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ジビエハンターズ  作者: ジビエハンターズ
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輸出課

 雅己の働く「プロメディカル」は、創業1965年設立の中堅医療メーカーだ。新宿の西口に本社を構え、全国に営業支店と山梨県に工場がある。一般の人々には、あまり馴染みのない社名だが、一応、年商500億円の一部上場企業である。

 雅己が、明治大学の経済学部を卒業し、プロメディカルに入社したのは、かれこれ22年も前の話だ。

 社長の大須賀 剛は、2年前に社長の座を退き、息子の大須賀 真一に、その座を譲り、現在会長職となっている。懸念されていた世代交代も無事乗り切り、業績も悪くない。うまい世代交代の一例として、経済誌に取り上げられていた。

 雅己は、国内営業部の中で、輸出課の課長をしている。もともと営業部は、国内専門だったのだが、当時専務だった大須賀 真一が、新規事業プロジェクトの一環としてスタートさせたのが、輸出課である。スタートから3年になる輸出課は、対中国輸出が好調で、営業部の中でも突出した数字をあげている。

 現在、雅己を含め8名が在籍している輸出課の取引先は、当然海外企業なのだが、売り上げの90%以上を中国企業が占めている。商品の特質上、プロメディカルでは、商品のすべて国内で生産している。

また、営業所も海外にはないため、すべてを現地の代理店に委託している。実質、商品の営業は、すべて中国側がしているので、輸出課は、代理店契約や商品の出荷や説明などの代理店支援が主な業務である。簡単に言えば、右から左に商品を動かすだけなのである。

 しかし、実際、商品は右から左で飛ぶように売れるのである。

 20年前の中国では考えられない成長である。盆と正月が一緒に来たという形容がぴったりだ。中国という龍がすごい勢いで、飛翔しているのを雅己は肌で感じている。

 しかし、同時に一部の金持ちと内陸の農村地帯との所得格差が問題になっている。

 さらに、爆買いといわれる観光ツアーの次は、物からことへ関心が移り始め、「教育」「健康」などへの投資が始まっている。教育は日本への子息の留学である。知られていないが、中国の大卒の就職率は大変悪い。すこしでも学歴をあげるため、アメリカや日本の大学に留学する、そのための予備校ビジネスまである。

 日本がバブルのときに、子息を英会話留学させたのと同じ現象だが、中国の場合、一人子政策も手伝って、子供への投資が、半端ではない。

 また、健康は、中国の医療制度の問題が根底にある。経済にくらべると、医療制度はかなり遅れている。社会主義としては恥ずかしいところだが、お金がある人は、わざわざ日本へ人間ドックに受けに来る。また、2泊3日の人間ドックツアーが人気で、羽田空港から病院へ直行できるのだ。

 日本の医療器械の信頼性とそのサービスに目を付けた「○○企業」は当初、ツアーだけを

 していた会社だったのだが、3年前に日本の医療器械の取り扱いを始めた。そもそも、輸出課のスタートになったのは、〇〇のおかげといっても過言ではない。○○の社長のフットワークは、予想以上で、1か月で提携し、出荷をはじたのである。まさに金のなせる業なのだが、かれら中国人のスピードに目を見張るものがある。○○企業の輸出を皮切りに、次々を代理店契約が進み、現在その数は20社に上る。


 大学時代と麻美と付き合っていた時に覚えた中国語がこの時に役立った。実際、雅己には。ビジネスの契約までの会話力はないのだが、中国人の対応や付き合いなどを知っていること、日本にいる中国人の人脈大きく役立った。確かに一部では中国バブルの崩壊を危ぶむ声もおおいのだが、中国の実情を考えれば、この分野の仕事がなくなることはないだろうと踏んでいる。

