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目の見えない子猫

作者: k2taka

40代と言えば昔というには足りないような、十分なような曖昧な年代。

時代の移り変わりが早く感じる現代社会において、趣味も何も持たない人生の半分を終えたおじさんは只、その日が過ぎるだけの暮らしをしています。

そんなおじさんに起きたちょっとした事件。

ちょっとしたはずが、おじさんの幼き頃にあった人としての熱を揺さぶります。

まさかこんなことになるなんて!これはそんなお話です。

私はしがないサラリーマンだ。

すでに婚期を逃したアラフォーさえも通り越してしまった私。

大した趣味も無く、自慢できるほどの特技もなく、決して人との付き合いも上手いわけでない。

ただ、任された仕事に対しては真面目に取り組むようにしている。

その甲斐あってか、町で一目置かれる会社で雇って貰えているだけマシな方かもしれない。


仕事は総務課・・・、つまり会社の雑用であるがこれが私の性格に合っているので不満はない。

そんな私は会社にほど近いマンションで暮らしている。

いつもニコニコした管理人さんで日々挨拶も交わしながらそれなりに問題なく暮らしているのだが、一つだけ苦手なことがある。

このマンションの隣に古びたアパートがあり、そこの大家らしき初老のおばさんの存在である。

定められたゴミの日にゴミ袋を出す際、隣に住んでいるにもかかわらず、

「ガラス・ビンだけだよ!…よし分別できてるね。それじゃ入れて良いよ。」

と人のゴミをチェックしてくる。

またある時は、玄関先で顔を合わせてしまう事から挨拶を交わそうと私が

「あ、どうも」

と軽く低頭すると、

「おはようだよ。いい年してんだから挨拶くらいしっかりできないのかい?」

とイチイチ文句を言われる。

まぁ、ある意味おせっかいな婆様であるが、それなりの日々を暮している私である。


そんな日々の中、突然部署に内線が鳴り、緊急事態だと呼び出された。

場所はビル2階資料室。

急いで向かった先で、目についたのは資料を運ぶ際に使う籠に入れられた毛玉だった。

白と黒と薄い茶色。若い社員がそれが入った籠を私に突きだした。

「子猫がいたんだよ。」

私の両手に収まるほどの小さな子猫。

只薄汚れたその体は恐怖の為か毛を逆立て、必死に威嚇しているようだった。

しかも、その顔は両目が塞がっていた。

「目が見えないみたいだね。」

「病気持ちかしら?」

「早く手を洗ったほうがいいよ。」

近くに居た女性社員たちが気味悪そうに子猫を見ていた。

「ともかく、ここからは総務さんよろしく頼んます。」

若い社員から籠を受け取り、私はどうしたものかと部署へと報告に帰った。


「すぐに捨てて来い。」

上司に相談しようとした矢先に声が飛んできた。

その声に子猫はビクッとしたが、籠の中で毛を逆立てて立ったままでいる。

同僚たちに助けを求めるが、みんなこちらをちらっと見るだけで机上に顔を向けていた。

関わりたくないという事だ。そして、誰もが上司である課長の意見に賛同している。

それは仕方ないだろう。

会社の中で子猫の面倒を見る場所など無く、衛生面や好き勝手に会社内をうろつかれる訳にはいかない。

私も彼らの立場にいたら同じ対応だっただろう。

だけど今は当事者なのである。

私はその命令に従い、籠を持って外に向かった。


小雨が降る町。今日は朝からぐずついていたが、いよいよ降り出してしまったみたいだ。

籠を小脇に抱えて傘をさす。籠の中で未だ毛を逆立てて立ったままの子猫。泣きもしないが、塞がった瞼だけに感覚で周囲を必死に探っているのかもしれなかった。

考えたらたまに会社の周囲で三毛猫を見かけたと思い出す。

この周辺に巣でもあるのかと思っていたが、どうやらこの子猫の親だったのかもしれない。

その親でもいないかと会社を出て周囲を回ったが、見当たらなかった。

「さてどうしようか…」

子猫を捨てるにしてもどこに向かえばいいか迷っていた。

そして歩いた先にあったのは神社。

私はここならばと神社に入ると、社の下でゆっくりと籠を傾けた。

子猫はその傾きに恐る恐る足を運んで籠から降りる。

そして周囲の様子を伺っていた。

既に毛は伏せており、一生懸命鼻をヒクヒクさせる。探る様に前足を伸ばしながら進む姿がやはり危うい。

「危ない。」

思わず階段から転び落ちそうになった子猫を掬い上げ、社の奥へと下ろす。

