電波ちゃんは棺にはいりますか?
ギギギギギ……錆び付いた音を立てて扉がスライドする。
途端にあたりに広がる腐敗臭………………いや、違う、これは、アルコール臭…?
夜中に帰ってきた時のお姉の纏うあの香りである。
くっさ。
そんなことに気を取られて一瞬、冷静さを取り戻しかけたというのに、その中でゆらりと揺らめく影に再び俺は恐怖のどん底に突き落とされた。
なんか、出てくるーーー!
「ぎゃーーー!!」
「うるさいわよ」
だって、だって、お姉。ミイラかゾンビかなんかよくわからないけど何か出てきますよ。そちらさん出てくる気ですよ?
なにか動いてますよ、だって。ひ、棺の蓋あいちゃいましたよ!?
お姉のその怪力は幽霊にも有効ですか?ゾンビの息の根も止められますか!?そりゃ俺の息の根は止められるでしょうけど!
ガタガタと音がしてゆらりと影が揺れた。
ひっ………、
え、えろいむえっさいむえろいむえっさいむえろいむえっさいむ
棺にぎゅうぎゅうに詰められているのかガタガタもぞもぞと激しく動いてそれはどうやらどうにか立ち上がった。
立ち上がって欲しくはなかったが、残念ながらどうにか立ち上がれた模様である。
目に痛い鮮やかな赤の髪。真っ赤な宝石を嵌め込んだような瞳。病的に白い肌。
日本ではめったにお目にかかれないような外見の少女はまさに少女という表現が似合う見た目で微かに酒臭い。
気崩れた浴衣のようなものを羽織ってはいるが、その布の塊は殆どが下で絡まっている。
はだけたそれは青少年にはちょっとあれなのではないか?いや、そんなことない。
青少年にこそ必要なものだ。
俺とお姉は揃って口を開けてそれをぼんやり見ていた。
さすが姉弟というべきだろうか、嬉しくはない。
「…ニンゲン、ここ、日本、か?」
澄んだ声はカタコトではあるもののどうやら日本語を話した。
日本人なのだろうか。この見た目で。
ものすごく気合いの入ったコスプレイヤーさんなのだろうか。それはそれで恐ろしいものがある。狂気を感じる。嫌だ。俺んち以外でやって欲しい。
「日本よ、あなたはどこから来たの」
お姉、頼むやめてくれ。俺が悪かった。俺が悪かったから、平然と霊的ななぞのコスプレイヤーさんと会話するのはやめてくれ。
俺はただちに霊媒師かエクソシストか警察をよんでお引き取り願うべきだと思うんだ。
だって、お姉よく考えて、それ棺の中から出てきたんだよ?
「?………そうか、日本……われ、魔界、キタ。」
ゆっくりと話すカタコトのコスプレイヤーさんはマカイと言った。
マカイ……彼女はやはり外国人のようだ。人なのかどうかは定かではないけど。
マカイとかいう国がどっかにあるらしい。
ふーうん。知らなかったなー。世界は広いなー。
もし、これが俺の思っている通りの脳内変換の文字で魔法少女の魔に異世界転生の界であるとするのならば頭あいたたたのコスプレイヤーさん決定である。
大変だ、ただちに警察を呼ぶべきだ。なんかそれはそれで怖いから。幽霊なんかよりはマシだけど、それはそれで現代の人間の狂気だから。
「……メリッサ、いない……」
「メリッサ?お母さんとか?」
「…チガウ、メリッサ、魔女」
ほら、もう。お姉……これ、だってもうさ、
「お姉、やめてよ。これ、あれだって電波ちゃんのコスプレイヤーさんだよ。まじ怖いから、ちょっ、もう、帰ってもらおう…」
小声でお姉に囁くと電波ちゃんはじろりと俺に赤い瞳を向けた。
あの、そのカラコン発色良すぎてビームでそうだからやめた方がいいと思いますよ。
外国人か、ただの美少女コスプレイヤーさんかは知らないけど俺の声が聞こえたのか、理解してるのかそうでないのか、睨んでいるような気がする。
まじ、すみません……お願いだから刺さないでくださいね。
「電波?シズなにいってるの?シズの中学生のころもこんなもんだったわよ。可愛いもんじゃない。そういう年頃なのよ。美少女だし。
うっかり棺に紛れ込んでしまっただけよ」
「どう、うっかりしたら棺に紛れ込めるんだよ。その可愛ければなんでもありみたいな風潮どうにかした方がいいと思うぞ」
「いいのよ、ネタになりそうだし。その風潮が実際受けてるんだからそれが正義よ。
シズはいちいちうるさすぎよ、あんまり言うならあなたの部屋の本棚の裏にある」
「あばばばばば!ごめんなさい!」
このゴリラ、なぜそれを!電波ちゃんがどうやって棺に紛れ込んだかよりも、なぜこいつがそれを知っているかの方がはるかに重要である。
ちなみにお姉はお姉のくせに小説家だ。
もう、ほとんど引きこもりだけど、なにげに売れっ子らしい。俺は信じないぞ。
そういうわけだから、隙を見せると(見せなくても大差はないが)ネタに使われる。




