第14話『バカナとバナナ』
「うおぉぉぉ……ここも、広いよなやっぱり。」
赤絨毯が延々と続く長い廊下に、ようやく終わりが見えたかと思えば、そこは昔、お姉ちゃん達に連れていかれた高級ホテルのディナー会場そっくりな場所だった。
ホテルの最上階に設けられた会場で、大きな展望ガラスから見える夜の街並みが煌々と煌めく様子を眺めながら食事を楽しめる、そんな人生に一度あるかないかの景色をまた目にできた事で、疲れを一瞬、完全に忘れることができた。
外は街を染めるオレンジ色の明かりと、紫がかった黒い空一面に映し出された星が燦燦と輝く。
それは、街の光と空の光がお互いを照らしあっている様で、海のようだった。
「気に入ったか? 公よ」
「あ、リアリー。」
どうやら一足先に着いていたのか、それとも僕が景色に見とれている間に着いたのか。
すでにリアリーは自分の椅子に腰を下ろしていた。
「とても綺麗で驚いたよ、黒一色かと思っていたからね……」
…………って。
「テーブル長ッ!! 」
小学校の教室、その横幅くらいある。本当に。
あれだ、よく王様がご飯食べるときに使うテーブルだ。もう映画か漫画の世界だこんなの……。
「ん、そうなのか?私は長いテーブルしか見たことがないのでな。わからん。」
「いや、まあ、気にしないで下さい。」
「ふんっ。そうか、まぁ座れ。」
リアリーの正面に座るが、座ったのは正面なのに正面じゃない様な気がする。
一体何メートル離れてるんだろうか……。
「よし! ご飯だぁ~! 今日は何だ?」
「はい陛下、本日はトリャトソースパスタでございます。デザートは陛下の大好きなバカナでありますよ。」
リアリーの真横にいたシェフ?らしき人が丁寧に答える。
「おぉ~!! バカナ! お久しぶりなのだ~私のバカナ~」
「……は?そんなバカナ。」
「どうしたのだ公?」
「えっ……と、バカナ?? 」
僕がそう言うと、リアリーとシェフは目を大きく開ける。
「バカナを知らぬだとっ……! そんなバギャな!?」
「それだ。そのバギャなだ。そのニュアンスで使われるバカナしか僕は知らない。」
あべこべだ。何がバギャなだ。
仮にそのバカナがデザートで出てくるようなものなら、それこそ衝撃的すぎる。
なぜならそれはきっとバナナだから。
「これだから記憶喪失とはメンドーだ。一から全て説明しなければならぬ。」
「だから記憶は喪失してないんだけどさ……まあ、よろしく頼むよ。」
「うむ。出てくれば思い出すであろうしな。」
リアリーはそう言った後、シェフに向けて「早く」と催促する。
直後、ショッピングカートとでも言おうか。高級レストランや貴族が使ってそうな料理を運ぶ専用の台をカラコロ転がし、ホクホクと湯気立つ料理が、数名のメイドによって運ばれてきた。
料理は先にリアリーに、そして僕のとこへ。
「わぁ~! 美味しそ~! 」
満面の笑みを浮かべ上機嫌なリアリー。
恐ろしい力を持った黒の女王といえ、中身ははやっぱり可愛いロリータなんだと思う。
そう、子供なのだ。
僕に妹がいたら、こんな笑顔を間近で毎日見ることができるんだろうな。
いや、今の状況は間近とは言わないが。
「いただきま~す!」
「ふふっ、いただきまぁ――――……ってミートスパゲッティ! 」
「……なんだそれは。これはトリャトソースパスタであるぞ」
「いや僕の世界ではミートスパゲッティって言うの! 」
トリャトってワードからなんとなくは察していたけれどさ。
本当にミートスパゲッティ出てくるとは思わなかった。
「不思議な奴、まあ、名前が違うからといって良い事があるわけでもあるまいし。黙ってご飯だ。」
「確かに、一応記憶喪失って設定らしいからね。これ以上危険な奴だと思われたくもない。いただきます。」
出来立てホヤホヤであろうそのトリャトソースパスタを口へ運ぶ。
口に入ると同時に、まるでボワッとパスタが膨らんだかの様に味が広がる。
完全にトリャトはトマトであったがそれはまた新しい食感だった、トマトなのにシャリシャリとしている。
水分が豊富なはずのトマトが、まるでかき氷の様でいて、その氷の粒の様なトマトはパスタと実に絶妙なハーモニーを奏でる。
噛めば噛むほどにシャリシャリと音を鳴らし、パスタのトゥルッとした質感を更に引き立てる。これは。
「……美味しい……」
「っであろう。」
とても満足げな表情を浮かべるリアリー、その顔はトリャトの汁でいっぱいになっている。
「陛下、お顔が汚れております。」
「ん、うむぅん、ううぅん」
メイドに汚れた顔を拭かれるリアリー。
思わず握るフォークが止まる。
可愛い。やばい可愛い。
それだ、僕が求めていたのはそれだ、それが僕はやりたかった。
姉を持つ僕に幼い子の口を拭く資格と機会は無い。
どうしたらリアリーの可愛い顔を優しく拭いて上げれるのだろう。どうすれば……
「ぷはっ、美味であろ! トリャトは最高なのだ! ――――――どうしたのだ?そんなに怖い顔をして。」
「ん、ん?あっごめん。怖い顔なんてしてないよ。トッ、トリャト美味しいなぁ~って思ってたんだよ! 」
「そうかそうか、それは良かった。まだデザートあるからな! 楽しみにしておくのだ。」
「うん、楽しみだよ。」
…………嘘だ。
僕は今怖い顔していたのか……っ!? 怖い顔しながらあんな事考えてたのか……っ!?
恐ろしい。自分が恐ろしい。
見ているだけで十分だと思っていた……だが身体は見ているだけでは耐えきれなかった。
腕だ! リアリーの腕を想像するのだ! あの細くて綺麗な可愛い腕……じゃなかった。
あのムキムキな方だ。考えろ僕……考えるんだ……。
「……ム…ムキ……ムキムキ……ムキムキムキムキ……」
「何をムキムキ言っておる。これか?」
バンッとドレスの袖が弾け飛び、リアリーの両腕が赤く染まり肥大化する。
「…………ありがとう。それが見たかったんです。」
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