第1話『いつだって白黒』
僕が目線を左に向けると、そこは一面の白い世界だった。
太陽がある。
左手で触れる地面には、白い砂があった。それは雪と思うほどにキラキラしていて粉の様な手触り。
ジリジリと照り続ける太陽が僕の半身を焼く。暑い。左半身を流れる汗が白い砂と触れ合う前に蒸発する。
僕が目線を右に向けると、そこは一面の黒い世界だった。
月がある。
右手で触れる地面には、黒い石があった。それは氷と思うほどにピカピカしていてガラスの様な手触り。
凍てつくような寒さが僕の半身を襲う。寒い。左半身に受ける猛烈な暑さに反応して出てくる汗が、右半身だけ氷の結晶へと変わる。
暑さと寒さが同時に襲ってくる場所。
太陽と月が同時に出没している場所。
それだけでも僕が知る世界では無いことが容易に理解できるけれど、もっと決定的なのは色。
半分が白で半分が黒。
僕が目を開けた時、まっさきに目に入ったのが白と黒の境界線、空を割く線だった。
何一つとして身体を動かすことができない。
神経はまともに機能しているのか、どうにも身体を動かす力も無く、生きていることすら確かめられない。
だが、温度を感じるということは、少なくとも生きているのだと安心できる。
暑さと寒さにやられ視界がぼやけだす。
クラクラする頭が救難信号を発している。
走馬灯らしい何かがこの状況下で隠れていた記憶を呼び起こす。
僕がここで目を覚ます前の、僕が知る世界を---------。
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「公にはやっぱり白よね~」
「何を言うか、男は黒が好きなのだ。」
そう言って互いに白い服と黒い服を胸の前で広げてみせる二人の女性。
僕の姉、『日ノ元礼奈』と『日ノ元越善』。白を進めるのが礼奈姉さんで黒が越善姉さんだ。
「男の子は白です~あんた大学で何学んでんだか」
「大学は関係ないだろう! 私は独学で黒を導き出したのだ」
「ふんっ。一体どこの宗教に勧誘されたんだか」
「ビバ! 黒船来航、私は根っからのキリスト信者なのだ。かのイエスは言った……男の子は黒、何者にも染まらない黒だとな! 」
「馬鹿みたい。ねぇ~公ちゃん」
どちらも同じ様な学力で同じ大学に通う姉さん二人を僕は日々あわれんでいる。
まず、高校入学を果たすも不登校になった挙句、引きこもり街道まっしぐらな僕にあわれみの目を向けられるというのもおかしな話だが。
「この若白髪。貴様のせいで公の目が冷たくなっているではないか」
「なんですって腹黒。あんたのせいでしょ?」
ドカドカと取っ組み合いを始める二人。
毎回、若白髪と腹黒という悪口が試合開始のゴングらしい。
「はぁ……やめてやめて。もう今日は家出ないからいい。」
「「えええええええ」」
互いの髪を掴んだまま、顔を僕の方に向ける姉さん二人。
「ななななぜだ公!! 今日は私と買い物に……」
「どどどどうして!! 今日はあたしと買い物に……」
居間から自室に戻ろうとした僕の前に流れ込み、その進路を断つ姉さん二人。
「さすがに三か月家に籠りっぱなしだぞ……健康にも影響してくる。ここはお姉ちゃんにまかせてだなぁ……」
「そっそうだよ~お姉ちゃんが楽しいところ連れてってあげるから……」
「毎回毎回喧嘩喧嘩だし、正直面白くもなんともない。大学生にもなって恥ずかしくないの? それにしつこすぎ。ブラコンは仕方なくても僕はシスコンじゃないの、何度も言わせないでくれ。うざいよ。」
僕がそう告げた後、姉さん達はとても驚いた顔をする。自室までの廊下を塞ぐ姉たちはあっさりとどいてくれた。
やっとわかってくれたのかと、肩をすくめる姉たちをよそに僕は自室に戻り、いつものようにパソコンの電源をいれたのだ。