君が残してくれた手紙
短編を書いてみました。
人によっては、好き嫌いの個人差があると思いますが、読んでいただけると嬉しいです。
「待ってる。ずっと……君が私の事を好きになってくれるのを」
同じ村に住むアイリスからの告白。
俺は一度その告白を断っている。
アイリスの事は俺も好きだ。けれど、好きだからと言ってアイリスを幸せに出来るとは限らないわけで。
そうやって何かと理由をつけて俺は逃げ続けてきた。
だが、今日は違う。俺は覚悟を決めたんだ。
「なぁ。アイリス」
「ん?」
アイリスがこちらを振り向く。
澄んだ瞳がじっとこちらを見つめてくる。
「俺もアイリスの事が好きだ。これからもずっと俺の傍にいてくれないか?」
言ってしまった。心臓が高鳴り、胸が苦しい。
沈黙した時間がとても辛い。
そんな俺の心の中などアイリスは知らないというふうに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そして────
「もーおそいよー。でもケイトにしては勇気を出してくれたと思うから、許してあげる。頼まれなくても私はケイトの傍を離れないから」
嬉しさが込み上げてきた。
しかし、少し意地悪だとも思う。
回りくどい言い方じゃなくて単純に好きと言ってくれればいいのに。
すたすたと歩き始めたアイリス。
俺はその後ろを付いていこうとする。
すると────
「好きだよ。ケイト」
アイリスがこちらを振り向き、そう言った。
不意打ちの言葉に顔が赤くなってしまう。
まるで俺の心を読んでくれたかのようなタイミングの台詞。
その言葉を聞き、改めて分かったことがある。
俺はアイリスが本当に大好きなんだと。
再び、歩き出したアイリスの横を俺は歩く。
「どっか出掛けよっか!」
ベッドに寝転んで本を読んでいたアイリスが突然そんな事を言いだした。
今まで色んな場所にアイリスと一緒に行ってきたが、付き合い始めてから出掛けるのは今回が初めてだ。
嬉しさで胸がいっぱいになる。
「どこに出掛けるんだ?」
「えー? 私任せなのー? そうだなー。街に行って皆にケイトと付き合い始めた事を自慢しよーっと 」
そう言ってから、上機嫌にベッドから起き上がるアイリス。
自慢されると言うのは悪い気がしない。
最近街にも行ってなかったし、丁度いいかもしれない。
すぐに支度を済ませてから、俺達は街に向かった。
「え? アイリスってばついにケイト君と付き合い始めたの?」
アイリスの友達のミーヤが声を荒らげてそう言った。
なんだろう。改めて言われると恥ずかしいな。
「まあね。だから自慢しに来たの」
「このこのー。いいねー。私もどっかに運命の人とか居ないかなー」
ミーヤが物欲しそうに、空を見て願い出す。
ミーヤには色々と相談に乗ってもらったこともあるし、幸せになって欲しい。
俺も心の中でミーヤの幸せを願っておく。
「ミーヤならきっと見つけられるよ! じゃーね!」
「ありがと。ていうか本当に自慢しに来ただけなのー?」
「そうだよー? 羨ましいでしょー?」
そう言いながら、歩いていくアイリスを見ながら、ミーヤが呟く。
「もうっ! ゆっくりしていけばいいのにー」
「そうだな。じゃあ俺もそろそろ行くから」
先に歩くアイリスに追いつこうと走り出そうとする。
すると────
「ちょっと待って!」
突然ミーヤに呼び止められた。
ミーヤの方を振り向き訊ねる。
「どうかしたか?」
「あのさ……アイリスはあんなんだけどとてもいい子なの。だから……幸せにしてやってね」
「そんな事俺でも分かってるさ。約束するよ!
必ず幸せにするって 」
「ありがとね」
その後俺はアイリスに追いつき、街中を歩き回って、その日は終わった。
それから、俺とアイリスは色んな場所に足を運んだ。
森まで行って食事をしたり、花を見に行ったり、川に涼みに行ったり、とにかくたくさん遊んだ。
少しはゆっくりと時間を過ごしてもいいのではと思ったが、何故かアイリスは焦った様子で毎日のように出掛けようと言ってきた。
アイリスといる時間はとても楽しかったから、あっという間に時間は過ぎ去っていった。
そして────
「ずっと傍にいるからね。大好きだよ」
アイリスにそう言われた気がして、辺りを見回す。
しかし、部屋中を見回しても、誰の姿もなかった。
分かってるはずなのに、俺はまだアイリスがどこかで見てくれているんじゃないか?手の届く場所にいるんじゃないか?と淡い期待を抱いている。
「もう……アイリスはいないんだよな」
アイリス。俺に生きる希望をくれた人。俺の事を信じてくれた人。俺が好きになった人。
アイリスといる時間は、俺にとって大切な時間だった。
笑う事が苦手な俺でも、アイリスといる時だけは心の底から笑えていた。
「どうして……アイリスだったんだよ」
アイリスは三日前病気で亡くなった。
医者からは不治の病と言われ、俺にはどうする事も出来なかった。
アイリスが病気だと医師から聞いた時俺は人として最低の事を思った。
どうしてアイリスなのか。他の誰かが病に掛かれば良かったんだと。
他の誰かが掛かれば……
その人の親族や友人が悲しむ事を知った上で俺はそう考えたのだ。
そもそも俺がアイリスに出会わなければこんなに心が苦しくなる事もなかったんだ。
最初からアイリスとの思い出なんてなければ……
「ん?」
俯くと、俺は机の上に手紙らしきものを見つけた。
確認すると俺宛の手紙のようだった。
こんな手紙前まであっただろうか?