 というわけで、輸出課は毎日活気があった。実際にうるさいのだ。

 というのは中国人スタッフのやり取りの声がでかいのだ。

 時々雅己も、この会社は日本の会社と思えないときがある。

 しかし、雅己は、中国人の大げさな身振りや大阪商人顔負けの商売根性はきらいではなかった。閉そく感ばかりの日本社会よりも、大陸的な大きなものの味方に好感が持てた。

 実際に接待や袖の下も嫌いではなかった。最近では、贅沢禁止令などが発令され、

 以前ほどではなくなったが。多少のお土産は今もつきものだ。

 昨年は、役員が日本に来るというので、抹茶味のキットカットを段ボール2箱集めるのに

 コンビニやスーパーを 課の社員で買いあさったりもした。

 このような派手なパフォーマンスを国内営業部の中では、疎ましく思っている人間もいるのも事実。

 国内営業部も高齢者医療の波に乗って業績は決して悪くないのだし、販売数でいえば、輸出課が逆立ちしても勝てない、のだが、輸出課は利益率が恐ろしくいいのだ。

 国内が50%の卸価格で販売しているのに対し、20%しか代理店に支払っていない。

 輸出課なりの苦労、為替リスクや輸出業務など、 あるのを差し引いても美味しいビジネスである。

 どうしても、営業会議などの席では、小さいながら目立つ上に、社長の肝いりもあるビジネスであるため、やっかみもある。

 そんなわけで、最近、雅己としては国内とは切り離し、海外部としてやっていけないかと部長の森にも進言している。もし、輸出部が実現したら、雅己自身が、小さいながら

 部長になる可能性が大なのである。もちろん同期一番乗りである。

 そんな想像をしながら、ほくそ笑んでいた雅己に、右斜めから、寝ぐせのひどいおかっぱ頭がひょっこり現れた。

「石田さん、今日ランチどうします?」と部下の胡さんが、甲高い声で尋ねてくる。


「そろそろ、行こうかな?胡さんも行く?」と促すと、

「行きます。一緒いいですか?」と大きなどんぐり目で嬉しそうに聞き返してくる。

「いいよ。10分あとでいいか?」といいながら、やれやれ、今日はおごりランチだな、と雅己は内心ぼやいた。

 胡さんは、中国の上海にある上海交通大学を卒業し、日本の筑波大学の大学院で2年勉強したエリートである。日本語は、お世辞にも、上手いとは言えないのだが、英語ができるのと、ガッツが日本人の2倍はある。そして、とにかくフットワークが軽いのだ。時々こちらが、手綱を引かないとどこまでも走ってしまうのだ。

 胡さんは、プロメディカルに入社して、1年半なのだが、もう3年以上いるようなイメージがある。とにかく押しが強く、中国人負けしない雅己でもへきへきすることがある。

 まあ、若い頃から海外で生活しているのだから、少なからず緊張感はあるのだろうが、とにかく、自己主張と感情の起伏が半端ではない。輸出課の声がでかいといわれるのも、ほとんど彼女だ。会社で、もう4~5回は泣かれている。そのときは、高級中華でなんとか抑えているのだが。

 とにかく中国人もめたときは、食事である。ビジネス上でも食事に誘われないと話にならないといわるくらいだ。

 食事をし、酒を飲み、さらに家に招待されるようになれば、しめたものである。

 家族に紹介してくれた時点で、まず裏切られることはない。ある意味日本人以上に、べたなのである。

 また、日本では仕事が忙しければ、昼食抜きなど当たり前だが、中国人はどんなに忙しくても食事の時間を確保する。昼の時間が短いのを理由に、中国人が、会社を辞める話は、冗談ではないのだ。

 また、中国人と一概にいっても、出身地や民族などにより、文化や習慣、考え方は全く違う。そのため、どこの出身かを聞くのがまず大事なのである。

 ちなみに、胡さんは、上海出身である。色黒で、口が達者で、商売上手な人が多い。

「石田課長、この書類の確認と捺印お願いします」と左側の、雅己からは一番遠い席から

 吉永さんが、にこやかに書類を持ってくる。

「また、胡さんに、奢らされてますね」と吉永さんは、雅己に意味深な合図をしてくる。

 彼女も実は中国人だったのだが、5年程前に日本に帰化して、現在日本名を名乗っている。

 彼女は超がつく親日家でもあるのだ。フルネーム「吉永 ひばり」。もちろん日本を代表する女優と歌手の名前から来ている。

 いくら親日家でもこれはとやりすぎかと、雅己もおもうのだが、仕方がない。

 しかし、雅己は吉永さんには絶大な信頼をよせている。吉林省出身の吉永さんは、朝鮮族である。朝鮮族の人は、中国の東北地域に多く、色が白く、義理人情が厚いのが特徴である。

 そろそろ40歳になるはずだが、一重瞼の美人さんで、年齢より、5歳は、若々しく見える。

 たしか、ご主人は、日本で半導体のソフトを開発・販売している小さな会社を経営している。

 まじめな性格の上、報告・連絡・相談がしっかりしているので、彼女には企業の信用調査や販売管理などを担当している。

 とくに胡さんがとってきた案件は、念入りに調査をしていた。

 胡さんと吉永さんは、犬猿の仲なのである。



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