Chapter4 √波音(菜摘)×√奈緒衛(鳴海)×√凛(?)-約500年前=暴力と愛の先に 中編
向日葵が教えてくれる、波には背かないで
Chapter4 √波音(菜摘)×√菜緒衛(鳴海)×√凛(?)-約500年前=暴力と愛の先に
登場人物
白瀬 波音23歳女子
妖術を使う家系『海人』の末裔、そして最後の生き残り。好戦的な性格だがあくまで妖術は使わず武器を使って戦う。優秀な指揮官。
佐田 奈緒衛17歳男子
織田信長を敬愛している青年、武術の腕前を買われ波音の部下になる。
凛21歳女子
不思議な力を持つ女性、波音の精神面を支え戦のサポートをする。体が弱い。
織田 信長48歳男子
天下を取るだろうと言われている伝説の武将。波音とは旧知の仲。
明智 光秀55歳男子
信長の家臣。
上杉 謙信44歳男子
信長に対抗をする数少ない武将。
森 蘭丸17歳男子
信長の側近を務める礼儀正しい美少年。
住持 (じゅうじ) 61歳男子
知識が豊富なお坊さん、緋空寺に住んでいる。緋空浜に仕えている身。
滅んでいない世界
貴志 鳴海 18歳男子
波音高校三年三組、学校をサボりがち。運動は得意だが勉強は苦手。無鉄砲な性格。両親を交通事故で失っている。歳の離れた姉、風夏がいるが仕事で忙しいため実質一人暮らし状態である。文芸部副部長。
早乙女 菜摘 18歳女子
波音高校三年三組、病弱で体調を崩しやすい、明るく優しい性格。文芸部部長。
白石 嶺二 18歳男子
波音高校三年三組、鳴海の悪友、鳴海と同じように学校をサボりダラダラしながら日々を過ごす。不真面目。絶賛彼女募集中。文芸部部員。
天城 明日香 18歳女子
波音高校三年三組。成績も良くスポーツ万能、中学生の時は女子ソフトボール部に所属していた。ダラダラばかりしている鳴海と嶺二を何かと気にかけては叱る。文芸部部員。
南 汐莉15歳女子
波音高校に通っている一年生、文芸部と軽音楽部の掛け持ちをしている。明るく元気。魔女っ子少女団メインボーカル。
一条 雪音18歳女子
波音高校三年三組、才色兼備な女生徒。天文学部部長。不治の病に侵された姉、智秋がいる。
一条 智秋24歳女子
ドナーが見つかり一命を取り留める。現在はリハビリをしつつ退院待ち
滅びかけた世界
ナツ 16歳女子
ビビリな面も多く言葉遣い荒い。勤勉家、滅びかけた世界で“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。
スズ 15歳女子
マイペース、ナツと違い勉強に興味なし。常に腹ペコ。食べ物のことになると素早い動きを見せるが、それ以外の時はのんびりしている。ナツと一緒に“奇跡の海”を目指しながら旅をしている。
老人 男
ナツの放送を聞いて現れた謎の人物。ボロボロの軍服のような服を着ている。
Chapter4 √波音(菜摘)×√菜緒衛(鳴海)×√凛(?)-約500年前=暴力と愛の先に 中編
◯498本能寺から少し離れたところ(朝)
生き残った織田軍は本能寺から離れようと森の中を馬で駆け抜けている
木に隠れている明智軍の武士がいる
波音たちの姿を視認する明智軍の武士
明智軍の武士は静かにその場から去る
◯499河原(昼)
河原で休んでいる織田軍
河原の水を飲んだり、傷の手当てをしたり各々自由に過ごしている
波音と凛は河原に座って話をしている
奈緒衛は川に向かって石を投げている
織田軍武士は八百人近くいたのに、今は二百人ほどしかいない
波音の右腕は手当てがされている
波音「凛・・・生き残ったのは・・・これだけか?」
凛「数人は後方の木陰で休むと言っていました、なので・・・」
怪我をしている武士たちを見る波音
◯500◯454の回想/社殿/波音の寝室(昼)
畳に座って話し合っている波音と明智光秀
◯501河原(昼)
怪我をした武士たちを見ている波音
波音「(声 モノローグ)皆手負いだ・・・体も・・・精神も・・・彼らが崇拝していた武将は身内の裏切りによって破滅し、同時に私への信頼も揺らいでいるだろう」
凛「申し訳ございません・・・私めが予知していれば・・・」
波音「そなたは世のことわりに関わる大事件を予知したのだぞ。謝るでない」
凛「波音様、この暗殺だけではないのです」
波音「たわけた事を言うな、これ以上に何が起こるというのだ」
凛「私めが思うに・・・これではない・・・まだ終わりませぬ」
少しの沈黙が流れる
波音「我らに出来る事から対処しよう。まずは明智と信長殿について知らせに行かねばならん・・・」
凛「一度社殿にお戻りになりますか?」
波音「もう少し・・・体を休ませよう」
凛「(咳き込む)ゲホッ・・ゲホッ・・・かしこまりました 」
凛は立ち上がり奈緒衛の元へ向かう
波音「凛!!」
立ち止まって振り返る凛
波音「体は大丈夫か?」
笑顔で頷く凛
波音「そうか・・・無理をしてはならんぞ」
頷く凛
凛は奈緒衛の元へ向かう
奈緒衛は水切りをしている
奈緒衛の頬に切り傷がある
凛「手当てしないのですか?」
奈緒衛「(石を投げて)する必要ないよ、頬を少し斬られただけだ」
奈緒衛が投げた石は何回か跳ねて水没する
奈緒衛「凛こそ、休まなくてよいのか?」
凛「たった今、波音様にも私めの体を気にかけてくださいました」
奈緒衛「凛は病人だからな」
凛「私めの心配は要りません。それより波音様と奈緒衛様の事が心配です」
奈緒衛「言ったろ、頬が少し斬れてるだけだ。波音だってそんなに深傷じゃない」
凛「体の事ではございません」
丸く平たい石を拾う奈緒衛
石を投げる奈緒衛
石は何回か跳ねて水没する
奈緒衛「俺は・・・大丈夫だ。心配いらん」
凛「嘘はいけませぬ、私めには分かります。奈緒衛様の心はさざ波が立ち荒れていると見受けられます」
奈緒衛「変な例えだな、冗談か?」
凛「冗談ではありません、波の音が聞こえるのです」
奈緒衛「大事な指標がいなくなっちまったんだ・・・そりゃ荒波になるさ」
凛「奈緒衛様、大事な者はまだ残っておりますよ」
奈緒衛「自分の命とかな」
凛「奈緒衛様!!」
奈緒衛「(驚いて)な、なんだよ急に大きな声を出して・・・」
凛「奈緒衛様にはまだ波音様がいるではありませんか!!」
奈緒衛「あ、ああ・・・そうだな・・・」
凛「これからは波音様をお守りになるのです!!」
奈緒衛「でも俺よりあいつの方が強いぞ、心身共に」
凛「情けない!!男として誇りはないのですか!!!」
少し考える奈緒衛
奈緒衛「ない」
凛「(奈緒衛の頭をポカポカ叩きながら)守るのです!!!守らなくてはなりません!!!!」
奈緒衛「(頭を手で守りながら)わ、分かった!!分かったから叩くな!!!」
凛「奈緒衛様は波音様を娶らなければなりませぬ、もしくは奈緒衛様が婿入りするのです」
奈緒衛「凛はどうするのだ?」
凛「私めは・・・女中として雇うか養子に向かい入れてください」
奈緒衛「なるほどな・・・それはそれでありだ」
時間経過
ざわついている織田軍の武士たち
みんな同じを方向を見て騒いでいる
織田軍武士1「(指を差して)煙だ!!!本能寺に違いない!!!!」
煙が見える位置に移動する奈緒衛と凛
煙を見ている波音
波音「妙だ・・・火が強過ぎる」
凛「本能寺全土に燃え広がったのではありませんか?」
奈緒衛「燃えていたのは客殿だけだぞ、客殿が燃え落ちれば火は自然に消えるはず」
波音「何者かが・・・再び火を放っていなければな」
波音のことを見る奈緒衛と凛
波音「明智の軍勢か・・・それ以外の者か・・・」
奈緒衛「明智の軍勢がやったとしたら、一度本能寺を離れた意味が分からないな」
凛「何故です?信長様は既に亡くなっておられるというのに、あの場を燃やす必要があるのですか?」
波音「本能寺にあった物を全て燃やす・・・理由は・・・(かなり間を開けて)暗殺の証拠を消すためか!!!!!!」
奈緒衛「どう考えても事故死に見せるのは無理があるだろ」
波音「事故死ではない・・・」
凛「証拠を消し去れないのに何ゆえ燃やすのか私めには理解出来ませぬ」
波音「我らを・・・(少し間を開けて)暗殺者に仕立てあげようとしているのだ・・・あらかた火で燃やしておけばどちらから攻めに入ったか判断するのは難しくなるだろう・・・」
凛「となると・・・明智が戦を離れたのは捏造した情報を伝達するため・・・?」
奈緒衛「(慌てて)こ、こんな所で休んでる場合ではない!!!!今すぐ近くの城に向かい真実を伝えに行かねば!!!!」
凛「お待ちください奈緒衛様!!!社殿に残っている者にも危険が迫っています!!!」
奈緒衛「しまった・・・俺たちが社殿に戻った信じて他の武将たちが襲撃に来るのか・・・」
波音「社殿には私と凛が行こう、奈緒衛は皆を連れて近くの城に向かうのだ」
奈緒衛「二人だけで行くのか!?」
波音「城にいるような連中には、私の事を忌み嫌う者も少なくない。奴らは海人を恐れている。それに、社殿には女子しかおらぬ。幾らか気心が知れているだろう」
凛「音羽川で落ち合いましょう、あの川に人は寄り付きません」
頷く奈緒衛
波音「(大きな声で)皆よく聞いてくれ!!!!!」
煙を見るのをやめ、波音のことを見る武士たち
波音「(大きな声で)今からそなたらは園部城に向かうのだ!!!!!明智光秀が織田信長を殺したという事実をそなたらの口でしっかり伝えろ!!!!!」
疲れ切った顔をした武士が波音の事を見ている
◯502社殿の門(夕方)
門をくぐり、馬から降りる波音と凛
出迎えはない
波音「凛、この時間の女中たちはどのような事をして過ごしておるのだ」
凛「お食事、寝具、装束の準備をしています」
波音「それにしてはいやに静かであるな」
立ち止まる凛
波音「(振り返り)どうしたのだ?」
凛「(俯き)遅かったようです・・・お戻りになりましょう・・・」
凛は馬の元に戻る
凛を追いかける波音
凛「(俯きながら)暴力では何も解決しませぬ・・・暴力では・・・(咳き込む)ゲホッ・・・ゲホッ・・・」
◯503園部城周囲(夜)
城の近くの森に隠れ潜んでいる奈緒衛と織田軍武士
園部城周囲は武装した武士たちが見回りを行っている
奈緒衛「見回りが多過ぎる・・・おい、そこのお前」
近くにいた織田軍武士1に声をかける奈緒衛
織田軍武士1「何だ」
奈緒衛「今から城の門を強行突破する、そなたは皆を率いて援護してくれ」
少しの沈黙が流れる
奈緒衛「分かったか?」
織田軍武士1「いや、分からぬ」
奈緒衛「俺が強行突破するから、援護するのだ。分かったな?」
織田軍武士1「阿保たれ、そんな事出来るわけないだろ」
