第13話『悪魔の腕』
悪魔の腕―――。
見たことがあるわけじゃない、けれどそう形容するしかなかった。
あの細くて、折れそうな綺麗な腕が見る影もなくみるみる膨れ上がってゆく。
肌色の皮膚が限界まで伸びきると筋肉の赤色へと変わり、その赤の上で青い血管がはち切れそうになりながらうねっていた。
その大きさは人の顔程あり、まさに”悪魔”だった。
「……恐ろしいか? 無理もない、まじまじと見せるのは前回の戦争以来だ。」
今にも割れそうな風船を握ろうとするに等しい行為。
興味本位だったが、僕はその腕を触ってみた。
「えっ……固い……」
「これは筋肉だからな、固いにきまっている。腕だけではない、全身のあらゆる筋肉を肥大化させることもできるのだ。……私自身、気持ち悪いから滅多にやらんがな。握力だって――――――」
理想のロリータだったのに、という大きな喪失感が思考回路を止めている。
僕はこんなロリータ知らないのだ。
僕のロリータがこんなにムキムキなはずがない。
「わかりやすく引くな。さすがに傷つく。」
「……ごっごめん……そんなんじゃないんだ……」
実際は引いていた。
僕が好きなのはロリータなんだ。ロリータとはその幼い見た目、容姿の敬称なんだ。
ロリータの内臓や筋肉が好きなんじゃないんだから。
「……このくらいだな。維持するのも大変なのだぞ~」
スッと膨らんでいた腕は元の細くしなやかな腕に戻った。
「あ、ロリに戻った。」
「はっ! ロリに戻ったとは何だ! 本当に失礼な奴。しかも今変わったのは腕だけであろうが! 」
「ごめんついつい……やっぱりその大きさのリアリーがとても可愛いってことに気付いたよ……」
「とっ唐突に何を言い出すのだ……っ! 腕が大きくなっても可愛いであろぉ!?」
「珍しく照れていらっしゃる、陛下も年頃ですな。」
ここが突っ込んでいくベストなタイミングであったと、ジジがリアリーを冷やかす。
「…………ジジイィ」
「ジジならここにいますが、ジジイ様は先程出ていかれました……ジジもそろそろ出ていこうかと……」
リアリーの右足の黒いスパッツがパンッとはじけ飛ぶ。
ギロッとジジを睨むとおもむろに回転。そのまま勢いを乗せパンパンに膨れ上がった足をジジに。
「では出て行くがいい!!!」
「公殿……無礼はいけませ――――――」
ジジの身体を張った忠告を、僕は絶対に忘れたりなんかしない。
するものか。
「ンンンンンン!!!!!!!!!!!」
ジジは、見事なまでの回し蹴りを喰らい、本当に外へ行ってしまった。
「……(身体を張った教え……教育者の鏡だな)」
ジジを蹴り飛ばした後、リアリーはまるで何事も無かったかのように振舞うんだから恐ろしい。
数時間前であろう初の対面では感じなかった感情を僕は感じながら大広間を後に客室へと向かった。
その感情が恐怖だったのは言うまでもないだろう。
そして歩く事数分。
「……宝の持ち腐れって言葉は僕じゃなく、リアリーの為であったか……」
今僕は、スパッツが破れたという理由で自室に戻ったリアリーの代わりに、綺麗なメイドさんに連れられ当分お世話になるであろう客室に着いたところだ。
「もう……もうやめましょうよぉ……! スペースが……勿体無い!」
部屋に入るなり一言。
でかすぎる。これじゃあ大学の一教室は軽くあろう大きさだ。
しかもそんな大きさにも関わらず、部屋にあるのはこれまたキングサイズのベット、それに洋服ダンスのみ。
「……それでは公様、陛下が五分後に御食事をとろうとのことですので、準備が整い次第ご案内致します。」
「……すみません。つい部屋の広さに圧倒されちゃって……」
メイドさんは僕から距離を取っていた。
部屋に着くなり早々、叫び出した客人とどう接するべきか即座に判断したのだ。
「……準備できました。」
準備ができ次第と言われたが何もない。
ただ、ベッドのそばへ行ってみただけ、手ぶらである。
「……ご案内致します。」