思い上がり勇者と安物の剣
やはり剣が良いと思う。
御伽噺の勇者と言えば、剣と鎧で完全武装しているものと相場は決まっている。
そんな考えから先ほど武器屋で手頃な直剣を買ってきた。鎧を買う金は無かった。
宿に持って帰ったら宿のオヤジが
「ぶつけて物を壊すなよ」
と釘を刺してきたので人の少ない河原で剣を振り回すことにする。宿を出る時隣人が呆れたような目でこちらを見て居たが気にするまい。
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河原に着き、背の高い雑草を買ったばかりの剣で適当に伐採してそれなりの空間を確保した。そして剣を構えようとしたのは良いのだが、
「剣ってどうやって戦うんだ…?」
敵を切りつけると言うのはもちろん知っている。ただ、そこに至るまでの工程をいまいち知らない。まさか相手が首を差し出してくるわけでもないだろう。とりあえず振り上げては振り下ろすと言う動作を繰り返すことにした。ある程度は気合で当てよう。
剣を扱おうとしているのには理由がある。
金が無いのだ。
これまでは雑貨屋や飯屋を手伝って食いつないでいたが、流石にそれを続けて生きていけるかというと心許ない。
御伽噺のような魔王こそ話に聞かないが、幸いこの国は隣国との関係が悪く国内でもモンスターがよく暴れているので、剣を使える人間ならば少なくとも食うには困らないだろう。
実を言うと剣でなくとも戦えれば何でも良かったりはするが、やはり剣は格好いいし俺にも出来そうに見えたのだ。
「それにしても、全く強くなった気がしないな」
それなりの回数素振りをしたが、特に変わった気がしない。剣の重さには慣れたが。
「やっぱり人に教えてもらうべきか」
マメの出来た手を見てグローブを買おうと思いつつ、 宿に戻ることにした。
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「思ったより早かったね?」
宿に着くと隣人が話しかけてくる。確かに昼は過ぎたが日はまだ高い。
「もう剣はマスターしたんだ」
そう嘯きつつテーブルに置かれた新聞の広告欄を眺める。剣術の道場はいくつかあるが、無料体験を行なっているのは一箇所だけだった。聞いたことのない流派だったがとりあえず住所を控えた。
「一人じゃ練習にならなかったんだね」
手元を覗き込みつつ腹立たしい事を言ってくる隣人を無視して厨房を覗き込む。
「オヤジ、今日のメニューは?」
「肉とパンだ」
「…またの機会にとっておくよ」
この宿は部屋代が安く、特に身分が定かでなくとも泊めてくれる。それは有り難いのだが、一つ欠点がある。食事が致命的なまでに怪しいのだ。
味ではなく、具材だ。今回に関して言えば肉がよろしくないだろう。材料費の削減だのと抜かしてその辺のモンスターを狩ってくるのだ。あのオヤジは。ちなみに俺が食わされた中で最低のメニューはヘクトアイズの水晶体と和えた野草のサラダだ。水晶体に虹彩辺りの組織が残っているのがかなりキた。
「ここのところ毎日ゲテモノじゃないか」
「いい加減客足が遠のいてる理由があれだってわかっても良さそうな物だよね」
隣人は他所で食う金があるからのほほんとしているが金のない身としては安い宿の飯にありつけないのは厳しいものがある。しかし怪しげな物を食いたくはないので買い置きの乾パンで食事を済ませよう。
「哀愁の漂う背中だね」
大きなお世話である。
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昨日は剣を振り回しただけだったが、今日は新聞で探した剣の道場に向かう。昨日に比べて少し具体的に行動していると思えば足取りも軽い。これで実は剣の才能が自分にあったりすれば最高だ。
「随分ボロいな」
目的の道場はボロく、小さかった。大通りを逸れていくらか歩いた所にあるため間違えたのかとも思ったが、傾いた看板には目当ての道場の名が刻まれてる。
