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第参章 異世界での水道インフラ(浄水方法)

 それではいよいよ本題,異世界での水道インフラについてです.

 一般的な浄水方法は①塩素消毒のみ,②緩速ろ過方式,③急速ろ過方式,④膜ろ過方式に大別されます(管理p1).また,それら以外に浄水設備としては(a)エアレーション設備(管理p75),(b)活性炭吸着設備(管理p77),(c)オゾン処理設備(管理p91),(d)生物処理設備(管理p93)といった設備があります.

 方式である①~④と設備である(a)~(d)について,概念的なイメージとして①~④の方式は設備の基本的なセット,(a)~(d)の設備はそのオプションと考えればよいでしょう(ちなみに,(a)~(d)の設備を高度浄水処理と言います(設計p13)).

 ②の急速ろ過方式を例に出すと,急速ろ過方式は


凝集沈殿設備+急速ろ過池+消毒設備


 という3つの設備のセットで構成されます(他のセット構成も当然あり,これは一例です).

 さらにオプションとして,(a)~(d)といった設備を追加することで,より水質をよくすることができるようになります.


凝集沈殿地+オゾン処理設備+活性炭吸着設備+急速ろ過池+消毒


 上記の構成は一例ですが,東京都水道局金町浄水場は似たような構成になっています(管理p88).

 ①~④の方式はセットで,(a)~(d)はオプション,という考えは厳密には違うかもしれませんが,イメージとしてはこの理解で十分かと思います.




<参の壱 各浄水方式について>

 それではまずは各浄水方式の説明を行います.


○ 参の壱ア 塩素消毒のみ

 塩素消毒のみの基本的フローは以下のようになります(管理p1).


原水→着水井→塩素注入井→浄水池(配水池)


 (ア)着水井

 着水井とは処理工程における原水の流入量の調整,水位変動を安定させる施設です(設計p28).


 (イ)塩素注入井

 塩素注入井はその名の通り塩素を注入する場所です.


 (ウ)浄水池

 浄水池はろ過等の処理水量と配水量の均衡を保つよう調整する場所です.


 (エ)消毒について

 消毒については,一般的に塩素が使われています.塩素以外にも,オゾン,クロラミン,二酸化塩素,紫外線照射といった消毒方式がありますが(WHOp499),厚生労働省通知により「水の消毒が塩素によるものとする」とされていることもあり,塩素が選択されています.塩素剤の利点としては,消毒効果が大きい,効果が残留する等が挙げられています(設計p97).

 塩素剤としては,次亜塩素酸ナトリウム,液化塩素,次亜塩素酸カルシウムがあります(設計p98).

次亜塩素酸ナトリウム及び液化塩素は水中に注入した場合,次亜塩素酸及び次亜塩素酸イオンを生じ,殺菌作用は次亜塩素酸の方が強いです(設計p101).

 塩素剤は市販のものを注入する場合もありますが,食塩水を電気分解し,水酸化ナトリウムと塩素を生成.この水酸化ナトリウムと塩素を反応させる方法(電解法)で生成した次亜塩素酸ナトリウムを注入する場合もあります(設計p105).


2NaCl +2 H¬¬2O → 2NaOH + Cl2 + H2 → 2NaClO + 2H2


この場合,発生する水素ガスの扱いに注意が必要です.


○ 参の壱イ 緩速ろ過方式

 緩速ろ過方式の基本的フローは以下のようになります(管理p3)


原水→着水井→普通沈殿池→緩速ろ過池→塩素注入井→浄水池


 (ア)普通沈殿池

 普通沈殿池とは,重力作用によりゴミを沈殿させる施設です.流速を0.3m/min以下にすること以外は,次の急速ろ過方式で出てくる凝集沈殿地と構造・性質が似ているため(設計p78)説明はそちらでします.


 (イ)緩速ろ過池

 緩速ろ過とは,細かい砂を厚さ70~90cmの層にし(設計p80),4.0~5.0m/日のろ過速度でろ過するものです(設計p79).

 緩速ろ過では「シュムッツデッケ」と呼ばれる生物層がろ過池表面に形成され,それが微生物の除去に有効に作用します(WHOp501).通常,ろ過というと大きなゴミを通さないようにすることでごみを除去する物理学的処理プロセスですが,緩速ろ過においてのみ生物学的にごみを除去する生物学的プロセスとなります(WHOp500).