奈緒衛「確かに俺一人では無理だが、皆が援護してくれれば・・・」
織田軍武士1「周りをよく見ろ!!城には護衛がわんさかいるのだぞ!!!」
奈緒衛「静まれ、奴らに聞こえれば我らは終わりだ」
織田軍武士1「今更か・・・とっくに終わっているというのに・・・」
奈緒衛「どういう意味だよ?」
織田軍武士1「俺たちは指導者を失ったのだ!!我らの責務は消えた!!!戦に出陣する必要も、白瀬殿の指示に従う必要もない!!!強行突破?死にたいなら一人でやってろ!!!俺は降りる」
織田軍武士1の大きな声に気が付き見回りが森の方へ近づいてくる
織田軍武士1は足音を立てないようにして、その場から逃げる
見回りの武士1「誰かおるのか!!!」
刀に手をかける奈緒衛
奈緒衛「(声 モノローグ)仕方あるまい!!こいつらは峰打ちで仕留めるか!!」
織田軍武士2が奈緒衛の肩を叩き静かに首を横に振る
見回りの武士2「念のため、見回りの数を倍にしよう」
見回りの武士1「うむ・・・白瀬の軍勢がここを襲撃して来るかもしれぬ」
見回りの武士1と2は森から離れて行く
織田軍武士2は、織田軍武士1と同じように足音を立てないようにして、その場から逃げる
見回りの武士2「しかし妖術とはおっかないな」
見回りの武士1「ああ。一瞬で本能寺を焼き尽くしちまったんだろ?」
見回りの武士2「らしいぞ。やはり海人は死すべき種族だ」
見回りの武士1「早う死ねばよいのだが・・・」
見回りの武士2「身を隠せる場所も限られておるだろう。社殿にはもう帰って来れぬからな」
どんどん去っていく織田軍の武士たち
菜緒衛だけが取り残される
刀から手を離す菜緒衛
◯504音羽川(夜)
川の周囲は森
自然が多くとても長い川
夜風で草木がなびいている
緩やかな川の流れ
月が川に反射している
小川の近くで休んでいる波音と凛
波音は川の近くに座り、川の流れを見ている
夏の虫が鳴いている
凛が馬を川の側に連れて行く
凛「お飲みなさい、今日は疲れたでしょう?」
馬が川の水を飲み始める
馬が水を飲むと、川に反射していた月が揺らぐ
波音「静かで暗い夜だ」
凛「あっ!!もしかして波音様!!(少し笑いながら)夜が怖いのですか?」
波音「怖いわけなかろう」
凛「波音様は幽霊が怖くないのですか?」
波音「幽霊などおらぬわ」
凛「信じないのですね」
波音「ああ。(かなり間を開けて)多くの者をこの手で殺めてきた、そして多くの者の死をこの目で見てきた。そやつらが幽霊になって私の前に現れた事は一度もない」
馬が水を飲むのを止め顔を上げる
凛は馬を連れ、手綱を木に繋ぐ
波音の隣に座る凛
波音「凛は幽霊の存在を信じておるのか?」
凛「無論です、(指を差して)先ほどからあちらに女の子の幽霊がいらっしゃいますから」
波音「なぬ!?」
慌てて凛が指を差した方を見る波音
そこには何もいない
凛のことを見る波音
波音「お主・・・さては私をからかっておるな?」
凛「(慌てて否定する)滅相もない!!」
波音「私には何も見えないのだが・・・(小さな声で)本当におるのか?」
凛「ええ、波音様の方を見ています」
波音「(驚きながら)わ、私をか!?」
凛「はい。波音様のことがお気に召したようです。手、振ってみたらどうでしょうか」
波音「ど、どの辺りにおるのだ?」
凛「(指を差して)あちらです」
凛が指を差した方を再び見る波音
やはりそこには何もいない
恥ずかしそうに小さく手を振ってみる波音
凛「あっ!!手振り返してますよ!!!」
凛も手を振る
波音「(もじもじしながら)は、恥ずかしいな・・・」
凛「(手を下ろして)行ってしまいました・・・」
手を下ろす波音
波音「そ、そうか・・・行ってしまったのか・・・」
凛「残念です・・・」
波音「ざ、残念だな・・・(小さな声でボソッと)私には何も見えなかったけど・・・」
凛「幽霊、信じるようになりましたか?」
波音「まだ見ておらぬからな・・・見れるようになったら信じる事にしよう」
少しの沈黙が流れる
凛「時に波音様」
波音「何だ?」
凛「奈緒衛様とのご結婚はいつなさいますか」
波音「は?」
凛「ご結婚です!」
波音「(顔を赤くしながら)し、し、知らぬわそんな事!!!」
凛「とぼけてはなりませぬ!!早うご結婚しなければ、奈緒衛様が他の女に取られてしまいます!!」
波音「そ、その心配はなかろう!!(顔を赤くして大きな声で)や、や、奴は私に夢中だからな!!!!」
凛「惚気でございますか?」
波音「(大きな声で)違う!!!事実だ!!!!」
凛「(真剣な眼差しで)波音様、絶対にお二人は結ばれてくださいね。どれほどの月日が経っても諦めないでください」
波音「う、うむ・・・」
顔が真っ赤になっている波音
笑顔の凛
時間経過
川の近くに座っている波音と凛
馬を一頭連れてとぼとぼ歩いてくる奈緒衛
馬にはたくさんの荷物が乗せてある
奈緒衛のことに気が付く波音と凛
立ち上がる波音と凛
馬を近くの木に繋く菜緒衛
奈緒衛はとぼとぼ歩いて二人に元に行く
三人で抱きしめ合う
奈緒衛「(三人で抱き合いながら)すまない ・・・本当にすまない ・・・みんな逃げ出してしまった・・・」
波音「(三人で抱き合いながら)よいのだ・・・奈緒衛が無事ならそれでよいのだ」
凛「(三人で抱き合いながら)このように三人で寄り添っていられるのなら・・・私めは幸せでございます」
時間経過
川の側の草原に寝そべっている波音、奈緒衛、凛
星を見ている三人
凛、波音、奈緒衛の順に寝そべっている
奈緒衛「俺たちお尋ね者になっちまったな」
凛「悪党から逃げるのもそう悪い人生ではありませぬ」
波音「三人で新しい土地で暮らすか」
奈緒衛「いいなそれ、夢があるよ」
凛「緋空に行くのはいかがでしょうか?私めと波音様の故郷です」
波音「緋空か・・・もう長いこと訪ねておらぬわ」
奈緒衛「結構遠いよな?行き甲斐がありそうだけど」
凛「長旅になるでしょう。けれどその方が楽しいではございませぬか」
波音「良かろう。三人で何もかもやり直すのだ、あの地まで追手が来るとは思えぬからな」
凛が波音の左手を握る
波音は右手で奈緒衛の左手を握る
流れ星が通り過ぎる
◯505◯217の回想波音高校体育館/学園祭のメイン会場(昼)
学園祭朗読劇直前
薄暗いステージ裏
千春が左手で菜摘の右手を握り、右手で鳴海の左手を握る
明日香が菜摘の左手を握り、汐莉が明日香の右手を握り、嶺二が汐莉の左手を握り、鳴海が嶺二の右手を握る
それぞれが手を握り合い円の形を作っている文芸部員たち
◯506◯129の回想/滅びかけた世界:特別の教室の四/文芸部室(雨/三時ごろ)
教室の中に半壊している旧式のパソコン六台と同じく半壊している旧式のプリンターが一台ある
椅子や机、教室全体に溜まりまくった小さなゴミ
教室の窓際には白骨化した遺体が二体並んで壁にもたれている
一体の遺体は手に20Years Diaryという日記を抱えている
椅子に座っているスズ
包帯を巻いているため両目とも見えない
手を握っているナツとスズ
◯507音羽川(日替わり/昼)
快晴
川沿いを歩いている波音、奈緒衛、凛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
歩けば歩くほど自然が増えていく
奈緒衛「(大きな声で)お、お、おい!!!!!」
立ち止まる奈緒衛
奈緒衛に合わせて連れていた馬も止まる
波音「何事だ?」
立ち止まる波音と凛
奈緒衛はしゃがんで何かを手に取る
凛「何か落ちてましたか?」
奈緒衛「(自慢げに)カブトムシじゃっ!!!!!」
奈緒衛はカブトムシを拾い上げ、自慢げに波音と凛に見せる
波音「(興味なさそうに)なんだ、ただの虫か」
歩き始める波音
少しの沈黙が流れる
奈緒衛「(自慢げにさらに大きな声で)ただの虫ではないぞ!!!カブトムシじゃっ!!!!!!」
凛「食べられる物なのでしょうか・・・?」
奈緒衛「いや食べられないから!!!!!」
凛「それは残念です・・・」
俯き歩き始める凛
凛「食べられない物なら早う捨ててしまいましょう」
奈緒衛「食べられるか食べられないかで価値が決まるのだな・・・」
悲しそうにカブトムシを離してあげる奈緒衛
波音「奈緒衛、逐一虫の紹介をしなくてもよいぞ。私と凛は虫に興味がないのだ。それに虫を拾い上げている時間が勿体無いからのう」
歩き始める奈緒衛
奈緒衛「もう少しこの自然に触れながら進みながら行かないか・・・?」
凛「お気持ちは分かりますが、あまりのんびりは出来ませぬ。この辺りは織田と同盟を結んだ武将たちが潜んでいる可能性があります」
波音「奈緒衛、忘れてはならぬぞ。我らは追われる身なのだ」
奈緒衛「分かってるよ」
◯508音羽川/民家(夕方)
誰も住んでいない民家
草木が生い茂り、かなりボロボロになっている民家
民家の前にいる凛
二頭の馬の手綱を持っている凛
民家から出て来る波音と奈緒衛
波音「空き家だ、長らく人が来た気配がない」
凛「今晩はここでお休みになりますか?」
奈緒衛「ああ、ちょっと汚いけど三人で泊まる分には十分だろう」
凛が二頭の馬を連れ、手綱を近くの木に繋ぐ
◯509居間/民家(夕方)
居間でくつろいでいる波音、奈緒衛、凛
居間は古びた家具が少しあるだけの畳の部屋
寝っ転がっている奈緒衛
奈緒衛「なぜこうも夏は暑いのだ!!」
ゴロゴロしている奈緒衛
凛「よいではありませぬか、これが冬だったら我らは一日と持ちませぬよ」
奈緒衛「そうだとしても、この暑さは嫌いだ」
波音「では、少しばかり川で涼みに行かぬか?」
◯510音羽川(夕方)
夕日で周りが赤く染まっている
川の前に立っている波音と奈緒衛
しゃがんでいる凛
パシャパシャと川の水に触れている凛
奈緒衛「涼むって言ったって、何をすればよいのだ?」
波音「(奈緒衛の背中を押して)ほれ」
奈緒衛「お、おい!!!」
バランスを崩した奈緒衛は川に落ちる
奈緒衛が着水した勢いで水が跳ね、凛にかかる
ずぶ濡れになった奈緒衛と凛
奈緒衛は川で座り込んでいる
奈緒衛「(全身を見ながら)ずぶ濡れじゃないか!!!!!」
二人の姿を見て笑い転げている波音
凛「(大きな声で)波音様!!!今のはやり過ぎでございます!!!」
波音「涼みに来たのだぞ?濡れるのも定め!!!」
川に飛び込む波音
波音が着水した勢いで水が跳ね、奈緒衛と凛がさらに濡れる
奈緒衛「またやりやがったな!!!」
立ち上がる奈緒衛
両手で水をすくい波音にかける奈緒衛
水が波音にかかる
波音「私に水を吹っかけるとはよい度胸ではないか・・・(川の水を蹴り上げ)くらえっ!!!!