「ごめんくださーい!」
「おや、体験に来たのかね?」
建物に向けて呼びかけたら買い物の帰りらしい爺さんが横合いから応えた。少し気恥ずかしい。
「剣なんか持って、まさかこのボロ屋で強盗しようって訳でもなかろう?」
「新聞の広告を見て来ました」
正直剣を習うのにこの爺さんは頼りない気がする。小さいし、新聞や噂話で聞く剣豪っていうのはもっとゴツくてがっしりしているものだ。これなら今の俺でも勝てそうな気がする。
「フム、剣を使った経験はどれくらいあるのかね?」
「それなりですね」
適当に受け答えて帰ろう。それがお互いの為だ。
「ウン、では少し打ち合ってみようか。好きに構えなさい」
爺さんは抱えていた野菜を下ろしボロ屋の玄関から2本の木剣を持ってくる。そして片方をこちらに渡した。実力を計りたいらしい。
「あまり手加減は得意じゃないよ」
構えを知ってるわけではないが、とりあえず正面に剣を向ける。それにしてもあまり強くなさそうなこの爺さんでさえ道場など構えられるのだから案外剣の道というのは大したものではないのかもしれない。などと考えているうちに向こうはそれっぽく構えている。木剣なら当たっても死にはしないだろう。
「おりゃあぁぁぁぁっ!」
軽く裏返った気合とともに大上段に振りかぶって斬りかかり———
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剣はダメだ。あんな棒切れで近接戦なんて野蛮な事、俺には向いてない。やはり時代は魔術師だ。ローブを翻して杖を掲げ、敵のアウトレンジから火球を叩き込むような知的な戦いこそが俺に向いている。そんな考えから「初級火炎魔術」の本を買ってきた。杖を買う金は無かった。
「懲りないものだね」
宿の食堂で二人しか居ない客のうちの一人である隣人が呆れたように言う。
「道場のお爺ちゃんが受講料安くしてくれるって言ってたんだから剣を続ければいいじゃないか」
もう一人の客であるところの俺はやけに舌のピリつくスープを舐めるように飲みながらお勉強中である。
「無視しないでくれよ。もう吐瀉物塗れの君をここまで運んでやった恩を忘れたのかい?」
「運んだだって?あれは引きずったって言うんだ。しかも頭を下にしやがって」
「触りたくなかったからね」
昨日威勢良く道場の爺さんに斬りかかったのはいいのだが、剣を振り下ろす前に爺さんが視界から消えて次に気が付いた時には吐瀉物塗れで空を見上げていたのだ。
「ゲロ吐き散らしながら痙攣してるんだから驚いたよ。お爺ちゃんはそれ以上に慌ててたけど」
結局意識が戻っても動けなかったので暇を持て余して覗きに来ていた隣人に回収される事となった。
「それで、剣はもう辞めるのかい?」
「まあ、魔術さえ習得すれば必要ないだろうからな」
なにせアウトレンジなのだ。剣など間合いに入る前に消し炭にできるのだ。
「でもその火炎魔術は初級だろう?料理に使う程度の火力しか出ないと思うけどね」
「いきなり強い魔術が使えるとは思ってないさ。そもそもこの術式とか言うのが理解できてないから、まずはそれに慣れるんだ」
「そういう考え方が出来るのに昨日はお爺ちゃんに斬りかかったんだね」
「少し油断しただけだ」
それにしても、術式というのは難しい。1番簡単な教本を買ったはずだが何をすればいいのか全くわからない。教本を閉じる。
「やはり魔術はダメだな。俺向きじゃあなかった」
「次は銃にでも手を出すの?君には銃弾くらいしか買えなさそうだけど」
何が気に食わなかったのか少しトゲのある言い方をされる。だが実際金は無いし、いい加減金を稼がないといけない。そうなると取れる道は少ない。
「モンスター狩りで金を稼ぎつつ剣を習うかな」
モンスターといってもピンからキリまであるものだ。都市や企業のお抱え騎士でなければ相手にもならないような化け物から、そこらのおばちゃんがフライパンで追い払える程度の奴までいる。そして役所で登録すればモンスター退治を斡旋して貰える。