 緩速ろ過の特徴としては,4.0~5.0m/日のろ過速度という他の浄水方式と比べゆっくりとした処理能力なので広大な面積を必要とすること,原水水質が汚いと対応できないため原水が汚い場合には普通沈殿池のような前処理施設を必要とすること,薬品注入設備を使用しないため処理性能が安定していること等が挙げられます(設計p77).

 また,メンテナンスも,0.5ヶ月~2ヶ月に10mm程度の砂面の削り取り(管理p55)と30回程度削り取りをした後の砂の補充とそんなに頻度が高くないため,日々の管理が容易という特徴もあります.


○ 参の壱ウ 急速ろ過方式

 急速ろ過方式の基本的フローは以下のようになります(管理p3)


原水→着水井→混和池→フロック形成池→沈殿池→急速ろ過池→塩素注入井→浄水池


 (ア)凝集池

 混和池とフロック形成池を合わせて凝集池と言います.凝集池とは凝集剤(アルミニウム塩や鉄塩(WHOp502))により粒子径10-3mm以下のコロイド状の濁質を凝集し,微粒子を大きな粒子とするフロック化を行うものです(設計p38).

 凝集剤を添加後,できるだけ早くフロックを形成するため急速に撹拌を行うのが混和池と呼ばれ,混和地で形成されたフロックを大きくするため緩やかに撹拌するのがフロック形成池と呼ばれています.


 (イ)凝集沈殿池

 大きくなったフロックを重力作用で沈殿させ除去する場所が沈殿池であり,凝集池を通った後の沈殿池を凝集沈殿池と呼びます.

 凝集沈殿地は流速を0.3m/min以下にする以外は普通沈殿池と変わりません.重要なのはゴミが沈殿する以上,それを排出しないとゴミがどんどん溜まることです.そのため,ポンプや水圧などでゴミである泥を排出する設備である排泥設備が必要となります(設計p54).


 (ウ)急速ろ過設備

 急速ろ過設備は,凝集剤により凝集させた物質を緩速ろ過(有効径0.30~0.45mm(設計p80))と比べて粗い砂(有効径0.45~0.70mm(設計p62))によりふるい分け除去するものです.

 ろ過速度が120~150m/日と速く(設計p61),少ない面積で大量の水が処理できる特徴があります.

 一方で,砂に汚れがたまるため,3~4日間隔程度の頻度でろ材の洗浄を行う必要があり(管理p44,49),メンテンンス頻度が高く,それとともに洗浄設備を用意する必要があるなど,手間と設備は緩速ろ過設備よりも多くなる傾向となります.


○ 参の壱エ 膜ろ過方式

 コロイドのような小さい物質も除去できるよう,精密ろ過膜(孔径0.01μm~2μm),限外ろ過膜(孔径0.01μm以下)等により,不純物を分離除去するものです(設計p86).

 洗浄設備等いくつかの設備を必要とするものの,膜をモジュール化し設備全体を縮小化できる特徴があります.




<参の弐 各浄水設備(高度浄水処理)について>

 ここでは,オプションとなる浄水設備について説明を行います.


○ 参の弐ア エアレーション設備

 エアレーション設備は,水と空気を十分に接触させることで,水中に含まれるガス状物質を放出させたり,酸素を取り入れて水中に含まれる酸化しやすい物質の酸化を促進させるものです(設計p114).

 効果としては,水中の遊離炭酸を除去してpH値の上昇,揮発性有機塩素化合物を除去,鉄の酸化を促進し難溶性の水酸化第二鉄にする,硫化水素などの不快な臭気物質の除去が挙げられます.

 エアレーションの方式は,噴水式,充填塔式,段塔式,その他の方式があります.

 注意点としては,空気による酸化が起こるため,設備の材質に耐食性が要求されます.


○ 参の弐イ 活性炭吸着設備

 活性炭吸着設備は活性炭により,通常の浄水処理により除去できない物質を除去するものです.

 活性炭は多孔性の炭素質物質で,大きな表面積(500~1500m2/g)を持ち(WHOp503),気体や液体中の微量有機物を吸着する性質を有します(設計p116).