その時、子猫が悲しそうに泣いた。

「みゃぁ。」

一瞬だが胸が痛んだ。

震える子猫。だが、私はどうしてやることも出来ない。

住んでいるマンションはペット禁止だし、今はまだ勤務中の身だ。あまり遅くに戻る訳にはいかない。

それにあの目だ。動物病院に連れて行くといくらかかるか分からない。

私は目を逸らし、足早にその場を後にした。


昼休みになった。いくつか仕事を熟していたが、何となくあの子猫の事が気になって仕方がなかった。

頭の中ではきっと親猫が見つけて何とかなるだろうと、勝手な意見で自分を納得させようとしていた。

でも、僅かでも触れたあの温かい身体。悲しそうな泣き声が耳から離れなかった。

(ミルクくらいやっても良かったかもしれない)

そう思っていた時だった。会社の前で車の急ブレーキの音が聞こえた。

「ああ、雨だからスリップしやすいだろうね。」

窓辺にいる同僚の言葉。会社の前にある県道はそれなりに車の往来が激しい。

ふと脳裏に目の見えない子猫が道路に移動し、車が通りかかるシーンが思い浮かんだ。

無意識に身震いする。そして子猫の事が気になって仕方なくなった。

「ちょっとお昼に出て来ます。」

そう言い残して私は会社を急ぎ足で出たのでした。


幸いにも道路で想定した最悪の状況は発見されなかった。

でも、すっかり降りしきる雨の中、目の見えない子猫が用水路に転げ落ちたりしていないだろうかと心配は尽きなかった。

そして水溜まりも気にせず駆けこんだ神社。

そこには、寒さに耐えながら身を丸くして震えている小さな三毛の姿があった。

寒い境内の中、寂しさと寒さに耐える姿を見て私の視界がぼやけた。

雨に濡れながら駆けてきたから、目に雨水が入ったのかと思った。

でも頬を伝う雫は熱を帯びていた。分かる。自分の涙だ。

神様に任せたらと思った自分がいた。

親猫が来ると思った自分がいた。

何とかなるだろうと身勝手に理由づけて、自分を納得させようとしていた。

でもそうじゃない!

そんな都合の良いことなど起きるものではない!

こうして一生懸命寒さに耐える子猫の姿に、私は己の身勝手な行動を恥じた。

命なんだ。ここに小さな命があるんだ。

ここに連れてきた時に、わずかに触れたあの心臓の鼓動が私の胸を熱くさせる。

幼い命がそこで助けを求めている。

涙流れる顔を無造作に腕で拭き、ゆっくりと子猫へ歩を進める。

もう、私は子猫を見捨てることが出来なかった。


子猫を抱き上げ、会社に戻る。

課長に飼うので今日だけ居させてほしいと願い出ると、

「…今日だけだが、先に医者に診せて来い。もしも病気だったら皆に迷惑かけるからな。」

と出張対応として行かせてくれた。

長い付き合いだが、こうした優しい上司だから日々頑張れるんだと気付いた。


幸いにして目は目やにが固まっただけで、すぐに取り除かれた。

眼球は綺麗で、少し眩しそうな子猫の顔は大変可愛かった。

念のために予防注射などもしてもらった。

事情を説明した結果、たまにこうして野良猫を連れてくる人がいるらしく、私が飼うつもりだと知ると割引して安くしてくれた。ついでに、必要最低限なものを購入した。

一安心で会社に戻ると、同僚たち子猫のための居場所を用意してくれていて、ミルクなども用意してくれていた。

なんだかんだ言っても、やはりみんな優しいのだなと心が温かくなった。


こうして今日の残りの仕事をこなす一方、私はこれからどうしようかと悩んでいた。

マンションに連れて帰っても、ペットは禁止されている。

だからと会社に置いておくわけにもいかない。

あれこれと考えてみながら、新しい籠の中で丸くなって眠る子猫を見る。

安心したのか、かわいらしい寝顔をしている。

今更この子猫を放棄する気はない。

私は微笑みながら、まずはマンションの管理人に話してみることにした。


仕事が終わり、子猫の籠を持ったまま管理人に会いに行った。

だが、いつもニコニコ優しい顔の管理人であるが、猫を住まわせたいと聞いた途端に厳しい顔つきになった。

マンションの決まりは一切特例を出せないと言われ、挙句は

「猫を飼うなら出てって貰うしかないよ」

ときつい言葉が返されてしまった。

そこを何とかなどと頼むほど、私は若くはない。

彼は管理者として責任を持って経営しているのだから、そのためにも規則を設けてマンションの住居人皆に安全な暮らしを提供しているのだ。総務課で務めるだけにその辺りは理解できる。

