身が心配でしてね」

神谷「(素っ気なく)お気遣いどうも」

上野「とにかく、今後について話をしたい」

神谷「保護者会ですよね?会見の準備も必要ですか?」

上野「神谷君は主席しなくていい。会見はまだ分からんが、保護者会の準備は私がやっておく」

神谷「しかし、担任である以上責任は私に・・・」

上野「責任ね・・・(大きな声で)この学校の責任者は君じゃない!!!私だ!!!」

神谷「もちろんそれは理解してます。ですが担任からの謝罪は必要でしょう?私が逃げたら保護者の怒りを・・・」

上野「君がどうしてそんなに謝罪に執着しているのか分からないが、そんなに謝りたいと言うのなら・・・まずは私たち同じ職場の人間に対して謝ったらどうかね」


 再び沈黙が流れる


上野「まさか・・・大切な生徒を一人死なせおいて・・・謝罪をしない気か?」


 前原は馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら神谷のことを見ている

 深く頭を下げる神谷


神谷「(深く頭を下げたまま)私が至らないばかりに、生徒を死なせてしまいました。大変申し訳ございません」


 上野は前原と同じく馬鹿にしたようにニヤニヤ笑いながら神谷のことを見下ろしている


上野「(ニヤニヤ笑いながら)君は公の場に出ない方がいい。槍玉に上げられるだけだぞ」

神谷「(深く頭を下げたまま)気にしません」

上野「(ニヤニヤ笑いながら)前原くん、君はどう思う?」

前原「(ニヤニヤ笑いながら)神谷先生がこんなに頭を下げているんですから、いいんじゃないですかね」

上野「(ニヤニヤ笑いながら)前原くんは優しいな。では神谷くんが謝罪出来るような場を設けよう」

神谷「(深く頭を下げたまま)感謝申し上げます」


 頭を上げる神谷


上野「(ニヤニヤ笑いながら)神谷先生は休職しなさい」

神谷「そんな、休職だなんて!私が休んだら生徒はどうなるんですか!」


 大きな声で笑う上野


上野「(笑いながら)神谷くん、こういう時のために副担任がいるんだよ」

前原「(ニヤニヤ笑いながら)神谷先生!僕に任せてください!!」

神谷「休職は嫌です!!」

前原「(ニヤニヤ笑いながら)神谷先生、休職中でもお給料は振り込まれますから。生活はいつも通りですよ」

神谷「(大きな声で)休職の何がいつも通りの生活だ!!ふざけてないでください!!私には生徒に勉強を教える義務がある!!」


 突然上野と前原の表情が変わる

 二人はさっきまでのニヤニヤしてた顔ではなく、恐ろしいほど無表情になる


上野「(片言で)カミヤクン、オクサントワカレタノカ」

神谷「は、はい?」

前原「(片言で)カクシテモムダデス」


 上野と前原は外国人のような聞き取りにくい喋り方をしている

 二人の表情は全く動かず瞬き一つしない

 動揺している神谷


上野「(片言で)ワタシタチハ、ナンデモシッテル」

前原「(片言で)オクサントケンカスルノハ、ヨクナイデスヨ」

神谷「け、喧嘩なんかしてませんよ。妻は今・・・に、妊娠中ですから」


 再び上野と前原の表情が一変する

 二人はさっきまでの無表情とは打って変わって、口角を上げ気持ちが悪いほど笑顔になっている


上野「(笑顔 大きな声で)子供が出来たのか!!!!!!それはめでたい!!!!!!!」

前原「(笑顔 大きな声で)おめでとうございます!!!!!!!」


 二人は笑顔のまま拍手をする

 固まっている神谷


上野「(笑顔 大きな声で)じゃあ尚更休職した方がいい!!!!!!」

前原「(笑顔 大きな声で)そうですね!!!!!!!奥様を支えてあげてください!!!!!!!!」

神谷「こ、校長、休職はしたくないです」


 上野と前原の顔が再び無表情に戻る


上野「(片言で)スコシハヤスメ」

前原「(片言で)ラクニナリマスヨ」

上野「(片言で)キブンテンカンモダイジダゾ」

前原「(片言で)ジブンヲミツメナオスイイキカイダトオモイマス」

神谷「私は休職なんかしなくてもやっていけます」