差し当たっては簡単な仕事で金を稼ぎ、昨日の爺さんに剣を習う。あの爺さん程とは行かなくてもそれに準ずる実力を得れば飯を食っていくくらい出来るはずだ。
「先にお爺ちゃんのとこに顔出しときなよ。モンスター退治の心構えくらい教えてくれるかもよ?」
備えもなくモンスターの巣に行ったらゲロ塗れどころかその内容物にされかねないからね。などと続けられたので1発殴ってやろうかとも思ったが、実際反論出来ないので黙る。そもそも剣を道場に置きっぱなしなのだ。どの道取りに行かねばならない。
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「お前さん剣はほとんど扱った事がなかろう?」
思い立ったが吉日という事で、早速道場の月謝を片手に弟子にしてくれと言いに来た。そしてそれは快諾してくれたのだが、モンスター退治の方にはストップがかかったのだ。
「少し練習したくらいです」
「だろう?流石に剣の握り方も知らない弟子をモンスター退治に行かせる訳にはいかんな。師匠としてはね」
師匠という単語をやけに強調しているのは気になるが全くその通りである。モンスターの目の前で無様に痙攣していたら流石に殺されるだろう。
「取り敢えず、剣の構え方を教えてやろう。それと木剣を貸してやるからモンスターの相手はそれでしなさい。本物だと自分を傷つけかねないからね。」
まるで赤子扱いである。というか木剣と来たか。正直棍棒を持っていった方が強い気がする。
そんな感想を抱きつつ初めての稽古は始まった。
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「少し顔つきが変わったね?」
「見る影もないほどボコボコになったって事か?」
「少し卑屈になったね」
結局あれから2週間ほど延々と稽古を付けてもらった。付けられた。まさか剣を構えて打ち込むだけの動作にここまで手こずるとは。おまけに少しフラついただけで木剣で小突かれるのだ。体中が痛い。
稽古ばかりでモンスターを狩る事も無かったので流石に懐が寒くなった。一応怪我しない程度には使えるだろうという事で剣を使うお許しも出たので、稽古を休んで金を稼ぐ事にした。初陣というやつである。
「何の依頼にしたの?」
「群れからはぐれたオークの退治。師匠が選んでくれた。」
なんでも飛龍退治を行った騎士が近場の森の一角を吹き飛ばしたそうで、その混乱で街から森に続く草原まで出て来てしまったそうだ。師匠曰く人型で頭も悪いから、一体でいるなら良い練習相手だろうとのことだ。
「流石に剣一本で相手するモンスターじゃないと思うけど、平気なの?」
「仕掛けも作ったから平気だろう。ダメなら逃げるし」
珍しく心配してくる隣人を宥め、宿を出る。いまいち派手さに欠ける仕事だとは思うが、誰にでも最初の一歩という物はあるのだ。気を引き締める。
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それは街を出てすぐ、依頼の通り街道を少し外れたところにある池にいた。オークは人よりやや大柄な体を持ち、優れた筋力を持つモンスターだ。当然人間が正面から戦いを挑むのは分が悪いので罠や飛び道具で弱らせて狩るのが定石だ。
草むらに隠れて様子を窺っていたのだが、オークはフゴフゴと何かを嗅ぐそぶりを見せるとすぐこちらに気付いた。
「やっべぇ!」
モンスターを見た事はあっても自分の倒すべき敵として見たのは初めてで、正直腰が引けていた。しかしこちらの都合に構わずオークは棍棒を振り上げ突進してくる。
「うわぁ!」
たまらず逃げ出す。師匠なら「腹がガラ空きだろう」なんて言って切り捨てるのかも知れないが俺にそんな技量はない。なんとか距離を取り抜剣するが、体格差が大きい。切り結ぶのは厳しいだろう。棍棒が地面を強打したのを見ると踵を返し遁走する。
「〜〜〜〜〜!」