蹴り上げた水が奈緒衛にかかる
水遊びをしている波音と奈緒衛
川の中に飛び込み、波音と奈緒衛の間に入る凛
凛「お止めください!!!このような些細な事でお二人が争う姿など見とうありません!!!」
凛のことを見る波音と奈緒衛
波音「別に争ってはないぞ?」
奈緒衛「なんか前にもこんなような事があったな・・・凛が間に入ってきてさ」
波音「確かに。もっとも、あの時は奈緒衛が私に茶をぶっかけるという大罪を犯してたが・・・」
奈緒衛「大罪!?川にど突き落とす方が大罪だろ!!」
波音「そなたが暑いと言うからではないか」
奈緒衛「暑いからといって、川にど突き落としてよい理由にはならん!」
波音「私はそなたのことを想って川にど突き落としたのだ!」
奈緒衛「嘘つけ!悪ふざけでやったのだろ!!」
波音「悪ふざけではな・・・」
波音が言いかけているのに割り込む凛
凛「このような僻地で仲間割れをしてはなりませぬ!!!!!!」
少しの沈黙が流れる
波音「(呆れながら)凛よ、仲間割れなどしておらぬよ。争ってもないし、悪ふざけでもない。私は至って真面目にだな、川遊びをし・・・」
奈緒衛「(両手で水をすくって)不意打ちだ!!!!」
波音が喋っている途中に、水をかける奈緒衛
勢いよく水しぶきが上がり、波音と凛に水がかかる
凛「奈緒衛様!まだ話は終わっておりませぬ!!」
奈緒衛「話をする前に、(水を蹴り上げて)川遊びだ!!」
奈緒衛が蹴り上げだ水は凛にかかる
頭からずぶ濡れになっている凛
波音「凛!!こうなったら私とお主で奈緒衛に集中攻撃をするぞ!!」
両手で水をすくい奈緒衛にかける波音
顔が濡れないように手で守っている波音
奈緒衛「いいだろう!受けて立つ!!」
バシャバシャと水しぶきを上げる奈緒衛
凛「もう!!お二人とも!!!!風邪を引いても自己責任ですからね!!!!」
波音「風邪など引かん!!」
奈緒衛「おう!こんな事で風邪なんか引かないぞ!!」
波音「凛!お主も水を弾かすのだ!!!」
凛「(水をすくって)えいっ!!」
奈緒衛の顔面に水がかかる
奈緒衛「つめたっ!!」
凛「さっきのお返しです!」
波音「このまま重点的に顔面を狙っていくぞ!!」
奈緒衛「顔をやめろ!!せめて体にしてくれ!!」
夕日が沈んでいく中、三人は川で遊んでいる
◯511和室/民家(夜)
和室に布団を敷き、横になっている三人
決して広くない和室
和室の隅には三人の荷物が小さくまとめてある
和室のふすまから月の光が入って来る
カエルやスズ虫の鳴き声が聞こえる
波音「布団と着物が残っていて助かったな・・・」
凛「この先どこで手に入るか分かりませぬゆえ、着物は幾つか拝借していきましょう」
奈緒衛「そうだな。あわや波音と凛のせいで濡れ鼠のまま過ごすところであった」
わざとらしく欠伸をする波音
波音「さて・・・そろそろ休むとするかのう」
凛「はい、また明日に備えて今晩は寝ましょう」
波音「うむ、おやすみ」
凛「おやすみなさい」
少しの沈黙が流れる
目を瞑る波音と凛
奈緒衛「おい」
波音「寝るのだ」
凛「寝てください」
奈緒衛「お前ら二人のせいだぞ」
波音「人のせいにしてはならんよ」
凛「自己責任なのです」
奈緒衛「最後の最後に二人して俺を川にど突き落としたくせに、おかげで体が冷え切って眠れないじゃないか!」
波音「あれはうっかり足が滑ったのだ」
凛「故意ではありませぬ、偶然なのです」
奈緒衛「息をするかの如く嘘をつくのだなお前ら・・・」
波音「眠気なら自然と訪れるぞ」
奈緒衛「眠気がないから眠くならん」
凛「私めが子守唄を歌って差し上げましょうか?」
奈緒衛「ますます目が覚めそうだな・・・」
波音「凛、歌えるのか?」
凛「少しばかりですが、母上から教わりましたので」
奈緒衛「そこまで言うなら、聞かせてくれ」
凛「では・・・冒頭部分を・・・(♪子守唄)ねんねんころりよ おころりよ 坊やはよい子だ ねんねしな」
波音「上手ではないか」
凛「お褒めの言葉を賜り、恐悦至極に存じます」
奈緒衛「冒頭だけではなく、最後まで歌ってくれよ」
◯512音羽川(日替わり/昼)
川沿いを歩いている三人
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
凛「(♪子守唄)坊やのお守はどこへ行った」
◯513音羽川(昼過ぎ)
河原の上に座っている三人
三人は楽しそうに喋りながら干し芋を食べている
凛「(♪子守唄)あの山越えて里へ行った」
◯514音羽川(夕方)
クワガタムシを見つけた奈緒衛
クワガタムシを波音と凛に自慢している奈緒衛
興味がない波音と凛
凛「(♪子守唄)里の土産になにもろた」
◯515音羽川(夜)
川の側の草原で眠っている奈緒衛
雑草のイネを一本ちぎる波音と凛
雑草のイネを持って静かに奈緒衛に近く波音と凛
いびきをかいている奈緒衛
奈緒衛の左の鼻の穴にそーっとイネを入れる波音
奈緒衛の右の鼻の穴にそーっとイネを入れる凛
くしゃみをして飛び起きる奈緒衛
奈緒衛を見て笑っている波音と凛
悪戯された事に怒っている奈緒衛
凛「(♪子守唄)でんでん太鼓に笙の笛」
◯516音羽川(日替わり/昼)
雷雨、強風
川は大荒れ
時々暗い雲が光る
笠を被りながら川沿いを歩いている三人
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
寒くて凍えている凛
波音が着物の羽織りを脱ぎ、凛に着させる
凛「(♪子守唄)起き上がり小法師に豆太鼓」
◯517森(夜)
雷雨、強風
音羽川近くの森で休んでいる三人
二頭の馬は木に繋がれ大人しくしている
大きな木にもたれている波音、奈緒衛、凛
奈緒衛、波音、凛の順に座っている
波音「川遊びに続き雨か・・・これは本当に濡れ鼠だな」
奈緒衛「明日には止むさ。こういう天気は長く続かない」
くしゃみをする凛
波音「体が冷えて風邪を引かぬか心配だ」
凛「波音様は風邪など引かないと仰ってましたよ」
波音「それは川遊びでは風邪を引かないという意味なのだ」
奈緒衛「自然の猛威から風邪を引くのと川遊びは別件だぞ」
凛「そうでございますか・・・」
波音に密着し始める凛
波音「こ、これ!暑苦しいぞ!!」
凛から離れようとする波音
凛「体が冷えると仰っていたではありませぬか。こうして肌を重ねていれば体も暖かくなりますよ」
波音の腕を掴んで逃さないようにしている凛
波音「(逃げようとしながら)う、鬱陶しい!!」
奈緒衛も波音に密着する
奈緒衛「では俺も」
挟まれた波音
波音「や、やめるのだ二人とも!」
凛「やめろと仰るなら」
奈緒衛「あえてやめない」
波音にもたれる奈緒衛と凛
抜け出そうとする波音
逃さないようにしている奈緒衛と凛
時間経過
結局二人の間に挟まれてる波音
雨と風は少し弱くなっている
凛「暖かくなってきましたね」
奈緒衛「こうやって過ごすのも、悪くはないだろ」
波音「まあ・・・悪くはない」
凛「波音様、緋空に辿り着いたら旅の手記を書かれては?本当は今日記を書ければよいのですが・・・この雨で和紙は使い物になりませぬ」
波音「それはよい考えだな。手記を商人に売り飛ばせば一儲け出来る」
奈緒衛「書物で食っていけるのか?」
波音「最悪、奈緒衛と私が畑を耕すか・・・あるいは緋空の海で魚でも捕まえるか・・・」
凛「私、またあのタコという生き物が食べたいです」
奈緒衛「そこは波音の書物を売って、手に入った金でタコを買うのがよくないか?」
波音「タコの事を頭に入れつつ、今後の生活についても色々考えておかねば」
凛「はい!」
奈緒衛「争いとは無縁の、新しい生活を築こう」
◯518音羽川(日替わり/昼)
快晴
森を出て川に戻ってきた波音たち
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
奈緒衛「嵐も去ったな!良かった良かった!」
凛「今日は今日とて、また一段と暑いですね・・・(咳き込む)ゲホッ!ゲホッ!」
立ち止まって凛を見る波音
波音「凛、大丈夫か?」
凛「もちろんでございます、お気になさらず」
歩き進める三人
◯519音羽川(夕方)
川沿いを歩いている波音、奈緒衛、凛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
奈緒衛「(声)緋空は相模の方にあるのだろう?」
凛「(声)そうでございます」
奈緒衛「(声)かなり遠いのか?」
波音「(声)遠いぞ。しかも我らは追手に目的地を悟られぬよう、回り道をしておるのだ」
凛「(声)川沿いや山沿いの道を辿りつつ、慎重に進みましょう」
◯520音羽川(夜)
夜風で草木がなびいている
二頭の馬が木に繋がれて大人しくしている
小魚を木の棒に刺している波音
火打ち石で火を起こそうとしている奈緒衛
小さな火花が飛び散るものの、上手く火がつかない
奈緒衛から火打ち石を借りる波音
一発で火をつける波音
拍手をしている凛
驚いている奈緒衛
小魚を焼き始める波音
波音「(声)もたもたは出来ないぞ。明智の軍勢だけではない、今や多くの人が我らを探しているだろう」
凛「(声)暑いなどと泣き言を吐く前に、進まなくてはなりませぬよ奈緒衛様」
奈緒衛「(声)泣き言は吐いてないだろ!!!」
焼いた小魚を食べようとする奈緒衛
熱くて火傷をする奈緒衛
火傷をした奈緒衛を見て笑っている波音と凛
凛は口を押さえて少し咳をする
◯521音羽川(日替わり/昼)
竹水筒に川の水を汲んでいる波音たち
二頭の馬は川の水を飲んでいる
凛「(声)緋空の海に潜れば、暑さで疲れた体も癒せるでしょう」
波音「(声)それまではこの暑さと付き合っていくしかあるまい」
奈緒衛「(声)辿り着く頃には涼しい時期になってないか?」
凛「(声)流石にそれほどの時は流れないかと」
◯522音羽川(夜)
夜風で草木がなびいている
二頭の馬が木に繋がれて大人しくしている
川の側の草原に寝そべっている波音、奈緒衛
干し芋を食べ切っている凛
三人は寝ながら干し芋を食べている
波音「(干し芋を食べながら)緋空で美味い飯が食いたいものだ、このような不味い芋は体に悪い」
奈緒衛「(干し芋を食べながら)寝転がりながら飯を食いつつ、挙句文句まで言うとは・・・バチが当たっても知らぬぞ」
波音「事実を言ったまでだ、こんな不味い物は食べとうない」