活性炭処理は粉末活性炭処理,粒状活性炭処理,生物活性炭処理に分けられます(管理p77).

 粉末活性炭処理は応急的または短期間使用として粉末活性炭を投入し,後の処理工程で吸着した活性炭をろ過や沈殿といった方法で除去することで不要物の除去を行います.活性炭を使い捨てにするため長期的には経済性が劣るものの,既存の施設を利用でき,新たに設備を設ける必要がないという特徴があります(設計p117).

 粒状活性炭処理は活性炭を専用の吸着槽で処理するものです.吸着槽という専用設備を作る必要がありますが,活性炭を再利用できるため,長期間の使用では経済的となります.

 生物活性炭処理は粒状活性炭の吸着作用に加えて,活性炭層内の微生物による有機物質の分解作用と,その生物化学的作用により活性炭の吸着作用を長期間持続を行うものです.粒状活性炭設備にさらに追加の設備として,微生物の繁殖に必要な栄養源を供給する設備を用意する必要があります(管理p87).


○ 参の弐ウ オゾン処理設備

 塩素よりも強い酸化力を有するオゾンによる処理方法です(設計p119)

 塩素よりも微生物に対して強い不活化力を有する点が特に優れた点ですが,水に溶存したオゾンは時間経過とともに酸化反応を起こし,自己分解しながら濃度が低下するため(管理p91),塩素と違い効果が残留しないところが劣る点となります.

 オゾン処理は,難分解性の有機物の生物分解性を促進させ,そのままでは配水過程で微生物が増殖するおそれがあるため,後の処理で生物学的ろ過や生物活性炭処理といった生物学的プロセスを必要とします(WHOp499).

 また,それ以外にも水質により副生成物を生成するので注意が必要です(管理p91).

 特に最大の注意点としては,オゾンは大気中に放出されると非常に強い粘膜刺激作用を示し,健康上の影響が生じるので,適切な排オゾン処理を行う必要があります.

 オゾンの生成は,無声放電といった空気中での放電を利用し酸素分子の衝突によって行われます.

 オゾン注入はエアレーション設備と同様の方式で可能ですが,前述したように健康影響が懸念されるため,水と反応しなかったオゾンの処理は十分に注意する必要があります.

 設備の使用材料については,高い耐食性が要求されます.


○ 参の弐エ 生物処理設備

 生物処理は,微生物の働きによる酸化・分解作用により浄化する処理方法です(設計p120).

 生物の自然浄化作用を水槽内で効率的に進めるもので,微生物の付着する表面積を著しく増大させるための充填材や円板等を水槽内に設置し生物膜を形成し処理を行います.




<参の参 異世界における浄水方法についての考察>

 それでは,異世界でどのような浄水方法が適切か考えたいと思います.

 本書で考える異世界では,科学技術があまり発達しておらず,水質分析や薬品入手ができない,または難しい状況を想定しています.

 そこで,まずは日本における最初期の浄水場である,野毛山貯水場を参考にしたいと思います.


○ 参の参ア 日本最初の近代浄水場「野毛山貯水場」

 1887年に創られた日本最初の近代浄水場「野毛山貯水場」は以下のようなフローとなっています.


原水→沈殿池→着水井→ろ過池→浄水井→配水池→配水井


 浄水池と配水池が別になっており,配水井(配水池と市内配水本管の接合点に当るもの)があるため分かりにくいかもしれませんが,構成としては,普通沈殿池+緩速ろ過という構成になっています.

 この時代には,塩素消毒がないため,塩素注入井はありません.

 凝集剤がないため,急速濾過はなく,普通沈殿池と緩速ろ過という構成が当時の技術レベルでできる処理方式だったのでしょう.

 機械設備としては,原水を沈殿池に揚水するためのポンプとして蒸気機関のポンプが2台あったようですが,それ以外の機械装置がないことから,沈殿池の排泥やろ過池の砂の削り取りは人力で行っていたと考えられます.


○ 参の参イ 異世界における浄水方式

 上記,野毛山貯水場の浄水方式を参考に,科学技術が発達しておらずかつ魔法が存在する異世界でどのような浄水方式が適切か考えます.