目指すは前もって仕掛けた罠だ。オークは人型ではあるがそう知恵を回すような生き物ではない。自分と敵の対角線上に罠が入る様に動けば良い。
「…おい!」
雑貨屋で買ったトラバサミをオークはしっかり踏み抜いた。そしてトラバサミはベキンッという断末魔を上げ短い生に終わりを告げた。
「クソッ 何が良い練習相手だ。無敵じゃないか!」
背を向け一目散に逃げ出す。しかし体格の違いは覆せずすぐに追いつかれるはずだ。
「追いついてこないな?」
必死に逃げたものの妙に長い間が続いたので振り返ってみるとオークはトラバサミにとどめを刺した脚を引きずっていた。
トラバサミはその身と引き換えに確かに獲物を弱らせる役割を果たしていた。そして思い返してみればオークの体格と筋力で行われる攻撃の威力こそ恐ろしかったが、棍棒を振り回す動きは読み易く鋭いと言うほどの速さもなかった。負傷した今なら尚更だろう。
「よくも調子に乗ってくれたよなあ!」
興奮に任せて剣を構える。しかし冷静に、敵は動きが鈍くなっただけなのだ。浅く、速く斬りつける。大きく斬りつけて骨を断つ腕は無いし、骨のない部位でも肉に刃を絡め取られれば死ぬのはこちらだ。あくまでも冷静に、出血を強いるのが自分より格上の生き物と戦うコツなのだ。
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「依頼成功、良かったじゃないか」
「気楽に言うなよ。マジで死ぬかと思ったんだ」
隣人にボヤきつつ、時折痙攣するよくわからない肉のステーキを切る。思ったより多く討伐報酬を貰ったので、仕事を探すでもなく宿で飯を食っている。
「初めてなら何人かでパーティーを組むものだと思っていたけど、1人で行ったと聞いたからひょっとするとオークの昼食にでもなったかとね?」
「パーティー組むのはオークの巣を叩く時の話だと思ってたんだよ。師匠の昔話はいつも1人旅の事ばかりだし」
「まあ、1人でオークを倒せる事を示したならパーティーを組む時も少し楽に出来るだろうね。 お使いみたいな依頼に限った話だろうけど」
お使いのような依頼では金にならないので困るのだ。今回は羽振りの良い依頼主だったようだが、相場通りの依頼料なら今回の内容だと赤字になりかねない。
「…トラバサミを買おう」
「トラバサミ?」
不思議そうに聞き返す隣人を捨て置き就寝することとした。
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「当分用はないと思っていたが」
今回はまた剣を買いに行く。防具も揃えなくてはならないがそれは後だ。昨日オークを切って判明したのだが、今使っている直剣はかなり脆い。一度切っただけで刃が潰れていたのだ。これでは倒せるものも倒せないので買い換える事にした。くすんではいるものの金色で気に入っていたのだが仕方ない。
「師匠が使ってるのはカタナとか言ったか。あれが良いけど高いらしいし、壊した時扱える職人が少ないって言ってたしな」
武器屋に着き、品定めをする。
馬鹿でかい十字架のような剣から三日月のような珍妙な形をした剣まで色々と置いてあったが、どうにも扱えなさそうなので直剣の置いてあるところを見る。血抜きの付いたものやよく分からない加護が付いていると書かれた剣があったが、結局普通の鉄の直剣を選んだ。前の剣との違いが材質くらいしか見当たらないが、使い方の分からない機能がついてるよりは良いだろう。
思ったよりは安く済んだので革製の胸当てを買っておく。鎧の方が良かったが妙に高かったのだ。
「師匠のところにも顔を出さないとな」
オーク相手にくたばったと思われてるかも知れない。上手いこと倒せたとはいえ、オークとの戦いはあまり褒められたものではなかった。実戦でも上手く技を出せるようになるべきだろう。
主人公:貧乏青年
隣人:実は魔術を使えるおねーさん
宿屋のオヤジ:見た目がヤバイ料理を作る人 味は日による
師匠:強い貧乏人
書いてみたかったので書きました
精神が安定したら続きを書きます