凛「いけません波音様!食べるという行為は生きる事!!食べなければ死んでしまいます!!」
波音「一晩くらい飯を抜いても死にはしないぞ」
奈緒衛「その干し芋、凛に分けたらどうだ?」
波音「(干し芋を差し出して)食べるか?」
凛「要りませぬ!!それは波音様が食べる物です!!」
波音「(干し芋を差し出して)本当は腹が減っておるのだろう?」
首をぶんぶん横に振る凛
波音「また見え透いた嘘を・・・」
干し芋を半分に折る波音
波音「(干し芋の半分を差し出して)半分食べろ、半分は私が食べる。これは命令だ」
凛は何か言おうとするが諦める
凛「(渋々干し芋を受け取り)感謝します・・・」
半分になった干し芋を食べる波音と凛
◯523音羽川(日替わり/昼)
川沿いを歩いている波音、奈緒衛、凛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
奈緒衛「追手は気付いているのかな?俺たちが音羽川沿いを進んでる事をさ」
波音「さあな。取り立てて異変は感じないが・・・」
凛「私めにも何も感じませぬ。が、念のため見てみます」
立ち止まって目を瞑る凛
◯524園部城大広間(昼)
三百人ほどの武士たちが正座し綺麗に並んでいる
明智光秀が反対側に座り武士たちと向かい合っている
光秀「(大きな声で)我らが同志!!!!!!織田信長を裏切り暗殺した妖術使いの白瀬波音をひっ捕らえよ!!!!!!!隈なく探すのだ!!!!!!まだ遠くには行っていないだろう!!!!!!きっと近いはずだ!!!!!!!」
◯525音羽川(昼)
目を開ける凛
凛「奴らは大群で我らを捜索しているようです。しかし・・・(咳き込む)ゲホッ、ゲホッ・・・ゲホッ!!(少し間を開け呼吸を整えて)まだ我らの居場所は悟られていないでしょう」
波音「そうか・・・凛、ご苦労であった。礼を言うぞ」
凛「私めのこの力、波音様のためであればいつでも惜しみなく使います」
波音「そなたにこれ以上の負荷はかけられぬ。ここから先は凛の力は使わずに行くぞ」
奈緒衛「ああ、気付かれていないのであれば尚更力は使わないでよいだろう」
◯526音羽川(夜)
夜風で草木がなびいている
二頭の馬が木に繋がれて大人しくしている
川の側の草原に座っている波音たち
凛「(指を差して)あっ!!そこです!!今光ってます!!」
凛が指を差した方向には一匹の蛍が黄緑色に光っている
蛍は光ながら飛んでいる
奈緒衛「ど、どこだ!?どこにおるのだ!!!」
凛が指を差した方を見る奈緒衛
奈緒衛「おらぬではないか!!」
波音「つい今しがた光っておったわ」
奈緒衛「ほんとかよ・・・見えなかったぞ」
波音「(笑いながら)まさか蛍を見つけらないとは・・・奈緒衛、お主鈍すぎるのう」
奈緒衛「ほんの少しだけ鈍感なだけだ!!」
波音「ふむ・・・それもまた個性か」
立ち上がる凛
凛「私めが、とっ捕まえて見せましょう!!」
奈緒衛「川に落っこちるなよ」
凛「その心配はご無用です!!」
両腕の袖をまくり、両足の裾を上げる凛
躊躇わず川に入る凛
奈緒衛「おい!夜に川遊びかよ!」
凛「蛍を捕まえるのです!!(ジャンプし)そこだっ!!」
着地し水しぶきが上がる
びしょ濡れになる凛
奈緒衛「あーあ・・・また濡れおって・・・」
凛「今度こそ!!」
両手を使って蛍を捕まえようとする
奈緒衛「おいおい・・・そんな事で蛍を捕まえられるのか・・・?というか本当に蛍はいるのか・・・?」
凛が蛍を捕まえようとしている
その姿をぼーっと見ている波音
一匹の蛍が光り始める
奈緒衛「おっ!!!今度こそ俺にも見えるぞ!!!頑張れ凛!!!」
凛「はい!!!逃しませぬ!!!!」
ジャンプして捕まえようとする凛
蛍はゆらゆら光りながら飛んで逃げる
蛍は一匹だけではなくたくさん光り始める
奈緒衛「おおおおっ!!!!いっぱいおるぞ!!!!いっぱい光っておるぞ!!!!」
たくさんの蛍が光り、凛の周りを漂うように飛んでいる
凛は必死に蛍を捕まえようとしている
凛が飛び跳ねるたびに川の水しぶきが上がる
波音「存外・・・美しい光景もあるのだな・・・」
奈緒衛「ん?どうした波音」
波音「べ、別に・・・何でもない」
奈緒衛「(蛍を見ながら)綺麗だよなぁ、蛍って」
たくさんの蛍が光りながら飛び交っている
波音「私は・・・戦場がこの世で一番美しい場所だと思っていたが・・・今日この風景を目にして考えを改める事にしたよ」
奈緒衛「戦場なんて血が飛び交うだけの野蛮な所さ」
波音「(少し寂しそうな表情をして)そう・・だな・・」
波音の顔を見る奈緒衛
奈緒衛「どうしたのだ?そんな儚げな顔をして」
波音「は、儚げか!?」
奈緒衛「少しそういうふうに見えたぞ」
少しの沈黙が流れる
目と目が合う波音と奈緒衛
二人の顔の距離が近い
凛「(蛍を捕まえようとして)それっ!!このっ!!」
蛍を捕まえようと相変わらず奮闘している凛
奈緒衛「(顔を赤くして)そ、その・・・しても・・・よいか?」
波音「あ、ああ・・・」
目を瞑る波音
そっと波音にキスをする奈緒衛
凛「(大きな声で)やった!!!!!!捕まえた!!!!!!」
凛の声に驚いて離れる波音と奈緒衛
顔が真っ赤で挙動不審な波音と奈緒衛
奈緒衛「つ、つ、捕まえたのか!!!!よ、良かったな!!!!」
波音「み、見せてみろ!!わ、私が判断してやる!!!」
凛「判断・・・?ただの蛍でございますよ?」
波音「よ、良いから持って来るのだ!!!」
両手を包んでやって来る凛
ゆっくり両手を開く凛
両手を覗き込む三人
一匹の小さな蛍が黄緑色に光っている
波音「(蛍を見ながら)これほど間近で見たのは初めてだ」
奈緒衛「(蛍を見ながら)俺も・・・けど一匹でも綺麗だな」
凛「(自慢げに)私が捕まえたのです!!」
しばらく蛍を見ている三人
蛍の光は少しずつ弱くなっていく
波音「(蛍を見ながら)いささか光が弱くなったか・・・?」
奈緒衛「(蛍を見ながら)蛍は長生きしないからな」
凛「(蛍を見ながら)そうなのですか?」
奈緒衛「(蛍を見ながら)僅か半月程度が蛍の生涯だ」
波音「(蛍を見ながら)切ない生き物じゃのう・・・」
凛「逃しても・・・よろしいでしょうか?」
奈緒衛「苦労の末に捕まえたのによいのか?」
凛「半月しかないこの子の命を、私めが使い切ってしまうのは可哀想です」
波音「凛が捕まえた物だ、凛の好きにするがよい」
凛はしゃがみ蛍を草原の上に優しく乗せる
蛍は光りながら仲間の元に飛んで行く
◯527音羽川(日替わり/昼)
音羽川の終わり
川幅は30cmほどになり、水はほとんどない
川の左には険しい山の道がある
立ち止まっている波音たち
咳き込んでいる凛
奈緒衛「ここで川は終わりか・・・」
凛「(咳き込む)ゲホッ!!ゲホッ!!!」
凛の咳は悪化している
心配そうに凛のことを見ている波音と奈緒衛
凛「(咳き込む)ゲホッ!!!ゲホッ!!!山の道を行きましょう」
奈緒衛「しかし凛、この山の道は病人が通るような道ではない」
波音「山ではなく町を通り抜ける方法もある。薬師にだって診てもらえるのだ」
凛「(大きな声で)町には下りませぬ!!!!今、お二人とって町がどれほど危険なのかご理解していないのですか!!!!!」
少しの沈黙が流れる
波音「危険は百も承知。私はその上で町を通るべきだと言っておるのだぞ」
ふらふらとした足取りで歩き始める凛
凛「ならば尚のこと、危険の割合が少ない山の道で行くべきなのです」
凛は一人で山の道に進み始める
顔を見合わせる波音と奈緒衛
深くため息を吐く奈緒衛
困った表情をしている波音
二人は馬を連れ凛の後に続く
◯528森(昼)
山の道を進んでいる三人
木漏れ日
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
登り坂
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛のペースに合わせてゆっくり歩いている波音と奈緒衛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
二頭の馬は器用に山を登って行く
奈緒衛「(息を切らしながら)はぁ・・・想像以上に・・・(額の汗を拭って)険しい道だ」
波音「(息を切らしながら)人が・・・寄り付かない・・・わけだな」
凛「(息を切らしながら)この道なら・・・追う側も・・・地獄でしょうね・・・」
奈緒衛「(息を切らしながら)た、確かにな・・・」
足を滑らせ転びそうになる凛
凛「うわっ!!」
奈緒衛「危ない!!!」
すかさず波音が凛の体を支える
波音「(凛の体を支えて)危なかった・・・」
凛「も、申し訳ございません!!」
体勢を直す凛
波音「(怒鳴り声で)き、気を付けろ!!!これでは命が幾つあっても足りぬ!!!」
凛「は、はい・・・」
波音「(小さな声でボソボソと)全く・・・三人とも緋空に辿り着く前に転落死してしまうぞ・・・」
奈緒衛「まあまあ・・・互いに支え合って行こうな」
◯529森(夜)
木を背もたれにして眠っている波音たち
二頭の馬は木に繋がれ大人しくしている
◯530森(日替わり/昼)
山の道を進んでいる三人
木漏れ日
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
登り坂
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛のペースに合わせてゆっくり歩いている波音と奈緒衛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
二頭の馬は器用に山を登って行く
波音「(声)二人は緋空でやりたい事はあるか?」
奈緒衛「(声)海を見て、海で遊んで、たらふく食って、寝たい。それに尽きるな」
凛「(声)私めも同じです!」
奈緒衛「(声)そういえば、凛のご両親って・・・今どうしておるのだ?」
凛「(声)両親は私が八つの時に亡くなりました」
奈緒衛「(声)そうだったのか・・・」
凛に手を差し出す波音
波音の手を掴み山の道を進む凛
◯531森(昼)
大木の下に座って干し芋を食べている波音
波音「(声)奇遇な事よ。我ら三人親なし子だ」
凛「(声)いたく不思議なご縁です」
奈緒衛「(声)何かに導かれているのかもな」