 結論としては,以下のような方式が適切と考えられます.


原水→普通沈殿池→エアレーション(条件付きでオゾン)処理→緩速ろ過


 何故これが適切か,以下にそれぞれの方式,設備についての検討を示します.


 (ア)消毒について

 消毒については,雷属性の魔法を使用することで塩水を電気分解し,次亜塩素酸ナトリウムの生成が可能なため,薬品の入手性問題は解決可能です.

 しかし,塩素は残留するため,飲み水において残留塩素濃度は厳密に上限が定められています(設計p10).水質分析ができない異世界において,残留塩素濃度の調整は難しいため,塩素消毒はしない方がよいと考えた方がよいでしょう.


 (イ)緩速ろ過方式

 緩速ろ過については,野毛山貯水場でも採用されたように,高い科学技術が必要ではなく,またメンテナンスもそれほど頻繁に行う必要がないため,異世界での実現は可能かと思われます.

 緩速ろ過では広い面積を必要としますが,ファンタジー世界では広大な大地が広がることが常ですから問題にならないでしょう.

 普通沈殿池については,排泥が行えるかという問題が出てきますが,野毛山貯水場でも採用されたことから,沈殿池に勾配を付け人力で泥を集め,沈殿池下部に設置した弁を開け水圧で除去するといった方法で,対応可能と考えます.


 (ウ)急速ろ過方式

 急速ろ過は凝集剤が必要ですが,異世界では凝集剤の入手が困難なため,実現は困難でしょう.

 また,ろ材の洗浄頻度も高く,なんらかの方法で自動化ができない限り維持管理も難しいため,異世界では採用しない方がよいでしょう.


 (エ)膜ろ過方式

 膜ろ過に必要なμサイズの穴を持った膜を用意することが,異世界では困難なので,異世界での実現は難しいでしょう.


 (オ)エアレーション設備

 風魔法などで一定の送風が可能であれば,異世界においても実現可能です.十分に空気に接触させる設備を作れるかという問題はありますが,接触させ過ぎても悪影響がないため,多少大雑把に空気と接触させても問題ないということも,科学技術が発達していない異世界においてはありがたいところです.


 (カ)活性炭吸着設備

 活性炭吸着設備に必要な活性炭を異世界では用意することが困難なため,異世界での実現は難しいでしょう.


 (キ)オゾン処理設備

 オゾンは空気に放電をすれば生まれますから,雷魔法により生成は可能です.耐食性の強い材質があるのかという問題はありますが,土属性魔法から珪素を発生させ,強力な火魔法で珪素ガラスを加工することが可能であれば,強い耐食性を持つ材質も用意はできるかと思われます.

 オゾンの健康影響の懸念も,風魔法によりオゾンを人里離れた場所へ飛ばすことができればクリアすることができるでしょう.

 以上より,オゾン処理設備は異世界での実現は不可能ではないでしょう.

 ただし,オゾンの健康影響を考えると,オゾン漏えいなどが検出できない異世界においては基本的に採用すべきではないと思います.人命にかかわるリスクは安全面に動くよう設計すべきです.

 よって,風魔法による安全の確保が十分と判断できる場合のみ,採用すべきかと思われます.


 (ク)生物処理設備

 異世界にも,浄水処理に有用な微生物はいるとは思いますが,表面積を大きくする充填材が用意できない以上,異世界での実現は難しいでしょう.


 (ケ)まとめ及び廃棄物について

 以上より,普通沈殿池+エアレーション(条件付きでオゾン)+緩速ろ過という方式が異世界においける浄水方式としては適切と考えます.

 ただ,上記の方式では普通沈殿池の排泥や緩速ろ過池の砂の削り取りにより,廃棄物が発生します.

 科学技術の発達していないファンタジー世界では廃棄物による環境負荷は低く,基本的に川や海に流し自然作用に任せればよいでしょう.しかし,その場合は,下流の住民に取水され健康被害を出さないよう,海近くや海に直接放流するといった配慮が必要でしょう.

 また,ゴミは焼却処分するという方法もあります.排泥された泥や緩速ろ過の砂は水分を含み燃やすのは困難ですが,かなりの威力がある火魔法による焼却が可能な場合は,焼却処分も選択可能となります.

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