上野「(片言で)キュウショクハゼッタイダ」

前原「(片言で)ボクガセイトノメンドウヲミマス、シンパイイリマセン」

神谷「(怒鳴り声で)お前みたいなガキに何が出来る!!俺は20年教師をやってるんだぞ!!!!いつもいつも馬鹿にしやがって!!!!!!!」

上野「か、神谷くん!!!!落ち着いて!!!!!!」


 上野と前原の表情がいつもどおりになる

 俯く前原


神谷「(怒鳴り声で)あんたらは頭がおかしい!!!!!!」

上野「(動揺しながら)す、すまない!!気を悪くさせたなら謝る!」

前原「(頭を下げて)申し訳ありません・・・」

上野「わ、私たちは神谷くんと生徒のことを思って休職を進めたんだ。と、とてもじゃないが・・・今の君に良い授業が行えるとは思えない・・・ふ、普段の神谷くんは・・・私たちに対して怒鳴ったりしないだろ・・・?これも生徒のためなんだよ」


 少しの沈黙が流れる


神谷「(イライラしながら)休職っていつまですればいいんですか」

上野「夏休みまでは・・・9月に復職してくれればいい」

神谷「そんなにする必要があるんですか?」

前原「神谷先生、ご存知でしょう?子供の心の傷を治すのは簡単じゃない」

神谷「生徒の心の傷と私は関係ない」

上野「神谷くんの姿を見るたびに遺体を思い出す生徒がいるかもしれないんだぞ。君が休職してくれれば、生徒たちは自殺の記憶から遠ざかることが出来る。それに・・・冷たい言い方になってしまうけど、神谷くんは生徒から評判が良くない。嫌いな先生の授業は子供たちにとっても大きなストレスになると思わないか?」


 再び沈黙が流れる


神谷「そんな理由で私を休職に追い込むんですか」

前原「神谷先生、これを僕らだけの意見だと思わないでほしい。他の先生方も神谷先生の休職に賛成しています」

上野「ネガティヴに受け取るな、警察も休職するべきだと言っていた」

 

 時間経過


 カバンに早季の本と遺書を入れる神谷

 上野と前原は笑顔になっている


前原「(笑顔 大きな声で)じゃあ神谷先生!!!!!!また夏休み明けに会いましょう!!!!!!!」

神谷「それより前に会う機会がある。校長、保護者会でも構いませんから予定が決まったら連絡してください」


 上野は笑顔を浮かべながら神谷の肩をポンポンと叩いている


上野「(笑顔 大きな声で)もちろん!!!!!!!今日は色々お疲れ!!!!!!!!!」

神谷「お疲れ様です、失礼しました」

前原「(手を振りながら 笑顔 大きな声で)お疲れ様でーす!!!!!!!!」


 神谷は校長室を出る


◯64波音高校廊下(夜)

 外は暗い

 廊下を歩いている神谷

 上野と前原が大きな声で喋っている

 二人の声が廊下に響いている


上野「(大きな声)これで前原くんも晴れて担任だな!!!!!!」

前原「(大きな声)ありがとうございます校長!!!!!!!」

上野「(大きな声)生徒の自殺で得するなんて君は相当運が良いよ!!!!!!!!」

前原「(大きな声)彼女の死は僕の人生に生きる喜びを与えてくれました!!!!!!!」

神谷「(声 モノローグ)人は言う、人のせいにするなと。(少し間を開けて)早季が自殺したのは私のせい、クズ教師が喜んでいるのも私のせい、人々が邪悪なのも私のせい」


◯65波音高校校庭(夜)

 校庭は封鎖され、早季の遺体があった場所に印が付けられている

 警察たちが現場で調査を行っている


神谷「(声 モノローグ)警察に迷惑をかけたのも私のせい、遺族と連絡が取れないのも私のせい、生徒から嫌われているのも私のせい、波音高校の偏差値が年々下がっているのも私のせい、文芸部が廃部になったのも私のせい」


◯66波音高校四階階段/屋上前(夜)

 天文学部以外の生徒立ち入り禁止という貼り紙がされている扉

 扉をチェーン状の鍵で封鎖する警察たち


神谷「(声 モノローグ)孝志が死んだのも私のせい、親父が死んだのも私のせい、子供の自殺が減らないのも私のせい」


◯67緋空浜(夜)