凛「(声)私たちが何かに導かれているのだとしたら・・・私たちこそが最終的に世のことわりに関係してくる事なのかもしれませんね」
波音「(声)世のことわりとは、本当に信長殿の死ではないのか?」
凛「(声)多分彼の死以上の事があるのです」
奈緒衛「(声)信長様が死ぬ以上の事って・・・想像がつかないよ」
◯532森(夕方)
山の道を進んでいる三人
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
下り坂
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛のペースに合わせてゆっくり歩いている波音と奈緒衛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
二頭の馬は器用に山を下って行く
転ばないように慎重に進んでいる三人
波音「(声)もしや・・・それは我らが死んだ後に起きる話ではないのか?」
奈緒衛「(声)何!?死んだ後!?」
凛「(声)それは分かりませぬ」
波音「(声)思いがけず取った我らの行動が、この世を変えたらどうする?」
奈緒衛「(声)偶然の行動であれば、罪はないだろ」
波音「(声)偶然かどうかは分からぬぞ?」
◯533森(夜)
大木にもたれながら喋っている三人
波音「何かに導かれていたら、偶然ではなく仕組まれた事ではないか」
奈緒衛「ま、待ってくれ!やっぱりさっきの導かれてるっていう言葉は取り消しだ!俺たちは別に導かれてない・・・凛、そうだろ?」
凛「私たちの行く末が偶然であっても、意図的であっても、この流れは変わらないと思います。(間を開けて)ただ・・・如何せんこのような現象は初めてなので・・・これまでと違って断片的で曖昧なのです」
波音「予知が出来ないほどの情報量なのか・・・それとも・・・ただ単に先過ぎる事柄なのか・・・」
奈緒衛「故郷の緋空で何か分かればいいけど・・・」
凛「緋空には不思議な力が眠っております。私の力や海人の妖術はそこから授かったと聞き及びました」
波音「海人の本来の務めは、緋空に住む神に仕え海を守護する事だからな」
奈緒衛「そうなのか!?初めて知ったぞ・・・」
波音「知らぬ者も多かろう、ただその務めは必要とされておらぬわ。現に海人が滅びかけ、私が妖術を使えないのも必要とされてないからだろうな」
奈緒衛「そういうことか・・・」
凛「失礼ながら波音様、私めの力は海人がお持ちになっている妖術に似ていると、その昔母上から聞きました」
波音「そうか?確かに、信じがたいような奇跡の力が備わっていたが・・・予知は出来なかったぞ」
奈緒衛「そもそも予知とはどのような感じなのだ?」
凛「情報として頭の中に入って来るのです。敵軍勢の数や戦場の状況が見えました」
奈緒衛「改めて思うけど凄い力だな。凛の予知がなかったら今頃死んでたかも」
凛「いえ・・・近頃はあまりこの力も役立っていません」
波音「信長殿の暗殺を予知したのにか?」
凛「予知するだけでは無意味でしょう、対策を講じなければ」
咳き込む凛
奈緒衛「その・・・凛は見たのか?世のことわりに関する何かを・・・」
凛「見ました」
波音「何を見たのだ?」
少しの沈黙が流れる
凛のことを見ている波音と奈緒衛
目を瞑る凛
◯534滅びかけた世界:緋空浜(昼)
曇り空
誰もいない緋空浜
浜辺には戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体がそこら中に転がっている
強い風が吹き、波は荒れている
波の音が強く響いている
凛「(声)強い怒り・・・悲しみ・・・苦痛・・・死にゆく人・・・鉄屑で溢れた・・・滅びの海・・・」
◯535森(夜)
目を開ける凛
大木にもたれて喋っている三人
凛「そして・・・押し寄せる虚しさ」
奈緒衛「そうなってしまう原因とか、きっかけは分からないのか?」
凛「分かりませぬ・・・」
波音「やはり、遠い未来なのだろう。我らに出来る事は何もなさそうだ」
凛「本当に・・・」
波音「何だ?」
凛「本当にそうでございましょうか?私たちに出来る事は何もないのでしょうか?」
波音「それが運命であるのならば受け入れるしかない」
奈緒衛「何か出来ることがあればいいけどな」
◯536森(夕方)
ヒグラシが鳴いている
山の道を進んでいる三人
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
上り坂
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛は咳をしながら歩いている
凛は口元を手で押さえている
二人に気付かれないように手を見る凛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
二頭の馬は器用に山を上って行く
転ばないように慎重に進んでいる三人
◯537森(夜)
大木にもたれ、干し芋食べている三人
波音は干し芋を半分に折って凛に分け与えいる
◯538廃寺(日替わり/昼)
雨が降っている
森の中の廃寺の縁側で休んでいる三人
廃寺は古く、至る所が痛み切っている
二頭の馬は廃寺の近くの木に繋がれている
奈緒衛「この雨だとしばらくは動けぬな」
凛「このような山道で滑ったら危険ですものね」
波音「追手もこの雨で足止めを食らってるとよいが・・・」
奈緒衛「さすがに雨の中、山道を進むほどの危険を犯すとは思えないぞ」
波音「うむ、そう願うしかない」
咳き込む凛
凛「(手で口を押さえながら)ゲホッ・・・ゲホッ・・・ゲホッ・・・」
凛の手には血がついている
波音「(凛の手を見て)凛!!血ではないか!!」
菜緒衛「血?!吐血か?!」
慌てて手を隠す凛
凛「誰にでもよくあるような事でございます」
奈緒衛「よくあるような事じゃないだろ!!」
凛「大した事ではございませぬ・・・」
波音「凛、正直に答えろ。吐血はいつから始まった?」
少しの沈黙が流れる
奈緒衛「凛!答えるのだ!!」
凛「(小さな声で)この数日です・・・」
奈緒衛「なぜ黙っていた!!」
凛「(小さな声で)お二人に・・・心配をかけたくはありません」
頭を抱える奈緒衛
波音「凛よ・・・吐血は大病の可能性を秘めておる。そなたもそれくらい知っておろう?」
凛「(小さな声で)この程度の血・・・吐血とは言いませぬゆえ。それに・・・お二人が戦で流した血に比べれば、私めの血などほんの僅かな量ではございませぬか」
波音「そういう問題ではないだろう!!」
凛「このような些細な事でお叱りにならないでください・・・揉め事は御免です」
波音「(大きな声で)これで揉めたら!!!!」
急に黙る波音
波音「(小さな声でボソッと)そなたのせいではないか・・・」
◯539森(日替わり/昼)
ヒグラシが鳴いている
雨でぬかるんでいる地面
山の道を進んでいる三人
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛は咳をしながら歩いている
咳をするたびに凛のことを心配そうに見る波音と奈緒衛
波音と奈緒衛がそれぞれ一頭ずつ馬を連れている
一頭の馬には荷物が乗せてある
二頭の馬は器用に山道を歩いている
◯540小川(夕方)
ヒグラシが鳴いている
山の中に小さな小川がある
馬たちに小川の水を飲ませいる波音と奈緒衛
凛の水を竹水筒に入れている
竹水筒に水を入れ終える凛
立ち上がる凛
手で口を押さえながら咳をする凛
二頭の馬が顔を上げ、水を飲むのをやめる
奈緒衛「もう飲まないのか?」
波音「次いつ水を飲めるか分からないぞ」
小川にとても小さな波が立っている
波を見る波音
小川の中に赤い液体が混ざって来る
赤い液体がやってきた方を目で辿る波音
凛が吐血している
赤い液体の正体は凛の血
奈緒衛「(駆け寄り)凛!!!」
膝をつく凛
咳き込みたくさんの血を吐き出す凛
凛の元へ駆け寄る波音
奈緒衛「(激しく動揺して)大変だ・・・り、凛!!まず体を寝かせて・・・」
波音「ダメだ・・・」
奈緒衛「(激しく動揺して)じゃ、じゃあ・・・どうすれば!!」
波音「(吐血した血を見ながら)薬師の元へ連れて行くしかない・・・」
奈緒衛「(激しく動揺して)ま、町に行くのか!?」
波音「それしかあるまい!!」
凛の体を担ぎ馬に乗せる波音
凛の後ろに乗る波音
凛「(咳き込み)ゲホッ!!!ゲホッ!!!な、波音様・・・私めの事はお気にならさず・・・ゲホッ!!!ゲホッ!!!」
再び血を吐く凛
波音「黙っていろ凛!!!」
手綱を持つ波音
奈緒衛「波音!俺も町にい・・・」
波音「(大きな声で)ならぬ!!!!そなたはここで待っておるのだ!!!!!」
奈緒衛「し、しかし!!」
波音「出来る限り早う戻って来る!」
少しの沈黙が流れて、頷く奈緒衛
波音「(手綱を引っ張り)行け!!」
馬は山道を器用に駆け下りる
波音「(声 モノローグ)すまぬ奈緒衛!!危険な場所にそなたを連れては行けない!!」
◯541森(昼)
水たまりを駆け抜けて行く馬
凛「い、いけませぬ波音様・・・追手が・・・近づいて・・・」
波音「何故分かるのだ!!!!」
凛「私めには・・・見えるのです・・・」
波音「力は使うなと言ったではないか!!!!!」
凛「(小さな声で)申し訳・・・ございませぬ・・・私めには・・・見えるのです・・・」
波音「(怒鳴り声で)馬鹿者が!!!!!」
意識が朦朧としている凛
目を瞑る凛
凛にだけ波の音が聞こえる
凛「(小さな声で)海が・・・お迎えに・・・来てくれた・・・魂を・・・洗って・・・また・・・新たな命へ・・・」
◯542音羽川(夜)
月の光が馬の体に反射している
通ってきた音羽川を戻っている波音たち
凛は意識がない
馬の動きが鈍くなっている
息を切らしている馬
波音「急げ!!急げ!!急げ!!」
波音は腰につけていた小刀を抜き、馬の腹を少し斬る
馬の血が飛び散る
馬は叫び、また速く走るようになる
◯543町(深夜)
町に辿り着いた波音たち
凛は意識がない
町は暗く、基本的にどの民家にも灯りがついていない
馬は息を切らしている
馬から降りる波音
凛を馬から降ろし、月の光を頼りにして凛を抱き抱えたまま薬師の家を探す波音
見回りをしている二人の武士が波音に声をかけて来る
見回りの武士たちは行灯を持っている
見回りの武士1「女子がこんな時間を何をしておる?」