ならばすぐに出手行けるかというと、荷物もあるし出て行ってすぐにいい物件が見つかる訳もない。

「可哀そうだけど、保健所に引き取ってもらうしかないよ。」

管理者の意見は、一般的にまっとうな意見だ。

ペットがいないので、それで動物アレルギーの人も安心して暮らしているマンション。四六時中猫をずっと見てる訳ではないし、場合によったら外に出てしまうことだってありえる。

また、賃貸部屋だけに猫のニオイが籠ってしまう。

諸々の事を考えれば管理する者としては決して間違った意見ではないのだろう。

では保健所に行った場合、一時的に引き取り手を探すが、無ければ殺処分されてしまう。

それが嫌ならまたどこかに捨てるしかない訳であるが、野良となった動物たちが生きていけるほど今の社会は優しくない。遅かれ早かれ、待ち受けるのは死の確率が非常に高い。

(そんな目に合わせるわけにはいかない)

昼間に私はこの子猫を見放さないと決めたんだ。

この小さな命を守ってあげたいと思ってしまった。

だからこそ、今日は部屋に戻ることはやめて、管理人に外泊する旨を伝えると一礼してその場を去った。

一先ずどこかペットを預けられるか一緒に泊まれるホテルを探そうと考えた。


「おや?雨ん中どうしたんだい?」

とぼとぼとマンションの入り口から出た時、隣のアパートの大家さんが声をかけて来た。

困ったときに面倒な人に会ってしまったと思ったが、大家さんは私の抱える籠を見るなり

「あら、どうしたんだい?可愛い猫ちゃんだねぇ。」

ひったくるかのようにわたしから籠を奪う。思わず睨むが、その婆様の顔は今まで見たことのない優しい笑顔だったため、せっかくなので相談してみようかと思い至った。

「実は…」

私は大家さんに今日あった事を順番に話したのだった。


「あ~、あの子は猫だめだからねー。」

説明の後、大家さんは猫アレルギーなマンションの住人を思い浮かべて呟く。

「ですから、今日はどこかこの子と一緒に泊まれるホテルを探して、今後どうしようかと考えるつもりです。」

そう言うと、驚いた顔が私に向けられた。

「あんた、この子猫と暮らすのかい?」

「…正直、昼間はそんなこと思ってもいなかったんですが、この小さな命を感じちゃったら、もうどうしようもなくなっちゃいまして…。」

愛想笑いをしながら答える。

雨の中じゃいけないと、今は大家さんの部屋にお邪魔して、私の横で貰ったミルクを不器用に飲む子猫を見つめる。

「情が移っちゃったら、もうどうしようもないですよね、アハハハ。」

そう笑って見せた私に、大家さんがにやりと笑った。

「じゃ、こっちに住んだらどうだい?部屋空いてるよ。」

「え?」

「まぁ、あっちに比べたら古びて狭いだろうけど、うちはペットOKだからね。良かったら昼間は子猫ちゃんの面倒見るよ。」

その言葉に私は目を丸くした。

「アハハハハ、なんて顔してるんだい。とりあえず、今日はここに猫ちゃんを置いていくといいよ。で、あんたはマンションでしっかり休むんだよ。そしてよく考えてみな。」

「そんな、ご迷惑をおかけするわけには…」

「何が迷惑だい!困った人がいたら助け合うってのが人間じゃないのかい?子猫だって必死に生きてるんだ。それを見放す冷たい奴なんか知らないけど、あんたはこの小さな命を守ったんだ。それを見せられて、悲しい結果を見るなんてあたいはヤだね!あんたの優しい心意気、あたいも手助けさせておくれよ。」