その手紙はそこにあるのが当たり前のように置かれていて、どうして今まで気付かなかったのか不思議に思う。
俺は恐る恐る手紙の中を確かめる。
文頭には、アイリスの筆跡でケイトへ――と書かれてあった。
その文字を見た瞬間、俺は縋るように手紙を読み始めた。
この手紙を読んでいる時、ケイトは私の事をどう思ってるかな?悲しんでくれてるかな?
もしも、悲しんでくれてるなら謝らないといけないね。でも私はケイトが悲しんでくれてるって考えると少し嬉しいかな。それだけ私の事を思ってくれてるってことだから。
ごめんね。ケイト。ずっと傍にいるって約束したのにね。傍にいてあげられなくて、一人にしてごめんなさい。
ずっと傍にいるってことは無理って分かってた筈なのに。だっていつかは別れちゃう日が来るんだもん。
それでも私は傍にいたかった。自分の気持ちに嘘をついて亡くなるのだけは絶対に嫌だったから。
完全に私のわがままだよね。こんなわがままな私でもケイトは文句一つ言わずに、離れないでいてくれた。好きって言ってくれた。私にはそれが贅沢過ぎるぐらい嬉しくて。
私がケイトを支えようってそう思ってた筈なのに、いつの間にか私が支えられてた。
ねぇ……迷惑だって分かってるんだけど最後に三つお願いを聞いてもらってもいいかな?
手紙だからケイトが許可してくれるのかどうか分かんないや。
だからお願いは書くけど、聞きたくなかったら手紙は捨ててもらってもいいよ。
アイリスからの手紙は一度途切れていた。
きっと俺に選択させる時間を与える為だろう。
分かっているはずなのに。アイリスからの願いを俺が聞かないはずがないということぐらい。
俺は迷わず、手紙を捲り、再び読み進める。
一つ目のお願いは、私の事を忘れないで欲しいって事です。
私が一番怖いのは、死んじゃう事よりもケイトに私を忘れられる事。ケイトが忘れない限り、私はケイトの記憶に残っている。それだけで私は幸せ。
ケイトの事だから、きっと私と出会わなければ悲しまずに済んだのにとか考えてるんだろうけど、私はケイトとの思い出を無かったことにするなんて嫌だよ?
皆が私の事を忘れても、ケイトだけには私の事を覚えていてほしい。忘れてほしくない。
心のほんの片隅でもいいから、私という存在がいた事を覚えていてください。
二つ目は未来を楽しく生きてください。
私のせいでケイトが未来を楽しめなくなるなんて嫌だ。
私の分まで楽しんでくれないと困るよ。
ミーヤとももっと遊びたかったけど、遊んであげられなかったから、変わりにどこかへ連れて行ってあげてね。
森の景色や、川の静けさをミーヤにも感じさせてあげて。
とにかく、ケイトが思う楽しい事をこれから沢山やればいい。
ケイトは幸せになるべき人間だもん。
幸せになっちゃいけないとかそんな事は絶対に考えちゃだめ。
いっぱい楽しんで、たくさんたくさん生きてください。
最後のお願いです。
私の最後のお願いはケイトに後悔してほしくないということです。
ケイトは私が死んだことを自分のせいだって思ったりしてないかな?
これから先ケイトが生きていく中で、後悔はしてほしくありません。
だって後悔は消えないし、過去に戻ることも出来ない。だからケイトには過去じゃなくて未来を見てほしいの。
ケイトの未来にはきっと楽しい出来事が待っているはずだから。
もしも、ケイトに辛い未来ばかりが待ってるなら、私が神様にケイトを幸せにしてくださいって頼んであげるね。
うーんまだ言い足りないことがある気がするけど、あんまり長く書きすぎると、ケイト困っちゃうよね。
だからこれで終わり。
私はね……ケイトに会えて本当に幸せだったよ。
さよなら。
ずっとずっと好きでした。
いつまでもいつまでも貴方のことを愛しています。
俺は手紙を机の上に置いた。
そして我慢していたものが、一気に込み上げてきた。
「なんだよ……これ。これじゃ返事を返したくても返せないだろ……」
涙が次から次へと溢れてくる。
手紙を読み終わったんだから我慢しなくてもいいよな。
「うわぁぁぁぁ! 忘れないでください? 一生忘れてやるもんか! 楽しく生きてください?生きてやるよ! どんなに辛いことがあっても諦めずに生き続けてやる! 後悔しないでください? 後悔なんてしない! 」
だって俺はアイリスに出逢えたから。
何がなんでも前に進み続けてやる。
この世の理不尽を、誰にも届かない叫びを必死に空気にぶつける。
すると、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
「ケイトは頑張ったよ……抱え込まなくてもいいんじゃないかな?」
「ミーヤ……」
俺と視線を合わせようとせず、ミーヤは俯きただただ立ち尽くしていた。
「そういうミーヤも抱え込んでるんじゃないのか?」
俺がそう言うと、ミーヤははっと顔をあげ、俺の方を見る。
「正直言って俺もかなり辛い……でも俺はこういう時どうするのかアイリスに教えてもらった」
ミーヤは不思議そうに首を傾げ、訊ねてくる。
「教えて貰ったって何を?」
俺はその言葉を待っていたと言わんばかりに大袈裟な笑顔を作り、言った。
「なぁ。ミーヤ。今から森にでも出掛けないか?」
ミーヤは動揺して、何をすればいいか分からない様子だった。
俺はそんなミーヤを無視してゆっくりと歩き始めた。
未来永劫俺はアイリスを愛している。
そんな想いを胸に秘めて、光り輝く未来へとゆっくりとゆっくりと歩んでいく。