波音「(顔を伏せ)妹が病気で・・・薬師の家を探しているのです」
見回りの武士2「深刻な病なのか?」
波音「それはもう!!」
見回りの武士2「(指を差して)薬師の家にあちらに」
見回りの武士1が武士の腕を引っ込めさせる
見回りの武士1「待て、お主腰に刀を下げておるな?何者だ!」
刀を抜き波音に向ける武士1
波音「この刀は・・・父上から用心のために借りただけで・・・」
見回りの武士1「(刀を波音に向けながら)顔を見せい!!!!」
見回りの武士2「おい!病人を連れているのだぞ!一刻を争うというのに疑っている場合か!!」
見回りの武士1「(刀を波音に向けながら)お前も知っているだろ!織田信長を暗殺した白瀬波音は女だということを!!」
見回りの武士2「その情報は聞いた。けど、そんなお尋ね者がわざわざ町に来るか!?そんな事あり得ないだろう」
見回りの武士1「(刀を波音に向けながら)せめてその顔を見せろ!」
ゆっくり顔を上げる波音
見回りの武士2「(波音の顔を見て)なんてこった・・・こいつは・・・(かなり間を開けて)とんでもねえべっぴんさんではないか!!!」
じろじろと波音の顔を見ている武士1
見回りの武士2「(波音の顔を見ながら)いやぁ驚いた驚いた・・・これほど美しい女子だとは・・・」
波音「(俯き)あまり見ないでください・・・お恥ずかしいです・・・」
見回りの武士2「これはすまぬすまぬ。もういいだろう、薬師の家に連れて行くぞ」
渋々刀を納める武士1
波音「(頭を下げ)感謝致します」
見回りの武士2「案内しよう、ついて来るのだ」
波音「はい」
まだ波音の事を疑っている武士1
波音の事をずっと見ている武士1
波音「(声 モノローグ)疑っている・・・隠し通せる自信はない・・・何処かで殺めよう・・・」
◯544薬師の家和室(深夜)
とても狭い薬師の家
畳の上で眠っている凛
部屋の隅に行灯が二つある
薬師は年老いた男
見回りの武士2が治療の様子を見ている
見回りの武士1が波音の事をじろじろ見ている
波音「薬師様、妹の様子は・・・」
薬師「今は薬草が効いて眠っています。しかし・・・それがいつまで効くか・・・」
波音「回復にはどれだけの時が必要になりましょうか?」
薬師「回復に期待は出来ません」
波音「何か打つ手は・・・ないのですか?」
首を横に振る薬師
薬師「今夜がこの娘の峠でしょう。今は側にいてやる事しか出来ないのです」
歯を食いしばる波音
薬師「厳しい事を言いますが、例え今夜を乗り越えても次はないと思ってください。この娘の最期はそう遠くはありません。今からでも死を受け入れなさい」
少しの沈黙が流れる
虫の鳴き声だけが響いている
波音「申し訳ありませぬが・・・どうか・・・妹と二人きりにしていただけないでしょうか」
薬師「(立ち上がり)分かりました。私はあちらの部屋にいます、何かあったら呼んでくださいね」
頷く波音
部屋を出る見回りの武士1、武士2、薬師
部屋は波音と凛の二人だけになる
眠っている凛
優しく頭を撫でながら凛に語りかける波音
波音「言ったではないか・・・力は使うなと・・・それなのに・・・言いつけを破りおって・・・女中が言いつけを破るなど・・・前代未聞だぞ・・・分かっておるのか?(少し間を開けて)凛よ・・・お主はいつだって我らの身を案じてくれたな・・・優しい凛・・・可愛い凛・・・私は・・・凛の全てが堪らなく愛おしいよ・・・」
眠ったままの凛
波音は凛の胸の近くにそっと顔を埋める
波音「凛・・・死んではならぬ・・・死んではならぬぞ・・・」
時間経過
目を覚ます凛
凛「うっ・・・な、波音様・・・?ここは・・・一体・・・」
波音「(体を起こして)凛!良かった・・・死んでしまったかと思ったぞ」
凛「眠っていただけですよ。死が訪れるのはもう少し先のようです」
深く息を吐く波音
波音「永遠の眠りも覚悟したが・・・奇跡が起きたようだな・・・」
体を起こして辺りをキョロキョロ見る凛
凛「時に波音様、ここは一体・・・」
波音「町の薬師の家だ」
凛「波音様、早う山に戻りましょう。幾ら何でもここは危険過ぎます」
波音「薬師から薬草を貰い、朝になる前に出よう」
凛「波音様、今すぐにここを・・・」
波音「その気持ちは分かる。が、凛のためにここまで来たのだ。そなたが休まなければ意味がない。今は体を休ませる事に集中しろ」
凛が口を開き何かを言おうとする
波音「しかしは無しだ」
凛「分かりました・・・」
再び横になる凛
凛「約束してください、日が登る前にはここを出ると」
波音「ああ、そうしよう」
凛「波音様?」
波音「何だ?」
凛「ありがとうございます」
波音「(少し照れながら)う、うむ。気にするな」
凛「波音様?」
波音「今度は何だ?」
凛「私めも緋空でやりたい事を思いつきました」
波音「聞かせてもらおう」
凛「これはやりたい事というか・・・お願いに近いのですが・・・」
波音「緋空でも干し芋くらい分けてやるぞ」
凛「芋の話ではありませぬ」
波音「タコもどうにかして手に入れよう」
凛「タコでもございませぬ」
波音「食い物の願いでは無いのか・・・では願いとは何だ?」
凛「緋空に辿り着いたら・・・再び妖術を身に付けて欲しいのです」
波音「ほう・・・それは何故だ?」
凛「妖術を使ってやってもらいたい事があるのです」
波音「やってもらいたい事?」
凛「はい、話してもよいでしょうか?」
波音「構わぬ」
凛「このような事を女中が申するのは失礼に値するかもしれませんが・・・」
波音「これこれ 、焦らすでない。早う話すのだ」
凛「私めと波音様は・・・お友達であると思うのです」
波音「ふむ。私もその考えに異論はないぞ?」
凛「永遠に続くべき友情だと私めは思っています」
◯545◯426のフラッシュバック/滅びかけた世界:鳥取県/道路(夕方)
焚火と食料のゴミが散らかっている
月と星の灯りしかない道路
夜風で雑草が揺れている
ナツとスズはくっ付きながら眠っている
波音「(声)その通りだな。永遠に続くべき関係だ」
◯545フラッシュバック戻り/薬師の家和室(深夜)
喋っている波音と凛
凛「それは波音様と奈緒衛様の関係も同じだと思うのです」
波音「あ、ああ・・・そ、それも同意見だが・・・」
凛「お二人は・・・愛を結ぶ関係であるべきでしょう」
◯546◯298のフラッシュバック/波音高校のベンチ(昼)
快晴、気持ちの良い天気
ベンチに座っている鳴海と菜摘
ベンチはたくさんあり、友達同士やカップルがご飯を食べるのに使っている
鳴海と菜摘は楽しそうに喋っている
波音「(声)そ、そうだな。この気持ちは絶対に変わらん!!」
◯547フラッシュバック戻り/薬師の家和室(深夜)
喋っている波音と凛
波音「それで・・・結局私は何をすればよいのだ?」
凛「妖術を使って、魂を不死身にしてください」
波音「は?」
意味が分からないという表情している波音
凛「輪廻を繰り返してください」
波音「あー、輪廻ね、(小さな声で)凛だけに・・・」
凛「波音様、何を仰っているのですか?」
波音「すまぬ、凛の言ってることの意味が分からなくてふざけた」
凛「自らの魂と奈緒衛様の魂に、妖術をかけるのです。輪廻転生出来るように」
波音「意味は分かったぞ、理解もした。しかし・・・そんな事は出来ないだろう?」
凛「出来るか出来ないかは、波音様次第でございます」
波音「凛の魂はどうするのだ?今の話ではお主の魂が輪廻しないではないか」
凛「私めの魂は必ず輪廻しましょう、私が死んでもこの魂は滅びませぬ」
波音「何故そのような事が分かるのだ?」
凛「それが決まりなのです、太陽が沈んだ後に月が夜を照らすのと同じ」
波音「そのような奇想天外な話をどう信じればよいものか・・・」
凛「信じる信じないではございませぬ。やるかやらぬかですよ」
波音「挑戦あるのみ・・・というわけだな」
凛「ええ。三人の肉体が滅びても、いずれ魂たちは再開する。とてもとても美しい事でございましょう。それこそ奇跡のような確率なのに・・・この願い、聞き入ってもらえませんか?」
真剣な表情の凛
波音「願いは分かったぞ。だが、何故輪廻にこだわるのだ?今幸福であればそれでよいではないか」
凛「我らが輪廻するのも運命ですゆえ」
◯548薬師の家廊下(深夜)
真っ暗な廊下を歩いている波音
薬師たちがいる部屋の前で止まる波音
ふすま越しにいびきが聞こえる
波音「(小さな声で)薬師様!妹の様子が!」
ふすまを開け行灯を持った薬師が出てくる
ふすまが開いた瞬間、見回りの武士1と2が眠っているのが見える
薬師「どうしましたか?」
波音「先ほどから様子がおかしくて・・・とにかく見てください」
ふすまを閉める薬師
波音「お先にどうぞ」
薬師に前を歩かせる波音
薬師の後ろを歩く波音
右手を腰の刀に置き、すぐに抜刀出来るようにしている波音
波音は静かに刀を抜き、薬師の首に当てる
足が止まる薬師
波音「(薬師の首に刀を当てながら小さな声で)喋るなよ、口を開けば斬る」
頷く薬師
波音「(薬師の首に刀を当てながら小さな声で)薬草がある場所まで案内しろ」
頷く薬師
◯549薬師の倉(深夜)
倉の中には様々な刈られた植物がある
行灯で倉の中の薬草を照らしている薬師
薬師の首に刀を当てている波音
波音「(薬師の首に刀を当てながら)あるだけ全部だ」
薬師「ぜ、全部ですか?」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)全部だ」
薬師「い、幾ら薬草を使っても効果は限られています」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)一生、口が聞けぬようにしてやろうか?」
薬師「や、やめてください!」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)では手を動かせばよい」
薬師は急いで薬草を集める
薬草は短い笹のような植物を手に取る
薬師「(薬草を集めながら)も、申し上げたい事が・・・」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)聞き分けのない奴よのう。黙っておる方が身のためだというのに」