思いも寄らぬ言葉に瞼が熱くなった。そうだ。この人は人情にあふれた人だった。

若くしてこの街に越してきた私に何気に接してくれたのはこの大家さんだけだった。

口やかましいが、それで色々一人での生活を熟せるようにもなった。

今になって、大家さんの優しさを思い出して涙が零れそうになるが、今はそう言うわけにはいかない。

子猫と一緒に暮らすなら、これほどありがたい申し出はなかった。

「甘えさせて頂いてよろしいのですか?」

「もちろんだよ。あんたがその気ならすぐにでも手続してあげるよ。」

こうして、私の引っ越しと子猫との新しい生活が始まることとなった。


あれから数カ月過ぎた。

すっかりアパートの生活に慣れた私は、依然と違って充実した生活を送っていた。

実はこの大家さん。隣の前に住んでいたマンションの地主であり、町内会の会長でもあった。だからマンションにも口出ししていたわけであり、私は普段町内会と関わっていなかったために、初耳だったわけである。

アパートも思ったよりもしっかりした建物で、前住んでた部屋より少し狭い程度で十分生活しやすい内装となっていた。

また、あれから大家さんとは仲良くさせて貰っており、たまに夕食のおかずをご馳走になったりしている。

そして子猫もすっかり元気になり、大家さんに凄く可愛がられながらも、今は私の傍を離れないくらいに懐いてくれている。

なにより、可愛くて仕方ない。

仕事の疲れも、この子猫を撫でることですっかり癒されてしまう。

おかげで、仕事も前よりはかどっており、課長からも

「子猫のおかげで仕事の出来がよくなったんじゃないか?」

と言われるほどだ。

余りにも私が甘やかしてしまいそうな為、大家さんがしっかりと躾けてくれる。それと同時に私も度々飼い主として大家さんからご指導頂いている。

良い事尽くめなようであるが、更にこの子猫は私に幸運をもたらせてくれた。

会社で一番可愛いと言われる女の子がいるのだが、その子が大の猫好きで、あれからよく私に猫の話を持ちかけて来るようになった。

あの子猫が見つかって若い社員に籠に入れられてるのを、可愛そうに見ていたらしいのだが、あの後の私の行動を知って好意を持ってくれたようだ。スマホに映した子猫を見せたり、帰りに家まで見に来たりしているうちに、今では将来を見越して仲良くさせて貰っている。この女の子も町内の子で密かに大家さんの影響がなかったわけではない様だ…。

何にせよ、子猫のおかげで私は以前の惰性的な生活が一転して充実して過ごしている。

この子猫と出会わなかったら…。もしかしたら、あの日助けられたのは私なのかもしれないなと、そっと私の膝の上で眠る子猫をなでた。


「もふもふサイコ―!」



後日談。

帰りに会社の周りに出没していた三毛猫と目があった。

隣の外壁の上でぶらぶらと尻尾を振りながらくつろいでる三毛猫。

「お前の子ども、一緒に過ごさせて貰ってるよ。」

何気なく言ってみると、じーっと三毛猫は私を見た後、「よろしくな」と言わんばかりに尻尾を持ち上げた後、再びだらーんと尻尾を振りながらくつろぐ。

心配ないと思って託してくれたのか、それとも実際関係なかったのか、それは分からないが、気ままなのが猫の良い所かなと、そっと笑みを浮かべて私はその場を離れた。


おわり

お読み頂きありがとうございました。

このお話、実は先日身近に起こったことを題材にお話にしてみました。

実際に目やにで目が開かない猫が居まして、それを職場が捨ててくるように言われたら…あなたはどうしますか?

小学校の頃は捨てられた犬や猫を家に連れて帰っていた時を思い出しながら、今の時代は小さな命に対してどうなんだろうな?ってふと思ってしまいました。

あの頃、母に「もー、また連れて帰ってきて!ちゃんと面倒見るって事がわかってる?」とその度に言われ、共に過ごした日々はステキなものでした。

そんな思い出を感じながら、この物語を書いております。

命の温かさを感じ、考えて頂けたらとても嬉しいです。

この度は本当にありがとうございました。


ちなみに実際あった目の開かない子猫ちゃんは、幸いにも私は近所の猫好きの方が引き取って下さり、今も元気にしています。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 子猫ちゃんが元気でなにより実話とはいえ凄いまとまりが良くどうするのか先がきになったとてもいいお話 [気になる点] 子猫ちゃんの名前 [一言] 命の重さわかるだけに飼う選択した主人公とても凄…
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