 月が曇に隠れており、浜辺は薄暗い

 浜辺に一人立っている汐莉

 制服姿の汐莉

 汐莉の他には人がいない

 海を見ている汐莉

 神谷の声が聞こえている汐莉


神谷「(声)貧富の差が開くのも私のせい、犯罪率の上昇も私のせい、核兵器が増加も私のせい」


 ポケットからスマホを取り出す汐莉

 LINEを開き詩穂に電話をする汐莉

 何回かコールが鳴り、詩穂が電話に出る


汐莉「もしもし(少し間を開けて)詩穂、あのね・・・昨日の細田くんのことなんだけど・・・その・・・謝りたくて・・・ううん、そういうつもりじゃ・・・ごめん・・・」


 詩穂がなんと言ってるのか分からない

 波の音が響いている

 汐莉は泣いている


汐莉「細田くんは私のこと好きじゃないって。(少し間を開けて)私も・・・細田くんのことが好きなわけじゃないから・・・だから、詩穂は気にせずに・・・」


 泣いていることがバレないように電話をしている汐莉


汐莉「うん・・・じゃあ・・・またね・・・」


 詩穂から電話を切る

 スマホをポケットにしまう汐莉

 カバンをその場に落とす汐莉

 その場にしゃがみ込む汐莉

 両手で耳を塞ぐ汐莉

 砂浜にポツポツと涙が落ちる


神谷「(声)子供たちの未来に希望がないのも私のせい、戦争も、環境汚染も、地球温暖化も、人々が無情で邪悪なのも全て私のせい。私が地球を泣かせている・・・」 

汐莉「(両耳を塞ぎながら)うるさい・・・うるさい・・・うるさい・・・うるさい・・・これ以上そんなこと聞きたくない・・・」


◯68神谷家リビング(夜)

 帰宅した神谷

 イライラしている神谷、思いっきりカバンを投げ捨てる

 リビングの電気をつけない神谷

 そのままキッチンに行き缶ビールを取り出して開ける

 缶ビールを一口飲む神谷


◯69神谷家志郎の自室(夜)

 暗い神谷の部屋

 缶ビールを持ったまま自室にやって来た神谷

 机の上に乗っていた本を全て床に払い落とす神谷

 ノートパソコンを持って来て缶ビールと共に机に置く神谷

 パソコンを立ち上げる神谷

 パソコンの画面の光りが神谷の顔に反射している

 インターネットでYouTubeを開く神谷

 Beatles helpで検索する神谷

 Beatles helpをクリックする神谷

 YouTubeの広告が流れる

 広告を早く飛ばそうとイライラしながらマウスをクリックしまくる神谷

 Beatlesのhelpが流れ始める

 ワイシャツのボタンを外す神谷

 helpを聴いている神谷

 徐々に神谷の顔は笑顔になる

 鼻歌でhelpを歌っている神谷


神谷「(♪help)Help me if you can, I’m feeling down」


 神谷は一小節だけ英語で歌い上げ、再び鼻歌に戻る

 歌の間に缶ビールを一口飲む神谷

 

◯70神谷家リビング(夜)

 リビングにやって来た神谷

 リビングの電気をつける神谷

 神谷は投げ捨てたカバンを拾う

 テーブルの上に飲みかけの缶ビールを置き、カバンの中身を出す

 早季が残した数冊の本と、遺書をテーブルの上に置く神谷

 椅子に座る神谷

 缶ビールを一気に飲み干し深呼吸をする神谷

 ゆっくり封筒から遺書を取り出す神谷

 封筒から出て来たのは紙一枚

 数学で使うような横線の入った紙

 大きな赤い字で”子供たちに教えて”と書かれている

 遺書の裏側を確認する神谷、裏には何も書かれていない

 封筒の中を見て、他に何か入っていないか確認する神谷

 封筒にはもう何も入っていない

 早季が残していった本をパラパラとめくり確認をする神谷

 神谷は確認するのをやめる

 立ち上がり冷蔵庫から缶ビールを取りに行く神谷

 

神谷「(声 モノローグ)何を教えればいい?」


 缶ビールを持って戻って来る神谷

 椅子に座って缶ビールを開ける神谷

 缶ビールを一口飲む神谷

 

神谷「(声 モノローグ)100年以上前・・・アメリカの医師、ダンカン・マクドゥーガルは魂の重さを測定した。生きている時の体重から死んでいる時の体重を引き、その重さが魂だと仮定したのだ。選ばれし6人の被験者の結果・・・人の魂は21グラムであることが分かった。(かなり間を開けて)私にはその数値が重いのか軽いのか判断出来ない、ただ一つはっきり言える事がある。(遺書を見て)この遺書は地球に住む77億の魂に警鐘を鳴らしているのだ、最悪な時代が来るぞと。最悪を更新するのは容易い」


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