薬師「(薬草を集めながら)い、今の時期は・・・や、薬草は直ぐに使えなくなります・・・」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)どういう意味だ」
薬師「(薬草を集めながら)あ、暑さにやられて枯れてしまうのです」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)私がそのような嘘に騙されると?」
薬師「(薬草を集めながら)う、嘘ではございませぬ!!」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)いいから早く集めろ」
薬師はより急いで薬草を集める
◯550薬師の家和室(深夜)
和室に戻って来た波音と薬師
薬師の両手にたくさんの薬草を抱えている
体を起こす凛
波音はまだ薬師の首に刀を当てている
波音「(薬師の首に刀を当てながら)凛、立てるか?」
凛「はい、何とか・・・」
ゆっくり立ち上がる凛
波音「(薬師の首に刀を当てながら)よし、凛、私の後ろに回れ」
波音の後ろに隠れる凛
波音「(薬師の首に刀を当てながら)さて・・・薬師様、まずは薬草を畳の上に置いてもらおうか」
薬師は薬草を畳に置く
波音「(薬師の首に刀を当てながら)薬草から離れろ」
薬師「た、頼む。わ、私は別に何もするつもりはない。だから殺さないでくれ」
波音「(薬師の首に刀を当てながら)早く薬草から離れるのだ」
薬師「わ、分かったから・・・」
薬師は薬草から離れる
波音は少し後ろに下がる
波音「すまぬな薬師様、我らも余裕がないのだ。あなたを殺めなければあの二人が追手を引き連れて来るだろう」
薬師「(懇願する)や、やめてくれ!」
波音は薬師の背中に向かって刀を振りかざす
凛「(大きな声で)波音様!!!」
波音の動きが止まる
凛「戦でもない時に・・・無闇に命を奪ってはなりませぬ。このお方は、私めの命を救ってくださったのでしょう?」
波音「今はそのような事を気にかけている場合ではない!」
凛「お止めください。このお方を殺めなくても私たちは死にませぬ」
真剣な表情で波音を見る凛
波音「仕方あるまい・・・」
波音は刀の持ち方を変え、薬師に峰打ちをする
薬師は大きな音を立ててばったりと倒れる
刀を納める波音
波音「峰打ちだ、これでよいか?」
凛「はい」
部屋の棚を漁り風呂敷を取り出す波音
大きな風呂敷に薬草を包む波音
薬草を持つ波音
◯551町(深夜)
薬師の家を出て馬の元に急ぐ波音と凛
ふらふらとした足取りの凛
馬に乗ろうとする凛を支える波音
馬に乗る凛
馬は鳴き声を上げる
波音は馬の腹の切りを見る
凛「波音様、馬の様子が変です」
馬の腹から血が垂れている
波音は馬に話しかける
波音「頑張っておくれ、よいな?」
薬草を凛に渡す波音
波音「心配するな凛、馬も少し疲れているだけだろう」
馬に乗る波音
手綱を持つ波音
凛「苦しそうです、可哀想に・・・」
波音「山に戻れば幾らでも休める、そこまでは走ってもらわねば!!」
馬の腹を蹴る波音
馬は叫び走り始める
◯552音羽川(朝方)
徐々に明るくなって来ている
川沿いを走っている馬
波音たちが一泊した民家の前を通る
民家の近くにはたくさんの馬が木に繋がれている
波音は繋がれた馬のことを視認する
明智の旗印が民家の近くに立てられている
波音「(声 モノローグ)まずい・・・馬を置いて山に入っている・・・」
◯553森(朝)
完全に日が昇り、セミが鳴き始めている
木漏れ日
馬は息を切らしながらゆっくり山を登っている
たくさんの大きな木が生えている
険しい山の道
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
◯554小川(昼過ぎ)
たくさんのセミが鳴いている
小川の側に座って身を休ませている奈緒衛
小川の近くの木に繋がれている一頭の馬
木々が揺れている
立ち上がって揺れている木々の方を見る奈緒衛
刀を抜いて構える奈緒衛
木々の間から馬を連れて波音が出てくる
凛は馬の上で眠っている
波音「待たせて悪かったな」
刀を納める奈緒衛
奈緒衛「(安心した様子で)良かった・・・凛は無事なのか?」
波音「一命を取り留めたよ。危険な状態である事に変わりはないが・・・凛、起きるのだ。馬から降ろしてやろう」
凛「な・・・波音様・・・申し訳ございません・・・」
波音「何故謝るのだ」
凛「少々・・・体が疲れて・・・」
波音「構わぬよ、降りるのを手伝ってやろう。川辺で休むといい」
馬から降りようとする凛を支える波音
馬から降りる凛
凛を支える波音と奈緒衛
凛を川辺にまで連れて行く波音と奈緒衛
そっと腰を下ろし横になる凛
眠る凛
凛を乗せていた馬はその場に倒れ込む
奈緒衛「馬も限界か・・・」
波音「厄介事が山積みだ」
波音は凛から離れたところに座る
奈緒衛「波音?大丈夫か?」
波音の隣に座る奈緒衛
波音「戻って来る時、明智の軍勢を見た」
奈緒衛「(驚き)明智の軍勢!?」
波音「ああ・・・どうやら馬を置いて山に入ったようだ」
奈緒衛「まだ追い付かれないと思うか?」
波音「分からぬ・・・町でも今頃大騒ぎになっているだろう・・・遅かれ早かれ大量の軍勢がここに押し寄せて来る」
奈緒衛「今までの戦みたいに切り抜けられるさ。山の地形は奴らにも不利だろうし」
波音「だといいが・・・」
深くため息を吐く波音
奈緒衛「(心配そうに)どうした?」
凛の方を見る波音
凛は眠っている
波音「凛がどこまで保つか・・・不安だ」
奈緒衛「薬草はないのか?」
波音「あるにはあるが、この暑さで薬草は使い物にならなくなる」
奈緒衛「では、薬草が使えなくなる前に緋空に辿り着こう」
波音「緋空はまだ先だ・・・」
奈緒衛「それでも近づいているだろ?」
少しの沈黙が流れる
波音「奈緒衛、本当のことを言うと私は・・・」
何かを言いかけて口を閉じる波音
波音「すまぬ・・・今のは忘れてくれ」
奈緒衛「話を続けてくれよ!気になるだろ!!」
波音「そんなに期待されても困る・・・これと言った話ではないのだ」
奈緒衛「深刻な話かと思ったぞ?」
波音「深刻ではない」
奈緒衛「そうなのか?」
波音「私個人の話だからな」
奈緒衛「何を言いかけてたのか教えてくれよ。俺たち家族だろ?」
波音「家族・・・か」
奈緒衛「これだけ苦楽を共にしているのだぞ、家族も同然だ」
波音「いつか話そう」
奈緒衛「いつかっていつだ?」
波音「しかるべき時だよ、具体的にいつかは私にも分からぬ」
奈緒衛「そこまで聞かされていると、気になって眠れない日々が続きそうだ」
波音「心配するな、否応なく昼間には眠れるぞ」
奈緒衛「どういう意味だよそれは」
波音「今後移動は夜間に行う」
奈緒衛「同じ山に潜んでいる以上、日中は気付かれぬよう大人しく過ごすべきか・・・」
波音「うむ、それに夜間の方が幾分涼しいだろう。暑さで体力を持っていかれるのは凛だけではない」
◯555小川(夜)
月の光が小川に反射している
腹に斬り傷がある馬は瀕死で横たわっている
横たわっている馬の頭を優しく撫でている凛
もう一頭の馬に荷物を乗せる奈緒衛
波音「凛よ、そろそろよいか?」
凛「(馬を頭を優しく触りながら)波音様・・・もう少しだけ・・・もう少しだけお許し下さい」
波音「分かった」
凛から離れ、奈緒衛の隣に行く波音
波音「奈緒衛、お主がやるか?」
首を横に振る奈緒衛
奈緒衛「出来ない・・・動物は殺められないんだ」
波音「良かろう、私がやる」
奈緒衛「すまん・・・」
波音「気にするな」
時間経過
波音「凛、時間だ」
凛「分かりました」
立ち上がり馬から離れる凛
波音は刀を抜く
横たわっている馬の近くに行く波音
馬の首を狙って刀を振りかざす波音
目を瞑る凛
馬の首を斬る波音
◯556森(夜)
月の明かりを頼りに森の道を進んでいる三人
スズムシが鳴いている
たくさんの蛍が光りながら飛んでいる
たくさんの大きな木が生えている
太く大きな木の根が地面から盛り上がっている
凛のペースに合わせてゆっくり歩いている波音と奈緒衛
奈緒衛が一頭の馬を連れている
馬には荷物が乗せてある
ひたすら歩いている三人
三人の姿は暗く影絵のようになっている
奈緒衛「(声)見ろよ、蛍がいっぱい飛んでるぞ」
凛「(声)私たちのために夜道を照らしてくれているのでしょうか?」
波音「(声)これなら道に迷うこともあるまい」
奈緒衛「(声)緋空にも蛍がいるとよいな。もし蛍が生息していたら・・・」
波音「(声)また三人で見よう、必ず」
凛「(声)はい!!!」
奈緒衛「(声)タコと蛍が緋空での第一目的だな!!!」
波音「(声)何とも小さな目的だ」
凛「(声)緋空には祭りもありますよ、ご参加なさいませんか?」
奈緒衛「(声)それはぜひ興じたい」
波音「(声)今もあの祭りが続いているとは・・・」
奈緒衛「(声)波音と凛はその祭りに行ったことがあるのか?」
凛「(声)幼い頃に幾度も行きました」
波音「(声)私もそうだ」
凛「(声)まことに楽しゅうございましたよ」
奈緒衛「(声)ほうほう・・・それはそれは益々興じたくなってきた」
波音「(声)しかし・・・確かあの祭りは春先に行われていた気がするな・・・」
凛「(声)左様でございます、夏に向けて緋空の海に住む神々を祀るのです」
波音「(声)やはり春頃の行事であったか」
奈緒衛「(声)かなり先の楽しみだなぁ・・・」
凛「(声)ご心配は無用。緋空は四季ごとに美しさと楽しみがあります」
奈緒衛「(声)と言うと?」
凛「(声)秋は紅葉が見ものでございます、菓子をつまみながら鑑賞するのはいかがでしょう?」
奈緒衛「(声)悪くない過ごし方だ」
波音「(声)酒を用意する必要があるのう」
奈緒衛「(声)おいおい、菓子の付け合わせに酒を選ぶのか」
波音「(声)無論だ、凛は底無しの酒豪だからな」
凛「(声)へっ!?私めがですか!?」
波音「(声)うむ」
奈緒衛「(声)大酒食らいの凛って通り名があるくらいだぞ?」
凛「(驚き 声)そ、そうなのですか!?私めにそのような呼び名が存在しているなんて知りませんでした・・・」
波音「(声)まあ・・・今のは冗談なわけだが」
凛「(声)冗談!?」
波音「(声)お主にそのような通り名はない、私と奈緒衛の嘘だ」
凛「(声)なにゆえ・・・なにゆえそのような嘘をついたのですか!!」
奈緒衛「(声)ここは嘘を吐く時かと」
波音「(声)そうそう、嘘を吐く時だったのだ」
凛「(声)そうやってお二人はすぐ私のことをからかって!!」
波音「(声)愉快だからよいではないか」
凛「(声)私は愉快ではございません!!」
奈緒衛「(声)まあまあ、それより緋空の冬の魅力を教えてくれ」
凛「(不機嫌な声)寒いです」
少しの沈黙が流れる
奈緒衛「(声)寒い、以外は?」
凛「(不機嫌な声)非常に寒いです」
奈緒衛「(声)それだけなのか・・・」
波音「(声)雪が降るぞ」
奈緒衛「(声)雪だと!?それは寒いどころの話ではないな」
凛「(声)温かい食事を取り、雪景色を眺めながら家族で暖を取るのです」
奈緒衛「(声)俺らはその時に茹でたタコを食べるか!!」
凛「(声)タコ鍋でございますね!!」
波音「(声)タコを食した後は軽い運動を兼ねて雪合戦しかない」
奈緒衛「(声)えぇ・・・タコの後にそのようなことをするのか・・・」
凛「(声)タコ雪合戦でございますね!!!!」
奈緒衛「(声)その言い方ではタコを投げるのか雪を投げるのか分からぬ・・・」
波音「(声)何だったら雪の中にタコの足を詰めて投げてしまおう」
奈緒衛「(声)タコ勿体なっ!!!!」
凛「(声)二対一で勝負ですよ、奈緒衛様はお一人で頑張ってくださいね」
奈緒衛「(声)一人は不公平だろっ!!!」
波音「(声)奈緒衛が一人なのは初めから決まっていたことなのだぞ?」
奈緒衛「(声)酷い言われようだ・・・」
波音「(声)しかしあれだな、こうやっていざ改まって考えると今までの日々とさして変わらないな」
奈緒衛「(声)タコを雪の中に入れたことなど今まででの日々で一度もないだろ・・・」
波音「(声)それはないが、雪合戦は実質水遊びと同じではないか?」
凛「(声)左様でございますね!!茶か、川の水か、雪の違いでしかございませぬ」
奈緒衛「(声)茶と、水と、雪は全然違うと思うぞ・・・」
波音「(声)物こそ違うが、三人で飯を囲んだり、景色を眺めたり、遊んだり、やってることは今とほとんど同じだ」
奈緒衛「(声)そりゃあ・・・そのように過ごすのが普通だろ。(少し間を開けて)家族だからな」
凛「(声)血の繋がりがなくても家族なのでしょうか?」
奈緒衛「(声)家族さ、な?波音」
波音「(声)うむ、この関係を家族以外の言葉で喩えようがない」
凛「(声)それはそれは!!!大変喜ばしゅうことでございます!!!!!」
三人は話しながら夜の山道を進んで行く
◯557森(朝方)
日が昇り始めている
セミが鳴いている
大木の下に座って休んでいる凛
石で薬草をすり潰し、竹水筒の中に入れる波音
竹水筒を凛に渡す波音
周りを見張っている奈緒衛
薬草入りの水を飲む凛
波音「全て飲んだか?」
凛「はい」
波音「体はどうだ?」
凛「特に痛みなどはありませぬ。薬草が効いているようです」
波音「一過性の風邪だとよいが・・・ひとまず今は眠って体を休ませろ。夜はまた移動するからの」
凛「波音様はお休みにならないのですか?」
波音「心配するな、適度に休むつもりだ」
凛「本当におやすみになるのですか?」
波音「甚く疑ってるようだが、私とて不死身ではないのだぞ?」
凛「申し訳ございませぬ・・・お休みになっている姿をあまり見ていないので・・・」
波音「私のことは良いのだ。凛、まずはそなたが休め」
凛「はい・・・」
眠り始める凛
波音は立ち上がり奈緒衛のところに行く
波音「奈緒衛、お主も休め。見張りは私がやろう」
奈緒衛「俺はいい、むしろ波音が休めよ」
波音「断る」
奈緒衛「ぶっ倒れたらどうするのだ?」
波音「私はそれほど弱く見えるか?」
奈緒衛「弱いとか、強いとか、そういう問題じゃない。俺は心配なだけだ」
少しの沈黙が流れる
奈緒衛「(真剣な表情で)波音、頼むから休んでくれ。ほとんど眠ってないのだろ?」
波音「少しは眠っておる」
奈緒衛「(真剣な表情で)それでは足りないからこうして休めと言ってるのだ。まだ反論するのであれば俺も怒るぞ」
深くため息を吐く波音
波音「分かったよ・・・私の負けだ」
奈緒衛「寝るのだな?」
波音「ああ。ただし、私が起きたら見張りを交代しろ。奈緒衛にも休息を取ってもらわなければ困る」
奈緒衛「了解した、何かあったらすぐ起こすよ」
頷く波音
大木の下に座る波音
右手を腰の刀に置き、すぐに抜刀出来るようにしている波音
その状態で眠り始める波音
◯558森(夕方)
夕日に照らされ山の中全体が赤く染まっている
セミが鳴いている
周りを見張っている奈緒衛
眠っている波音
眠っている凛
眠っている凛は呼吸が早く、息苦しそう
凛は悪夢を見ている
◯559凛の夢の中/滅びかけた世界:緋空浜(昼)
曇り空
一人ぼっちの凛
浜辺には戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体がそこら中に転がっている
強い風が吹き、波は荒れている
波の音が強く響いている
鳴海「(大きな声)奇跡なんかあるもんか!!!」
振り返る凛
振り返っても誰もいない
凛「誰です!?誰かいるのですか!?」
菜摘「(声)ごめんね鳴海くん・・・ありがとう・・・」
辺りを見る凛
誰もいない
嶺二「(声)お前だけじゃねえ・・・俺たちだって失ってるんだ」
千春「(声)私は・・・みんなのことをずっと見ていました・・・最期の最期まで・・・」
汐莉「(声)先生が担任だったら良かったのになぁ」
神谷「(声)こうやって21グラムを失うのか・・・」
明日香「(声)もう・・・日記置き忘れてるし・・・」
雪音「(怒鳴り声)分かるでしょ!?失う辛さが!!!!」
嶺二、千春、汐莉、神谷、明日香、雪音の声が重なり合いながら響き渡っている
荒波がより酷くなる
浜辺にあった戦車、重火器、使い古された小型船、空っぽの缶詰、ペットボトル、腐敗し死臭を放っている魚、骨になった遺体に波がぶつかり水しぶきが上がる
老人「(声)戦争は人をおかしくするだけだった・・・」
双葉「(声)これは地獄か?悪夢か?違う、違うんだ。これは狂った現実なんだ」
女1「(声)行かないで、ここに残って・・・」
女2「(声)国のためだもの、戦うしかないでしょ」
老人と双葉の声が響き渡っている
続いて二人の女の声が響く
二人の女が誰なのかは分からない
壊れた兵器しかないのに何故か戦闘機の飛ぶ音、ミサイルが落ちる音、爆発の音、銃の音が浜辺に響いている
凛は困惑しながら海、空、辺りを見るが誰もいない
響紀「(声)歌は好き?何か聞いてみよっか」
詩穂「(声)子供なんか作らなきゃよかった・・・」
真彩「(声)私たちは・・・親の実家の方に行こうかな・・・うん、鳥取」
戦闘機の飛ぶ音、ミサイルが落ちる音、爆発の音、銃の音が消える
響紀、詩穂、真彩の声が響き渡っている
波はますます荒れ、凛の足元にまで海水が流れてくる
ナツ「(声)世界は滅びると思う?」
スズ「(声)なっちゃん、みんないるからね。一人じゃないんだよ」
ナツとスズの声が響き渡っている
波の勢いは津波のように強くなっている
凛「理解しました・・・やはりこれは波音様が仰っていたように後の世を示しているのですね・・・(少し間を開けて)私めに出来る事は何かないのでしょうか?」
強風が吹き始める
風では浜辺にあったゴミが飛ばされる
雲がどんどん流れ、真っ暗な空になる
雷がゴロゴロ鳴り始める
ポツポツと雨が降ってくる
菜摘「(声)それなら奇跡を起こしてみたくなったの!!」
鳴海「(声)何かを全力でするっていうのは」
嶺二「(声)何かを変える可能性がある」
千春「(声)決して屈してはいけません、諦めないでください」
菜摘、鳴海、嶺二、千春の声が響き渡っている
雷が大きな音を立てて落ちる
雨が強くなる
津波のような動きをしていた海はうねり始める
凛はずぶ濡れになる
潤「(声)お前の親父、紘と俺はいつも一緒に過ごしてたよ」
すみれ「(声)繋がりはどこまでも続いていくものね」
潤とすみれの声が響き渡っている
凛「海が何か伝えようとしている・・・」
波の動きがどんどん変化している
嵐のような天気
強風、豪雨、落雷が酷い
凛は浜辺にあった古い戦車によじ登る
戦車の上に立つ凛
戦車の上から波の動きを見る
海には渦が何個も出来ている
奈緒衛「(声)何かに導かれているのかもな」
波音「(声)それは我らが死んだ後に起きる話ではないのか?」
奈緒衛「(声)何か出来ることがあればいいけどな」
波音「挑戦あるのみ・・・というわけだな
波音と奈緒衛の声が響き渡っている
何個もあった海の渦が、合わさり一つの大きな渦が出来る
凛「やはり望むのは私めだけではないのですね。どうやら世のことわりは我らにかかっているようです。お願いしますよ波音様」
◯560森(夕方)
目を覚ます凛
未だ眠っている波音
周囲を見張っている奈緒衛
セミが鳴いている
凛は立ち上がり奈緒衛のところへ行く
奈緒衛「よう凛、休んでなくてよいのか?」
凛「はい、目が覚めてしまったのです」
奈緒衛「そうかそうか・・・」
凛「時に奈緒衛様」
奈緒衛「何だ?」
凛「私たちの運命が世のことわりに大きく影響を与えていたらどのように思います?」
奈緒衛「さあ・・・分からぬわ。(少し間を開けて)しかしその言い方ではまるで本当に影響を与えるかのようだな」
凛「我らの行動で全てを変えられるのであれば、たとえ辛い運命が待ち構えていてもそれを受け入れる覚悟をお持ちでしょうか?」
奈緒衛「回答になっているか分からぬが、俺は波音に付いて行くだけだよ。凛もそうだろ?」
凛「ええ、それはそうでございます」
奈緒衛「俺たちの運命は波音と共にあるのさ。波音がそのような困難な道に進めば俺らも同じ道を行く。逆に波音が世のことわりなどどうでもよいと言えば、俺たちにとってもどうでもよいのだ。それ故に・・・覚悟はとうの昔から決まっておる」
凛「奈緒衛様は既に全てを受け入れてるのですね」
奈緒衛「大事なのは三人で過ごすこと、それさえ出来れば俺は十分に幸せだからな」
凛「その考えには大いに共感出来ます」
奈緒衛「それに困難があろうとも、一人で立ち向かうわけではない。三人だ、三人で戦えるのだ。心強いだろう?」
凛「はい!私め一人では耐えられなくても、お二人がいれば戦うことも容易いでしょう」
緒衛「俺たちは孤独ではないのだ」
凛「(真剣な表情で)乗り越えられるでしょうか?」
頷く奈緒衛
奈緒衛「俺たちなら乗り越えられるよ」